ディアトロフ峠事件の真相!放射能やマンシ族の説は嘘?ネタバレ注意

TV番組『アンビリバボー』でも放映されたディアトロフ峠事件をご存知ですか。死の山で見つかった遺体の放射能汚染、真相や真実や嘘、マンシ族犯人説など多くの謎があります。映画にもなったディアトロフ峠事件の真相や真実について、新たに提唱されたヘアピン渦説も紹介します。

ディアトロフ峠事件の真相!放射能やマンシ族の説は嘘?ネタバレ注意のイメージ

目次

  1. 1ディアトロフ峠事件とは
  2. 2ディアトロフ峠事件【メンバー】
  3. 3ディアトロフ峠事件【不可解な謎】
  4. 4ディアトロフ峠事件【メンバーの死因】
  5. 5ディアトロフ峠事件【嘘や憶測の犯人説】
  6. 6ディアトロフ峠事件【ヘアピン渦説】
  7. 7ディアトロフ峠事件【捜査打ち切りの理由】
  8. 8ディアトロフ峠事件の真相と真実に迫る!
  9. 9ディアトロフ峠事件の真相調査が2019年に再開
  10. 10ディアトロフ峠事件の真相と真実は今も解明されていない

ディアトロフ峠事件とは

「ディアトロフ峠事件」をご存知でしょうか。TV番組『アンビリバボー』で特集されて以来、インターネット上では大きな話題となりましたが、どのような事件なのか詳細を知らない人も多いのではないでしょうか。

そんな「ディアトロフ峠事件」について、犯人として疑われた人々や、遺体から検出された放射線、事件にまつわる真相と真実と嘘などを様々な観点から紹介します。

1959年旧ソ連のウラル山脈で起きた事件

ディアトロフ峠事件は、1959年に旧ソ連のウラル山脈で起きた事件です。ウラル山脈は旧ソ連、現在のロシアを南北に隔てる大きな山脈であり、ディアトロフ峠事件はこの山脈の北部で発生しました。この付近には弾道ミサイルの発射場や核実験場があることが知られています。

現場は「死の山」と呼ばれる山

ディアトロフ峠事件の現場となったウラル山脈のホラート・シャフイル山は、先住民であるマンシ族が「死の山」と呼ぶほどの過酷な山でした。見渡す限り靄が広がり、空と地面の判別も付きにくい上に猛吹雪になることが珍しくないといった悪環境が、「死」を予感させるのではないでしょうか。

そして、古くからマンシ族の間で言い伝えとして語り継がれている事件があります。その昔、死の山で狩りをしていた際にディアトロフ峠で野営をした9人のマンシ族の狩人が、全員遺体となって見つかったのです。その死因は謎のままであり、その言い伝えにより、マンシ族の人々は死の山の山頂付近には近づかないそうです。

マンシ族の言い伝えの事故も、このディアトロフ峠事件も現場となった位置は近く、犠牲となったのも同じ9人です。にわかには信じがたいことですが、死の山は一種の不吉な場所なのかもしれません。

冬山登山中の大学生男女9人が遭難

ディアトロフ峠事件とは、簡潔に説明すると、死の山と呼ばれるウラル山脈のホラート・シャフイル山でトレッキング中だった9人の大学生やOBが全員不可解な死を遂げたという、まさに映画のような事件です。彼らはトレッキングクラブのメンバーであり登山経験も豊富で、それまでにも何度も危険な山を征服していました。

このトレッキングはスポーツ指導者の資格を取得するためのテストを兼ねており、当人たちにとっても重要なものでした。最初10人で出発したトレッキングでしたが、体調不良により途中離脱したメンバーが1人いますが、結果として難を逃れることができたことになりました。

捜索隊により全員の遺体が発見

ディアトロフ峠事件において、連絡が取れなくなったトレッキングクラブのメンバーの捜索が始まったのは登山終了予定日から1週間以上経過してからでした。難易度の高い山でのトレッキングは予定が大幅に伸びることは珍しくない上に、この時は死の山とも呼ばれるほどの難所だったのです。

また途中離脱したメンバーが旅程の遅れの可能性を証言していたため、皆それほど心配していなかったそうです。トレッキングクラブのメンバーが通う大学の教師や学生で編成された救助隊によって始まった捜索活動は、その後マンシ族や軍や警察も巻き込んで大掛かりな捜索が行われました。

