てるくはのる事件とは!犯人・岡村浩昌の犯行声明の意味やその後は

京都市立日野小学校児童殺人事件、通称「てるくはのる事件」をご存知でしょうか。犯行声明で「てるくはのる」という謎の言葉を残し社会を騒然とさせた事件ですが、犯人の岡村浩昌はどういった人物だったのでしょうか。岡村浩昌の生い立ちや「てるくはのる」の意味を解説します。

てるくはのる事件とは!犯人・岡村浩昌の犯行声明の意味やその後はのイメージ

目次

  1. 1てるくはのる事件の概要
  2. 2てるくはのる事件の犯人・岡村浩昌とは
  3. 3犯行声明「てるくはのる」の意味
  4. 4てるくはのる事件のその後
  5. 5てるくはのる事件は犯人死亡により真相は語られぬまま

てるくはのる事件の概要

てるくはのる事件は「日野小学校児童殺人事件」や「京都小学生殺害事件」とも呼ばれています。1999年に京都市伏見区の京都市立日野小学校の児童が殺害された事件で、その狂気に満ちた犯行が世間を震撼させました。ここではてるくはのる事件の概要について解説します。

京都市立日野小学校の児童が覆面の男に刺される

1999年12月21日、京都市立日野小学校の校庭には20人ほどの児童が遊んでいましたが、その中の1人、小学2年生の当時7歳だった中村俊希くんが目出し帽をかぶった若い男にナイフで刺され死亡しました。中村俊希くんは顔、首、腕と複数箇所刺され、首の傷が20㎝と深く致命傷になったようです。

中村俊希くんとジャングルジムで遊んでいた児童は5、6人いましたが、正門から侵入してきた犯人は、突然中村俊希くんに切りかかったそうです。その後、他の児童には手をかけることなく歩いて裏門へ向かい自転車で逃走したとされています。

犯行声明に書かれた「てるくはのる」の文字

現場から3、400mほど離れた児童公園では自転車、黒い目出し帽、手袋、返り血のついたズボンやジャンパーなど多数の遺留品が見つかりました。また、事件が起きたジャングルジムの周りには刃渡り30㎝のナイフ、金槌や殺虫剤の容器とともに手書きの犯行声明のコピーが6枚残されていました。

犯行声明には「学校教育への恨みから日野小学校を攻撃する」「後で名乗り出るが今は探さないでほしい」という趣旨の内容と、最後に「私を識別する記号→てるくはのる」と謎の暗号が残されていました。この暗号が、犯人を特定する手掛かりなのではないかと騒がれ、「てるくはのる」の意味を解析する動きが加速しました。

捜査線上に21歳の浪人男性が浮上

中村俊希くんの事件現場をに居合わせた児童は犯人について「自分のお兄ちゃんぐらいの年齢」と証言しています。また、1997年に当時14歳の中学生が起こした「酒鬼薔薇聖斗事件」の模倣犯の可能性も視野に入れ、犯人は中学生か高校生とされていました。

遺留品は、近隣の量販店で購入できるものばかりでしたが、捜査開始から1週間後、隣の宇治市の量販店から「遺留品と同じ3点を購入した若い男が防犯カメラに映っている」と情報が入りました。ですが画像は不鮮明で、想定の年齢よりも上に見える男がだった為、捜査対象が拡大され難航を極めました。

犯人特定に繋がったのは乗り捨てた自転車だったようで、防犯登録には宇治市のレンタルビデオ店の住所が登録されていました。そのビデオ店の顧客リストと量販店の防犯カメラの映像から、2000年1月、当時21歳の浪人生だった岡村浩昌が容疑者として浮上しました。

犯人は任意同行を拒否・逃走し飛び降り自殺

2000年2月5日の早朝午前7時、捜査員は岡村浩昌が住む団地向山ニュータウンの自宅を訪れ任意同行を求めます。岡村浩昌は玄関の鍵を開けることすら拒否しましたが、「公園でなら話をする」と午前8時20分に捜査員とともに近くの向島東公園へと向かいました。

10時半頃には母親も公園に来て、捜査員とともに応じるよう説得しますが、11時50分頃捜査員を振りきり逃走します。捜査員6人で追いかけるも見失ってしまい、その後12時半頃公営団地のゴミ集積場に隠れているのを発見しました。ですが再び逃走し、14階建ての公営団地の階段を上り、12時40分岡村浩昌は屋上から飛び降り自殺してしまいました。
 

てるくはのる事件の犯人・岡村浩昌とは

てるくはのる事件の犯人岡村浩昌とはどういった人物で、何がきっかけで事件を起こしたのでしょうか。学校教育に恨みがあったとしていますが、本当にそうなのでしょうか。ここではてるくはのる事件の動機や、岡村浩昌の生い立ち、日野小学校とどういった関わりがあったのかについて説明します。
 

犯行の動機は学校に対する恨みか

岡村浩昌は高校2年から欠席が増え、留年が確定したため担任の勧めで休学します。休学中の岡村浩昌は無表情で自転車をずっと触っていたり、廊下で外を長時間眺めていたりと、奇行をよく起こしていました。また担任の紹介で精神科のカウンセリングも受けていました。

