今井メロの現在!動画出演・レイプ・風俗・病気など壮絶な過去とは【元スノーボード選手】

今井メロは元スノーボード選手で、世界ジュニア選手権で優勝、トリノオリンピックの代表として出場しました。その後AV女優に転身し、結婚もして子供が2人います。今井メロの人生は波乱万丈で、レイプや病気などの不幸な目にも遭っています。その詳細を紹介していきます。

今井メロの現在!動画出演・レイプ・風俗・病気など壮絶な過去とは【元スノーボード選手】のイメージ

目次

  1. 1今井メロとは
  2. 2今井メロの生い立ちと家族
  3. 3才能あふれる今井メロの兄弟
  4. 4今井メロの華々しい経歴
  5. 5ジェットコースター人生!今井メロの壮絶な過去
  6. 6今井メロの結婚歴
  7. 7今井メロの現在
  8. 8今井メロは現在3足のわらじを履いている

今井メロとは

今井メロは、スノーボードハーフパイプの選手であり、AV女優、タレントとしても活躍している女性です。わずか12歳でモーグル選手として全日本に出場し、史上最年少プロスノーボーダーとして認定されています。しかし意見の相違から父親が代表を務める「夢くらぶ」を2005年に脱退し、翌年のトリノオリンピックでは予選敗退となりました。

様々な成果を上げてきた今井メロでしたが、トリノオリンピック以降は意欲をなくし、苦境に立たされていきます。2度の出来ちゃった結婚や自殺未遂などを経て、人生に翻弄されることとなりました。そんな今井メロは現在どうしているのでしょう。今井メロの人生を辿っていきます。

今井メロのプロフィール

・愛称:今井メロ
・本名:今井 夢露
・生年月日:1987年10月26日
・現在年齢:31歳
・出身地:大阪府
・血液型:0型
・身長:156 cm
・活動内容:スノーボード選手、タレント、アダルトビデオ女優
・事務所:アンドエム
・家族構成:子供2人

最年少プロスノーボーダーとなる

前述の通り今井メロは、幼少期の頃からモーグル選手として全日本に参加していました。そして、わずか12歳で史上最年少プロスノーボーダーに認定されています。大阪の中学校を卒業すると高校には進学せず、父親の元でスノーボードの練習を積んできました。冬は主に長野県で練習をしていたということです。

今井メロは5歳までモーグル選手として大会で活躍していましたが、6歳になるとスノーボードに転向しています。その過酷な練習内容は、後程説明していきます。

トリノオリンピックの代表選手

今井メロは2006年のトリノオリンピックに代表選手として出場しています。オリンピックの壮行会では自作のラップを披露するなどし、明るい気持ちで臨んでいたようです。しかし得意技の「メロウ720(メロウ・セブン)」で挑戦するも、2回の挑戦で転倒し、1回目は50点満点中7.2点、2回目は1.4点で予選敗退となりました。

今井メロの生い立ちと家族

今井メロは1987年10月26日、大阪市の住之江区に生まれました。父親はファッションカメラマンですが、スノーボードの指導者でもあります。アスリートではありませんが、アスリートになる夢をもっていたのか、4人中3人の子供に童夢、緑夢、夢露と「夢」の付いている名前を付けています。

そして子供たちに、小さい頃からスノーボードの英才教育をしていたと言われています。しかし今井メロが5歳になると、両親が離婚、母親は二男と家を出ました。二世帯住宅に住んでいた今井メロは、厳しい父親から逃れるように、よく隣の祖母の住まいに行き、話しを聞いてもらったということです。唯一のよりどころだったのかもしれません。

そんな今井メロの詳しい生い立ちを辿っていきます。

父親の指導でスノーボードを始める

今井メロの父親の指導は、相当のスパルタ練習を強いていたと言われています。幼いころから厳しい指導を受けていた今井メロは、6歳になるとモーグルから本格的なスノーボーダーになるため転向しています。毎日長時間の練習に加え、指導のための暴力が次第に過激になっていったようです。

父親の厳しい指導から逃れるため、今井メロは自ら児童養護施設に入所したこともあるということです。また今井メロは、極限状態まで強いられた練習によって精神状態に支障をきたし、精神科に入院する事態にまで至っています。

