小林竜司の生い立ち〜死刑判決後の現在【東大阪集団暴行殺人事件】

小林竜司とは岡山で起きた東大阪集団暴行殺人事件の主犯です。広畑智規らと共謀し、藤本翔士と岩上哲也をリンチした後に生き埋めにして死刑判決を受けました。この記事では小林竜司の生い立ちや現在、東大阪集団暴行殺人事件がどのような事件であったのかを解説していきます。

小林竜司の生い立ち〜死刑判決後の現在【東大阪集団暴行殺人事件】のイメージ

目次

  1. 1小林竜司とは
  2. 2小林竜司の生い立ちとは
  3. 3東大阪集団暴行殺人事件の概要
  4. 4事件発覚から逮捕までの経緯
  5. 5東大阪集団暴行殺人事件の判決
  6. 6判決後の小林竜司の現在
  7. 7東大阪集団暴行殺人事件は犯罪史に残る残虐な事件

小林竜司とは

小林竜司という人物が東大阪集団暴行殺人事件では中心となります。岡山出身の小林竜司ですが、いったいどのような人物で何をした人間なのでしょうか。まずは小林竜司について解説していきます。

東大阪集団暴行殺害事件の主犯

岡山出身の小林竜司は東大阪集団暴行殺害事件の主犯です。この事件は藤本翔士と岩上哲也がリンチを受け、その後生き埋めにされて殺害された岡山で起きた事件となります。リンチしただけでなく生き埋めにされて殺害されたこの事件は、その凄惨な内容からテレビや新聞で大きく報道されました。

この事件の主犯として浮かび上がった人物の名こそが小林竜司です。リンチされ生き埋めにされるという手口からヤクザが関係しているのでは想像してしまいますが、小林竜司自体は極道の人間ではありませんでした。また、東大阪集団暴行殺人事件は広畑智規という人物も主犯格として登場します。

最高裁で死刑確定

岡山出身の小林竜司は事件の犯人として逮捕されました。取調べが進むにつれ、小林竜司が被害者2人にリンチを行い、生き埋めにすることを指示したことがわかっていきます。2人を殺害するに至るには傷害事件や他のリンチ事件などが関係していることも判明しました。

そして藤本翔士と岩上哲也がリンチされ生き埋めにされた全容がわかると、小林竜司がそれらを全て主導していたということで主犯であることが確定します。そしてリンチをした後に生き埋めにするという残酷な殺人の方法や2人の命を奪っていることにより一審、二審で死刑判決を受けました。

小林竜司は死刑判決を覆そうと上告しましたが、最高裁はそれを棄却します。それにより2011年に死刑判決が確定したのです。

小林竜司の生い立ちとは

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藤本翔士と岩上哲也をリンチし生き埋めにするという凄惨な事件を起こした小林竜司ですが、いったいどのような生い立ちを辿ればこのような事件を起こすような人間になるのでしょうか。東大阪集団暴行殺人事件の主犯ということを考えれば岡山では有名な不良であったり、素行が悪かったという生い立ちをイメージするでしょう。

しかし岡山出身の小林竜司は意外な生い立ちを持っています。その生い立ちは少し同情するようなところもありますし、事件の犯人だとは思えないような生い立ちでもあります。もちろん藤本翔士と岩上哲也を殺害したこと自体は許されるわけではありません。しかしその生い立ちを知り、小林竜司がどのような人物であったのか確認しておきましょう。

虐待やいじめの過去を持つ

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小林竜司の生い立ちは意外なものです。実は子供のころ父親から虐待を受けていました。両親はギャンブルが大好きだったため弟たちの面倒は小林竜司が見ていたようです。父親から虐待を受け、弟の面倒を見るという生い立ちを持つ小林竜司ですが、学校でも良いことはありませんでした。いじめを受けていたからです。

小学生から中学生までいじめを受けていたという生い立ちは東大阪集団暴行殺人事件の犯人像とは一致しない生い立ちでしょう。この事件においては加害者である小林竜司の生い立ちは、常に被害者側であったということになります。子供の頃からガラの悪い人たちと付き合っていたというような生い立ちではなかったのです。

