旭川女子中学生集団暴行事件とは!加害者・被害者のその後や事件概要

旭川女子中学生集団暴行事件は、1996年12月に発覚した性的暴行・強姦事件です。被害者である女子生徒は、暴行について教師に相談していますが、適切な対応は取られませんでした。旭川女子中学生集団暴行事件の裁判での判決や、被害者、加害者の現在についてご紹介します。

旭川女子中学生集団暴行事件とは!加害者・被害者のその後や事件概要のイメージ

目次

  1. 1旭川女子中学生集団暴行事件とは
  2. 2旭川女子中学生集団暴行事件の概要
  3. 3旭川女子中学生集団暴行事件の前兆
  4. 4加害者の男子生徒らの素行とは【旭川女子中学生集団暴行事件】
  5. 5旭川女子中学生集団暴行事件の裁判
  6. 6関係者の対応【旭川女子中学生集団暴行事件】
  7. 7旭川女子中学生集団暴行事件の現在
  8. 8旭川女子中学生集団暴行事件のような悪夢は二度と起こしてはならない

旭川女子中学生集団暴行事件とは

旭川女子中学生集団暴行事件は、1996年12月に発覚した集団性的暴行・強姦事件です。事件が発覚したのは1996年12月ですが、被害者である女子生徒への性的暴行は1994年頃から行われていたと言われています。

最初の被害から旭川女子中学生集団暴行事件が発覚するまで約2年間もの月日が経過していますが、この間に暴行や強姦が起こっている事を知る術はなかったのでしょうか。旭川女子中学生集団暴行事件の概要について、ご紹介します。

旭川の中学校で起きた暴行事件

旭川女子中学生集団暴行事件の舞台となったのは、北海道旭川市にある旭川市立北都中学校です。開校当初は「旭川市立第七中学校」という名前でしたが、1949年に「旭川市立北都中学校」へ校名を変更しています。旭川市立北都中学校は、2015年に新設された中学校と統合されたため、現在は閉校となっています。

旭川市立北都中学校は、1階部分の窓にベニヤ板が取り付けられており、侵入出来ないようになっていますが、グラウンドや体育館は部活動等で現在も利用されているようです。

女子生徒1人への悪質な集団強姦事件

旭川女子中学生集団暴行事件の被害者となったのは、加害者と同級生である1人の女子生徒でした。被害者である女子生徒は、北都中学校へ入学した1994年頃から、加害者である男子生徒に性的ないたずらをされていたようです。

しかし、この性的ないたずらが自然に収まる事はなく、時が経つにつれ悪質化していき、被害内容もいたずらから強姦や暴力行為へエスカレートしていきました。

旭川女子中学生集団暴行事件の概要

長期間に渡り性的暴行、強姦を受け続けた旭川女子中学生集団暴行事件の被害者は、加害者である男子生徒からどのような暴行を受けていたのでしょうか。ここでは暴行事件のきっかけから、旭川女子中学生集団暴行事件が発覚するまでの出来事をご紹介します。

被害者はマドンナ的存在の女子生徒

旭川女子中学生集団暴行事件の被害者となった女子生徒は小柄で肌が白く、くっきりとした目鼻立ちが特徴の美少女でした。明るく真面目な性格で、学校内での成績は100人中20人以内に入るほどだったと言います。正に才色兼備の女子生徒は友達も多く、クラスのマドンナ的な存在でした。

当時、被害者の女子生徒は、他の女子生徒に比べて胸が大きかったため、周囲からの注目を集めていたようです。性的暴行の被害に遭う前は、加害者である不良グループのリーダー格の人物とも他のクラスメイト達と同様に会話していたと言われています。

加害者は不良グループの男子生徒10名

旭川女子中学生集団暴行事件では、10人の男子生徒が犯行に関わっていました。加害者となった男子生徒らは校外でも有名な不良グループで、女子生徒への性的嫌がらせ以外にも下級生へ金銭を要求したり、同級生や教師への暴行も日常的に行っていたようです。

また、加害者である男子生徒の両親は暴力団や暴力団と関わりのある企業に勤めていたと言われていました。普段から平気で殴っていた事もあり、報復を恐れた教師達は不良グループに強く指導する事が出来なくなっていたようです。教師の消極的な姿勢も、加害者である不良グループの犯行を増長させた原因となっていたのではないでしょうか。

