佐田啓二の死因は事故?結婚した妻・息子・娘や出演映画を紹介【画像あり】

佐田啓二は昭和を代表するイケメン俳優であり、若くして亡くなられたことでも有名です。またベテラン俳優・中井貴一が息子であることも、ご存知の方は多いのではないでしょうか。そんな佐田啓二の出演映画を振り返り、死因と言われる事故と妻や息子、娘を画像と共に紹介致します。

佐田啓二の死因は事故?結婚した妻・息子・娘や出演映画を紹介【画像あり】のイメージ

目次

  1. 1佐田啓二のプロフィール
  2. 2佐田啓二37歳で事故死!死因は?
  3. 3佐田啓二の妻と子供は?
  4. 4息子・中井貴一の父への思いと関係
  5. 5佐田啓二の死因は事故死…息子に大きな影響を与えていた

佐田啓二のプロフィール

・愛称(芸名):佐田啓二
・本名:中井寛一
・生年月日:1926年12月9日 
・現在年齢:37歳没
・出身地:京都市
・血液型:A型
・身長:171.2cm
・活動内容:俳優
・事務所:松竹大船撮影所
・家族構成:妻、娘(中井貴恵)、息子(中井貴一)

不死鳥(1947)で映画デビュー

佐田啓二は木下恵介監督の、戦前~戦後の鎌倉、軽井沢を舞台にした恋愛ストーリー、『不死鳥』で1974年に映画デビューしています。主演は田中絹代、佐田啓二、小杉勇、山内明です。

デビュー作でいきなり大スターだった田中絹代の相手役として抜擢され、注目を浴びました。またイケメンかつ演技力があったことから、デビュー作で一気にスターの地位を獲得します。

佐田啓二は当時21歳、相手役の田中絹代は当時38歳という、奇抜なキャスティングであったことでも話題になった映画でした。新人でありながら、大スターにも負けない、佐田啓二の堂々たる演技も評判を呼んだそうです。

『君の名は』が大ヒット

佐田啓二の人気を決定的なものとしたのは、1953年に公開された『君の名は』です。この作品で岸恵子と共演し、名実共にトップスターの地位につきました。もともとは、NHKラジオで放送されたラジオドラマであり、その後、映画化、テレビドラマ化、舞台化もされています。

物語の舞台は終戦直後の銀座・数寄屋橋(すきやばし)です。出会った男女が互いに名も明かさず、半年後の再会を約束して別れるところからはじまります。様々な障害からなかなか出会うことが叶わず、愛し合っているのに結ばれない、という悲恋の物語です。

甘く知的な風貌に憂いをしのばせた演技は、世の多くの女性が魅了されました。映画ポスターの画像からでも、その憂いを帯びた雰囲気が伝わってきます。ちなみに、2016年に公開された新海誠監督の『君の名は』とは、全く別のストーリーです。

当時のイケメン画像はある?

こちらの画像からも分かるように、当時としては珍しい、彫りの深い顔立ちです。さらに知性が漂う雰囲気も世の多くの女性を虜にしたことでしょう。画像でこれほどのイケメンということは、映画などの動く映像で見た佐田啓二は、さぞかし魅力的だったのではないでしょうか。

佐田啓二の代表作

佐田啓二は上記の2作品を含め、100作品以上に出演しています。代表作としては、プロ野球選手のスカウト合戦を題材にした小林正樹監督の問題作『あなた買います』や、灯台守夫婦の半生を描いた『喜びも悲しみも幾歳月』、東京のストリッパーが田舎に里帰りしたことで起こる騒動をコミカルに描いた『カルメン故郷に帰る』があります。

また小津安二郎監督の作品にも多く出演されています。代表作として、父親の「老い」と「孤独」をテーマに描いた『秋刀魚の味』や、小津監督にとって初のカラー作品となる『彼岸花』、再婚話に揺れる母と娘の様子を描いた、晩年の代表作『秋日和』などに出演されています。

またファンの間では小津作品でこそ、自然体の佐田啓二が見られると評価されていました。このように、多数の作品に精力的に出演しながら演技力を磨き、昭和を代表する名俳優への道を着実に歩んでいきました。

佐田啓二37歳で事故死!死因は?

名優としての活躍が期待され、これからというときに佐田啓二はこの世を去ることとなりました。イケメンな俳優として人気を博し、また魅力的な演技で数々の作品に出演してきた佐田啓二の死因とはどういったものだったのでしょうか。

夏休みの痛ましい交通事故

お盆を利用して信州蓼科高原にある別荘に避暑休みに訪れていた佐田啓二は、NHKドラマ『虹の設計』の収録に参加するために、妻を残して1人で東京に戻ることになります。しかし東京に戻る途中、車が事故を起こして帰らぬ人となりました。

死因が事故であることや、まさにこれからであった俳優の死ということも重なり、突然訪れた佐田啓二の死は世間に衝撃を与えました。

佐田啓二の死因は?

