寺内樺風の生い立ちから判決後の現在【埼玉少女監禁事件の真相】

寺内樺風は斎藤杏花が誘拐された埼玉少女監禁事件の犯人です。この事件では犯人の両親や実家にも注目が集まりました。被害者は現在でもPTSDに悩まされています。この記事では寺内樺風の生い立ちや家族、高校時代の様子、そして事件の詳細について解説していきます。

寺内樺風の生い立ちから判決後の現在【埼玉少女監禁事件の真相】のイメージ

目次

  1. 1寺内樺風とは
  2. 2寺内樺風の生い立ちと家族
  3. 3埼玉少女監禁事件の発生から逮捕までの経緯
  4. 4埼玉少女監禁事件の被害者
  5. 5埼玉少女監禁事件の裁判
  6. 6埼玉少女監禁事件のその後
  7. 7寺内樺風は冷徹かつ悪質極まりない犯罪者だった

寺内樺風とは

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2016/03/12/23/18/man-1253004_960_720.jpg

寺内樺風という名前を聞いたことがあるのでしょうか。埼玉少女監禁事件という事件について解説していきますが、寺内樺風という人物がこの事件の中心人物となります。まずは寺内樺風がどのような人間なのか解説していきましょう。

埼玉少女監禁事件の犯人

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2015/03/26/09/57/guy-690653_960_720.jpg

寺内樺風は埼玉少女監禁事件の犯人です。この事件は当時中学1年生だった斎藤杏花が埼玉で行方不明となったところから始まります。当初は1人の少女が失踪したということしかわかっておらず、被害者の家族も必死に斎藤杏花を探したのですが手がかりは見つかりません。しかし2年後、事件は急展開を迎えます。

行方不明となっていた斎藤杏花が警察に通報し保護されたのです。家族は無事を喜んだことでしょうが、衝撃的だったのは斎藤杏花は2年間、ある男に監禁されていたということです。埼玉で誘拐され東京で斎藤杏花を監禁していたその犯人こそ寺内樺風でした。

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2016/11/07/01/18/autumn-1804657_960_720.jpg

寺内樺風は学校帰りの斎藤杏花に声をかけ嘘をついて彼女を車に乗せました。そしてそのまま誘拐し2年間監禁し続けたのです。2年間、被害者を監禁し続けた埼玉少女監禁事件は当時、衝撃を持って報道されました。現在でも当時のことを記憶している人も多いでしょう。また、寺内樺風は別の部分でも話題になりました。

「樺風」の名前が話題

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2015/05/31/10/51/technology-791029_960_720.jpg

寺内樺風の名前は珍しい名前です。樺風(カブ)という読み方も日本ではなかなか存在しないため、珍しさも相まって話題になりました。また、この名前であることにより寺内樺風は外国人なのではないかと、当時ネットを中心に話題になったものです。「樺」という漢字は中国を思い起こさせる漢字ですので、名前によって外国人説が浮上したのです。

しかし寺内樺風が外国人という話はありません。寺内樺風の実家は会社を経営していますし、寺内樺風自身も日本で育っています。つまり名前から発生した完全なデマということになります。

寺内樺風の生い立ちと家族

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2016/11/18/17/46/architecture-1836070_960_720.jpg

寺内樺風にはどのような生い立ちがあるのでしょうか。このような事件を起こす犯人は生い立ちが複雑であることも多いのですが、寺内樺風の生い立ちはそれほど変わったものではありません。生い立ちを知れば知るほど、どうしてこのような事件を起こしてしまったのか疑問が深まるほどです。

また、寺内樺風が逮捕されると家族や実家のことも大きな話題となりました。寺内樺風が起こした事件ですので家族や実家のことは本来関係ありませんが、事件により様々な出来事が起きたため家族や実家のことについても解説していきましょう。

実家は池田市といわれている

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2016/05/17/13/55/osaka-castle-1398125_960_720.jpg

寺内樺風の実家は大阪の池田市にあると言われています。家族が池田市で会社を経営しているためその可能性は高いでしょう。事件を起こしたことにより実家にも大きな迷惑をかけることになったのですが、そのことについては後述します。

高校まで地元で両親と過ごす

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2017/02/24/02/37/classroom-2093744_960_720.jpg

寺内樺風は高校生までは実家で両親と過ごします。中学は全国でも有名な名門校に通っていたため、かなり頭が良かったのでしょう。実家から名門中学に通っていましたが、友達はそれほど多くはなかったようです。しかしまったく友達がいないわけではなく、数人は仲の良い友達がいたためそれほど珍しい話でもありません。