捜索開始後にメンバーのテントと5人の遺体が発見されました。しかしその後の捜査はなかなか進展せず、最終的に全員の遺体が発見されたのは、捜索開始から2か月以上経過した後のことでした。

その後捜査は打ち切りとなる

ディアトロフ峠事件は、トレッキングクラブメンバーの身に何が起こったのか、犯人は誰なのかなど多くの不可解な謎を残しておきながら、信じられないことに捜査は突然打ち切りとなります。

その当時の事件に関する調査文書は機密とされ公開されなかったため、多くの憶測を呼ぶこととなりました。1990年代にその文書の一部が公開されましたが、一部消失していた個所もあり、さらなる憶測を呼ぶ結果となりました。

ディアトロフ峠事件【メンバー】

ここからはディアトロフ峠事件で犠牲となった、トレッキングクラブのメンバーを紹介します。全員が現在のウラル工科大学の学生または卒業生でした。彼らはスポーツ指導者の資格を取得するためのテストとしてこのスノートレッキングに臨んでいました。

メンバー①ディアトロフ

このトレッキンググループのリーダーでもあったイーゴリ・アレクセーエヴィチ・ディアトロフは当時23歳でした。この「ディアトロフ峠事件」という名称は、後に彼の名前から付けられたものです。登山経験も豊富て性格も落ち着いていたそうです。TV番組『アンビリバボー』でも、メンバーから信頼されていたと紹介されていました。

メンバー②ドロシェンコ

ユーリー・ニコラエヴィチ・ドロシェンコは当時21歳の学生でした。トレッキンググループ内のジーナと恋愛関係にあったようです。この事件の前には破局していましたが、ジーナとは良好な関係が続いていたようです。

メンバー③ゲオルギー

ユーリー・アレクセーエヴィチ・クリヴォニシチェンコ、通称ゲオルギーは当時24歳、ウラル工科大学を卒業したばかりでした。放射能に詳しい技術者でした。ジョークを言って周りを楽しませる一面もあったようです。

メンバー④ジーナ

ジナイダ・アレクセーエヴナ・コルモゴロワ、通称ジーナは当時22歳の学生でした。ドロシェンコと破局した後はディアトロフと良い雰囲気になっていたようです。性格はアクティブで礼儀正しく、誰からも好かれていたといいます。『アンビリバボー』でも美人隊員と称され、ジーナに思いを寄せている人が3人いたと紹介されていました。

メンバー⑤ルステム

ルステム・ウラジーミロヴィチ・スロボディンは当時23歳、ウラル工科大学の卒業生でした。性格は物静かで冷静でしたが、アスリートとしては非常に高い評価を得ていました。

メンバー⑥リューダ

リュドミラ・アレクサンドロヴナ・ドゥビニナ、通称リューダは当時20歳の学生でした。性格は行動的で歌やダンスが好きでした。またさまざまな物を撮影するのも好きで、このディアトロフ峠事件の際も多くの写真を撮っていました。

メンバー⑦ゾロタリョフ

セミョーン・アレクサンドロヴィチ・ゾロタリョフは当時37歳。仲間からはサシャと呼ばれていたそうです。彼の正体を含め多くの謎が残る人物であり、名前さえ本名であるかどうか確実ではないようです。このため、ゾロタリョフは実は他国の工作員であり、この事故はゾロタリョフが原因で起きたのではないかと指摘する人もいるほどです。

メンバー⑧コレヴァトフ

アレクサンドル・セルゲーエヴィチ・コレヴァトフは当時24歳、ウラル工科大学で物理学を専攻する学生でした。原子力に関する研究室に所属していたこともあり、非常に勤勉で論理的と評価されていました。

メンバー⑨コリャ

ニコライ・ウラジーミロヴィチ・チボ=ブリニョーリ、通称コリャは当時23歳、ウラル工科大学の卒業生でした。自身は強制収容所で生まれ、共産党員だった父親は処刑されるというつらい過去を持ちながらも、持ち前の明るさで誰からも好かれていたそうです。この死の山を最後にトレッキングをやめると母親に約束していたそうです。

