高知白バイ事件の真実とその後!冤罪が内部告発で発覚?再審判決は

「高知白バイ事件」とは、2006年3月にスクールバスと白バイが衝突した事故です。内部告発や冤罪疑惑も噂されたことなどから大きな注目を集めました。「高知白バイ事件」の真相について、事件の概要や裁判判決、その後について詳しく紹介していきます。

高知白バイ事件の真実とその後!冤罪が内部告発で発覚?再審判決はのイメージ

目次

  1. 1高知白バイ事件とは
  2. 2高知白バイ事件は冤罪の可能性がある
  3. 3高知白バイ事件後の警察の対処
  4. 4高知白バイ事件のスリップ痕の謎
  5. 5その後の高知白バイ事件とは
  6. 6高知白バイ事件における疑惑とは
  7. 7高知白バイ事件の真相は未だ謎のまま

高知白バイ事件とは

高知白バイ事件は、2006年に高知県で発生した死亡事故です。県道の交差点で右に曲がろうとしていたスクールバスと高知県警の白バイが激突しました。白バイを運転していた高知県警の巡査長は胸部の大動脈破裂により死亡し、スクールバスの運転手が現行犯逮捕され禁固刑が下されました。

一見するとただの交通事故の話なのですが、警察の捜査や裁判の判決に多くの疑問が生じ、また内部告発もあったことから冤罪事件ではないのかという疑惑をもたれています。

2006年3月に高知市で発生した事故

2006年3月に発生した高知白バイ事件の現場は、高知県高知市にある国道56号線の交差点です。中学生の男女22名と教員3名が乗車していたスクールバスと高知県警の巡査長が運転する白バイが衝突しました。生徒や教員に怪我はありませんでしたが、白バイを運転していた巡査長1名が胸部の大動脈が破裂したことにより死亡しました。

スクールバスの運転手は業務上過失傷害の疑いで現行犯逮捕され、その後、業務上過失致死罪に切り替えられて起訴されました。事故当時、多くの目撃者が「スクールバスは停車していた」と証言していたにもかかわらず、元運転手には禁錮1年4ヶ月の実刑判決が下されました。その後も運転手は無実を訴え最高裁まで再審請求をしたものの、却下されています。

スクールバスと白バイが衝突

高知白バイ事件の事故現場となったのは国道56号の交差点です。スクールバスが道路左側にあるレストラン駐車場から右折しようとしたところ、高知県警の巡査長が運転する白バイと衝突しました。

警察はスクールバスの運転手が左右の安全確認を怠って道路に侵入したことが衝突の原因とし、スクールバスの運転手を業務上過失傷害の疑いで現行犯逮捕しました。

冤罪の疑惑がある事件

現在も多くの疑問が残り真相は究明されないままの高知白バイ事件ですが、当時はスクールバスの運転手と警察・検察側の主張に大きな食い違いがあり、冤罪事件ではないかという疑問の声もありました。

スクールバスの運転手はもちろん、すぐ後ろに乗っていた女性教員や乗用車でバスの後ろを走っていた校長先生も「バスは動いていなかった」と証言しています。それに対して警察・検察側は「スクールバスの運転手が安全確認を怠り、低速で走行中に白バイと衝突。急ブレーキをかけて白バイを引きずった」と言うものです。

この時に証拠として提出されたブレーキ痕の写真には、タイヤの溝の痕が写っていないことから真実を隠したい警察のねつ造ではないかという指摘もありました。

その後も多くの目撃証言が無効となり、ねつ造と疑われる証拠写真が正当化され、警察での内部告発がもみ消されるなど多くの疑問点から、真実を捻じ曲げた冤罪ではないかと疑われる事件となりました。

高知白バイ事件は冤罪の可能性がある

高知白バイ事件は目撃証言と警察側の証言との大きな食い違いがありました。さらには証拠として提出されたブレーキ痕の写真にはタイヤの痕の溝が無いなど警察側の証拠ねつ造を思わせる事実や、警察からの内部告発文には証拠のねつ造に関わった警察幹部の名前も記されていることも、冤罪の疑惑を消すことができません。

被告側の主張

スクールバスの運転手は「レストランの駐車場から左右の安全をしっかりと確認してから国道に侵入した。中央分離帯付近で一旦停止させ、対向車の確認をしていたときにいきなり白バイが衝突してきた。」と主張しました。

つまり、白バイが衝突した時にはバスは動いていなかったので、急ブレーキをかけることはないというのが被告側(運転手)の主張です。

警察側の主張

一方、高知県警の警察側の主張はスクールバスの運転手の証言とは全く異なっていました。

「スクールバスはレストランの駐車場から一旦停止したものの、十分な安全確認をしないまま国道に侵入し、中央分離帯へ向かって時速10kmの低速で走行したために白バイに気がつかず衝突した。急ブレーキをかけ、巡査長もろとも白バイを3メートルほど引きずってから停車した」と主張しました。

