小野悦男の生い立ちから今現在!事件の判決や冤罪とは

小野悦男は首都圏女性連続殺人事件で犯人として逮捕された人物です。記事では小野悦男の生い立ちから松戸市の事件に関して救援会が結成され、冤罪ヒーローと言われるようになった経緯を見ていきましょう。さらに再び逮捕された足立区首なし殺人事件から現在についてご紹介します。

小野悦男の生い立ちから今現在!事件の判決や冤罪とはのイメージ

目次

  1. 1小野悦男とは
  2. 2首都圏女性連続殺人事件の概要
  3. 3小野悦男の生い立ち
  4. 4小野悦男が冤罪のヒーローとなった経緯
  5. 5小野悦男のその後と現在
  6. 6小野悦男が関与した事件の真相は解決することはない

小野悦男とは

首都圏女性連続殺人事件の犯人として疑われた小野悦男のプロフィールを見ていきましょう。小野悦男は一体どのような人物なのか、現在は何をしているかなど小野悦男に関する内容を詳しくご紹介します。

小野悦男のプロフィール

・本名:小野悦男
・生年月日:1974年9月12日
・現在年齢:44歳
・出身地:茨城県
・血液型:O型
・家族構成:6人兄弟

首都圏女性連続殺人事件の犯人とされた人物

小野悦男は首都圏女性連続殺人事件の一連の事件の犯人とされた人物です。メディアでも犯人として報道されていました。そこで、なぜ小野悦男が容疑者として浮上したのか、事件の概要から小野悦男の生い立ち、現在までをご紹介します。

首都圏女性連続殺人事件の概要

わずか6年の間に12件起きた首都圏女性連続殺人事件は当時、日本中の女性を震撼させました。首都圏近郊で起きたこの事件の概要から捜査線上に浮かびあがった小野悦男という男性についてご紹介します。

強姦されて殺害される事件が多発

首都圏女性連続殺人事件は1968年から1974年の約6年間で起きた事件です。事件の被害に遭った女性に共通していたのは、女性に強姦を行った後に何らかの方法で殺害するといった犯行内容でした。被害に遭った女性のほとんどが20代で、複数の現場に犯人の血液が落ちており、血液から犯人の血液型がO型であると捜査で判明しました。

また、女性を殺害した方法ですが、暴行を加えた後に、遺体を焼いてしまう方法と暴行後に、穴埋めして死体遺棄した方法だったと警察の捜査で分かっています。どの事件も暴行を加えた後に殺害するという点が非常に酷似していました。

これらの犯行はすべて同じ犯人がやった可能性が高いと言われていました。警察はこの女性を殺害する事件を首都圏女性連続殺人事件と名づけ、捜査が行われていました。

窃盗容疑で逮捕された小野悦男

首都圏女性連続殺人事件の容疑者としてある一人の男性が浮上しました。窃盗の容疑で千葉県松戸署に逮捕された当時37歳の小野悦男という男性です。首都圏女性連続殺人事件と小野悦男には幾つか共通する点や状況証拠がありました。窃盗で逮捕された際に、首都圏女性連続殺人事件の関与も同時に疑われていました。

なぜ、窃盗の疑いで逮捕された小野悦男が事件と関係あるのか、その理由を幾つかご紹介します。小野悦男には過去に前科があり、その中には住居侵入、放火、窃盗、さらに女性に強姦しようとして逮捕される未遂事件も起こしており、刑務所には約13年間服役していました。

また、小野悦男は血液型がO型で、事件の遭った場所の地理に詳しいことも理由の1つです。

さらにはしごを使って女性の家に侵入している犯行もあったことから、建築関係の仕事をしていた小野悦男ならそれが可能と判断し、首都圏女性連続殺人事件に小野悦男が関与しているのではないかと言われていました。

