名古屋アベック殺人事件の詳細!加害者や被害者のその後・現在は

かつて名古屋アベック殺人事件という悪質な事件が起こりました。加害者のほとんどが未成年だったにも関わらず、実名を公開されたり死刑判決が下された事件です。そんな名古屋アベック殺人事件の概要から犯人や被害者、被害者家族のその後、現在に至るまでに迫ります。

名古屋アベック殺人事件の詳細!加害者や被害者のその後・現在はのイメージ

目次

  1. 1名古屋アベック殺人事件の概要と詳細
  2. 2名古屋アベック殺人事件の事件の詳細
  3. 3名古屋アベック殺人事件の被害者
  4. 4名古屋アベック殺人事件の被害者遺族の現在
  5. 5名古屋アベック殺人事件の犯人達の実名や主犯格は?
  6. 6主犯格の裁判での判決は死刑?
  7. 7加害者の現在とは?
  8. 8残忍な加害者の多くが未成年という驚くべき事件だった

名古屋アベック殺人事件の概要と詳細

「名古屋アベック殺人事件」と呼ばれている過去の事件をご存知でしょうか。名古屋アベック殺人事件とは、加害者のほとんどが未成年だということで話題となった事件です。また、加害者の中には少女も2人いたということも世間に衝撃を与えました。1988年に起こった事件なのですが今でも人々に記憶されています。

世の中にはたくさんの事件があり、その中にはあまりにも加害者がひどすぎると考えられている事件もあります。これから紹介する名古屋アベック殺人事件も例外とは言えません。名古屋アベック殺人事件の詳細だけでなく、その後の加害者や被害者家族の動向も紹介していきます。

名古屋アベック殺人事件は法律を改正するきっかけとなった事件でもあります。現在にも大きな影響を与えた名古屋アベック殺人事件の詳細に迫ってみましょう。

加害者は成人1人と未成年5人の男女6人

名古屋アベック殺人事件で加害者となったのは、成人1人と未成年5人の男女6人と言われています。この名古屋アベック殺人事件の悪質な点として、ほとんどの加害者が未成年だったことや集団での犯行であったことが挙げられています。これは世間を震撼させた事実でもありました。

未成年にとって人の命はどのように映っているのか、人の命というものがどういったものか理解できているかということを改めて考えさせられるきっかけの事件となりました。

名古屋アベック殺人事件のように加害者が集団であった事件は多くあり、中でも未成年や20代といった若者が中心となった事件は非常に多いです。加害者が6人なのに対して被害者は2人という状況で、被害者の2人は抵抗することができなかったというのも犯人たちが犯行をしやすかった環境と言えるでしょう。

名古屋アベック殺人事件では加害者が多かったため、多勢に無勢で被害者も抵抗することができませんでした。また、予測していなかった出来事に戸惑ってしまい抵抗ができなかったことも想像することができます。

1988年2月23日未明の大高緑地公園

名古屋アベック殺人事件は、1988年2月23日未明の大高緑地公園で犯行が行われました。名古屋アベック殺人事件ではデート中の男女を襲ったとされており、理容師として働いていた19歳の男性と理容師見習いとした働いていた20歳の女性が、車2台で駐車場に現れた犯人たちから突然襲われています。

犯人たちは最終的には被害者を2人とも殺害してしまうのですが、特に女性の被害者には酷い暴行を加えるなどかなり悪質な犯行を行っています。事件の起こった時刻が深夜だったということも、助けてくれる人がいなかったことに繋がっています。加害者たちは人通りが多くなってきた時刻には、既に被害者を連れ去ってしまいました。

その間に犯人である少女のうち一人は、被害者が車に乗せていたぬいぐるみを盗むなどの行為もしています。犯人たちはどのような気持ちで犯行に及んでいたのでしょうか。

集団犯罪の心理が働いた?

