植草一秀の今現在!冤罪を主張した事件での判決やミラーマンとは

植草一秀はどういった事件を起こし逮捕されたのでしょう。有罪判決を下されましたが冤罪であるのでしょうか。教授を解雇された植草一秀は現在は『知られざる真実』というブログを書き書籍も多く出しています。事件後の仕事や妻とは離婚したという噂についても調べています。

植草一秀の今現在!冤罪を主張した事件での判決やミラーマンとはのイメージ

目次

  1. 1植草一秀とは
  2. 2植草一秀が逮捕された事件①のぞき
  3. 3植草一秀が逮捕された事件②痴漢
  4. 4植草一秀は冤罪なのか?
  5. 5植草一秀の現在
  6. 6植草一秀の今後の動向に注目

植草一秀とは

1990年代にテレビでよく見かけていた植草一秀ですが、女性にわいせつな行為を行った疑いで、何度か逮捕されています。植草一秀とはどういった経歴を持ち、どういった人物なのでしょうか。

プロフィール

愛称:カッちゃん(少年隊時代)
本名:植草一秀
生年月日:1960年12月18日
現在年齢:58歳
出身地:東京都江戸川区
活動内容:経済評論家、経済学者
家族構成:妻、二人の子供

経歴

植草一秀は1979年3月に東京都立両国高等学校を卒業し、ジャニーズ事務所に入所しています。少年隊として活動し「かっちゃん」と呼ばれ、親しまれていました。大学は東京大学に入学し経済学部経済学科を卒業しています。経済学士を取っています。大学卒業後は野村総合研究所へ入社し、経済調査部を担当していました。

1985年7月には大蔵省財政金融研究所研究官となっています。1991年6月には京都大学の経済研究所助教授、その後もスタンフォード大学のフーバー研究所客員フェロー、野村総合研究所主席エコノミストといった役職に就き、2003年4月には早稲田大学大学院の公共経営研究科教授や大阪経済大学客員教授を経験しています。

ニュース等のテレビにも出演しコメンテーターとしても活躍する等、輝かしい経歴の持ち主である植草一秀ですが覗きや痴漢行為で捕まり、エリートコースから引きずり下ろされました。

植草一秀が逮捕された事件①のぞき

植草一秀は女子校生のスカートをのぞくというわいせつな行為を行ったとして、一度逮捕されています。どういう状況だったのでしょうか。事件の経緯について詳しく調べました。

女子高生のスカートの中を手鏡で覗こうとした疑い

のぞきの事件を起こした当時、植草一秀は早稲田大学で大学院教授として働いていました。2004年の4月8日の午後3時頃に自宅近くのJR品川駅で、都内の女子高生のスカートの中を手鏡でのぞいた容疑をかけられ、警察に捕まりました。

同日のおよそ2時間前に植草一秀がJR横浜駅でミニスカートの女性にまとわりついて、エスカレーターの上り下りをする不審な動きをしていたため、怪しいと感じた警察が植草一秀の後をつけたのです。そして品川駅で降りた植草一秀がエスカレーターを降りているときに、すれ違った女子高生の後ろについたときに逮捕されています。

植草一秀は最初「スカートの中は見ていない」と容疑を否定していました、手鏡はテレビ番組に出演するときの身だしなみを整えるためいつも持ち歩いていたのしょう。しかし、警察署で取り調べを受けた際に「ストレスでやってしまった」と容疑を認め謝罪しています。

事件の影響により早稲田大学の教授辞任

植草一秀が起こしたのぞきの事件がテレビや新聞で大きく取り上げられ、それまで出ていたテレビ番組の仕事を下されました。そして早稲田大学の教授も解雇されました。

ネットでは「ミラーマン」という蔑称も…

植草一秀はネット上で「ミラーマン」というあだ名もつけられました。思わぬ事故で植草鏡というアイテムを手に入れ、手に入れたアイテムによってスーパーヒーロー「ミラーマン」という別の顔となって、女子校生のスカートの中の治安を守るため、日々電車に乗ってスカートの中をのぞいているとネットで面白可笑しく書かれています。

植草一秀に有罪判決

2004年6月17日東京地裁で植草一秀が起こしたのぞきの事件の初公判が行われました。植草一秀は警察署で一度罪を認めましたが、主張が一転し起訴内容を否定し無罪であると主張しました。しかし警察側は、植草一秀が所有している車からインスタント写真やデジタルカメラの写真が見つかり、制服姿の女性が映った写真が何百枚と映っていたと述べています。

