木村束麿呂(つかまろ)の現在!大津いじめ事件の加害者のその後とは

いじめの末に被害者が自殺した「大津いじめ事件」の現在をご存知ですか。加害者の木村束麿呂には改名したとの噂や、京都に転校したとの噂があるようです。この事件の関係者である山田晃也や小網健智についてや、木村束麿呂の家族とその後、賠償請求や控訴についてもご紹介します。

木村束麿呂(つかまろ)の現在!大津いじめ事件の加害者のその後とはのイメージ

目次

  1. 1木村束麿呂とは
  2. 2木村束麿呂が関与した大津いじめ事件の概要
  3. 3大津いじめ事件で学校側が批難された理由
  4. 4大津いじめ事件後の加害者とその家族
  5. 5大津いじめ事件のその後から現在
  6. 6木村束麿呂の今現在...

木村束麿呂とは

木村束麿呂をご存知ですか。この人物は2011年に話題となった少年で、世間から大バッシングを受けた人物でもあります。また、この事件では学校の対応の仕方がおかしいと言われ、いじめが問題視されるようになるきっかけにもなっています。

また、多くの著名人が注目していたこともあり、木村束麿呂が事件を起こした当時はかなり話題になりました。では、木村束麿呂は一体どのような事件を起こしたのでしょうか。そして、事件のその後や現在はどのような結果になったのかご紹介します。

大津いじめ事件の主犯の一人

2011年10月11日、大津いじめ事件が起こりました。この事件では関わっていた加害者が3人いると言われており、そのうちの1人が木村束麿呂です。木村束麿呂は大津いじめ事件においてリーダー格とされていましたが、実際は名前が特徴的だったためリーダー格だと勘違いされてしまっていたようです。

実際は他の主犯格である山田晃也がいじめのリーダー格でした。報道では木村束麿呂がかなりバッシングを受けていたこともあり、現在でも勘違いしている人が多いのではないでしょうか。

フジテレビで実名報道された

大津いじめ事件の主犯の1人だった木村束麿呂は、フジテレビで実名報道されることになります。未成年者は少年法があるため、例え殺人事件を起こしたとしても実名が報道されることはありません。また、いじめ問題においても未成年者の実名が報道されることはないと言われています。しかし、この大津いじめ事件は異例の事態となりました。

その裏側には木村束麿呂とは関係ない人たちが加害者家族だと誤認されていたことが関係している可能性もあります。誤認されたままでは批判が関係ない人にも飛び火してしまうため、それを避けるために実名などが報道されたと考えることができます。

木村束麿呂が関与した大津いじめ事件の概要

いじめのリーダー格ではないにしろ、木村束麿呂が大津いじめ事件に関与していたことは事実です。大津いじめ事件が発生した当時、木村束麿呂、山田晃也、小網健智は中学2年生でした。学生の間でいじめ問題が多く発生していますが、その中でも木村束麿呂と山田晃也、小網健智が起こした事件は悪質です。

では、木村束麿呂、山田晃也、小網健智が起こした大津いじめ事件とは、どのような概要なのでしょうか。滋賀県大津市にある皇子山中学校で起こったこの事件は、世間にも大きな影響力を及ぼしたと言われています。その事件の概要についてご紹介します。

中学2年生の男子がいじめを苦に飛び降り自殺

大津いじめ事件では、木村束麿呂、山田晃也、小網健智の3人と同級生だった中学2年生の男子生徒がいじめを苦に飛び降り自殺をします。男子生徒は何度もいじめ行為を受けてしまったため、自宅のマンションから飛び降りたようです。その数日前に被害者の男子生徒は木村束麿呂、山田晃也、小網健智に対して、自殺をするとのメッセージを送信していました。

しかし、木村束麿呂、山田晃也、小網健智はそのメッセージを受け取った後もいじめを辞める素振りは見せず、大津いじめ事件という大きな事件につながってしまうこととなりました。男子生徒が自殺してしまう前に、学校側はいじめを止めることができなかったのでしょうか。

被害者が受けたいじめの内容とは

木村束麿呂、山田晃也、小網健智からのいじめにより自殺した被害者は、口をテープで強制的に塞がれたり、手足を縛られたりするなどの行為を学校で受けていました。木村束麿呂、山田晃也、小網健智によるいじめ行為は学校内だけに留まらず、被害者の自宅によっても行われていました。

被害者の男子生徒の自宅に訪れては貴金属や現金を盗んだ疑いがもたれており、暴行や万引きをさせられることもあったようです。また、被害者が自殺した後も男子生徒の写真の顔部分に落書きをしたりなどの行為を起こしていました。

