平尾龍磨がイケメンに?脱獄理由や脱走ルート/逃走中の生活とは

愛媛県の刑務所から脱獄し、向島や広島で23日間の逃亡生活を送っていた平尾龍磨容疑者を取り上げます。脱走を決意した裏には刑務所でのいじめや妹の存在が挙げられています。逮捕後にイケメンになっていたと話題の平尾龍磨の刑務所での様子や逃走ルート、逃走生活を紹介します。

平尾龍磨がイケメンに?脱獄理由や脱走ルート/逃走中の生活とはのイメージ

目次

  1. 1平尾龍磨とはどんな人物?【イケメン画像】
  2. 2平尾龍磨が刑務所を脱走した理由
  3. 3平尾龍磨の脱獄から23日間の脱走ルート
  4. 4逃走中の平尾龍磨容疑者の生活
  5. 5平尾龍磨の現在
  6. 6平尾龍磨はあと半年の刑期を待たずに罪を重ねてしまった

平尾龍磨とはどんな人物?【イケメン画像】

刑務所や警察署から囚人や容疑者が脱走したという事件はたびたびニュースになります。この記事で紹介する平尾龍磨はどういったルートで逃走し、どのような逃亡生活を送っていたのでしょうか。

松山刑務所の模範囚だった

平尾龍磨が収監されていた松山刑務所の構外作業場である大井造船作業所は、日本では唯一の開放型刑務施設です。受刑者は作業場内にある寮で生活し、一般作業員と一緒に作業を行っています。寮には自由に出入りでき、部屋に鉄格子はなく施錠もされていません。一般に想像されている刑務所とは全く違うように見えます。

しかし、この大井造船作業場へ入るためには審査を通過し体力訓練を受ける必要がある上に、軍隊以上に厳しい生活規律があるため、中には一般刑務所に戻りたがる受刑者もいるようです。厳しい条件を満たした模範囚でなければこの大井造船作業場には入れないのです。平尾龍磨は2015年から服役し、2017年から大井造船作業場に移動していました。

刑務所を脱走し逃走生活を送っていた

平尾龍磨が刑務所から脱走したのは2018年4月8日の夜のことでした。先述した通り、大井造船作業場の寮は出入り自由で施錠されていない「塀のない刑務所」ですので、脱走自体はそれほど難しいことではなかったと見られています。平尾龍磨の脱走生活はこの後23日間続きます。

脱走後イケメンになったと話題に

平尾龍磨は脱走から23日後、4月30日に発見、逮捕されました。その時にニュースとなった画像がインターネット上で話題になりました。脱走時に公開されていた写真よりも、逮捕後の方がイケメンになっていたのです。

ややふっくらとした印象だった頬が引き締まり、精悍な顔つきに写っているからでしょうか。やつれている、汚れているといった印象ではなく、スポーツマンのようにも見える姿は、長い逃亡生活を送っていたとは思えない風貌でした。脱獄した容疑者という説明がなければ見分けがつかないほどのイケメンぶりでした。

過去にも脱走したことがあった

平尾龍磨が逮捕されたのは2013年の事です。実はこの時も、逮捕状が発行された後に逃走したことがあったのです。逮捕を恐れて逃げたものと見られていますが、この時も山の中で1か月ほど生活していたというのです。

昼間は山中に身を潜め、夜の警察の捜査が終わるころに山を下りて食料を調達していました。過去にも警察から逃走していた平尾龍磨にとっては、警察の捜索の目をかいくぐって逃げ回ることは難しいことではなかったのかもしれません。

平尾龍磨が刑務所を脱走した理由

大井造船作業場から脱走した平尾龍磨の、残りの刑期は半年ほどと見られていました。大井造船作業場は模範囚しか入れない厳しい施設であったため、ここでも模範囚として過ごしていた平尾龍磨の刑期はさらに短くなる可能性が十分あったようです。平尾龍磨がそのチャンスをふいにしてまで脱走を図った理由は一体何だったのでしょうか。

理由①刑務所内の人間関係

脱獄から見つかった後の供述によると、平尾龍磨は刑務所内の人間関係に悩んでいたようです。大井造船作業場内には受刑者で組織される自治会というものがあり、その自治会内の上下関係も厳しかったのだそうです。

