和泉元彌の現在!妻・羽野晶紀や子供は?ダブルブッキング事件とは!

狂言師の和泉元彌は現在、チョコレートプラネットの「そろり」モノマネが注目されています。妻である羽野晶紀や子供、母親に関するエピソードにも注目です。また、和泉元彌が世間を賑わせたダブルブッキング事件の経緯など、過去と現在の和泉元彌の芸能活動に迫っていきましょう。

和泉元彌の現在!妻・羽野晶紀や子供は?ダブルブッキング事件とは!のイメージ

目次

  1. 1和泉元彌とは
  2. 2和泉元彌が起こした世紀のダブルブッキング事件とは
  3. 3和泉元彌の家族にまつわる騒動
  4. 4和泉元彌の現在
  5. 5一世を風靡した和泉元彌は狂言の道を邁進している

和泉元彌とは

和泉元彌は狂言師・俳優として活躍している人物ですが、最近まで芸能界から姿を消していました。当時は妻の羽野晶紀や母親の和泉節子と多くのバラエティ番組で活躍し、俳優としても成功を収めていたので芸能界でも売れっ子でした。では具体的に和泉元彌がどのような人物・経歴なのかご紹介します。

和泉元彌のプロフィール

・芸名:和泉元彌(いずみもとや)
・本名:山脇元彌(やまわきもとひさ)
・生年月日:1974年6月4日
・現在年齢:44歳
・出身地:岐阜県
・血液型:A型
・身長:168cm
・活動内容:狂言師(自称和泉流二十世宗家)、俳優、尚美学園大学講師
・所属:和泉流宗家宗家会在籍
・家族構成:母(和泉節子)、妻(羽野晶紀)、娘2人

日本の伝統芸能の狂言師

和泉元彌は日本の伝統芸能の狂言師で、狂言とは能と同じく猿楽を洗練させた伝統芸能(笑劇)になります。和泉元彌は1歳半の頃から父親の指導で狂言を学び、1977年の3歳で『靫猿(うつぼざる)』で初舞台に立ちます。その後は9歳の頃に『三番叟』、10歳で『奈須与市語』、16歳では『木六駄』と『釣狐』を披きました。

さらに1994年には秘曲『花子』、1998年には一子相伝の秘曲『狸腹鼓(たぬきのはらつづみ)』を披いています。東京都板橋区出身の和泉元彌は明照幼稚園年少部から、青山学院の幼稚園、初等部、中等部、高等部を介して、青山学院大学文学部日本文学科を卒業しています。

妻は女優の羽野晶紀

和泉元彌の妻・羽野晶紀(はのあき)の馴れ初めとして、舞台『ロミオとジュリエット』で共演し、交際に発展します。2001年12月21日に妊娠発覚(できちゃった結婚)となりました。当時、母親の和泉節子は羽野晶紀との結婚に大反対しましたが、和泉元彌が母親の反対を押し切り、無事結婚します。

羽野晶紀はその後、芸能界を休業し2002年1月に仏前結婚式を行っています。2002年5月には女の子を出産、2004年7月には男の子を出産しました。2019年現在も和泉元彌と羽野晶紀は夫婦関係として結婚生活を送っています。

一時期はテレビを賑わす人気タレント

和泉元彌で特に話題になったのが、2000年末の『紅白歌合戦』の司会や2002年2月に行われたソルトレイクシティ・オリンピックのメインキャスターでした。和泉元彌は2001年のNHKの大河ドラマ『北条時宗』に出演し、狂言で鍛えた演技力の高さを披露しました。

また、2005年11月には横浜アリーナ「ハッスルマニア」で初のプロレスデビューを果たします。2005年から2006年に掛けては、駐車違反や所得隠し疑惑、接触事故などの事件でテレビの出演はめっきり減ってしまいました。

しかし、2008年春からは妻・羽野晶紀のタレントとしてテレビ出演、和泉元彌との生活環境を暴露して人気になっています。和泉元彌もそれに合わせてバラエティ番組を中心にドラマ・映画にも多数出演しています。

和泉元彌が起こした世紀のダブルブッキング事件とは

和泉元彌は2002年に起こした「ダブルブッキング事件」がテレビで大きく報道されました。世紀の大事件として現在でも記憶に残る和泉元彌の話題の1つです。これがきっかけで和泉元彌は一時期、テレビから姿を消しています。どうしてこの「ダブルブッキング事件」が起こってしまったのか、和泉元彌の当時の忙しさと事件の真相を調べてみました。