学校側はいじめの存在を否定

近年いじめに対する認識が広がっている中で、大津いじめ事件は公表されるまでその詳細が明らかにならなかったようです。会見においても学校側は「知らない」と貫き通していました。しかし、その後の取材などからは学校側はいじめがあったことを認識していたことが分かります。しかし、そのことについても「喧嘩だと思った」などと発言していました。

そして、挙句の果てには「男子生徒が自殺した原因はいじめ以外の場所、家庭環境にある」と述べています。この発言からいじめを隠ぺいしていた学校側に批判の声が寄せられるようになりました。

生徒側はいじめの存在を認識

男子生徒が自殺したことについて、学校側は担任も生徒も全員いじめがあることを知らなかったと話しています。しかし、その後の調査によると生徒側は木村束麿呂、山田晃也、小網健智によるいじめがあったことを認識していました。それどころか、男子生徒が自殺してしまう1週間ほど前に「いじめがある」と学校に抗議しています。

その際に学校側は対応を考えていたようですが、その時の認識は「喧嘩だと思った」とのことです。生徒側がはっきりと「いじめがある」と言っていたり、アンケートにもいじめがあることが記載されていたにもかかわらず、この発言はあまりにも無責任だとの声が上がりました。

大津いじめ事件で学校側が批難された理由

木村束麿呂、山田晃也、小網健智によって起こされた大津いじめ事件では、加害者である木村束麿呂、山田晃也、小網健智も非難されていましたが、学校側も批判の対象となってしまいました。その理由は上記で記載したように、「学校側は一切悪くない」との態度が原因と言われています。

しかし、非難されていた理由は他にもあるようです。では、大津いじめ事件で学校が非難される原因となった理由とは、いったい何なのでしょうか。

いじめの事実を隠蔽していた

男子生徒の自殺によって学校側が非難された理由の1つに、いじめの事実を隠ぺいしていたことが挙げられます。学校では男子生徒が自殺してしまった後にアンケート調査が行われました。そのアンケートには暴力を受けていたこと、万引きをさせられていたことが記載されていました。

また、あろうことか「先生がいじめを見て笑っていた」などの回答も得ています。しかし、このアンケートに対して学校側は何もなかったと発言しており、隠ぺいがばれた際にも「見落としていただけ」と言い訳を並べています。

聞き取り調査を行わなかった

大津市で起きてしまった悲惨な事件に対し、学校側は「いじめた人にも人権がある」と言って聞き取り調査を行いませんでした。自殺した生徒に対する調査においても1か月もしないうちに終了されており、学校側が男子生徒の自殺の件を早く終わらせたいと考えていたことが手に取るように分かります。

自殺後に聞き取り調査をしたようですが、その情報についても詳しく追及することはありませんでした。聞き取り調査で得た情報とは被害者が「死にたい」と同級生に相談していたことです。このことを把握していながら、学校側はいじめと自殺の因果関係はないと述べていたため批判されることになりました。

大津いじめ事件後の加害者とその家族

大津で起きてしまった大津いじめ事件は、その後どのような結果となったのでしょうか。加害者である木村束麿呂の名前が全国で報道されてしまったため、その家族たちの動向についても注目が集まります。この事件において、加害者だけでなく加害者の家族にも批判が集中することになってしまいました。

それにはいくつかの理由があるようです。また最近では、事件が発生するとネット上での憶測が噂を呼び、事実とは関係のないことまで拡散されることがあります。大津いじめ事件でも同じことが発生してしまいました。

木村束麿呂と山田晃也は京都の中学へ転校

大津いじめ事件で問題となった木村束麿呂と山田晃也らは、京都の中学校へ転校になりました。京都であれば問題なく生活を送れると思ったのかもしれません。しかし、木村束麿呂と山田晃也らの情報はもうすでに拡散されており、特に木村束麿呂は目立つ名前をしているため改名したと噂されています。

改名したとしても木村束麿呂の顔画像が出回っている以上、京都の学校でも身バレしてしまう可能性は残っています。そのため、木村束麿呂は京都の中学校でも大津いじめ事件の犯人だと知られている可能性があるでしょう。また、京都の近衛中学校に転校したとの噂もあるため、その後の動向に注目です。

小網健智は転校せず

木村束麿呂と山田晃也が京都の中学校に転校したのに対し、小網健智は転校しませんでした。しかし、木村束麿呂と山田晃也が京都へ転校していった後に、小網健智は住所が特定されるなどの事態に陥りました。そのことから、結果として転校してしまうことになります。転校先は京都ではなく北九州予備校山口校のようです。