平尾龍磨は3月と4月に規律違反を犯したためにこの上下関係の下部に落ちてしまったようです。またその件が原因で自治会長との関係が悪化したことも含め、刑務所内の人間関係に疲れ切っていたようです。

理由②刑務官からいじめを受けていた

平尾龍磨が脱走の理由として挙げた人間関係ですが、悩んでいたのは受刑者同士の人間関係だけではなかったようです。刑務官からも日常的にいじめを受けていたというのです。平尾龍磨は脱走前にも、周囲に刑務官に対する不満を言っていたそうです。

理由③妹に会いたい

平尾龍磨の逃走中、逃走原因の推測として挙げられた中でも一番有力だったのが、妹に会いに行ったのではないかという理由でした。窃盗やひったくりを繰り返していた平尾龍磨ですが、家族、特に妹のことをとても気にかけていたそうです。

脱走数か月前に、平尾龍磨の妹は交通事故に遭い重傷を負いました。平尾龍磨は事故の知らせは受け取りましたが、その後妹が回復しているという知らせは受け取っていなかったのではと見られていました。平尾龍磨の脱獄時にも、妹に会いに行ったのではないかと報道されていました。

平尾龍磨の脱獄から23日間の脱走ルート

1万5千人以上の捜査員と地元のボランティアが捜索にあたったにも関わらず23日間も逃げおおせていた平尾龍磨はどのようなルートで逃走し、どこに身を潜めていたのでしょうか。インターネット上では多くの推測ルートが挙げられましたが、実際に平尾龍磨が辿ったのはどのルートだったのでしょうか。時間を追って紹介します。

4月8日:松山刑務所大井造船作業場から脱獄

平尾龍磨は2018年4月8日、18時過ぎに寮の1階窓から脱走しました。先述したように、厳しい監視はされていない塀のない刑務所ですから、脱獄自体はそれほど難しいことではなかったようです。刑務所を出た平尾龍磨はこの後、近くの数件の民家から車や金品を盗み、そのまま向島へ向かいます。

覆面パトカーが多数集まっていることに気付いた平尾龍磨は、尾道水道近くで車を乗り捨てたあと、近くの民家から今度は自転車を盗み、見つけた空き家に潜伏します。

4月9〜24日:向島で過ごす

平尾龍磨は、脱獄した8日夜に向島に到着してから24日までの2週間以上を向島で潜伏して過ごしました。向島は小さな島なので、島民も普段から自宅を施錠しない人も多く、また空き家も多かったために非常に潜伏しやすい状況だったようです。

潜伏していた空き家に警察の捜査官が来たこともあったようですが、警察は屋根裏に隠れていた平尾龍磨を発見できなかったそうです。

4月24・25日:泳いで本州に渡る

連日のテレビ報道を見ていた平尾龍磨は、自分が向島に潜伏していることで向島の人たちに不安な思いをさせてしまっていると感じ、向島からの脱出を決意します。向島から出る道路は24時間体制での検問が続いていたため、平尾龍磨は別のルートを選ばざるを得ませんでした。泳いで渡ることに決めたのです。

向島から本州までは最短距離で200メートルほどで、目視もできます。しかし、この向島と本州を隔てる尾道水道はフェリーでさえ流されてしまうほどの激しい海流です。平尾龍磨は荒波と寒さに震えながら、ビニール袋に入れた服を体に括り付けて1時間かけて泳ぎ切ったと言います。

4月25〜30日:広島駅まで行く

命からがら本州へたどり着いた平尾龍磨は、バイクを盗んで広島駅付近まで移動します。ここでも民家の屋根裏に潜伏しますが、大胆なことにこの民家は空き家ではありませんでした。男性が住んでいたようですが、日中に数時間帰宅する以外は留守にすることが多かったため、平尾龍磨と鉢合わせすることがなく済んだとのことです。

4月30日:ネットカフェ店員が通報し逮捕

この後盗んだバイクで更なる逃走を図る平尾龍磨ですが、途中でガソリンが切れたために電車で広島駅に向かい、ネットカフェに入り3時間過ごします。ここで平尾龍磨に気付いた店員が警察に通報したのです。この後ネットカフェを出た平尾龍磨は、覆面パトカーの捜査員により逮捕されました。