今井メロがノーボード界で頂点に立った経験を持ちながら、たった1回の挫折でひどく落ち込んでしまったのも、父親の影響だったのかもしれません。

幼少期からスポーツに打ち込む

今井メロは5歳までモーグル選手として活躍しています。その後6歳でスノーボードに転向しているわけですが、沢山の成績を残しています。2001年の14歳の時、秋田ワールドゲームズのウェイクボードで優勝しています。その後2002年のスノーボード世界選手権で優勝、2004年から2005年にかけては種目別の総合優勝をしています。

父親の厳しい練習にも耐え、その功績が認められて2006年のトリノオリンピックでは、スノーボードの代表選手に選ばれています。しかしアニメ『巨人の星』を絵に描いたような父親のスパルタ指導に、今井メロは父親を憎んでいたのではと言われています。

高校進学はせず

今井メロは中学校を卒業すると、スノーボードに打ち込むため高校には進学しませんでした。その甲斐あってスノーボーダーとして世界ランキング1位を獲得しています。その頃の今井メロは、スポンサー側から毎月60万円を支払われていたといいます。更に、ボーナスも付いていて、1回300万円をもらっていたため、金銭感覚が失われていたようです。

また父親との確執もあり、2005年に父親が代表を務めているスキークラブの「夢くらぶ」を脱退し、今井メロ個人で日本スキー連盟に登録しています。

両親は離婚

幼いころから父親のスパルタ的指導を受けていた今井メロですが、5歳の時に母親と父親は子供の育て方の意見が合わず、離婚しています。そのため母親は、二男を連れて家を出ました。両親の離婚という事実は、今井メロにとって極度な精神的ストレスを与えたかもしれません。今井メロは、家族に恵まれていなかったようです。

母親が離れていき、厳しい父親と生きていかなければならなかった幼い今井メロの心の中は、寂しさと不安でいっぱいではなかったのでしょうか。

今井メロは、小学校に就学する前の出来事は、あまり覚えていないと明かしています。離婚の影響からか、父親の指導は徐々に厳しさを増していきます。練習で父親の思うようなことが出来ないと、その度に顔面をなぐられたそうです。そして今井メロが15歳になると、反抗期も相まって度々家出するようになりました。

その結果今井メロは行き場がなくなり、自ら児童養護施設に入所します。しかし心の傷は癒えることなく精神状態が不安定となり、約1年の精神科への入院加療を余儀なくされています。その後父親は、元モデルの女性と再婚しています。父親もまた、精神的に障害を抱えた人物であったかもしれません。

才能あふれる今井メロの兄弟

今井メロの兄弟である成田童夢(どうむ)と成田緑夢(ぐりむ)も、才能のあるスノーボーダーでした。今井メロと2人の兄弟は、24時間父親から生活面でも監視されていたようです。しかし、今井メロの家出騒動によりこの監視体制から解放されました。

弟の成田緑夢はその後トランポリンに興味を持ち、母親の後押しもあって教室に通うようになったということです。兄の成田童夢は、トリノオリンピックに出場しています。その後タレントとなり、結婚しているそうです。今井メロの兄弟たちは才能あふれる2人ですが、どんな2人なのか詳細を説明していきます。

兄・成田童夢

今井メロの兄、成田童夢は、1985年9月22日生まれで、幼少期は父親の指導を受けながらウェイクボードをやっており、モーグルで全日本に参戦しました。幼いころから声優になる夢があったということです。しかし父親から「スノーボードでオリンピックに出たら、声優になっても良い」と言われ、それを信じてスノーボードに打ち込んだそうです。

2002年3月の全日本スキー選手権大会スノーボード競技で初優勝を果たし、同年の12月にはスノーボード・ワールドカップウィスラー大会でも優勝しています。

翌年の2月に左膝の靭帯切断という大怪我をしましたが、12月11日のワールドカップウィスラー大会で優勝しています。イタリアのバルドネッキア大会では、今井メロと2人で優勝台を飾りました。トリノオリンピックでは予選敗退となり、スノーボードから引退、引きこもりの生活が続きました。

その後2011年、タレント活動や父の「夢くらぶ」で後進の育成にも携わっています。そして2015年に一般女性と結婚して現在に至っています。今井メロが家出したことは前述のとおりですが、成田童夢は今井メロよりも先に家出をしています。やはり父親のスパルタ指導に耐えられなかったのかもしれません。

