長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の真相!犯人・被害者のその後は【未解決事件】

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)は真相不明の未解決事件です。事件場所は山の中で、被害者は遺体で発見されました。奇妙なメモがあったため、今でも記憶に残っている人もいるはずです。長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の概要や犯人、事件のその後までをまとめていきます。

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の真相!犯人・被害者のその後は【未解決事件】	のイメージ

目次

  1. 1長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の概要と詳細
  2. 2長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の起きた場所
  3. 3事件被害者の遺体の状況と不可解なメモ
  4. 4長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の犯人とは
  5. 5長岡京殺人事件の容疑者としてあげられた関連人物達
  6. 65年後の殺人事件と長岡京殺人事件の関係説
  7. 7長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の犯人・被害者のその後
  8. 8長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)は未解決で時効になっていた

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の概要と詳細

長岡京殺人事件は奥海印寺と呼ばれるワラビやたけのこが採れる場所で起きた殺人事件です。ワラビを採っている最中に起きた事件のため、ワラビ採り事件とも言われています。被害者はスーパーマーケットでパートをしていた主婦2人で、事件の当日は奥海印寺の野山へワラビを採りに行ったそうです。

そして何者かによって殴る蹴るの暴行と性的暴行を加えられた末に死亡しました。被害者の1人が履いていたジーパンのポケットから、不可解なメモが見つかったそうです。そのメモの内容から、被害者が非常に切迫した状況に置かれていたことしか情報は得られませんでした。犯人もいまだに見つかっておらず、新しい情報もありません。

未解決事件として扱われている長岡京殺人事件の概要と詳細をまとめていきます。

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の概要

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)は1979年5月23日に発生しました。被害者2名が地元の山へワラビ採りへ向かいそのまま行方不明になり、警察が捜査を開始したのです。その2日後である25日、野山の山頂付近で遺体となって発見されました。人気のない場所で殺害され、誰にも気付かれないまま放置されていたのです。

被害者たちがワラビ採りに向かった時間は午前11時頃、野山の造成地でガードマンをしていた男性が被害者たちを目撃していました。どうやら山頂付近か開けた場所で昼食を食べたその後、犯人と出くわし暴行され殺害されたようなのです。司法解剖で胃の内容物と消化具合を調べたところ、食後1時間以内に殺害されたことが判明しています。

被害者は主婦2人

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)で被害に遭ったのは、当時43歳の主婦Aさんと当時32歳の主婦Bさんです。2人とも長岡天神駅前にあるスーパーマーケット「イズミヤ」で働いていました。パートを終えたその後、午前10時から長岡京奥海印寺の野山へワラビ採りに行ったそうです。早番勤務を終えた2人は自転車で野山へと向かい、山を登り始めました。

この際、午前11時頃に宅地造形地のガードマンが、さらにたけのこ栽培の竹林で作業をしていた夫婦も歩いていた被害者たちを目撃しています。ワラビを採り終ったその後、事件現場に近い場所で昼食を摂り、1時間以内に殺害されました。

5月23日の夜、帰宅しないBさんを心配した夫が単独で野山を捜索しましたが見つからず、翌日24日の朝から宿直明けのAさん夫も加わり捜索を続けます。しかしやはり発見には至らず、夫たちは24日の14時50分に向日町署に捜索願を提出しました。

向日町署は署員約30人を投入してAさんとBさんの捜索を開始します。捜索の結果、野山の登山道入口近くにある寂照院、そこからさらに近辺の畑で2人が乗っていた自転車が見つかりました。数少ない目撃情報を頼りに深夜まで捜索していましたが、24日以内に2人を発見することはできませんでした。

翌日25日の午前9時から、捜索が再開されます。前日の30名だけでなく、さらに30名の捜査動員を増やしての捜査が開始されたのです。

向日町署員だけではなくAさんとBさんの家族や職場の同僚、地元の消防団など、合計で120人が捜索に参加しました。さらに警察犬3頭が投入され、本格的に捜査が始まります。25日午前10時30分頃、野山の山頂付近にある雑木林、獣道の行き止まり付近の開けた場所にある斜面にてAさんの遺体が発見されました。

