風船おじさん(鈴木嘉和)の今!ファンタジー号事件の真相・その後は

風船おじさんこと鈴木嘉和をご存知でしょうか。彼はファンタジー号事件を最後に行方不明となり、完全に消息を絶ってしまいました。この記事ではファンタジー号事件の真相やその後のこと、風船おじさんの家族や今について解説していきます。

風船おじさん(鈴木嘉和)の今!ファンタジー号事件の真相・その後はのイメージ

目次

  1. 1風船おじさん(鈴木嘉和)とは
  2. 2風船おじさん(鈴木嘉和)の家族構成
  3. 3風船おじさんの略歴
  4. 4風船おじさんのファンタジー号事件とは
  5. 5ファンタジー号音信不通のその後
  6. 6風船おじさん行方不明のその後と今
  7. 7風船おじさんはどこへ?今も真相はわからぬまま

風船おじさん(鈴木嘉和)とは

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風船おじさんと呼ばれて有名になった鈴木嘉和ですが、彼はどのような人物だったのでしょうか。そもそもなぜ鈴木嘉和が風船おじさんと呼ばれるのかも気になるところです。いったいどのような人物でどんな仕事をしていたのか解説していきます。

本名は鈴木嘉和

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風船おじさんの本名は鈴木嘉和です。鈴木嘉和は1940年に生まれ、1992年に消息不明となってしまいました。行方不明になってから7年は経っているため死亡が確認されたわけではありませんが、法律上はすでに死去しています。鈴木嘉和が行方不明となってしまった理由についてはファンタジー号事件が大きく関わっています。

鈴木嘉和が世間的に注目を浴びたのは風船を使って空を飛ぶ乗り物を作り、様々な事件を起こしたからです。鈴木嘉和が作った乗り物はゴンドラに風船を取り付けただけのシンプルなものでした。風船の浮力だけで空を飛ぼうとしたのです。事件の詳細は後に解説しますが、これにより鈴木嘉和は風船おじさんという異名で呼ばれることになりました。

ピアノ調律業や経営者としての一面も

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風船を使って空を飛ぼうとしたことを考えれば鈴木嘉和に対して変わった人間だというイメージを持つでしょう。しかし鈴木嘉和の経歴は意外にも真面目なものです。鈴木嘉和はピアノ調律を行う両親の元で生まれました。親の影響もあったのか音大を卒業後はヤマハに勤め、ピアノ調律を行っていたのです。

鈴木嘉和の意外は一面はこれだけではありません。ヤマハを退社後は経営者として活躍します。音楽教材を販売する会社やサロン、レストランなどを経営し始めました。かなりの野心家だったのでしょう。とても風船を使って空を飛ぼうとする人間とは思えません。実際にこの時期、鈴木嘉和に冒険家の一面はありませんでした。

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鈴木嘉和は様々な店を経営していましたが、売り上げは芳しくありませんでした。その結果、経営していた全ての店が閉店することになります。そして鈴木嘉和は多額の借金を背負うことになりました。その額は5億とも言われています。借金によって追い詰められたことで何を考えたのかはわかりませんが、この頃から鈴木嘉和は変わり始めます。

自身を冒険家と称して数々の騒動を起こす

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鈴木嘉和は借金に苦しむようになってから自身を冒険家と称するようになります。風船で太平洋を横断するという計画はこの頃から持ち上がっていたようで、横断を成功させることで借金を返すと債権者にも話していたようです。まさにそれがファンタジー号事件となるわけですが、それを行うまでに数々の騒動を巻き起こしています。

横浜博覧会で騒ぎを起こしたり、風船で空を飛んだは良いものの民家に不時着してしまったりと様々な騒動を起こして世間を騒がせました。しかしそれにより鈴木嘉和は風船おじさんと呼ばれるようになり、世間にもその存在を認知されていったのです。今でも風船おじさんとして語り継がれるのは、このような騒動を起こしたおかげともいえるでしょう。