小網健智は転校先でも問題行動を起こしていたようで、現在は2浪してしまったとのことです。また、寮生活を強いられているため、周囲の人たちからは腫れもの扱いを受けているとの情報もありました。転校先でも手が付けられないほど暴れることがあるため、この先小網健智が更生する見通しはないのかもしれません。

木村束麿呂の家族の情報がネット上で流出

事件後、京都に転校したと言われていた木村束麿呂ですが、その家族の情報がネット上で拡散されることになります。しかし、情報流出を誰が行ったのか、その出所を調べるのは困難です。仮に、流出させた人を見つけ出せたとしても、すでに多くの人に知られてしまったり、拡散されたものを全て削除するということは不可能に近いです。

また、家族に関して初めにも述べたように、この事件では木村束麿呂とは一切関係ない女性の画像が流出する事態になってしまいました。これによって、憶測だけで関係のない女性の情報をブログで拡散させてしまったデヴィ夫人が慰謝料を払う事態にまで発展したようです。

木村束麿呂の両親に反省の色はみられず

改名したと言われている木村束麿呂の両親は、事件後一切反省していない様子でした。反省するどころか木村束麿呂に対して父親は「よくやった」などと褒めており、報道陣に対しても「男子生徒を思いやってのこと」と述べています。このことから、批判は木村束麿呂の父親にも向けられることになります。

また、大津いじめ事件が起きてしまったことにより、木村束麿呂の父親が昔AV男優をしていたことも明らかになっています。出演していた作品の内容が衝撃的なものだったため、木村束麿呂のいじめ体質は父親から譲り受けたものではないかと言われているようです。

大津いじめ事件のその後から現在

大津市で起きた大津いじめ事件では、事件が発生した学校だけでなく全国各地で影響があったと言われています。現在でもいじめ問題は無くなっていませんが、大津いじめ事件があったからこそ進展があった部分もあるため、亡くなってしまった男子生徒も報われるのかもしれません。

では、大津いじめ事件のその後から現在はどのような進展があったのでしょうか。また、主犯格と言われて家族の情報まで拡散されてしまった木村束麿呂は、現在どこで何をしているのかについてご紹介します。

全国でいじめへの関心が高まる

大津いじめ事件が起こったことにより、現在は全国でいじめへの関心が高まっているようです。特にいじめが起きた滋賀県では、いじめ防止条例案やいじめ防止対策推進法が可決されることになりました。弁護士や警察官がいじめを受けている生徒や保護者から相談を受け付けているため、何か問題が起きてしまった時でも迅速な対応をすることができます。

また、大津いじめ事件は影響力があったようで、事件後や現在ではいじめに関する被害届が多数提出されることとなりました。しかし、その中には「進学に影響を出したくないなら警察には話すな」と脅すような行為を行っていた学校もあったようです。

木村束麿呂は改名や海外逃亡の噂

現在は京都の中学校に転校したとの情報がある木村束麿呂ですが、そのまま京都の中学校にいたのであれば京都の高校や大学に通っていてもおかしくありません。しかし、京都に転校してすぐに木村束麿呂の所在が噂される事態となりました。そのことから、改名をしたり海外に逃亡したのではないかとの情報もあるようです。

しかし、この情報については真偽は一切わかりません。事件当時の顔画像が流出していますが、現在では木村束麿呂も成長してしまっているため容姿だけでは判断できかねます。もし、海外に逃亡していたとしてもわからないのではないでしょうか。

元同級生2人に3700万円の賠償請求

2019年2月19日に大津地裁は加害者である同級生2名に対し、約3700万円を遺族に賠償するよう命じました。なお、残る1名に関しては関与の度合いが低いとし、賠償責任を問いませんでした。その後うち1名は6日、大阪高裁に控訴しました。

木村束麿呂の今現在...

海外に逃亡したとの噂もある木村束麿呂ですが、その消息は未だ不明です。そのため、木村束麿呂は改名してどこかで楽しく暮らしている可能性も否定できません。特に事件後にもいじめていた男子生徒に対して屈辱的な行為を行っていたことから、更生はしていないのかもしれません。

大津いじめ事件では滋賀県でいじめに対する条例が可決されています。そのことから、年々増えているいじめによる被害が大きくならないためにも、全国でいじめに対する条例を検討する必要があるのではないでしょうか。

関連する記事はこちら

Thumb旭川女子中学生集団暴行事件とは!加害者・被害者のその後や事件概要
旭川女子中学生集団暴行事件は、1996年12月に発覚した性的暴行・強姦事件です。被害者である...

関連するまとめ

Original
この記事のライター
すうこ

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