小島一朗(小島一郎)の生い立ちから現在【新幹線無差別殺傷事件】

新幹線無差別殺傷事件を起こした小島一朗容疑者の生い立ちから中学、高校、現在までを紹介します。新幹線事件を起こした原因の可能性に、昔岡崎の病院で発達障害と診断されていた事や父親や母親との関係性が浮上しています。そこで小島一朗の親に関しても深く掘り下げていきます。

小島一朗(小島一郎)の生い立ちから現在【新幹線無差別殺傷事件】のイメージ

目次

  1. 1新幹線無差別殺傷事件とは
  2. 2小島一朗の生い立ち【新幹線無差別殺傷事件】
  3. 3 小島一朗と両親の関係【新幹線無差別殺傷事件】
  4. 4 小島一朗の祖母と叔父の証言【新幹線無差別殺傷事件】
  5. 5小島一朗の現在
  6. 6新幹線無差別殺傷事件は小島一朗の生い立ちが原因

新幹線無差別殺傷事件とは

2018年に新幹線内で男性が無差別に人を襲う事件が起こりました。犯人は22歳の小島一朗という男性です。小島一朗は昔から自殺願望を口にしていたとされ、報道ではその生い立ちにもスポットライトがあてられました。

15歳から父親に会っていないことや、父親と母親の戸籍から離脱し祖母の養子になったことなど、小島一朗の壮絶な生い立ちが記者の取材によって明かされています。そこで小島一朗の中学や高校時代の様子から、自閉症で愛知県岡崎市に入院してた過去や、父親と母親との関係さらに小島一朗の現在についてご紹介します。

新幹線の車内で起きた事件

新幹線無差別殺傷事件の概要について見ていきましょう。最近起きた事件であるため、記憶に新しい人も多いのではないでしょうか。新幹線無差別殺傷事件は、2018年6月9日に東京発大阪行きの東海道新幹線265号の12号車内で男性が乗客を無差別に殺傷した事件です。

事件が起きた時間は新幹線が神奈川県内を走行していた時で、東京を発ってすぐの出来事でした。無差別に人を殺傷した犯人は小島一朗容疑者という男性でした。年齢はまだ22歳と若く、新幹線無差別殺傷事件は新幹線のセキュリティを改めて見直すきっかけともなった事件です。

被害者は3名

犯人の小島一朗は新幹線内で3名の乗客を無差別に殺傷しました。襲われた男性の横に座っていた26歳の女性と通路を挟んで座っていた27歳の女性が被害に遭っています。殺害されたのは男性で兵庫県に住んでいる会社員の梅田耕太郎さんです。女性2人は頭などを切りつけられ重傷を負いました。

被害に遭った女性によれば「私が犯人に襲われそうになった際、それを止めようとしてくれたのが、今回犠牲になった梅田さんでした」と話しています。新幹線内のカメラなどを警察が調べ、事件当時の様子が判明しました。事件当日、小島一朗は突然声を荒げて立ち上がり、刃物で自分の座っていた右隣の女性を切りつけました。

後方座席に座っていた梅田さんは、小島一朗の犯行を制止しようとしますが転倒してしまいます。小島一朗は、今度は通路を挟んで隣の女性を刃物で切りつけます。転倒した梅田さんは、再び小島一朗を制止しようと試みるもの、今度は逆に刃物で首を切りつけられてしまいます。

その後も小島一朗は梅田さんの上に乗っかり、刃物で切りつけたそうです。事件に気付いた新幹線は緊急停止し小島一朗を逮捕したというのが事件の内容です。

小島一朗容疑者を現行犯逮捕

新幹線は緊急停止し、警察がその場で小島一朗を逮捕しました。警察が新幹線内に駆け付けた時、小島一朗は亡くなっていた梅田さんの上に乗っかったままだったそうです。小島一朗は、新幹線内で事件を起こした理由について、誰でも良かったと供述しました。

この事件は「新幹線無差別殺傷事件」と名づけられています。当初、殺人未遂で逮捕した警察は、小島一朗の供述を受けて殺人容疑に切り替え小島一朗を逮捕しました。

小島一朗の生い立ち【新幹線無差別殺傷事件】

小島一朗は新幹線内で事件を起こした動機に明確な理由がありませんでした。なぜ、小島一朗はこのような事件を起こしたのか、生い立ちから中学高校時代の小島一朗について調査していきます。

中学生のとき不登校になる

愛知県一宮市に生まれた小島一朗は、父親と母親、姉たちとの6人暮らしでした。中学校では野球部に所属するなど元気な一面を見せていました。しかし中学校2年生の頃に不登校になりました。理由は中学でいじめられていた、勉強についていけなくなったなど様々な噂があります。

