沖田浩之の死因・自殺事件とは!妻・子供の情報や家族にも自殺者が多い理由とは

沖田浩之は竹の子族から芸能界入りしたタレントです。遺書はなく自殺した原因は借金問題と言われています。また山本陽子とのスキャンダルでも有名です。沖田浩之の自殺事件の死因、結婚した妻や子供について、また兄も含め家族に自殺者が多い理由などについてご説明します。

沖田浩之の死因・自殺事件とは!妻・子供の情報や家族にも自殺者が多い理由とはのイメージ

目次

  1. 1沖田浩之とは
  2. 2沖田浩之の自殺事件の真相
  3. 3沖田浩之の家族
  4. 4沖田浩之の芸能界相関図
  5. 5沖田浩之が出演した作品
  6. 6沖田浩之の自殺の真相は永遠に解明されない

沖田浩之とは

沖田浩之は竹の子族から芸能界入りしたアイドルであり、俳優です。1999年に自殺しショッキングな話題になりました。沖田浩之とはどのような人物だったのでしょうか。まずは、プロフィールやそのほかについてご説明します。

沖田浩之のプロフィール

本名:置鮎広之(おきあいひろゆき)
生年月日:1963年1月7日
没年月日:1999年3月27日(36歳没)
身長:175cm
体重:63kg
血液型:A型
活動内容:アイドル、俳優
事務所:グランパパプロダクション

竹の子族から芸能界入り

沖田浩之は芸能界に入る前は竹の子族として活動していました。竹の子族とは、自作の衣装もありますが「ブティック竹の子」で購入した衣装を着て、原宿の歩行者天国(ホコ天)などの街頭や路上でパフォーマンスを繰り広げていた若者集団のことです。

音楽に合わせてパフォーマンスを表現するブームの先駆けとなりました。竹の子族ブームの最盛期には、メンバーが2000人以上いたと言われています。竹の子族の中でも特に沖田浩之は目立った存在であり、そこから芸能界へデビューすることになりました。

「E気持ち」で歌手デビュー

1981年にはスターダストプロモーションに所属し、シングル『E気持ち』で歌手デビューを果たしました。『E気持ち』はオリコンチャート最高位8位のヒットとなりました。『キャプテン翼』の主題歌も歌っています。

また熱狂的な親衛隊も多く結成されたことでも話題となりました。沖田浩之がステージで歌うときは、親衛隊統制によるステージ用のコールが叫ばれました。熱狂的なファンの声援の中で、これから自分が芸能界で生きていくことになると確信していたでしょう。

俳優としても活躍

1980年、TBSドラマ『3年B組金八先生』の第2話シリーズの松浦悟役で出演したのを皮切りに、俳優としても活躍しました。出演したテレビドラマは『HOTEL』『サラリーマン金太郎』『私をスキーに連れてって』や『暴れん坊将軍』『水戸黄門』『鬼平犯科帳』『名奉行 遠山の金さん』などの時代劇、火曜サスペンス劇場や東芝日曜劇場などがあります。

沖田浩之の自殺事件の真相

1993年3月27日、沖田浩之は自宅で自殺しました。36歳でした。『サラリーマン金太郎』の第1話終了からわずか6日後の突然の悲報に誰もが驚きました。

死因は首吊りによる窒息死

沖田浩之の自殺の死因は首吊りによる窒息死でした。舞台を中心に活躍し、津川雅彦が代表を務めるグランパパプロダクションに籍を置き、俳優として堅実な歩みを始めた矢先の自殺でした。

自殺の原因は借金苦?

遺書もなく自殺の原因は不明とされていますが、借金苦だったのではないかとも言われています。沖田浩之の父親は神奈川県川崎市で不動産業などを営んでおり、幼少期の頃の沖田浩之は大変裕福な環境で育ったといいます。

しかし、経営が兄に変わり、状況は一変しました。経営を任せた兄の乱脈ぶりとバブル崩壊という時代の波に揉まれ、会社は業績不振の一途をたどることになります。

兄は沖田浩之の借金自殺説に関してはマスコミに対して全面否定しました。しかし、沖田浩之が父親から相続した家や会社の建物には総額数億円の抵当権が設定されていました。その事実が発覚し、マスコミは兄に対し事実確認を求めましたが「弟と会社は一切関係ない」とキッパリ発言したようです。

しかし、沖田浩之の葬儀の夜に、兄が涙ながらに沖田浩之の自殺の原因を語ったといいます。それは、兄が父親から受け継いだ事業の拡大に乗り出し、それに失敗し抱えた借金の連帯保証人に沖田浩之を立てたというものでした。その金額は億単位だったといいます。

一方、自殺の原因は借金苦ではなく、俳優業への絶望から自殺を選んだのかもしれないという想像を報じるメディアもありました。

というのも、自殺する前日に沖田浩之が所属する事務所の代表でもある津川雅彦と沖田浩之は酒を飲んでおり、その席で役者としての悩みを打ち明けていたといいます。その悩みについて、津川雅彦は沖田浩之に対し厳しい言葉を返してしまったそうです。

