吉田純子の生い立ちから死刑執行まで!子供たちの現在は【画像】

久留米看護師保険金殺人事件は、看護婦が凄惨な殺人を行った事件です。吉田純子元死刑囚が殺人鬼となった原因を知るべく、吉田純子元死刑囚の子供の頃からの生い立ちや死刑が執行されるまでの過程を画像を交えながら探ります。また、残された娘たちの現在についても解説します。

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目次

  1. 1吉田純子とは
  2. 2吉田純子元死刑囚の生い立ち
  3. 3久留米看護師保険金殺人事件の経緯
  4. 4久留米看護師保険金殺人事件のその後
  5. 5吉田純子の異常な金への執着が事件を引き起こした

吉田純子とは

2001年に発覚した久留米看護師保険金殺人事件は、看護師という聖職に就く女性たちが金目当ての凄惨な殺人を行ったことが報じられ、世間を震撼させました。この保険金殺人事件に関わった吉田純子元死刑囚とは、一体どのような人間なのでしょうか。詳しいプロフィールや生い立ちを見ていきます。

久留米看護師保険金殺人事件の主犯格

久留米看護師保険金殺人事件は、主犯格の吉田純子元死刑囚とその子分の石井ヒト美、池上和子、堤美由紀の4名の看護師が共謀して、2人の男性を殺害した事件です。殺された男性2人は池上和子と石井ヒト美の夫で、吉田純子元死刑囚らは多額の保険金を手にしました。

吉田純子の画像やプロフィール

吉田純子元死刑囚は、1959年に福岡県に生まれました。1975年に私立佐賀女子高校衛生看護科入学し、1979年に聖マリア看護専門学校(現在の聖マリア学院短期大学)へ進学します。この聖マリア看護専門学校時代に、後の久留米看護師保険金殺人事件の共謀者となる、石井、池上、堤の3人と知り合っています。

吉田純子元死刑囚は、専門学校を卒業した後22歳の時に結婚して三人の娘をもうけています。その後看護婦として働く一方で、裏では同じ看護婦の仲間を操って殺人事件を犯し多額の保険金を手にしました。久留米看護師保険金殺人事件は、『世界仰天ニュース』や『実録!マサカの衝撃事件』で特集され、吉田純子元死刑囚の当時の画像が放送されました。

2016年に死刑執行

看護婦としての薬物の知識と驚異的な人心掌握術により、吉田純子元死刑囚が行った恐ろしい殺人事件は事故として処理されました。しかし、罪の意識に苛まれた共犯者の石井ヒト美が2001年8月に警察に出頭し、自らの罪を告白します。

石井ヒト美の取り調べを行う中で、吉田純子元死刑囚、池上和子、堤美由紀の罪も明らかになり、2002年4月に彼女らも逮捕されました。

2004年の第一審で、主犯格の吉田純子元死刑囚に死刑、堤美由紀に無期懲役、石井ヒト美に懲役17年の判決が下ります。池上和子は、判決が下る前にガンで死亡して公訴棄却となっています。吉田純子元死刑囚は控訴しましたが2008年の最高裁で死刑が確定し、2016年に死刑が執行されました。

吉田純子元死刑囚の生い立ち

元死刑囚の吉田純子元死刑囚が後に大きな犯罪を犯すようになったのは、彼女の生い立ちにも要因があります。吉田純子元死刑囚は、1959年7月10日に福岡県山門郡三橋町(現在の福岡県柳川市)で第一子として誕生しました。

吉田家は父親と母親、弟の4人家族で、父親はかつては自衛隊に勤めていましたが、純子が物心つく前には除隊して自動車の修理工の仕事をしていました。

貧困家庭に生まれる

父親の自動車修理工の仕事はうまく軌道に乗らず、母親が内職や家政婦の仕事に出ていましたが家計は苦しいままだったのです。吉田純子元死刑囚は子供の頃バレエに興味を持っていましたが、吉田家には生活以外に使える余分なお金もないため、レッスンに通うこともできませんでした。

子供時代に家庭が貧しくて自分の望みが叶えられなかったという生い立ちが、後に吉田純子元死刑囚が人一倍お金に執着を抱く原因となりました。

弟と比較されて育つ

吉田純子元死刑囚には4歳下の弟がいました。弟は勉強もスポーツもよくできる優秀な子だったので、母親は兄弟二人を比較して弟ばかりを可愛がりました。娘の吉田純子元死刑囚に対しては厳しい態度を取り、いたずらをした純子に対して容赦なく体罰を与えることもありました。

