原裕美子(マラソン)の現在!結婚相手の旦那や2度の逮捕と判決は?

かつてマラソンの日本代表として活躍していた原裕美子をご存知でしょうか。摂食障害や窃盗症に苦しみ、旦那となるはずの人とは結婚式を挙げたにも関わらず入籍していないという事情を抱えています。原裕美子の結婚相手の裏切りや病気や判決、そして現在について紹介します。

原裕美子(マラソン)の現在!結婚相手の旦那や2度の逮捕と判決は?のイメージ

目次

  1. 1原裕美子とは
  2. 2原裕美子の結婚や旦那とは
  3. 3原裕美子の窃盗による逮捕歴
  4. 4原裕美子を蝕む心の闇
  5. 5原裕美子の裁判とその後
  6. 6原裕美子は現在も窃盗症と戦っている

原裕美子とは

今回紹介する原裕美子は、2005年頃からマラソン界で活躍し、国内外のレースで優秀な成績を修めていました。原裕美子のプロフィールを紹介します。

原裕美子のプロフィール

・生年月日:1982年1月9日
・現在年齢:37歳
・出身地:栃木県足利市
・血液型:A型
・身長:163㎝
・体重:43㎏
・活動内容:陸上競技(長距離走、マラソン)
・事務所:京セラ(-2009年)、ユニバーサルエンターテインメント(2010-2013)

マラソンの元日本代表

原裕美子の初マラソンは2005年3月の名古屋国際女子マラソンでした。優勝候補たちを抑え、初マラソンで優勝を飾るという華々しいデビューでした。その後、世界陸上のマラソン日本代表として入賞しています。疲労骨折や怪我と戦いながらレースから離れていた時期もありましたが、2008年の北京オリンピック代表へ内定します。

しかしその後、国内選考レースであった大会を体調不良で欠場してしまいます。満足のいく練習が積めないまま、その翌月の最終選考レースに出場しました。残念ながら結果は4位に留まり、北京オリンピックの代表にはなることができませんでした。

原裕美子のマラソン歴

原裕美子は、23歳の時に初マラソンであった2005年名古屋国際女子マラソンで優勝しました。この成績が認められ、2006年世界陸上ヘルシンキ大会に日本代表として出場しました。名古屋国際女子マラソン優勝時からわずか1秒遅れという好タイムであったものの、メダルには届きませでした。この時の成績は6位、日本代表ではトップでした。

その後、怪我から復帰し出場した2007年大阪国際女子マラソンでは、ライバルの渋井陽子を抑えて2時間23分48秒の自己ベストをマークし、2度目の優勝を果たしました。これによって北京オリンピック代表へ内定し、世界陸上大阪大会への切符を掴み、2大会連続で世界陸上の代表となりました。

ところが世界陸上大阪大会本番は、レース中に身体的アクシデントに見舞われ18位に終わります。そこからの回復が振るわず、2008年大阪国際女子マラソンは体調不良によって欠場しています。この大会は北京オリンピック代表選考のためのレースでもあったので、無念の欠場だったのではないでしょうか。

その2ヶ月後、最終選考レースであった名古屋国際女子マラソンに出場します。一時はトップに立つ場面もありましたがラストスパートに食いついていくことができずに4位という結果でした。惜しくも北京オリンピック代表の座を逃してしまったのです。

その後、世界陸上ベルリン大会の日本代表を逃したタイミングで、所属していた京セラを退社しました。引退を考えながらもロンドンオリンピック代表を目指して自主練習を続けていたそうです。そして2010年にはユニバーサルエンターテインメントへ所属します。

その時から、シドニーオリンピックで金メダルを獲得した時に高橋尚子が師事していたことで話題となった小出義雄監督の指導を受けるようになります。その年の北海道マラソンでは見事優勝しました。しかし、2連覇を期待されていた翌年の北海道マラソンは途中棄権しています。

その後、いくつかの国内レースに出場していますが、結果は最高位でも5位、その他は20位前後と振るわず、2013年に引退しました。

原裕美子の結婚や旦那とは

原裕美子はマラソンの国内大会では複数の優勝経験があり、また日本代表として2大会連続で世界陸上へも出場しています。しかし、原裕美子が話題になったのはマラソンの成績に関してだけではありませんでした。そのうちの1つである、原裕美子の結婚について紹介します。