中学で不登校になった事で父親や母親との関係が悪化してしまいます。その後も小島一朗が中学校に行くことはありませんでした。

母親が働く支援施設から定時制高校に通う

両親と暮らしていた実家を出て、生活に困っている人を助ける支援施設で約5年間過ごしたそうです。この支援施設は小島一朗の母親が働いていた職場でもありました。支援施設で暮らしながら職業訓練学校に通い、定時制の高校にも3年間通い続けました。その後、高校を卒業した小島一朗は名古屋市内の施設で1年間ほど職業訓練を受けたそうです。

ここまで見てみると、しっかりと高校にも通い、将来のための職業訓練も真面目に受けている印象です。支援施設でも問題行動を起こしたことは無かったそうです。本来であれば卒業までに4年間かかる高校だったものの、小島一朗はわずか3年間で卒業できたといいます。極めて真面目な高校生活を送っていたことがわかります。

就職するも人間関係を理由に退職

2015年に名古屋市内で職業訓練で様々な資格を取得し、見事職業訓練を終えた小島一朗は機械メンテナンス会社に就職が決まりました。今まで暮らしてきた愛知県を出て、埼玉県にある会社で働きはじめるものの、人間関係が上手くいかず退職してしまったようです。その後、一宮市の実家には帰らず、愛知県岡崎市に住んでいた伯母の元で暮らし始めます。

仕事はしていたものの、人との接触を徐々に拒むようになり、家にいるほとんどを部屋でパソコンをする生活をしていたそうです。2016年には再び人間関係を理由に仕事を退職し、両親とも言い争いを繰り返していたと言われています。

自閉症で愛知県岡崎市の病院に入院

小島一朗は精神科にも通っていた程、精神的に不安定な日々を送っていました。父親と母親との関係はどんどん悪化していき、祖母の家に泊まる事が多くなったそうです。そして、ここでようやく小島一朗は自閉症と診断され、2017年2月から3月ごろまで愛知県の岡崎市内の病院に入院していた過去を持っています。

祖母の家の養子に入る

小島一朗は中学校の頃から両親と折り合いがつかず何度も衝突してきました。そして両親との仲が改善される事なく祖母の養子に入ったそうです。その後は生活のほとんどを祖母の家で過ごしていたと言われています。

家出をくり返す

祖母の養子となり、祖母の家で暮らしていた小島一朗でしたが、たびたび家出を繰り返していました。そして事件を起こす半年ぐらい前に「旅に出る」と言って行方をくらませたそうです。

小島一朗と両親の関係【新幹線無差別殺傷事件】

小島一朗の父親に記者がインタビューをした際、あまりにも他人行儀な返答に疑問の声が多く挙がっていました。なぜ、ここまで小島一朗の父親は自分の息子に対して他人行儀なのか、小島一朗が逮捕された後の父親のインタビューなどを交えながら見ていきます。

また、中学校で不登校になり父親と母親との関係が悪化した小島一朗の両親との関係について深く掘り下げていきます。

①発達障害の疑いを指摘されるも放置

小島一朗は5歳の時に発達障害の1つである「アスペルガー症候群」の可能性があると指摘を受けていたそうです。しかし、小島一朗の父親と母親はそのような診断を受けても放置していました。

もし、この時にアスペルガー症候群と診断され、しっかりと小島一朗にあった環境で育っていたらこのような事件は起きなかったのではないかと一部のニュースで報道されていました。しかし発達障害と事件を結びつけるのは良くないと批判が殺到しました。

確かに、事件と発達障害を結びつけるのは良くないですが、5歳の時に発達障害の可能性があると診断された時点で、小島一朗の父親と母親は何らかの行動を起こすべきだったのではないかとネット上では言われています。

②父親とは15歳から会っていない

犯人の小島一朗について詳しく聞くために、メディアは小島一朗の実の父親に話を伺っています。しかし、質問に対する返答はどれも他人行儀なものばかりでした。実の父親によると、息子である小島一朗とは15歳の頃から会っていなかったそうです。上記でも紹介しましたが、15歳というとちょうど小島一朗が支援施設に入所した時期になります。

実の父親は「15歳で家を出て、支援施設から下宿という形で定時制高校に通っていた。そのため、15歳から会っていない」と報道陣にコメントしました。支援施設に息子が入所した後も親であれば様子を見に行ったりする場合が多いのですが、父親の他人行儀なコメントは少しおかしいとネット上で話題になりました。

③戸籍を離脱している

これも先程、少し触れましたが、小島一朗は祖母の戸籍に入っています。これは事実上両親の戸籍を離脱しているという事になります。しかし、両親との戸籍を離脱するというのは、よっぽどの事がない限りは想像し難いことです。戸籍を離脱する事態にまで追い詰められた小島一朗と両親の関係は、どういうものだったのでしょうか。