また植草一秀が所有する携帯電話も調べた結果、同じような制服姿の女性の画像が保存されていたと主張しています。植草一秀は8月30日に記者会見を行い、手鏡については身だしなみのために持ち歩いていたと説明しました。一度警察署で罪を認め謝罪したことについては警察に刑を軽くすると言われたからだと弁明しています。

しかし植草の必死の抗議も届かず、翌年の2005年3月23日に裁判所は警察側の主張を採用し、植草一秀の現行犯逮捕が最大の証拠であるとし、植草一秀は有罪となり50万円の罰金と手鏡を1つ取り上げられました。

刑を言い渡された植草一秀は、無罪だと言っていましたが控訴はしませんでした。何もせずに刑を受け入れたのは、裁判所に何も期待できないと判断したからでしょう。

植草一秀が逮捕された事件②痴漢

植草一秀は手鏡でスカートをのぞいた事件の裁判も終わって、わずか1年しか経っていないにもかかわらず、痴漢した容疑をかけられて再び警察に捕まっています。どういった状況だったのか痴漢行為で捕まった経緯について調べました。

電車内で女子高生への痴漢行為の疑い

2006年の9月13日の夜の10時頃に植草一秀は品川から蒲田駅までの京浜急行下り快特電車に乗っていました。植草一秀はその電車内で女子校生のお尻をスカートの上から触った後、スカートをめくり上げ下着の上からお尻を1分間ほど触ったという痴漢行為を行ったのです。

女性が「子供が見ているのに恥ずかしくないのですか。」と声を上げとことで、電車に乗っていた男性2人に蒲田駅事務室に連れて行かれ、再び現行犯で警察に捕まりました。蒲田駅の駅事務室では、植草一秀は酔っ払っていましたが痴漢したと罪を認めていました。

容疑を認めたものの一転無罪を主張

痴漢行為の初公判は東京地裁で、2006年12月6日に行われました。一度罪は認めていたものの、植草一秀は酔っ払っていて記憶にないが絶対にやっていないと無罪を訴えました。植草一秀は度数の強いお酒を何十杯も飲んでいた泥酔状態のために痴漢はできなかったと主張しました。

また痴漢した時に右手は肩から下げたショルダーバックを持ち、左手は傘を持っていたので両手はふさがっていたと訴えています。しかし傘はショルダーバックにかけたり、ショルダーバックを肩にかけながらも右手で持つことができるので、痴漢していないという証明する証拠にはならないでしょう。

2回目の裁判では、痴漢行為を見たという人が証人として現場を証言しました。痴漢されたという女性もビデオで証言し、痴漢されたときの衣服も調べており証拠は揃っていました。植草一秀は電車内で居眠りしていたが、一人だったためアリバイはなく、無実は証明できませんでした。

3回目の裁判では、痴漢行為をされた女性の衣服を調べた科捜研の人が証言し、植草一秀は追い込まれました。裁判で何度も保釈を拒否された後、保釈金600万円を支払いで翌年2007年の1月22日にようやく保釈されました。

家族を守るため自殺未遂も…

痴漢行為で逮捕されそうになった時、植草一秀は痴漢をしていないのに犯人に仕立て上げられると思い、駅事務所で自殺しようとしていました。警察でも偽りの証言をさせられるので、植草一秀はもう後がないと思ったのでしょう。

手鏡でスカートの中をのぞいたという事件でマスコミに叩かれ、家族にも迷惑をかけるとわかっていたため、植草一秀は自分が死ぬことによって家族を守ろうとしたのです。

警察では自殺するタイミングはないので、駅事務所で駅員がよそを見ているときにネクタイを外し、ネクタイで植草一秀は自分の首を締めました。途中で気づいた駅員に抑えられたことによって未遂で終わっています。植草一秀は首を締めたことによって、しばらくは両目は真っ赤に充血してしまいました。

懲役4月の実刑判決

保釈された後の2007年10月16日に行われた裁判では、裁判官は植草一秀の主張は筋が通っておらず、手鏡でスカートの中をのぞいた事件から全く反省の意志が見られないと植草一秀を責めました。そして二度も女性に対して迷惑な行為をして捕まっているので3度目の犯行の可能性があるとし、懲役4月の実刑を植草一秀に下したのです。

実刑判決が下った植草一秀は前回は控訴しませんでしたが、今度は控訴しています。植草一秀は独自で大学の教授に調べてもらった結果、植草一秀の指についていた繊維は駅員の制服であったと調査結果を証拠として提出しようとしていました。

また調べてくれた大学教授を証人として、法廷に立って証言してもらおうとしました。しかし裁判所はこれを認めることはありませんでした。無罪を訴え続けた努力もむなしく、控訴も上告も棄却された植草一秀は、懲役4ヶ月の刑を受け、出所したのは2009年の10月4日でした。

植草一秀は冤罪なのか?

