袴田事件の真犯人とは!冤罪の真相や再審請求棄却の理由は【動画】

袴田巌さんが冤罪として逮捕された袴田事件では、裁判で死刑判決が下されました。しかし、袴田巌さんは無罪を主張し再審を求めており、真犯人は誰なのか真相はわかっていません。警察や長女の橋本昌子さんが関係していると言われる袴田事件の「BOX」についてもご紹介します。

袴田事件の真犯人とは!冤罪の真相や再審請求棄却の理由は【動画】のイメージ

目次

  1. 1袴田事件とは
  2. 2袴田事件の概要【動画】
  3. 3袴田巌さんが逮捕された理由【袴田事件】
  4. 4逮捕から釈放までの過程【袴田事件】
  5. 5袴田事件が冤罪事件となった理由
  6. 6真相を検証!袴田事件の真犯人は誰?
  7. 7戦後最大の冤罪事件の真相は今だ解明されていない

袴田事件とは

袴田事件をご存知ですか。袴田事件を検索すると検索欄に「おぞましい」と出てきます。そのことから、袴田事件は何やら闇のある事件のような雰囲気が漂っています。この袴田事件は昭和に起きた事件ですので、平成生まれの人からすると「どんな事件なんだろう」と疑問に思う部分が多くあるはずです。

そのため、袴田事件を知らない人にも分かるように袴田事件の詳細を詳しくご紹介していきます。また、この袴田事件は2014年になってから事件が進展したことで新たに注目を集めた事件でもあります。

静岡県で起きた強盗殺人放火事件

袴田事件とは、静岡県清水市で発生した強盗殺人放火事件です。静岡県清水市は現在無くなっており、静岡県清水区と改名されています。事件が起こったのは1966年ですので昭和41年に起きたことになります。6月30日に事件が発生したことにより、ある1人の男性が容疑者として浮上することになります。

しかし、容疑者が逮捕されたことについて疑問が多く残っており、警察の捜査に信ぴょう性が問われます。また、そのことがきっかけとなって2014年に事件が進展することになったようです。

袴田巌さんが容疑者として逮捕される

袴田事件では、袴田巌さんという男性が容疑者として逮捕されました。袴田巌さんは容疑者として警察に逮捕された後、裁判で死刑判決が下されることになります。しかし、袴田巌さんは一向に罪を認める兆しがありませんでした。そのことから、袴田事件の罪を認めない袴田巌さんに対して世間から白い眼が向けられることになります。

その後、あることがきっかけとなって袴田事件で逮捕された袴田巌さんに対しての見方が180度変わることになりました。それについては後に事件の概要と共に詳しくご紹介していきます。

最も悲惨な冤罪事件として有名

1966年に発生した強盗殺人放火事件である袴田事件では、袴田巌さんが警察から逮捕されました。しかし、その真相は全く違う部分にあり、真犯人は袴田巌ではないと知られることになります。無罪にも関わらず一度死刑判決が下されたことから、この袴田事件は過去に起きた事件の中でも最も悲惨な冤罪事件として有名になります。

冤罪事件は袴田事件以外にも過去に起こっており、真犯人が名乗り出たことによって解決している場合もあります。ただ、中には冤罪疑惑があるにも関わらず有罪判決を受けている例もあります。袴田事件で冤罪事件に巻き込まれた袴田巌さんは、その後どうなってしまったのでしょうか。

映画「BOX 袴田事件 命とは」が公開される

袴田巌さんが逮捕された袴田事件は、映画として公開されることとなります。そのタイトルは『BOX 袴田事件 命とは』で、この映画は2010年に公開されています。また、『BOX 袴田事件 命とは』とは別にドキュメンタリー映画の『袴田巌 ―夢の間の世の中―』が2016年2月に公開されているようです。

『BOX 袴田事件 命とは』は公開当時反響を呼び、人を裁くことに対して疑問を持つ人もいました。また、タイトルにあるBOXとはボクシングと閉じ込めの2つを組み合わせた意味を持っていると言われています。

