酒鬼薔薇聖斗(元少年A)の現在【神戸連続児童殺傷事件の概要・その後】

神戸連続児童殺傷事件は、当時14歳の中学生による連続殺傷事件です。この記事では、神戸連続児童殺傷事件の犯人である酒鬼薔薇聖斗(元少年A)の今現在の画像や本名、結婚の有無や被害者宛に書いた手紙、酒鬼薔薇聖斗の両親のことなどについてをご紹介します。

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目次

  1. 1神戸連続児童殺傷事件の概要
  2. 2神戸連続児童殺傷事件の経緯
  3. 3酒鬼薔薇聖斗(元少年A)の生い立ち
  4. 4酒鬼薔薇聖斗の家族
  5. 5酒鬼薔薇聖斗の結婚歴や子供の有無
  6. 6神戸連続児童殺傷事件をめぐる裁判
  7. 7酒鬼薔薇聖斗のその後と今
  8. 8神戸連続児童殺傷事件に対する世間の反応
  9. 9第二の酒鬼薔薇聖斗を生み出してはいけない

神戸連続児童殺傷事件の概要

神戸連続児童殺傷事件は、1997年におきた殺人事件です。数ヶ月にわたって複数の小学生が被害者になった事件で、残虐な犯行手口や犯行声明文を新聞社に送りつけるなど特異な事件でした。犯人は「酒鬼薔薇聖斗」と名乗るいわゆる「普通の14歳の中学生」であったことにより、今なお社会に衝撃が残っています。

酒鬼薔薇聖斗と名乗る犯人

いわゆる第三の事件で犠牲になった当時11歳の土師(はせ)淳くんの遺体の一部に、「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る犯人からの犯行声明文が発見されました。その後も地元新聞社に酒鬼薔薇聖斗を名乗る犯人からの挑戦状が送られてきたことなどから、当時のマスコミは「強い暴力性がともなう特異な事件」として報道していました。

被害者は複数の小学生

1997年3月に第二の事件の被害者である当時10歳の山下彩花ちゃんが脳挫傷のために亡くなり、その約3ケ月後の5月27日早朝に土師淳くんの切断された頭部が神戸市須磨区友が丘中学校正門に放置されているのを通行人が発見しています。

それ以前の数ヶ月にわたって複数の小学生が被害者となっており、うち3名が重症を負っていました。

強い暴力性が伴う特異な事件

第一の事件と第二の事件では「ハンマー」のようなものでの殴りつけるという犯行を繰り返しています。また第二の事件では小学生女児の腹部を刃渡り13センチメートルの小刀で深く刺しています。幸いこの被害者の命は助かりましたが、胃を貫通するほどの深さでした。このように、猟奇的な第三の事件だけではなく全ての事件で強い暴力性が伴っています。

神戸連続児童殺傷事件の経緯

神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)は当初、猟奇的な殺人事件である第三の事件だけが注目されました。ところが事件が明るみになるにつれて、この事件は日本中を震撼させる特異な連続殺傷事件であることが判明していきます。

さらに被害者は小学生ばかりで、犯人は法で守られる14歳の少年であったことが今でもこの事件が本当に恐ろしいとされるところです。

第一の事件

神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)の第一の事件は、1997年2月10日午後4時ごろに起こりました。神戸市須磨区の路上で小学生の女児2人がゴム製のハンマーで殴られて1人が重症を負うという通り魔的な事件でした。

被害者の父親は娘の話から犯人が近所の中学生ではないかと思い、学校や警察に生徒の写真を見せて欲しいとお願いしていましたが、結局開示されることはありませんでした。後にこのことが「ここで捜査をしていたら、続く事件は防げたのではないか」と批判されることとなります。なお、この第一の事件は被害者の家族の要望もあって非公開とされていました。

この第一の事件が起こる前の5月15日から、犯人である元少年Aは中学校を休んでいます。その代わりに、母親とともに児童相談所に通い始めています。これは、5月13日に同級生と喧嘩をして歯を折るなどの怪我を負わせたためによる措置でした。