当時は目が回るほどの忙しさ

「その年は年間204公演もあったんです。私は掛け持ちだと思っています。なので、いまだにWブッキングが肩書のように言われるのはちょっと…。あの頃は何をしてもひと騒動。もし私がテレビだけで生きている人間であれば、命を粗末にしていたかもしれません。でも私には舞台があった。生きているからこそ舞台に立てる。そして拍手をいただける。そう思ったんです」

和泉元彌は2002年1月の妻・羽野晶紀との結婚報道により、テレビでは和泉元彌と羽野晶紀の結婚生活に大きく着目されました。2001年のNHK大河ドラマ『北条時宗』の主演を演じたことも大きく、バラエティ番組では普段の生活エピソードを暴露しています。

同時に妻・羽野晶紀も同じく有名となりました。当時のブレイクぶりは大きなもので、和泉元彌と羽野晶紀は一躍人気者になっています。さらに和泉元彌の2002年の公演数は200以上、トークを交えた狂言ライブや狂言教室を行い、人気を博していました。

ダブルブッキングが頻繁に起こる

和泉元彌が起こした「ダブルブッキング事件」は2002年頃でした。当時からすでに有名だった和泉元彌ですが、2002年2月の長野県での公演を途中で早退し、そのまま東京でのソルトレイクオリンピック関連のテレビ出演をしたことが大騒動になっています。

また、2002年7月には岐阜県と新宿・コマ劇場の公演が重なりました。さらに2002年9月には岡山県と長野県での公演が重なるなどダブルブッキングが相次いでいます。和泉元彌はこれらのダブルブッキングを上手く乗り切りましたが、中には遅刻やドタキャンで仕事に穴を開ける事もあったと言います。これは和泉元彌の1つの汚点と言えそうです。

有り得ない移動を可能に

●午前9時10分:岐阜県可児市の文化創造センターで公演終了

●午後0時30分:東京・新宿コマ劇場公演『天翔ける獅子ー義経と弁慶』開演
岐阜から東京までは約400キロ。それを3時間以内に移動するというのです。あらゆる交通機関を駆使しても、物理的に間に合いません。言うまでもなく、元彌のずさんなタスク管理が招いた人的ミスです。

和泉元彌は2002年の「ダブルブッキング事件」を驚きの方法で乗り切りました。詳細として、2002年2月の長野公演から東京でのオリンピック関連のテレビ出演の際、ヘリコプターに乗って早退します。テレビでは深夜ながら大きく取り上げられ、報道車で追いかけるという事件が発生しました。

さらに2002年7月の岐阜県から新宿・コマ劇場の公演へ行く際は、小型ジェット機をチャーターしてダブルブッキングを乗り切っています。この時、和泉元彌を追いかける追跡用の車やオートバイが30台にも及びました。これが「ダブルブッキング事件」として大きく話題となりました。

和泉元彌の家族にまつわる騒動

和泉元彌は家族にまつわる騒動も話題となりました。2001年の妻・羽野晶紀との結婚で話題の人となった和泉元彌ですが、2007年の「別居報道」で一気にイメージも一転します。さらに羽野晶紀への束縛エピソードや2002年の「和泉流宗家継承問題」もテレビで振り返ることになりました。

特に妻・羽野晶紀と母親・和泉節子との「嫁姑問題」や和泉元彌が妻・羽野晶紀に対して「束縛」をしているとテレビで報道が相次ぎました。当時、和泉元彌は相当なバッシングを受けたと言います。では、詳細としてどのような問題・事件があったのでしょうか。

①母親と妻の嫁姑問題

母親・和泉節子と妻・羽野晶紀の間には少なからず「嫁姑問題」があったと言います。詳細として、和泉元彌と羽野晶紀の結婚に大反対したとのことです。報道では母親・和泉節子が「関西弁の禁止」「マニキュア禁止」「お稽古ごと禁止」「車の運転禁止」「ノースリーブ禁止 」「芸能界を引退」を含む「七か条」を突きつけられたと話題になりました。

しかし、実際は羽野晶紀は「七か条」を突きつけられてはなかったそうです。ただ、母親・和泉節子から「芸能人の嫁を貰うつもりはない」「お仕事をセーブして、事務所を辞めて欲しい」と言われたのは事実と言います。羽野晶紀と母親・和泉節子の嫁姑問題はあったのは事実ですが、テレビでのイメージよりも軽いものだったと言えます。

②羽野晶紀への束縛エピソード

和泉元彌は妻・羽野晶紀への「束縛エピソード」も話題です。きっかけは2007年9月11日にスポーツ紙が暴露した和泉元彌との別居報道でした。理由は当時、和泉元彌の母親・和泉節子とのトラブルに加え、和泉元彌の束縛と言われていました。しかし、羽野晶紀はそれを否定し、2007年11月のテレビで「狂言の儀式のための別居」と説明しています。