佐藤勇樹の中学の同級生

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現在でも衝撃的な事件として記憶される東大阪集団暴行殺人事件では、大勢の人間が事件に関わっています。佐藤勇樹もその中の一人です。後ほど詳細に解説していきますが、佐藤勇樹が揉め事に関わってしまいそのときに助けを求めた人物が小林竜司でした。つまり事件の流れで言えば、小林竜司は途中から関わるようになった人物なのです。

佐藤勇樹と小林竜司は中学の同級生でした。生い立ちを考えれば小林竜司にとって佐藤勇樹は数少ない友人だったのかもしれません。過去の暗い生い立ちがあるからこそ友人が困っているのを見過ごすことができなかったのでしょう。佐藤勇樹の相談に小林竜司は助けになろうと決断します。

そして東大阪集団暴行殺人事件という現在でも凄惨な事件として語られる事件が起きていくのです。

無職で母親思いの男

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小林竜司の生い立ちは同情するべき点も多くあります。小林竜司は当時21歳で大学にはいっておらず無職でしたが、母親思いの男でもありました。裁判の中では母親や家族に対する気遣いの言葉をたくさんかけています。藤本翔士や岩上哲也にしたことは許されることではありませんが、親からすればかわいい子供だったのです。

複雑な生い立ちであった小林竜司ですが、その中での唯一の救いは母親であったのかもしれません。裕福ではなく父親からの暴力もあり、いじめや弟の世話と辛いことがたくさんある生い立ちです。しかしその中でも母親という存在がいたからこそ、苦しい生活に耐えることができたのではないでしょうか。

母親に対する思いは本物であり、この事件さえなければ家族で幸せに暮らしていたのかもしれません。

東大阪集団暴行殺人事件の概要

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現在でも衝撃的な事件として語られる岡山で起きた東大阪集団暴行殺人事件ですが、どのような流れを辿って藤本翔士と岩上哲也をリンチ後に生き埋めにするという結果に至ってしまったのでしょうか。実はこの事件は複雑なプロセスを辿って殺人という結果に辿りつきます。

主犯となる小林竜司やその次に重い判決を受けた広畑智規は、最初からこの事件に関わっていたわけではありません。小林竜司も広畑智規も途中から事件に関わっていき、最終的には主犯という形で藤本翔士と岩上哲也を殺害したのです。現在でも語り継がれる岡山で起きた凄惨な事件の詳細を解説していきます。

2006年に起きた集団リンチ事件

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現在でも衝撃的な事件として語られる岡山で起きた東大阪集団暴行殺人事件のきっかけとなったのは、2006年に起きた集団リンチ事件が発端です。このリンチ事件の被害者は東大阪集団暴行殺人事件の加害者である徳満優多と佐藤勇樹です。そして加害者は東大阪集団暴行殺人事件の被害者である藤本翔士や岩上哲也、さらにその他の3名となります。

つまり2006年に起きた集団リンチ事件は徳満優多と佐藤勇樹の2人が藤本翔士や岩上哲也にリンチされるという東大阪集団暴行殺人事件とは逆の立場で起こったリンチ事件なのです。徳満優多と藤本翔士の間ではあるいざこざが起きていました。それがどんどん激しくなっていった結果、藤本翔士は仲間と共謀しリンチを行ったのです。

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徳満優多と佐藤勇樹は藤本翔士ら5人から執拗な暴行を受けました。何度も顔に暴行を受け、倒れこんだところでさらに暴行を受けるという執拗なものであったようです。藤本翔士らは執拗に2人に暴行を加えたあげく、車に乗せて5時間以上も2人を連れまわしました。

その際に2人に対して様々な脅しを藤本翔士はかけ続けます。その中には自分のバックには暴力団がついているというようなものもありました。さらにそこで2人が持っていた現金も奪い去ります。そして最後に藤本翔士は2人に対して50万円を支払うことを約束させます。リンチした挙句、金銭をも脅し取ろうとしたのです。