佐田啓二の死因は、上記の通り自動車事故です。事故のあった1964年は8月13日から夏休みを兼ね、妻と信州蓼科高原の別荘に避暑に訪れていました。

しかし8月17日、帰京する途中で佐田啓二が乗っていた車が事故を起こしました。その内容は前方車を追い越そうとした際に塩川橋の欄干に衝突したというもので、さらにその後別の乗用車へも衝突するという大事故となりました。

佐田啓二は、すぐに韮崎市立病院に運ばれましたが、この事故で頭の骨と右腕を骨折し、亡くなっています。最終的な死因は分かりませんが、頭の骨を折っていたということですので、病院に着いた時には手遅れだったのかもしれません。事故のあった17日の午前11時過ぎに死去されています。享年は37歳でした。

佐田啓二の葬儀は、8月22日午後2時より青山葬儀場にて行われ、芸能関係者や一般のファンなど1,000人近くが参列されたそうです。この参列者の数からも、若き名俳優の早過ぎる死がどれほど惜しまれたかを伺い知ることができます。佐田啓二の墓所は、デビュー作『不死鳥』で共演された田中絹代と同じく、鎌倉・円覚寺にあります。

佐田啓二の妻と子供は?

佐田啓二は一般女性である杉戸益子さんと結婚し、娘と息子の二人の子供を授かっています。お相手が一般人ということもあり公開された情報は少ないようですが、お二人には素敵な馴れ初めのエピソードがありました。

妻の中井益子との馴れ初め

1957年02月28日、月ヶ瀬主人の姪・杉戸益子と佐田啓二は結婚しました。妻となる杉戸益子は、松竹大船撮影所前にあったレストランの看板娘だったそうです。息子の中井貴一曰く、佐田啓二と杉戸益子は二人とも京都出身であり、京都弁が話せることに懐かしさを感じ、引き寄せられるように食堂に通ったそうです。

かの小津安二郎監督もこのレストランの常連であり、杉戸益子は小津監督のお気に入りで、身の回りの世話を一手に引き受けてもいたそうです。そんな関係から小津監督は2人の結婚式で、同じく映画監督の木下恵介と共に仲人まで務められたそうです。

子供は娘一人と息子が一人!

佐田啓二の娘はエッセイストであり女優の中井貴恵、息子は俳優の中井貴一です。中井貴恵は、中井貴一より4歳年上の姉になります。

長男はベテラン俳優の中井貴一

佐田啓二の息子は、1983年にTBS系で放送された『ふぞろいの林檎たち』で、主演をつとめたことでも有名な、ベテラン俳優・中井貴一です。歳を重ねるにつれ、父親である佐田啓二に似てきたと姉である中井貴恵も語っています。画像からもイケメンのDNAをしっかり引き継ぎ、とても似ていることがわかります。

息子・中井貴一の父への思いと関係

まだ幼い頃に父親を亡くした中井貴一ですが、現在は父親と同じ俳優の世界の第一線で活躍し続けています。ここからは、中井貴一の佐田啓二への思いや関係性についてをご紹介します。

父の17回忌の法要でスカウトされる

佐田啓二の17回忌の法要の際、息子・中井貴一は映画監督・松林宗恵にスカウトされます。息子・中井貴一も当時から父親譲りのイケメンだったようです。本格的に俳優としての活動を開始したのは成蹊大学在学中で、1981年公開の松林監督の映画『連合艦隊』への出演でデビューし、同作品で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞しました。

中井貴一はデビュー作となる映画『連合艦隊』の仕事が来たとき、初めは断ろうとしたそうです。しかしその一瞬、父親・佐田啓二が憑依し「やります」と言わせた、と語っています。父親と同じ俳優の道に進んだことは佐田啓二の導きのようでもあり、その後の活躍を見ても運命と言えるのかもしれません。

父の死でトラウマになったこととは

当時3歳にもなっていなかった中井貴一にとっても、父親である佐田啓二の事故死は大きなショックを与えたようです。幼くして父親の死に直面するという悲しい経験が、中井貴一にとって年齢に対するトラウマ、因縁を抱くきっかけになってしまったというのは有名な話です。

中井貴一のターニングポイントとは

中井貴一は父親の佐田啓二が亡くなった37歳で、自分の人生も終わりを迎えるのではと思っていたそうです。そのため、37歳という年齢を自分自身のターニングポイントと考えていました。

そんな自身が若くして亡くなった父親の年齢を越えたことで、それまでの独身生活と決別したのだと言います。2000年、39歳の誕生日を区切りに結婚されたことは、幼い頃から抱いていたトラウマを乗り越える第一歩だったのではないでしょうか。

佐田啓二の死因は事故死…息子に大きな影響を与えていた

佐田啓二の生前を振り返り、死因と言われる事故や結婚した妻、息子・娘を画像と共にご紹介しました。佐田啓二はイケメン俳優として華々しくデビューし、順調すぎるとも言える人生を歩みました。しかしこれからという時に不運な事故によって亡くなっています。

その意志を引き継ぐかのように、息子の中井貴一も同じ俳優としての道を選び、現在も俳優として立派に活躍を続けています。また佐田啓二は生前、映画製作など俳優業以外にも興味を示していたそうです。

息子・中井貴一は父の目指した映画のプロデュースも行うなど、まるで父親・佐田啓二の意思を受け継ぐように幅広い活動をしています。佐田啓二のイケメンすぎる面影だけでなく、俳優・プロデューサーとしての素質も受け継がれたのかもしれません。そんな中井貴一の活躍に、今後さらに注目です。

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