田野岡大和の現在!北海道置き去り事件の真相と家族のその後とは

北海道置き去り事件を覚えているでしょうか。2016年の5月、北海道の山中で田野岡大和が父親に置き去りにされた事件です。必死の捜索の後田野岡大和は無事発見されましたが、家族の供述に矛盾もあり謎が残る事件です。北海道置き去り事件の真相や家族のその後をご紹介します。

田野岡大和の現在!北海道置き去り事件の真相と家族のその後とはのイメージ

目次

  1. 1北海道置き去り事件の概要
  2. 2北海道置き去り事件に関わった田野岡一家の家族構成
  3. 3北海道置き去り事件が発生するまで
  4. 46日間にも及ぶ田野岡大和の捜索
  5. 5ついに田野岡大和を発見!
  6. 6未だ謎に包まれる北海道置き去り事件の不可解な点
  7. 7北海道置き去り事件から見る父親の心境
  8. 8北海道置き去り事件で世間を騒がせた田野岡一家の現在
  9. 9北海道置き去り事件のその後を追う!
  10. 10しつけを一歩間違うと虐待になる!

北海道置き去り事件の概要

北海道置き去り事件は、2016年の5月28日に北海道七飯町にある山林で発生した事件です。家族で山林に来ていた、田野岡大和という7歳の男児が行方不明になりました。

田野岡大和の父親がすぐに警察に通報し捜索が行われましたが、当日中に田野岡大和を発見することはできませんでした。当初の父親の話では、山菜を採っている途中で田野岡大和が行方不明になったといいます。しかしその後になって父親の供述が嘘であり、しつけのために一人で置き去りにされたことが発覚しました。

メディアや世間から多くの注目を集め、多数の捜索員が田野岡大和の捜索に駆り出されます。しかし、なかなか足取りを掴むことができません。6日間にわたる警察や消防、自衛隊の捜索の末、2016年6月3日に田野岡大和は現場から5㎞離れた地点で無事発見されました。

行方不明となった田野岡大和

行方不明となった田野岡大和は当時小学2年生で、北海道置き去り事件が起こった七飯町の隣に位置する北斗市で暮らしていました。地元のプロ野球チーム北海道日本ハムファイターズが大好きな、やんちゃな7歳の男の子です。年相応の普通の男の子でしたが、山中で行方不明となってから一週間もの長い間を一人で生き延びました。

発見までの道のり

田野岡大和が七飯町にある山林の中で行方不明になったという父親からの通報があってから、至急警察による捜索が開始されます。しかし5月28日当日中に、田野岡大和を山中で発見することはできませんでした。翌日は、警察の他に消防も加わり150人体制で捜索が再開されることになりました。

行方不明から5日目の6月1日には、自衛隊も加わっての大掛かりな捜索に変わっていきます。200人もの捜索員を導入しても、その後もすぐに田野岡大和を見つけることができず、ようやく発見できたのは6月3日の朝でした。行方不明となった現場から約5㎞離れた北海道鹿部町の自衛隊の演習場内にいるところを発見され、田野岡大和は無事保護されたのです。

北海道置き去り事件の真相は謎が残ったまま

警察や自衛隊など大人数での捜索の末、田野岡大和は大したケガもなく自衛隊の演習場で無事に発見されました。しかしこの北海道置き去り事件には、腑に落ちない部分がいくつかあります。

なぜ父親は田野岡大和を置き去りにしたことを隠していたのか、なぜ山中ではなく自衛隊の演習場で発見されたのかといった謎が浮かんできます。気になる謎の真相について迫っていきます。

北海道置き去り事件に関わった田野岡一家の家族構成

北海道置き去り事件で行方不明になった田野岡大和の家族には、両親と姉、祖父母がいます。田野岡大和を山中に置き去りにした父親は、メディアに露出してマスコミのインタビューにも答えていますが、母親の方はメディアへの露出がほとんどありません。