弟・成田緑夢

今井メロの弟である成田緑夢は、1998年の長野オリンピックで、スノーボードのデモンストレーションを務めています。スノーボードの世界的プレイヤー、ショーン・ホワイトの技「ダブルマックツイスト1260°」を軽々とやってのける実力の持ち主でもあります。

また、トランポリン競技でも2010年の高校総体で歴代最高得点の16.3点で、最高難度賞を受賞しています。しかし2013年にトランポリンの練習中の事故で、左足の腓骨神経麻痺(ひこつしんけいまひ)の重傷を負い、身体障害者6級に認定されてしまいました。

その後は怪我を克服しハーフパイプ競技に復帰、2020年のパラリンピックを目指して頑張っている様です。2018年の平昌パラリンピックでは、スノーボードクロスで銅メダルを獲得しています。しかし同年の3月にスノーボード競技を引退しました。このような経歴から、同年春の褒章で紫綬褒章を受賞しています。

今井メロの華々しい経歴

今井メロは2001年から2017年のスノーボード界で、華々しい経歴を残しています。テレビなどでも今井メロの姿を見ている人は沢山いるのではないでしょうか。オリンピック出場やワールドカップなど、プロのスノーボーダーとして数々の大会で優勝しています。そんな今井メロの栄光を紹介していきます。

全日本スキー選手権スノーボード優勝

今井メロは、2001年の全日本スキー選手権大会スノーボード競技に、わずか14歳で優勝しています。12歳で世界最年少のプロスノーボーダーとして認定され、父の元長野県を練習の活動拠点として頑張ってきました。厳しい練習の成果もあって実力を伸ばし、世界に今井メロの名を広めています。

世界ジュニア選手権優勝

今井メロは2002年の15歳の時、世界ジュニア選手権で優勝すると、2004年の全日本スキー選手権大会スノーボード競技でも優勝、2005年のスノーボード・ワールドカップ韓国・星宇(せう)大会でも優勝を飾っています。

2004年から2005年は中学校を卒業して高校に進学せず、スノーボードに専念しました。この功績は今井メロを、スノーボード世界ランキング1位にのし上げたのです。

ワールドカップ優勝

今井メロは2004年から2005年シーズンに行われた種目別総合優勝を果たしています。その功績で世界ランキング1位になったことは上記でも説明していますが、2005年に父が代表の「夢くらぶ」を脱退しました。それは父の指導方針に理由があったようです。

夢くらぶを脱退してからは、今までの成田姓を母親の姓の「今井」に改名し、今井メロの名前で日本スキー連盟に登録しました。2006年にはトリノオリンピックの代表として選出され、スノーボードハーフパイプ日本代表として参加しています。しかし思ったような競技ができず、結果は34位の予選敗退となってしまいました。

高鷲カップ優勝

トリノオリンピック後の2007年に開催された、高鷲(たかす)スノーパークでの全日本選手権ハーフパイプでは4位に終わっています。しかし2008年の2月に行われた高鷲カップで優勝します。そして、同年7月に今井メロのイメージDVD『mellow メロウ』が発売されています。

しかしオリンピックが終わり、2008年の高鷲カップ優勝後は、今井メロにとって最悪の人生を辿っていくことになります。

ジェットコースター人生!今井メロの壮絶な過去

幼くしてプロスノーボーダーに認定され、数々の優勝を勝ち取ってオリンピック選手にまでのし上がった今井メロは、まさに人生の絶頂だったのではないでしょうか。父親との確執から精神科に入院してようやく回復し、これからの人生を謳歌しようとしていました。しかし今井メロにはその後壮絶な人生が待っていたのです。

頂点に登りつめ、そこから真っ逆さまに下降していくジェットコースターのような人生とは、どのようなものだったのでしょうか。今井メロのその後を辿っていきます。

数ある大会優勝で注目される

数々の大会で好成績をおさめた今井メロは、世間から注目を集めることとなります。前述とおり、スポンサーからの謝礼金は月に60万円、ボーナスは300万円ほど貰っていたようです。まだ思春期の若者にとって多額のお金が舞い込んでくることは、今後の人生に影響がなかったのでしょうか。

オリンピックで予選敗退となりましたが、その頃はまだ若かったこともあり、次のオリンピックに期待をかけられていたようです。そんな注目もまた、今井メロにとってプレッシャーとなったのかもしれません。

