畠山鈴香の今現在!壮絶な生い立ちと事件の真相【秋田児童連続殺害事件】

秋田児童連続殺害事件で逮捕された畠山鈴香は、過去に心霊写真と言われたり寄せ書きに書かれた罵詈雑言などのいじめや父親の虐待など、壮絶な生い立ちを歩みました。この事件で畠山彩香ちゃんと米山豪憲くんが被害者となりました。畠山鈴香の判決や現在に至るまでをご紹介します。

畠山鈴香の今現在!壮絶な生い立ちと事件の真相【秋田児童連続殺害事件】のイメージ

目次

  1. 1畠山鈴香とは
  2. 2畠山鈴香の壮絶な生い立ち(虐待・いじめ・売春)
  3. 3秋田児童連続殺害事件の概要
  4. 4事件後の畠山鈴香の異常行動
  5. 5秋田児童連続殺害事件の裁判・判決
  6. 6秋田児童連続殺害事件のその後!畠山鈴香の今現在は
  7. 7畠山鈴香の壮絶な生い立ちが事件を引き起こした

畠山鈴香とは

畠山鈴香をご存知ですか。畠山鈴香は秋田児童連続殺害事件の犯人でした。秋田児童連続殺害事件では、2人の犠牲者が出てしまうこととなります。事件を起こした畠山鈴香は生い立ちがきっかけとなって、現在に至るのかもしれません。そのため、畠山鈴香容疑者の生い立ちから現在に至るまでを解説していきます。

また、畠山鈴香は「人を殺傷する事が一般常識で悪い事とは知っていますが、なぜ悪い事なのですか?」といった趣旨の言葉を残しており、この言葉に対して共感を寄せる人も多くいるようです。

畠山鈴香の壮絶な生い立ち(虐待・いじめ・売春)

秋田児童連続殺害事件に関わっていた畠山鈴香は、普通の幸せな生い立ちを送ってきたとは言い難い生活を強いられていました。畠山鈴香のように厳しい生い立ちを経験してきた人は、大人になっても自分の生い立ちを憎み続けます。その結果、大きな事件を起こしてしまう可能性も高くなるでしょう。

畠山鈴香がどのように育ってきたのか、その生い立ちを知ることで事件を起こしたきっかけを探ることができます。それでは畠山鈴香の生い立ちについてご紹介していきます。

父親に虐待されて育つ

畠山鈴香は小さい頃、父親から虐待を受けて育ちました。秋田児童連続殺害事件が起きた当時、報道陣に対して様々な発言を残している畠山鈴香ですが、そのいで立ちが異様だと感じた人もいたようです。それは、父親から虐待されていた生い立ちが関係しているのではないかと推測されています。

父親からは髪を引っ張られたり、殴る蹴るは当たり前で、一緒に暮らしていた母親や弟も父親を止めることができませんでした。そのことから、畠山鈴香は父親の暴力によって自分を強制的に抑制されていたのではないかと考えられます。その結果、異様とも取れるような雰囲気になってしまったのかもしれません。

小学生からいじめにあう

父親から虐待されていたことに加えて、小学校でもいじめに遭っていました。小さい頃から父親に暴力を振るわれていたため、普通の精神では到底居られなかったことでしょう。そのことから、周囲の人たちを寄せ付けない存在になってしまいます。また、いじめの内容もひどいもので徐々に畠山鈴香の心を蝕んでいきます。

現在でもいじめがある学校が多数存在しています。大きな事件を見る限り犯人たちはいじめを経験した生い立ちがあったことも多く、秋田児童連続殺害事件でも小学生時代のいじめが事件の引き金となっている可能性もあるのではないでしょうか。

学生時代のあだ名は「ばい菌」「心霊写真」

小学生のころからいじめを受けていた畠山鈴香ですが、中学生になってもそのいじめは止まることを知りません。むしろ、中学生になるといじめはどんどんエスカレートしていき、存在を無視されるようになります。他の生徒からは「ばい菌」や「心霊写真」と呼ばれていたそうです。

父親からの虐待やいじめにより、精神的に不安定になっていたはずです。そのことから、畠山鈴香は学校生活で明るい笑顔を見せることができませんでした。そして、最終的には「ばい菌」や「心霊写真」と呼ばれてしまうことに繋がったのではないかと考えられます。