この北海道置き去り事件では、田野岡大和が行方不明となってから発見されるまでに時間が掛かったため、しつけではなく意図的な置き去りではないかという疑いの声もあったほどです。

田野岡大和は無事に発見されましたが、もし見つからないままであったら単なるしつけでは済まされない事態でした。虐待の疑いも持たれる田野岡大和と家族の仲はどうだったのでしょうか。周囲からの評判はどんなものだったのでしょう。田野岡大和の家族の詳しい情報について、以下で見ていきます。

田野岡大和の父親・田野岡貴之

田野岡大和の父親である田野岡貴之は、北海道置き去り事件が発生した当時は44歳でした。田野岡貴之の出身は北海道網走市で、函館市に本社のあるネットワーク関連の会社にエンジニアとして勤務しています。会社の名前は株式会社IDで、平成21年の会社の開発レポートによると当時田野岡貴之は課長職に就いていることがわかります。

父親は仕事が出来るという評判があったので、現在では課長職から昇進している可能性もあります。メディアの取材によると、田野岡貴之は家庭においても善き父親でした。家族仲は良好で、田野岡貴之が長女と息子の田野岡大和を休日に公園で遊ばせている姿もよく目撃されていました。仕事も家庭も充実している良い父親であったことが窺われます。

母親と姉との関係

北海道置き去り事件が起きた時、田野岡大和の母親と姉も事件当時現場にいました。父親と違って母親はメディアにほとんど露出していないため、現在も詳しい名前や顔写真、プロフィールの情報はほぼありません。

母親について分かっていることは、出身が北海道函館市で事件当時は函館市内で看護師をしていたということだけです。また、現在も看護師の仕事を続けているかはわかりません。この母親も田野岡大和の置き去り事件に深く関与していました。田野岡大和が行方不明となったという嘘の辻褄を合わせるように指示したのは、母親だと言われているのです。

そのため母親へも強いバッシングが集まり、インタビューにも全く答えずにメディアへの露出を避けたと見られています。

母親が田野岡大和を探す姿がテレビで放映されましたが、「大和」と呼びかける母親の淡々とした様子には、視聴者から「本当に心配しているのか?」という疑問の声が上がりました。

田野岡大和の姉は、田野岡大和よりも3歳年上で当時は小学5年生でした。姉も北海道置き去り事件が起こった時に現場にいましたが、まだ子供のため詳しいプロフィールについては明らかになってはいません。幼いながらも姉はマスコミの取材に答えていましたが、事件当時の姉の証言が父親の証言と食い違っていたことが波紋を呼びました。

田野岡大和を置き去りにしたことを隠すために、「インタビューではこう答えなさい」と親から指示されていたのではないかと疑念が持たれています。

祖母が面倒を見ていた?

田野岡大和の祖父と祖母もマスコミの取材に答えていました。祖父は事件当時64歳で、インタビューでは「優しい両親が、なぜ置き去りにしたのか経緯がわからない。早く帰ってきてくれとしか言いようがない」といった発言をしています。

祖母も顔出しでマスコミの取材に応じていますが、父親のインタビュー中にも割り込んで発言するなど謎の行動を取っていました。田野岡大和の両親は共働きで多忙だったため、日頃から子供の面倒は祖母がみていたそうです。田野家の家族仲は良好でしたが、まだ小学生で手のかかる子供たちの世話の多くを祖母に頼っていたのでしょう。

北海道置き去り事件が発生するまで

北海道置き去り事件が起こった日、田野岡大和は父親と母親、姉と共に家族4人で七飯町にある山林を訪れていました。その後、父親が田野岡大和を山の中に置き去りにするまでには一体何が起こっていたのでしょうか。真相を探ってみましょう。

山菜取りに家族で山へ

北海道置き去り事件が発生した日、田野岡大和ら家族4人は家族が住む北海道北斗市から北海道七飯町東大沼の山林へ山菜採りへ出かけます。山菜採りをしている途中に田野岡大和が行方不明となったため、父親が警察へ通報しました。事件が起こったのは、夕方の5時50分頃です。

通報後すぐに警察が駆け付けましたが、行方不明となったその日のうちに田野岡大和を発見することはできませんでした。後に、父親の証言を不審に思った警察が問い詰めたところ、行方不明になった原因は田野岡大和が目を離した隙にいなくなったのではなく、しつけのために山に置き去りにしたという真相が露見しました。

田野岡大和の行動に父親がキレた?