第二の事件

神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)の第二の事件は、1997年3月16日午後0時25分ごろに起こりました。犯人の元少年Aは竜が台の公園で山下彩花ちゃんに声をかけ近くの学校まで案内させます。その後、彩花ちゃんを金槌で殴りつけて逃走します。彩花ちゃんは病院に運ばれますが、1週間後に脳挫傷で亡くなりました。

彩花ちゃん殴打後の午後0時35分ごろ、元少年Aは別の小学生3年生の女児にもその魔の手を伸ばします。こちらは腹部を刃渡り13センチの小刀で刺し、2週間の怪我を負わせました。幸いにも被害者の命は助かりましたが、手術の際には1.8リットルの輸血が必要なほどの重症でした。

第一の事件と第二の事件は、この段階ではまだ連続事件としては扱われていませんでした。2つの事件ともに通り魔による犯行とされ、有力な目撃情報もないまま捜査は難航します。

第三の事件

そして神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)の第三の事件は、1997年5月24日からはじまります。犯人の元少年Aは、当時既に人を殺してみたいという欲望が高まっていました。この日の昼過ぎに自転車で神戸市立多井畑小学校近くで顔見知りの土師淳君と出会います。淳君は元少年Aの弟の友達でした。

カメが好きな淳君に「カメがいるよ」と近くの「タンク山」と呼ばれる高台に誘い、山頂の手前にあるケーブルテレビ用のアンテナ施設の入り口付近で絞殺し、その施設に遺体を隠しました。

元少年Aは犯行後、施設にかけられていた古い南京錠を壊すために近くのホームセンターでノコギリなどを万引きします。そして犯行現場に戻って鍵を壊し施設内に侵入し、局舎の床下に淳君の遺体を隠しました。

犯行後、元少年Aは友達と何もなかったかのように遊んで帰宅しています。帰宅後は疲労のためかすぐに寝てしまったそうです。元少年Aは夜中に目を覚まし、その瞬間にノコギリで人間の首を切ってみたい衝動にかられます。

そして翌日の25日、いつものように昼前に起床して黒いゴミ袋や小刀などをもって出かけます。ケーブルテレビ用のアンテナ施設に到着すると施設に隠してあったノコギリを取り出し局舎の床下に隠していた淳君の遺体から首を切断します。

元少年Aは持ってきた小刀で淳君の両目を突き刺したり、ビニール袋にたまった淳君の血を飲んでいます。淳君の胴体は元の通り施設の局舎の床下に隠し、袋に入った淳君の首は少し山を降りたところにある「入角ノ池」の淵の木の根元に空いていた穴に隠します。使われたノコギリは友が丘西公園のとなりにある向畑ノ池に投げ捨てました。

翌26日、元少年Aは淳君の首を自宅に持ち帰ります。いすれ警察には発見されるだろうと考えていた元少年Aは少しでも警察を混乱させようと思い、淳君の首を思いがけない場所におくことを思いつきます。それが自分の通っている神戸市立友が丘中学校であり、その中でも最も目立つ正門でした。元少年Aは26日の昼に淳君の首を家に持って帰ります。

帰宅後、家で淳君の首を洗い終えると自分の部屋の天井裏に隠しました。首を隠した後はベッドに横になり、捜査をかく乱する方法を考えます。このとき「偽りの犯人像」を表現するには手紙が一番だと思いつきました。

部屋にあった「瑪羅門の家族(ばらもんのかぞく)」というマンガから「長年つもり積もった恨みを持つ人間の犯行」と感じさせる文と、別の本で覚えていた言葉を組み合わせて手紙を書き上げました。これが淳君にくわえさせていた「酒鬼薔薇聖斗」の手紙です。

5月27日未明、元少年Aは午前1時から午前3時の間に淳君の首が入ったカバンを自転車の前かごに入れて家を出ます。中学校の正門に到着すると首の置き方に試行錯誤し、最終的に正門前の地面に置きました。最後に「酒鬼薔薇聖斗」の文字が見えるように手紙を口にくわえさせます。その後、家族に気付かれないように窓から2階の自室に戻り朝まで眠りました。