風船おじさん(鈴木嘉和)の家族構成

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風船で太平洋を渡るという無謀なことを考える風船おじさんですが、実は既婚者です。家族がいながら無謀な挑戦をしようとしていたわけですが、ここでは風船おじさんの家族について解説していきます。

妻の石塚由紀子

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風船おじさんの家族としてまず挙げられるのが妻の石塚由紀子です。風船おじさんよりも1歳年上で同じ高校に通っていた石塚由紀子ですが、風船おじさんがヤマハを独立してから仕事で関わることが多くなっていったようです。そしてそのまま結婚して家族となりました。ちなみに風船おじさんはこれが三度目の結婚です。

石塚由紀子はピアニストとして活躍していました。風船おじさんがピアノの調律師だったのですから2人が結婚するのは自然なことでしょう。石塚由紀子にとって風船おじさんは2人目の結婚相手です。一度結婚しており離婚したのでしょう。そして風船おじさんが事件を起こしてから数年後、石塚由紀子は三度目の結婚をします。

しかしその後すぐに病気を患っており他界しています。今は天国で風船おじさんと一緒に過ごしているのかもしれません。

継子の石塚富美子

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石塚由紀子は再婚だったのですが、風船おじさんと結婚したときには連れ子がいました。これが石塚富美子です。母親がピアニストだったことも影響しているのでしょう。石塚富美子はバイオリン奏者として活躍しています。また、女優業も行ったことがありNHKのドラマにも出演を果たしているのです。

継子ですので風船おじさんとの血縁関係はありませんでしたが、事件を起こしたときには家族として生活していました。娘として父親の挑戦のことについて何を思っていたかは定かではありませんが、今となっては引き止めるべきだったと後悔しているかもしれません。

しかし実際にどのような感情を持っており、どのような関係性だったのかは家族にしかわからないことです。

富美子の他に2人の娘

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石塚由紀子が再婚したときの連れ子は石塚富美子だけではありません。他にも2人の娘がいたため風船おじさんは再婚したことで一気に三姉妹の父となったのです。当然、この2人と風船おじさんに血縁関係はありません。他の娘2人も音楽関係の道に進んでおり、ある時期には母と4人でグループを結成しています。

母と4人で結成したグループでは賞も受賞しており、国内だけでなく海外での活動も行っていました。それほど実力派のグループだったのです。また、風船おじさんにも実子は存在します。しかし別れた妻との間に生まれた子供であり、事件が起きたときには一緒に暮らしてはいなかったとのことですので元妻と暮らしているのでしょう。

風船おじさんと実子との関係は明らかにされておらず、会うことができていたのかすらわかっていません。

風船おじさんの略歴

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風船おじさんといえばファンタジー号事件ですが、そこに至るまでにどのような経歴を辿っていたのでしょうか。今でも人々の記憶に残る風船おじさんが、なぜ無謀な挑戦をしようと考えたのか、その答えが経歴の中にも隠されています。

事件の真相は本人にしかわからないことではありますが、おおよそを予想することは可能です。さっそく風船おじさんの略歴を解説していきましょう。

数々の事業失敗で借金苦に陥る

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風船おじさんは音大を卒業後、調律師をしていました。しかしその後会社を退職し起業します。野心家だったのかもしれません。まず最初に立ち上げたのは音楽教材を販売する会社です。この仕事を手伝っていたのが再婚することになる石塚由紀子となります。そしてさらに他の事業にも手を出していきます。

音楽サロンを経営し始めたかと思えば雀荘、パブなど様々なものを経営し始めるのです。これだけ様々なものに手を広げたということはそれなりに儲かっていたのでしょう。しかし世の中そう甘くはありません。次第に経営は悪化していきます。そして最終的には事業は失敗しました。経営していたお店は閉店、音楽教材を売る会社は倒産したのです。