男子生徒6名にトイレへ連れ込まれる

1996年12月、旭川女子中学生集団暴行事件の被害者が、6人の男子生徒たちに校内のトイレへ連れ込まれる事件が発生しました。被害者の女子生徒は偶然通りがかった教師に幾度となく「助けて」と叫びましたが、当の教師は聞こえないフリをして立ち去ってしまいます。

生徒を守る立場であるはずの教師から見捨てられた女子生徒の失望感は、筆舌に尽くしがたいものでしょう。必死に助けを求めた女子生徒は、わずかな望みも打ち砕かれ、そのまま男子生徒達の手によってトイレに連れ込まれてしまいます。

また、被害者を無視した教師以外にも、女子生徒がトイレに連れ込まれる様子を目撃していた生徒は複数いましたが、女子生徒の助けを求める声に耳を貸した人は誰もいませんでした。

男子生徒らに強姦される

トイレに連れ込まれた被害者は、加害者の男子生徒らに殴る等の暴行を受けました。その後、6人の男子生徒が被害者の身体を触り、うち1人に関しては被害者を強姦しています。加害者らは、最終的に被害者を個室トイレに監禁し、上から水をかける等の暴行も行っていました。加害者の不良グループによる被害者への暴行、強姦行為は長時間に及びました。

直後に教師が通報

トイレでの一連の暴行、強姦を受けた直後、被害者である女子生徒は友人と廊下で泣いているところを教師に発見されました。事の経緯を聞いた教師はようやく女子生徒への暴行、強姦行為について事件性を認識し、警察へ通報しています。

旭川女子中学生集団暴行事件が発覚した頃、被害者である女子生徒が性的嫌がらせを受け始めてから約2年の月日が経っていました。

旭川女子中学生集団暴行事件の前兆

旭川女子中学生集団暴行事件は、なぜここまで重篤化するまで発覚しなかったのでしょうか。加害者である不良グループは、被害者の女子生徒へ性的嫌がらせを開始したのは、中学1年生の2学期頃からと言われています。

加害者達は最初から残酷な暴行や強姦行為を働いていたわけではありませんでした。被害者である女子生徒の相談等により、加害者である不良グループの嫌がらせ行為は校内で認識されていましたが、不良グループからの報復を恐れた周囲の人達は見て見ぬふりを続けたのです。

女子生徒への嫌がらせ行為を黙認した環境から、加害者達の嫌がらせはやがて性的暴行、強姦にまで発展してしまいました。ここでは加害者達の犯行行為がエスカレートしていった経緯について、ご紹介します。

スカートめくりなどの被害に会う

旭川女子中学生集団暴行事件の被害者は、目鼻立ちがくっきりとした可愛らしい顔立ちから校内でも注目される存在でした。加害者である不良グループも、被害者である女子生徒を見かけるたびに声をかけていたようです。

当時、犯行現場となっていた北都中学校では、被害者以外にも可愛らしい容姿の女子生徒数名がスカートめくり等のターゲットにされていたそうです。被害者の女子生徒は、加害者のリーダー格である男子生徒のお気に入りだったため、スカートめくり等の標的にしないよう指示がありました。

そのため、被害者の女子生徒はスカートめくり等のターゲットにはなりませんでしたが、リーダー格の男子生徒に限っては胸部や臀部を触る行為をしていたとの事でした。身体を触られた女子生徒も、当時は笑いながら「やめて」と拒否する程度だったようです。

教師に相談するも口頭で注意するだけ

女子生徒への性的嫌がらせは、日に日にエスカレートしていきました。不良グループからの仕打ちに耐えかねた女子生徒は、担任の教師へ性的被害を受けている事を相談します。しかし、相談を受けた教師は加害者である男子生徒らに口頭で軽い注意をしただけで対応を終えています。

教師を平気で殴ったりするような不良グループが、軽い口頭注意で言動を改めるはずがありません。教師から注意を受けた不良グループは、被害者である女子生徒への性的暴行を更に過激化させました。女子生徒が事態の収束を望んで取った行動が裏目に出てしまったのです。

男子生徒の告白を断ったことでエスカレート

旭川女子中学生集団暴行事件の被害者である女子生徒は、不良グループのリーダー格である男子生徒から交際を迫られていました。しかし、女子生徒が告白を断ったため、女子生徒への嫌がらせ行為は一気に加速する事になります。それまで、スカートめくり等に留まっていた性的嫌がらせは、この出来事をきっかけに暴行行為に発展していきました。