幼少期の貧困や親からの愛情不足という悲しい生い立ちが、お金に執着し簡単に人に嘘をつくような性格を形成しました。

金を騙し取り高校を停学処分

1975年に私立佐賀女子高校衛生看護科に入学した吉田純子元死刑囚ですが、高校2年生の時に「友人が妊娠して子供ができたので中絶するための費用が必要」と訴えて、クラスメイトからお金をだまし取ることに成功します。翌年にも同じように「中絶費用のお金をカンパして欲しい」と訴えますが、2度目は嘘がばれて失敗します。

このことで吉田純子元死刑囚は2か月の停学になり、正看護師の資格を得ることができませんでしたが、全く反省した様子はみられませんでした。

高校時代に形成された虚言癖

中絶費用という名目でお金をだまし取ることに成功したため、吉田純子元死刑囚はその後も虚言を重ねていきます。高校の野球部のエースや会社の社長の子息と付き合っているという、すぐにばれるような嘘をついたり、友達同士の悪口を吹き込んで仲違いさせるように仕向けたりしました。

看護学校へ入学

高校時代に2か月間の停学になり、准看護師の資格しか取れなかった吉田純子元死刑囚は、就職の道を選びました。しかし1979年には、聖マリア看護専門学校へ入学して正看護師の資格を取得します。この看護専門学校で、後に久留米看護師保険金殺人事件の共謀者となる3人の仲間と出会います。

結婚後に子供が3人いる

看護婦の資格を取った吉田純子元死刑囚は、1981年に7歳年上の自衛官の男性と結婚します。娘を3人授かりますが、結婚直後から夫婦仲は冷めきっていました。後に吉田純子元死刑囚と夫は、夫の祖母と同居して彼女の養子となり、土地を相続することに成功します。夫婦仲の悪さからも、もともと遺産目当ての結婚であった可能性も伺えます。

久留米看護師保険金殺人事件の経緯

久留米看護師保険金殺人事件は、暗い生い立ちを抱えた吉田純子元死刑囚という女性が起こした恐ろしい事件です。吉田純子元死刑囚は、看護婦の仲間たちを事件のためにいいように利用しました。共謀者となる看護婦仲間の3人は、どのように吉田純子元死刑囚もの毒牙にかかっていったのでしょうか。

発端は同級生の堤美由紀との再会

1990年に、養子となった祖母の土地を相続することに成功した吉田純子元死刑囚は、同時期に堤美由紀に接近しはじめます。堤美由紀の住むアパートにたびたび押しかけ、美由紀が働く病院に吉田純子元死刑囚も勤め始めることになります。堤美由紀は独身でしたが不倫の真っ最中で、不倫相手とは別れたいと悩んでいました。

その弱みに付け入った吉田純子元死刑囚は、「私のバックには政界や財界に顔が利く先生がいる」と、いもしない先生を持ち出して堤美由紀の不倫を清算することを請け合います。ところが、偶然にも堤美由紀の不倫相手が姿を消したため、美由紀は吉田純子元死刑囚の力を信じてしまいました。

ここから吉田純子元死刑囚による堤美由紀への洗脳は加速し、自分の家に住まわせて彼女への支配を強めていきました。

しかし、看護婦仲間の女性との不自然な同居に疑問を抱いた吉田純子元死刑囚の夫は、1992年に家を出ていきました。夫との別居が始まってから、吉田純子元死刑囚の堤美由紀への支配は一層に強まり、美由紀に対して肉体関係を強要するようになりました。

堤美由紀は同性愛者ではないため拒否しましたが、吉田純子元死刑囚からアメとムチのように優しい言葉と罵倒を繰り返される中で心が弱っていき、純子との行為を受け入れるようになりました。

吉田純子と同級生3人の主従関係

堤美由紀を完全に支配下に置いた吉田純子元死刑囚は、次は看護婦仲間であった石井ヒト美と池上和子に狙いを定めはじめます。1994年に石井ヒト美に接触した吉田純子元死刑囚は、ありもしない石井ヒト美の夫の借金や不倫のデマを吹聴しました。

ここでまたしても架空の「先生」を持ち出して、石井ヒト美からトラブルの解決金として750万円もの大金を巻き上げることに成功します。

1996年には池上和子に接近し、かつて吉田純子元死刑囚と池上和子がいじめた看護婦が和子を恨んでいるという嘘の話をでっちあげます。吉田純子元死刑囚の巧みな嘘に騙された池上和子は、トラブルの解決金として2800万円を純子に支払いました。