そして全ての事業に失敗した風船おじさんに残ったものは借金だけでした。それは総額5億円とも言われています。とても簡単に返済できる金額ではなかったのです。

横浜博覧会で騒動を起こす

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会社が倒産する1年前、風船おじさんは横浜博覧会で騒動を起こします。横浜博覧会にて風船おじさんはテナントを出します。しかしなかなか人が集まりません。それはテナントに問題があったというよりも博覧会自体に人が集まらなかったからです。そこで風船おじさんは着ぐるみを自分で作り、それを着てサイン会などを行っていました。

少しでも博覧会に人が集まるように、また自分のテナントの集客のために様々な工夫をしたのです。実は博覧会に人が集まらないのは明確な原因がありました。駐車場がなかったのです。駐車場がなければ車を停めるスペースがないため行きたくても行けないという状況ができてしまいます。しかし実は近くに駐車場自体は存在していました。

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その駐車場は業務用の駐車場でした。団体バスが駐車するために確保してある、バス専用の駐車場だったのです。しかし当時その駐車場は半分ほどは空いていたため、風船おじさんはそこを解放するように求めました。しかし博覧会協会は首を縦には振りません。客がまったくいないにも関わらず何の対策も取ろうとしなかったのです。

風船おじさんとしては売り上げを上げたいという目論見もあったのでしょう。そこである手段を使って抗議をしようとします。これがその後、大きな問題となってしまいました。会場の近くには鉄塔があったのですが、風船おじさんは着ぐるみを着てそこによじ登りだします。そしてそこで7時間、篭城したのです。

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実は風船おじさんはそこで垂れ幕を出すつもりでした。そこには駐車場を開放して欲しい旨が書かれていたのですが、広げたその瞬間風に飛ばされてしまいそれを実現させることはできなかったのです。そして結局はレスキュー隊を呼ばれてしまい、風船おじさんは降りることになりました。

しかしその後、風船おじさんは協会と話し合い、博覧会の中で新たな催しを行います。実はこれがゴンドラに風船を取り付け、空を飛ぶというものでした。その高さは20メートルほどでしたが、おおむね好評だったようです。おそらくこれがその後、風船おじさんが挑戦を始めるキッカケとなった出来事となるのでしょう。

風船での実験飛行を試みるも失敗

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博覧会から1年ほど経ったとき、風船おじさんの会社は倒産することになります。実はそのとき、風船おじさんは債権者たちに風船で太平洋を横断すればお金を得ることができると話していました。おそらく博覧会のこともあって多くの人に興味を持ってもらえると考えたのでしょう。

しかしそれ以上にもしかしたら自分自身が楽しかったのかもしれません。風船で空を飛ぶことに本格的に取り組むようになった風船おじさんですが、また騒動を起こしてしまいます。実験のつもりだったのでしょう。ゴンドラに風船を取り付け、風船おじさんは多摩川から飛行を始めます。

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最初は順調に飛んでいたのですが、途中でおもりがはずれてしまいます。これによりゴンドラは急激に上昇してしまい、高度が高過ぎる状態に陥ってしまいました。そこで風船おじさんは風船を一つ切り離します。しかしこれにより今度は高度が下がり続けてしまいました。

結局ゴンドラは東京にある民家の屋根に不時着することになりました。飛び出した地点から24キロも離れた場所だったようです。最後はトラブルもありましたが、ある程度は飛行できていたということになります。しかし実験自体は失敗ですので、この時期からマスコミは風船おじさんから離れていくことになったのです。

風船おじさんのファンタジー号事件とは

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風船おじさんを語る上で欠かせないのはファンタジー号事件です。この事件が最後となり、風船おじさなんは行方不明となってしまいました。真相が今でもはっきりしないところもあるため、風船おじさんの最後がどのようなものだったのかわかっていない部分も多いです。

ファンタジー号事件の真相は今でもはっきりわかりませんが、まずは事件の経緯を解説していきましょう。なぜファンタジー号事件を最後に風船おじさんは行方不明になってしまったのか、しっかり確認しておいてください。