最悪な性的被害を受け続けていた

休憩時間に限って行われていた性的暴行は、授業中にも行われるようになりました。加害者である不良グループは、授業中でもお構いなしに女子生徒の教室へ出向き、特別教室やトイレへ連れ出して性的暴行を働いていました。連行された女子生徒は校内のあらゆるところで、口淫や裸になる事を強要されていました。

また、女子生徒は加害者である男子生徒達に敬語を使う事を強要されていました。男子生徒達は「ご主人様」と呼ぶように命令していたと言います。口淫後、射精した男子生徒の精液は吐き出す事を許されず、「美味しい牛乳をありがとうございます」等という屈辱的な言葉と共に飲み込む事を強要していました。

被害者が中学2年生になった1995年夏頃、被害者は口淫の強要だけに留まらず、とうとう強姦被害に遭ってしまいます。この出来事をきっかけに、女子生徒は口淫を強要されるだけでなく、男子生徒に度々強姦されるようになります。

当初、被害者である女子生徒は激しく抵抗していたようですが、その度に男子生徒は暴行を加え、女子生徒を隷属させました。男子生徒は、女子生徒が少しでも反抗的だと殴ったり、タバコの火を押し付けたりしていました。また、校内に設置されている六角椅子を使った暴行も盛んに行われていました。

これは女子生徒を正座させ、頭を床につけた状態で六角椅子を被せるというものです。また、六角椅子を被せるだけでなく、その状態で男子生徒が椅子に座る事で女子生徒に苦痛を与えていました。

椅子の中は暑苦しく、1分もしない内に息苦しさで耐えられなくなってしまうほど過激なものでした。六角椅子を被せられた女子生徒は、苦痛に泣き叫び必死に許しを請う事になりました。女子生徒が苦しみ、発狂する姿を面白がった男子生徒達は、六角椅子を使った暴行を定期的に行っています。

この六角椅子を使った暴行は女子生徒にとって非常に苦しいものであったため、最終的には男子生徒から「六角椅子を被せる」といった脅しに正気を失うほどの拒否反応を見せたそうです。また、加害者である男子生徒達は、これらの暴行行為に加え、女子生徒への強迫行為も行っていました。

加害者達は「兄と性交させる」「母親も強姦する」「少年院はすぐに出てこられる」等、言葉巧みに女子生徒を脅迫し、自分達の支配下におきました。暴行や脅迫を繰り返し受けた女子生徒は、やがて抵抗する事もなくなり、男子生徒達の言いなりになっていたと言います。

女子生徒への暴行行為は、被害者が反抗的な態度を取った時だけでなく、男子生徒の機嫌が悪い時にも容赦なく敢行されました。女子生徒は、自身の性器や肛門に様々な異物を挿入される事もしばしばあり、性器にタバスコを塗布された事もあったと言います。

タバスコを塗られた女子生徒は、激痛に泣き叫びましたが、加害者にとってはその様子が滑稽に映っていたようで大笑いしていたそうです。その後、「性器にタバスコをかける」と脅すと女子生徒は泣き出してしまうほど怯えていました。


また、被害者である女子生徒は、下着を着けて登校する事、加害者の許可無しに排泄する事を禁止されていました。男子生徒に「ノーパンチェック」と言われた女子生徒は、自分でスカートをめくって下着を着けていない事を証明しなくてはならなかったのです。

排泄する際は裸になり、加害者の目の前で排泄するように命令されていました。野外で浣腸器具を使用して強制的に排便させる事もあったようです。女子生徒が中学3年生になる頃、最高学年となった不良グループの暴行行為は更にエスカレートしていきます。彼らは20人ほどの男子生徒を招集し、彼らの目の前で女子生徒に裸になるよう強要しました。

下級生に性器や肛門を観察させたり、落書きした臀部を振って踊らせる事もありました。女子生徒が手を抜いて踊っている事が分かると、男子生徒から暴行されてしまうため、女子生徒は必死に踊り加害者達の機嫌を取っていたようです。

やがて、加害者である不良グループは遊ぶ金欲しさに女子生徒を売春させるようになりました。この売春行為の他、女子生徒は加害者からも日常的に強姦されるようになっています。当初は膣外に射精していた加害者ですが、膣内に射精する頻度が増えたため、売春で得た金でピルを購入し、被害者に服用させていたようです。

この他にも陰毛に火を付けた後に剃毛するように命令したり、校外での性的暴行に至ったり等、想像を絶するほど残酷な暴行、強姦行為を働いていました。被害者に対してわいせつ行為を強要している事は知れ渡っていましたが、学校や教師は不良グループと関わる事を避けたかったのか、女子生徒のために行動を起こす事はありませんでした。