起床後テレビで淳君の首が発見されたことを知りましたが、同時にタンク山に隠した胴体まで発見されたニュースも知り驚きます。「バレるのが早すぎる」と一瞬焦りましたが報道では犯人像が自分以外の人物であるかのように報道されていたことから、操作かく乱は上手くいったと安心しました。

このとき、報道の一部で犯人の名前が「鬼薔薇」と間違えて報道されており、このことに対して怒りを感じます。

6月4日、神戸新聞社宛に赤インクで書かれた手紙が届きました。「酒鬼薔薇」という名前を「鬼薔薇」と間違えたことに対する抗議文章でした。この段階で捜査班は容疑者の元少年Aが学校で書いた作文の筆跡と犯行に使われた2つの手紙とで筆跡鑑定を行っていますが、一致断定までには至りませんでした。

6月28日の朝、警察は元少年Aに任意同行を求めます。取調べ中、元少年Aは当初犯行を否定していましたが、第一の犯行声明文を見せて「君が学校で書いた作文の字とこの犯行声明文の筆跡鑑定が一致した」とかまをかけると、元少年Aは号泣しながら罪を認めました。

同日午後7時5分、殺人および死体遺棄の容疑で酒鬼薔薇聖斗こと元少年Aは逮捕されました。取調べ中に第一と第二の事件に関しても犯行を認めたため、これらの事件は同一犯による連続事件として「神戸連続児童殺傷事件」と呼ばれるようになりました。

酒鬼薔薇聖斗(元少年A)の生い立ち

酒鬼薔薇聖斗(元少年A)は何故、今なお日本の犯罪史上に残るような凶悪な犯行に及んでしまったのでしょうか。日本犯罪史上稀に見る残虐な事件を起こした犯人が当時14歳の中学生であったことは、海外でも報道されるほど衝撃的でした。犯人の酒鬼薔薇聖斗(元少年A)の生い立ちなどを調べてみました。

酒鬼薔薇聖斗の本名は東真一郎

酒鬼薔薇聖斗(元少年A)の本名は東慎一郎といいます。両親が「真実を見極める子に育つように」という願いをこめて命名しました。生年月日は1982年7月7日です。幼少期は神戸市北区の団地で育ちます。1989年3月に神戸市須磨区友が丘に転居しました。この家は母方の祖母所有の戸建ての家だったそうです。

このときの家族構成は母方の祖母と、父、母、慎一郎、弟2人の6人家族でした。一階に台所と六畳の居間と両親の寝室があり、二階は十二畳の洋室一間に六畳と二畳の三部屋でした。元少年Aこと東慎一郎は小学校まで次男と一緒に十二畳の部屋を使い、中学に入学してからは六畳の和室を独りで使っていました。

祖母の他界により死に興味を持つ

1993年2月、元少年A(本名・東慎一郎)を含む孫たちを可愛がっていた母方の祖母が肺炎のため入院します。その後、治療の甲斐もむなしく4月16日に亡くなりました。これをきっかけとして、東慎一郎は蛙やナメクジの解剖をはじめます。翌年の冬に、祖母が飼っていた犬も老衰のため死亡します。この頃からさらに「生死」に対する興味がわいてきました。

小6の頃から動物を殺し始める

神戸連続児童殺傷事件の犯人である、東慎一郎は小学校5年生のときから動物に対する殺害を始めています。最初は蛙やナメクジの解剖でしたが、その後は猫が対象になっています。東慎一郎は友人に20匹くらいの猫を殺したと語っています。

猫を殺すようになってから、東慎一郎は動物を殺害して遺体を損壊することに性的な興奮を感じるようになりました。この性的な興奮や快楽の感覚や要求が、人にまでエスカレートしてしまったのが神戸児童連続殺傷事件といえます。

東慎一郎の行動や言動を危惧した両親は、中学入学後の1995年11月に東慎一郎を精神化の病院に通院させています。診断テストや脳の検査を受けた結果、注意欠陥・多動性障害(ADHD)の診断を受けました。

変更した名前で現在は生活

1997年10月13日、神戸家庭裁判所は神戸連続児童殺傷事件の犯人である東慎一郎を医療少年院送致が相当と判断し、関東医療少年院に身柄を移しました。2001年11月27日、治療が順調であるとの判断から東北少年院に移送されます。