袴田事件の概要【動画】

袴田事件で袴田巌さんが犯人として逮捕された袴田事件は、最も悲惨な冤罪事件として知られているとご紹介しました。また、その傍らでギネス記録に載る事態にまでなったことでも話題を呼んだようです。袴田巌さんがギネス記録に載った理由は、世界で最も長く収監されている死刑囚だからです。その期間を42年にも及びます。

では、袴田巌さんが42年も袴田事件の冤罪で収監されていた事件の概要とは一体どのような内容だったのでしょうか。事件の流れは袴田巌さんにとってあまりに耐えがたいものだったはずです。

味噌製造会社の専務宅が放火される

袴田事件は、1966年6月30日に味噌製造会社の専務の家が放火されたことから始まります。味噌製造会社は後に、1972年から株式会社富士見物産の名前で再開することとなります。初めは放火事件として調べていたのですが、警察はおかしな点に気づいたことにより強盗殺人の可能性も考慮することとなります。

焼け跡から他殺体が発見される

味噌製造会社で放火された専務の自宅から発見されたのは、当時41歳の専務、38歳の妻、17歳の次女でした。放火されたことにより焼死体になっている可能性があったのですが、発見された時には焼死体ではなく他殺体が発見されました。そのことから、真犯人を突き止めるべく警察による捜査が始まりました。

しかし、警察による捜査はあまりにもガサツなもので、袴田巌さんを冤罪で逮捕してしまう事態に発展することとなります。

生存者は長女の橋本昌子のみ

袴田事件で生き残ったのは長女の橋本昌子さんのみです。長女の橋本昌子さんは事件当時、別の棟で睡眠をとっていたため助かったとされています。また、長女の橋本昌子さんは家族から勘当されており、放火された自宅には住んでいなかったようです。長女の橋本昌子さんは偶然その日は自宅に戻っていたと話しています。

後に詳しくご紹介しますが、勘当されているのに事件の当日に偶然自宅に帰っていた長女の橋本昌子さんに対して真犯人だと疑いの目が向けられてしまうこともあったようです。

袴田巌さんが容疑者として逮捕される

袴田事件で容疑者として逮捕された袴田巌さんは、1936年に生まれました。出身は静岡県浜松市で、事件当時はプロボクサーを目指していたため東京に住んでいたようです。また、プロボクサーを目指していたのは中学卒業後だったとのことなので、16歳から将来の夢を追い求めていたことになります。

しかし、それほど夢を追い求めていた袴田巌さんがなぜ逮捕されてしまったのでしょうか。それにはいくつか理由があるようです。袴田巌さんが誤認逮捕されてしまった理由については後にご紹介します。

裁判で死刑判決が下される

袴田巌さんは冤罪事件で逮捕されたにも関わらず、裁判で死刑判決が下される事態まで発展しました。初めて裁判が行われたのは1966年11月15日で、袴田巌さんが逮捕されてから4か月後の出来事です。

裁判で死刑判決が下されたのは1968年9月11日で、初めの裁判から2年も経っていたため、警察による捜査がしっかりと行われていると感じていた人が多いようです。しかし、袴田巌さんへの死刑判決は不当なものでした。死刑判決が下されるまでに取り調べは60回以上にも及んでおり、1日10時間も取り調べが行われていたことがほとんどでした。

それほど事件のことを調べておきながら、なぜ冤罪である袴田巌さんに死刑判決が下されたのでしょうか。

袴田巌さんが逮捕された理由【袴田事件】

過去最大の冤罪事件と呼ばれる袴田事件では、袴田巌さんが逮捕されてしまいました。このことにより、警察による捜査の信ぴょう性に疑いがもたれてしまうことになったようです。冤罪事件のため、それ相応の証拠が出てきたのではないか、と解釈する人がいたようなのですが、実際は袴田巌さんを犯人と断定するにはあまりにも証拠が不十分だったと言います。

