騒音おばさんの現在!事件の真相・真実とその後【奈良騒音傷害事件】

「騒音おばさん」という女性が一時期マスコミで話題となりました。近隣住民へ騒音被害を与えたことで有名になった騒音おばさん、河原美代子さんは現在どうしているのでしょうか。この事件の真相や真実、被害者と騒音おばさんのその後から現在まで詳しく見ていきましょう。

騒音おばさんの現在!事件の真相・真実とその後【奈良騒音傷害事件】のイメージ

目次

  1. 1騒音おばさんとは
  2. 2騒音おばさんが起こした奈良騒音傷害事件の概要
  3. 3知られざる騒音おばさんの真実
  4. 4騒音おばさんは実は被害者?事件の真相
  5. 5奈良騒音傷害事件のその後から現在
  6. 6知られざる騒音おばさんの真実が明らかに

騒音おばさんとは

今から14年前の2005年に傷害罪で逮捕された女性がいます。逮捕された女性は騒音おばさんと呼ばれていました。騒音おばさんこと河原美代子さんは、どのような経緯で騒音おばさんと呼ばれるようになってしまったのでしょうか。騒音おばさんが起こした奈良騒音傷害事件と、騒音おばさん自身について詳しく見ていきましょう。

隣人への悪質な嫌がらせ行為で逮捕された

奈良県の生駒郡平群町に住む一人の主婦が、約2年半にわたって近所に住む老夫婦に対し騒音を出し続けるという事件が発生します。その後、老夫婦はこの騒音により不眠などの症状を抱え、通院が必要となってしまいます。

騒音おばさんこと河原美代子さんは、2005年に傷害罪の容疑で逮捕されます。そして、その後の2007年に最高裁にて実刑判決が下されています。

連日マスコミでも報道された

奈良騒音傷害事件として、騒音おばさんが布団を叩きながらCDラジカセを大音量で流し、「引っ越し!引っ越し!」と大声で怒鳴って異常な行動をとっている映像が連日報道されていました。

取材に応じる際も、マスコミに対してものすごい剣幕で話をしている印象でした。この映像は、被害者の老夫婦により録画され、マスコミに提供されたものとされています。

また、芸能人が騒音おばさんのモノマネをするなど、マスコミに送られてきた動画の影響力も高く、当時は知らない人はいないぐらい、ある意味有名人となっていました。2019年現在でも話題になることもしばしばあるほどです。

騒音おばさんが起こした奈良騒音傷害事件の概要

騒音おばさんが起こした奈良騒音傷害事件の概要についてご紹介します。なぜ騒音おばさんは近隣住民に対し騒音被害を起こすようになってしまったのでしょうか。事件の内容や逮捕に至るまでの経緯、起訴内容や裁判のその後まで見ていきましょう。

隣人夫婦に迷惑行為をくり返す

騒音おばさんが事件を起こすきっかけとなった出来事がありました。それは、1996年に騒音おばさんが朝6時に布団を叩いていたことを被害者である老夫婦に注意されたのがきっかけでした。それ以来、その住民に対し迷惑行為をするようになります。抗議だと主張をし、毎朝6時から布団を毎日叩き始めました。

さらに、布団よりも音が大きいカーペットを叩くようになりました。布団たたきを握りすぎて血豆ができても、絆創膏を貼ってまで叩き続けました。それに対抗するかのように、老夫婦も布団を干すようになり、時には10枚干したこともあったそうです。それを見た騒音おばさんは、老夫婦の自宅へ煙が行くようにたき火を焚いて嫌がらせをします。
 

それからは、老夫婦に家の中での会話を聞かれ、老夫婦から中傷を受けたと言い、騒音おばさんはプライバシーのためにと24時間CDラジカセで音楽を流し始めます。延長コードでCDラジカセを外に出したりもしていました。音楽はヒップホップ系で、その音楽に合わせて布団を叩き始めます。

2002年11月から2005年4月の逮捕されるまでの間、CDラジカセから大音量で音楽を24時間流し続け、さらに、報道された映像では、布団を叩きながら「引っ越し引っ越し!さっさと引っ越し!しばくぞ!」などと叫んでいました。この行為により、被害者の老夫婦は不眠、目眩などの症状を訴え、1か月の通院が必要となってしまいます。

隣人夫婦が裁判で勝訴するも...

