プチエンジェル事件の真相!犯人や染谷悟の死の謎・顧客名簿の行方とは

小学生の少女が巻き込まれたプチエンジェル事件は、犯人である吉里弘太郎とその家族が自殺、さらに真相追求していたフリーライターの染谷悟も死亡し迷宮入りになった事件です。顧客名簿の内容やプチエンジェル事件のその後まで追跡しました。

プチエンジェル事件の真相!犯人や染谷悟の死の謎・顧客名簿の行方とはのイメージ

目次

  1. 1プチエンジェル事件とは
  2. 2プチエンジェルとは
  3. 3プチエンジェル事件の不可解な点や謎とは
  4. 4プチエンジェル事件の犯人・吉里弘太郎とは
  5. 5プチエンジェル事件にまつわる噂
  6. 6プチエンジェル事件を取材した染谷悟とは
  7. 7プチエンジェル事件の被害者少女らの現在
  8. 8プチエンジェル事件の真相は謎に包まれていた

プチエンジェル事件とは

プチエンジェル事件とは2003年7月、小学生から高校生の女子児童が在籍するデートクラブ「プチエンジェル」で発生した監禁事件です。プチエンジェル経営者で犯人の吉里弘太郎が、プチエンジェルに在籍していた小学生の少女4人を監禁しました。小学生とデートクラブというショッキングな組み合わせが、世間に衝撃を与えました。

少女たちの家族が捜索願を出した後、マスコミでも報道されました。しかし報道後、吉里弘太郎はプチエンジェルを経営していたマンション内で、テントを張り練炭自殺を決行します。しばらくは盛んに報道されていたプチエンジェル事件ですが、事件の真相究明がされることはありませんでした。その後も目立った続報は入っておらず、迷宮入りしています。

「プチエンジェル」経営者による犯行

プチエンジェル事件は経営者である吉里弘太郎が犯人です。未成年者を好む男性をターゲットに、プチエンジェルを開業しました。この少女監禁事件も真相は明らかにされておらず、不透明なままなのです。そもそも吉里弘太郎が少女たちを監禁をした理由すらも判明していません。

少女たちをマンション内に監禁したまま練炭を使って死亡するのですが、その行動も不可解です。一連の犯人ということだけはハッキリしているのですが、1つ1つの行動がチグハグでした。

少女らを監禁

犯人である吉里弘太郎は「部屋の掃除をしてほしい」と少女たちに持ちかけました。少女たちは快諾し、赤坂にあるウィークリーマンションにタクシーで連れて行かれます。部屋に着いたその後、少女たちが掃除を始めた途端に吉里弘太郎の態度が一変したそうです。「ここに来た意味は分かってるよね」と言われ、少女たちは拘束されました。

吉里弘太郎は事前に手錠、アイマスク、手錠を繋ぐためのポリタンクや鉄アレイなどを用意していたそうです。2名の少女はマンション内から逃げ出そうとしたのですが、吉里弘太郎に見つかってしまいました。逃走を警戒していたのか、あらかじめスタンガンも準備していたのです。2名の少女はスタンガンを押し付けられ負傷しました。

被害者は小学生の少女4人

誘拐の被害に遭ったのは、小学6年生の女子児童4名で年齢にして11~12歳です。この少女たちは吉里弘太郎に「1万円支払うから部屋の掃除をしてほしい」と頼まれ、港区赤坂にあるウィークリーマンションに監禁されました。

掃除をする前、少女4名と吉里弘太郎は渋谷のモヤイ像で待ち合わせをしていました。待ち合わせ場所には吉里弘太郎と知らない男が一緒に来たそうです。この男は名前も顔も分かっておらず、現在に至っても吉里弘太郎と一緒にいたことしか判明していません。この男も犯人なのか、真相は不明です。

その後の練炭自殺

吉里弘太郎は少女たちの報道がされたその後、自殺という形で死亡しています。犯人として逮捕される前に自殺してしまおうと考えたのでしょうか。部屋で練炭自殺をして死亡したのですが、死亡状況が不可解だったため現在でも「吉里弘太郎は誰かに殺されたのではないか」と言われています。しかし警察は自殺と断定し、細かく捜査をしませんでした。