では、警察による捜査はどのように行われていたのでしょうか。そして、袴田巌さんが逮捕されてしまった理由とは一体どのような理由だったのかについてご紹介します。

①アリバイがなかった

事件当時、袴田巌さんが逮捕されてしまった理由の1つとして、アリバイがなかったことが上げられます。袴田巌さんは事件が起こった味噌会社に勤務していたため、周囲の人たちから捜査を始めました。その中で袴田巌さんも犯人候補として浮上したのですが、住んでいた場所が専務宅の近くにある工場の2階で、アリバイがないと言われていました。

しかし、実際は同僚によるアリバイが立証されていたにも関わらず、警察はその証拠を隠蔽していました。

②事件直後の怪我

袴田事件では、袴田巌さんの体を調べると怪我があることが発見されます。袴田巌さんの左手の中指には怪我があったため、何か事件に関係している可能性が浮上します。

確かに怪我があることから事件に関係している可能性はありますが、それだけで袴田巌さんが死刑判決を受けてしまうのは、冤罪だと分かった今となっては少し無理があるように思う人が多いようです。

③血のついたパジャマ?

袴田巌さんが袴田事件の犯人だと想定してから、警察は袴田巌さんの自宅を捜査し始めます。そこには血の付いたパジャマが見つかったと言います。普通であれば自宅から血の付いたパジャマが発見されることはなく、袴田巌さんが袴田事件の犯人の可能性が高まります。

しかし、パジャマについていたのは血ではなく、シミがついていたとの情報がありました。そのため、警察は意地でも袴田巌さんを犯人に仕立て上げたかったのではないでしょうか。

④元プロボクサーだから?

袴田巌さんは以前プロボクサーとして活躍していました。しかし、その後は怪我をしてしまったことから引退せざるを得なくなります。ただ、袴田巌さんはプロボクサーとしての道を諦めてなかったことから、犯人の可能性があると警察に判断されたようです。

元プロボクサーだからと言って殺人を犯すわけではなく、その時点で警察の捜査がずさんに行われていることが分かるのではないでしょうか。あまりにも理不尽な理由で逮捕されてしまった袴田巌さんですが、弁護側は諦めることなく袴田巌さんを弁護し続けました。それについては後にご紹介します。

逮捕から釈放までの過程【袴田事件】

袴田巌さんは、冤罪事件と言っても袴田事件で実際に逮捕されてから釈放にまで至っているのですが、それまでにはどのような過程があったのでしょうか。袴田巌さんは収監されている年数が48年というあまりにも長い期間だったことから、釈放までに何度も取り調べや裁判が行われたことが安易に予想できます。

もしも釈放されるきっかけとなる出来事がなければ、今も袴田巌さんは袴田事件の犯人として収監されていたかもしれません。では、逮捕されてから釈放されるに至った過程についてご紹介します。

一貫して無罪を主張

死刑判決を下されてしまってからも、袴田巌さんと弁護側は無罪を主張し続けます。一貫して無罪を主張していた袴田巌さんですが20日間ほど主張をし続けてから、自白をすることとなります。その内容はパジャマで専務家族が住む自宅に忍び込み、お金を盗もうとしていたようです。

しかし、その姿を見られてしまったため、持っていた小刀で斬りつけて殺害してから、家に火を放ったというものです。ただ、後に袴田事件の裁判が行われて際には、無罪の主張を始めることとなります。一度自白していたのに無罪を主張したことで、袴田事件は一層混乱に陥ってしまうこととなりました。

新たな証拠品により起訴へ

裁判が行われた際に新たな証拠が発見されます。その新たな証拠とは、味噌製造工場にあるタンクの中から血に染まっていた衣類5点です。その衣類には裾上げされたズボンが紛れ込んでおり、その裾上げした際の余った布が袴田巌さんの自宅から発見されたとのことです。

しかし、袴田事件の犯人とされていた袴田巌さんは自分の衣類ではないと主張し続けていました。この証拠が見つかったことにより裁判では、袴田巌さんへの判決が重くなってしまうのではないかと言われていたようです。

死刑が確定される

新たな証拠が見つかっても無罪を貫いていた袴田巌さんですが、見つかった裾上げしたズボンを着用したいと言っていました。そしてその主張は通ったのですが、その時点でズボンが袴田巌さんのサイズとは合わないことが発覚します。袴田巌さんが着用するにはあまりにもサイズが小さかったのです。