1999年、被害者である近隣住民の老夫婦は、奈良騒音障害事件として民事裁判を起こします。落書きされた塀や、不眠、目眩により通院をしなければならなかったため、慰謝料60万円を請求します。その結果、勝訴となり、これで騒音も収まるかと思われていました。

しかし、その後も嫌がらせは止まりませんでした。止まるどころか、日ごとに悪化してしまいました。騒音に続くいやがらせは、被害者の老夫婦の自宅の門を蹴る、門の前に車を停めてクラクションを鳴らす、インターホンを壊すなどエスカレートしていきます。

老夫婦は監視カメラを作動させていたため、騒音おばさんが夫婦の自宅前で起こした行動の一部始終を録画することに成功します。また、その後の裁判では塀の落書きについて、老夫婦の自演自作だったのではないかと追及されています。その際に、老夫婦は頭が痛いと突然倒れ込み、閉廷となってしまいます。

傷害罪で騒音おばさん逮捕

なぜ2年半という長い間に警察が逮捕できなかったのでしょうか。警察がなかなか逮捕に踏み切れなかった理由は、証拠が不十分なのと、警察がきている間は騒音を止めるなどしていたためです。警察は音の大きさを測定する機械を設置するなどして捜査を進めていました。

被害者の老夫婦は、診断書を証拠として提出し、録画していた監視カメラの映像も提出します。それが決め手となり、2005年の4月に騒音おばさんはようやく傷害罪で逮捕されます。一審では、検察側が陰湿な犯行とし、懲役3年を求刑します。騒音おばさんは罪を認めることはなく、弁護側も無実を主張します。

しかし、裁判長は「陰湿で再犯の可能性も高い」とし、懲役1年の実刑を下します。これに対し騒音おばさんは判決を不服とし即日控訴することになります。また、2年以上も危害を加えたのに刑が軽すぎると、地検側も控訴します。

知られざる騒音おばさんの真実

事件のことが話題となっていた当時、テレビや雑誌などでは語られていなかった真実があります。老夫婦以外の近隣住民が証言しており、報道された内容とは異なった事実が多数ありました。事件のその後に語られた真実の内容とはどのようなものなのでしょうか。

実は礼儀正しい常識人

被害者の老夫婦が引っ越してくるまでは、近所でも評判のユーモア溢れるおばさんでした。近隣住民には笑顔で挨拶をし、植木の世話の仕方を教えたり、共同のゴミ捨て場を綺麗にしたりと、住民たちからは好かれていました。また、事件が起こった時も、近隣住民には菓子折りを持参し、「申し訳ない」と謝罪をする常識のある人でした。

報道されていた映像では、恐ろしい形相の騒音おばさんしか印象に残っておらず、怖いイメージばかりが先行してしまったのではないかと推測されます。マスコミの取材に対し、騒音おばさんは温厚な人であると言った近隣住民の証言をそのまま流していたテレビ局もありました。しかし、一度ついてしまったマイナスなイメージはなかなか覆ることはありません。

テレビで報道された24時間騒音をまき散らすというのも事実ではなく、近隣住民は至ってそのようなことはなかったと証言しています。実際は、温厚で明るく楽しいおばさんだったという証言がいくつもありました。

障害を持った旦那さんと子供の介護をしていた

騒音おばさんは、若い頃にお見合いをし、現在の旦那さんと結婚することになります。しかし、旦那さんはお見合いでは障害があることを隠しており、結婚をした後に事実を知ることになります。3人の子宝に恵まれますが、旦那さんの家系が障害を持つ家系であったために、子供は3人とも障害を持って生まれます。

娘の2人は2000年頃に亡くなっており、一人残った息子と旦那さんは入院をしていました。本人を除く家族全員が難病を患っていたため、騒音おばさんは一人で入院中の2人の介護に追われる日々であったと推測されます。

騒音おばさんは実は被害者?事件の真相

騒音おばさんが被害者というのは一体どういうことなのでしょうか。テレビで報道されていた内容だと、騒音おばさんが被害者という見解はまずありえません。では、騒音おばさんが被害者ではないのかという推測がなぜ生まれたのか、実際に起きた出来事や被害者である老夫婦の実態を交えながら事件の真相を見ていきましょう。

隣人夫婦が先に嫌がらせを始めた

騒音おばさんが被害者である老夫婦に嫌がらせをしていると思われていますが、騒音おばさん本人や近隣住民の証言によると、先に嫌がらせを始めたのは老夫婦だという説もあります。老夫婦が越してきた時に引っ越しの挨拶はなかったそうです。

それから、とあることがきっかけとなり、騒音おばさんを監視するかのように騒音おばさんの家に向けて強めのライトを設置します。それに対し騒音おばさんは改善を求めるよう老夫婦に言いますが、応じることはありませんでした。

そして、監視カメラで騒音おばさんの行動を24時間監視します。ハンディカメラを持ち、追いかけまわしたりすることもあったそうです。騒音おばさんに「盗撮ではないのか」と追及されても、老夫婦は「裁判の証拠として必要だから」と言っていたそうです。

