ジェームス・バルガー事件の概要!犯人と被害者の子供のその後・現在は

ジェームス・バルガー事件は、1993年に英国中を震撼させた誘拐殺人事件です。当時2歳のジェームス・バルガーくんは、少年2人組に連れ去られ、暴行を受けた後に死亡しました。そんなジェームス・バルガー事件の概要とともに、判決や加害者のその後についてご紹介いたします。

ジェームス・バルガー事件の概要!犯人と被害者の子供のその後・現在はのイメージ

目次

  1. 1英国で起こったジェームス・バルガー事件とは
  2. 2誘拐された被害者はわずか2歳の子供
  3. 3ジェームス・バルガー事件の詳細
  4. 4ジェームス・バルガー事件の判決とその後
  5. 5犯人の少年2人は現在再犯で逮捕されていた

英国で起こったジェームス・バルガー事件とは

ジェームス・バルガー事件とは一体どのような事件なのでしょうか。事件の被害者であるジェームス・バルガーくんは、当時2歳の男の子でした。事件当時、ジェームスくんはショッピングセンター内にある店の外で母親が戻るのを待っていました。

しかし、学校を無断欠席した10歳の少年2人の手によって誘拐された後に殺害されています。子供が子供を殺害したジェームス・バルガー事件は世間に大きな衝撃を与え、英国のみに留まらず世界中でマスコミによる報道合戦が連日繰り広げられる事となりました。

10歳の少年2人組が2歳の男の子を誘拐し殺害

ジェームス・バルガー事件は1993年にジョン・ヴェナブレス(1982年12月8日生まれ)とロバート・トンプソン(1982年8月23日生まれ)の2人の少年によって引き起こされました。

ジェームス・バルガー事件が起こった当時、加害者の2人は10歳の少年、つまり子供でした。学校を無断欠席した彼らはショッピングセンターへ向かい、たまたま目に入った2歳の男の子を見て「あいつ、誘拐しようぜ」と、面白い遊びをひらめきます。

ジョンとロバートはバルガー夫人の一瞬の隙をついて何も知らないジェームスくんを誘拐する事にまんまと成功してしまいました。その後、誘拐されたジェームスくんが辿った運命は実に悲惨なものでした。約4キロ連れ回され、暴行され、命を奪われる結果となったのです。

少年2人の家庭環境

ジェームス・バルガー事件を引き起こしたジョンとロバートですが、彼らの家庭環境は決して恵まれたものではなかったようです。ジェームス・バルガー事件を引き起こした2人の少年はどのような家庭で育ったのか、まとめてみました。

ジョン・ヴェナブレス

ジョン・ヴェナブレスの両親は離婚しており、母親と住んでいました。しかし、両親は互いに行き来できる場所に住んでおり、週に2日は父親の家で過ごしていたといいます。ジョンは学校で喧嘩を繰り返し、周囲からの無視による自傷癖もありました。また、母親はうつ病によるネグレクトが原因で警察から呼び出しを受けています。

ロバート・トンプソン

ロバート・トンプソンは7人兄弟の末っ子として生まれました。母親は未婚であり、また重度のアルコール依存性でもありました。母親と同様にアルコール依存性であった父親は母親や子供たちに暴行・性的虐待を繰り返し、ロバートが5歳の時に蒸発しました。ロバートは父親だけでなく年上の兄弟からも暴行を受けていました。

しかし、2人の家庭環境は英国内でも貧困層が多い地域では珍しくないと判断され、判決で情状酌量は認められませんでした。英国ではジョンとロバート以上に凄惨な生活を余儀なくされていた人々も多く、結果的に世間からの風当たりを一層強くした可能性さえあります。

ジェームス・バルガー事件により、英国中の怒りを買った2人には終身刑を求める署名が30万人分集まっていました。ジョンとロバートを乗せた護送車に石が投げられていた様子から国民の怒りがどれだけ凄まじかったのか容易に想像出来ます。

誘拐された被害者はわずか2歳の子供

ジェームス・バルガー事件の被害者であるジェームスくんは、当時2歳の男の子でした。ジェームス・バルガー事件当時、誘拐された彼はどのような様子だったのでしょうか。

被害者は2歳のジェームス・パトリック・バルガー

ジェームス・バルガー事件で誘拐されたジェームスくんは、当時よちよち歩きの2歳児でした。事件当時、ジェームスくんは母親であるバルガー夫人に連れられショッピングセンターへ訪れていました。