2002年の初夏にイジメられたこと対して暴れて抵抗し、この騒動の後、神戸家裁が2004年末まで少年院収容継続を決定しました。それにも関わらず、2003年3月に関東医療少年院は東慎一郎の仮退院を申請しています。当然、このことに対して被害者たちからは批判があがりました。

神戸家裁の決定や被害者の気持ちとは裏腹に、2004年3月10日、成人した神戸連続児童殺傷事件の犯人である東慎一郎は少年院を仮退院しています。そして翌年2005年1月1日、ついに本退院が許可されました。

神戸連続児童殺傷事件の犯人である東慎一郎は、退院時に「姓を変えないとその人の社会生活に著しい支障が出る場合に限り、管轄の家庭裁判所に申し立てて、姓を変更することが可能」という特例的な戸籍法を利用し、今現在は名前も苗字も変わっているようです。

それどころか今現在は整形までしているとの情報もあります。2004年の秋には「今はある団地の一室で法務省関係者と同居し、現在社会勉強中だ」という法務省関係者からの情報がありました。またその後、「今現在は別の身元引受人と養子縁組して名前を変えたほか、出生地や学歴など偽のプロフィールを用意した」との情報もありました。

酒鬼薔薇聖斗の家族

神戸連続児童殺傷事件の犯人である元少年Aの「酒鬼薔薇聖斗」こと東慎一郎は、どのような家庭に育ったのでしょうか。父親や母親は、どのような人物だったのでしょうか。神戸連続児童殺傷事件の犯人である酒鬼薔薇聖斗こと東慎一郎の家族について調べてみました。

酒鬼薔薇聖斗の父親

神戸連続児童殺傷事件の犯人である酒鬼薔薇聖斗こと東慎一郎の父親は鹿児島県沖永良部島の出身で、姉妹の多い8人兄妹だったようです。そのためか日ごろから「とにかく今すぐ息子が欲しい」という言い方をしていたといいます。

神戸連続児童殺傷事件の犯人である酒鬼薔薇聖斗こと東慎一郎の父親の趣味は日曜大工や釣り、ゴルフ、スケート、パチンコでした。1970年ごろに中学を卒業後、就職で神戸に来ています。父親は神戸連続児童殺傷事件当時47歳でした。1980年、父親が30歳のときに結婚しています。

32歳くらいから心臓を患っていたとの情報もありました。事件後の父親から息子に対しての発言や行動から考えて、酒鬼薔薇聖斗の父親は子煩悩な性格だったと考えられます。酒鬼薔薇聖斗の父親の現在の消息は不明です。

酒鬼薔薇聖斗の母親

神戸連続児童殺傷事件の犯人である酒鬼薔薇聖斗こと東慎一郎の母親は三姉妹の次女でした。結婚してからずっと専業主婦をしています。次男のPTA役員を務めるなど、活発で社交的な性格だといわれていたようです。7歳の頃に父親を亡くしたので父親の記憶がほとんど無いと回りに話しをしていたとの証言もありました。

専業主婦のわりには育児にあまり関心がなく、子供は放任主義だったようです。お酒やパチンコにふらりとひとりで出かけていたという話もあります。子供の教育に対しては一貫性がなく、また日ごろの行動にも非常識な点があったそうです。

また、神戸連続児童殺傷事件の犯人である酒鬼薔薇聖斗こと東慎一郎に対して、生後半年くらいから体罰を与えていたとの情報もありました。父親と同じく、母親も現在の消息は不明です。現在は離婚したのではないかとの話もあるようです。

酒鬼薔薇聖斗の2人の弟

神戸連続児童殺傷事件の犯人である酒鬼薔薇聖斗こと東慎一郎には2人の弟がいます。次男は東慎一郎と年子です。事件当時、神戸市立友が丘中学校2年生でした。第3の事件の被害者である土師淳くんのお兄ちゃんである巧くんと同級生だったようです。大学は工学部に進学し、その後アニメの学校に通ったという話がありましたが、現在の消息は不明です。

