佐野研二郎の現在!パクリデザイン騒動のその後や死亡説の真相は

デザインのパクリ疑惑でバッシングを受けた佐野研二郎をご存知でしょうか。学生の間で葬式ごっこが流行ったことで、佐野研二郎には死亡説がささやかれています。事務所を立ち上げたりしていた佐野研二郎やその家族は、その後どうなったのでしょうか。

佐野研二郎の現在!パクリデザイン騒動のその後や死亡説の真相はのイメージ

目次

  1. 1佐野研二郎とは
  2. 2佐野研二郎のパクリデザイン騒動の経緯
  3. 3続出した佐野研二郎への疑惑
  4. 4佐野研二郎の死亡説が流れた理由
  5. 5佐野研二郎のパクリデザイン騒動のその後
  6. 6佐野研二郎は今もデザイナーとして活動中

佐野研二郎とは

一時期ニュースなどで取り上げられることの多かった、佐野研二郎をご存知でしょうか。佐野研二郎はあるデザインを発表したことにより、大きな騒動を起こすことになってしまいます。そのことにより、佐野研二郎にはデザインのパクリ疑惑が出てきました。

また、佐野研二郎は騒動を起こした当時、かなり問題になった人物でもあります。そのためデザインの騒動だけでなく、佐野研二郎の家族や佐野研二郎のその後についても注目が集まったようです。

プロフィール

・愛称:サノケン
・本名:佐野研二郎
・生年月日:1972年7月29日
・年齢:47歳
・出身:東京都

佐野研二郎は最終学歴が多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科だったため、デザインに特化していた人物だと分かります。デザインにおいて騒動を起こしてしまう前は、事務所を立ち上げて絵本を作成していたこともあります。その絵本は後にテレビアニメ化を果たしているようです。

また、自身が卒業した多摩美術大学で教授を務めたことがあるなど、デザインだけでなく様々な分野で活躍していた人物と言えるのではないでしょうか。

家族構成は妻と娘

佐野研二郎の家族構成は妻と娘がいます。妻とはもともと同僚だったようで、佐野研二郎が事務所を立ち上げてからは妻が会社の広報を務めていました。佐野研二郎が起こしたデザインのパクリ疑惑が出た際に、妻は「弁護士はつけてる、そっちの弁護士を呼びなさい」とヒステリック気味な発言をしたことが話題となりました。

家族である佐野研二郎や事務所を守るためなのですが、パクリ疑惑のあるデザインの記事を掲載するたびに苦情が来ていたようで、佐野研二郎の妻には頭を抱えていたメディアが多かったのではないでしょうか。

親類はエリート揃い

佐野研二郎の家族はみんなエリート揃いだと言われています。父親は慶応義塾大学を卒業しており、現在は内科医を務めています。また、母親も看護師をしているようです。兄においても東京大学を卒業していて、キャリア官僚の道を進んでいるとのことです。ただ、妹に関しては何をしているのか情報がありません。

デザイナーとして活躍

パクリ疑惑がもたれた佐野研二郎は、デザイナーとして活躍していたと言います。2008年には独立して事務所を立ち上げていることもあり、デザイナーとしての才能があることが分かるのではないでしょうか。デザイナーとして活躍するにはデザイン性だけでなく、万人受けするものを作り出す必要があります。

また、デザイナーはただ単にデザインを描けばいいというものでもありません。描いたデザインが採用されなければ意味がないため、その点においても佐野研二郎はデザイナーとしての才能があったのではないでしょうか。
 

グッドデザイン賞などの受賞歴あり

個人で事務所を立ち上げてからはデザイナーとして活躍していた佐野研二郎ですが、『グッドデザイン賞』や『スポニチ広告賞グランプリ』を受賞したこともあるほどです。そのため、パクリ疑惑が出るまで世間では才能のあるデザイナーとして知られていたはずです。上記の賞以外にも、数多く受賞しているデザインがあります。

佐野研二郎のパクリデザイン騒動の経緯

本題の佐野研二郎のパクリデザイン騒動についてなのですが、このパクリ疑惑の騒動はまだ記憶に新しく、2016年に起こっています。佐野研二郎はこの騒動により、世間から凄まじいバッシングを受けることになりました。後に「人間として耐えられない」と批判に対してコメントを残しています。