被害者を誘拐した方法とは

母親はジェームスくんの手を握って買い物をしていましたが、財布を取り出すためにずっと握っていたジェームスくんの手を離した一瞬の隙をつかれ、犯人である2人の少年に誘拐されています。

ジェームス・バルガー事件の詳細

たった2歳という年齢で連れ去られ、その命を奪われたジェームスくんは最初から暴行を受けたわけではありませんでした。それでは、なぜジェームスくんは命を落とすことになってしまったのでしょうか。ここからは、ジェームス・バルガー事件の詳細についてご紹介していきます。

最初は被害者を可愛がっていた

ジェームス・バルガー事件の犯人であるジョンとロバートですが、意外にも最初はジェームスくんを可愛がっていたようです。バルガー夫人の一瞬の隙をついてジェームスくんを誘拐した2人ですが、この時点では傷つけるつもりは毛頭ありませんでした。

3人の姿は多数の人に目撃されていた

ジェームスくんを誘拐したジョンとロバートは悠々とショッピングセンターを後にしており、この様子は防犯カメラにも記録されています。

最初はにこにこしていたジェームスくんも次第に帰りたいとグズりだし、2人はジェームスくんに暴行を加え始めます。当時の様子を目撃した人は多数おり、中には不信がって実際に声をかけた人もいました。

しかし、誘拐犯である少年2人は「この子迷子なんだ。警察に連れて行ってあげたいけど、道が分からなくて」「ジョンの弟だよ。家に連れて帰る途中」等、様々な言い訳を述べ、大人たちの言及をのらりくらりと交わしていきます。

しばらく辛抱していた2人ですが、いくらあやしても泣き止まないジェームスくんに遂に我慢の限界が訪れました。

2人は人気のない水路でジェームスくんに筆舌に尽くしがたいほどの暴行を加えました。その後、2人は動かなくなったジェームスくんを線路上に放置して何食わぬ顔でビデオショップに立ち寄っています。

その後、駆けつけたジョンの母親が2人の顔を叩き、ジェームス・バルガー事件の事を話して聞かせ、どれだけ心配していたかを説教しました。ちなみに、ジョンの母親に顔を叩かれた事で腹を立てたロバートは帰宅後、自分の母親にその事を言いつけています。

犯行後の態度は両親も見破れないものだった

その後、ジェームス・バルガー事件は英国中のテレビで連日報道されました。ジェームスくんを誘拐し殺害した犯人であるジョンとロバートも報道を見ていましたが、2人の両親によると被害者に同情し心を痛めていた様子だったと言います。

気の毒そうにジェームス・バルガー事件のニュースを見る少年2人は正義感に燃えているようでもあり、ただの演技には見えなかったそうです。

被害者のジェームスくんが見つかった時の状況

ジェームス・バルガー事件が発生して数日が経った頃、線路脇で遊んでいた子供たちがジェームスくんの遺体を偶然発見します。調査の結果、遺体には42箇所に打撲の形跡があり、顔と頭に集中していました。口には乾電池が詰め込まれ、顔には青いペンキが塗られていたのです。

また、ジェームスくんは2人の暴行によってではなく、線路上に放置された後、列車に轢かれて死亡した事も明らかになっています。その後、ジェームスくんを轢いた列車の運転手へ確認したところ、ジェームスくんにはまったく気がつかなかったと証言しています。

ジェームス・バルガー事件の判決とその後

ショッピングセンターの防犯カメラや目撃者たちの証言により、ジェームス・バルガー事件の犯人はジョンとロバートである事がわかりました。ジェームス・バルガー事件は20世紀に英国で起きた事件の中で最も若い犯人による殺人事件となり、この事は英国中を騒然とさせました。

10歳の少年である2人は通常の裁判とは異なり、裁判所では2人の顔が見られないように壁で包囲された状態で移動したり、実名報道を規制されたりと様々な配慮がなされました。

少年2人はゲラゲラ笑いながら拘置所で自供

逮捕後、ジョンとロバートは、まず精神鑑定を受ける事になりました。精神状態のチェックを終えるまでに、英国の裁判所は2人を拘束するための宿泊施設を用意する事になりましたが、この事が世間の反感を買い、バッシングを受けています。