下の弟である三男は、東慎一郎の3歳下です。事件当時は神戸市立井畑小学校6年生でした。第3の事件の被害者である淳くんと三男は、かつて教室で机を並べたこともある同級生で、友達でもありました。被害者の淳くんは東家に何度も遊びに来ています。高校は中退してしまったらしく、やはり現在の消息は不明です。

事件後しばらくして両親が離婚し、二人の弟はともに母親の旧姓に改名したという話があります。その後3人で人目を避ける生活を強いられ、四国や和歌山を転々としたようです。

酒鬼薔薇聖斗の結婚歴や子供の有無

今現在は社会に復帰している神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)の犯人である東慎一郎は、当時法務省によって守られていました。「彼の更生には世間の暖かい理解と協力が重要だ。公表は支障をきたす」とのことで、法務省からの情報は一切ノーコメントで通しています。それどころか意図的に偽情報を流しているとも言われていました。

今現在は大人の刑法が適用される年齢が14歳になっていますが当時は16歳からだったため、報道では犯人は少年Aとされて保護されていました。被害者よりも加害者がより強く保護されていると言われ、この事件が少年法の改正のきっかけになりました。

大人の刑法が適用されなかった犯人・東慎一郎は少年院を既に退院し、今現在は完全に社会復帰しています。今、酒鬼薔薇聖斗は結婚しているのか、子供はいるのかなどを調べてみました。

酒鬼薔薇聖斗は結婚しているの?

東慎一郎は名前を変え、整形をし、見た目は別人に成りすまして今は普通の生活をしているようです。それでも何かをきっかけに「あいつは、あの酒鬼薔薇聖斗ではないか」と噂が立ち、その度に住むところも仕事も転々としているようです。

神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)の犯人の東慎一郎は、現在結婚しています。相手の女性は東慎一郎の熱烈なファンだったという噂がありますが、真実は不明です。驚くべきことに、自分たちの結婚式の招待状を被害者遺族に送るという行動までしていたことが分かりました。

酒鬼薔薇聖斗に子供はいるの?

酒鬼薔薇聖斗には、今は既に子供もいるという話があります。また、子供が出来たことで「とんでもないことをした」と神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)について反省し、後悔する言葉を口にしたとの情報もありました。しかし、それが何処まで信憑性のある情報なのかは確認できませんでした。

神戸連続児童殺傷事件をめぐる裁判

神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)の犯人である東慎一郎の逮捕の後、世間はその扱われ方に注目を集めていました。日本犯罪史上稀に見る残虐な事件であり、また犯人がまだ中学生であったことや、マスコミや警察に対して「酒鬼薔薇聖斗」という名前を使って挑戦したことなどが、この裁判を注目する大きな理由となりました。

酒鬼薔薇聖斗への判決

神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)の判決について、まず刑事裁判については当時の少年審判となっていたので非公表になっています。犯人である東慎一郎は、医療少年院に入院しただけで罪を償ったとは到底いえないのです。

被害者の遺族は民事訴訟も起こしています。神戸地方裁判所の判決では酒鬼薔薇聖斗こと東慎一郎の父親と母親のそれぞれに、約5000万円を支払うように命じています。

神戸連続児童殺傷事件による少年法の改正

少年法は成人に適用される刑法とは違って、その趣旨は加害者には保護処分を行い、更生させるのが目的です。そのため、罪を償うという趣旨は入っていませんし懲役もありません。この少年法は制定以来長きにわたって改正されてこなかったのですが、神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)をきっかけに2000年に初めて改正されました。

それは、刑事処分可能な年齢を従来の16歳以上から14歳以上に引き下げるというものでした。もし神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)のときに刑事処分対象年齢が今現在の14歳以上であれば、犯人の東慎一郎は懲役などの罪を償うことができていました。

関東医療少年院へ入所

神戸連続児童殺傷事件は、世間からの注目度が著しく高かったために家庭裁判所は例外的に精神鑑定の結果を公開しています。精神鑑定結果は、犯人の東慎一郎には完全な責任能力はあるものの、成人の反社会性パーソナリティ障害に相当する行為障害があるとしています。