プチエンジェルとは

吉里弘太郎は未成年者を好む男性をターゲットに、プチエンジェルを開業しました。日本では「18歳未満の児童を風俗業で働かせること、仕事を斡旋すること、未成年者が働く店を客として利用すること」を法律によって厳しく制限しています。しかし吉里弘太郎は法の目をかい潜り、プチエンジェルを経営していました。

もちろん警察に届け出は提出できないので、完全に非合法なデートクラブです。利用したことが公になれば、法律で裁かれることは間違いありません。おおっぴらに宣伝ができないにも関わらず、売り上げは好調と言えるほど多い金額でした。プチエンジェルがどのように経営していたのか、働く少女を集めていたのかを挙げていきます。

児童売買専門のデートクラブ

プチエンジェルは児童買春をメインに経営していたデートクラブです。利用客とカラオケに行かせたり、下着や尿を売らせたり、裸の撮影をさせたりすることで、億単位の大金を稼いでいました。荒稼ぎと言える金額を稼ぐには、スタッフの増員や宣伝、サービスの見直しなどが必要不可欠と言えます。

プチエンジェルは勧誘の仕方がうまく、小学生や高校生の警戒心をゆるくさせる手法に長けていました。友達紹介制度もあり、プチエンジェルに在籍している少女が新しい少女を勧誘して成功すると、紹介した少女に2~3万円が渡される仕組みです。お小遣い稼ぎ以上に稼げるため、勧誘に励んでいた少女もいたそうです。

経営者であり犯人でもある吉里弘太郎は、プチエンジェル経営で荒稼ぎしたと言います。プチエンジェルは完全会員制で利用するためには月5万円、年間で60万円の会費が必要でした。吉里弘太郎の口座には35億円にも上る残高があったそうです。プチエンジェルの会員は相当多かったと言えるでしょう。

また少女たちとの性行為を斡旋するときでも吉里弘太郎の取り分は決まっていました。中学生と高校生は1万円、小学生は3万円だったそうです。取り分がより多くもらえるため、吉里弘太郎は中高生よりも小学生のスカウトに熱心だったと言えます。証言をしていた少女も「小学生をメインにスカウトしていた」と話していました。

小学生から高校生までの少女が在籍

プチエンジェルでは高校生から小学生まで、ローティーンの少女たちが在籍していました。彼女たちは吉里弘太郎に脅かされて働いていたわけではなく、割の良いアルバイトを紹介された感覚で仕事をしていたそうです。高校生ならバイトで稼ぐことができますが、小学生や中学生では働くことができません。

そのため「カラオケ5000円」や「下着販売1万円」という報酬は、少女たちにとってかなりの大金だったのでしょう。週刊誌のインタビューに答えた少女がいるのですが、その子は年齢にそぐわないブランド物を身に着けていたそうです。家族からのお小遣いでは買えない代物です。安全に手っ取り早く稼げる仕事としてプチエンジェルは人気だったと言えます。

渋谷の家出少女が多数

渋谷や新宿といった繁華街には、家庭の事情や家族との不仲で家に帰りたくない少女が溢れています。プチエンジェルで働いていた少女たちはそういった家出少女たちで、高い報酬と宿を提供してくれるプチエンジェルがありがたかったのかもしれません。吉里弘太郎は渋谷で家出少女たちをスカウトして発展させていきました。

吉里弘太郎は家出少女の心理をよく理解しており、プチエンジェルへのスカウトを在籍している少女にさせていました。家出少女に勧誘させることで相手の警戒を解き、プチエンジェルに参加させやすくするためです。また電話ボックスや電柱など、少女の目につきやすいところに「安全でおいしいアルバイト」と書いたビラを置いて求人していました。

バイト内容に興味を持った少女たちは、連絡先として書いてあった電話番号でコンタクトを取ったのです。おそらく吉里弘太郎は「脱ぐことはないし、お客に触られないから危なくない」といった言葉で少女たちの警戒心をほぐしたのでしょう。売春に抵抗のある子にはブルセラやデートを勧めていたと思われます。

セックスが平気な少女や売春経験済みの少女の場合は、さらに過激なサービスを行っていたのでしょう。最初は脱いだり、サービスしたりという行為に抵抗がある少女も、在籍期間が長くなればなるほど抵抗感が少なくなっていきます。しかも報酬をもっと欲しいと思えば、さらに過激な要求にも応えていってしまうのです。