父親が田野岡大和を置き去りにした理由は、田野岡大和の取った行動にあります。家族みんなで山菜採りをしている最中、田野岡大和は他人の車や通行人に向かって石を投げて遊んでいました。田野岡大和が両親の言うことをきかず石を投げるという迷惑かつ危険も伴う行動を取ったため、父親はしつけと称して山中に置き去りにしました。

「しつけ」のつもりが大惨事に

父親は、親の言うことをきかずに石を投げる息子を「ちょっとしつけてやろう」というつもりで山に置き去りにしたようです。しかし結果的に田野岡大和は一週間にも渡って行方不明となり、警察や自衛隊を多数動員する大惨事となりました。

田野岡大和の父親は、「言うことをきかず石を投げる息子に対して父親としての威厳を示したかった」と語っていますが、多くの人を巻き込みマスコミにも連日報道されるようなとんでもない事件となってしまいました。

6日間にも及ぶ田野岡大和の捜索

田野岡大和が行方不明となった2016年5月28日から、発見される6月3日までの6日間にわたって必死の捜索が行われました。前述した通り行方不明となった当日は、父親の通報を受けて駆け付けた消防や警察が約100人体制で田野岡大和を捜索しています。

翌日の5月29日には、朝の4時から捜索が行われました。警察犬や上空からの捜索のためのヘリコプターも出動しましたが、発見に至ることはありませんでした。

200人以上の捜索人員を投入

5月30日には、北斗市や七飯町の役場の職員の他、小学校の先生も参加して捜索活動が行われました。6月に入ってからは、警察や消防に加えて自衛隊を70人動員して約200人体制での大規模な捜索が行われましたが、依然田野岡大和の足取りをつかむことはできませんでした。

警察犬もお手上げ?悪天候による捜索難航

事件の翌日の5月29日には、田野岡大和のにおいをたどるために警察犬も駆り出されましたが、手掛かりをつかむことはできません。事件当日は雨が降っていたため雨でにおいがかき消されてしまい、警察犬が事件現場からにおいをたどって行くことが困難だったのです。悪天候のため頼りの警察犬も役に立たず、田野岡大和の捜索が難航してしまいました。

時間だけが過ぎていく捜索状況

北海道置き去り事件が発生してから、警察や消防、自衛隊の他にも地元の役場の職員や小学校の先生など、多くの人々が田野岡大和の捜索に参加しました。警察犬やヘリコプターも導入され広範囲に渡る捜索が行われましたが、し悪天候のせいもあり田野岡大和の足取りをつかむことはできません。

行方不明となった現場の七飯町では雨が降り気温も低く、一刻を争うような最悪の気候条件でした。時間が経てば経つほど、土地勘もない山の中で7歳の子どもが生き延びられる可能性は低くなります。しかし早く見つかって欲しいという願いもむなしく、何の手掛かりもつかめないまま時間だけが過ぎていきました。

ついに田野岡大和を発見!