発端は藤本翔士と徳満優多のいざこざ

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徳満優多と佐藤勇樹の2人はある出来事がキッカケで藤本翔士らにリンチされることになったのですが、そのキッカケとなったのは藤本翔士と徳満優多の間にあったいざこざでした。元々、藤本翔士と徳満優多は親しい友人でした。徳満優多はあるとき、1人の女性に恋をして積極的に誘います。そして徐々に彼女も徳満優多に好意を寄せるようになります。

しかしこの女性には彼氏がいました。その彼氏こそが藤本翔士だったのです。自分の彼女を友達に盗られたわけですから藤本翔士は穏やかではいられません。ある日、藤本翔士と徳満優多は殴り合いの大喧嘩になってしまいました。この喧嘩は藤本翔士が勝ちを収めましたが、それだけでは終わりません。

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藤本翔士は場所を指定し、徳満優多に対してそこにやってくるように言って帰っていきました。当然、さらなる暴行を加えるという意味です。呼び出しを受けた徳満優多は友人である佐藤勇樹に相談します。そして呼び出された場所に2人で行くことになったのです。

藤本翔士も呼び出した後に仲間に連絡をします。このときの相手が被害者となった岩上哲也です。さらに他にも3人を呼び出します。そしてこの流れを辿って起きた事件こそが先述した集団リンチ事件となります。

小林竜司が事件に関与した経緯

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藤本翔士らから集団リンチを受けた徳満優多と佐藤勇樹ですが、50万円を支払うように脅されていました。困り果てた2人は中学時代の同級生でもあったある人物に相談をします。これが主犯となる小林竜司とその次に重い判決を受ける広畑智規です。徳満優多と佐藤勇樹から相談を受けた小林竜司と広畑智規は2人の力になると約束します。

小林竜司と広畑智規は友人のために力を貸そうとしたということです。友人2人がリンチを受けているのですから小林竜司と広畑智規は同じように藤本翔士らをリンチしようと考えました。小林竜司と広畑智規が相談した結果、場所は岡山で行うことになりました。岡山であれば土地勘があったためです。

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小林竜司と広畑智規は岡山に藤本翔士を呼び寄せるために、ひとまずお金を支払うと嘘をつけと指示をしました。そこで現れた藤本翔士たちを小林竜司と広畑智規、さらに他の仲間も集めてリンチしようというのです。

結果的に小林竜司と広畑智規は標的を岡山に呼び寄せることに成功しました。そして岡山という地で現在でも語り継がれる東大阪集団暴行殺人事件が起きるのです。

岡山の山中で集団リンチ勃発

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2人がお金を支払うと嘘をつくと、被害者となった藤本翔士と岩上哲也、さらに運転手として会社員の男性がやってきます。小林竜司と広畑智規は岡山で待ち伏せをしています。こちらは小林竜司と広畑智規を含め、7人で待ち伏せしていました。相手が仲間を連れてくることも想定して多めに人を集めたのでしょう。

小林竜司と広畑智規は藤本翔士たちが乗る車が停まると、車の中の3人を拉致しました。そのまま岡山にある公園に向かい、そこで集団リンチが開始されます。相手もリンチしたのですからこの時点では相子といったところでしょう。リンチは過激化していきますが、公園でリンチしていたためその現場を女性に目撃されてしまいます。

そこで小林竜司と広畑智規は場所を変えることにします。岡山県内にある産業廃棄物処理場に移動することになりました。

藤本翔士さんを生き埋め

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移動した場所は小林竜司が元々働いていた場所でした。そこで再度、小林竜司と広畑智規たちはリンチを開始します。しかし一区切りついたところで小林竜司は仲間に対して、近くにあった建設機械で穴を掘ってくれと指示します。ここで小林竜司が藤本翔士を生き埋めにしようとしていることを他の仲間は知ります。

広畑智規もさすがに生き埋めにするのはやり過ぎだと感じたのか、最初は生き埋めにすることを止めます。しかし小林竜司は「暴力団と繋がっているんだとしたら生かしておくのはまずい」と主張し、広畑智規もその言葉に納得します。

