富岡長子殺害の真相!富岡茂永と妻の動機や遺書とは【富岡八幡宮】

富岡八幡宮の宮司だった富岡長子が弟の富岡茂永容疑者とその妻である富岡真里子に殺害されました。富岡茂永の遺書には、息子を宮司にするようにと残されていました。富岡長子が殺害される日に綴ったブログやホストクラブでの豪遊について詳しく紹介します。

富岡長子殺害の真相!富岡茂永と妻の動機や遺書とは【富岡八幡宮】のイメージ

目次

  1. 1富岡長子とは
  2. 2富岡長子殺害の概要
  3. 3富岡茂永容疑者とは
  4. 4富岡長子殺害の動機とは
  5. 5富岡長子殺害の報道で明らかになったこと
  6. 6富岡長子殺害の真相は容疑者死亡によりわからぬまま

富岡長子とは

富岡長子という女性をご存知でしょうか。東京都にある歴史ある富岡八幡宮で起きた悲惨な事件の被害者です。富岡八幡宮殺人事件をニュースなどで目にしたことがある方は、富岡長子を知っていることでしょう。富岡長子に関する様々な噂や富岡八幡宮で起きた悲惨な事件の真相について詳しく見ていきましょう。

富岡八幡宮の女性宮司

富岡長子は、富岡八幡宮の宮司だった富岡興永の長女として生まれました。富岡長子には弟と妹が居ました。さらに、富岡八幡宮を継ぐはずだった兄もいたようですが、若くして自殺したという情報がありました。富岡長子が通っていた中学校など調べてみましたが、残念ながら確実な情報はありませんでした。

しかし、中学校へ通っている時から薬物に手を出し、遊び人だったのは有名な話のようです。そのため、高校へは進学しておらず、実家を出てアルバイトをして生活していたそうです。そして、富岡長子は20歳で結婚し、男の子を産んでいます。その後は、離婚し息子も引き取らず実家に出戻ります。

実家に出戻った富岡長子は、富岡八幡宮で働きながら青山学院大学、国学院大学を出て神職となります。そして、2017年に富岡八幡宮の宮司に就任します。

富岡長子殺害の概要

2017年の冬、富岡八幡宮の宮司だった富岡長子が富岡八幡宮の中で殺害されました。富岡長子を含む3人もの死者がでた恐ろしい事件で、当時世間を大変騒がせました。さらには、富岡長子の専属運転手をしていた男性も事件に巻き込まれて大怪我を負いました。富岡長子を殺害した犯人は一体誰なのでしょうか。富岡長子はなぜ殺害されたのでしょうか。

世間を騒がせた富岡八幡宮殺人事件の真相について以下で詳しく紹介します。

富岡長子は日本刀で切りつけられ死亡

深川の八幡様として有名な富岡八幡宮がある自宅付近で事件は起こりました。車を降りた富岡長子は犯人から70cm以上ある日本刀で切りつけられました。さらに、逃げようとした富岡長子の運転手の男性を追いかけて襲いました。現場の目撃者は、言い争うような声が聞こえ、現場には血だまりがあったと語っていました。

当時ニュースにも道路に付いた生々しい血痕の映像が出ていました。犯人は、富岡長子が帰宅するのを身を潜めて待ち伏せし、車から降りるところを見計らって胸や首などを日本刀で切りつけて死亡させました。富岡長子の運転手の男性を襲ったのは、もう一人の犯人でした。つまり、犯人は2人居ました。

運転手の男性は、腕や胸を刃物で切りつけられ大怪我をしたものの、命は助かっています。犯人は、運転手の男性に向かって「お前だけは許してやる」と言っていたそうです。本来の標的は富岡長子ひとりだったのかもしれません。

容疑者は富岡長子の弟夫婦

実は、富岡長子を死亡させ、運転手の男性に大怪我を負わせた容疑者は、富岡長子の弟夫婦だったのです。弟である富岡茂永容疑者が富岡長子を日本刀で切りつけ、富岡茂永の妻である富岡真里子が運転手の男性に大怪我を負わせたそうです。富岡茂永と妻の富岡真里子は富岡八幡宮付近のマンションで暮らしていたそうです。

弟夫婦は、自宅から富岡長子の日常の動きをうかがっていたようで、自宅からは証拠品も出てます。富岡茂永と妻の富岡真里子は計画的に富岡長子を殺害した可能性が高いでしょう。富岡長子を日本刀が折れるほど強く刺したそうです。夫婦で殺人事件を犯すほど、姉である富岡長子を恨んでいたのでしょうか。