しかしそれでもなお、なぜか袴田巌さんには死刑判決が下されてしまうことになりました。死刑判決が下されたのは袴田事件が発生してから14年も後のことで、袴田巌さんの精神は徐々にすり減っていってしまうこととなります。

再審請求を続ける日々

死刑判決を受けてしまった袴田巌さんですが、一貫して無罪を主張していました。そのため再審を何度も求めていたようです。しかし、何度再審を申し出ても全て棄却されてしまうこととなります。あまりにも再審の申し出を断られてしまっていたため、袴田巌さんや弁護側は不信感を抱いていた可能性も高いのではないでしょうか。

そんな中で、再審が行われるきっかけができました。

死刑執行と拘留の停止で釈放される

再審を何度も求めていた袴田巌さんですが、袴田事件の再審は一切受け入れてはもらえませんでした。そして、事件発生から48年後にやっと再審が行われ、2014年に釈放が確定しました。

死刑執行と拘留の停止で釈放されたようです。また、袴田事件では袴田巌さんが犯人だと断定するように発言をしていたことが発覚します。しかし新たな証拠が立証されたため、検察側の証拠ねつ造が疑われることとなり、再審に繋がったとされています。

再審請求は棄却されるも収監はされず

釈放されてからも再審請求は棄却され続けましたが、収監されることがありませんでした。再審請求は2018年6月11日まで続いており、その再審請求も棄却されています。検察側は最高裁では再審請求が認められると見込んでいたため、高裁では裁判をしたいとの要求を却下したと述べています。

そのため、袴田事件の真相を解明するためには最高裁での裁判が大きなカギとなるようです。次の裁判がいつ行われるかはまだ不明ですが、48年も収監されていた袴田巌さんが釈放されたこともあり、今後は袴田事件の真相が明らかとなるのではないでしょうか。

袴田事件が冤罪事件となった理由

袴田巌さんが免罪事件の犯人として逮捕されてしまったのには、いくつかの理由があるようです。大まかな理由は警察によるずさんな捜査が原因だと言われていますが、その詳細はあまりにもひどいものでした。ギネス記録に載ってしまうほど長期間、無実の罪で収監されていた袴田巌さんの苦痛は想像を絶します。

冤罪事件は過去にも起きていることですが、この事件は酷さが世間の想像の上をいくものだったそうです。では、実際に袴田事件が免罪事件となってしまった理由とは一体どのような理由だったのでしょうか。

①警察による自白の強要

袴田事件の真相が別にあると判断されるきっかけとなったのは、警察による自白の強要が理由だと言われています。一度自白をした袴田巌さんが無実を主張したことにより、警察による自白の強要が判明しました。このような自白を強要する取り調べは過去にも行われていましたが、現在では、自白の強要は正当な証拠として提出することができなくなっています。

②警察のずさんな捜査

袴田事件では取り調べが60回以上も行われていたことや、警察による捜査が何年にも及んでいたことで、警察のずさんな捜査が表に出ることはありませんでした。また、検察側は証拠を全て提出する必要はないと述べています。

そのことから、最も重要だとされている証拠を提出することなく、袴田巌さんに関する証拠ばかりを提出していた問題が浮上してきました。

③捏造された証拠

袴田事件の真相が別にあると判断されるきっかけとなったのは、証拠がねつ造されていたことが大きな理由と言われています。検察側は血の付いた衣類が発見されたことにより、死刑に値すると述べていました。

しかし、その証拠は袴田事件が発生してから1年後に発見されたもので、見つかりやすそうな証拠にも関わらず、あまりにも発見が遅いことが分かります。また、証拠品のサイズが袴田巌さんと会わなかったことに対しても、何かと理由をつけて詳しい詳細を発表しなかったようです。

真相を検証!袴田事件の真犯人は誰?