1年の休学後高校へ復帰しますが、追試で単位を落としたりと「高校生活なんて意味がないから中退したい」と担任に話していたようです。卒業前に1単位落とし通常は留年となりますが、職員会議での話し合いや担任の説得やの結果、岡村浩昌は卒業を認められます。

ですが、卒業が認められたことが不服だったようで、高校を中退し大検をとることに頑なに拘っていたようです。岡村浩昌は卒業後に「卒業を取り消してくれ」と何度も要求してきたそうです。この主張を受け入れなかったことが、学校教育への恨み、日野小学校への恨みに繋がるのかは不明ですが、精神的に不安定だったことは計り知れます。

岡村浩昌の生い立ち

岡村浩昌は両親と5歳上の兄の4人家族でした。遺留品のあった児童公園の近くに住んでおり、小学2年まで日野小学校に隣接する春日野小学校に通っていました。小学3年の春、向島ニュータウンへ引越しました。小学生時代の岡村浩昌は友達も多くスポーツ万能な人気者で、走るのが得意でした。

中学校では陸上部へ入りたかったようですが、陸上部がなかった為野球部に所属していました。中学校1年の秋、病気で父親を亡くします。その頃から、兄から母親への家庭内暴力が悪化し、母親が痣だらけになるほど悲惨な暴力を目の当たりにします。

複雑な家庭環境を抱え、高校受験では第一志望に落ちたものの、別の進学校へ上位の成績で入学します。高校では陸上部に所属し、1年のマラソン大会では4位という結果を残すなど、高校1年までは華々しい高校生活を送っていました。

犯行声明「てるくはのる」の意味

犯行声明に書かれていた「てるくはのる」とはどういった意味を示していたのでしょうか。当時「てるくはのる」の意味をマスコミも一般人も解読しようと様々な分析が行われていました。ここでは世間で話題を呼んだ「てるくはのる」の解釈と岡村浩昌の意図を解説します。

投書に寄せられた解読は…

「てるくはのる」の意味で当初有力視されていたのがアナグラム説で、文字の順番を入れ替えると「くのてるはる」という名前になるというものでした。また、「てるくはのる」をパソコンのキーボードで打つと、アルファベットで「W.FHK.」となりFは伏見区、Hは日野小学校、Kは京都府という犯人からのメッセージだとする説もありました。

なかでも一番有名だったのが『ニュースステーション』に寄せられた一般人の投書でした。その投書は岡村浩昌の年齢や、犯行の日から、「21」という数字が鍵で「てるくはのる」の「る」は「反」という記号で、「反対に進む」という意味だと解釈していました。

はじめの「て」から50音順に進み21文字目が「ら」、「る」は反対に進む記号のため、それ以降の「く」「は」「の」を反対へ進むと21文字目が「む」「か」「お」、最後は「る」の為「ら」「む」「か」「お」を逆によんで「おかむら」と解読していました。

実際は意味のない文字の羅列だった

様々な憶測を生んだ「てるくはのる」の意味ですが、その意味は思いがけないものでした。家宅捜索へ入った際、押収品から「名言名句416ページ」と書かれたメモが見つかりました。指定された『名言名句』の416ページは「か行」の索引になっておりその文末を一文字ずつ読むと「てるくはのる」となっており、単なる文字の羅列だったことが判明します。

犯罪心理学者の間では、1997年に起きた「酒鬼薔薇聖斗事件」の影響を受けており、犯行声明の「てるくはのる」について、世間の見当違いな解釈を面白がり、注目を集めるために残したのではないかとされていました。

てるくはのる事件のその後

事件の犯人、岡村浩昌が自殺してしまった後、てるくはのる事件はどうなってしまったのでしょうか。犯人の自殺という結果で終わった非常に後味の悪い事件でしたが、ここではてるくはのる事件のその後について解説します。
 

犯人死亡により不起訴処分に

未来のある小さな子供を無残に殺害した凄惨な事件でしたが、自殺により犯人は死亡してしまったため、検察庁は被疑者死亡のため不起訴処分としました。何を思いてるくはのる事件を起こしたのか、なぜ無関係な中村俊希くんが殺されなければいけなかったのか、真相は犯人の自殺により闇の中へと葬られました。

被害者・中村俊希くんの両親が手記を発表

事件後、中村俊希くんの両親は『聞け、“てるくはのる”よ』と題した手記を発表します。その手記の中で岡村浩昌の自殺という結果に終わってしまった結果に対して、「警察への信頼が揺らいだ時期がありましたが、経緯について詳しい説明があり、私はいまはその言葉を信じています。」と話しています。

また、その手記の中で「岡村浩昌が生きて裁判を受けることができたのなら、私は彼に極刑を望みます。」とやりきれない心情を綴っていました。

てるくはのる事件は犯人死亡により真相は語られぬまま

中村俊希くんは7歳という幼い年齢ながら、てるくはのる事件によって突然未来を奪われてしまいました。犯人が自殺した今では真相は闇の中ですが、自殺という結果ではなく生きて罪を償い、真実を語ってくれれば中村俊希くんの家族もまだ救われたかもしれません。この事件を教訓にし、今後このような悲惨な事件が起こらないことを願います。

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