結婚を理由に会社を退職

原裕美子は2013年にユニバーサルエンターテインメントを退社し、マラソン選手としても引退した後は、地元である栃木県足利市の外郭団体に勤務していました。地域のスポーツ推進活動としてイベントに参加したり、市民ランナーとしてマラソンに参加していたそうです。

その外郭団体を退社したのは2016年のことでした。退社理由は結婚だったのです。マラソンを引退してから3年後、原裕美子は新たな人生をスタートさせようとしていました。

結婚式を挙げるも入籍はせず

原裕美子と結婚相手の男性は2016年10月29日に結婚式を挙げています。結婚式にはマラソン関連のゲストも多く出席していたとみられ、とても豪華な式だったそうです。しかし、原裕美子と相手の男性はこの結婚式の時点ではまだ入籍していませんでした。

どうやら、相手の男性は原裕美子の誕生日に入籍したいと希望していたそうで、原裕美子を含めた周囲もそれに同意していたようです。そのため、入籍をしていない状態で、先に結婚式を挙げたとみられています。結婚式後に借りた新しい家には、原裕美子が一人で住んでいたそうです。

結婚相手の画像は?

気になる原裕美子さんの結婚相手ですが、地元の一般男性であったようです。現在でもインターネット上には結婚式の時の様子とみられる写真が流出しており、結婚相手の顔も判別できるものもあります。結婚式の時の2人の笑顔からは、幸せがあふれ出ているようです。

結婚詐欺にあった?

幸せに包まれた結婚式を挙げた原裕美子ですが、その幸せは長くは続きませんでした。入籍を予定していた前日に突然相手から破断を言い渡され、その後連絡が取れなくなってしまったのです。はっきりとした説明がなく、原裕美子もその家族も呆然とするような出来事であったことは想像に難くありません。

原裕美子の父親も「なぜこのようなことになってしまったのか」という困惑のコメントを残しています。京セラ退社後に原裕美子を指導していた小出監督は結婚式には参列できなかったそうですが、「何事にも真面目で真剣な人だから、相当なショックを受けたのではないか。ストレスも半端なものではないだろう」と原裕美子を気遣っていました。

盛大な結婚式には400万円ほどの費用が掛かっており、全て原裕美子側が負担していたそうです。原裕美子自身はこの件を振り返り、「結婚詐欺にあった」とコメントしています。また、原裕美子には京セラ時代のコーチとも金銭トラブルがあり、大金をだまし取られたという過去がありました。信頼していた人から裏切られたのは初めてではなかったのです。

原裕美子の窃盗による逮捕歴

マラソン引退後の原裕美子が大きな話題となったのは、なんと窃盗による逮捕報道でした。ワイドショーでも連日大きく取り上げられていました。優勝経験もあるマラソン選手であった原裕美子が犯した窃盗とはどういったものだったのでしょうか。

逮捕歴①コンビニで窃盗

原裕美子が窃盗罪で最初に逮捕されたのは、2017年7月のことでした。旦那となるはずだった人からの裏切りが判明し、精神的にもどん底の頃だったようです。この時の罪状は、コンビニでの窃盗、つまり万引きでした。原裕美子は、コンビニから飲料水や化粧品など計2700円相当を盗んで逮捕されました。

逮捕歴②スーパーで窃盗

原裕美子の窃盗による逮捕は1度きりではありせんでした。2度目の逮捕は2018年2月のことです。スーパーからキャンディなど計3点、380円相当の品を万引きしていました。しかし、この時に原裕美子が持っていた財布には、2万円以上の現金が入っていたそうです。

逮捕歴③罰金刑に処された前科も

原裕美子が万引きなどの罪に問われたのは、逮捕された2回だけではありませんでした。マラソン引退後の2014年と2015年にも万引きで罰金刑を課せられた過去があったのです。またそれ以前の、マラソン選手として現役であったころから食料品類を万引きをしていた過去があることも認めています。

原裕美子を蝕む心の闇

原裕美子が窃盗に手を染めてしまう経緯には、どんな事情があったのでしょうか。そこには、マラソン現役時代には公にされていなかった秘密が隠されていました。原裕美子が抱えていた病気について紹介します。

①ストレスからの摂食障害

原裕美子が抱えていた病気、それは摂食障害でした。原裕美子が高校を卒業後から所属していた京セラは体重管理がとても厳しいチームであるようです。所属選手たちは1日に4回以上も体重計に乗せられ、食事も監督の前で摂らなければならなかったそうです。