卒業時の寄せ書きに罵詈雑言

畠山鈴香へのいじめは学校生活だけでなく、卒業時の寄せ書きにも表れていました。普通、寄せ書きにはお世話になった先生からこれからのことを応援してもらったり、仲良くしていた友達からこれからも仲良くしてほしいとの寄せ書きが書かれるはずです。しかし、畠山鈴香の寄せ書きには罵詈雑言がびっしりと書かれていました。

上記に転載している画像にも、ひどい寄せ書きが書かれていることが分かります。中には「秋田にはもう帰ってくるな」や「やっと離れられる…」などの書き込みも見られます。これほどまでにいじめを受けるくらい、畠山鈴香は悪いことをしていたのでしょうか。

売春行為をしており売女と呼ばれていた

畠山鈴香は秋田地裁で売春行為をしていたのかと問われた際に、「似たようなことがあった」と供述しています。そのため、畠山鈴香が売春をしていたとの噂は現実味を帯びていきます。当時、畠山鈴香は売春をしていることから「売女」と周囲の人たちから言われていたようです。

実際に、畠山鈴香は誰かから誘われると簡単に関係を持ってしまう部分があったようです。これについては、地元の人たちからの証言で分かっています。もしかすると、学生のころから売春をやっていた可能性も否定できないのかもしれません。

高校卒業後は栃木で住み込みで働く

壮絶な生い立ちを経験してきた畠山鈴香は、高校卒業と同時に栃木県に住み込みで働くようになります。住み込みで働いていた場所は温泉ホテルで、中居として働いていたようです。温泉ホテルで働いていたころの情報はほとんどなく、当時畠山鈴香が真剣に働いていたのかすら不明です。

しかし、罵詈雑言が書かれていた寄せ書きに対して、「すぐに帰ってくることはない」と畠山鈴香自身が書いています。そのため、当分は仕事に専念しようと考えていた可能性が高いのではないでしょうか。ただ、それもできちゃった結婚をしたことによって終わりを迎えます。

結婚し実家に戻る

畠山鈴香は1995年の時点で21歳でした。高校を卒業してからずっと温泉ホテルで働いていたのであれば、3,4年は働き続けていたことになります。そんな時、畠山鈴香は男性を自分からナンパしていました。相手の男性はトラック運転手の男性で、行為に及んだ際に子供ができてしまい結婚することになります。

そして、結婚をした畠山鈴香は地元である秋田に戻ることにしました。できちゃった結婚をした際に生まれたのが、秋田児童連続殺害事件の被害者となった畠山彩香ちゃんです。しかし、畠山鈴香は畠山彩香ちゃんが生まれてからも悪い素行が目立っていたようです。

5ヶ月で離婚

旦那に見限られたのか、畠山鈴香は旦那と5ヶ月という短い期間で離婚することになりました。離婚した後は畠山彩香ちゃんを抱えるシングルマザーとなってしまったため、必死に働くためにスーパーやパチンコ店だけでなく、コンパニオンとして働くこともあったようです。しかし、そこでも畠山鈴香の男癖の悪さが目立ちます。

ある時は生命保険の外交員として勤務していたのですが、契約を取るのに男性と体の関係を持つことで得ていたとの噂があります。生い立ちからも男性に誘われると乗ってしまう部分が分かるため、その噂を信じる人も当時はとても多かったようです。

自己破産し生活保護を受給

離婚してからも働かなければいけない畠山鈴香は、2003年になって自己破産してしまいました。自己破産したのは、シングルマザーでお金が少ないのに対してギャンブルなどにお金を使っていたことが原因です。それ以外に夜遊びにハマっていたようなので、日頃のストレスを解消していたのかもしれません。

その後は生活保護を受給することになります。しかし、生活保護と言っても十分なお金をもらえるわけではないため、家賃や光熱費を滞納することはもちろん、小さな畠山彩香ちゃんの食事はカップラーメンだったそうです。

秋田児童連続殺害事件の概要

犯人である畠山鈴香は壮絶な生い立ちを経験していたため、そのことに対して同情する声もありました。ただ、どのような生い立ちを経験したからと言って実の娘を殺害していいわけではありません。