この名古屋アベック殺人事件では、加害者たちの集団心理が働いたとされています。集団心理というのは、誰かが犯行を行おうと言うまでもなく皆で犯行に及んでしまうような心理のことを意味しています。名古屋アベック殺人事件だけでなく、加害者が複数人いた事件ではこの集団心理が働いていることが多いようです。

初めは「少し脅したい」や「悪さをしてみたい」ということから犯行に及んだ犯人たちですが、最終的には殺害にまで行為が発展してしまいます。加害者本人たちも初めから殺害をしようという考えはなかったために事件のその後はかなり動揺してしまっており、自暴自棄になって危ない行動をしてしまうという場合もあります。

そのため、集団心理というのはかなり危ないものとして扱われています。実際に集団による事件が起こった時には、この集団心理がまず初めに疑われていることでしょう。

集団心理というのは名古屋アベック殺人事件だけでなく、宗教などにも用いられる方法です。使い方を間違えてしまえば危険な状態になってしまうため、集団心理には気を付けなければいけません。この集団心理は名古屋アベック殺人事件だけでなく、「地下鉄サリン事件」といった極めて悪質だとされている事件にもみられます。

心理というのは外見からはわからないため、本人も集団心理に陥っていることが分からなくなっています。名古屋アベック殺人事件でも加害者たちは、自分達が集団心理に陥っていることに気付いていませんでした。

集団心理の有名な実話を映画化した『エス~es~』や『THE WAVE』という映画があります。この2つの映画の内容は集団心理を実験するという内容なのですが、最終的には事件にまで発展してしまいます。この映画の驚くべきところはどちらも実話ということです。

名古屋アベック殺人事件の事件の詳細

名古屋アベック殺人事件の概要を紹介しました。名古屋アベック殺人事件の詳細は先ほど紹介したよりもかなり悪質な内容となっています。ここからはそんな名古屋アベック殺人事件を更に詳しく紹介していきます。

カップルが事件の巻き込まれてしまう事件は名古屋アベック殺人事件以外にも多く起こっていて、そのほとんどが同じような結末を迎えてしまっています。名古屋アベック殺人事件はどのような経緯で、どのような結果となったのでしょうか。

名古屋アベック殺人事件の始まり

名古屋アベック殺人事は、1988年2月23日午前4時半頃に名古屋市緑区の県営大高緑地公園駐車場に犯人たちが車を2台使って現れるところから始まります。バールや木刀を使って、その駐車場にいた被害者たちの車のフロントガラスを割って引きずりだし、暴行を加えています。また、犯人たちはシンナーを常習していました。

犯人達は深夜に暴走行為をしていたりと、かなり悪行が目立つ集団でした。いつも名古屋市中区栄のテレビ塔噴水付近に集まっていたということから「噴水族」と呼ばれるほど、周囲の人から恐れられる存在でもあったようです。事件の直前にも他のカップルを襲って金銭を奪いますが、それでは満足しませんでした。

その後に名古屋市緑区の県営大高緑地公園駐車場に訪れており、同じ時間にそこに居合わせた被害者の2人を襲ったのが名古屋アベック殺人事件までの経緯です。

彼氏の殺害

名古屋アベック殺人事件で殺害された被害者の男性は、車でデートをしている際に駐車場で犯人たちの襲撃を受けています。犯人たちに車を取り囲まれた被害者男性は、車から引きずり降ろされた後に木刀で暴行されてしまいます。その後、女性が暴行を受けている間は放置されていたようです。

午前6時ごろになって車や人通りが増える時間になると、被害者の女性と共に男性も車に乗せられて拉致されてしまいます。被害者の2人は愛知郡長久手町の公園墓地まで連れて行かれた後、その場で犯人たちの手によって洗濯用のロープを使って殺害されてしまいます。

その際、犯人たちはふざけながら「煙草を吸い終わるまで」といって男性の首に洗濯用のロープを巻き付け、犯人が煙草を吸い終わるまで両方から洗濯用のロープを引っ張り続けるという残虐な方法で殺害に及んでいます。

彼女の殺害

名古屋アベック殺人事件のもう1人の被害者である女性も、男性に続き車から引きずり降ろされてしまいました。その後「裸になれ」という犯人の言葉で上半身裸にされてしまった被害者の女性は、木刀で犯人たちに殴りつけられるという暴行を受けています。その後は被害者の女性を車に連れ戻し、犯人の男性たちにより女性は強姦されます。

強姦が行われている際にはその場にいなかった犯人の少女たちが戻ってきてからは、被害者の女性に対してタバコの火を押し付けるなど暴行もエスカレートします。また、助けてほしいと懇願する被害者に対して加害者の少女らは「ぶりっ子をするな」という言葉も放ったそうです。