また、パクリ疑惑の真偽が分からないまま誹謗中傷が続いたため、佐野研二郎はデザインを取り下げるしかなくなります。その騒動について詳しくご紹介しましょう。

2020年東京五輪の公式エンブレムに選出

佐野研二郎は、2020年に行われる東京五輪の公式エンブレムに選出されます。東京でオリンピックが行われるとのことで、エンブレムについて日本ではかなり期待が高まっていました。また、選出された佐野研二郎のエンブレムは2016年7月24日に発表されてから、わずか1ヵ月ほどで取り下げられてしまうことになります。

エンブレムのパクリ疑惑が浮上

佐野研二郎の選出したエンブレムにパクリ疑惑が浮上したのは、海外のデザイナーの作品と似ていたことがきっかけです。海外のデザイナーはベルギー劇場のロゴを作成していたようです。佐野研二郎は世間からだけでなく、そのデザイナーからもデザインを使わないように意見されていました。

しかし、佐野研二郎はパクリ疑惑について否定を続けており、五輪組織委員についても「パクリではない」とコメントを発表していました。

記者会見で盗用を否定

佐野研二郎は批判に対して「盗作はしていない」と主張を続けていました。上記でも述べたように、五輪組織も「盗作ではないと確信している」とコメントしていました。そのことから、佐野研二郎は記者会見を開くことになります。記者会見は2016年8月5日に行われたのですが、その2日前に海外のデザイナーから差し止めの文書が送られてきています。

佐野研二郎は記者会見においても、パクリ疑惑について否定をしています。また、「自分のオリジナルだからこそ、自信をもって世に送り出したい」と発言をしていたのですが、世間からは批判が殺到することとなります。

反響の大きさから辞退申し出

世間からは反響があったものの、その反響は良いものではありませんでした。あまりにも批判的な反響が大きかったため、佐野研二郎は辞退を申し出ることになります。上記でもご紹介したように、「人間として耐えられない」とコメントを残してから辞退をしています。

佐野研二郎のメールアドレスに誹謗中傷が送られてきたり、家族に対してもネット上で写真が無断で晒される事態にまで発展しました。そのことから、盗作をしていなくても事態を収拾するためには辞退するほかなくなります。

IOCによる公募の仕切り直し

佐野研二郎が辞退したことにより、IOCによる公募の仕切り直しが始まりました。初めは正式な応募をする際には多くの項目が設けられ、そのハードルは少し高いものでした。しかし、仕切り直しになったことから早くエンブレムを決めなければいけなくなります。そのことから、18歳以上であれば誰でも応募できるように条件を変えました。

また、個人だけでなくグループでも応募できるようになった点はとても大きいのではないでしょうか。なぜこのような応募方法に変更したのかには理由があります。それについては後にご紹介します。

野老朝雄の「組市松紋」に決定

IOCによる公募の仕切り直しの結果、野老朝雄の「組市松紋」に決定することになります。最終的には4作品が残っており、そこから野老朝雄の「組市松紋」に決まったようです。しかし、仕切り直しになった後も出来レースがあったのではないか、と疑問がもたれています。

ネット上で残った4作品を投稿したところ、実際に決まったエンブレムではないものが人気だったようです。そのため、初めから決まっていた可能性も否定できません。

著作権侵害にあたると断定できず

結果的に辞退することになった佐野研二郎ですが、著作権侵害について問題が残ります。しかし、著作権侵害には当たらないと判断されました。その理由の1つとして、海外デザイナーが商標登録をしていなかったためだと言われています。また、商標登録がされていた場合でも、著作権侵害には至らないようです。

もしも著作権的に問題を挙げるのであれば、依拠性と類似性を証明しなければいけません。ただ、現実的に考えるとそれは難しいとされています。

続出した佐野研二郎への疑惑

東京五輪のエンブレムに関して盗作疑惑が出ていた佐野研二郎ですが、この騒動を受けて他の疑惑も出てきてしまったようです。上記で佐野研二郎への批判が収まらなかったとご紹介しましたが、その理由の1つとして続出した疑惑が挙げられるようです。疑惑が続出したからこそ、エンブレムに関しても佐野研二郎を信じることができませんでした。

では、東京五輪のエンブレムの騒動から続出した佐野研二郎への疑惑についてご紹介します。

疑惑①五輪エンブレムの選出方法

初めに公募が始まった時は、いくつかの条件が付けくわえられていました。そのことから、当初は誰でもエンブレムを応募できたわけではありません。五輪組織員もエンブレムの正式な選出方法を行っているから問題ないと述べていたのですが、それも差し止めの文書が送られることによって佐野研二郎が辞退することになりました。

