水戸事件とは!赤須正夫社長のその後や被害者である知的障害者の現在は

水戸事件は1995年に有限会社アカス紙器の社長が、従業員の知的障害者に対して賃金を支払っていなかった事が発覚、同時に社長が障害者たちに暴行・強姦をしていたという事が明るみになった事件です。水戸事件の詳細、その後の赤須正夫や知的障害者についても紹介していきます。

水戸事件とは!赤須正夫社長のその後や被害者である知的障害者の現在はのイメージ

目次

  1. 1水戸事件とは?詳細と概要
  2. 2水戸アカス事件の主犯の赤須正夫社長はどんな人?
  3. 3水戸事件の裁判結果とは?
  4. 4被害者がした抗議活動とは?民事裁判を訴えた!
  5. 5その後の赤須正夫社長と被害者・知的障害者は?
  6. 6水戸事件をきっかけに差別のない明るい未来へ!

水戸事件とは?詳細と概要

1995年に茨城県水戸市で起きた水戸事件の詳細は、有限会社アカス紙器で雇用されて働いていた知的障害者に対し、賃金が支払われていないという事が発覚したことから始まります。翌年には社長が逮捕されることになりました。

さらにアカス紙器の社長の赤須正夫は、水戸事件のきっかけである助成金不正による詐欺容疑だけでなく、長年にわたって日常的に従業員たちへと暴行や強姦を行っていた事も発覚しました。

この事件は会社名をもじり、水戸アカス事件とも呼ばれることになりました。そして、この水戸アカス事件はこれまでの障害者に対する社会的差別や虐待行為の事件でも、国や水戸市全体の行政を背景とした大変規模の大きな事件となっています。

その後、この水戸事件をモデルとしたドラマ『聖者の行進』が放送されました。社会的にも障害者虐待防止法の成立及び施行に伴い、より障害者たちの人権や社会制度の見直しが注目され積極的に進められるようになっています。

当時から大変話題となった作品である『聖者の行進』と水戸事件の詳細を照らし合わせて見る事で、より事件の残酷さもイメージしやすくなります。

また水戸事件は世間の注目を集める中で、「東京裁判所が下した実刑は公正な判決結果などではない」という訴えの声が強まることになりました。知的障害者たちへ虐待や強姦を行い、人間扱いしない差別行為を繰り返したとされる赤須正夫社長への判決はそれほど納得できないものでした。

なぜ「水戸事件」と呼ばれている?

水戸事件という総称については、事件が茨城県の水戸市で起こったという事や、事件発覚後に調査をした水戸警察署と水戸地方裁判所での模様が大変世間から注目された事によって水戸事件と呼ばれているようです。

水戸アカス事件の詳細を辿る事で、アカス紙器の背景にあった水戸警察や福祉、行政、法の欠陥などについても多く指摘がされていました。現在でも障害者たちの人権について国を指摘する際は、水戸事件が代表的に取り上げられる事があります。

アカス紙器は積極的に知的障害者を雇用

水戸事件の発端となった現場のアカス紙器は、水戸市でも積極的に知的障害者たちの雇用を行っている事で、制度に対し熱心な会社であると地元の評判が高かったとされています。社長である赤須正夫も名士として尊敬されている人物でした。

知的障害者たちを雇用して、さらに社員全員を会社の寮に住まわせるのは並大抵の事ではありません。本当にそれを実現させていれば、社長の赤須正夫が長年福祉に尽力したという功績になっていたかもしれません。

虐待を受けた従業員の母親たちは水戸事件の赤須正夫の印象について、「最初はとても優しいことや、条件の内容が魅力的だった」という点で一致していたようです。就職当時を振り返り、最初はとても印象が良かったので、ここならうちの子もと期待をしていたのだと証言していました。

1995年に助成金受給の不正が発覚

アカス紙器が国からの特定求職者雇用開発助成金を受け取って、実際に賃金を払っていなかったとされたのは1995年の10月で、その翌年の1月8日に赤須正夫は詐欺容疑で逮捕されました。1月8日に助成金詐欺容疑で逮捕され水戸アカス事件が発覚し、同じ月の29日に起訴となっています。しかし、この時は、その後すぐに保釈されていました。