上昇飛行実験の名目で行われた

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ファンタジー号事件はゴンドラに風船を取り付け、そのまま太平洋を横断してアメリカに行く挑戦をしていたときに起きた事件のことです。今でも考えられないような話ですが、当時からも無謀な挑戦と言われていました。ちなみにファンタジー号とは実際に飛行する乗り物につけられた名前です。

ファンタジー号事件の始まりは意外な形から始まりました。このような挑戦をするときは多くの人に応援されながら飛び立つものですが、ファンタジー号は上昇飛行実験の最中に急に太平洋横断へと旅立っていったのです。実は風船おじさんがアメリカまで飛行するためには運輸省からの許可が必要でした。今で言う国土交通省です。

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ゴンドラに風船を取り付けた乗り物は安全ではないと判断されたため、運輸省からの許可は得られませんでした。だからこそ風船おじさんは上昇飛行試験中に突然、太平洋横断へと旅立ったのかもしれません。最初は200メートルほど上昇して実験は終わるつもりでした。しかし風船おじさんはその実験を終えると、突然行動を開始します。

太平洋横断を強行

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実験を終えた風船おじさんは突然、ファンタジー号を繋いでいたロープを外し始めます。今でも語り継がれるファンタジー号事件の始まりです。周りが何をしているのか問うと、風船おじさんは平然とアメリカに行くことを告げたようです。周りには大学教授やマスコミがいたのですが、その人たちの制止を振り切り風船おじさんは準備を続けます。

そして運輸省の許可もないまま、無理矢理風船おじさんはファンタジー号で空に旅立っていったのです。実はこのときの真相については様々なことが言われています。風船おじさんが消息を絶ってから週刊誌が事件の真相としてある記事を出します。それはマスコミが風船おじさんを煽ったのではないかという記事です。

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週刊誌が語る真相としてはマスコミが試験中にそのまま太平洋横断を目指すことを後押ししたという真相でした。それが真相かどうかは今でもわかりませんが、マスコミ側はこれを否定しています。そのような噂が出るほどファンタジー号事件は世間の注目を集めた事件ということです。

翌朝の電話を最後に音信不通

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風船おじさんは携帯電話を所持していました。ファンタジー号が旅立ってからマスコミが風船おじさんに電話をかけます。このとき少しガスが漏れていたようですが、問題はないと風船おじさんは返事をしたようです。風船おじさんが出発したのは16時頃でしたが、22時頃になると今度は家族に電話をします。

海にまで辿り着いたことや、風船に少し異常が見つかったことなどを話したようです。その後も何度も電話がかかってきたのですが、朝の6時にかかってきた電話が最後の電話となってしまいました。そのとき風船おじさんは朝焼けが綺麗だと妻に伝えたようです。

ファンタジー号音信不通のその後

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ファンタジー号事件は音信不通になって終わりというわけではありません。その後の展開がまだ存在します。このときの真相も不明なところが多いのですが、ここでは今わかっている事実を解説していきましょう。どのような経緯で風船おじさんは行方不明となったのでしょうか。

風船おじさんからSOS信号の発信

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音信不通になった日の深夜、風船おじさんはSOS信号を発信しました。今でもこのときに何があったのか真相はわかりませんが、SOS信号が発信されたことだけは間違いありません。音信不通になった時点で消息不明になったわけではなく、この時点では消息はわかっていたのです。

捜索機による追跡

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SOS信号を受信した海上保安庁は捜索機によりファンタジー号を探し始めます。そしてその日の早朝にファンタジー号と風船おじさんは発見されます。宮城県沖、800キロ地点の海上に風船おじさんはいました。おそらく音信不通になったのは携帯電話の電波の受信範囲を超過したためと考えられます。