高校生にレイプされる

全日本スキー選手権大会を制していた2004年頃、今井メロは高校生たちによってレイプされています。その時の今井メロは、男性経験はなかったということです。犯人の一人は手にイニシャルのようなタトゥーが彫ってあったそうです。父親の暴力やレイプなど様々な要因が重なり、今井メロの人生の歯車はどんどん狂っていったのかもしれません。

オリンピック壮行会でのメロラップ

レイプにあった苦しみを忘れ、父親との確執からも逃れられて向かったトリノオリンピックで、今井メロはとても明るい表情でした。トリノオリンピックの壮行会では、ノリノリのラップを披露しています。自作のラップで、今井メロが『夢』という名前を付けたラップでした。

後にこのラップは、メディアで『メロラップ』と言われて報道されています。この時の今井メロは、人生で最高に楽しい時だったのではないでしょうか。

挫折から一気に転落人生へ

今井メロは、トリノオリンピックでの惨敗を「練習不足」と反省していたようです。オリンピックから帰国した今井メロは、惨敗に帰したことのショックからか、引きこもりの生活に入りました。部屋に閉じこもり、尾崎豊の『卒業』を大音量で流していたということです。

当時母親と一緒に暮らしていた今井メロは、母親から「部屋にこもってないでアルバイトでもしたら」と言われたのに腹をたて、口論した末に家から飛び出したそうです。今井メロは父親の元から飛び出し、心が解放されたせいか、この頃から夜の街に興味を示し、度々出歩くようになったということです。

風俗と豪遊生活

父親との確執から母親と暮らすようになり、その母親の言葉にまた傷ついてしまった今井メロは、誰も信用できなくなったのかもしれません。その後、1人で生きていくために大阪ミナミのキャバクラに勤め始めました。そこで大金を稼ぐようになると、ホストクラブで全てを使い果たします。

更に選手時代に稼いだお金も、車をかったりホストクラブ通いで全部失っています。1晩で100万円を使うこともあり、総額で500万円以上をホストに貢いでいたようです。今までスノーボード一筋だった人生とは全く正反対の世界を知り、男性からチヤホヤされるのが嬉しかったのかもしれません。

ホストクラブで豪遊している最中に、友人から結婚式の招待状を貰うと、最低でも10万円を包まなければと思ったそうです。それは見栄なのでしょうか。ホストクラブ通いでお金がなかった今井メロは、知り合いに風俗の店を紹介してもらい、3日間働いて15万円用意し、ご祝儀にしたと後に明かしています。

しかし今井メロの元彼が、今井メロが風俗で働いていることを週刊誌に暴露し、情報を売ってしまいました。その事がショックでリストカットし、救急車で運ばれたことが数度あります。唯一の親友だった「ちえこさん」と名乗る人が、今井メロの悩みを聞いてくれましたが、数年後にその友人も事故で亡くなっています。

今井メロは心のよりどころさえ失ってしまい、心神喪失の状態になっていきます。後に今井メロは自分のブログで、その時のことを死んでしまいたかったと綴っています。

芸能界に入るも注目されず

今井メロは、大阪のキャバクラや風俗で働いている時期に、芸能界に入ることも目指していました。しかし20歳で妊娠し、中絶と共に一度断念しています。また心機一転、2008年から芸能界を目指して自身のイメージビデオ『mellow』を制作し発売しましたが、注目されず不発に終わってしまいます。

今井メロの結婚歴

スノーボードで一世を風靡した今井メロは、その後両親の元を離れ風俗やキャバクラで働き、妊娠中絶を経て芸能界活動をします。しかし、あまりにも過酷な人生に翻弄されてきた今井メロは、次に待ち受ける人生も人並みではなかったようです。

結婚するも離婚し、病気に悩まされる時期もあったということです。そんな今井メロの結婚についても紹介していきます。

最初の結婚と出産

今井メロは、2010年に一般人の年下の男性と結婚します。この時は出来ちゃった結婚だったようです。そして同年の7月に長男を出産しています。しかしこの結婚は失敗に終わってしまいます。今井メロが長男を出産してから、最初の夫は子供に対してDVの兆候があったようです。そのため、夫への愛情は間もなく冷めていったと語っています。

夫のDVで離婚

最初の夫と結婚した今井メロは、長男がDV被害にあっていることを児童相談所に相談しています。児童相談所ではこれを重く受け止め、保護されました。結婚した夫が働かないので、今井メロは長男と一緒に故郷の大阪に戻り、生活保護を受給しながら子育てをしました。