メンバー⑩ユージン

ユーリー・エフィモヴィチ・ユージンは当時21歳でした。他のメンバーと一緒にトレッキングに臨みますが、1月28日に体調不良のためにグループを離脱し一人で引き返しています。事件後はグループの装備や内情に関する証言もしています。2013年に亡くなっています。

ディアトロフ峠事件【不可解な謎】

ここで紹介しているディアトロフ峠事件は、ただの雪山での遭難事故ではありません。事件現場には多くの不可解な謎が残り、また犠牲となったメンバーたちの死体は通常では説明できないような傷や損傷を受けていました。死の山で起きたディアトロフ峠事件での不可解な点をまとめます。

内側から切り裂かれたテント

トレッキングメンバーの親族からの要請により捜索が始まった6日後の2月26日、ボランティアとして捜索に当たっていた学生2人は、山頂から300メートル付近の位置でトレッキングメンバーの物と思われるテントを発見しました。テントは雪で覆われた状態で、半分に引き裂かれていました。

テントの中には彼らの荷物やスキーブーツが不気味なほど整然と並べられていました。また後の調査によって、このテントは外側からではなく「内側から」ナイフで引き裂かれたことが判明しています。

これは、テントの外側から何者かに襲われたのではなく、何者かが、そしておそらくトレッキングメンバーの誰かが内側からテントを引き裂いたのではないかと見られています。しかし、-30度という極寒の中を、なぜテントを切り裂いてまで脱出しなければならなかったのかは分かっていません。

放射能を浴びた遺体

リューダとゾロタリョフの遺体が身に着けていた衣服から、通常の2倍程の量の放射能が検出されています。この二人は同じ日に同じ場所で発見されています。しかし、この2人と同じ日に同じ場所で発見されたコレヴァトフとコリャからは放射能は検出されていません。

ゲオルギーはこのディアトロフ峠事件の2年前、1957年に起きたウラルの核兵器工場の放射能放出事故の際、放射能技術者として除染活動に参加していました。リューダの遺体が身に着けていた放射能が検出された衣服というのは実はゲオルギーの物であったため関連性が疑われました。

しかし、放射能について特に詳しい知識を持つゲオルギーが、放射能汚染されている可能性のある衣服を持ち続けているとは考えにくく、この関連性は否定されました。なぜリューダとゾロタリョフの2人が放射能を浴びていたのか今でもわかっていません。

遺体発見時の服装

ディアトロフ峠事件において不可解な点は、メンバーの遺体発見時の服装にも及びます。雪山での事故で亡くなっているのですから、何重にも防寒具を重ねて着ていたのではないかと考える方が自然かもしれませんが、そうではありませんでした。遺体が発見された順番に整理します。

最初、テントが発見されたのと同日に遺体が発見されたのはドロシェンコとゲオルギーの2人でした。ドロシェンコのズボンは損傷が激しく、また靴下の片方には燃えた跡がありました。ゲオルギーはほとんど下着のみの状態でした。2人とも靴を履いていませんでした。2番目に発見されたのはディアトロフ、ジーナ、ルステムの3人です。

この3人は他のグループに比べると服装の損傷はそれほどでもなく、重ね着をしていました。ディアトロフはとジーナは靴を履いていませんでしたが、ルステムは片足だけブーツを履いていました。不可解な点は、ディアトロフがドロシェンコの長袖シャツを着ていたことです。

最後に発見されたのは、リューダ、ゾロタリョフ、コレヴァトフ、コリャの4人です。この4人が発見されたのは5月4日、他のメンバーが発見されてから2か月以上経過してからでした。この4人は谷底から発見されたこともあり損傷が激しく、数枚の衣服を重ね着していました。

リューダはゲオルギーのズボンを履き、ゾロタリョフはジーナのコートと帽子を着ていました。薄着であったメンバーに関しては、矛盾脱衣ではないかと推理する人もいます。矛盾脱衣とは、中枢神経の麻痺が引き起こす一種の異常行動です。体は冷えから身を守るために本能的に体の内側を温める機能を持ちます。

この体が温まる感覚を暑いと勘違いして極寒の中で服を脱いでしまうのです。ところがディアトロフ峠事件については矛盾脱衣説では説明できない謎も残されています。

彼らはトレッキングのベテランであったため、矛盾脱衣についての知識を持っていたはずだということと、矛盾脱衣だったとしても彼らが脱いだ服が見つかっていないという点です。真相解明のためにはまだ情報が足りない状況です。