実家ではどうだったのかはわかりませんが、中学や高校では口下手なタイプで大きな声を出すような人間ではありませんでした。多くの人から大人しい人だと思われていたのですが、しかし好きなことに対しては人が変わったようにおしゃべりになるという性格だったようです。

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2017/02/24/02/37/classroom-2093743_960_720.jpg

誰でもこのようなところはあるため、これも珍しい性格というわけではありません。ちなみに寺内樺風はアニメやパソコンなどに詳しかったようです。実家にもこのようなグッズがたくさんあったのかもしれません。

高校時代の同級生は誘拐を起こすような人には思えなかったと口を揃えているため、どこにでもいる大人しい学生でしかなかったのです。高校時代の同級生は埼玉少女監禁事件を知り、さぞ驚いたことでしょう。

千葉大学に進学

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2013/04/19/01/15/university-105709_960_720.jpg

高校を卒業すると寺内樺風は実家を出ることになります。実家は大阪で通うことになった大学は千葉だったためです。千葉大学は難関であることで有名な大学ですので、そこを現役で合格した寺内樺風はやはり賢かったのでしょう。家族としても優秀な子供を持って鼻が高かったのではないでしょうか。

寺内樺風は千葉大学の近くにアパートを借りました。近くに借りたほうが学校に通いやすいからでしょう。しかし埼玉少女監禁事件の現場となったのはこのアパートです。学生がたくさん通るような場所で1人の少女を監禁していたというのはやはり異常でしょう。

普通であれば監禁していることがバレないためにも知り合いがいない場所を選びそうなものですが、寺内樺風はそうしませんでした。経済的にそれができなかっただけなのかもしれませんが、大学近くに監禁して2年もバレなかったというのも驚きです。

パイロット養成学校に留学

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2015/10/12/14/55/helicopter-983979_960_720.jpg

寺内樺風は大学生時代留学をしています。パイロットに関しても強い興味を持っていたようで、カリフォルニアのパイロット養成学校に入学しました。そこで自家用機の免許を取得しているのです。好きなことに対してここまで熱心になれるのですから、かなりの行動力と向上心を持っていたのでしょう。

事件を起こすことで実家に住む家族に大きな迷惑をかけることになるのですが、この経歴を見れば両親が寺内樺風の本性に気付けなかったのも仕方のないことかもしれません。実際にアメリカの学校でも寺内樺風は真面目な生徒に見られていました。事件が起きるまでその本性を知る人間はどこにもいなかったのかもしれません。

防災設備関係の会社に内定

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2015/03/26/09/41/tie-690084_960_720.jpg

寺内樺風は大学卒業後、事件が起きなければ就職するつもりでした。就職先も決まっており、その会社は防災設備会社だったと言われています。実家も防犯関連の会社だったため、その影響があったのかもしれません。しかし当然のように事件を起こしたことで就職することはありませんでした。

埼玉少女監禁事件が発覚したのは寺内樺風が卒業する直前だったからです。そのため会社に就職することもありませんでしたし、千葉大学の卒業資格も取り消されています。大学に通いこれだけ活発に行動しながら被害者を監禁し続けたというのは信じられないような話です。だからこそ現在でもこの事件は衝撃的な事件として語られています。

埼玉少女監禁事件の発生から逮捕までの経緯

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2016/02/19/11/26/squad-car-1209719_960_720.jpg

現在でも衝撃的な事件といわれる埼玉少女監禁事件ですが、ここからは事件の経緯を解説していきます。2年という期間、斎藤杏花を監禁し続けた寺内樺風は緻密な計画を立てていました。衝動的な犯罪ではなく準備を重ね用意周到に斎藤杏花を誘拐したのです。

どのようにして準備をしたのか、そして斎藤杏花を誘拐してからの監禁生活や逮捕されるまでの経緯を確認しておきましょう。

緻密な計画を立て誘拐を実行

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2016/01/19/17/53/books-1149959_960_720.jpg

埼玉少女監禁事件を起こした寺内樺風は緻密な計画を立てて、斎藤杏花を誘拐しました。そもそも寺内樺風は中学のころから子供を誘拐したいと考えていたようです。監禁してずっと観察していたいという捻じ曲がった欲求を子供のころから抱えていた寺内樺風は、昔から誘拐に関する本を読んでいたことがわかっています。

かわいい女の子を見つけ、その場で思わずさらってしまったわけではありません。もちろんそれでもダメですが、寺内樺風の計画はまず場所選びから始まります。自分の家から遠過ぎず近過ぎない場所、そして田舎過ぎず都会過ぎない場所をアプリで探したのです。そして見つけた場所は実際に斎藤杏花が誘拐された埼玉のとある場所でした。