5月28日に北海道置き去り事件が発生してから一週間経ち、ついに田野岡大和は発見されました。行方不明になった七飯町にある山林を中心に捜索が進んでいましたが、田野岡大和が見つかったのは現場から約5㎞も離れた自衛隊の演習場でした。

発見をしたのは陸上自衛隊員

北海道置き去り事件は悪天候により捜索が長期化していました。6月2日には合同捜査本部が解散され、発見された6月3日からは規模を縮小して捜索が続けられる予定でした。捜索の規模が縮小し人々の中に諦めムードも漂う中、田野岡大和は自衛隊の演習場にいるところを発見されて無事保護されました。

6月3日に田野岡大和を発見した陸上自衛隊員は、函館駐屯地に勤務する52歳の男性隊員です。この男性隊員は、田野岡大和の捜索に捜索に関わっていた人物ではありませんでした。6月3日の午前7時50分頃に、点検のため駐屯地内の宿泊施設の扉を開けて中を確認したところ、たまたま田野岡大和を発見したということです。

発見場所とは

6月3日に田野岡大和が発見された場所は、行方不明となった現場から約5㎞離れた北海道鹿部町にある陸上自衛隊駒ヶ岳演習場でした。自衛隊の施設なので周りには厳重に柵が巡らせてありますが、体の小さな田野岡大和くらいの子どもならば柵をくぐって敷地の中に入ることも可能です。自衛隊の演習場は広大で、雨風をしのぐ小屋もありました。

小屋の中にいるところを点検に来た自衛隊員が発見し、名前をきちんと名乗ったので行方不明だった田野岡大和であることが判明したのです。

当時の田野岡大和の様子

発見された時の田野岡大和には、目立った外傷もなく衰弱した様子も見られませんでした。自衛隊員の呼びかけにもきちんと答え、お腹が空いていたため渡された水やおにぎりもしっかりと口にしたようです。

自分の足で歩くことも出来るくらい元気な様子だったので、発見した自衛隊らも安堵しました。その後田野岡大和はドクターヘリで市立函館病院へ搬送されて、健康状態のチェックを受けています。

行方不明となった現場一帯は雨が降り、特に夜の気温の低さは厳しいものでした。もし一週間もの間外をさまよっていたら、田野岡大和の命は確実に危ない状況だったといえるでしょう。しかし田野岡大和は室外ではなく自衛隊の小屋の中にいたため、ひどく衰弱することもなく元気な様子で発見されました。

未だ謎に包まれる北海道置き去り事件の不可解な点

5月28日に北海道置き去り事件が発生してから一週間もの間、警察はなんの手掛かりもつかむことができず、ただマスコミの報道が過熱するばかりでした。その後6月3日に田野岡大和が元気な姿で発見されて、事件は無事解決しました。

しかし北海道置き去り事件には現在でも謎が残ります。採りにきていたはずの山菜を持っていないという謎や、事件当時の父親と姉の証言の食い違いの謎です。田野岡大和は無事に発見されましたが、現在でも謎が多く腑に落ちない部分があります。これらの謎について考察し、北海道置き去り事件の真相に迫っていきましょう。

①取りに来たはずの山菜がない?

北海道置き去り事件の謎の一つは、山菜を採りにきたはずなのに採った山菜が見あたらないということです。5月28日に田野岡大和ら家族4人は、北海道北斗市から七飯町の山林にやってきました。

その後田野岡大和がいなくなったため、父親は「山菜採りの途中ではぐれた」と警察に通報します。しかし、採ったはずの山菜を彼らが持っていないという謎の状況を警察は不審に思いました。

行方不明から一夜明けた5月29日の朝になり、父親はしつけのために田野岡大和を林道に置き去りにしたと供述します。田野岡大和が人や車に石を投げるいたずらを止めなかったため、しつけのために置き去りにしたという真相を明らかにしたのでした。

②ひた隠しにした「田野岡大和へのしつけ」という父親の証言

父親は、警察に通報した当初は「山菜採りの最中に姿が見えなくなった」と説明しましたが、翌日の朝には「しつけのために置き去りにした」と証言を変えています。

当初父親は警察に対して嘘の供述をしてまで、田野岡大和を置き去りにしたことを隠し通そうとしました。ところが行方不明当時の供述の怪しさや、山菜が見当たらないという謎の状況から警察に疑いを持たれたため真相を告白します。