このビラによく連絡してきたのは渋谷109に好んで通っている少女だったそうです。流行のファッションやメイク、ブランドはお金がかかるため、プチエンジェルのように手っ取り早くお金が稼げる仕事は魅力的に映ったのでしょう。現在でも渋谷には家出少女が多く、JKビジネスも盛んです。中には摘発されたJKビジネスも存在しています。

ある意味プチエンジェルは、家族とうまくいっていなかったり、家に帰るのが嫌だったりという少女たちの受け皿になっていた側面もあるのでしょう。吉里弘太郎は優しい社長として家出少女たちに接していたそうです。少女たちは家族に求められないものを、吉里弘太郎や仲間の少女たちに求めていた一面があるのかもしれません。

顧客名簿の内容が話題

プチエンジェル事件がなぜ報道されなくなったのか、捜査が打ち切りになったのかというと、顧客名簿が原因と言われています。警察が押収した顧客名簿には約2000名の氏名が書かれていました。問題は顧客名簿の人数ではなく、顧客名です。有名な代議士、弁護士、医師、大手企業の経営者や幹部といった名前がズラリと記載されていたと言います。

その中には皇族と思われる名前も記載されていたそうで、警察も捜査をできず、マスコミも報道することができなくなったと言われているのです。警察はあまりに有名な名前が書き連ねられている顧客名簿を見て、「これ以上捜査をするのは無駄」だと判断しました。そのため、捜査は打ち切りになったのです。

警察は顧客名簿に書かれていた名前のほとんどを偽名だと判断しました。吉里弘太郎を事情聴取し、その後は芋づる式に利用客を逮捕できるという期待があったのですが、吉里弘太郎は練炭自殺の末に死亡しています。顧客名簿の名前が偽名なのか実名なのか、その判断はもうできず真相は分からなくなりました。

プチエンジェルは非合法の未成年売春デートクラブなので、実名で利用する客はほとんどいないと考えられます。しかし吉里弘太郎が自殺したタイミングを見ると、実名が記載されていたとしてもおかしくはありません。顧客の情報を守るために吉里弘太郎は自殺の道を選んだ可能性があるのです。

プチエンジェル事件の不可解な点や謎とは

プチエンジェルは違法風俗店のジャンルとしては珍しいものではありませんでした。未成年者を雇う、ロリコン男性をターゲットに営業している店舗は現在でも存在しています。なぜプチエンジェル事件だけが風化せずいまだに話題になっているのかというと、事件自体に不可解な点が多く残っているためです。

①報道場所が違う

プチエンジェル事件は赤坂にあるウィークリーマンション「インターナショナルプラザ赤坂No.1」で起きましたが、マスコミでは「渋谷区で起きた誘拐事件」と報じられていたのです。さらにこのウィークリーマンションを契約していたのは吉里弘太郎ではなく、ヤマザキと名乗る男性でした。プチエンジェルは組織的に運営されていたのではないでしょうか。

なぜ「赤坂の監禁事件」ではなく「渋谷区の誘拐事件」として扱われたのか、真相は不明です。赤坂には議員宿舎や料亭があり、国会議員が集っている場所と言えます。プチエンジェルには国会議員も利用客として訪れていたという話があるため、赤坂という土地から目を逸したかったのかもしれません。

②顧客名簿は本当に偽名だったのか

さまざまな有名人や著名人の名前が書かれていた顧客名簿は本当に偽名だったのかどうかは謎に包まれています。プチエンジェル事件が起きたその後も、顧客名簿は見つかっていないからです。もしかしたら本当に偽名だったのかもしれませんが、あまりにも多くの疑問が残されており不完全燃焼と言えます。

プチエンジェルは無届けかつ未成年を働かせていた違法風俗店です。そのため顧客情報も事細かには書いていなかった可能性があります。逮捕に繋がるような情報がほとんどなかったため、捜査を打ち切らざるを得なかったとも考えられます。しかしマスコミや警察の対応を見ていると、顧客名簿は実名だったのではないかと疑われても仕方ありません。

実は違法風俗店を利用する国会議員や医師、弁護士、芸能関係者の存在自体はそう珍しくないのです。本人の性的嗜好で通う場合もありますし、接待や商談の場としても利用されています。そのためアクセスのいい赤坂や青山、渋谷、新宿といったところに違法風俗店が多いのです。顧客名簿で実名を名乗る人は少なく、大抵は偽名で遊ぶと言います。