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2015/09/22/15/02/studying-951818_960_720.jpg

その場所は斎藤杏花の実家がある地域です。また、寺内樺風は実際に現場を何度も訪れ下見も行いました。そこが斎藤杏花の実家と学校を結ぶ導線であったために、寺内樺風に目をつけられてしまいます。斎藤杏花が実家に帰っていく様子も見ていたようです。そしてある日、誘拐を実行します。

寺内樺風は斎藤杏花に近付き声をかけます。斎藤杏花にとっては知らない人間でしたので最初は驚いたことでしょう。しかし寺内樺風は言葉巧みに斎藤杏花を車に乗せます。両親が離婚することになったと嘘をつき、弁護士と話をさせるために迎えに来たと言ったのです。

突発的にこのような嘘が出てくることは考えにくいため、この嘘も事前に考えたものだったのでしょう。斎藤杏花は寺内樺風の言葉を信じ車に乗り込んでしまいました。そして車の中で斎藤杏花は目隠しをさせられ、そのまま寺内樺風の自宅に誘拐されてしまったのです。

2年にも及ぶ監禁生活

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2014/12/02/11/21/prison-553836_960_720.jpg

寺内樺風に誘拐された被害者を待っていたのは2年にも及ぶ監禁生活でした。監禁生活の中では性的暴行などはなかったようです。また、被害者を誘拐した当初は逃げないように監視していましたが、慣れてくると常に監視しているような状態ではなかったようです。被害者を家で1人にさせることもありました。

被害者は暴力を受けていたわけではありませんでしたが、それでも知らない男に誘拐されたのですから極限状態の下で2年という生活を過ごしていたことでしょう。結果論として何もしなかっただけで現在進行形で寺内樺風を見れば、何をするかわからない人間として見えてしまいます。

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2015/10/12/15/00/room-984076_960_720.jpg

被害者は実際にPTSDを患っています。現在は埼玉少女監禁事件のことなど忘れてしまいたいでしょう。しかし現在でもその後遺症に苦しめられています。それだけ2年の監禁生活は被害者に大きな傷を残したのです。現在の被害者の様子やどうして逃げなかったのかという疑問に関しては、後ほど解説します。

東中野駅で少女を保護

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2015/06/01/19/56/bodyworn-794099_960_720.jpg

監禁生活の2年間は誘拐事件とは思われておらず、被害者が行方不明となった事件でしかありませんでした。しかし2年が経ち、埼玉少女監禁事件は明るみになります。被害者が部屋から逃亡したのです。当時、被害者と寺内樺風は千葉大学近くのアパートにいました。しかし寺内樺風が大学を卒業することもあってか、東京の中野区に引っ越したようです。

そして被害者は東京のアパートから隙を見て逃げ出しました。そしてそのまま警察に通報し、事情を話して事件が明るみになったのです。被害者の勇気によって埼玉少女監禁事件は発覚することになりました。そして被害者はようやく両親の元に帰ることができたのです。

寺内樺風を指名手配

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2018/12/14/11/33/traffic-3874867_960_720.jpg

被害者を誘拐し2年間監禁し続けた寺内樺風は被害者が保護されると逃亡しました。しかし警察は埼玉少女監禁事件の犯人として寺内樺風を指名手配にします。このころには埼玉少女監禁事件としてテレビでもたくさん報道されていました。寺内樺風の生い立ちも明らかになっていき、両親の元にもマスコミがたくさん訪れていたはずです。

静岡県伊東市で逮捕

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2017/03/06/20/01/police-2122376_960_720.jpg

寺内樺風は埼玉少女監禁事件の犯人としてついに逮捕されます。それは静岡県でのことでした。住民から血まみれの人がいると通報があり、警察がそこに向かうと埼玉少女監禁事件の犯人として指名手配中の寺内樺風がいたのです。そしてそのまま寺内樺風は警察に逮捕されました。

寺内樺風が血まみれだったのは自殺をしようとしたためです。埼玉少女監禁事件が発覚したことで生きていられないと考えたのでしょう。自ら埼玉少女監禁事件を引き起こしておいてバレた途端に自殺しようとするなど身勝手でしかありませんが、結果的には未遂で終わりました。そして事件は一つの区切りを迎えたのです。

埼玉少女監禁事件の被害者

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2017/01/10/07/30/girl-in-the-woods-1968489_960_720.jpg