冤罪事件として2014年入ってから更に話題となった袴田事件は、現在も真相が解明されていません。そのため、袴田事件の真犯人は誰だったのか、という点について疑問が残ります。袴田巌さんが誤認逮捕されてしまったのにはいくつか理由がありました。それには事件の真相や真犯人が関係しているのではないか、との見解も持たれているようです。

袴田事件では真犯人だと疑われている人物が複数人います。今後の警察による捜査によっては真相が明らかになる可能性も出てくるでしょう。では、真犯人だと疑われている人物は誰なのかご紹介します。

真犯人①家庭教師が見たという中年男性

袴田事件では、専務宅に訪れていた家庭教師が中年男性を見たとの証言が取れています。事件当時、専務の自宅では多くの人が出入りしていたようで、その中に中年男性が紛れ込んでいました。警察はこの証言を受けて、その男性について捜査をした痕跡がないようです。

そのため、家庭教師が目撃した中年男性が真犯人だった可能性が高まるのではないでしょうか。また、警察がなぜ中年男性について捜査しなかったのかについては不明です。ただ、警察関係者が真犯人だと噂されていることを考えると、そこに何か繋がりがあるのかもしれません。

真犯人②勘当されていた長女

袴田事件では、唯一長女である橋本昌子だけがなぜか生き残っていました。長女の橋本昌子は当時家族から勘当されていたようです。しかし、事件の日だけ家に戻っていたことが不自然だったため、長女の橋本昌子が真犯人なのではないか、との噂が飛び交うようになります。

長女の橋本昌子が勘当されていた理由は、男関係にハマってしまって学校に行かなくなったことが理由だそうです。また、袴田事件が起こったことによって長女の橋本昌子は多額の保険金を手に入れたと言います。そのことから、長女の橋本昌子が勘当していた家族への復讐をしたのか、保険金目当てで事件を起こしたのかと考えることができます。

しかし、袴田巌さんが釈放された翌日に死亡しているのが発見されたようです。

真犯人③警察関係者が犯人?

当時から長女の橋本昌子が真犯人なのではないか、と噂が飛び交っていました。しかし、その傍らで警察関係者が犯人だとの見方もありました。その理由として、警察の捜査がずさんだったことや、袴田厳さんに対しての取り調べがひどいものだったことが上げられます。そして、今までも警察関係者の犯行が隠蔽されていた事件が多発してました。

あまりにも警察の対応がおかしいことで、警察関係者の中に真犯人がいる可能性が高いと噂が広まることとなります。

真犯人④暴力団関係者

袴田事件の真相が分からないということは、闇を抱えている人物の犯行なのではないかと噂されたこともあります。闇を抱えていると聞けば暴力関係者を想像する人が多いでしょう。また、暴力関係者というのは長女の橋本昌子と話が繋がるとの噂もあるようです。上記で述べた長女である橋本昌子の男関係が暴力団関係者だと言われているからです。

また、事件が起きた味噌会社では後に合併の話が出ています。その合併した会社に暴力団が関係していたことから、以前から何かトラブルを抱えていた可能性も高いのではないでしょうか。

真犯人⑤犯人は複数だった?

袴田事件では、上記で述べた真相の仮定が全て当てはまっているとの見解もあります。そのため、犯人は複数人いたのではないかという噂もあるようです。特に長女の橋本昌子と暴力関係者が繋がっていたことから、事件に発展した可能性が高いでしょう。

また、暴力団と警察との間には深い繋がりがあると長年言われてきていますので、警察も関わっている可能性が高いです。ただ、その真相については未だ不明です。

戦後最大の冤罪事件の真相は今だ解明されていない

袴田事件は戦後最大の冤罪事件と言われており、未だに真相が解明されていません。そのことから、今度の裁判でどのように展開が繰り広げられるのかに注目が集まります。袴田事件では再審が一切行われていなかったことから、世間では警察や裁判所に対しての不信感が募ってしまっているようです。

そのため、これ以上再審請求を受け入れなければ、何か隠し事があると判断されるでしょう。今度、正しい捜査がされて袴田事件の真相が解決することを願いましょう。

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すうこ

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