遺体の損傷状態

遺体発見時にメンバーは多くの外傷を負った状態でしたが、怪我として説明することが難しいメンバーもいました。ルステムの頭蓋骨は鈍器で殴られたかのように損傷していました。

最後に見つかった4人の損傷は特に酷く、リューダは眼球も舌もなくなっていました。検視の結果から、舌が抜かれたときにはまだ生きていた、少なくとも心臓は動いていたことが判明しています。ゾロタリョフも眼球を失っていました。コレヴァトフは遺体発見時の腐敗や損傷が激しいあまり、検視もできかねる状態でした。

皮膚や髪の色の変色

メンバーの遺体に関して不可解な点は他にもあります。靴下に燃えた跡があったドロシェンコは髪の毛も燃えていました。髪が白くなっていたメンバーもいたようです。

また、メンバーの葬儀に参列した人の証言によると、遺体の肌が濃い茶褐色になっていたそうです。これは遺体が長時間雪山で日光にさらされていたための雪焼けではないかと推論されていますが、真相は分かっていません。

ディアトロフ峠事件【メンバーの死因】

ディアトロフ峠事件で発見された遺体の不可解な点を多数紹介してきました。次は、この死の山で発見されたメンバーの死因について、遺体の状況から判明していることをまとめます。

死因①低体温症による凍死

ディアトロフ峠事件で犠牲になった9人のうち、最初に見つかったグループの2人と、2番目に見つかったグループの3人は多数の外傷を負いながらも、直接死の引き金となったのは低体温だとされています。いわゆる凍死です。

死因②外部からの衝撃による大量出血

最後に見つかったグループの4人の死因は低体温ではないようです。リューダは心臓の大量出血、ゾロタリョフは内臓損傷、コリャは頭蓋骨骨折が死因とされています。コレヴァトフの場合は遺体の損傷が激しく死因が判別できなかったため、低体温と推測されています。

ディアトロフ峠事件【嘘や憶測の犯人説】

ディアトロフ峠事件はまるで映画のように奇怪で不思議な事件であることもあり、事件発生当時から現在までに、犯人や真相に関して多くの推理がされています。たくさんの説が提唱されていますが、どれも矛盾を含んでいて決定的な真相として認められている説はありません。

ここでは、死の山で起きたディアトロフ峠事件の真相としてよく取り上げられる説を7つ紹介します。

犯人①獣説

ディアトロフ峠事件の捜査の際、有力な説として挙げられたのはオオカミやクマなどの野生動物に襲われたのではないかということでした。現場となった地帯にはオオカミや冬眠しない熊が生息している可能性もあったからです。

しかし、メンバーのテントが内側から裂かれたことが判明し、またメンバーの衣服から放射能が検出されたことも説明できないため、この説は真実ではないとされています。

犯人②先住民マンシ族説

このディアトロフ峠事件は最初、殺人事件として捜査が始まりました。そして犯人として真っ先に挙げられたのは、この地帯の先住民であるマンシ族です。トレッキングメンバーはマンシ族に襲われ殺されたのではないかという説です。

古くからこの山を死の山と呼び、その死の山に親しんでいるマンシ族が金品目的にメンバーを襲ったのではないかという推論です。メンバーが記録していた日誌にも、彼らが道中に何度もマンシ族に遭遇したことが記されていました。

しかし、マンシ族は温厚なことで知られ、メンバーの捜索活動にも加わっていました。また、メンバーのテントの周りにはメンバーの足跡しかなく、メンバーの持ち物もテントに残されていたため、この説も真実ではなく嘘とされています。また、マンシ族には生贄制度があるという噂もあるようですが、全くのデタラメのようです。

犯人③メンバー説

初期段階では殺人事件として捜査されていたディアトロフ峠事件ですが、犯人として疑われたのはマンシ族だけではありません。悲劇の前に体調不良のため途中離脱して難を逃れたメンバーがいるためです。ユージンです。ユージンが犯人ではないかとの疑いの声も上がっていました。しかし、疑われたのはユージンだけではありません。

この事件はメンバー同士の仲間割れによる亀裂が原因ではないかという説です。ディアトロフの他にも2人のメンバーがジーナに想いを寄せいていたという証言もあり、恋愛感情のもつれによって引き起こされた悲劇ではないかという説です。