一連の殺人事件との因果関係

上記で小野悦男と首都圏女性連続殺人事件には幾つか結びつく点があるとご紹介しましたが、あくまで警察側の意見であり物的証拠などは見つかっていませんでした。また、首都圏女性連続殺人事件はすべての事件が同一犯と考えられていました。

その後の調査で現場に残っていた加害者の血液が全員O型ではなかったこと、事件が起きた現場や年代にはバラツキがあることから同一犯ではない可能性が浮上しました。実際に葛飾区で発生した事件は小野悦男とは別の犯人が逮捕されています。しかし首都圏女性連続殺人事件の中には小野悦男が犯人と思われる事件が幾つか存在します。

1964年から1973年の間に起きた首都圏女性連続殺人事件の中で「小野が犯人」と密告電話があった事や、殺害現場付近をバールを持って歩いたところを逮捕されるなど、一連の事件に小野悦男は少なからず関与している可能性が高いことも分かっていました。

首都圏女性連続殺人事件の犯人として報道

小野悦男は前歴があることと、千葉県松戸市で起きた女性殺害の犯行を自供したことで首都圏女性連続殺人事件の犯人ではないかとメディアで誤って大きく報道されました。しかし、小野悦男が逮捕されたのは千葉県松戸市で起こった事件のみで、すべての事件を小野悦男がやったという証拠はありません。

さらに、メディアは自身で調べ上げた小野悦男の前歴なども報道し、小野悦男が犯人として大々的に報道しました。しかし、のちに葛飾区の事件は別の犯人が逮捕されています。メディアは新聞の一面に掲載するなどして小野悦男を犯人と決めつけるような報道をしていました。

小野悦男の生い立ち

首都圏女性連続殺人事件としてメディアで大きく報道された小野悦男は一体、どのような人物なのでしょうか。小野悦男の生い立ちや経歴について見ていきましょう。

6人兄弟の次男

小野悦男は茨城県行方郡北浦町という場所で6人兄弟の次男として生まれました。両親を合わせると8人と比較的大家族の環境で小野悦男は育っています。

複雑な家庭環境

兄弟は父親がそれぞれ違うといった少し複雑な環境で育っています。小野悦男の父親は自分が幼いころに亡くなり顔も分からないと話していました。
 

無免許運転で逮捕

小野悦男が初めて逮捕されたのは16歳の時で、無免許運転で逮捕されました。その後、更生することなく、詐欺、窃盗、住居侵入、放火、強姦など14回の逮捕を経験しています。また、14回の逮捕に合わせて13回も刑務所へ服役しています。

あらゆる犯罪を繰り返す

1つの犯罪ではなく、あらゆる種類の犯罪を繰り返し小野悦男は逮捕されています。上記でも触れたように計14回の逮捕と13回の服役の経験を持つ小野悦男は一向に反省の色が見えません。

職を転々とする生活

首都圏女性連続殺人事件が起きた1974年5月2日に小野悦男は北海道にある網走刑務所を出所しました。その後はすぐに北海道から東京へ行き小野悦男の兄弟の家に宿泊していたそうです。仕事は大工や塗装業などの建築関係の仕事を主にこなし、職を転々として生活していました。

このような生活をしている最中に首都圏女性連続殺人事件が起きていました。職を転々としていた小野悦男ですが、逮捕される少し前から清掃業の仕事をし安定した職で生計を立てていたと言われています。

小野悦男が冤罪のヒーローとなった経緯

千葉県松戸市で起きた信用金庫OLが何者かによって殺された事件で容疑者として疑われた小野悦男は、のちに冤罪のヒーローとなります。なぜ、小野悦男が冤罪のヒーローになったのか、その経緯をご紹介します。

別件逮捕ののち殺人容疑で再逮捕

小野悦男は窃盗で逮捕され、首都圏女性連続殺人事件と関与があるのではないかと疑われていました。しかし、この時点ではあくまで状況証拠のみで小野悦男を犯人と断定する物的証拠が見つかっていませんでした。しかし警察が事件を捜査しているとその中の一件が小野悦男の犯行である可能性が高いと事件が浮上しました。