あるテレビ番組で小島一朗の実の父親は戸籍の離脱についてインタビューで答えていました。次の見出しで戸籍離脱について詳しく見ていきましょう。

④逮捕後の父親のインタビュー

小島一朗の実の父親はフジテレビの番組『Mr.サンデー』のインタビューに答えています。その時に息子が戸籍離脱した事に対して「本人の意思だった」と話していました。父親によると小島一朗は中学生の時に家を出ていこうとすでに考えていたそうです。

これに対して記者は家を出たいと思った原因を聞いたところ「本人から聞いて下さい。こちらは追い出したわけではない」とこれも他人行儀な返答をしていました。

⑤逮捕後も面会や差し入れを拒否

小島一朗が逮捕された後、両親と祖母が面会に訪れましたが「会いたくない」と面会を拒否しています。差し入れに持ってきた衣類や現金や手紙などすべて受け取り拒否をしたそうです。

面会拒否をされた事に対して父親は「警察に小島一朗は親子の縁を切られたと家族への恨みを話しているそうですが、そういう「人のせいにする性格」は昔から何も変わっていません」と話していました。

自分の身内である家族との面会を拒否したところを見ても、小島一朗と家族には深い溝がある事が分かります。今回事件を起こした原因も小島一朗が育った幼少期の環境が原因ではないかと言われています。

小島一朗の祖母と叔父の証言【新幹線無差別殺傷事件】

事件を起こした小島一朗について、事件発生前まで最も身近にいた人物として祖母と叔父の証言をご紹介します。そこには小島一朗の知られざる一面がありました。

気遣いのできる優しい子

祖母は小島一朗の印象について「外で歩く時に自分の歩く歩調に合わせてくれたりと、気遣いのできる優しい子だった」と語っています。そのため、孫である小島一朗がこのような事件を起こした事が信じられないと話していました。

常にパソコンをいじっていた

小島一朗はパソコンを得意としていたそうです。小島一朗がパソコンを常にいじっていた事は上記でも少し触れました。特に、人間関係が理由で会社を退職し、愛知県岡崎市にある伯母の家に住んでいた時は部屋にひきこもってパソコンをしていたそうです。

自殺願望を口にしていた

祖母の証言によると、小島一朗は普段から「自由に生きたい。それができないなら死にたい」と自殺願望を口にしていたそうです。「自由に生きたい」と発言している事から常に何かに縛られている感覚だった事がうかがえます。

小島一朗は幼少期から現在まで両親と何度も衝突しており、生きづらさを感じていた可能性があります。自殺願望を口にしていたことから、かなりのストレスがあった事も分かります。

小島一朗の現在

小島一朗は現在、殺人罪で起訴されています。そこで現在独居房に入っている小島一朗容疑者の様子や今後の小島一朗容疑者がどうなるのかをご紹介します。

殺人罪などで起訴される

小島一朗容疑者は新幹線で無差別の事件を起こしたとして殺人容疑で現行犯逮捕されました。その後、父親や母親、祖母の面会、差し入れなどの受け取りを拒否し続けています。そして、小島一朗容疑者は今後殺人の容疑で起訴されることになります。

反省している様子はみられず

小島一朗容疑者は現在でも反省の色は全くないと報道されています。犯行に及んだ動機も「社会に不満があった。人を殺してみたかった」と供述しており、さらには「誰でもよかった」と話しています。また、なぜ新幹線で事件を起こしたのかという問いには「特に意味はないと」と答えています。

現在、小島一朗容疑者は独居房に収監されているのですが、食事なども大きな声で「いただきます」と言い、すぐに食べてしまうそうです。まるで修学旅行生みたいだと関係者は語っていました。この様子から見ても反省の色は全くない事がうかがえます。

現在の小島一朗容疑者の態度からは反省の色が感じられないため、これがどう裁判に影響するかが注目されています。本来であれば自分の犯した罪を反省する人が多いのですが、小島一朗容疑者は自分が犯した罪に関して何も感情を抱いていないような感じもします。

新幹線無差別殺傷事件は小島一朗の生い立ちが原因

2018年に新幹線無差別殺傷事件を起こした小島一朗容疑者の生い立ちから中学高校時代、さらには現在についてまとめてきました。小島一朗容疑者は、無差別に3人の男女を襲ったとして現行犯逮捕されています。新幹線という逃げ場のない場所で起きたこの事件は大きくメディアで報道されました。

なぜ、このような事件を小島一朗容疑者が起こしたのか、小島一朗容疑者の生い立ちについても触れました。小島一朗容疑者は、父親と母親と関係はあまり良くなく、小島一朗容疑者の逮捕後の父親の他人行儀なインタビューがそれを証明していました。

この事件は小島一朗容疑者の今まで過ごしてきた環境が少なからず関係しているのではないかと言われています。身勝手な理由で及んだ犯行によって一人の男性が亡くなりました。小島一朗容疑者は現在でも反省の色がないと言われており、今後の裁判でどのような判決が下るのか注目していきましょう。

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