子供の安全を保証されるべき学校で、生徒が守られる事なく暴行行為を黙認していた教師や学校の対応には大いに問題があります。

教師の適切な対応はなかった

連日続く性的嫌がらせに耐えられなくなった女子生徒は、勇気を出して性的いたずらについて教師に相談する事にしました。しかし、相談を受けた教師が取った対応は、担任していたクラスの男子生徒の様子を2、3日見守った後、クラスの帰りの会にて「身体を触る事はセクハラになる」と一言注意をしただけという不十分なものでした。

女子生徒は、他クラスの男子生徒から性的嫌がらせを受けていると申告しているにも関わらず、該当のクラスを担任している教師への確認を怠り、教員間での情報共有もされていませんでした。また、被害者、加害者の両親への報告もされないまま対応を終了しています。

また、性的暴行による被害状況について、女子生徒からの聞き取りも十分ではありませんでした。これらの行動から、相談を受けた教師は女子生徒からの相談内容に対して非常におざなりな対応をしていた事が分かります。

旭川女子中学生集団暴行事件では、被害を受けていた女子生徒は授業中でもお構いなしに男子生徒に連行されていた事が分かっています。正当な理由なく、授業中に生徒が連れ出される状況を黙認していた周囲の大人達の対応には疑問が残ります。不良グループの行動に異を唱える者が誰も居ない状況が正常な状態とは言えません。

この中学校では、相談を受けた教師以外にも女子生徒が男子生徒に嫌がらせを受けている事を認識していたのではないでしょうか。

加害者の男子生徒らの素行とは【旭川女子中学生集団暴行事件】

旭川女子中学生集団暴行事件は、10人の不良グループにより引き起こされました。犯行現場となった中学校で、加害者である不良グループはどのような存在だったのでしょうか。不良グループの少年達について詳細を調べてみました。

校内外でも有名な不良グループ

旭川女子中学生集団暴行事件の加害者となった10人の男子生徒は、校内外ともに評判の不良グループでした。不良グループのメンバーは、旭川女子中学生集団暴行事件の被害者以外にも、可愛らしい容姿の女子生徒を標的にして、常習的に性的嫌がらせをしていました。

また、女子トイレに堂々と入って覗き行為をするため、不良グループの気配があると女子生徒は学校のトイレを利用する事が出来なくなっていたそうです。

教師にも暴力をふるう

加害者である男子生徒らは、同級生や下級生だけでなく、教師にも平気で暴力をふるっていました。不良グループの保護者は暴力団と関係しているという事もあり、報復を恐れた教師は不良グループに対してまともな指導が出来なくなっていたようです。

そのせいか、教師は女子生徒が不良グループ達に性的暴行を受けている事実を認識していても見て見ぬふりをしていました。教師が手出し出来ない環境が、女子生徒への暴行行為をエスカレートさせる手伝いをしてしまいました。

ドラマさながらの暴れぶり

教師陣からの介入がない事を良い事に、不良グループは学校内の廊下をバイクで走り回り、遊ぶ金欲しさに下級生から所持金を巻き上げる等、傍若無人に振舞っていました。旭川女子中学生集団暴行事件でのいじめ以外にも日常的に暴力行為を行っており、窃盗も日常茶飯事でした。

被害者である女子生徒に対し「少年院はすぐに出てこられる」という脅迫をしていたため、未成年が法的に裁かれない事を利用して非行を繰り返していたようにも見えます。

旭川女子中学生集団暴行事件の裁判

教師からの通報により表沙汰となった旭川女子中学生集団暴行事件は、一連の暴行、強姦行為について裁判が行われました。最初はスカートめくり等の性的いたずらから始まった旭川女子中学生集団暴行事件ですが、周囲の無関心な態度や杜撰な対応が重なり、最終的には裁判にまで発展する事になってしまいました。

より迅速な対応が出来ていれば、裁判沙汰にならずに解決出来た可能性もあった事を考えると、女子生徒に同情せざるを得ません。ここでは、裁判所が加害者に対して下した判決についてご紹介します。

判決①加害者の男子生徒3人が少年院送致

旭川家庭裁判所で執り行われた裁判では、加害者である不良グループの内、3人は再非行の可能性が高い事から、少年院へ収容して矯正教育を受けさせる事を言い渡しました。少年院に送致された場合、少年は社会生活へ適応させるための生活指導や職業補導を受ける事になります。