真面目な原裕美子にとってはこれは大きなストレスだったに違いありません。体重が増えないように、食べたものを吐くようになってしまいました。原裕美子はマラソンで活躍し始める5年ほど前、京セラに入団した頃からこの摂食障害を自覚していたそうです。

胃酸で歯を痛めてしまったために、奥歯は全てインプラントになってしまい、度重なる疲労骨折にも悩まされていたそうです。怪我の治療のための入院と公表されながらも、実は摂食障害の治療のために入院していたこともあったようです。

②結婚式を挙げた末の破局

原裕美子は、マラソン現役時代から摂食障害という病気に苦しんでいました。しかしこの病気は、引退したからといってすぐに治るものではありません。引退後、地元の外郭団体で働いていた頃も通院を続けていたそうです。原裕美子が摂食障害の治療のための通院をやめたのは、結婚式の前年頃です。

結婚相手と出会い、精神的に安定していたのではないかとみられています。しかし、結婚相手からの一方的な破断は、原裕美子を大きく苦しめることになります。元々抱えていた摂食障害も再発してしまったようです。

③窃盗症という病気

ここまで原裕美子の窃盗と摂食障害について紹介しました。実は、この2つは密接に関係していると言われています。原裕美子のように、いけないことだと十分に理解していて、さらに購入するためのお金を持っているにも関わらず万引きを繰り返してしまうような病気を窃盗症といいます。一種の精神疾患です。

そしてこの窃盗症は、摂食障害と合併して起きることが多い病気であることも知られています。過食するための食べ物を万引きしてしまうことから始まり、食べたことや万引きしたことを後悔してまた吐いてしまうという悪循環に陥ってしまうそうです。

原裕美子が窃盗を繰り返してしまった原因も、この摂食障害と窃盗症の合併症によるものであるようです。ただスリルを求めて万引きを繰り返していたのではないのです。自他ともに認めている、真面目という原裕美子の性格が自身を追い詰めて、病気となって表れたのかもしれません。

原裕美子の裁判とその後

窃盗罪によって逮捕された原裕美子は、裁判を2回受けています。それらの裁判で、原裕美子はどういった判決を受けたのでしょうか。それは、今後窃盗症で苦しむ人々の裁判の指標となるような判決でした。原裕美子の裁判での判決について紹介します。

執行猶予付きの判決

原裕美子が受けた1回目に受けた裁判は2017年11月、判決は懲役1年執行猶予3年でした。しかし、原裕美子が2度目に逮捕されたのは、その裁判からわずか3ヶ月後のことでした。この2度目の裁判で、原裕美子は自身の摂食障害と窃盗症という病気について告白しました。

そして裁判長は判決で、「常習性がある窃盗は強い非難に値するが、もう1度更生の機会を与えたい。その努力と才能を生かして再犯しないことを実現して欲しい」と述べました。言い渡された判決は懲役1年執行猶予4年でした。今後の更生を期待され、再犯でも執行猶予が付いた判決となったのです。

これ以降の裁判では、窃盗症による万引きの再判決でも執行猶予が付くというケースが増えてきたそうです。

現在は更生施設に通っている

2回目に逮捕された後、原裕美子は入院治療に取り組んでいました。そして現在は退院して関連施設に住み込み、更生施設に通いながら契約社員として働いているそうです。一時は自身の窃盗が大きく報じられたことによって、人前に出ることに強い恐怖を感じていた時期もあったようです。

カーテンを閉め切った部屋で布団を被り、インターネットで自分の評判を検索しているような状況だったそうです。しかし、現在ではその恐怖も克服したようです。現在の原裕美子は自らインタビューを受けるなど、病気などの事情を明らかにしたいという気持ちが強くなっているようです。

原裕美子は現在も窃盗症と戦っている

原裕美子が苦しんでいた窃盗症と摂食障害は、入院したから、更生施設に通っているからといって簡単に治るような病気ではありません。原裕美子は現在も病気と戦っています。治療のためには、その病気を引きおこす原因となるものを根本から排除することが必要になる場合もあります。

現在では、結婚式だけを挙げて入籍に至らなかった元婚約者へ対して裁判を起こし、裁判途中で和解に至ったそうです。過去に自分を苦しめた原因を解決するために動き出しているのです。同じように摂食障害や窃盗症を抱える人にとっては、原裕美子の更生が励みになると期待されています。

判決文の期待に応えるため、原裕美子は現在でも治療を続け、2度と過ちを繰り返さないと誓っています。今後の原裕美子の更生と活躍に期待しましょう。

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