束縛に関しては、2018年2月に羽野晶紀がバラエティ番組『ダウンタウンDX』で和泉元彌の束縛を暴露しています。結婚16年ながら「女子会に行くと2時間で10件のメール」や「病院では女医を指定される」という仰天エピソードを披露しました。番組内で羽野晶紀は和泉元彌にカウンセリングを勧めているとして笑いを誘っています。

③和泉流宗家継承問題

和泉元彌はさらに、2002年に「和泉流宗家継承問題」が取り上げられました。これは1995年に和泉元彌の父親である「和泉流十九世宗家」の和泉元秀が亡くなったことがきっかけです。父親の死後すぐに和泉元彌は「和泉流二十世宗家」を名乗っています。しかし、能楽協会は和泉元彌を宗家と認めず大反対、能楽協会から退会処分を実施します。

理由として和泉元彌の過去のスキャンダルや勝手な襲名で、宗家として認められないというものでした。これに反して、和泉元彌は能楽協会を訴えますが、2005年03月17日に東京地検が「退去は妥当」と敗訴判決を言い渡します。その後、和泉元彌は能楽協会の舞台には立てず、能の間に演じる『間狂言(あいきょうげん)』を演じられない状態となっています。

和泉元彌の現在

数々の騒動や事件があり、和泉元彌は時の人となってしまいました。しかし、現在も和泉元彌は狂言師を広める為の活動を行っています。和泉元彌は現在はどのような活動を行っているのでしょうか。また、2018年から現在にかけて、再びテレビへの出演で注目が集まっています。

和泉元彌の「そろりそろり」のモノマネをしているお笑いコンビ・チョコレートプラネットの影響が大きいと言えます。では、和泉元彌とチョコレートプラネットとの関係はどのようになっているのでしょうか。

狂言を広める為の講演などを行う

和泉元彌は現在も自称「和泉流二十世宗家」を名乗っています。和泉元彌は主にアメーバブログやツイッターで情報公開をしており、そこで狂言を広める為の公演やイベント情報を公開しています。アメーバブログのトップページには「和泉会別会」や「狂言ライブ」を紹介しており、日本全国で狂言を含めた講演会ならびに狂言ライブを披露しています。

子供たちへの狂言の指導も

和泉元彌は狂言を広めるべく、子供たちに向けての狂言の指導や鑑賞教室なども行っています。日本全国の小学校や中学校などで指導・教室を行い、子供たちへに狂言を身近に感じてもらう活動に力を入れている事が分かります。その詳細はアメーバブログでの報告、ツイッターでの報告で明らかになっています。

また、和泉元彌には子供がおり、娘1人と息子1人がいます。現在、和泉元彌は「株式会社和泉宗家」を設立し、自主公演のみの活動となっている状態です。自身の子供への狂言師としての活動が制限される中、その分多くの子供たちへの熱心な教室・公演を行っています。現時点では和泉元彌は自身の子供に狂言の指導をしている様子は伺えません。

チョコレートプラネットにモノマネ「そろりそろり」を指導

お笑いコンビ・チョコレートプラネットは2018年に和泉元彌の「そろりそろり」モノマネで人気になりました。これがきっかけとなり、和泉元彌は現在テレビ出演が増えてきている状態です。しかし、2018年12月『金曜★ロンドンハーツ』にて和泉元彌はモノマネをするチョコレートプラネットに対し「そろりそろりの手の形が悪い」と指導しています。

さらにチョコレートプラネットのモノマネのクオリティを上げるために厳しい指導を行います。現在チョコレートプラネットは「TT兄弟」としてブレイク中です。それにあやかり、和泉元彌とIKKOで「II兄弟」というTT兄弟のオマージュを2019年2月『行列のできる法律相談所』で披露しました。和泉元彌とチョコレートプラネットの関係は良好と言えそうです。

一世を風靡した和泉元彌は狂言の道を邁進している

和泉元彌は過去に妻・羽野晶紀の嫁姑問題やダブルブッキング事件、和泉流宗家継承問題が大きく話題となりました。和泉元彌は報道によるバッシングに絶え抜き、狂言イベントや講演会、子供たちへの狂言師としての教室などを積極的に行っています。狂言師としての活動がメインであることは間違いありません。

しかし、2018年のチョコレートプラネットのモノマネがきっかけで、再び脚光を浴びている事実があります。今後、テレビではどんな活躍が求められていくのでしょうか。今後の和泉元彌のテレビでの活躍と狂言師としての活動に注目、期待していきましょう。

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この記事のライター
村上修一
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