取材陣に対して「人を殺傷する事が悪い事なのは知っていますが、なぜ悪い事なのですか?」と話す畠山鈴香は、殺害を悪いとは思っていないと捉えることができます。畠山鈴香はどのような心境で実の娘を殺害したのでしょうか。その概要をご紹介します。

畠山彩香ちゃんの遺体を川で発見

秋田児童連続殺害事件は、畠山鈴香の娘である畠山彩香ちゃんの遺体が川で発見されたことから始まりました。2006年4月10日に畠山彩香ちゃんは、家から10㎞ほど離れた場所で流れ着いて見つかっています。その際、畠山彩香ちゃんは水死体と断定されました。水死体は溺れることによって死亡することを意味しています。

溺死では肺に水が入ることが原因と言われているため、畠山彩香ちゃんも肺に水が入ったことが原因だった可能性が高いです。また、自宅から離れていたとのことなので、畠山彩香ちゃんは流された可能性が高くなります。

警察は彩香ちゃんを事故死と断定

自宅から10㎞も離れた場所で遺体が見つかったことで、警察は畠山彩香ちゃんの不注意で流されてしまったと判断を下します。そのため、畠山彩香ちゃんの遺体が見つかったことに対して事故死と断定しました。当時畠山彩香ちゃんは小学4年生で、足を滑らせて川に落ちてしまう可能性は考えられます。

この時点で畠山彩香ちゃんは事故死だと断定されていたのですが、後に起こった事件によってその判断も覆されることになりました。では、どのようなことがきっかけとなって事故死ではないと判断されたのでしょうか。

1か月後に米山豪憲くんの遺体を川で発見

畠山彩香ちゃんが川で水死体となって発見された1か月後、畠山彩香ちゃん宅の近所に住んでいた米山豪憲くんの遺体が川の近くで発見される事態が起きました。米山豪憲くんの家は畠山彩香ちゃんの家の2軒隣にあって、2人は友達同士だったようです。米山豪憲くんが川の近くで発見されたことにより、2人の事件は殺人事件だった可能性が出てきます。

米山豪憲くんが発見されたのは2006年5月17日のことで、事件当時友達と遊ぶ約束をしていたようです。しかし、米山豪憲くんは約束の場所には現れることなく、自宅にも帰っていませんでした。その1日後の17日に、川の脇の草むらから米山豪憲くんの遺体が発見されました。

殺人事件として捜査をすすめる

川の近くの草むらから遺体が発見された米山豪憲くんですが、警察の調べによると首を絞められたことによる索条痕が残っていたことから、意図的に首を絞められた可能性があると考えます。索条痕は紐を使って絞められた跡のことを意味していますので、殺人事件として捜査が進められることとなります。

その後、司法解剖をすることで首を絞められたことにより、米山豪憲くんは窒息死していたことが判明します。米山豪憲くんの死因が判明してからは、本格的に殺人事件として調べられることになりました。

畠山鈴香を死体遺棄の容疑で逮捕

2006年6月4日に、米山豪憲くんの死体遺棄の容疑で畠山鈴香を逮捕しています。畠山鈴香の自宅から証拠となるものが発見されたことが逮捕理由です。証拠の中には血痕もあったことから、畠山鈴香が米山豪憲くんを殺害したのではないかと疑われ、ほぼ確信に近い状態となります。そして逮捕後、畠山鈴香が殺害したとの供述をし始めます。

畠山鈴香からの供述が取れたことから、本格的に米山豪憲くんの殺害容疑で捜査が進められることとなりました。最終的に米山豪憲くんを殺害したのは畠山鈴香だと判断されることとなります。その際に畠山彩香ちゃんの件でも関わっている可能性が浮上しています。

殺害容疑で再逮捕

米山豪憲くんを殺害したのが畠山鈴香だと確信が持てたため、警察は死体遺棄の容疑で逮捕していた畠山鈴香を殺人容疑で再逮捕します。また、以前畠山彩香ちゃんが川から落ちてしまったと話していたことに対して、自分が殺害したとの供述をし始めます。そのことから、畠山彩香ちゃん殺害容疑でも再逮捕されることになりました。