Bさんの遺体は、Aさんが発見された場所から斜面を約10mほど登ったところにある、小さく開けていた場所で発見されたようです。どちらの遺体も激しく殴られたあとがあり、警察はすぐに殺人事件として捜査を開始しました。以上が長岡殺人事件の被害者主婦2名の概要と当時の足取りです。

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の起きた場所

長岡京殺人事件の場所になったのは奥海印寺(おくかいいんじ)と呼ばれるところで、普段はのどかな雰囲気です。奥海印寺は「たけのこの里」と呼ばれるほど、たけのこが有名な場所でもあります。また山菜が採れるスポットとしても人気があり、ピクニックついでにワラビを採る人もいるそうです。

しかし脇道や分岐点が多く、慣れていない人は迷ってしまう場所と言えます。一本違う道に入っただけで、人がまったくいないところに出てしまうこともあるため、犯罪が起きやすいのかもしれません。晴れている日でも薄暗い場所もあり、1人や2人で行動するよりも多人数で行動した方が安全と言えるでしょう。

長岡京殺人事件が起きた場所付近では、不審者の目撃情報が頻繁にあったようです。さらに痴漢の被害も報告されていました。

ワラビ採り事件の場所は奥海印寺の通称【野山】

ワラビ採り事件の現場となった奥海印寺、通称【野山】は、標高が200メートル程度で深い山ではありません。ちょっとした裏山をイメージしてもらうと分かりやすいのではないでしょうか。休日にはピクニックやハイキングをする人でにぎわう場所で、家族連れやアウトドアが好きな人が集まるスポットでした。

野山は道が多く、頂上に向かうための山道は5本もあります。視界が開ける場所もあるのですが、さらに山道が伸びているのです。この野山はワラビが採れる格好のスポットと言われていますが、もっともワラビが採れる場所は人のいない場所でした。人がほとんど入らないため、ワラビが大量に生えているのです。

長岡京殺人事件の被害者たちが殺害されたのは、ツタを押し分けていかなければたどり着けない場所です。雑木林の行き止まりで被害者2人は殺害されていました。

強姦事件が多発する場所だった

奥海印寺は野山であるため、さまざまな場所に死角が存在しています。野山には林道、農道、歩道、自動車道といった道がありますが、少し道を外れるとまったく舗装されていない道もあるのです。人が通ることをあまり想定していない道と言えます。そのためレイプ事件も多発していました。

特に林道は森林整備や林業活動に重点を置いてあるため、道路の舗装や街灯の設置など一般道に比べると良いとは言えません。女性を引きずり込んでレイプすることも容易ですし、犯人が女性をナイフで脅して声を出させないようにすれば、レイプをしても気付かれることはないでしょう。

奥海印寺もレイプ被害者を何人も出している場所です。不審者の目撃情報や痴漢の被害もあり、1人で出歩くには不向きと言えます。

変質者が集まりやすいと言える奥海印寺の野山ですが、人が多い地点はのどかで明るい雰囲気のため、身近に危険な場所があることを忘れてしまう危険性があります。しかもAさんは事件以前から7回もワラビ採りを経験しており、野山に慣れていました。今までは何事もなくワラビ採りができていたため、事件当日も無事に帰宅できると思っていたでしょう。

長岡京殺人事件が起きた以降も、痴漢や公然わいせつといった性犯罪が起きており、治安が良くなったとは言えないようです。

事件被害者の遺体の状況と不可解なメモ

長岡京殺人事件は被害者たちの遺体状況と被害者が残したメモの不可解さが、いまだに強いインパクトを与えています。犯人の男はなぜ主婦AさんとBさんを残忍な方法で殺したのでしょうか。Aさんのメモに書いてあった内容が犯人を指しているのは明白なのですが、結局犯人は謎のままで真相が分かりませんでした。