父親はしつけのために田野岡大和を車から降ろして、その場に置き去りにしたということが真相でした。父親が置き去りにしてから5分後に元の場所に戻ると、田野岡大和の姿が見えなくなっていたと話しています。しかし、この父親の証言と家族の証言を照らし合わせると謎がまた膨らみます。

③食い違う母親や姉との証言

父親の話では、田野岡大和一人を山中に残して家族3人は車でその場を立ち去ったという事でした。しかし、田野岡大和の姉は「父親が弟を連れて車から降りて山菜を探しに行った。その間母親と二人で車の中で待っていた。しばらくすると弟がいないと父親から連絡があった」とインタビューに答えていました。二人の証言の食い違いに謎が残ります。

これはしつけのために田野岡大和を置き去りにしたことを隠そうとして小学生の姉に虚偽の証言をさせたため、二人の証言が食い違ったという可能性があります。父親と母親は、まだ小さな子供に嘘をつかせてまで置き去りにしたという真相を隠し通そうとしました。
 

この父親と姉の証言の食い違いの他に、母親の証言にも謎があります。母親は行方不明になった当時の田野岡大和の服装について、「緑と白のストライプのTシャツに、紺色のジーパンとサンダルを着用していた」と答えました。

しかし北海道置き去り事件の翌日の29日には、母親は「事件当時着用していたのは、アルファベットの刺繍が入った黒いTシャツと赤い運動靴だった」と証言を変えています。最初に証言した服装とは大きく異なる服装です。母親によると「水遊びをして服が濡れたため途中で着替えさせた」とのことですが、なぜ最初から本当のことを言わないのか謎が残ります。

家族間の証言の食い違いや二転三転する供述から、世間からは「両親は本当に子供を見つける気があるのか」という疑いの声が強くなりました。

北海道置き去り事件から見る父親の心境

北海道置き去り事件は、父親が田野岡大和を置き去りにしたという真相を隠して嘘をついたため、必要以上にマスコミの注目を集めてしまいます。母親と妹が虚偽の証言をしたことも、世間のバッシングを集める要因となりました。

世間からのバッシングを恐れていた?

置き去りの真相を隠していた理由について父親は「本当のことを言うと虐待をしていたと疑われると思った」と話しています。悪い行動に対するしつけのつもりで行ったことが、北海道置き去り事件という大騒動になってしまいました。

普通は、7歳の子どもが土地勘もなく気候条件も悪い場所に置き去りにされて、その後一週間も見つからなければ最悪の事を覚悟しなければなりません。

しつけではなく故意の虐待と言われても仕方のない事件ですが、田野岡大和は軽い脱水症状はあったものの奇跡的に無事な姿で発見されたため、それ以上の詮索はされませんでした。また田野岡大和の家族の仲は良く、田野岡大和が虐待されているといったような噂もないようです。

警察や自衛隊への遠慮

父親がなぜ置き去りにしたという真相を隠したかについては、警察や自衛隊へ遠慮していたという理由もあります。家族間のしつけの問題で、多くの警察や消防、自衛隊を動員する事に対して気が引けたため、父親は嘘をついてしまいました。また、この事件では長期間にわたる大掛かりな捜索が行われたため、捜索に掛かった費用も相当なものでした。

田野岡大和の捜索は全て警察や自衛隊といった公共機関によって行われたため、捜索費用は家族に請求されませんでした。つまり、捜索費用の全ては税金によって賄われたということになります。嘘をついて大騒ぎになったあげく、捜索にかかるお金に税金が使われたことに対しては、厳しい批判の声も出ました。

田野岡大和を発見した時の父親の心境

田野岡大和は一週間にわたる捜索の末、行方不明となった現場から約5㎞離れた自衛隊の演習場にいるところを発見されて無事保護されます。現場の天候の悪さに加え、父親と母親が虚偽の証言をしていたために捜索も混乱し、発見が遅れる原因となりました。

行き過ぎたしつけに加えて、嘘をついて捜索を遅らせるという二つの罪を犯した父親は、田野岡大和を発見した時にはどんな心境だったのでしょうか。田野岡大和が発見されたその後、父親はマスコミの取材に応じ「大和には辛い思いをさせて悪かったと謝った」と答えています。