発見したのは妻

沖田浩之の首吊り自殺の現場を発見したのは妻でした。妻は上の子を幼児教室に連れて行き、帰宅したところ玄関の鍵がかかっていませんでした。沖田浩之を呼んでも返事がなく、2階に上がって部屋に入ると沖田浩之が寝巻きの紐で首をつっていたのだそうです。

第一発見者となってしまった妻にとっては信じられないことだったに違いありません。妻と子に一生拭えない心の傷を負わせてしまうことに、沖田浩之が思いを馳せなかったとは考えられません。誰でも家族のことを大事に思い、家族に心配をかけまいと考えるでしょう。

しかし、沖田浩之は、命を絶つこと以外考えられないくらい抱えていた悩みが深刻だったと考えられます。

遺書はなかった

沖田浩之は病院に搬送されましたが死亡が確認されました。遺書はなく、警察は自殺と断定しました。周囲の人たちも自殺するような雰囲気は感じていなかったそうです。しかし、仕事のことや借金のことでかなり悩んでいたことが伺えます。

沖田浩之の家族

沖田浩之の家族は自殺者が多いことでも知られています。沖田浩之の家族構成などはどのようになっていたのでしょうか。次に、沖田浩之の家族についてご説明します。

結婚して子供もいた

沖田浩之は結婚しており、子供もいました。沖田浩之は1995年に結婚しています。妻は英語通訳をしていた女性だそうです。一般人なので顔写真や詳しい事はわかっていません。子供も2人いますが、こちらも何をしているのかは不明です。現在は元妻は再婚しているそうです。

父親の自殺

沖田浩之の父親は沖田浩之が自殺をする3年前に「オレの生命保険で借金を返して欲しい」と言って首を吊って自ら命を絶っています。しかし、その生命保険のお金も兄は借金返済にあてず、そのことを責める沖田浩之に対し兄は「オレが死んだら保険金が入るから死ねばいいんだろ」と言い返したといいます。

兄の自殺

その兄も沖田浩之が自殺した3年後に自殺しています。沖田浩之の兄の死も、やはり借金がらみだったのでしょう。父親の自殺と同じく、自分が死ぬことで保険金を借金の返済に充てるようにと考えたのかもしれません。

父親と兄、さらに弁護士をしていた祖父も、担当していた事件がらみで自分の正当性を主張するために自ら命を絶っています。沖田家(置鮎家)は、沖田浩之を含め4人の自殺者が出ていることになります。これだけ自殺者が多いと、何か因縁めいたものを感じずにはいられません。

母親は癌で死去

沖田浩之の母親は、父親が自殺した翌年に62歳で癌で死去しています。父親が死んだことよりは肺野が死んだことの方が衝撃が大きかったようで、ショックが隠しきれない様子だったといいます。

沖田浩之の芸能界相関図

沖田浩之は芸能界でどのようなつながりがあったのでしょうか。次に沖田浩之の芸能界相関図をご紹介します。

山本陽子との熱愛報道

沖田浩之は竹の子族として有名になり、ドラマ『3年B組金八先生』でさらにブレイクし、『E気持ち』で歌手デビューしアイドル歌手となって上り調子だった1983年に、女優の山本陽子との熱愛が報じられています。当時の山本陽子が41歳、沖田浩之がまだ20歳になったばかりで歳の差は21歳でした。

2人の出会いは、1982年のドラマ『愛を裁けますか』での共演でした。沖田浩之が山本陽子の教え子役を演じています。週刊誌の記事によれば、このドラマの共演がきっかけとなり、沖田浩之が山本陽子のマンションに頻繁に通うようになったようです。沖田浩之と山本陽子はその事実をあっさり認めますが、ただの友達であると熱愛を完全否定しています。

さらに2人が不倫関係を演じた1985年のドラマ『二度目のさよなら』では、一連の熱愛報道をネタにするほどの軽いノリも見せていました。この翌年頃、山本陽子は沖田浩之の母親から「息子のことはどうするつもりなのか?」と問い詰められたといいます。結婚の意思を周囲に漏らしたりしていたようですが、何らかの理由で2人は間も無く破局を迎えました。

川上麻衣子との友人関係

ドラマ『3年B組金八先生』で川上麻衣子は沖田浩之の彼女役を演じました。そのせいで熱狂的な沖田浩之のファンから壮絶な嫌がらせがあったそうです。しかし、沖田浩之はそんな川上麻衣子に対し、兄妹のような愛情を示し、気にかけてくれた優しい人だったそうです。

川上麻衣子は2017年3月7日放送の『芸能人が実態を告白!最悪の一日』という番組に出演しました。その中で、沖田浩之が亡くなる数週間前に共に交わした会話を明かしました。

とあるパーティーで川上麻衣子は沖田浩之に「聞いて欲しいことがある」と言われたそうです。しかしその頃プライベートや自分の悩みのことで頭がいっぱいだった川上麻衣子は「また今度」と軽くあしらってしまったそうです。