さらに、老夫婦は自治会関係者に、病気で唸り声を上げるおばさんの息子を「きちがい」だと言いふらします。騒音おばさんが家の中で会話をしていると、その会話も聞き耳を立てられて盗聴まがいのことをされます。そして当然、その内容も言いふらされます。近所の人をおよそ30人集めおばさんの家に抗議しに行ったりもしていました。

隣人夫婦は熱心な創価学会の信者だった

被害者である隣人の老夫婦は、創価学会の信者でした。老夫婦が越してきた当初、老夫婦とおばさんはお茶を飲んだりするような仲でしたが、次第に老夫婦はおばさんを創価学会へ勧誘するようになります。騒音おばさんは断り続けていましたが、何度も勧誘され、頑なに拒んでいたことが、老夫婦が嫌がらせを始めるきっかけになったと言われています。

また、老夫婦が嫌がらせをする際に集めた30人近くの人も創価学会のメンバーだったとされています。なぜマスコミはこのことを報道しなかったのでしょうか。勧誘に対する断り方やもめ事に発展してしまったのではないかと様々な憶測が生まれていましたが、そこについて真実は明かされていません。

奈良騒音傷害事件のその後から現在

事件当初テレビで報道されていた内容と、後に近隣住民から語られたおばさんの真実から様々な憶測が飛び交っていました。数年が経ち事件は忘れ去られ落ち着きを見せています。騒音おばさんや被害者である老夫婦は、事件のその後から現在をどのように過ごしているのでしょうか。

騒音おばさんは懲役1年8カ月の実刑判決

2005年の4月に逮捕され、刑事裁判となり最高裁まで争われました。2007年4月に判決が確定し、騒音おばさんは1年8カ月の実刑判決が言い渡されます。しかし、逮捕から勾留されておよそ500日経っていたため、刑に算入されて実際の刑期は3か月程度でした。騒音おばさんは2007年7月に刑期を終え出所しています。

また、2004年に被害者の老夫婦から300万円の損害賠償を求める民事訴訟が起こされ、2006年には最高裁が200万円の損害賠償を命じる判決が確定しています。

隣人夫婦は嫌がらせを受け引っ越ししたとも...

騒音おばさんが逮捕されている間、別の近隣住民が被害者の老夫婦に対し嫌がらせを行っていたという情報もあります。元のおばさんの温厚さを知っている近隣住民は、豹変してしまったおばさんのことを思って嫌がらせを始めてしまったのでしょうか.

内容は定かではありませんが、騒動になってしまった以上は同じ場所にとどまれないと判断したのか、被害者の老夫婦は別の場所へ引っ越しています。

もし自分たちが被害者で、裁判にも勝訴したのであれば、現在も同じ場所に住み続けることは可能だったのではないかと推測できます。事件のその後に堂々と住み続けられなかった理由がなにかあったのでしょうか。現在の老夫婦の行方は定かではありません。

騒音おばさんの現在は以前の自宅で暮らしている

騒音おばさんは現在、出所後も引っ越しをすることはなくそのまま以前の自宅で暮らしています。近隣住民は平穏が保たれるならそのまま住んでもらって構わないと騒音おばさんに伝えたそうです。

そして、再びあのような事件が起これば移住しなければならないという後がない状況でもあり、現在では騒音おばさんは元の温厚なおばさんに戻り穏やかに生活しています。

知られざる騒音おばさんの真実が明らかに

被害者の老夫婦が投稿した騒音おばさんの動画には、老夫婦が一切喋っておらず、撮影している間も笑っていました。騒音おばさんが「先にやったのはお前たちだ!」と言っていたりする場面もありましたが、そういったところには注目されていませんでした。

マスコミが動画を編集し、老夫婦の笑い声などは消し、騒音おばさんの音声のみにしていたこともありました。騒音おばさんを面白おかしく取り上げて大事なところを映さないというのも、真実から遠ざかってしまった要因だと推測されています。

ここまで深刻になってしまう前に、なぜ自治体や町全体が動かなかったのかというのも疑問です。近隣住民から苦情が何件も入っていましたが、取り締まるべき根拠もなかったため、口頭のみの注意で終わってしまっていました。その後、この事件をきっかけに条例が見直され、騒音について取り締まりが強化されるようになりました。

本来ならば温かく平和な家庭であったはずが、家族は入院し、学会への勧誘に対しての相談もできず、騒音おばさんは色々なことを一人で戦っていました。守ってくれるべき家族にも頼れない中で、追いつめられていったのでしょうか。理由はどうであれ、人に危害や迷惑をかける行為は許されることではありません。

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