しかし携帯の電話番号は本人のものを記載していることが多く、そこから身元が割れるのです。ですから顧客名簿が偽名だったとしても電話番号を調べ上げれば、利用者の摘発も不可能ではありません。そして通常であれば、警察は押収した顧客名簿を徹底的に洗いデータベース化して保管すると言います。

プチエンジェルもれっきとした違法風俗なので、本来であれば顧客名簿をくまなくチェックしていたはずなのですが、警察は捜査の手を広げることなく半ば強引に打ち切りにしてしまいました。その態度が不自然だったため、現在でも「プチエンジェル事件には裏がある」と囁かれているのです。

顧客名簿に現役の国会議員、著名な弁護士や医師、芸能人、大手企業の大幹部といった名前が載っていたため、忖度をして捜査を止めたのか、権力とお金の力で止められたのかは解明されませんでした。その後も決定的な情報は何も出ず、顧客名簿の件も真相不明のまま時間だけが過ぎています。

③自殺前に用意された1000万円

吉里弘太郎が自殺する2日前に1000万円を用意していたという話があります。吉里弘太郎は高級外車のフェラーリ2台を所有しており、自殺前にすべて売却しました。おそらく1000万円近くの値段で売却したのではないでしょうか。身辺整理とも取れる行動だと言えます。その後は少女たちに使う監禁道具を購入しています。

自殺道具の七輪、スタンガン、鉄アレイ、ポリタンクを購入している男の姿が監視カメラに写っていたのですが、この男が吉里弘太郎かは分かっていません。モヤイ像のとき一緒にいた男の可能性も考えられます。プチエンジェル事件は単独犯と決めつけられていましたが、共犯者が一緒にいた可能性が濃厚です。

④成功した練炭自殺

練炭での自殺は数ある自殺方法の中でも成功率が高いと言われていますが、吉里弘太郎の練炭自殺には疑問が残されています。普通の練炭自殺ではなかったからです。通常、練炭自殺をする際はドアや窓の隙間、エアコンの通風孔などをガムテープやタオルなどで目張りをし、空気の通り道すべてを塞ぎます。

そして練炭を延焼させて大量の一酸化炭素を発生させるのです。一酸化炭素を吸い込み続けると吐き気やめまい、頭痛といった不快症状が現れます。さらに症状が進行すると意識が混濁し、昏睡状態へと悪化するのです。そのまま処置をしなければ、やがて死に至ります。吉里弘太郎はこの練炭自殺をビニールテント内で行ったと言われています。

吉里弘太郎は少女4人を監禁したその後、リビングダイニングにビニールテントを張りました。テント下部と床をガムテープで目張りし、練炭を入れた七輪と椅子をテント内に持ち込みます。なぜ椅子を持ち込んだのかと言うと、練炭から発せられる熱でテントが溶けないように防止するためだそうです。

しかし吉里弘太郎の方法では、練炭自殺が成功する確率がそれほど高くないと言えます。使っているものが車や密室ではなくビニールテントだからです。目張りをきちんとしても、空気を完全に遮断することは難しいでしょう。椅子で練炭の熱を遮断するといっても限度があります。テント内全体が1000℃以上の高温になり、ビニールテントが形を保てません。

また高温状態のテントの中で死亡したのであれば、吉里弘太郎の体にはヤケドがあるはずですし、遺体の損傷は激しいと予想できます。しかし発見された吉里弘太郎にヤケドの痕はなく、同じマンション内に監禁されていた少女たちも焦げる匂いや焼ける匂いを嗅いでいないと言うのです。

また目張りもテントの外側から貼られていたことから、吉里弘太郎と監禁された少女たち以外がいたのではないかと言われています。プチエンジェルを世間に知られてしまったため、さまざまな情報の流出を防ぐため、口封じを目的に練炭自殺と見せかけて死亡させられた可能性があるらしいのです。

⑤加害者家族の自殺

吉里弘太郎の家族が自殺したこととプチエンジェル事件は、直接的には関係ありません。しかし吉里弘太郎の生い立ちは精神バランスに関わっていると言えます。吉里弘太郎の父親と兄は自殺をしており、母親も自殺未遂をしていました。母親が今も存命なのか真相は分かりません。家族のうち2名、しかも男性ばかりが亡くなっているのです。