そんな川上麻衣子を心配して「何かあったら何でも話してくれよ」と沖田浩之は電話をくれたそうです。それが川上麻衣子が聞いた最後の沖田浩之の言葉でした。自分も自殺するほどの強烈な悩みを抱えていたにも関わらず、他人をいとわずにはいられない繊細な優しさが、彼自身の身を滅ぼしてしまったのかもしれません。

武田鉄矢との師弟関係

ドラマ『3年B組金八先生』で共演した沖田浩之と武田鉄矢はいわば師弟関係のような関係でした。沖田浩之の自殺に対し「今までかっこいい生き方をしてきた彼にはいろいろなことが辛かったのかもしれない」と語っています。

故・津川雅彦との主従関係

沖田浩之は俳優・津川雅彦が代表を務めるグランパパプロダクションに籍を置いており、いわば主従関係のような付き合いでした。沖田浩之も津川雅彦を慕っていました。

自殺する前日にも会って一緒にお酒を飲んだそうです。久しぶりにはしゃいでいて、自殺するようなそぶりはまったくなかったといいます。「自殺するようにはとても見えなかった。ただ、とても繊細な男だし、役者としても期待していたほどは成長していなかった。役者として戦いに負けたのではないか」そう津川雅彦は語りました。

沖田浩之が出演した作品

自殺してしまった沖田浩之ですが、芸能界ではどのような活躍を見せていたのでしょうか。次に沖田浩之が出演した作品をいくつかご紹介します。

ドラマ『3年B組金八先生』

ドラマ『3年B組金八先生』は、1979年から2011年までの32年間にわたってTBSで断続的に放送された学園もののテレビドラマシリーズです。日本の学園ドラマの金字塔と称されるドラマです。沖田浩之は第2話シリーズの松浦悟役で出演し人気を博しました。「腐ったミカン」で有名な第2話シリーズですが、沖田浩之はクールな生徒役で注目を集めました。

武田鉄矢は時々今でも沖田浩之のことを思い出すといいます。「ずっとこらえてたんだよね。バカだよね…切ないね」そう語っています。

ドラマ『サラリーマン金太郎』

ドラマ『サラリーマン金太郎』は、本宮ひろ志の『サラリーマン金太郎』を原作とし、TBSで放送された実写映像化作品シリーズです。1999年から2004年まで連続シリーズが4シリーズ、スペシャル版が1本放送されています。

沖田浩之は脇役で出演しています。企業の乗っ取りを図る第一創業という工務店の悪役の富岡修平という役でした。

映画『私をスキーに連れてって』

映画『私をスキーに連れてって』は、1987年に公開されたホイチョイ・プロダクション原作の原田知世主演の映画です。略称「私スキ」と呼ばれ、スキーシーンを語る上で欠かせない映画です。沖田浩之はもう1人の主人公である三上博史扮する矢野文男のスキー仲間である小杉正明を演じています。

沖田浩之の自殺の真相は永遠に解明されない

沖田浩之は首吊り自殺というショッキングな死に方をしましたが、沖田浩之の自殺の真相は永遠に解明されないのかもしれません。

竹の子族から芸能界入りし、歌手デビューしてアイドルとして活躍していた頃に比べると、自殺した時期は仕事も減り、そのことで悩んでいたのかもしれません。しかし、アイドルの頃がすさまじい人気だったので、考えようによっては落ち着いてきた時期であったと言えるでしょう。

武田鉄矢が言うように、今までがかっこいい生き方をしてきたから落ち着いた普通の活動に物足りなさを感じていたのかもしれません。もちろん借金問題も自殺の大きな原因と言えるでしょう。

沖田浩之の家系は父親や兄が借金問題で自殺し、さらに祖父までが自ら命を絶つと言う何か因縁めいた家系です。アイドル扱いされることの疑問を持ち、俳優としてこれからという中で、『サラリーマン金太郎』で悪役の境地を切り開いたばかりでした。俳優として悩みながらもこれからもっと大きな俳優になっていたかもしれません。

師と仰ぐ津川雅彦も、おそらく期待していたからこそ厳しい言葉をかけたのでしょう。順調に前に進んでいたかもしれない俳優業が断ち切られたことが残念でなりません。

関連する記事はこちら

Thumb星島貴徳が自殺で死亡?生い立ちから現在【江東マンション神隠し殺人事件】
江東マンション神隠し殺人事件の犯人である星島貴徳は、被害者を死亡させたあと自殺したとの噂があ...
Thumb 佐々木つとむ殺人事件の真相!稲川淳二の怪談にマンションが登場?
人気芸人だった佐々木つとむはメッタ刺しにされた状態で都内マンションで発見され、40歳という若...
Thumb川越美和の死因と孤独死!BOSEとの関係や結婚に出演作は?
川越美和とは孤独死をした元アイドルです。女優としては相棒やスクールウォーズ、ゲゲゲの鬼太郎、...

関連するまとめ

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