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生き埋めにする際に小林竜司は藤本翔士たちと一緒にいた会社員の男性にも手伝わせます。この会社員を生き埋めにするつもりはなかったため、警察に通報されないように犯行を手伝わせたのです。そして藤本翔士はそのまま生き埋めにされ後日、土の中で窒息死している遺体が発見されることになるのです。

岩上哲也さんを生き埋め

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リンチを受けたもう1人の岩上哲也は小林竜司のマンションにいったん連れていかれました。そこで小林竜司は知り合いのヤクザに自分がやったことを話し、岩上哲也をどうすれば良いか指示を仰ぎます。藤本翔士や岩上哲也はヤクザの名前を出して脅しをかけましたが、実際にそのような繋がりはありませんでした。嘘だったのです。

そして実際にヤクザと繋がりがあったのは小林竜司のほうです。相談の中で金を奪うという話にもなりましたが、すでに瀕死でしたので現実的にそれは難しい話でした。そこで警察に通報されることを防ぐためにも、岩上哲也も同じように生き埋めにするという結論に至りました。

その結果、岩上哲也とともに小林竜司は現場に戻り、もう一度穴を掘って生き埋めにしたのです。

生き残った会社員の出頭で事件発覚

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現場に居合わせた会社員は生き埋めにされることはありませんでした。監禁こそされましたが警察に言わないことを約束させられると無事に解放されたのです。しかし事件の現場を目撃した会社員はいつ自分が殺されるかわからないと怯えます。そして警察に全ての事情を話し、東大阪集団暴行殺人事件が発覚することになるのです。

事件発覚から逮捕までの経緯

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東大阪集団暴行殺人事件が発覚してから逮捕されるまで、小林竜司はどのような行動を取ったのでしょうか。会社員が事件を通報してからの小林竜司の行動を解説していきます。

小林竜司の指名手配

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会社員の証言によって事件が発覚したため、事件の主犯が小林竜司であることはすぐにわかりました。しかし小林竜司は警察に捕まりたくないために逃亡を開始します。そこで警察は小林竜司を指名手配にして、行方を追うこととなったのです。この時期、テレビや新聞はこの事件一色でした。

母親に殺人を告白

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逃げ回っていた小林竜司ですが、徐々に気持ちも落ち着いてきたのでしょう。改めて自分はどう行動するべきなのか考えます。そこで心を許していた大好きな母親に連絡を取り、これまでに起きたことを全て正直に話しました。殺害してしまったことも含めてです。

そこで母親は自首を促します。自分の子供を守りたい気持ちはあったはずですが、これ以上罪を重くさせたくないという想いもあったのでしょう。しかし小林竜司からの連絡はここから無くなってしまいます。

母親と共に自首

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小林竜司は自首することを決意するために時間を取ったのでしょう。しばらくしてから母親のもとに再度連絡をします。このときに小林竜司は母親に付き添って欲しいとお願いをします。そして母親と一緒に自首をしに行ったのです。小林竜司は最後に母親に対して感謝の言葉を述べ、自首しました。

リンチに関わった9人を逮捕

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主犯は小林竜司ですが、リンチに関わった人間はたくさんいます。結局、広畑智規も含めた9人がこの事件によって逮捕されることになったのです。全員がリンチを行い、さらに殺人にも加担する結果となったため当然です。こうして東大阪集団暴行殺人事件に関わった人間は全員逮捕され、裁判が行われていくことになるのです。

東大阪集団暴行殺人事件の判決

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東大阪集団暴行殺人事件では9人が逮捕されたわけですが、ここではこの事件の主要な人物に言い渡された判決を解説していきます。判決はかなり厳しいものとなりましたが、2人の命が失われているため当然の判決ともいえます。では小林竜司や他の加害者にはどのような判決が下ったのでしょうか。

判決①小林竜司への判決

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小林竜司への判決はかなり厳しいものでした。死刑です。一審で死刑という判決を受けましたが、小林竜司は上告します。しかし二審の判決も変わらず死刑という厳しいものでした。さらに最高裁に上告をしたのですが、最高裁はこれを棄却します。つまりその時点で死刑という判決が確定したのです。