また、犯人であるジョンとロバートは、ジェームス・バルガー事件でジェームスくんにした所業を笑いながら自供しました。瀕死のジェームスくんを線路に放置した理由は事故に見せかけるためだったと、後の裁判で自供しています。

ジェームス・バルガー事件の判決

英国中で毎日映像が流れ、世間ではジェームス・バルガー事件を引き起こした子供はどのような判決を受けるのか大きな関心が寄せられました。裁判所は、ジョンとロバートを長期間世間から隔離するべきと判断し、最低でも10年間は収監するよう判決を言い渡しました。

しかし、この判決は2003年までに釈放される事を意味しており、一部のマスコミが猛反発しました。大衆紙ザ・サンは、ジェームス・バルガー事件の犯人であるジョンとロバートを終身刑にするべきとの署名を実に30万人分集めています。

1995年、ジョンとロバートは刑期を最低でも15年に延長される判決が出ました。しかしながら、その2年後の1997年に高等法院はこの決定を違憲と判断し、ジョンとロバートは18歳になった時点で釈放されました。

2人の釈放にともない、ジョンとロバートは更生と安全の確保のため、国から新しい名前と身分を与えられました。裁判所は2人にリバプール周辺には絶対に立ち入らない事、そして週に1回は保護観察官の面接を受ける義務を課しています。そして、マスコミに大しては2人についての報道の行わないよう命じました。

犯人の少年2人は反省していなかった

ジョンとロバートは身の安全のために、現在も名前や出身地など、身元証明書が定期的に変更されています。そして、その変更手続きには毎回英国国民の税金が使われているのです。

ジェームスくんの母親には約110万円の見舞金が支払われましたが、ジョンとロバートを守るための変更手続きには、その見舞金を遥かに上回る約4億円の国費が使われています。そして今後も彼らの身元証明書を変更するために巨額の税金が使われていきます。

ジェームス・バルガー事件で逮捕された後もジョンとロバートの2人は再犯を繰り返しています。しかし、いくら再犯を重ねてもジョンとロバートは身の安全のために身元を公表される事はないのです。

また、ジョンは32歳の時に受けたマスコミのインタビューでビールを飲みながら「悪いのは自分たちではなく、子供から目を離したジェームスの母親だ」と語っています。この発言にジェームスくんの母親は怒り心頭で抗議し、世間からは同情の声とマスコミへの非難が寄せられる事となりました。

再犯を犯して27歳で再逮捕

ジェームス・バルガー事件の後、新しい身分と第2の人生を与えられたジョン・ヴェナブレスは、2010年、27歳の時に再犯を犯しました。児童ポルノ所持の容疑で有罪判決を受け、2年間の実刑を言い渡されていたのです。

2013年に仮釈放となり、彼はまた身分を変え、現在は英国北部のとある場所に暮らしていると言われています。

犯人の少年2人は現在再犯で逮捕されていた

27歳の時に再犯で逮捕されたジョンは、現在35歳になります。2013年の仮釈放後、ジョンは再犯により要注意人物として保護観察対象となっていました。

そのため、定期的に警察の訪問を受けていましたが、2017年11月に自宅のラップトップパソコンに児童虐待画像を保有している事が明らかになり、再び逮捕されています。2013年の仮釈放から僅か4年での再犯でした。

再犯を犯し、刑務所に逆戻りとなったジョンは他の受刑者から攻撃される可能性を考慮し、現在は24時間監視付きの上で隔離されているといいます。

ジェームス・バルガー事件のもう1人の犯人、ロバート・トンプソンの現在はどうでしょうか。彼もまた釈放後に再犯を繰り返していました。薬物使用と万引きで数え切れないほど逮捕されていたのです。

しかし、現在はオフィス勤務をしており、パートナーへ過去を隠して結婚しており父親になっているそうです。

事件発生から今日にいたるまで20年以上が経過しますが、ネット上では釈放後も再犯を繰り返してきた2人に怒りの声を今でも目にします。犯した罪が消える事はありませんが、彼らが自分の犯した罪を理解し、悔いる日が来る事を願うばかりです。

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