判決②加害者の男子生徒6人が試験観察

旭川女子中学生集団暴行事件の加害者となった不良グループの内6人は、旭川家庭裁判所から試験観察を受けるよう判決を下しました。試験観察は、裁判所が定めた期間中、生活態度を観察して様子を見る事になります。この試験観察では、少年の更生を促す目的と最終的な処分を決定するための判断材料を獲得する機能があります。

判決③加害者の男子生徒1人が保護観察処分

旭川女子中学生集団暴行事件の加害者となった不良グループの内1人は、旭川家庭裁判所での判決により、保護観察処分となりました。裁判所から保護観察処分が下った場合、保護観察所の指導を受けながら、親の監督の元で更生を図っていく指導です。

保護観察では、少年院へ収容される事はありませんが、保護観察中の素行によっては少年院へ送致されるケースもあるようです。しかし、これらの判決を言い渡された不良グループは、その後も他校の生徒と暴力沙汰や窃盗等の非行を繰り返していたといいます。

また、性的嫌がらせは、旭川女子中学生集団暴行事件の被害者だけでなく、他の女子生徒にも被害が及んでいました。

判決④慰謝料1000万円の支払い

旭川女子中学生集団暴行事件が発覚してから1年半が経過した1998年4月、被害者である女子生徒とその保護者は、学校が適切な対処を行っていなかった事について、旭川市及び教師の給料を負担している北海道へ4,430万円の損害賠償を請求しました。

しかし、旭川家庭裁判所では、旭川女子中学生集団暴行事件の被害者に対する慰謝料は1,000万円が妥当と判断しました。そのため、裁判所は旭川市と北海道から被害者である女子生徒へは170万円、そしてその両親には30万円の支払いを命じました。

旭川市と北海道が実際に支払った金額が、裁判所が妥当とした1,000万円より大幅に少ないですが、これは裁判所がすでに加害者である不良グループから支払われている示談金860万円を差し引きしたためです。

旭川女子中学生集団暴行事件の被害者が、訴訟を起こしたのは1998年の事ですが、裁判が終了したのは2001年の事でした。裁判が終わる頃、加害者の少年達が裁判所から命じられた処分期間はすでに終了しており、20歳になろうとしていました。

長期間に渡り、大人数の男子生徒から耐え難い苦痛を与えられた女子生徒は、心に一生消えない傷を負いました。対照的に、加害者である少年達は早々に処分を終え、現在も実名や顔を公表されずにどこかで生活しています。裁判所が決定した1,000万円という慰謝料は、本当に妥当な金額だったのでしょうか。

関係者の対応【旭川女子中学生集団暴行事件】

最終的に警察が介入し、裁判沙汰となった旭川女子中学生集団暴行事件ですが、女子生徒への暴行が深刻化する前に被害者を保護する事は出来なかったのでしょうか。旭川女子中学生集団暴行事件が発覚するまでの2年間、周囲の関係者達の反応について調べてみました。

教師陣の信じがたい無反応

加害者である不良グループは、事件が明るみに出る前から教師に暴力をふるっていました。被害に遭っていた女子生徒は、不良グループから報復されるリスクを冒し、最低でも3回教師に相談している事が裁判で明らかになっています。

しかし、相談を受けた教師が取った対応は、不良グループと女子生徒のクラスで行われる帰りの会での軽い口頭注意のみという非常におざなりなものでした。この対応は、報復に怯えながらも教師へ被害を訴えた女子生徒からの信頼を裏切る結果となってしまいました。

女子生徒への暴行は校内だけでなく、女子生徒の自宅や旭川市内にある公園の土手でも行われていました。公園の土手で暴行を受けている時にいたっては、犯行を目撃した男性もいましたが「アダルトビデオの撮影だと思った」と主張しており、事件性について認識出来ていなかったようです。

また、この男性は「男達が若すぎるため、不思議に思っていた」とも語っていましたが、通報には至らなかったようです。この時、男性が警察へ通報していれば、女子生徒への被害はより軽く出来たかもしれません。通りすがりの男性のあまりにも無関心な証言には驚きを隠せません。

子供の訴えを軽視した両親

学校での性的嫌がらせが常習化した頃、女子生徒は学校での出来事について両親に相談していました。女子生徒の両親は、この相談を真剣に受け止めず、男子生徒達のいたずらは無視するようにアドバイスしています。