この死刑という判決は厳しいのではないかと現在でも言われています。2人殺害していることを考えれば死刑は当然です。複数人の殺害は多くの場合、死刑という判決が出ます。しかし小林竜司は自分の利益のために殺害したわけではありません。その動機は仲間を守るためでした。

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そのため現在でも死刑は重い判決だったと言われています。実際に小林竜司は裁判所で礼儀正しい態度だったため裁判官を驚かせました。さらに仲間の裁判では積極的に事件の内容を語ります。他の仲間は小林竜司の裁判に証人として出廷しても、自分の罪を軽くするために多くを語らなかったにも関わらずです。

死刑という判決は2人を殺害していることや、リンチ後に生き埋めにしたことが考慮されたのでしょう。散々被害者を苦しめていることからも悪質だと判断され、死刑とされたのです。しかし現在でもこの判決には論議がなされています。

判決②広畑智規への判決

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小林竜司とともにリンチされたことを相談され、報復をすることを決断した広畑智規への判決は無期懲役でした。広畑智規はリンチする際にもほとんど手を出しておらず、殺害を直接指示したわけではありません。しかし小林竜司とともに計画を練り、殺人を主導していたことから主犯格とされ厳しい判決を受けることになりました。

判決③徳満優多への判決

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この事件の発端となった徳満優多は懲役11年という判決が下されました。こちらもリンチに加わり、殺人にも加担しているため当然の判決です。しかし殺人に関しては小林竜司の指示のもと行ったものと認定されたため、死刑や無期懲役という重い刑罰を受けることはありませんでした。

判決④佐藤勇樹への判決

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最初に相談を受けた佐藤勇樹への判決は懲役8年というものでした。こちもリンチに加わり、殺人に加担してはいますがそれを主導したわけではないため、この程度の刑となったのです。

判決⑤リンチに加担した加害者への判決

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この4人以外にもリンチに加担した人物が存在します。自ら積極的にリンチに加担した白銀資大に関しては懲役20年という判決が出されました。主犯ではありませんが、自らの意思でリンチに参加していたということで重い判決を受けたのです。

さらにリンチしていたときに見張りをしていた佐山大志には懲役7年という判決がなされました。この中では一軽い判決なのは見張りだったからでしょう。

判決後の小林竜司の現在

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死刑判決を受けた小林竜司は現在どうしているのでしょうか。死刑判決を受けたことを考えれば穏やかに毎日を過ごしているとは思えませんが、小林竜司の現在の姿に迫りました。

死刑囚として収監中

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死刑判決を受けた小林竜司ですが、現在は死刑囚として収監されています。つまり死刑が執行されるのを待っている状態です。現在の姿がどのような姿なのかはわかりませんが、死刑囚に対してはいつ死刑が執行されるのか伝えられるわけではありません。毎日、執行されるかもしれないと怯えているのかもしれません。

小林竜司の現在の情報はほぼない

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小林竜司の現在の情報をほとんどありません。死刑が執行されたという情報は出ていないため、現在も生きていることだけは確かでしょう。現在でも判決に対して賛否が分かれる事件ですが、事件の内容を知れば様々な意見が出ても仕方のないことでしょう。しかしどれだけ賛否があっても死刑という判決が変わることはありません。

現在、小林竜司やその家族はどのように過ごしているのでしょうか。事件の全てが明るみになった現在でも話題になることが多い事件ですので家族はひっそりと暮らしているのでしょう。母親は生活保護を受けていたのですが、そこから少しずつお金を捻出して被害者への賠償費用を貯めていると裁判で語っていました。

次に小林竜司の名前を聞くのは死刑執行の後となる可能性が高そうです。大好きな母親にかけた迷惑を考えれば小林竜司も自分がやったことを後悔しているのではないでしょうか。

東大阪集団暴行殺人事件は犯罪史に残る残虐な事件

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小林竜司が主犯となった東大阪集団暴行殺人事件は犯罪史に残る残虐な事件でしたが、そのような内容の事件でも同情する人が多いという少し変わった事件です。しかし小林竜司がやったことは許されることではありません。二度と同じような事件が起きないことを祈るばかりです。

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