犯人は被害者たちにリンチを加えたと言えるほどの暴行を働いています。被害者たちの体には殴られ、蹴られた痕跡が多数残されていました。ただの物取りやレイプ目的だけで、ここまでの暴行を加えるのか疑問が残っているため、被害者たちへの怨恨説も流れました。未解決事件なだけにさまざまな憶測が発生したのです。

長岡京殺人事件のメモ、遺体状況などそれぞれの概要を挙げていきます。

レシートに書かれた不可解なメモ

長岡京殺人事件が「不気味な未解決事件」と言われるのは、被害者がレシート裏に書いたメモに原因があると言えます。被害者Aさんが履いていたジーパンのポケットから「オワレている」「たすけて下さい」「この男の人わるい人」と鉛筆で走り書きされたメモが見つかったのです。ひらがな、カタカナ、漢字で書かれており、字も乱れていました。

Aさんは手が震えていたのか、「たすけて」の「す」の字を「く」と書いてしまったようで、「く」の上に「す」を二重書きしています。文字の乱れ具合と筆圧から、警察はAさんは手のひらにレシートを隠し持ち、犯人に見つからないようにメモを書いたと判断しました。

Aさんは犯人が被害者のBさんに暴行と乱暴を加えているスキに、急いでメモを書いたようです。

そして書いたメモをどこかに投げる、もしくは捨てるタイミングを窺っているときに犯人に見つかり殺害されたようなのです。Aさんがメモを書く隙があったこと、メモに「この男の人」と単体で書いていることから、犯人は複数犯ではなく単独犯なのではないかと言われています。

警察はメモの内容から長岡京殺人事件の真相までは解明できませんでしたが、概要は把握できたようです。犯人はBさんに包丁を突きつけながら、「お前が逃げたらBを殺すぞ」とAさんを脅迫していたのではないかという見解を示していました。AさんはBさんを人質に取られてしまったため、その場から動くことができなかったようです。

それからBさんへの乱暴と暴行を近くで見せられていたため、恐怖でも体が動かなくなったという見解もあります。

主婦Aさんの遺体の状況

主婦Aさんの遺体からは約30ヵ所もの皮下出血が全身に見つかりました。皮下出血は犯人に殴られた証拠です。拳で殴られたり、蹴り上げられたような跡が残っていたそうです。また左右合わせて9本の肋骨も折れており、肝臓が破裂していました。主婦Aさんの遺体状況を見ると、ひどく暴行を加えられています。

着ていたシャツに乱れがあったもののジーパンは履いていたそうです。当初はレイプされていないと思われていましたが、Aさんの体内から犯人の体液が検出されました。おそらくレイプをされたその後に殺害されたのでしょう。直接の死因は両手で首を絞められたことによる窒息死でした。

主婦Bさんの遺体の状況

主婦BさんもAさんと同様に凄惨な殺され方をしています。遺体には約50ヵ所の皮下出血があり、殴る蹴るの暴行を加えられていました。Bさんの体からはO型の血液型と特定できる体毛が付着しており、犯人を追う手掛かりがあったのです。しかし警察は犯人を捕まえることができず、未解決事件になってしまいました。

Bさんの死因は胸を刺された事による失血死です。遺体の胸には包丁が深く突き刺さっており、肋骨を切断して、心臓から肺にまで達していました。発見当時のBさんはショーツが引き裂かれ、ジーパンと靴が遺体の近くに散乱していたそうです。Aさんと同様にレイプの可能性もあったのですが、Bさんの体内から犯人の体液は検出されませんでした。

しかしBさんの遺体を詳しく調べた結果、どうやら膣壁が剥がれていたようです。また激しい抵抗の痕跡も見つかりました。

膣壁の剥がれは、木の枝や角材と言った異物を膣に無理やり入れたことを意味しています。そのためBさんの体内からは、犯人の体液が検出されなかったのです。2人とも性的暴行を受けてから死亡したことは事実だと言えるでしょう。