しかし、この時代の旧ソ連は共産主義であり、人前で恋愛の話をすることも良しとされていないような時代でした。また、メンバーにとっては資格習得のための大事なトレッキングでもあったため、仲間割れをしたという考えも説得力がなく、真実ではないとされています。

犯人④自然説

雪山で一度に多くの人が死亡する事故の原因として、最初に挙げられるのは自然災害が原因という説です。このディアトロフ峠事件の場合も、雪崩が原因だったのではという説も根強くあります。雪崩によってパニックになったメンバーが、テントを引き裂いて着の身着のまま逃げ出し、その後不幸が重なり惨事になってしまったのではないかという主張です。

しかし、この雪崩説の場合も、メンバーのテント付近からメンバーのはっきりとした足跡が発見されたため、残された証拠にそぐわないとされています。また、遺体に残された不可解な点を説明することができず、真相としては弱いとされています。

もし落雷があったのだとすれば、メンバーの髪や服が燃えていたことは説明できますが、それ以外の点には謎が残ってしまいます。

犯人⑤核兵器説

ディアトロフ峠事件の真相として、核兵器説も強く主張されています。リューダとゾロタリョフの衣服から放射能が検出されたためです。ディアトロフ峠事件が起きた当時はソ連とアメリカの冷戦真っ最中であり、旧ソ連は核ミサイルの開発を行っていました。

さらに現場となったウラル山脈の付近には弾道ミサイル発射基地があり、メンバーがテントを張った上空は、弾道ミサイルが通過する場所でした。さらに、核ミサイルの誤爆によって放射能を浴びたのであれば、メンバーの肌や髪の異変も説明がつきます。

このような観点から、この事故の原因は核ミサイルの誤爆であり、旧ソ連はそれを隠蔽しようとしているのではという説が挙がっているのです。しかしながら、核ミサイルの誤爆にしてはメンバーから検出された放射線量が少ないという矛盾点もあることから、この説も真相ではなく嘘ではないかと言われています。

犯人⑥未確認生物説

発見された遺体のあまりの異常性のため、UFOやイエティなどの未確認生物による攻撃だったのではないかという説もあります。映画のような突飛な説と思われるかもしれませんが、そうでもないと説明しきれない程に不可解な点が多く残っているのです。さらに、この説を裏付ける証言も多く残っています。

この時期に他のトレッキング隊やマンシ族、そしてウラル山脈の麓の住民が、北の空にオレンジ色の閃光を見たと証言しています。しかしながら、メンバーの衣服や髪の色の変化は長期間日光にさらされたためであるという反論もあり、この未確認生物説も真相ではなく嘘とされています。

犯人⑦ヘアピン渦説

最近になって、ジャーナリストのドニー・アイカーと、長年気象の研究に携わっているベダード博士が提唱した説が、ヘアピン渦説です。ディアトロフ峠事件において犠牲になったメンバーがテントを張った位置は、ヘアピン渦ができやすい地形であったためです。ヘアピン渦については、以下で詳しく解説します。

ディアトロフ峠事件【ヘアピン渦説】

ディアトロフ峠事件はTV番組『アンビリバボー』でも特集され、大きな話題となりました。『アンビリバボー』番組内でもこのヘアピン渦を最も有力な説として紹介していました。ここではこのヘアピン渦について解説します。

ヘアピン渦とは

ヘアピン渦についての研究が始まったのは1990年代であり、比較的新しく研究が始まった分野です。ディアトロフ峠事件当時は研究されていませんでした。現在でも、実際に観測された現象数もそう多くはありません。ヘアピン渦は、丸いドーム状の障害物に強い風が当たる時に発生する特殊な渦のことです。

この渦の形が、髪を留めるヘアピンをカーブが上になるように立てた形に似ているためにそう呼ばれています。死の山とも呼ばれるホラート・シャフイル山の形が左右対称のドーム型であり、さらにトレッキングメンバーがテントを張った位置は地面がなだらかで風が強くなりやすいため、ヘアピン渦が発生した可能性は十分にあると考えられています。