初めは畠山彩香ちゃんの事件に関して、自分は関係がないと証言していました。しかし、警察に調べによってそれは嘘だということがバレてしまいます。

事件後の畠山鈴香の異常行動

秋田児童連続殺害事件を起こした畠山鈴香ですが、逮捕された後の言動がおかしいと話題になりました。また、事件を起こしてからの言動も普通の人から見れば異常とも取れます。そのことにより、畠山鈴香を逮捕するのが遅くなったと言えるのではないでしょうか。

そして、あまりにも犯人である畠山鈴香の言動がおかしいため、精神状態が正常ではないとの見方もありました。実際に、畠山鈴香自身も自分の精神状態が異常なのかもしれないと発言しており、事件の謎のが深まるばかりとなります。

自ら彩香ちゃんのビラを配っていた

秋田児童連続殺害事件では、娘の畠山彩香ちゃんが事故死だと断定されたことに対して、畠山鈴香は納得がいかないと言って自ら畠山彩香ちゃんの情報を求めるビラ配りを行っていました。その行動があまりにも不可解だとされています。そして、警察も畠山鈴香の行動を見て容疑者だとは疑いもしていませんでした。

親族などが事件に巻き込まれてしまった場合、犯罪被害者給付金が支給されることになっています。そのため、秋田児童連続殺害事件を起こした畠山鈴香も、そのお金が目当てなのではないかと言われていました。

供述が二転三転していた

畠山鈴香容疑者を逮捕した後、事件に関わったことを裏付けるために供述を求めます。その際に、畠山鈴香は供述が二転三転していたおり、警察も混乱することとなります。畠山彩香ちゃんの事件ではいきなりのことで動転して通報できなかったと言いながら、その場に自分がいなかったとも言っており、最後には自分が殺したとの供述も取れています。

また、後日には自分がなぜ犯人なのかと問うこともあり、一度犯人だと認めたにもかかわらず、証言を覆すような発言が見られるようになります。なぜ畠山鈴香は供述が二転三転してしまっていたのでしょうか。

人格障害B群の傾向があった?

畠山鈴香は証言をする際に、自分の精神状態が正常だったかわからないと話しています。そのことから、もしかすると人格障害B群の傾向があったのではないかと言われています。人格障害B群は通称パーソナリティ障害とも言われており、A群、B群、C群とその他の部類に分けられています。

人格障害B群では、反社会性や自己愛性の他に演技性などが含まれています。別名劇場型とも言われており、畠山鈴香は無意識のうちに被害者遺族の演技をしていた可能性があります。

秋田児童連続殺害事件の裁判・判決

秋田児童連続殺害事件の裁判は、2008年から2009年に行われており、1年にわたって長い裁判が行われることとなります。この長い裁判の中で、どのような判決が下されることとなったのでしょうか。その詳細についてご紹介します。

また、秋田児童連続殺害事件の裁判で裁判官を務めたのは藤井俊郎裁判長と竹花俊徳裁判長です。畠山鈴香は供述が変わったり、行動に一貫性がないことから精神に異常をきたしている可能性がありました。そのため、この2人は判決についてかなり悩んだのではないでしょうか。

米山豪憲くんの両親に土下座して謝罪

秋田児童連続殺害事件を起こした畠山鈴香は、閉廷する間近になり「ひとついいですか」と口を開きます。そして、その続きには「大事なお子さんを奪ってしまって申し訳ありませんでした」と米山豪憲くんの両親に謝罪をしています。その際、畠山鈴香は涙を浮かべていたそうです。

また、謝罪の際に傍聴席にいた米山豪憲くんの両親の方を向き、サンダルを脱いで土下座して謝罪をしていました。謝罪された米山豪憲くんの父親は表情を一切変えることなくそれを見つめており、母親は涙をこらえていたそうです。その時の心情は誰にも分かりません。

初公判から結審まで13回にも及んだ

秋田児童連続殺害事件は、初公判から結審まで13回にも及ぶ裁判が行われることとなります。初公判は秋田地裁で行われており、裁判長は藤井俊郎裁判長が務めていました。初公判が行われたのは2008年3月19日で、その時点で事件発生から2年も経過しています。犯人は殺意を持って秋田児童連続殺害事件を起こしたと判断されています。