しかも2人に逃げられないようアキレス腱を切断したうえでの犯行という説もあります。しかし警察はアキレス腱についての言及をしていないため、こちらは噂の可能性が高いと言えます。長岡京殺人事件は他の未解決事件と混合されて話が広がっている部分が大きいため、真相がよりいっそう不透明になっていると言えるでしょう。

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の犯人とは

未解決事件である長岡京殺人事件ですが、犯人の候補は何名か上がっていました。しかし決定的な証拠がなく、結局犯人を逮捕するには至らなかったのです。単独犯なのか複数犯のなのかも、真相は不明なままです。被害者2人に対する暴行がひどかったため、1人ではできなかったのではないかという憶測もありました。

AさんとBさんに残された体液や体毛を鑑定した結果、犯人の血液型がO型であることは判明しているのですが、詳細な犯人像はいまだに解明されていません。長岡京殺人事件では犯人の似顔絵を公開したり、怪しい人物の身元の特定を進めたり、捜査自体はしっかり行っていたのですが犯人を追い詰めることはできなかったようです。

ほとんど何も分かっておらず、長岡京殺人事件の謎は深まっていくばかりと言えるでしょう。

長岡京殺人事件は未解決のため真実は不明

警察は犯人の体液や体毛から大まかな犯人像を組み立てていましたが、長岡京殺人事件の犯人を突き止めるまでには至りませんでした。Bさんの遺体から犯行に使用された包丁が発見されましたが指紋は見つからなかったのです。AさんとBさんを殺害した犯人は軍手を着用していた可能性が高く、有力な証拠となる指紋が検出されなかったのでした。

警察は包丁の販売ルートも辿っていました。しかし犯人が使用した包丁は長岡京殺人事件の数年前に製造中止になっていた型だったのです。そのためメーカーの刻印もなく、追跡ができなかったのでしょう。無銘の包丁は何万本も流通しています。犯行に使われた包丁はアウトレット品として流通していた可能性が高かったと推測できます。

犯人が使った包丁は岐阜県関市で作られた約7万本の中の1本と見られていますが、長岡京殺人事件犯人逮捕の決め手にはなりませんでした。

長岡京殺人事件は犯人の手がかりを掴めないまま長い時間が過ぎてしまいました。時効を迎える前に犯人逮捕を目指していた警察でしたが、犯人の手がかりや目撃証言がなく公訴時効という結末を迎えます。こうして長岡京殺人事件は真相不明のまま未解決事件となったのです。

ときどき長岡京殺人事件の続報と思われるネット記事もあります。しかし犯人逮捕に繋がる有力な情報とは言えません。被害者たちは長岡京にいる人食い一族の餌食になったというオカルト記事や、警察が長岡京殺人事件を権力でもみ消したという陰謀論のような記事のため、長岡京殺人事件の新情報は無いと言えるでしょう。

事件の犯人像とは

被害者AさんとBさんを執拗に殴り続けていることから、警察は犯人像を「武道の心得がある男」「体力があり、足の力が強い男」と定めていました。それから体液と体毛から判明した「O型」です。助骨を折ったり、包丁を奥深くまで刺したりという行為は力が必要なため、上記のような犯人像に絞ったのでしょう。

事件が起きた日、野山には15~6人の入山者がおり、野山付近には宅地造成地もありました。建築工事中だったため、大阪市豊中市からの現場作業員も約40名が訪れていたのです。警察は捜査の手を広げ、周辺の聞き込みを強化しつつ、管内の変質者や不審者を207名もリストアップしました。

そしてアリバイがある者を除外、被害者たちと接触があった人物、素行が悪かった人物、不審な行動をとっていたと思われる人物を犯人候補としてピックアップしていたそうです。

被害者への怨恨説もあった

事件発生当初はレイプ目的や物取りという説が流れていましたが、時間が経過するにつれて被害者たちへの怨恨説も囁かれるようになりました。その根拠は遺体の状況です。執拗に殴る蹴るの暴行、さらにレイプされていたという状況から、「犯人はAさんとBさんに強い恨みを抱いていたのではないか?」という憶測が流れたのです。