マンシ族の言い伝えとなっている事故も、このヘアピン渦が原因であった可能性も否定できません。

ヘアピン渦による現象とは

ヘアピン渦は、それが発生した場所がなだらかであればあるほど威力を増し、風速は3倍にまで速まります、風速が速まると、ヘアピン渦はやがて竜巻に変化します。トレッキングメンバーのテントのすぐ横を通過していたのではないかと考えられています。

この竜巻によって、旅客機がすぐ上空を通過するときのような轟音が発生します。また、この竜巻は超低周音波をも発生させたのではないかと推測されています。超低周音波とは、通常人間には聞き取れない領域の音波です。そう珍しい現象ではありませんが、頭痛やだるさ、そして恐怖感をも引き起こさせることがあるといいます。

パニック状態の末の悲劇?

ディアトロフ峠事件の引き金となった時は、風速40メートルを超える竜巻が2,3分おきにテントの横を通過し、さらに超低周音波まで発生しているような状況であったと推測されます。彼らがいくら雪山に慣れた優秀なアスリートであったとしても、この尋常でないような状況には恐怖を関じ、パニックに陥ったと想像することは不自然ではありません。

テントが大破していないことから、テントが直接竜巻に巻き込まれたとは考えられませんが、パニックに陥ったメンバーがテントを切り裂いて外に飛び出したのだすれば、自然な行動のようにも思われます。

半狂乱になりながらテントを飛び出したものの谷底に落下してしまったり、テントに戻れない状況のまま低体温になり死に至ったのではないかと考えることができます。また、このヘアピン渦説の場合は、遺体に残された他の不可解な点も説明することができます。

舌が無くなっていたメンバーは、遺体が雪解け水に浸かっていたために水中の微生物によって分解され、眼球については野生動物が食べたとすれば辻褄が合います。またメンバーの衣服から放射能が検出されたことについても、付近に核実験場があることを考慮すれば、通常の2倍程の放射能が検出されることは異常なことではないようです。

ディアトロフ峠事件【捜査打ち切りの理由】

ディアトロフ峠事件の真相と真実は未だ解明されていません。この事件が未解決となってしまった背景には、事件後に十分な行われなかったことも挙げられています。どのような事情があったのでしょうか。

理由①政府の立ち入り?

ディアトロフ峠事件の捜査は、トレッキングメンバー9人全員の遺体が発見されてからほどなくして打ち切られています。その当時に発表された事故原因は「未知の不可抗力」でした。

その後、捜査書類は機密文書として旧ソ連、そして旧ソ連崩壊後はロシア政府が管理していることから、政府か何らかの形で介入し、事件の真実を隠そうとしているのではないかという噂は絶えません。

その機密文書は1990年代に初めて公開されましたが、一部は失われていた状態でした。これにより、政府が何かを隠蔽しているのではないかという声がますます高まったといいます。

理由②核情報の流出防止?

ディアトロフ峠事件の現場となったウラル山脈には核実験施設があり、今でも核実験を行っているのではないかという噂もあります。また、先述したようにロシア政府が事件に関する捜査資料を全て公開しないことで、この噂に信ぴょう性があると指摘する人もいます。

若きトレッキングメンバーたちは、ロシア政府が公開を拒む真実に偶然関わってしまったために、事件の真相も隠蔽されてしまったのかもしれません。

ディアトロフ峠事件の真相と真実に迫る!

ディアトロフ峠事件が発生してから60年以上の月日が経っていますが、未だにはっきりとした真相や真実や犯人は判明していません。しかしながら、このショッキングな事故はいつも人々の心を引き付け、世界中の人がいまでのこの事故について検証や調査を行っています。またその他にも、この事件を題材とした映画や本も発表されています。

TV番組「奇跡体験!アンビリバボー」

2018年12月6日放送のTV番組『奇跡体験!アンビリバボー』にて、このディアトロフ峠事件が紹介されました。『アンビリバボー』は国内外で起きた奇跡や不思議な現象を紹介する人気番組です。放送20年を超える人気番組ですので、観たことがある人も多いのではないでしょうか。

この日の放送では特に、ディアトロフ峠事件の真犯人として、映像ジャーナリストのドニー・アイカーが提唱するヘアピン渦説について詳しく解説していました。ドニー・アイカーは『アンビリバボー』で、ヘアピン渦説を「不可能でない唯一の説」と宣言していました。