自分の行動が行き過ぎたしつけであると謝罪して、田野岡大和の捜索に協力してくれた全ての人に感謝の言葉も述べました。演習場で発見された田野岡大和は、その後函館の病院へ運ばれて簡単な検査を受けています。

家族と面会した田野岡大和は笑顔を見せて、父親の謝罪に対しても「パパは優しいから許す」と答えるなど精神的にも落ち着いていました。病院で治療を受けたその後、田野岡大和は両親に付き添われて退院しています。

マスコミの取材にもしっかりと答えて元気な姿を見せてくれましたが、普通は7歳の男の子が両親に置き去りにされて一週間も一人で過ごしたら、もっと憔悴したり混乱したりしていてもおかしくありません。しかし田野岡大和は「今は野球がしたい」と答えるなど、ケロっとした様子でした。

田野岡大和のあっけらかんとした姿を見て、「今は事件についてよくわかっていない様子だけれども、その後何らかの形で事件のトラウマが出るかもしれない」と専門家からも心配の声が上がりました。

北海道置き去り事件で世間を騒がせた田野岡一家の現在

北海道置き去り事件で世間の大注目を集めた田野岡大和たち家族ですが、現在彼らは一体どうしているのでしょうか。特に父親は顔出しでインタビューに答えていたため、個人情報も特定されてしまいました。事件からは年数が経ちましたが、その後現在も家族4人で仲良く暮らしているのでしょうか。

父親へのバッシングによる憔悴

北海道置き去り事件は、田野岡大和が無事に発見されて父親からの謝罪を受け入れたため解決したことになります。しかし事件当時は父親が置き去りの真相を隠していたため、故意に山中に置き去りにしたのではないかという疑いをかけられていました。

その後田野岡大和の捜索が長引くほどに、実は父親が犯人なのではないかと疑う声も強くなり、連日の加熱する報道で父親は憔悴していきます。捜索の結果、田野岡大和は無事に見つかったため、警察は北海道置き去り事件を刑事事件としては扱わない方針としました。

しかしその後警察は、父親が田野岡大和を山中に置き去りにした行為は心理的な虐待の疑いがあるとして、児童相談所への通告を行っています。

家族がバラバラに?

北海道置き去り事件で、田野岡大和の家族は世間から大きなバッシングを受けました。その後、父親は憔悴し母親もバッシングを恐れてマスコミの前に出てくることはありませんでした。しかし事件から2年後の2018年5月28日に、日本テレビ系列の『世界仰天ニュース』で北海道置き去り事件が再び取り上げられることとなります。

同番組では事件の再現ドラマが作成されて、田野岡大和が奇跡の生還をしたという美談に仕立て上げるような放送内容でした。謎が多い事件だったために現在でも視聴者の注目を集め、親の行動の是非について再び論争が巻き起こりました。同番組では田野岡大和の家族の現在については、はっきりと語られませんでした。

田野岡大和の家族の現在について語られていない理由は、家族がバラバラになってしまったからという噂があるようです。

田野岡大和の両親は共働きで子供の世話を祖母に頼っていましたが、家族仲は良かったという証言があります。しかし北海道置き去り事件のその後、家族は世間の厳しいバッシングにさらされて父親も母親も精神的に参ってしまいました。

現在両親は離婚して一家はバラバラになってしまったため、『世界仰天ニュース』では家族の現在について触れられなかったのだと噂になっているのです。

田野岡大和の今とは?