女子生徒は、両親からの助言通り男子生徒達の性的嫌がらせを無視するように努めました。しかし、この対応は男子生徒らの嫌がらせをエスカレートさせる材料となり、やがて集団暴行や強姦にまで発展してしまったのです。

女子生徒から相談を受けた時点で、両親が事件の可能性も考慮していたら旭川女子中学生集団暴行事件の結末はまた違ったのかもしれません。

加害者の母親の耳を疑う言葉

旭川女子中学生集団暴行事件の被害を受けて、女子生徒とその両親は裁判を起こす事にしました。訴えられた男子生徒の母親は「被害者にも落ち度がある」といった発言をしています。真面目に勉強に取り組み、被害に遭っていた期間も休まず学校に通っていた女子生徒が暴行を受ける落ち度とは何なのでしょうか。

この発言から、集団暴行事件で女子生徒が受けた仕打ちを軽視している事が分かります。ちなみに「両親等に被害を訴えていなかった事は被害者の落ち度である」という主張について、裁判所は教師に相談しても状況が好転しなかった事や性的暴力の影響による判断力が低下していた事を考慮すると、女子生徒の落ち度を追求する事は出来ないと判断しています。

旭川女子中学生集団暴行事件の現在

現在では考えられない悲惨な旭川女子中学生集団暴行事件ですが、被害者、加害者双方は、事件後どのように過ごしているのでしょうか。旭川女子中学生集団暴行事件の被害者、加害者の現在について追跡しました。

被害者女子生徒の現在

旭川女子中学生集団暴行事件の被害者となった女子生徒は、高校に進学し、裁判中も通学していたようです。中学校時代の暴行、強姦により、高校在学中も男性に対する恐怖心が消える事はありませんでした。現在、被害に遭った女子生徒は30代後半になります。

思春期の多感な時期に、理不尽な暴行、強姦を受けてきた女子生徒は、現在も男性への恐怖心を克服出来ずにいるのでしょうか。現在は恐怖心を忘れられる男性と出会い、幸せな日々を送っている事を願っています。

加害者男子生徒の現在

旭川女子中学生集団暴行事件の加害者である不良グループも、被害を受けた女子生徒と同様に、現在では30代後半になります。事件当時は未成年であったため、事件が明るみに出た時も、少年法により彼らの身元は保護されました。

女子生徒と両親が裁判で戦っている最中は少年院に収監されていましたが、判決が出る頃には処分が解けています。実名や顔写真が公表さていないため、残念ながら加害者の少年達が現在、どこで何をしているのか把握する事は出来ませんでした。

現在は更生し、社会人として働いているのかもしれません。すでに処分を終え、現在もどこかで生活している彼らですが、処分を受けたからといって被害者の女子生徒へ行った残虐な行為の数々や被害者の心に残した傷は消える事はありません。

もし、加害者の男子生徒が現在は娘を持つ父親になっていたのなら、彼らは過去に行った自分達の行いを許す事が出来るのでしょうか。現在は自身の行いを深く反省し、真面目に生きている事を祈るばかりです。

旭川女子中学生集団暴行事件のような悪夢は二度と起こしてはならない

旭川女子中学生集団暴行事件は、周囲の大人達が女子生徒への暴行を認識していながら、まともに取り合わずに放置した事で起きた悲しい事件です。勇気を出して助けを求めても、事態が好転しなければ未成年の子供は周囲の大人を頼る事が出来なくなり、一体何を信用したら良いのか分からなくなってしまいます。

女子生徒の悲痛な訴えを真面目に取り合わなかった教師、暴行現場を目撃し、違和感を覚えていながら通報しなかった近隣の男性、相談を受けた時に「無視しなさい」とあしらった両親、その他周囲の大人が誰か1人でも行動を起こしていれば、女子生徒はより早く保護出来ていたでしょう。

旭川女子中学生集団暴行事件では、周囲の大人達が問題に真剣に取り合わず、女子生徒への被害は際限なく悪化していく結果となりました。もし、警察の介入が無ければ女子生徒への暴行は更にエスカレートし、被害者は生きる事を放棄してしまう最悪の事態になっていたかもしれません。

今後、同じような被害を受ける子供が出る事は絶対にあってはなりません。しかしながら、現在でもいじめ等の苦痛から逃れるために自ら命を断つ子供がいるのも事実です。このような被害から子供達を守るため、普段から子供達の様子に気を配り、悩み事があれば迷わず相談できるような信頼関係を築いていく事が何よりも大切ではないでしょうか。

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