逃走中の平尾龍磨容疑者の生活

23日間の逃走生活の末にイケメンになったと言われている平尾龍磨容疑者の逃走中の生活はどういった状況だったのでしょうか。向島での潜伏生活についてまとめます。

空き家に侵入し屋根裏で生活

刑務所から脱獄後、長い間潜伏していた向島はとても小さく平和な島です。最近では島外へ移住する人も多く、そのまま放置された家や果樹園も多くあるそうです。島民にも施錠意識はあまりなく、民家への侵入もたやすいことだったようです。平尾龍磨は空き家の屋根裏に住み着き、お供え物や干してあった衣類などを盗みながら生活していたのです。

屋根裏に生活用品を充備

平尾龍磨は逃走翌日に、ドラッグストアで食料を買い込んでいたことが判明しました。また、向島で潜伏していた空き家は別荘だったため家具等が備え付けられており、屋根裏に生活用品を持ち込んで生活していたようです。テレビも屋根裏に持ち込み、報道もチェックしていたと見られています。

平尾龍磨の確保に時間がかかった理由として、空き家の捜索には所有者の許可が必要となるためにすぐに調べられないという点が挙げられています。今後も同様の事態にならないよう改善が求められるでしょう。

もう一軒侵入していた

向島では、先述した別荘ともう一軒別の空き家に侵入、潜伏していました。平尾龍磨はこの空き家の近くで盗難車を乗り捨て、この空き家に侵入したと見られています。また、この空き家の付近から「車をお借りします。一切傷つけません」と手書きで書かれたメモが見つかっています。

平尾龍磨の現在

23日間にもおよぶ逃走生活の末に、平尾龍磨容疑者は逮捕されました。逮捕時の報道ではイケメンになっていたことが話題となりましたが、その後の平尾龍磨容疑者はどういった措置を受けているのでしょうか。

関西の刑務所で服役中

平尾龍磨容疑者は逮捕後に窃盗罪と逃走罪を問われました。懲役6年が求刑された裁判で懲役4年の判決を受け、現在は関西の刑務所で服役しています。

事件当時の心境を綴った手紙も

平尾龍磨容疑者の逮捕後、潜伏していた向島の別荘の屋根裏から平尾龍磨容疑者の手書きのメモが発見されています。そこには、刑務官からいじめを受けていることや刑務所内での人間関係に悩んでいることが長文で書かれていました。

また、逮捕後にあるジャーナリストへ宛てた手紙にも、逃走中での生活の詳細に加えて同様の悩みがつづられていました。ジャーナリストへ託したその手紙は14枚の便箋が文字でびっしりだったそうです。

平尾龍磨はあと半年の刑期を待たずに罪を重ねてしまった

平尾龍磨容疑者の逮捕により、向島には平穏な日々が戻りました。平尾龍磨容疑者の逃走中、傷つけられたり危険な目に遭うといった被害を受けた人はいなかったようですが、その逃走ルートにおいては自宅や車内を荒らされるといった被害は多くありました。

また、平尾龍磨は脱獄した理由として、身柄確保前から報道されていた妹に会いに行くためという理由に加え、刑務所内でのいじめがつらかったと供述しています。あと半年の刑期も耐えきれないと感じてしまうほど壮絶な環境だったものと想像されています。

どのような事情があったとしても、自らが犯した多くの窃盗という罪をしっかりと償い、脱走することなく刑期を終え二度と同じ過ちを犯さないことを心に決めて欲しいものです。

関連する記事はこちら

Thumb樋田淳也の逃亡から逮捕まで!生い立ちや逮捕歴に現在は
樋田淳也は事件の逮捕歴が過去に何度もあり、弁護士の目を盗んで警察から逃亡した際には世間から恐...
Thumb市橋達也の生い立ちから現在!家族の今は【リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件】
リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件の犯人である市橋達也は、2年7か月にもわたる逃亡のすえ、...
Thumb白鳥由栄とは!生い立ちや事件に脱獄方法まとめ【昭和の脱獄王】
白鳥由栄は「昭和の脱獄王」として知られる伝説の受刑者です。昭和11年から昭和22年にかけ、青...

関連するまとめ

Missing
この記事のライター
annacocoa
未経験ですが頑張ります。

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