2人が勤めていたイズミヤの同僚は、AさんとBさんの印象について下記のように話しています。Aさんについては「口数が少ないが面倒見のいい人、頼りになる人」という印象で、Bさんについては「ほがらかな人でおしゃべり、職場のムードメーカー」という印象だっだそうです。一見すると、恨みを買うような人物たちとは思えないと言えます。

しかし「2人が人をいじめていた」という話もあり、もしかしたら誰かに恨まれるようなことをしていた可能性も否定はできません。

長岡京殺人事件の容疑者としてあげられた関連人物達

警察の懸命な捜査もむなしく未解決事件として終わった長岡京殺人事件ですが、犯人に近い容疑者は何名かにまで絞り込んでいました。数多くの容疑者候補の中から、特に犯人に近いと思われていた人物たちを挙げていきます。

容疑者として挙げられた人物①不良2人組

もっとも怪しまれていたのは、建築現場作業員として働いていた不良AとBの2人です。事件のあった23日昼過ぎ、野山から逃げるように下山してきたAとBが目撃されています。その後は姿を消しており、重要参考人になりました。また事件の前日、犬を連れて現場付近をうろついていたことも犯人の疑いを濃くしたようです。

そして事件の翌日、Aはぶらぶらするのをやめて仕事に打ち込んでいたのだそうです。以前は態度が悪く、仕事にも真面目に取り組むタイプではなかったらしく、急な態度の変化が周囲には不自然に見えたのでしょう。特にAは空手を習っており、性格も粗暴だったそうです。周囲に喧嘩を売ることも多く、不良仲間の中でも浮いている存在でした。

被害者2人の体に拳で殴られた痕が無数に残っていたため、空手経験者のAが犯人として疑われたのです。

各新聞はAを重要参考人として警察に呼ばれると報道しました。新聞に報道されたその後、取材が過熱したのかAは現場の親方と共に簡易な記者会見を開いたのです。会見の概要ですが、Aは自分自身のアリバイがあることや、当時の行動についてを説明していました。レイプも殺人もしていないことを証明したかったようです。

Aは事件当日、親方と共に宇治で仕事をしていたため事件には無関係であること、自分のアリバイは親方が証明してくれることなどを強く訴えていました。

容疑者として挙げられた人物②25歳~30歳位の男性2人組

次に有力な容疑者候補に25~30歳くらいの男性2人組が犯人なのではないかと思われていました。被害者2名が入山したその後に入山したことが根拠のようです。被害者たちと彼らの時間差は10分程度と言われています。体力のある若い男性であれば被害者たちのスピードに追いつけると推測したため、この2人が疑われたのでしょう。

男性2人組は白いシャツとジーパンを着用していたとのことですが、詳しい身元が特定できませんでした。警察は犯人が複数犯とも仮定していたため、この男性2人組が捜査線上に浮かんだものと思われます。

容疑者として挙げられた人物③40代の男性

そしてもう1人怪しいと思われる男性が存在していました。この男性は身長170cm、ねずみ色の作業着を着ており、長さ30cmの包丁を持っていたそうです。被害者に声をかけたことが判明している唯一の人物です。「奥さん、ワラビは採れますか?」と話しかけてたそうですが、その後の行動は分かっていません。

山歩きにはふさわしくない服装と、包丁をチラつかせながら歩いていたという点が怪しいと判断されました。作業着姿だったので、造成地工事の作業員だったのでしょうか。実はワラビ採り事件が起こる1年前にも、包丁を持った男が「採れますか」と声掛けをしていた事件があったのです。

その男と今回の男性が同一人物化かは分かっていませんが、不審人物であることは判明しています。

警察の最終的な見解

警察は野山から下山していない人物と、下山をしていても身元が特定できていない人物を犯人の可能性があると考えていました。事件当日、野山に入山していたのは15~16人ですが、山から降りてきたのは11人、その中で身元が特定できなかったのは5人だったそうです。また野山から降りてきていない車にも焦点を合わせていました。