行方不明から一週間後、無事に発見された田野岡大和は病院に搬送されて警察から事情聴取を受けました。行方不明となった当時の状況については「休み休み一人で歩いていき、5月28日に自衛隊の宿舎にたどり着いた。その後はずっとそこにいた」と話しました。

しかしこの田野岡大和の証言には不審な点があります。自衛隊は5月30日に、田野岡大和がいたとされる宿舎の点検を行っているのです。もし5月30日の時点で宿舎の中に田野岡大和がいたのであれば、自衛隊が宿舎内を点検した時に彼を発見できたと考えられます。しかし、その時に田野岡大和を発見することはできませんでした。

そのため、本当に5月28日から田野岡大和が宿舎内にいたのかどうか謎が残ります。田野岡大和の証言には疑問があり、真相がはっきりと解明されていませんが、警察は事件性のないものとしてそれ以上の調査を行いませんでした。

警察はこの事件を刑事事件としては取り扱いませんでしたが、前述したとおり両親が田野岡大和を置き去りにしたことについては心理的な虐待の疑いがあるとして児童相談所へ通告しています。

現在田野岡大和の家族について、両親が離婚したという噂に加えて田野岡大和が児童相談所で保護されているという噂もあります。北海道置き去り事件により世間からバッシングを受けた家族の現在は、幸せとは言えない状況である可能性が高いです。

北海道置き去り事件のその後を追う!

北海道置き去り事件は、現在でも真相がはっきりとわかっておらず謎の多い事件です。田野岡大和が発見されて事件が収束したその後も、しつけと称して置き去りにしたことに対して虐待ではないのかという議論が各方面でなされました。

海外でも大ニュースになっていた

北海道置き去り事件は、日本のみならず海外でも大きなニュースとして取り上げられています。「両親の責任は重く逮捕されるべきである」という厳しいコメントも寄せられました。海外では幼児虐待について、日本よりも圧倒的に厳しく処分されます。

田野岡大和が無事に発見されたため、日本のマスコミは「サバイバルを生き抜いて奇跡の生還を果たした」という風に報じましたが、海外であれば両親はこの事件で刑事告訴されていた可能性が高いです。

虐待事件はそう少なくない現実

子供に対する虐待事件は、少なくない頻度で発生しています。北海道置き去り事件のように、子供を置き去りにする事件も昔から起こっている虐待の一種といえるでしょう。1988年に起こった巣鴨子供置き去り事件では、母親が4人の子供を置いて蒸発しました。その後母親は保護責任者遺棄致死の罪で逮捕・起訴されています。

2010年に起こった大阪2児置き去り死事件でも、母親がわずかな食糧を残して2人の子供をマンションに置き去りにしました。母親の育児放棄により、当時1歳と3歳の二人の子供は餓死しています。母親は殺人容疑で逮捕されました。

虐待を行う親の心理

虐待や育児放棄で児童相談所へ通告される件数は、年間で8万件を超えます。虐待の原因の一つには、虐待されて育った子どもが親になった時に自分の子どもを虐待するという負の連鎖があるようです。また虐待をする親は周囲に頼ることが出来ず、子育てが困難な状況にあるケースも多くあります。

両親とうまくいっていない場合や片親でお金も時間もない場合など、周りに頼る人がいない孤立無援の状態で追い詰められて行く中で、子供をストレスのはけ口にしてしまっているのです。

なんとかきちんと育てなくてはと思いつつもうまくいかなくなると、虐待が起こる可能性が高くなります。ある意味では真面目で責任感があるからこそ、虐待という悲劇が起こる場合もあるといえるでしょう。

しつけを一歩間違うと虐待になる!

北海道置き去り事件は、行方不明になっていた田野岡大和が元気な姿で発見されて一応の解決をみました。しかし事件の真相については、現在でも明らかになっていない部分もあります。

家族の証言が二転三転したことや、7歳の子どもが一週間も行方不明となった割りには元気だったことなど気になる点もあり、田野岡大和の家族がまだ何か隠している可能性もあるのではという疑念も持たれます。

田野岡大和の父親はほんの軽い気持ちで置き去りにしたということですが、田野岡大和が行方不明のまま見つからなければ「軽い気持ち」では済まされない事態でした。「しつけ」とは何か「虐待」とは何かということについて、世間に大きな波紋を呼んだ事件となりました。

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