つまり、鑑定医の意見として「行為障害の原因を除去して性格を矯正し更生するためには、長期間の医療的処置が必要」との提案がなされたのです。このため、1997年10月に神戸家庭裁判所は東慎一郎を医療少年院送致が相当と判断し、関東医療少年院に移送されたということです。

酒鬼薔薇聖斗のその後と今

神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)の犯人である東慎一郎は医療少年院を出所後、今はどうしているのでしょうか。酒鬼薔薇聖斗こと東慎一郎のその後と今について、調べてみました。

遺族への手紙

酒鬼薔薇聖斗こと東慎一郎は、医療少年院を仮退院した2004年から毎年被害者遺族らにむけて手紙を送っていました。2005年5月24日は第三の事件の被害者である土師淳くんの八回忌であったため東慎一郎は弁護士を通して献花を申し出ていましたが、被害者遺族は申し出を断っています。

2007年3月、第二の事件で犠牲になった山下彩花ちゃんへ医療少年院退院後初めて謝罪の手紙が届けられています。しかし被害者遺族は「必死に生きようとする姿が見えてこない」というコメントを発表しています。

2005年に少年院を退院

関東医療少年院に入所して1年ほど経過した頃にも喧嘩騒ぎを起こしています。それにも関わらず、治療が順調であるとの判断から東北少年院に移送されています。さらに移送された東北少年院でもイジメられていたことに対する報復騒ぎを起こしています。

こうした行動をみて神戸家裁が「少年の犯罪的傾向はまだ矯正されているとはいえない」と判断を下し2004年末まで少年院収容継続を決定しました。それにも関わらず、2004年3月10日成人した東慎一郎は仮退院しました。そして2005年1月1日付け正式退院となり、東慎一郎は本格的に社会復帰しました。

出版した手記がベストセラーに

酒鬼薔薇聖斗こと、本名「東慎一郎」は2015年に『絶歌』という題名の手記を突然出版しました。神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)は日本中が震撼した特異な事件であったため、この手記は世間から注目されベストセラーになりました。その後公式ホームページも立ち上げています。

手記を出版してから3年後の2018年、2004年の仮退院から書き続けてきた被害者遺族宛の手紙を書くのをやめています。第三の事件の被害者である土師淳くんの父親の守さんは「手紙を書かないということは、事件に面と向かうことをやめたということ」と受け止めていました。

週刊文春の追跡取材

元少年Aという匿名で出版した手記『絶歌』には、溶接工としての仕事をしながらネットカフェや簡易宿泊所を点々とする日々がつづられています。半年以上をかけて週刊文春の記者が東慎一郎が生活している場所を突き止め、酒鬼薔薇聖斗である元少年Aにインタビューを試みます。

「何のことか分からない」と答えていた東慎一郎でしたが、途中から様子が一変し「名刺も手紙もいらねえよ」「命がけで来てんだよな」と脅しとも取れる言葉を発し、異変を感じて逃げる記者を10分以上にわたり執拗に走って追いかけてきました。記者は後に「殺されると思った」という発言をしています。

酒鬼薔薇聖斗の現在の姿は?画像は?

酒鬼薔薇聖斗こと東慎一郎の画像は今でもネット上に幾つか存在します。ただし、整形しているなどの噂も多く、今現在の本人の画像であるかは断定できません。中学時代の白黒写真が本物だとすると、ネット上にある画像からは面影が残るものの、すれ違ったら本人か分からないであろうことが伺えます。

2004年ごろは朝8時に出勤して夕方5時には退社するという規則正しい生活をしていた影響で、健康そうな姿になっていたようです。また22歳になった頃は、少年院で毎日筋トレして心身ともに逞しくなったとされています。別の画像では少年期と比較するとあえて整形でぽっちゃりした顔つきにしたと思われる画像もあります。

神戸連続児童殺傷事件に対する世間の反応

神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)は、第三の事件が猟奇的だったことで世間の大注目を集めました。そのすぐ後、犯人が14歳の犯罪歴のない普通の少年であったことも世間の注目を集める原因となりました。その他、神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)に対する世間の反応について調べてみました。