無事と判断し捜索機の追跡終了

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ファンタジー号を発見した海上保安庁はそのまま風船おじさんを見守ります。このとき風船おじさんは海上に向かって手を振っていたようです。そしてその後、SOS信号をやめました。海上保安庁はその後も監視を続けますが、風船おじさんが荷物を捨てるなどして自らの意思で高度を上げていたことを確認したため、ある判断をします。

まだ挑戦を続ける意思があると判断して監視を終えたのです。3時間の監視の中でそのような判断をしたのですから、本当に風船おじさんにはその意思があったのでしょう。しかしその真相は風船おじさんにしかわかりません。そしてその後、風船おじさんの消息はわからなくなってしまうのです。

風船おじさん行方不明のその後と今

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今でも真相がわからないファンタジー号事件ですが、風船おじさんのその後と今について解説していきましょう。風船おじさんは今どうしており、家族や世間ではどのように取り上げられているのでしょうか。

失踪宣告により死亡扱い

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風船おじさんの真相としてわかっていることは失踪宣告されたことだけです。遺体は確認されていませんが、7年以上行方不明となることにより日本の法律では死亡扱いとなります。家族が7年経っても失踪宣告の手続きを行わなかったため7年で死亡扱いになったわけではありませんが、今では手続きが行われ受理されました。

遺体が見つかっていないことを考えれば絶対に死亡しているとは限りません。借金もあったためどこかに不時着して身を潜めている可能性もあります。しかし状況を考えればやはりその可能性は低いでしょう。飛行中にトラブルがあり、そのまま亡くなってしまったと考えるほうが自然です。

確実な真相とはいえませんが、今現在の法律上の扱いとして風船おじさんは亡くなっています。

遺体発見のデマが流れる

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一時期、風船おじさんの遺体がアラスカで見つかったという話が広まりました。しかしこれはデマです。今でも風船おじさんの遺体は発見されていません。

風船おじさんの遺体が今でも発見されていないことを考えれば、今度も発見される可能性は低いでしょう。見つかったとしても可能性があるのは生存している姿となりますが、その可能性も低いと言わざるを得ません。

マスコミで度々取り上げられる

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風船おじさんはマスコミで度々取り上げられました。ファンタジー号で太平洋横断に挑戦したときは、それまで離れていたマスコミも風船おじさんのことを毎日のように報道していたのです。このことにより風船おじさんの名前は多くの人が知ることになりました。しかし日が進むごとに報道の数は減っていったようです。

先述しましたが、その後にある週刊誌が事件の真相としてファンタジー号事件を取り上げることもありました。テレビ局が挑戦を煽った疑いがあるという記事を書いたのです。しかしこれが真相であるかどうかということは今でもわかっていません。テレビ局はその事実を否定しています。

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事件後、風船おじさんのドキュメンタリーがラジオで放送されたこともありました。また、お笑い芸人が風船おじさんのことをギャグにしたこともあります。それだけ風船おじさんは強いキャラクターで、奇怪な行動をとる人間として多くの人に周知されていたということでしょう。

風船おじさんを題材にした作品も

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風船おじさんのことを題材にした作品も事件後に誕生しました。先述したドキュメンタリーもその一つと言えるでしょう。他にも作家である山崎哲が風船おじさんをモデルにした作品を書き、これは実際に舞台でも上演されました。他にも音楽の歌詞の中に風船おじさんという言葉が出てくる作品も存在します。

風船おじさんは多くの人に愛されていたのでしょう。奇怪な行動だと顔をしかめる人もいたかもしれませんが、面白いことをする人だと笑っていた人もいたはずです。強引なところや無謀なところはありましたが、なぜか憎めない人といえる存在だったのです。

風船おじさんはどこへ?今も真相はわからぬまま

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風船おじさんが今どこにいるのか、真相はわからないままです。生きている可能性もゼロではないため、もしかしたら風船おじさんを将来テレビで見かける日が来る可能性もあります。ただしあまりにも風船おじさんの行動は無謀なことですので真似だけはしないようにしましょう。

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