トラブルを解決してもらったと思い込んだ、堤美由紀、石井ヒト美、池上和子の3人は、吉田純子元死刑囚を崇拝するようになりはじめるのです。

同級生3人と共謀し殺害を計画

吉田純子元死刑囚の行動はエスカレートし、1998年には堤美由紀、石井ヒト美、池上和子の3人と共謀して保険金殺人を計画することとなりました。

同級生(池上和子)の夫を殺害

吉田純子元死刑囚が最初のターゲットに選んだのは、池上和子の夫でした。吉田純子元死刑囚は、「池上和子の夫が他の女と不倫をしていて、和子と子供たちに多額の保険金を掛けて殺そうとしている」という嘘をつきます。吉田純子元死刑囚の話を信じた池上和子は、夫の殺害を決意します。

睡眠薬で和子の夫を眠らせてカリウム製剤を注射しますが、一度目の試みは失敗に終わりました。二度目には、眠らせた和子の夫にカリウム注射に加えて空気注射を行い、殺害に成功します。池上和子の夫の死は病死として処理されて、3500万円の保険金がおりました。

同級生(石井ヒト美)の夫を殺害

池上和子の夫を殺害し多額の保険金を回収することに成功した吉田純子元死刑囚は、次に石井ヒト美の夫の殺害計画をたてます。吉田純子元死刑囚は、「石井ヒト美の夫は実は多額の金銭トラブルを抱えていて、ヒト美の夫を殺害して保険金を得ようと考えている」と、またしても言葉巧みに嘘をつきます。

吉田純子元死刑囚のありもしないデマを信じ込んだ3人は、石井ヒト美の夫の殺害計画を実行します。

池上和子の夫の時とは手口を変えて、睡眠薬で眠らせた石井ヒト美の夫の鼻にチューブを差しこんでウィスキーを流し込み、急性アルコール中毒を起こさせました。ヒト美の夫は搬送先の病院で死亡し、二度目の殺人も誰にも疑われることなく事故として処理され、3300万円の保険金がおりました。

石井ヒト美の自首で事件発覚

看護婦としての知識を用いて、二度の殺人を病死に仕立てあげてまんまと保険金を手にした吉田純子元死刑囚ですが、次第に綻びが出てきました。吉田純子元死刑囚は2人の男性の殺害につづき、今度は堤美由紀の母親の殺害を画策したのです。

吉田純子元死刑囚は、堤美由紀に内緒で石井ヒト美に美由紀の母親の殺害を強要しますが、純子の過度な要求にヒト美はついていけなくなります。精神的に追い詰められてしまった石井ヒト美は、2001年8月に久留米署に出頭し自らの罪を告白して、久留米看護師保険金殺人事件が発覚しました。

久留米看護師保険金殺人事件のその後

石井ヒト美の自首により、吉田純子元死刑囚、堤美由紀、池上和子の罪も明らかになり、4人の看護婦は逮捕され裁判にかけられました。

騙し取った保険金は総額2億円

久留米看護師保険金殺人事件で手にした保険金と被害者の退職金を合わせると、総額で2億円にものぼりました。そのお金のほとんどは、主犯格である吉田純子元死刑囚の懐に入っています。

吉田純子に下された死刑判決

裁判にかけられた吉田純子元死刑囚は、2004年に一審で死刑を宣告されました。その判決を不服として上告しますが、棄却されて死刑が確定します。

共犯3人に下された判決

共犯者である3人の罪も確定しました。堤美由紀は無期懲役、警察に自首した石井ヒト美は懲役17年、池上和子は一審の判決前にガンで死亡しています。

吉田純子の娘たちの現在

吉田純子元死刑囚には、7歳年上の夫との間にもうけた3人の娘がいます。夫と別居後、吉田純子元死刑囚と3人の娘は久留米市内の高層マンションに暮らしていましたが、娘の世話は同じマンションに住む堤、石井、池上に任せていました。そのため母と娘の仲はあまり良くありませんでした。

1983年生まれの紀子、1987年生まれのエリ、1989年生まれのさやかは、現在では全員成人して年齢もアラサーになっています。吉田という苗字を捨てて、世間から隠れるように生きているという噂もあります。

「黒い看護婦」書籍・ドラマ化

世間を大いに騒がせた久留米看護師保険金殺人事件は、森巧により『黒い看護婦』というタイトルで書籍化されました。2015年にはフジテレビ系列にてドラマ化され、主犯の吉田純子元死刑囚を大竹しのぶが怪演しました。

吉田純子の異常な金への執着が事件を引き起こした

久留米看護師保険金殺人事件が起こった大きな原因に、主犯の吉田純子元死刑囚の生い立ちがあります。貧乏でやりたいこともできず、親にも愛されない子供時代を送った吉田純子元死刑囚は、金に執着し平気で人を騙すような性格になっていきました。

子供の頃に得られなかった幸せを求めるかのようにお金に執着した吉田純子元死刑囚は、二人の罪もない男性の命を奪う凄惨な事件を引き起こしてしまったのです。

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