それから造成地の現場作業員についても捜査を続けていましたが、こちらも決定的な証拠がなく捜査は行き詰ってしまったのです。警察は体力がある男性でO型、武道の心得があり、包丁を持っていた人物と予想していました。その予想に引っかかった男性たちを取り調べしましたが、結局真相不明のままです。

その後も有力な証言や目撃情報はなく、未解決事件として処理されてしまいました。

5年後の殺人事件と長岡京殺人事件の関係説

長岡京殺人事件に関連する事件なのではないかと疑われている事件があります。この事件の概要ですが、長岡京殺人事件と同様に凄惨なものでした。事件が起きたのは1984年5月です。長岡京市に住む主婦が自宅で首や背中を刺されたその後、衣類や布団をかぶせられ、火をつけられて殺害されたのです。

この事件も未解決事件で、すでに時効を迎えています。長岡京殺人事件と同様に犯人逮捕まで至りませんでした。概要だけではなく、詳しい事件の経緯やCさんが関連人物なのかどうかをまとめていきます。

長岡京市で殺人放火事件

ワラビ採り事件から5年後、また凄惨な事件が起きました。まずその事件の概要を紹介します。1984年5月15日午後2時頃、京都府長岡京市神足にあるCさん宅から出火しました。Cさん宅は木造2階建てで、約110平方メートルのうち、1階にある6畳居間の一部が焼けたのです。その居間からCさんの遺体が発見されました。

遺体の左耳の下には傷が数ヵ所もあり、相当深く刺したようです。それから背中にも十数ヵ所の切り傷が確認でき、犯人はCさんを何度も刺したことが分かります。さらに居間の押し入れに入っていた布団や衣類数十点をCさんの上にかぶせ、そこに火を点けました。はみ出していた手足と頭の一部が焼けたそうです。

しかしCさんの死因は焼死ではなく窒息死で、殺害前に首を絞められていたと推測されています。

Cさんの放火殺人も怨恨説が流れましたが、近所に住む中学生時代の同級生によると「Cさんは恨みを買うような性格ではない」と話していたようです。犯人がどうやってCさん宅に忍び込んだのかと言うと、裏口からでした。Cさんの自宅は神足駅の150m北西、昼間は人通りが少なく、昔ながらの住宅街だったそうです。 

窃盗が目的なのか、レイプが目的なのか、犯人の動機は一切掴めていません。Cさんの殺害も未解決事件になってしまい、真相不明のまま終わってしまいました。

女性の遺体の状況

Cさんの遺体は5年前のAさんBさんと同じく凄惨な状態でした。首や背中をメッタ刺しにされたその後、首を絞められています。さらにCさんを布団でグルグル巻きにし、その上から押し入れに入っていた衣類をかぶせました。その後、Cさんの布団に向かって火を放ちました。焼け跡から見つかった遺体から刺し傷が確認できたそうです。

左耳の下にあった刺し傷は相当深く、致命傷と言えるでしょう。まだ動けるときにCさんは犯人から逃げようとしたのか、1階と2階に点々と血痕が残っていたそうです。なぜ犯人は刺殺するだけではなく、Cさんの体を燃やしたのでしょうか。さらに布団や衣類をかぶせて燃やした意味は何だったのでしょうか。

こちらの事件も手掛かりがなく、真相不明の未解決事件として終わりを迎えました。

長岡京殺人事件の関連人物?