容疑者はその後心中を図り死亡

富岡茂永と富岡真里子は、姉の富岡長子を殺害し、運転手の男性を日本刀で襲った後、富岡八幡宮に戻り心中を図り死亡しています。富岡茂永が妻の富岡真里子をサバイバルナイフで刺して殺した後、自分自身も心臓付近を刺して自殺しました。二人が暮らしていたマンションからは、富岡真里子の遺書のようなものが発見されたそうです。

それは、富岡八幡宮殺人事件の約一週間前に書かれたものでした。富岡長子を殺した後、心中すると綴られていたそうです。やはり、運転手の男性を殺害する予定はなかったようです。

富岡茂永容疑者とは

自分の姉を殺害し、妻と心中した富岡茂永容疑者とはどんな人物だったのでしょうか。富岡茂永容疑者について調べてみると、富岡長子が宮司になる前に富岡茂永容疑者も6年間ほど富岡八幡宮の宮司だったことが分かりました。富岡茂永容疑者は地元の中学校を卒業後、国学院大学久我山高等学校へ入学しました。

そして、姉の富岡長子と同じ国学院大学を出て宮司となります。富岡茂永容疑者については、過去に逮捕歴があるなど様々なことがネットで噂されているようです。富岡茂永容疑者がこれまでどのような人生を送ってきたのか以下で詳しく紹介します。

妻・富岡真里子とは3度目の結婚

富岡茂永は、妻である富岡真里子と結婚する前に2度の結婚歴があります。前妻たちとの離婚の原因は富岡茂永の浮気だったようです。富岡真里子は銀座でホステスとして働いていたそうです。富岡茂永とは、働いていた店で出会い愛人となり、結婚しています。富岡真里子と富岡長子は以前から揉めていたようです。

富岡長子は、障害がある富岡真里子の兄や家族を差別するような発言をしていました。そして、富岡真里子は訴訟を起こしています。このようなことが積み重なって、富岡長子を恨むようになったのかもしれません。

別れた妻との間に息子も

富岡茂永には、最初に結婚した妻との間に息子がいます。息子の名前は富岡秀之というそうです。ネットで富岡茂永を検索すると、検索ワードに「富岡茂永」「息子」と出てきます。息子について検索している人が多いようです。前妻との息子について調べてみると、富岡ウルフというYouTuberだったことがわかりました。

現在は富岡ウルフのYouTube動画は削除されているようです。また、富岡茂永の息子も国学院大学へ通い、宮司になるための資格を取っています。以前は息子も富岡八幡宮で働いていたようです。

豪遊生活を送っていた

富岡茂永が豪遊生活を送っていたのは有名な話だそうです。富岡茂永は、富岡八幡宮で宮司だった時に神社のお金で豪遊生活を送っていたと言われています。高級マンションの最上階に住み、銀座の高級クラブを飲み歩き、飲食店を貸し切りにするなどかなり贅沢な暮らしぶりだったそうです。

さらには、アメリカのカジノで使ったお金も神社のものだったそうです。そして、富岡茂永は宮司を降ろされることとなります。その後も、生活拠点を福岡に移した富岡茂永は自身の船を持ち、釣りをするような贅沢な生活を送っていたようです。時には、釣りをするためにヘリコプターを使うこともあったそうです。

周囲の人間に、金は腐る程持っているというようなことも言っていたそうです。

遺書のような手紙を2800通書いていた

富岡茂永は妻同様、富岡八幡宮殺人事件を起こす前に遺書のような手紙を2800通も書いていました。その遺書のような手紙には30年間の富岡家についてが8枚に渡って綴られていました。ネットで「富岡茂永」「遺書」と検索すると遺書の写真も上がっています。

富岡茂永は遺書に、富岡長子を富岡八幡宮から永遠に排除することと息子を宮司にするようにと残していました。そして、富岡茂永の要望が実現しなかった場合は、祟り続けるという恐ろしい内容が綴られていました。しかし、現在の富岡八幡宮の宮司は丸山聡一という人物です。富岡茂永の願いは届かなかったようです。

この遺書は、富岡八幡宮殺人事件後に投函されていたという話もあるようです。富岡茂永と妻の富岡真里子は事件の後すぐに心中しています。いったい誰が遺書を投函したのでしょうか。

ネットで自作自演の書き込み疑惑も…

富岡茂永は、ネットの2chに自作自演の書き込みをしていたのではないかと言われています。ネットには富岡長子を批判するような書き込みや富岡八幡宮の関係者しか知らないような内容が書き込まれていたそうです。

実際に、富岡茂永が自作自演の書き込みをしていたかは定かではないようですが、2ch上でも書き込みをしているのは富岡茂永ではないかという投稿がありました。

富岡長子殺害の動機とは

富岡八幡宮殺人事件という悲惨な事件を起こした富岡茂永ですが、姉である富岡長子を殺害する動機は一体何だったのでしょうか。自分の息子を宮司にさせるために殺害したのでしょうか。富岡茂永が富岡長子を殺害した動機について以下で見ていきましょう。