このように、スクールバスの運転手と警察側とでは真向から証言内容が異なり、どちらかが真実を隠しているのは明白でした。

「バスは停止していた」目撃証言が多数

高知白バイ事件には、その時のスクールバスに乗っていた教員や生徒、バスの後ろを乗用車で走っていた校長先生など多くの目撃者がいました。

いずれの人物も「走行中のバスが急ブレーキをかけたという事実はない」「衝突事故があった時、スクールバスは確かに停止していた」と証言しています。

しかし、これらの目撃証言は裁判で「信頼性が無い」と判断されています。教員や生徒など多くの人が同じように証言しているにも関わらず、信頼性が無いと判断されてしまうなど疑問の多い事件となりました。

高知白バイ事件後の警察の対処

高知白バイ事件は2006年3月に起こり、道路左側にあるレストランから交差点を右折するために侵入したスクールバスに白バイが衝突し、運転していた高知県警の巡査長が胸部大動脈破裂で死亡しました。

警察はスクールバスの運転手が十分な安全確認を怠ったのが事故の原因として、スクールバスの運転手が業務上過失傷害の疑いで現行犯逮捕されました。その後、スクールバスの運転手は容疑を業務上過失致死に切り替え起訴されることとなります。

バスの運転手は裁判で無実を主張し続け再審しましたが、その後最高裁への上告が却下され禁錮1年4ヶ月の実刑判決となりました。

運転手は取り調べもなく釈放

高知白バイ事件でスクールバスの運転手は現行犯逮捕されましたが、その後まともな取り調べもないまま免許取り消しの行政処分を受けて、2日後には釈放されました。

9ヶ月後、事故の原因はスクールバスの安全確認が十分でなかったことが原因だと在宅起訴されます。高知地検からは「白バイに気が付いたバスが急ブレーキをかけたが間に合わず、衝突後に白バイを1メートル近く引きずった。十分な安全確認を行わずにバスを動かしたからだ。」と告げられます。

最初の逮捕時に詳しい取り調べもせず釈放してしまう高知県警の対応には疑問が残ります。

高知白バイ事件のスリップ痕の謎

スクールバスと白バイが衝突とした時にバスが停止していたことは運転手以外にも多くの人が証言をしています。ですが警察側は「衝突時にバスは動いていた」と主張し、白バイが衝突した時にバスが急ブレーキをかけた証拠としてブレーキ跡の写真を提出します。警察・検察側が提出したブレーキ跡の写真をめぐり多くの疑問がもち上がりました。

警察側は不自然なスリップ痕の写真を提示

スクールバスの後ろで乗用車から事故を目撃していた校長先生をはじめ多くの目撃者が事故当時バスは停止していたと証言しています。そこで警察・検察側が提出したのは、スクールバスの前輪から後ろにのびる黒いスリップ跡が写った写真でした。スクールバスが本当に停止していあのであれば、このようなスリップ跡が付くことはありません。

スリップ跡の写真は事件当時バスが動いていて、急ブレーキをかけた証拠であると主張したのです。「バスは停止していた」という多くの証言は信用できないとされ、スリップ跡の写真が決定的な証拠として判決の決め手となりました。

警察側が証拠をねつ造した疑惑がある

スクールバスの運転手は真実とは異なる証拠写真に疑問を持ち証拠写真の鑑定を依頼しました。自動車運転事故鑑定人の鑑定によると「タイヤには溝がついているためスリップ跡であれば残るはずの溝が全く見当たらないのです。

また道路は凹凸な面になっているため、スリップ跡は凸面にだけつくはずが凹面も黒くなっている。」という鑑定結果からねつ造の可能性が高いと判断しました。

運転手側はこの結果をもとに高知地検に証拠偽造罪として刑事告訴しましたが、裁判所の判断は「多くのやじ馬やマスコミの見ているなかで証拠偽造は不可能である」として不起訴処分としています。しかしその後、警察からの内部告発文には真実を隠ぺいするために証拠をねつ造した警察幹部の名前があげられたのです。

その後の高知白バイ事件とは

高知白バイ事件は事件翌年の2007年に初公判が高知地方裁判所で行われました。多くの目撃証言は信用性がないと判断され、禁錮1年4ヶ月の実刑判決が下されました。その後も、スクールバスの元運転手は無実を訴え続け再審請求をしていますが、第2審、最高裁とも第1審で十分に審議されているとして再審は認められませんでした。

運転手への判決は禁錮1年4ヶ月

高知白バイ事件の第1審は2007年6月に高知地方裁判所で行われました。元運転手は「十分な安全確認を行った」「事故当時バスは停止していた」と証言しました。また、多くの目撃者が「バスは止まっていた」と証言しましたが、信用性が無いと裁判所からは判断されました。

また判決に大きく関わる証拠となったスリップ跡の写真も、被告側がねつ造の疑いがあると主張しましたが「やじ馬やマスコミが大勢いるなかでねつ造することは考えにくい」と判断され却下されました。

結果、事件の原因はスクールバスの運転手が十分な安全確認を怠ったためとして禁錮1年4ヶ月の実刑判決が下されました。真実とは異なる判決に元運転手はすぐに再審請求をしています。