長岡京市内で殺害されたCさんは長岡京殺人事件の関連人物だと言われています。実は当時、AさんとBさんと一緒にワラビ採りをしに行った人物だというのです。Cさんは先に下山しており、難を逃れたという噂が多く流れていますが、実はこの話は尾ひれが付いている可能性があります。そもそも3人はまったくの無関係だと言うのです。

Cさんは事件当日、イズミヤではない別のパートに出ており、最初からワラビ採りには参加していない可能性の方が高いと言えます。当時の報道に「用事ができてワラビ採りの参加を止めた同僚が何名かいる」と取り上げられたため、その報道とCさんの事件が混ざって広まっていったのではないでしょうか。

Cさんについての概要は、1950年ごろから長岡京にある反物染工場でパートをしていました。しかし1983年2月、勤めていた工場が京都市伏見区内に移転したことをきっかけに退職し、その後はほとんど自宅にいる毎日を過ごしていたということです。この概要を見る限り、Cさんと長岡京殺人事件に関連があるとは言えません。

さらにイズミヤに勤めていたAさんとBさんとの接点もなく、関連人物説は薄いと言えるでしょう。長岡京殺人事件はメモの不気味さ、AさんとBさんに遺体状況のひどさで強いインパクトを与えた事件です。しかも未解決事件で謎ばかりのため、さまざまな噂や憶測が真相として独り歩きしている一面もあります。

またCさんの事件の犯人も残虐な手口で殺害しているため、長岡京殺人事件とリンクしてしまったのかもしれません。

その他関連すると言われる情報

野山では長岡京殺人事件が発生する数年前から、タケノコ泥棒に悩まされていました。タケノコを根元から掘り返して盗むのではなく、地上に出ているタケノコの部分を包丁で切り取って持ち帰られていたそうです。しかし事件が発生したその後1年間で被害がぱったりと無くなったそうです。

このことから長岡京殺人事件の犯人とタケノコ窃盗犯は同一人物なのではないかという説がありますが、こちらも犯人不明の未解決事件です。もしかしたら長岡京殺人事件の報道を見て、野山に行くのが怖くなったため窃盗をやめたのかもしれません。いずれにせよ、真相は不明です。

結局、タケノコを盗んでいた人物の真相も分からずじまいとなってしまいました。

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の犯人・被害者のその後

長岡京殺人事件のその後ですが、犯人逮捕の決め手になる目撃証言や証拠が出てこなかったため未解決事件となりました。メモの謎も犯人の行方も真相不明のままです。不気味な未解決事件として現在でもさまざまな噂が飛び交っており、そのインパクトから長岡京殺人事件をモデルにしたドラマも放送されました。

長岡京殺人事件が起きたその後ですが、AさんとBさんの夫はどうしているのでしょうか。事件後の流れについての概要を整理していきます。

長岡京殺人事件は未解決のまま時効

長岡京殺人事件は懸命な捜査も実を結ばず、1994年5月24日に公訴時効を迎えて未解決事件になってしまいました。Bさんの胸に刺さっていた包丁が犯人を追える証拠だったのですが、販売ルートが膨大だったため追跡することができなかったのです。他に有力な手掛かりもなかったため、真相を追究することが不可能になってしまいました。

長岡京殺人事件は情報が少ないせいか多くの噂が発生しており、その中の1つに被疑者が確定していたという噂があるのです。警察はその人物を犯人としてマークし執拗に追跡していたと言われています。追跡から逃れるために引っ越しを繰り返しても警察が現れるため、その人物は愛知県の山中で首つり自殺をしたと言う噂が流れました。

こちらも噂の範疇を超えておらず続報もないため真相は分からない状態と言えます。

主婦Aさんと主婦Bさんの夫の事件後の行動

長岡京殺人事件後、AさんとBさんの夫の行動にも注目が集まりました。同じ夫という立場でもAさん夫とBさん夫がとった行動はまったく違っていたからです。Bさん夫は葬儀の際に集まったお香典を「捜査に役立ててもらえれば」と、寄付をしました。一方、Aさん夫はAさんの死後まもなく新しい女性と深い関係になり、保険金で新しい車を購入していたそうです。

またAさん夫と関係を持った女性は、Aさんの身内の女性であったとも囁かれていました。Aさん夫の態度と行動から、警察は一時期「Aさん夫が犯人なのではないか?」と疑いを持っていたそうです。しかしAさん夫が犯人である証拠も見つからなかったため、真相は分かっていません。