そのため、秋田児童連続殺害事件の初公判では無期懲役の判決が下されました。計画性はないものの、責任能力は問われるとも言われていました。

判決は無期懲役

13回という長い裁判が行われた後、初公判の判決同様に無期懲役が言い渡されました。2009年3月25日の裁判では弁護士側が上告していますが、2009年5月19日には上告を取り下げたため無期懲役の判決が確定したようです。なぜ上告を取り下げたのかは不明ですが、畠山鈴香が取り下げるように指示した可能性もあります。

無期懲役が下された事件は過去にも多く存在しており、日本では死刑が良くないとされているため、死刑に値する事件を起こした犯人に対しては無期懲役が言い渡されることが多いようです。

秋田児童連続殺害事件のその後!畠山鈴香の今現在は

秋田児童連続殺害事件では畠山鈴香の証言が二転三転したり、犯人自らビラ配りをしていたため、事件解決までに時間がかかってしまいました。秋田児童連続殺害事件のその後や、無期懲役の判決を下された畠山鈴香の現在についてご紹介します。無期懲役とは別名無期刑とも言われます。

無期懲役は生涯において、受刑者が死亡するまで刑が科されることを意味しています。また、無期懲役では指定されている作業をすることもあり、それは受刑者が死亡するまで強いられます。

畠山鈴香は現在服役中

畠山鈴香は現在も服役中とのことです。また、無期懲役は受刑者が死亡するまで作業を強いられるとのことなので、現在畠山鈴香は所定の作業をしていることでしょう。現在は服役中なのですが、畠山鈴香は逮捕される前にメディアから犯人だと断定した扱いを受けていました。これに対して、現在でも問題視する声が上がっています。

メディアは犯人かどうかを特定するためには、本人に直接聞くほかないと述べています。メディアが勝手に犯人だと断定する事例は過去にいくつもあり、そのたびに現在と同じように否定派と賛成派が出ています。何度も問題として取り上げられたため、現在ではメディアのあり方が変わってきているようです。

TV番組で米山豪憲くんの父親が真相を激白

米山豪憲くんの父親は事件後に真相を激白しています。その真相の中には、米山豪憲くんが行方不明になってから畠山鈴香から何度も接触された居たことを告白しています。そして、父親は共犯者がいたのではないかとも述べており、父親の見解ではその共犯者は警察官なのではないかと言われています。

米山豪憲くんの父親は『豪憲はなぜ殺されたのか』のタイトルで本を出版しています。父親は急ぐように本を出版したと言われています。その理由として、米山豪憲くんの父親が畠山鈴香と肉体関係にあったと事実無根の情報を流されていたことが挙げられます。真実を一刻も早く多くの人に伝えたかったのではないでしょうか。

また、父親が出演したのは『水トク!』という番組で、放送は2017年6月7日です。この番組は特別枠で放送されており、『実録!マサカの衝撃事件【畠山鈴香に息子を殺された父が真相をテレビ初告白】』とのタイトルがつけられました。

その際に、警察官が嫌がる警察犬を無理やり引っ張るなどしており、警察は事故で片付けたかったのではないかと話しています。そして、秋田県警が初動捜査が遅れたことに対して、一切謝罪をしなかったとも話していました。

畠山鈴香の壮絶な生い立ちが事件を引き起こした

現在は服役中の畠山鈴香ですが、その生い立ちは壮絶なものでした。まず父親から虐待されていなければ、学校でいじめられることもなかったはずです。そして、いじめがなければもっと明るい人生を歩めていたことでしょう。一つ一つの出来事が秋田児童連続殺害事件を引き起こしたと言ってもいいはずです。

現在でもいじめや虐待の問題は世間から消えていません。いじめや虐待が事件の引き金となっている事件はとても多く、今までに起こった秋葉原通り魔事件でも虐待が原因となっています。

秋田児童連続殺害事件のような事件をこれ以上起こさないためにも、現在よりもいじめに関しての教育の見直しをする必要があります。また、現在よりも事件に対しての危機感を持つ必要があるのかもしれません。これからは現在よりも安心して暮らせるような世界になることが望まれます。

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