同時に夫との離婚協議も進めており、2011年2月に離婚が成立、長男の親権は今井メロに渡されています。

子連れの再婚

最初の夫と離婚が成立した年に、今井メロは大阪市西成区の無職で生活保護受給者の男性と子連れの結婚をします。その男性は、二世代に渡って生活保護受給者の家族の生まれだということでした。そんな環境だったので、今井メロは栄養失調状態だったようです。しかし妊娠してしまい2011年10月にその妊娠が異常妊娠であると告げられました。

結婚生活が困窮しており、栄養状態が悪かったのが原因だと言われています。11月9日には帝王切開で、長女をわずか1000グラムという未熟児で産んでいます。しかも生まれた子供は双子で、もう一人の子供は、上半身がない「無心体」だったそうです。5万人に1人の確率で形成される異常妊娠で、死産となってしまいました。

出産と病気の発覚

今井メロは、2度目の結婚相手の子供を出産した時、子宮頸がんの病気を罹患していました。一刻を争う子宮頸がんの治療と、子育ての両立は困難です。今井メロ自身は帝王切開で長期の入院、長女は小児ICUに入っているため、長男は2人目の結婚した夫に託すことになりました。長女は1000グラムという未熟児でしたので、長期の入院が必要でした。

今井メロも帝王切開で体力を回復するのに時間を要したことでしょう。しかし、世間では良からぬうわさが飛び交っていたのです。12月20日に発売された『女性自身』で、今井メロが長女の入院先に姿を見せないと報道されたのです。「今井メロが出産後退院してから、長女の元に訪れたのはたったの5回だけ」ということでした。

「退院してから9日経っても赤ちゃんの所に姿を見せないので、病院でも心配している」とも同紙には書かれていました。この情報を知った今井メロは、「これは事実ではない」とブログで猛反発しています。長男と自分自身が風邪をひいたことや、帝王切開という手術を受けて体が思うように動けなかった事などを綴っていました。

また、「長女に遭いたくて、手術した傷口を気にしながらも会いに行っています」と憤りを露わにしていました。病院にあまり行けなかったもう一つの理由は、生活の困窮によるものだったと言われています。このことは本人や病院も認めていて、毎日病院通いするような経済的余裕がなかったのも事実のようです。

しかし生活保護を受けながらパソコンを2台購入したり、スマートフォンも2台購入しています。これは今井メロのブログに綴られていました。その他エステサロンで施術をしてもらっている姿や、綺麗にネイルを入れている写真などもブログにアップされています。

このように生活保護受給者とは程遠いような贅沢な生活が垣間見えたことからも、バッシングの対象となったようです。子供のために受給していると豪語していた今井メロでしたが、生活保護受給分の殆どが自分のために使われていたのかもしれません。

再び離婚でシングルマザーに

そんなバッシングの中、思いもよらない事実が発覚します。長女の血液型を調べたらB型だということでした。今井メロはO型で、2番目の結婚相手はA型です。明らかに長女は現在の夫の子供でないことがわかったのです。その事実から、長女は今井メロが不倫した時に出来た子供ではないかと話題になりました。

そしてその後、2番目の結婚相手とも夫婦生活が苦痛という理由で離婚し、シングルマザーになりました。家族環境に恵まれなかった今井メロは、結婚の理想が他の人よりも高かったのではないでしょうか。今井メロの壮絶な人生は、自分で招いた結果によるものも少なからずあったようです。

覚せい剤が原因で精神不安定になった?

今井メロは、これまで週刊誌やネットなどで誹謗中傷を受け騒がれてきましたが、2013年の7月に週刊文春で、覚せい剤使用疑惑という報道もされてしまいました。この報道で、今井メロの自宅には当時メディア各局が押し寄せたということでした。この時今井メロは、パニック状態になり人間不信になったと明かしています。

覚せい剤報道には根拠があったということです。今井メロのブログで、当時交際していた知人の中に覚せい剤を使っているような書き込みがあったそうです。

今井メロは、この時インタビューで「覚せい剤を使っていた本人とは縁を切った。子供がいる身ですから家族のためにしっかりとした生活を築きたい。これからの私を見ていてください」と宣言しています。