1974年7月3日に松戸市の信用金庫に務めていたOLが失踪し、8月8日に遺体となって発見される事件が発生しました。この事件で加害者がO型だったこと、事件現場の近くにあった足跡が小野悦男と一致したことから1974年9月12日に殺人容疑の疑いで逮捕されました。

松戸信金OL殺人事件で起訴

千葉県松戸市で殺害された事件の犯人として小野悦男は起訴されました。しかし、同時に小野悦男を支援する団体が結成されていました。救援会については次の見出しで詳しくご紹介します。救援会のバックアップのもと、小野悦男は警察に自白させられたと主張していました。

取調室で死体写真に顔を押し付けられたり、真冬なのに窓を全開にされ、暖房を止められ、お香で煙責めされるなど捜査員に違法なより調べを受けたと主張していました。このことを受けて小野悦男を支援する団体の弁護士が違法の取り調べによる自白を信用していいのかと訴えました。

救援会が結成される

千葉県松戸市の信用金庫勤務のOL殺害事件で逮捕された小野悦男は、首都圏女性連続殺人事件のすべての犯人とメディアで大きく報道されてしまいました。検察側も松戸市の事件のみを起訴していたにも関わらずメディアは小野悦男が首都圏女性連続殺人事件の犯人であるかのように報道し続けました。

この事態に小野悦男は「自分はすべての事件の犯人ではない」と救援連絡センターという場所に助けを求めたそうです。その後、長谷川健三という男性を中心に文化人や宗教家関係者などで「小野悦男さん救援会」が結成されました。

無期懲役の判決が下るも…

1986年、千葉地裁松戸支部で行われた裁判で、あまりにも身勝手で卑劣な犯行として小野悦男に無期懲役の判決が下されました。しかし、1991年4月23日行われた東京高裁での裁判では警察側の強制的な自白は事件真相の信用性に欠けるとして無罪判決が下されました。

無期懲役からの逆転無罪判決を勝ち取った小野悦男は、松戸市の事件に関しては釈放されました。

無罪が確定し冤罪のヒーローに

小野悦男は、別件で婦暴行の疑いで逮捕され、懲役6年の判決が下されていました。しかし、千葉県松戸市の事件が無罪となったことから実質、冤罪で約16年間勾留されていたことになります。その為、婦女暴行事件で6年の懲役が下されたものの、冤罪での勾留期間を差し引ひたことで婦女暴行で刑務所に服役することはありませんでした。

さらに、勾留されていた約6000日の中で婦女暴行の6年を引いた約3800日分の金額約3600万円が小野悦男に渡されました。約16年間の勾留期間を経て釈放された小野悦男は、「冤罪のヒーロー」として注目されました。

小野悦男はインタビューで「母の世話をしたい」と涙ながらに語り、これを受けてマスコミは一連の放送をお詫びしました。

小野悦男のその後と現在

冤罪のヒーローとなった小野悦男はその後、冤罪の経験を活かし講演会を行っていました。しかし、わずか数年後に起きた足立区首なし殺人事件で再逮捕されました。足立区首なし殺人事件では物的証拠が多く見つかり、小野悦男の犯行に間違いないとされました。

そこで小野悦男が冤罪ヒーローと言われたその後から足立区首なし殺人事件の概要や現在の小野悦男について見ていきましょう。

冤罪被害の講演を行う

約16年間の時を経て釈放された小野悦男は「冤罪のヒーロー」として知名度を上げていました。その後、自身の冤罪の経験を活かし、全国で講演会を行う活動をしていました。これまで何度も警察に逮捕された小野悦男の世間のイメージを180度変えました。