女性に対するわいせつ行為で何度も逮捕された植草一秀ですが、どの事件でも最終的には無罪を主張していました。植草一秀は事件についての本も出版し、自身の無実を訴えています。世間では植草一秀が冤罪であるかどうかについて、賛否両論の声が上がっています。果たして植草一秀は冤罪なのでしょうか。

書籍「知られざる真実」で冤罪を主張

植草一秀は2つの事件において自分が冤罪であるということを、2007年8月に出版された『知られざる真実』というタイトルの書籍で明かしています。事件が起こった経緯や、自殺を図ろうとしたときの心情を詳しく執筆しています。また植草一秀はエコノミストであるので、当時の小泉政権の経済政策を批判する内容も書かれています。

本を読んだ人からは、植草一秀は冤罪でありマスコミを信用できないと実感したという声や、2回も逮捕されているので冤罪とは言えないのではないのかという声もあります。

名誉毀損で週刊誌及びテレビ局を提訴

のぞきや痴漢行為で逮捕されてマスコミや新聞で散々叩かれた植草一秀は、人権が脅かされたとして週刊誌などを相手に民事裁判を起こしました。植草一秀はのぞき事件の後に有名な週刊誌や新聞社を名誉毀損されたと訴え、5,000万円を超える額を損害賠償として請求しました。

テレビのある番組は調査もしていないのに、週刊誌の記事をそのまま報道したと非難しました。テレビや週刊誌は植草一秀の痴漢行為について有る事無い事大げさに書いたとし、謝罪と100万円以上支払い和解しています。

植草一秀を擁護する声も…

事件において警察や裁判官の言動が怪しいと感じる部分があったので、植草一秀は冤罪であると擁護する声も上がっています。のぞきの事件で植草一秀は防犯カメラの映像を求めましたが、防犯カメラの映像記録が破棄されていました。警察が証拠隠滅したのでしょうか。

また痴漢行為の事件でも、植草一秀は指についていた服の繊維は駅員の制服であるという証拠や、痴漢をしていないという目撃証言があったにも関わらず、認められなかったという不審な点がいくつかありました。

事件が起こる前の2003年に植草一秀は、政府も関わっていたと思われているりそな銀行のインサイダー取引があったことを指摘していました。インサイダー取引とは、未公開情報を不法に共有し利用し情報が公開される前に証券の売買を行うことです。

植草一秀を次の金融大臣にしようという動きもあったために、政府から目をつけられたのでしょうか。政府の策略にはめられたのではないかといった声も上がっています。日本の刑事裁判では起訴されると冤罪であっても確実に有罪になってしまうため、痴漢行為をしたと見せかけたのではないかと言われています。

植草一秀の現在

植草一秀はわいせつな行為で何度も逮捕され、職は解雇されテレビでも見かけなくなり社会的に生きづらくなったでしょう。植草一秀は現在どういった活動をしているのか調べました。

経済関連の著書を多数執筆

植草一秀は現在でも、政治や経済についての数多くの書籍を出版しています。2018年11月には『日本を直撃する「複合崩壊」の正体』を出版し、同年の12月には『国家はいつも嘘をつく--日本国民を欺く9のペテン』という書籍を出版しています。分厚い本を一年に何冊も書き精力的に活動し、エコノミストとして忙しい日々を過ごしているようです。

政治や社会についてのブログも更新

植草一秀は『知らざれる真実』というブログを開設しています。ブログではテレビでは報道されていない政治や経済について、植草一秀自独自の目線から見た考えが書かれています。ブログは現在でも続いており、頻繁に更新されています。

離婚したのかは明らかになっていない

植草一秀は結婚しており、のぞきの事件を起こした時には妻は植草一秀を信じているとコメントしました。何度もわいせつな事件で逮捕されているので、一部では植草一秀が離婚しているのではないかと言われていますが、本当のところは明らかになっていません。

植草一秀の今後の動向に注目

植草一秀は女子校生のスカートの中を手鏡でのぞいたり、電車内で痴漢を行ったとして何度も逮捕されていますが、逮捕される前の学歴や職歴は華やかで頭がいいということは間違いありません。現在ではテレビでは見かけなくなったものの、ブログや数多くの書籍で経済について語りエコノミストとして活動しています。

事件については植草一秀は無罪を主張しており、政府の策略なのではないかといった声もあります。今後は電車やバス等の公共交通機関を使った移動は避け、事件が起こらないように細心の注意を払い、経済界で話題になることが期待されます。

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