障害者に暴力・強姦行為もしていたことが発覚

有限会社アカス紙器が知的障害者に対して行った「水戸アカス事件」の虐待の詳細とは、角材やバットで殴りつけたり、両膝の裏に空き缶や角材を挟んで正座させて、膝上に漬け物石などの重しを乗せて長時間座らせるといった内容だったようです。

女性従業員に対しては頻繁に強姦行為があったとされており、中には中学を卒業して就職後すぐに強姦されたという女性もいました。ドラマ『聖者の行進』にもこの事実をワンシーンとして使っています。

その後、この強姦事件については赤須正夫や他の従業員、その友人たちなど数名が犯行に及んでいたことも明らかとなっており、大変痛ましい事件となっています。

ドラマ「聖者の行進」は水戸事件がモデル

水戸事件と聞くと、この『聖者の行進』を思い出す人も多いのではないでしょうか。水戸事件が発覚した後の1998年に放送されたTBSドラマ『聖者の行進』は水戸事件の事件概要が詳細にモデルとなっており、知的障害者を雇用する竹上製作所という工場が舞台となっています。

また『聖者の行進』の中でも従業員に対する暴行や強姦という過激なシーンが頻繁に登場するので、衝撃的な内容となっていました。そんな『聖者の行進』は平均視聴率が20%を超えて大変注目されていた作品ですが、過激な内容に加えてその後、出演者の酒井法子やいしだ壱成らによる不祥事などが続き、再放送が困難な作品です。

水戸アカス事件の主犯の赤須正夫社長はどんな人?

この悲惨な水戸アカス事件を起こすことになったアカス紙器の社長であり、主犯の赤須正夫とは実際にはどのような人間だったのでしょうか。地元での評判や会社での様子について詳細を見ていきましょう。

アカス紙器の社長

水戸事件が起きてから水戸駅周辺でこの事件に関する情報を配布したり、水戸事件被害者を支援する会などが発足されました。アカス紙器で6年勤務した元従業員男性の証言により浮かび上がる赤須正夫が行う暴行の詳細というのは「殴る蹴る」という言葉では表せないものだったそうです。

また「見た人じゃないとわからない赤須正夫の鬼のような表情」と言われていました。さらに会社の専務であった弟の方はもっとすごい暴力を振るうということも分かりました。

障害者雇用に熱心な名士として有名

社長である赤須正夫は、知的障害者の雇用に熱心な名士というイメージが相当に強かったようです。また、有限会社アカス紙器は障害者を雇用する「優良企業」として名が通っていました。

しかし、水戸警察署や各行政機関は以前から数回にわたり虐待の報告を受けていたことが、水戸アカス事件が起きてから明らかになります。その報告がすぐに表立って問題になっていれば、もっと早くに事件が表沙汰になっていたかもしれません。

そうならなかった理由として、報告や相談をされた警察署や行政機関が「親と相談して会社を辞めるなら辞めて下さい」という対応しか取っていなかったことが考えられます。

裏では従業員の障害者に虐待

アカス紙器の社長であり地元の名士と呼ばれていた赤須正夫が実際に雇用した知的障害者や精神障害者に対して行った行為の詳細は、全ての従業員を寮に住まわせてそこに入寮した障害者たちに対して日常的に繰り返し暴行を行い、さらにそれを「見せしめ」とすることで従業員を恐怖で支配するというものでした。

水戸事件が発覚する少し前にアカス紙器から30キロも歩いて自宅に逃げて帰ったという男性は、赤須正夫が逮捕されたことで、会社から受けた仕打ちにについてを色々な人に話せるようになったそうです。

その内容とは、寮の階段に手錠を付けて繋がれ放置されたり、他の女性従業員は寮の野菜貯蔵庫に閉じ込められていたなどあまりに悲惨な状況で、話を聞いた母親は唖然としたようです。

水戸事件の被害者数はおよそ10人以上

水戸アカス事件で赤須正夫が行った虐待や強姦の被害者は10人以上とされていますが、長年にわたって日常的に繰り返し行われた状況などから実際の被害者数はもっと多く存在すると言われています。しかし全ての人が証言することはなく、実際に証言したのは14名20件のみとなっています。

水戸事件の裁判結果とは?