再審請求も棄却されている

弁護側は判決に納得がいかないとしてすぐに高知地方裁判所に控訴します。しかし、新たな証拠が提出されない限り1審で十分な審議がされているという判断から再審請求は棄却されました。

さらに、再審の棄却に納得がいかないと2008年に最高裁に上告しました。最高裁でも上告が認められず禁錮1年4ヶ月の刑が確定しました。そのため元運転手は2008年10月から刑務所に服役することとなりました。

高知白バイ事件における疑惑とは

スクールバスの元運転手には実刑判決、禁錮1年4ヶ月が言い渡されました。現在は刑期を終えて出所しています。本来であれば高知白バイ事件はよくある交通事故の事件のひとつではありますが、証拠のねつ造や冤罪の可能性、警察からの内部告発など多くの疑問が後を引いています。

さらに、死亡した巡査長のご遺族に支払われる保険金も疑惑となった理由のひとつでした。高知地裁は和解勧告を言い渡し、公務中による殉職であると判断され全国自治教会と保険会社から死亡した巡査長のご家族に1億円が支払われています。

しかし、警察の証言が事実ではなく行動での高速走行訓練中の事故であったならば、ご遺族に和解金を支払うのは警視庁になるのです。

つまり、警察がご遺族に保険金を支払うことを避けるために、バス運転手の過失となるよう証拠をねつ造したのではないかという疑惑が出てきます。警察が証拠のねつ造や改ざんによって真実を捻じ曲げた冤罪事件であるならば、保険金詐欺の可能性も疑われることになります。

疑惑①警察が公道で高速走行訓練

また、白バイ事件に浮上している様々な疑惑の中で、特に注目されているのが警察が公道で高速走行訓練を行っていたのではないかという点です。これが真実ならば、訓練中の自損事故の可能性も指摘されています。

事件が起こった当時、現場の周辺で白バイの違法な高速走行訓練が行われていました。また、事故を起こした白バイの後ろを走行していた軽トラックの運転手は「突然白バイが加速して、もの凄いスピードで離れていった」と証言しています。この証言からも、やはり白バイの高速走行訓練中に起きた自損事故ではないかとい指摘されています。

もし、白バイの運転ミスによる自損事故が本当であるなら、警察が公道で高速走行訓練を行った事実を隠すために証拠をねつ造した冤罪事件という可能性も考えられるのです。

疑惑②裁判所の対応に矛盾

裁判では「事故当時バスは停止していた」「白バイが猛スピードで車を追い越していった」と、スクールバスの運転手の証言と一致する内容の証言が多数あがりました。しかし裁判所では、いずれの証言も信ぴょう性に欠けるという判断をされました。

それに対して、事故直前に対向車線を走行中だった他のの白バイ隊員の「白バイは法定速度内の60キロで走行していた」という目撃証言を信ぴょう性があると判断しています。

これにより被告側の「停車していたスクールバスに高速走行していた白バイの運転ミスによって衝突した自損事故である」という主張を却下し、事故の原因はスクールバスの運転手が十分な安全確認を怠ったことが原因であるという判決を下しました。

裁判所はスクールバスに乗っていた生徒や教員の証言を運転手をかばっている可能性があるとしながら、同じ高知県警の白バイ隊員の証言は信ぴょう性があると判断したのです。この矛盾した判断に、三権分立を無視した裁判所と高知県警の間には何か繋がりがあるのではないかと疑問を持たれても仕方がありません。

疑惑③内部告発をもみ消している

多くの疑惑がある高知白バイ事件ですが、真相を究明しようとした人たちも多くいます。その中の一人である土地改良換地士の男性は、多くの良心的な警察官から内部告発文書が寄せらたと公表しています。

これらの内部告発文書から作成された資料には、証拠のねつ造に関わった警察幹部の名前もあげられており、真実を捻じ曲げた冤罪事件であることを訴えました。さらに、ねつ造工作に関わったとされる警察幹部の証人申請もしています。

警察から多くの内部告発者が出た高知白バイ事件ですが、これほど大きな事件となったにもかかわらず、高知の各新聞社からの報道がないという不自然な状況も、警察側の証拠ねつ造や冤罪疑惑を高めることとなりました。
 

高知白バイ事件の真相は未だ謎のまま

高知白バイ事件は2007年に初公判が行われ、2008年の第2審、最高裁への再審請求も却下され、禁錮1年4ヶ月の実刑判決が確定しました。スクールバスの元運転手は身元引受人がいるにも関わらず仮釈放が認められなかったため、2010年に満期出所となりました。

その後もスクールバスの元運転手は無実を訴え、高知地裁や高松高裁へ再審請求をしていますが再審請求は棄却されています。内部告発もむなしくもみ消されてしまいました。

高知白バイ事件発生から長い年月が経過した現在も、なぜ多くの証言は無視されたのか?証拠となったスリップ跡の写真はねつ造だったのか?事件は冤罪なのか?など多くの疑問が残り、真実は明らかになっていません。刑期を終えた元運転手や残された遺族のためにも真実が究明されることが期待されます。

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