姉弟の間で宮司をめぐるトラブル

富岡長子と富岡茂永の間には、以前から宮司をめぐるトラブルがあったようです。2006年には、富岡茂永が富岡長子へ「地獄へ送る」と脅迫するはがきを送っていました。その後、富岡茂永は逮捕されています。2人を知る人は姉弟の仲は悪かったと語っていました。

宮司だった富岡茂永は、神社のお金で豪遊生活を送っていたことなどが原因で宮司を降ろされ、その後は富岡長子が宮司となりました。富岡茂永は自分が再び宮司になれないことに対してかなり不満を抱いていたそうです。このような姉弟の間のトラブルは16年間も続いていたそうです。

また、富岡長子は富岡八幡宮で働いていた富岡茂永の息子をクビにしていました。この件に関しては、裁判を起こしていますが富岡茂永の息子側が敗訴となっています。長年に渡り積み重なった恨み辛みが富岡長子を殺害する動機になったのかもしれません。

莫大な財産をめぐる争い

富岡茂永と富岡長子は宮司をめぐって以前からトラブルが続いていたようですが、莫大な財産をめぐっても2人は揉めていたようです。富岡茂永の殺害動機は、財産をめぐる争いが原因ではないかと言われています。その財産は100億円という噂があります。そして父親である富岡興永は、富岡八幡宮の土地の権利を富岡長子と妹に相続していました。

富岡長子殺害の報道で明らかになったこと

富岡長子が殺害され、これまでの富岡長子の私生活について様々なことが明らかとなったようです。富岡八幡宮の宮司だった富岡長子は、どのような生活を送っていたのでしょうか。

死亡直前にブログでセクハラを暴露

富岡長子は、殺害されるまで毎日のように自身のブログを更新していました。そして富岡長子は、殺害される日の早朝にもブログを更新していました。最後に更新したブログの内容が話題になっています。それは、「世の中間違ってやしませんか」というブログでした。このブログが富岡長子殺害と何か関係があるのではないかと言われているそうです。

ブログの内容は、神職の忘年会などで富岡長子が体験したセクハラやパワハラについて綴られていました。ブログの中で、セクハラをしたとされる人物の名前は出さなかったものの、今後も繰り返しこのような行為が続く場合は名前を晒すとブログに綴っていました。

別の日のブログには、盗難被害にあったことなどが綴られていました。富岡茂永以外にも富岡長子を恨む人が居たのかもしれません。残念ながら、現在は富岡長子のブログは削除されて見られなくなっています。

ホスト通いで豪遊していた

宮司だった富岡茂永が豪遊生活を送っていたことは上記で紹介しましたが、姉の富岡長子も同じく豪遊生活を送っていたことが明らかになっています。富岡長子は、富岡八幡宮の土地の中にある豪邸に住み、専属のドライバーが高級車で送り迎えをするという宮司とは思えない生活を送っていたそうです。さらに、歌舞伎町のホストクラブで豪遊していたそうです。

ホストクラブへ行く時も、専属のドライバーが高級車で送り迎えをしていました。富岡長子は日頃からキャッシュで大金を持ち歩き、多い時には一ヶ月で数百万円もホストクラブで使っていたそうです。ホストクラブでは「ちょーこ」という名前を名乗っていたそうです。

ホストクラブでは若いホストを席につけ、高級レストランへ連れて行き、帰りの車代までホストに渡していたそうです。ネット上では富岡長子はホストに狂っていたと言われています。なぜこれほどまでに富岡長子はホストにハマってしまったのでしょうか。

富岡長子殺害の真相は容疑者死亡によりわからぬまま

2017年の冬に富岡八幡宮の宮司だった富岡長子が弟夫婦の富岡茂永と富岡真里子に殺害され、当時世間を騒がせました。その後、富岡茂永と富岡真里子の遺書が発見され殺害は計画的に行われたことが明らかとなりました。

富岡長子を殺害後、容疑者は心中しているため真相は不明ですが、殺害動機は長年に渡り積み重なった恨み辛みや莫大な財産について揉めていたことではないかと言われています。さらに、富岡長子は殺害される日の早朝に神職のセクハラについてブログで綴っていたことや私生活はホストクラブで豪遊していたことなどが明らかとなりました。

弟は銀座で姉は歌舞伎町のホストクラブで豪遊と金使いは姉弟揃って荒かったようです。富岡茂永は遺書のような手紙に自分の息子を宮司にするよう残していましたが、息子である富岡秀之が宮司になる日は来るのでしょうか。

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この記事のライター
西村 瑛莉

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