水戸事件の判決結果はその後の1997年3月28日に水戸地方裁判所により公開されました。しかし、その内容は被害者や家族、それを支えようと活動する支援者たちにとってあまりにもショックなものでした。

障害者への差別が社会的問題に

水戸事件が起きたその後には、滋賀県でも似たような事案の事件が発覚するなど、障害者たちへの差別が問題視されるようになっていきました。

また水戸事件の知的障害者たちの受けた差別や暴行と強姦の詳細について、国の下した判決結果を含めてみると、アカス紙器の中だけの話ではなくその差別問題の意識が国と社会全体のものであるという事も多くの人が認識したようです。

判決は懲役3年執行猶予4年

暴行や強姦についてのあらゆる訴えを全面的に否定し続けた結果、赤須正夫には懲役3年執行猶予4年の判決が下りました。

水戸事件の戦いを支える会の人々の裁判中の様子と詳細を記録したものの中には、裁判官から「食事を与えていない、食事を抜いたなどの行為があったか」という質問をされても、赤須正夫は「ありません」ときっぱりと答えたと記されています。

その際、傍聴席からため息や「嘘つき」という言葉が漏れていたということも残っています。水戸アカス事件の裁判や判決を通して、主犯の赤須正夫が反省する事は一切無かったという風に見た人も多かったのではないでしょうか。

判決理由①助成金受給を不正

赤須正夫は1996年1月8日に補助金不正受給詐欺容疑で逮捕されました。さらに同年の1月29日には知的障害者に支払った給与を水増しして水戸公共職業安定所に報告をし、雇用助成金を不正に受給したということで起訴されました。この件は事実ということで判決を下す際に影響しています。

判決理由②暴行2年・障害1件

アカス紙器の障害者たちは、膝の半月板に損傷が見られたり両耳が変形していたり、赤須正夫の話に恐怖の表情を浮かべるなど目に見える傷も多く残っていました。しかし起訴されたのは暴行2件、傷害1件のみとなり、それ以外は不起訴となっています。

不起訴となった大半の理由は「目撃情報がない」「証拠がない」というものでしたが、実際には「見た」という証言は数多くあったそうです。つまり、目撃証言などは度外視した判決ということになります。これでは傍聴席の人々や被害者を始め関係者が納得できるわけがありません。

被害者がした抗議活動とは?民事裁判を訴えた!

水戸事件の主犯となる赤須正夫に対する判決は執行猶予付きとなり、実刑にはなりませんでした。この判決に対して、被害者や支援団体などからは呆れと激しい抗議の声が上がりました。

罪が軽いと被害者は抗議

赤須正夫が逮捕されて以降、被害者たちは事件の状況について家族や支援団体に話すことが出来るようになりました。そのため、家族や支援団体は水戸事件の悲惨さをより理解しており、判決に対して強く抗議しました。またこの裁判にはあらゆる箇所にアカス紙器や赤須正夫を擁護するような部分もあったため、不信感が大きく残りました。

赤須正夫社長と弁護士・種田誠に謝罪を要求

赤須正夫とその弁護士を務めた元参議院議員の種田誠に対し、被害者の家族たちはすぐさま謝罪をするよう激しく訴え続けました。しかし、当然ながら2人からの謝罪はありませんでした。障害者たちの為に活動を続けてきた支援団体は悔しい思いをし、怒りと共に激しい抗議行動へと発展しました。

抗議活動①乗用車を1時間半取り囲み

判決結果に激しい怒りを見せる被害者や家族、支援団体らは、さっさと足早に裁判所から去ろうとした赤須正夫の乗る車を取り囲み、1時間半にわたって遮ったそうです。その結果、支援者や団体の事務局長などが監禁罪で逮捕されるという事態となりました。

抗議活動②フロントガラスを破損

さらに赤須正夫が乗っている車のフロントガラスを破損させるなど激しく怒りをぶつけました。そのため、実行した支援者は器物損壊罪で現行犯逮捕されています。支援者の1人は器物損壊と暴行容疑で1年4か月執行猶予3年の判決が下されました。さらに暴行監禁容疑で2年拘束されたのちに1年8か月の実刑を受けた支援者も出ました。

抗議活動③種田誠のネクタイや服を掴む

被害者の支援団体の人たちが裁判所から出てきた赤須正夫と弁護士の種田誠のネクタイを掴んだため、代表を務める女性支援者が暴行容疑で後日逮捕されました。さらにこの女性支援者と監禁罪にあたるとされた事務局長の男性には1年4か月の実刑判決が下ったため、赤須正夫よりも重い判決が出たことになります。

女性被害者3人が民事裁判を起こした

アカス紙器の女性従業員3人は、赤須正夫に虐待行為をされたとして損害賠償を求めて裁判を起こしました。この裁判は2004年に原告側が訴えを認め、民事勝訴となります。その結果、赤須正夫に対して合計1500万円の支払いを命じました。

その際にも赤須正夫は控訴しましたが却下されています。また、裁判中に赤須正夫は原告らの供述を裏付けるものは無いとしていましたが、裁判所はその反論も却下して原告の供述内容を認めた形となりました。

その後の赤須正夫社長と被害者・知的障害者は?