また、海外デザイナーがデザインをサイトに掲載しており、そのサイトに佐野研二郎がアカウントを登録していたようです。そのことから、実物を見ていなかったとしてもサイトを通して閲覧した可能性が浮上します。

疑惑②トートバックデザインのパクリ

騒動が大きくなってしまった理由の1つに、佐野研二郎がデザインしたトートバックにパクリ疑惑がかけられたことが挙げられます。佐野研二郎はサントリーの景品のトートバックをデザインしていたのですが、そのトートバックは発送を中止するほど騒動が大きくなってしまいました。8月14日にはスタッフが他のデザインを写していたと発表されます。

トートバックのパクリ疑惑が真実だったため、エンブレムに関しても盗作なのではないかと噂が噂を読んでしまうことになりました。

疑惑③多摩美術大学のポスターのパクリ

エンブレムに続き、トートバックも盗作しているとの噂が飛び交っていたころ、徐々に佐野研二郎の盗作した作品が世に公開されることになります。その中に自身が教授を務めていた多摩美術大学のポスターがあります。このポスターのデザインは元となるデザインをそのまま使用していたことから、すぐにバレてしまうことになりました。

佐野研二郎の死亡説が流れた理由

エンブレムのパクリ疑惑が出てから、佐野研二郎に対して死亡説が流れることになります。なぜ死亡説が流れてしまうことになったのでしょうか。それにはいくつかの理由があるようです。では、今佐野研二郎の死亡説が流れている理由についてご紹介します。

理由①パッタリと人前に出なくなった

死亡説が流れる理由の1つとして、佐野研二郎がいきなり人前に出なくなったことが上げられます。あれほどの大きな騒動を起こしてしまったのであれば、周囲の人の興味が他にそれるまで人前に出ない行動は賢明です。そのため、これだけでは実際に死亡したとは考えられません。

理由②学生の「佐野研二郎葬式ごっこ」

佐野研二郎が死亡したと言われる理由の1つには、学生の間で「佐野研二郎葬式ごっこ」と呼ばれる遊びが流行ったことにあります。この葬式ごっことは大した意味を持っていないのですが、どこからか「葬式ごっこをしよう」と多くの学生が始めてしまいました。そのことから、死亡説が流れてしまったのではないでしょうか。

しかし、学生による佐野研二郎葬式ごっこは悪ふざけで行われたものなので、これだけで死亡したと判断することはできません。

佐野研二郎のパクリデザイン騒動のその後

世間を騒がせてしまった佐野研二郎は、その後どうしているのでしょうか。上記で述べたように葬式ごっこが学生の中で流行したことから、死亡説が徐々に広がってしまうことになります。しかし、今は騒動が落ち着くように人前に出なくなっただけだそうです。では、今はどのように活動を行っているのかご紹介します。

在籍していた多摩美術大学では処分なし

佐野研二郎は、事務所を立ち上げた後に多摩美術大学の教授になっています。また、多摩美術大学のポスターも盗作したとの情報があるため、今は処分を受けたのではないかとの意見があるようです。しかし、佐野研二郎は今現在も多摩美術大学では処分がないと言われています。

デザイン事務所は今も営業中

何度も出てくるように、佐野研二郎は個人で事務所を立ち上げています。デザイン事務所においても今も営業を続けており、盗作疑惑があっても仕事には支障がないのではないでしょうか。また、既に騒動から数年が経っているため、周囲の人たちも佐野研二郎のことを忘れてしまっている可能性も高いでしょう。

現在ではNHKの番組も担当している

事務所の営業不振に陥るどころか、今現在はNHKの番組も担当していると言います。そのことから、佐野研二郎はパクリ疑惑がかなり出てしまいましたが、人を引き付ける能力があると考えられます。しかし、これほどまで盗作していたことが明らかになったことから、過去よりも仕事が減っていると予想できるのではないでしょうか。

佐野研二郎は今もデザイナーとして活動中

佐野研二郎は今現在も事務所でデザイナーとして活動を続けています。しかし、多摩美術大学の学生による葬式ごっこは佐野研二郎から見るとどのように映っていたのか気になります。また、今でもデザイナーの仕事を続けているとのことですが、五輪のエンブレムでパクリ疑惑が出てしまったことから、佐野研二郎に対して仕事を依頼する人は減ったはずです。

このまま批判の声や人々の記憶から佐野研二郎がいなくなれば、仕事も増えていくはずです。現在は表舞台に立っていないことから、批判を抑えることに重きを置いているといっても過言ではないでしょう。デザイナーとして活動を続ける佐野研二郎の今後に期待が集まります。

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