生い立ちからは考えられないような事件を起こした寺内樺風ですが、ここでは被害者について解説していきます。生い立ちのような個人の情報に関連することはできる限り避け、事件の際の行動や家族についてのことなどを解説していきましょう。

被害者は斎藤杏花

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2015/10/18/16/55/woman-994737_960_720.jpg

生い立ちは不明ですが、被害者となったのは斎藤杏花です。当時彼女は中1でした。そして2年間監禁されていたため、家族の元に帰るときには中3になっていたのです。楽しいはずの中学生活を丸々、寺内樺風に奪われてしまったことになります。

生い立ちの中にこのような事件が組み込まれてしまうのはかわいそうですが、被害者は下を向いてばかりではないようです。家族の元に帰ってから彼女はできなかった2年間分の勉強を必死に行いました。これだけのことがありながら、しっかり勉強をする姿に両親も感動したことでしょう。現在、何をしているのかはわかっていません。

両親に手紙を送っていた

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2016/01/19/17/53/writing-1149962_960_720.jpg

被害者は監禁生活の中で両親に手紙を送っていました。しかしこれは寺内樺風が書かせたものです。被害者が自らの意志によって家に帰っていないと思わせたかったのでしょう。どのような生い立ちを過ごせばこのようなことが考えつくのでしょうか。手紙の内容は元気であることと、今は帰れないことを告げる内容でした。

家族に届けられた手紙ですが、本物の家族からすればそれが本意ではないことはすぐにわかります。斎藤杏花の生い立ちは真っ当なものであり、家出をするような生い立ちがあったわけではないのです。そして手紙には埼玉県のとある場所の消印が押されていました。寺内樺風が居場所を特定させないためにわざわざ埼玉まで行って出したのでしょう。

洗脳されて逃げられなかった

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2016/11/29/07/16/adult-1868049_960_720.jpg

埼玉少女監禁事件でよく浮かぶ疑問があります。それはなぜ逃げなかったのかという疑問です。千葉で監禁されていたときの部屋は普通のアパートでしたので、大声を出せば隣人に声が聞こえる状態でした。また、最初はしっかり監視されていましたが、それも徐々に甘くなっていき被害者はアパートで1人になることもあったようです。

ストックホルム症候群のような誘拐犯と長く一緒にいることで共犯関係になっていく病気も疑われましたが、被害者は最終的に自ら逃げ出しているためそれは考えにくいでしょう。この疑問の答えは寺内樺風に被害者は洗脳されていたからです。

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2016/09/18/15/09/black-and-white-1678414_960_720.jpg

寺内樺風は被害者に何度も「逃げられない」「助けは来ない」という趣旨の言葉を言わせていたようです。そのようにして被害者が絶望する状況を作り出したのでしょう。また、アサガオの種から幻覚作用とある成分を取り出し、被害者の食事に混ぜていました。ドラッグに似た作用があり幻覚を引き起こす成分です。

そのため、被害者は監禁されているとき正常な精神状態ではなかったことが予想されます。また、もしも逃げ出して捕まってしまった場合、何をされるかわからないという心理もあったでしょう。現在でも被害者にとって寺内樺風は誘拐犯でしかないのですから、強い恐怖心を持っていても仕方ありません。

自ら警察に通報した

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2013/12/07/04/49/police-224426_960_720.jpg

被害者の少女が自分から警察に通報することにより事件は明るみになりました。このような勇気ある行動のキッカケになったのは被害者の家族のおかげでもあります。被害者はパソコンを使うこともできるほど、アパート内で自由に過ごすこともできていました。そしてそのパソコンによって家族が自分のことを探していることを知るのです。

家族が自分を探しているという言葉はいつも寺内樺風に言わされていた言葉とは真逆のものでした。そこで絶対に家族のもとに帰ると強く決断し、アパートから逃げ出したのです。もしも家族が被害者の生存を諦めていたら、現在でも事件が続いていた可能性もあります。

埼玉少女監禁事件の裁判

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2017/07/10/23/49/club-2492011_960_720.jpg

平凡な生い立ちながら衝撃的な事件を起こした寺内樺風ですが、裁判の様子も話題になりました。その内容はまったく反省が見られないようなものだったのです。ではいったいどのような裁判だったのでしょうか。解説していきます。

寺内樺風に反省の色は見られず

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2016/08/11/23/54/judge-1587300_960_720.jpg

裁判では寺内樺風の生い立ちや事件の内容についてなど様々なことが語られました。しかし生い立ちに同情するべき点はありませんでしたし、何より寺内樺風の態度によって心証は最悪のものとなったのです。裁判の中で寺内樺風は「何が悪かったのかわからない」「車を盗むよりも軽いことだと思っていた」という趣旨の発言をしました。

生い立ちがどれだけかわいそうなものであったとしても、このような言葉を言えば心証は悪くなるでしょう。実際に裁判官も反省の色なしと判断しています。さらに他の点でも寺内樺風の態度は話題になりました。

精神を病んだ演技?