その後の赤須正夫と被害者の知的障害者たちはどうなったのかを見ていきましょう。ちなみにアカス紙器は事件後に不審火により寮だけを残し全焼しています。不審火にまつわる事実はわかっていませんが、その際の保険金が不正受給の返納にあてられていたという話があります。

このように不審火にまつわる憶測などで、水戸には絶えずよくない噂が漂っていました。また『聖者の行進』でも放火され工場が全焼しますが、事実とは多少異なるエピソードになっているようです。

赤須正夫社長は社長を辞職

水戸アカス事件をきっかけに、赤須正夫は社長を辞職しています。その後も有限会社アカス紙器は、社名変更をして茨城県の水戸市にて会社は存続していますが、赤須正夫が携わっているのかどうかは公開されていません。

赤須正夫社長は現在何をしているか不明

今現在の赤須正夫は、どこで何をしているのか全く不明です。当時の被害者たちに対しても、裁判所で罪を認めざるを得ない結果になったにも関わらず、謝罪が行われたという事実はないようです。

ちなみに、ドラマ『聖者の行進』で国への助成金詐欺と知的障害者たちへの暴行、強姦を行っていた竹上工場長は、最終回で工場に放火されます。その炎の中で障害者たちに思いのたけを述べたあとマンホールから障害者たちを逃がし、自身はは焼死体となって発見されました。

このラストは『聖者の行進』の製作者たちによる赤須元社長への批判と痛烈なメッセージと見て取れます。『聖者の行進』を見て、差別について考えていくのもいいかもしれません。

アカス紙器は社名や登録名を変更

水戸アカス事件が起きた後に、有限会社アカス紙器は有限会社水戸パッケージ、有限会社クリーン水戸と社名変更を行い、所在は今現在も変わらず当時のまま存続しています。事件当時は段ボール加工会社でしたが、現在も継続した会社概要なのかは詳細不明です。

被害者・知的障害者の現在も不明

水戸事件が起きてから、虐待や強姦を受けていた被害者がテレビ番組に出演して語ることもありました。事件発覚以降、水戸事件の被害者や被害者家族、被害者支援団体などは地元の水戸を中心に活発に活動していましたが、2018年現在は被害者である知的障害者たちがどうしているのか詳しくは情報公開されていません。

2011年に障害者虐待防止法が成立

2011年に障害者虐待防止法が成立し、翌年10月に施行されています。水戸事件のような障害者に対する差別や虐待を防止するべく法整備が進んでおり、全国的にも市町村の障害者虐待防止センターの設置が義務付けられています。

水戸事件をきっかけに差別のない明るい未来へ!

水戸事件のような福祉の欠陥に付け込まれる詐欺事件が起こらないようにと、その後2018年となった現在でも、社会福祉に関する分野的問題点などの改善が行政や現場を含めて日々行われています。障害者を人間として扱わない、人権を無視するような事が起こらないよう、意識して明るい未来へと繋げる事が課題の1つとなっています。

関連する記事はこちら

Thumbバッキー事件とは!被害者や栗山龍の現在は?今も社名を変え存続?
バッキー事件という恐ろしい事件をご存知でしょうか。2004年にAV業界で起きた強姦致傷事件で...
Thumb市川一家4人殺人事件の犯人・関光彦とは!長女のその後や死刑への賛否は
市川一家4人殺人事件とは、当時19歳だった関光彦が金銭目的で強盗や4人の殺人、長女の強姦をし...
Thumbベナベンテ事件の概要!犯人や被害者のその後【本当にあった復讐殺人事件】
スペインで起きたベナベンテ事件をご存知でしょうか?犯人の名前から名付けられているベナベンテ事...

関連するまとめ

Original
この記事のライター
ks
thanks

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