一通り暴行され空が白んできた頃、警察に通報されてしまうことを恐れた加害者たちにより、被害者女性は車で連れ回されます。海に着いた時に被害者女性は自殺しようとしましたが、その自殺は失敗に終わりました。

その後、犯人の男性のアパートで再び強姦されます。そして、最終的には被害者の男性と同じように洗濯用のロープを使って殺害されてしまいました。

名古屋アベック殺人事件の被害者

犯人たちはシンナーを常習していたということもあり、冷静な判断を下すことができなかった状態だったのかもしれません。人として犯してはいけないことをしてしまった犯人たちですが、事件のその後は後悔や反省をしていたのでしょうか。

名古屋アベック殺人事件で殺害された被害者の男女は、前述の通りデートしていた時に襲われています。自分の好きな人が目の前で暴行される様は、想像したくない人も多いのではないでしょうか。ここからは被害者たちがどのような職業に就いていたのか、どのような人物だったのかを紐解きます。

被害者は共に理容師

被害者である男性と女性は、共に理容師として働いていました。理容師として頑張っていた被害者男性は、これからの将来に対して大きな夢を持っていたかもしれません。また、被害者女性も理容師見習いとして、これから先理容師になりたいという夢を持っていたことが推察できます。

理容師という職業は免許や資格を持っていないと行うことができない職業で、国家試験に合格しなければいけません。そのため、被害者である男性と女性はこの事件が起こる少し前まで、理容師になるために一生懸命勉強し、経験を積むため頑張っていたのではないでしょうか。

被害者の年齢は?

冒頭でも紹介しましたが、名古屋アベック殺人事件で殺害された被害者女性は当時20歳で、被害者男性は19歳でした。あまりにも若い2人だったため、遺族もやりきれない気持ちでいっぱいだったのではないでしょうか。

名古屋アベック殺人事件は加害者や被害者の年齢が若かったことや、事件の内容も悪質だったため大きな事件として取り上げられました。犯人たちも年齢が若く、事件に対しての認識が甘かったと捉えることもできるでしょう。

また、被害者と同じ年齢の娘や息子がいるという人も多くいたため、名古屋アベック殺人事件に対して他人ごとではないという認識を持った大人も多くいたようです。

名古屋アベック殺人事件の被害者遺族の現在

未成年や20歳の少年たちが起こした名古屋アベック殺人事件ですが、その当時は事件の内容があまりにも悪質だったために実名が公開されたり、主犯格の犯人に対しては第一審で死刑判決が下されるなどかなり異例の事件となりました。大きく報道されたこの名古屋アベック殺人事件の被害者親族は、どのような心境だったのでしょうか。

名古屋アベック殺人事件が起きた当時、遺族は主犯格やその他の犯人に対して懲役17年や無期懲役でも足りないくらいだと発言しています。もしも、自分の身近な人が名古屋アベック殺人事件のような事件に巻き込まれてしまった時、どのような心境になるでしょうか。ほとんどの人が、このときの被害者親族と同じ心境になるでしょう。

ただ、やはり当時は犯人の大半が未成年だったことから、死刑判決は覆されます。遺族はもともと死刑を望んでいたのですから、憤りとやるせなさを感じたことは想像に容易いです。

被害者女性のご遺族の現在

2003年に公開された記事によると被害者女性には他にも兄弟がいたようで、被害者女性の両親は他の子どもたちと一緒に暮らしていました。しかし、事件から9年経った1997年に59歳という若さで母親が他界してしまいます。これは、もしかすると事件のストレスが原因となってしまっていたのかもしれません。

被害者の親族は事件が起きたその時から、自身が亡くなるその時まで事件のことに悩まされ、苦しめられる日々が続きます。もしかすると事件を防ぐことができたのかもしれないという気持ちに苛まれることもあり、犯人たちが出所して事件を忘れた後も傷つき続けています。

被害者男性のご遺族の現在

被害者男性の遺族の現在を調べてみると、男性の父親は1993年に名古屋市中村区内にあるマンションで死亡しているところを発見されています。その様子は誰にも看取られることなく、1人で机に突っ伏したまま息を引き取ったとされています。

1993年というと、名古屋アベック殺人事件が起きてから5年しか経っていない時期です。被害者男性の父親の死因はわかりませんが、遺族もかなり事件に苦しめられていた可能性が高いのではないでしょうか。心労やストレスにしろ、別の原因にしろ、事件が多くの人々に影響を及ぼした可能性は否定できません。

名古屋アベック殺人事件の犯人達の実名や主犯格は?