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2015/02/17/08/46/face-639139_960_720.jpg

裁判の中で寺内樺風は奇声をあげたり、意味不明なことを口走ったりしていました。精神病患者のようにも見える状態ですが、これを裁判所は演技だと断定しています。精神鑑定を受けても異常はありませんでしたし、寺内樺風の弁護士がそれを証言してもいるからです。

寺内樺風が奇声をあげたとき、「いつもこうなのですか?」と裁判官は弁護士に質問しました。そして弁護士は「今朝からこうなりました」と答え、このやり取りがネット上でも話題になったのです。衝撃的な事件ですので笑ってはいけませんが、寺内樺風の姿は滑稽なものだと嘲笑の的になりました。

寺内樺風に懲役9年の判決

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2018/09/09/18/04/judge-3665164_960_720.jpg

寺内樺風が精神異常であることは認められず、責任能力ありとして判決はくだされました。しかしそれでも懲役9年の判決となり、世間では短か過ぎるという声が多数を占めました。このような判決になった一番の要因は暴力行為がなかったからです。そのため、悪質さは認められましたが短い懲役となってしまったのです。

埼玉少女監禁事件のその後

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2015/03/26/09/47/sky-690293_960_720.jpg

埼玉少女監禁事件のその後や家族の現在の姿はどうなっているのでしょう。寺内樺風は現在も刑務所の中にいますが、寺内樺風以外にもこの事件は大きな影響を与えました。寺内樺風は現在も反省していないことは間違いないでしょうが、様々な人たちのその後を解説していきます。

在学中の千葉大学は卒業取消処分に

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2015/07/31/11/45/library-869061_960_720.jpg

寺内樺風は千葉大学を卒業間近でしたが、それは取消処分となりました。つまり寺内樺風は現時点で高卒なのです。現在も刑務所に服役している寺内樺風ですが、いつかは出所してきます。現在も反省していないことであろうことが予想されますので、出所後に同じようなことをしないか心配です。

寺内樺風の父親は会社HPで謝罪

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2015/03/26/10/24/apple-691282_960_720.jpg

寺内樺風の父親は防犯会社を経営していました。そして事件が起きるとその防犯会社が寺内樺風の父親が経営するものであるということが知られてしまいます。その結果、父親は会社のHPで謝罪文を掲載しました。寺内樺風の犯行に父親はまったく関係がありますが、会社のイメージはかなり悪くなってしまったのです。

被害少女は現在もPTSDに悩まされる

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2015/07/10/20/54/stethoscope-840125_960_720.jpg

被害者の少女ですが、現在でもPTSDに悩まされているようです。事件のことを思い出させるようなことを少しでも言ってしまうとパニックになってしまうという話もありました。現在の病状はわかりませんが、少しでも改善されていることを願うばかりです。

家族は元通りにはなりましたが、事件がなかったことにはなりません。少女の精神も今まで通りとはいきませんので最悪の事態は免れましたが、家族への寺内樺風に対する怒りは相当のものでしょう。被害者の少女がいつか事件のことを忘れ普通の生活をできることを多くの人が望んでいます。

寺内樺風は冷徹かつ悪質極まりない犯罪者だった

出典: https://cdn.pixabay.com/photo/2018/08/15/16/55/portrait-3608557_960_720.jpg

寺内樺風が起こした事件は冷徹かつ悪質極まりないものでした。反省もまったくしていないことを考えればもっと重い刑罰であって欲しいものですが、法律上それが難しい部分もあります。寺内樺風が起こした事件のような出来事が今後起こらないことを祈るばかりです。

関連する記事はこちら

Thumbペッパーランチ事件の真相!犯人・被害者のその後や黒幕の謎とは
ペッパーランチ事件は北山大輔と三宅正信が犯人とされる謎多き強姦事件です。被害者を拉致監禁しま...
Thumb柿元愛里さんを両親が監禁した理由とは【寝屋川監禁事件の真相】
寝屋川監禁事件は33歳の柿元愛里さんが両親から16年間に渡って監禁され、虐待の末に死亡すると...

関連するまとめ

Original
この記事のライター
wasezaimu
よろしくお願いします。

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