吉里弘太郎の父親は新聞記者のキャップで、記事を書いていました。仕事熱心な父親がなぜ自殺してしまったのかと言うと、病気が原因と言われています。頭頸部にジストニアを発症したそうです。ジストニアは難病に指定されている病気で、筋緊張を起こします。自分の意識で筋肉を動かすのではなく、勝手に震えたりねじれたりしてしてしまうのです。

そのため歩行障害や起立障害、座位障害などに苦しめられてしまいます。吉里弘太郎の父親は1993年にジストニアを発症し、3年後の1996年に自殺しました。その3年後の1999年に兄も自殺をしています。なぜ兄まで自殺をしたのか、真相は不明です。

家族を立て続けに失った吉里弘太郎の母親も、2001年に自殺未遂を起こしました。吉里弘太郎自身もあまり社会に馴染めない性格だったこととひどいアトピー性皮膚炎を理由に「もう死にたい、自殺したい」と、自殺をほのめかす発言をしていたそうです。吉里弘太郎は家族運に恵まれていなかったと言えるでしょう。

⑥証言の変わる少女たち

プチエンジェル事件の被害者である少女たちは、事件直後でパニックになっていました。吉里弘太郎の自殺に関しての証言もかなり証言が変わっています。最初は「犯人が自殺したなんて知らない。何も聞こえなかったから分からない」と話していたのですが、別の証言では「犯人は壁越しで私達の様子を探っていた、私達の出す音を聞いていた」と言うのです。

その後に「犯人の声や物音が聞こえなくなったから逃げた」と証言をしました。少女たちが監禁された場所はウィークリーマンションです。この種類のマンションは隣室の生活音まで聞こえてくるほど壁が薄く造られています。まして同じマンション内にいた吉里弘太郎の声や物音が聞こえないというのは不自然です。

少女はなぜ最初の証言で「何も聞こえなかった、何も知らない」と言ったのでしょうか。吉里弘太郎が自殺の用意をしているとき、かなりの物音を立てたと予測できます。七輪を運び入れる音、ビニールテントに目張りをする音、椅子を運ぶ音といったものが必ず発生しているはずです。

しかも吉里弘太郎の死亡推定時刻は遺体が警察に発見される数十時間も前のことです。その間に何も音が聞こえない、様子も分からないというのはありえないと言えます。吉里弘太郎が何も音を出さずに死亡することは不可能です。意識を失って椅子から落ちる音、七輪の煙でせき込む声など、本当に聞こえなかったのでしょうか。

証言をしたのは少女たちだけではありません。近所の住人が吉里弘太郎の部屋から男と女が一人ずつ出てきたという証言もしたのですが、警察はこの証言を無視して捜査をしませんでした。この目撃者が言うことが本当であれば、吉里弘太郎の死亡に関わっている可能性があります。もしかしたら少女たちも口止めをされたのかもしれません。

⑦司法解剖は行われなかった

警察は吉里弘太郎の遺体、死亡状況を見て「事件性はない。司法解剖の必要なし」と判断しました。不審な死を遂げているにも関わらず司法解剖が行われなかったため、メディアやネットでは疑問や批判の声が上がりました。警察が積極的に捜査を止めたがっているようにしか見えなかったからです。

プチエンジェル事件の犯人・吉里弘太郎とは

吉里弘太郎はプチエンジェル事件の犯人です。逮捕ができれば事情聴取でさまざまなことが解明されたはずなのですが、本人は練炭自殺で死亡しています。そのため多くの謎に包まれていますが、ロリコン、違法デートクラブの経営など、プチエンジェル以外にもさまざまなことに手を染めていたそうです。

デートクラブのオーナー

吉里弘太郎は違法デートクラブの経営者でした。未成年者とのセックスの場を設け、少女たちを性的に搾取できれば多大な利益になることが分かっていたのです。吉里弘太郎は女性との関わり方があまり上手な方ではなく、成人している女性では合わなかったのでしょう。成人女性と交際していた経験もあるのですが、ヒモ状態だったそうです。