神戸連続児童殺傷事件をめぐるマスコミ報道の様子

特に神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)で大きく注目されたのが、被害者側の人権問題でした。第三の事件の犠牲者、土師淳くんの父親である守さんは警察から「インターホンをTVモニター付きのものにかえたほうがよい」といわれました。玄関前には30人の報道陣が詰めかけていたときもありました。

各社スクープを撮ろうと必死だったようで、中には僧侶を連れて「供養をさせてください」といってきた記者もいました。犯人が逮捕される前には「犯人は両親ではないか」とさえいわれ、こうしたマスコミの行き過ぎた報道に対する姿勢が「マスコミの暴力」とまで表現されました。

神戸連続児童殺傷事件に関する両親の手記

1999年4月に文芸春秋から『少年Aこの子を生んで』というタイトルで、酒鬼薔薇聖斗の父親と母親の書いた手記が出版されました。副題は『父と母 悔恨の手記』というものでした。この印税は全て被害者の遺族に支払われています。

内容の評価に対してはあまりよい評価は受けておらず、特に母親の行動や言動には矛盾が見られたり非常識とも取れることが書かれて批判の対象になっています。

神戸連続児童殺傷事件を題材にした小説『友罪』

2013年5月、集英社から『友罪』という小説が出版されました。推理小説家の薬丸岳さんの著作です。もしも日本中を震撼させた凶悪犯罪の犯人である少年Aが社会に戻り成長して自分のすぐ近くにいたらどうなのかというもので、神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)に着想を得たものとされています。

この小説は2014年に第35回吉川英治新人賞候補にもなっており、生田斗真と瑛太のダブル主演で2018年5月に映画公開もされています。

第二の酒鬼薔薇聖斗を生み出してはいけない

日本犯罪史上稀に見る猟奇的な事件であった神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)ですが、これをきっかけに2つの動きがありました。1つは少年法の見直しで、もう1つはマスコミの報道の仕方の見直しです。

それまでの少年犯罪は犯罪に走らざるをえない環境が原因と考え、少年たちを改善された環境に移して更生させる点を主眼に法整備がされていました。それがこの事件をきっかけに見直され、対象年齢が変更となりました。

神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)前は16歳までは保護していたものを14歳に引き下げています。さらに選挙権が18歳になった現在は、欧米並みにもっと低くする議論も始まっています。

神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)をきっかけに、マスコミに対する過剰な報道も問題になりました。少年法に守られている神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)だったため、被害者が知りえる事件の情報はすべてマスコミを通したものでした。しかし同時に被害者とその家族はマスコミから24時間監視されて、精神的な苦痛を味わっています。

1998年2月10日には週刊誌に犯人の供述書7枚が掲載されました。これに対し、被害者側から「遺族の心情を考慮すると、興味本位で読まれるのは辛い」と弁護士を通してコメント発表がありました。2000年に発生した西鉄バスジャック事件の犯人は酒鬼薔薇聖斗を崇拝しており、3月に「酒鬼薔薇聖斗」と署名した犯行予告をバス営業所に送りつけています。

このように、思わぬところで神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)の影響で犯罪が作り出されているのです。

加害者が未成年で未発達な年齢の場合は罰を与えるより矯正させるという考え方は、法治国家では当然の姿勢ではあります。しかし現代社会は小学生でも片手で情報収集ができます。そのことを考えれば刑法適用を16歳から14歳に下げただけでは済まされません。

神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)の犯人である酒鬼薔薇聖斗こと東慎一郎が今なおマスコミに追い回されるのは必至かもしれません。それは当時の少年法の保護により、今なお罪を償っていないという印象があり、世間は今でも犯人を許していないからです。

既に第二の酒鬼薔聖斗は西鉄バスジャック事件で生み出されてしまいました。もしかすると、キレる17歳といわれた頃から量産されているのかもしれません。そういった意味でも、子供を取り巻く教育や地域社会のつながりがいかに大切なものかを、大人が改めて考えなければいけないと感じさせる事件だったと言えるのではないでしょうか。

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