しかしAさん夫が犯人である確率は低いと言えます。なぜならAさん夫にはアリバイがあるからです。

長岡京殺人事件が発覚する前、Aさん夫は宿直明けで野山の捜索に加わっています。またAさん夫が職場から抜け出してどこかに出掛けていたという情報も出てきていないため、Aさん夫が2人に性的暴行を加えて殺害した可能性は低いと言えるのです。しかしAさんと夫の間になにかトラブルが発生していた可能性はあるかもしれません。

長岡京殺人事件後、すぐに新しい恋人を作ったり、新しい車を買ったり、Aさん夫は妻の死を悼む気持ちが薄かったと言えます。Bさん夫との行動の違いに、当時はAさん夫に対しての批判もあったようです。

ワラビ採り事件をモデルにしたドラマも放送される

長岡京殺人事件は剛力彩芽が主演の金曜ナイトドラマ『天使と悪魔-未解決事件匿名交渉課-』の題材にもなりました。2015年5月8日『あけび山の殺人事件』というタイトルで放送されています。あけび山で2人の主婦が殴打されて殺害された事件と、その1年後に起きた放火殺人事件を剛力彩芽が演じる蒔田ヒカリが追うというものです。

長岡京殺人事件と長岡京放火殺人事件を絡めたストーリーになっています。あけび山の殺人事件の場合は殺人の動機が怨恨で、2人の犯人がそれぞれの殺人を犯していました。また夫の不倫や同僚へのいじめなど、新聞に書いてあった概要や週刊誌で報道されたネタを取り入れているのが、このドラマの特徴です。

長岡京殺人事件をリアルに感じられる作品と言えるでしょう。実際の長岡京殺人事件と比べながら見ていた人もいるようです。

ドラマの中では、給食センターで働く主婦2人があけび山で殴打されて殺害され、未解決事件として処理。その6年後に放火殺人事件が起こります。ただの放火殺人ではなく遺体に外傷があることがわかったため、未解決事件担当の蒔田ヒカリと天才弁護士の茶島が再捜査をするというあらすじです。

このドラマではいじめによる恨み、大切な人が殺された恨みが連鎖して殺人事件が起きてしまいます。『あけび山の殺人事件』は、実際の長岡京殺人事件と同様に複雑なストーリー展開なので、1度の視聴では理解するのが難しいかもしれません。

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)は未解決で時効になっていた

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の概要は、上記に記したとおりです。被害者たちが無残に殺害されたことや当日の足取りなど、大まかなことしか判明していません。犯人逮捕に繋がる有力な情報も長年なく未解決事件のまま時効を迎えてしまいました。また被害者たちと一緒にワラビ採りをしていた人物の殺害事件も真相不明で同じく時効を迎えています。

メモの内容と遺体の凄惨な状態、真相が不可解であるため都市伝説化している事件の1つと言えるでしょう。犯人候補も何名か挙がってはいたものの、結局逮捕には至りませんでした。メモに書いてあった「この男の人」はどんな男の人を指していたのか、今でも真相が分かりません。

長岡京殺人事件は解決できそうでできなかった事件のため、当時の捜査員も心が苦しいと述べていました。

関連する記事はこちら

Thumb山岳ベース事件の真相!あさま山荘事件に繋がる連合赤軍リンチ殺人事件
山岳ベース事件という事件をご存知でしょうか。その内容はまさに日本の黒歴史とも呼べる、理不尽か...
Thumb福島女性教員宅便槽内怪死事件の真相・概要!関連人物/謎【未解決事件】
福島女性教員宅便槽内怪死事件は未解決事件で、真相は謎のままです。福島女性教員宅便槽内怪死事件...
Thumbピアノ騒音殺人事件とは!犯人・大浜松三のその後や遺族の現在は
ピアノ騒音殺人事件の犯人である大浜松三は、騒音トラブルによって3人の被害者を出し、死刑の判決...

関連するまとめ

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