更生をしたと思われていた矢先、1992年に再び窃盗の容疑で逮捕され、2年間刑務所に服役しました。

足立区首なし殺人事件で逮捕

冤罪のヒーローとし注目された小野悦男でしたが、1996年に起きた足立区首なし殺人事件の犯人として逮捕されました。小野悦男の逮捕はあまりにも衝撃的でメディアでも大きく報道されました。そこで足立区首なし殺人事件の概要について見ていきましょう。

足立区首なし殺人事件は小野悦男の住む近くの人が「最近、小野悦男の同居女性の姿が見えない」と証言していたことから小野悦男が容疑者として浮上しました。しかし、一度冤罪逮捕をしている警察側は救援会の存在などからうかつに小野悦男に接触することができませんでした。

そんな時、足立区首なし殺人事件が起きた数か月後に5歳の女の子に関する事件で小野悦男が逮捕されました。この時に小野悦男のDNAを採取し、事件の現場に付着していたものと照合し見事一致しました。

小野悦男の自宅では切断された体の一部が見つかり、小野悦男は言い逃れできない状況で犯行を認めざる負えませんでした。その後、裁判で無期懲役が確定しました。

救援会は裏切られ…

小野悦男は足立区首なし殺人事件の犯人として逮捕されました。千葉県松戸市の事件とは違い、物的証拠が多数あることから犯行が確実なものでした。

また、小野悦男が無罪となった事件を担当していた弁護士は足立区首なし殺人事件で小野悦男が再逮捕された事で「当時、小野を疑っていた」と告白しました。これを受けて担当の弁護士は弁護士会から懲戒処分を受けています。

無期懲役が確定し服役

足立区首なし殺人事件の東京地裁の裁判で小野悦男は無期懲役の判決が下されました。その後、小野悦男側は納得いかないという理由で東京高裁に控訴しましたが、棄却され無期懲役が確定しました。現在も刑務所に服役しています。

首都圏女性連続殺人事件は闇の中へ…

首都圏女性連続殺人事件の中で小野悦男が犯人として逮捕されたのは千葉県松戸市で起きた事件だけでした。その後、葛飾区での殺人事件も別の犯人は逮捕されています。しかし、首都圏女性連続殺人事件は全部で12件起きており、犯人が見つからなかった残りの10件は現在、時効を迎えており未解決事件になりました。

小野悦男が他の10件の犯行に関与していない可能性は0ではありませんが、時効になった現在、もし犯行を認めても国の法律で逮捕することができません。その為、首都圏女性連続殺人事件は現在も未解決のまま闇の中へ消えていくこととなります。

小野悦男が関与した事件の真相は解決することはない

小野悦男が関与したと言われている事件について幾つかまとめてきました。小野悦男は当初、首都圏女性連続殺人事件の犯人としてメディアでも大きく報道されました。しかし実際は、警察の調べで千葉県の松戸市で起きた事件にのみ関与していることが判明し、小野悦男は逮捕されました。

そして冤罪のヒーローになったのですが、現在は再び殺人を犯して服役中です。一度は冤罪になり、日本各地で講演会を行ってたはずの小野悦男が再び逮捕された時はネット上でも驚きの声が挙がっていました。二度目の逮捕となると、やはり首都圏女性連続殺人事件の一連の事件の中に小野悦男が関与している事件があったのではないかと疑ってしまいます。

しかし、時効をむかえていることから未解決事件となり真相が解決する日はこないかもしれません。

関連する鵜記事はこちら

Thumb名張毒ぶどう酒事件の概要と真相!奥西勝は冤罪で死刑?真犯人は会長?
名張毒ぶどう酒事件は、日本の犯罪史に残る三大毒殺事件です。奥西勝死刑囚は再審請求を繰り返す中...
Thumb袴田事件の真犯人とは!冤罪の真相や再審請求棄却の理由は【動画】
袴田巌さんが冤罪として逮捕された袴田事件では、裁判で死刑判決が下されました。しかし、袴田巌さ...

関連するまとめ

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