大人の女性とうまく付き合えない吉里弘太郎が目を付けたのが高校生や中学生、小学生といった心も体も未発達の子どもです。まだ判断力に乏しく、目先のお金に釣られてしまうタイプを狙いました。そういった子たちを集めて、プチエンジェルを立ち上げたのです。

売買組織を経営して多額の利益を得る

自身も違法ロリータクラブに出入りしていた経験を活かし、吉里弘太郎はプチエンジェルを開業します。プチエンジェルではブルセラのようなメニューとデートメニューが入り混じっていました。お客の家で料理を作る、おしゃべりをする、カラオケに行くというものもあったそうです。

しかし客がプチエンジェルに求めていたのは、もっと過激な性的サービスです。裸の写真撮影、尿の販売、履いていた下着の販売だけではなく、性行為や裏ビデオの撮影なども行っていたと言います。変態的な欲望にどこまでも応えてくれるプチエンジェルは、客にとって理想の店だったはずです。多額の利益がそれを証明しています。

自身もロリコン

吉里弘太郎は自身もロリコンだったようで、プチエンジェルを開業する前から違法ロリータクラブへ出入りしていました。さまざまな違法クラブを頻繁に利用しており、どの店でも馴染み客だったそうです。吉里弘太郎はロリコンとペドフィリア両方の性的趣向を併せ持っていたのでしょう。

数々のロリータクラブに出入りしていた経験から、どのように経営したらいいのか、どこで少女を勧誘すればいいのかを理解していました。吉里弘太郎自身、整った顔立ちをしていたので少女たちからの人気も高かったのではないでしょうか。また少女たちに優しく対応していたため、プチエンジェルで働いていた少女たちは警戒心が低くなっていたと言えます。

児童買春で前科あり

生粋のロリコンだと言える吉里弘太郎ですが、プチエンジェル事件を起こす前から少女買春やわいせつビデオの販売などで逮捕されています。また吉里弘太郎は自身を中高生と偽って女子高生を呼び出していたそうです。違法ロリータビデオ販売は2001年、その後も同年4月に吉里弘太郎は児童買春容疑で書類送検されています。

プチエンジェル開業以前から違法風俗ビジネスに手を染めており、この頃から違法デートクラブの構想を練っていたのかもしれません。この違法ロリータビデオ販売のときも警察は顧客リストを押収したのですが、プチエンジェルの顧客名簿と同じく足取りを掴むことができず真相は分からないままでした。

プチエンジェル事件にまつわる噂

プチエンジェル事件がなぜ報道されなくなったのか、捜査が打ち切りになったのかというと、顧客名簿が原因と言われています。警察が押収した顧客名簿には約2000名の氏名が書かれていました。

問題は顧客名簿の人数ではなく、顧客名です。テレビで見かける代議士、弁護士、医師、大手企業の経営者や幹部といった名前がズラリと記載されていたと言います。

噂①皇室が関係している

プチエンジェル事件が報道されなくなったと言われている理由に「実は皇室が関係していたのではないか」というものがあります。皇族の誰かがプチエンジェルを利用していたのではないかと言う話です。それが事実であれば絶対に公表することはできませんし、警察がまともに捜査をせずに打ち切ったことにも納得がいきます。

しかし皇族がプチエンジェルを利用していたのではなく、スケープゴートとしてプチエンジェルが利用されたという説も存在しています。『パパだ~いすき!』というタイトルの近親相姦動画が、ファイル共有ソフトを介して流出したというのです。その動画流出から目を逸らさせるためにプチエンジェル事件を大きく報道したというのが、もう1つの説です。

噂②被害者がアイドルとして活動

プチエンジェルは容姿を重視して少女を集めていたらしく、在籍している子たちは可愛い子が揃っていたそうです。4人の少女たちも容姿が整っていたのでしょう。プチエンジェル事件が起きたその後、少女のうち1人が芸能事務所に所属していたという話があります。同じ芸能事務所に所属していた女の子の証言ですが、少女は清楚系で明るい子だったそうです。

AKBを目指していたそうですが、すでに事務所を退所済みで行方は分かっていません。派手な遊びっぷりをしていた、タレントやプロデューサと飲み歩いていたなど目撃証言はありますが、プチエンジェル事件の被害者なのかどうか真相は謎です。