この番組の反響は大きく、『アンビリバボー』放送直後は「ディアトロフ峠事件」がツイッターのトレンド入りしました。

書籍「死に山」

ディアトロフ峠事件の真相を謎解く本として最も有名なのは『死に山: 世界一不気味な遭難事故「ディアトロフ峠事件」の真相』です。著者は先述したTV番組『アンビリバボー』にも出演していた映像ジャーナリストのドニー・アイカーです。ディアトロフ峠で現地取材を入念に行って書き上げた渾身の一冊です。

本作ではディアトロフ峠事件の概要や予想される真相について解説しているだけではなく、なかなか知ることができない旧ソ連時代の学生の日常生活についても詳しく述べられており、評判も良い本です。

映画「ディアトロフ・インシデント」

『ディアトロフ・インシデント』は2013年に公開された映画です。『ダイ・ハード2』や『5デイズ』などのアクション映画で有名な監督レニー・ハーリンが、実話を基にして制作したフィクションです。

ディアトロフ峠事件に興味を持った5人のアメリカの大学生が事件の真相を探るべく、現場となった死の山と呼ばれるホラート・シャフイル山へ向かい、トレッキングメンバーと同じルートでトレッキングを行うというストーリーです。

事件の真相については、先ほど紹介したドニー・アイカーの著書『死に山』や、TV番組『アンビリバボー』とは一味違った解釈がされています。

ディアトロフ峠事件の真相調査が2019年に再開

1959年に起きたディアトロフ峠事件は、いまだに多くの謎に包まれたままです。しかし60年が経過した2019年2月になって、新たな展開がニュースとしてもたらされました。なんとロシア検察が再調査に動いていることが明らかになったのです。いったい何があったのでしょうか。

再調査で75の可能性を再検討

ロシア検察がディアトロフ峠事件の再調査に動いていることは、2019年2月1日にロシア最高検察庁によって明らかにされました。見直しのプロジェクトを担当していたアンドレイ・クリャノフ検事によると前年の9月から再調査に着手し、合計で75種類の説を検討してきたといいます。

3つの説に絞り込まれ自然現象の可能性が濃厚か

最終的には3つの説に絞り込まれているようですが、結果として事件性は認められない状況のようです。雪崩や暴風などの自然現象が原因とする可能性が濃厚のようですが、専門家が現地入りしてサンプル採集を行う等、引き続きの調査や実験が行われるとされています。

事件から60年経過後に真相解明に乗り出した理由は?

前述の通り、ロシア当局はディアトロフ峠事件について沈黙を守ってきました。事件をもみ消したり、何かを隠しているのではないかという説もありました。しかし、なぜ60年が経過した今になって再調査に乗り出したのか、その理由は明らかとなっていません。

再調査が始まることで真相に近づけるとは言うものの、今になって調査を再開するというのは不気味ですらあると言えます。そうした意味で、ディアトロフ峠事件の真相をめぐる謎は、さらに深まったという見方もあります。再調査の結果は、いったいどうなるのでしょうか。

ディアトロフ峠事件の真相と真実は今も解明されていない

ここまで、ディアトロフ峠事件に関して今わかっている真相や真実、提唱された説を紹介してきました。死の山をも恐れずにトレッキングに挑戦した若者たちは決して初心者ではなく、雪山の知識や経験も豊富でした。一体何が、優秀なアスリートたちに、極寒の中で靴も履かずにテントを引き裂いて外に飛び出しすような異常行動をさせたのでしょうか。

遺体が着ていた衣服の一部は放射能によって汚染され、他にも不可解な点が多く残されています。TV番組『アンビリバボー』で死の山で起きた事件の真犯人として紹介されたヘアピン渦は、今まで提唱されていた他の説よりも多くの謎を矛盾なく解明することができていますが、それでも実際には何が起こったのか真相と真実は分からないままです。

事件当時の旧ソ連自体が共産主義国家であり、核実験など多くのことを隠蔽していたことも、この事件が解明されない一因になっているようです。今でもこの事件の真相と真実を解明しようと検証を続けている人がいます。今後研究が進むにつれて。また新たな説が出てくる可能性もあります。このような悲劇が二度と起こらないことを願うばかりです。

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この記事のライター
annacocoa
未経験ですが頑張ります。

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