このインタビューの際、今井メロはもう一つ告げています。長女を実家の母に預けているとした発言は嘘で、実際は療養施設に入れていたと言っています。「わずか1000グラムという未熟児で生まれた長女は、発育が遅く未だに病院通いをしている状態。仕事の関係で母親にも助けてもらっている」と言っていたのです。

しかしこれが嘘だったということを、インタビューの際に謝罪しています。また、男性不信のことを告げると、ネットでは「痛々しい女」と呼ばれ、共感を得ることはなかったと言われています。世間でのバッシングは続いているため、今後の今井メロの行動が問われるのではないでしょうか。

今井メロの現在

2度の離婚や異常妊娠、帝王切開による出産、子宮頸がんなどの辛い過去を経て、今井メロは現在どのような暮らしをしているのでしょうか。生活保護受給に対しては、世間から大バッシングを浴びてしまいました。自叙伝の『泣いて、病んで、でも笑って 今井メロ』でも、壮絶な過去を振り返っています。

しかし配偶者がいなくなった現在、2人の子供を一人で育てなければならない状況で、今後の今井メロの行動が注目されます。

整形手術を告白

現在の今井メロは、選手時代の顔と比べるとかなり変わっているように見えます。自分の顔にコンプレックスがあり、整形手術を行ったことを告白しています。全切開二重手術で目を二重にしたり、シリコンプロテーゼを入れて鼻を高くしています。また、顔の輪郭を美しく見せるために頬骨も削っているとも言われています。

復帰して全日本優勝

今井メロは、2017年3月13日に岐阜県で行われた第35回JSBA全日本スノーボード選手権大会のハーフパイプ種目に出場、優勝しています。11年ぶりの大会出場でしたが、今井メロの才能を再度開花させることとなりました。大会のための練習は、大会直前のたった4日間だったそうです。

この結果に再び自信を取り戻した今井メロは、スノーボード指導員免許を取得して、スノーボード界に戻りたいと明かしていました。

AVデビューを果たす

今井メロは、2017年3月に全日本スノーボード選手権で優勝を勝ち取った後、MUTEKIというアダルトビデオメーカーからAVデビューを果たします。2人の子供がいるのにAV女優なんて大丈夫だろうかと、世間では心配される声もありました。

しかしシングルマザーで2人の子供を育てるには、稼ぎの良いAV女優で生活をしていかなければならない、ということもあるのではないでしょうか。またAV界での仕事のかたわら、パチスロの営業などもやっているということです。

舞台女優としても活動

今井メロは、2015年に『GARO』という長編特撮映画に、妖艶な女性役として出演しています。2016年にはテレビ東京の『ヨソで言わんとい亭~ココだけの話が聞ける(秘)料亭~』に出演、2017年にはAV女優と兼業してフジテレビ系列のバラエティ番組に出演しています。

今井メロは女優転向宣言もしていて、当時はネットでかなり批判的な声が多かったようです。芸能界からもオファーは来なかったようで、現在はAV女優をしながら舞台女優としても活躍中だということです。

今井メロは現在3足のわらじを履いている

幼少期から父親の行き過ぎた指導に心を痛めていた今井メロは、その後スノーボーダーとして数々の優勝を勝ち取りました。しかし、トリノオリンピックの予選敗退をきっかけに、心が荒んでいき風俗などで働きホストクラブ通いで身を滅ぼしていきます。

そして2度の結婚と離婚、2度の出産を経て現在に至っています。今井メロの男性遍歴は、幼いころから厳しいだけの父親から愛情を受けられず、思春期以降他の男性に父親の愛情を求めた結果なのではないでしょうか。他の男性からはもちろん父親のような愛情を感じられず、失望して2度の離婚や不倫などに至ったのかもしれません。

現在は2人のお子さんと暮らしているようで、スノーボーダー、舞台女優、AV女優と3足のわらじを履き頑張っているようです。今後は心の傷を癒し、お子さんと3人で幸せな人生を送っていくことが課題となるでしょう。

関連する記事はこちら

Thumb岡田奈々(女優)の現在!事件の真相や結婚は?今は劣化?【画像】
アイドルや女優として大人気だった岡田奈々のデビューから今現在に至るまでの活躍をまとめました。...
Thumb田村英里子の現在!結婚している?レイプ事件の真相とは
アイドルとしてデビューした女優の田村英里子は、当時タイアップアニメを制作されるなど話題となり...

関連するまとめ

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