噂③取材をした人物の死亡との因果関係

あまりにも謎が多く、真相がわからないプチエンジェル事件を追いかけていた人物もいました。大手のマスコミはまったく取材をしなかったため、個人的に追跡をしていたそうです。しかし、その人物は東京湾で死体となって発見されました。プチエンジェル事件を追っていたため殺されたのか、それとも違う原因なのかはハッキリと分かりません。

プチエンジェル事件を追っていたライターが殺されたというインパクトがあり、そのため現在でも「プチエンジェル事件を追うと殺される」といった都市伝説として語り継がれています。

プチエンジェル事件を取材した染谷悟とは

プチエンジェル事件を取材していたのは染谷悟というフリーライターです。日本のマスコミの中で唯一、プチエンジェル事件を追いかけていた人物とされています。染谷悟の活動履歴や専門分野はなんだったのかを見てみましょう。

フリーのライターとして活動

染谷悟はフリーライターとして活動していました。殺害当時の年齢は38歳です。警察の捜査が打ち切られ、大手マスコミも取材をしなくなったプチエンジェル事件を追いかけていました。危険な取材でも恐れることなくこなしていく性格だったようで、染谷悟の記事は読みごたえがあったそうです。

生前、染谷悟は数冊の著書を発行しており、雑誌への寄稿が主な活動でした。妻や子どもなどの家族がいたのかは不明です。

専門は裏社会系の記事

染谷悟は裏社会系の記事を得意としていたライターです。柏原蔵書(かしわばらくらがき)のペンネームでも活動していおり、『歌舞伎町アンダーグラウンド』が主な著書です。ヤクザ社会や風俗、犯罪と言った歌舞伎町の闇に迫った内容で、染谷悟はこのときの取材でも危険な目に遭っているそうです。

他にも山口六平太というペンネームで記事を書いていたそうで、週刊誌やゴシップ雑誌に寄稿していました。

「プチエンジェル事件」の取材を開始

プチエンジェル事件は「少女たちが監禁され、犯人は自殺した」という結果以外まったく真相が分かっていない状態です。警察が顧客名簿の洗い出しもせず、吉里弘太郎の司法解剖もせず、近所の住人の証言すらも捜査しなかったことが理由です。結果に行きつくまでの過程がまったく明かされていません。

染谷悟は裏社会系を得意とするライターだったので、この事件の流れに興味を惹かれたのかもしれません。違法デートクラブ、犯人の不審死、少女たちの証言の違和感などを考えれば、裏社会系フリーライターとして追いかけたくなるのは当然と言えます。

命を狙われていると発言していた

染谷悟はプチエンジェル事件の真相を追っている最中、「中国人に殺されるかもしれない」という発言を周囲に漏らしていたそうです。日本にはヤクザだけではなく、外国のマフィアも参入しています。一部では「プチエンジェルは中国マフィアと日本のヤクザの児童売買の取引場所なのではないか」と疑われていました。

プチエンジェル事件の異様さを暴こうとしていた染谷悟は、ヤクザやマフィアに狙われていたのでしょうか。そして心配が的中した形で、染谷悟はプチエンジェル事件を追っている最中、何者かに殺害されてしまいました。

「プチエンジェル事件」から2ヶ月後に遺体で発見

プチエンジェル事件について単独で事件の取材を開始した染谷悟ですが、その後殺害されてしまいます。背中を8ヵ所めった刺し、頭を2発殴打、金属チェーンで体をグルグル巻きにされた後、重りを付けられて東京湾に投げ捨てられました。この殺人事件は桜井景三、熊本恭丈、藤井亮一らが犯人として逮捕されています。

染谷悟は裏社会専門のフリーライターです。そのためプチエンジェル事件と並行して、さまざまな取材をしていました。この頃の染谷悟は鍵業界についての記事も書いており、その取材で知り合ったのが鍵師の桜井景三です。染谷悟と桜井景三の間には2つのトラブルが起きていました。

1つは金銭トラブルで、桜井景三は染谷悟に出版費用を貸していたそうです。もう1つは染谷悟の著作に関してのトラブルです。鍵業界の裏を書いた本があるのですが、その中で桜井景三のことを批判的に書いたようなのです。その記述を見た桜井景三が染谷悟に対して激怒し、殺害計画を練り出したと言います。桜井景三に協力したのが熊本恭丈、藤井亮一ら2名でした。

桜井景三は「木原武士」の名義を持っており、開錠のプロとして活動していました。素人にも解錠技術を教えていたため、窃盗犯や強盗も習いに来ていたそうです。そのため日本人だけではなく中国人によるピッキング犯罪が増加しました。おそらく染谷悟は裏社会のフリーライターとして、桜井景三を強い論調で批判したのでしょう。

桜井景三は自分のことを批判する人間を絶対に許さない性格だったそうです。同業者から批判を受けたときも、相手を脅迫し、謝罪するまで執拗に責め続けるといった行動を繰り返していました。染谷悟も桜井景三を批判をしたため、殺害されたと考えられます。プチエンジェル事件を追っていたことより、個人的なトラブルが原因だったのかもしれません。

しかし不自然な点もあります。染谷悟殺害の理由が短絡的な割に、計画を綿密に練っている点です。他の批判者の命は奪っていませんが、染谷悟は残忍な方法で殺害、死体を遺棄しています。他の批判者と染谷悟の違いは何だったのでしょうか。犯人たちプチエンジェル事件を幕引きするためのスケープゴートかもしれません。

プチエンジェル事件の被害者少女らの現在

犯人に監禁されていた少女たちですが、その後の消息や足取りは掴めていません。実名も顔写真も報道されず、手掛かりが極めて少ないのです。また少女たちの行動に批判的な気持ちを持つ人も多かったため、まったく無関係の小学校や顔写真がネットに流されていたこともありました。

実名報道はされなかった

プチエンジェル事件で保護された少女4名ですが、実名報道はされていません。性犯罪に巻き込まれている可能性があるため、少女たちのその後を考えて実名や顔写真を伏せたのです。当時のネットでは少女たちの顔写真から実名まで書かれたらしいのですが、法務省の要請により削除されたと言います。

当時、ネットやテレビでは少女たちに対して批判的な意見が多くバッシングが起きていました。「小学生や中学生で売春をしているとは何事だ」という論調が多く、身元を特定しようと躍起になっていた人も存在しています。また少女たちの家族に対しても、中傷に近い書き込みをしている人もいました。

当時の防災担当大臣であった鴻池祥肇(こうのいけよしただ)も、プチエンジェル事件の被害者少女たちを「加害者か被害者か分からない」という批判的発言を残しています。後に撤回しましたが、政治家でもこのような意見を持っていました。仮に実名報道をされていたら、少女たちも家族も苛烈なバッシングの嵐に巻き込まれていたでしょう。

一方でデマ説もあります。実名と顔写真は誰かがデマとして流したため削除されたというもので、どちらが本当なのか真相は不明です。どちらにしても未成年者の顔写真や実名を晒し上げる行為は、少女たちやその家族に危険が及ぶ危険性が高いものです。今現在、事件の真相が発覚しても実名は出ないでしょう。

今現在の彼女らの消息は不明

プチエンジェル事件に巻き込まれた少女たちのその後は分かっていません。当時のマスコミが取材をしようと少女たちに接触を試みたのですが、自治会が少女たちを守ってマスコミをシャットアウトしたため、話は一切聞けなかったそうです。少女たちのその後の噂は、さまざまな憶測が飛び交っています。

口封じのために殺害され死亡しているという死亡説も流れていましたし、名前を変えて生活しているという生存説もあります。どちらにしても少女たちのその後や家族の情報は明かされておらず、誰にも分からない状態なのでハッキリとしたことは言えません。家族の名前や職場を調べようとしていた人もいたようですが、追跡はできませんでした。

プチエンジェル事件の真相は謎に包まれていた

プチエンジェル事件は謎と疑問があまりにも大きいため、現在でも気になっている人が多い事件です。犯人の死亡、少女たちのその後、顧客名簿の氏名、何もかもが解決されておらず真相が分からないまま長い年月が過ぎました。唯一、プチエンジェル事件を追っていた染谷悟も殺害され死亡しているため、事件は完璧に闇に葬られたと言えます。

プチエンジェル事件は憶測が飛び交っている状態と言えます。中には陰謀論めいた噂も存在しており、何が本当で嘘なのかを見極めることが難しい事件です。少女たちや家族についても怪しげな情報が多く、プチエンジェル事件を解くヒントになるものはほとんど残されていないと言えるでしょう。

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