名古屋アベック殺人事件ではほとんどの犯人が未成年だということもあり、実名は公開されないと思われていました。しかし、未成年にも関わらず例外として少年少女の実名が公開されることとなります。名古屋アベック殺人事件がかなり悪質だったということが、実名を公開するきっかけとなったのではないでしょうか。

その当時は名古屋アベック殺人事件だけでなく女子高生コンクリート詰め殺人事件などの少年犯罪がかなり多発しており、実名が公開されたのはその影響もあるのかもしれません。また、この事件では実名を公開するだけでなく、前述の通り少年たちへ死刑が求刑されたことも話題となった事件でもあります。

未成年による犯罪は少年法で守られているからと軽視されてしまいがちですが、名古屋アベック殺人事件のように実名を公開されることも稀にあるのです。

名古屋アベック殺人事件の主犯格は当時19歳のA

アベック殺人事件で主犯格とされている少年は当時19歳で、実名は「石田滋」とされています。週刊誌では「中川政和」という仮名表記もありました。主犯格である少年Aは、このアベック殺人事件を起こす前にも窃盗事件を起こしており、問題児だったことが裁判で明らかになっています。

また、窃盗以外にも不審火事件を起こしたり、相手の態度が気にくわないからと暴行をしたこともあったようです。更には弟が暴力団に拉致されたところを助けようとして少年Aが自ら薗田組の組員となり、その後も窃盗を繰り返しています。

その後、少年Aは他の犯人たちと知り合うことになり、犯行に及びました。裁判では死刑という言葉まで飛び交った少年Aは、現在も岡山刑務所で服役中とのことです。

名古屋アベック殺人事件の準主犯格は当時17歳のB

名古屋アベック殺人事件で準主犯格とされている少年Bは事件当時17歳でした。実名は「西山照久」と言われていますが、仮名表記という話もあり、この名前が実名なのか定かではありません。「西山照久」とされる少年Bは、もともとあまり良くない家庭環境で育ち、父親から喧嘩を教えられました。

小学生の時点で暴力を振るうようになり、その後は学業に対してのやる気がなくなってしまったため、シンナーを仲間内で共有するようになります。一度は態度を改めたとされていますが、再び悪い仲間たちとつるむようになり、少年Aと同じ薗田組の構成員になりました。

裁判が終わってからは、服役している刑務所の場所は不明ですが、2018年現在も刑務所に服役中とのことです。

名古屋アベック殺人事件の唯一の成人のC

アベック殺人事件の加害者で唯一の成人だったCは、「高志健一」が実名だとされています。また、このCだけは当時の年齢が20歳だったということから、実名と一緒に顔写真も公開されています。犯人であるCは両親が離婚したために祖父母のもとで育ち、その後は母親と暮らすことができたものの再婚相手から暴力を振るわれる環境で暮らしました。

その後は窃盗事件を起こしたり、シンナーを吸うようになります。また、知人からの紹介で他の犯人たちも在籍していた薗田組の組員になり、そこで他の加害者たちと知り合うこととなります。Cに関しては既に刑期を終え、2018年現在は出所しているということです。

その他の加害者Dと少女A・B

名古屋アベック殺人事件では上記の犯人たちだけでなく、他に3人の加害者がいました。少年Dの実名は「菅原義夫」で、少女たちの実名は「井田由紀」「寺前恵美」だとされています。ただ、この実名といわれている名前はあくまでも仮名表記とされており、本当に実名なのか定かではないようです。当時、この三人は未成年で共に無職だったようです。

暴力団員との関わりから他の犯人たちとつるむようになり、名古屋アベック殺人事件を起こします。加害者に共通していることは家庭環境が著しく悪く、その後の生活もほの暗いという点です。しかし、自分の家庭環境が悪いからと言って事件を起こす理由にはなりません。

この名古屋アベック殺人事件は現在でもかなり悪質な事件として伝えられています。当時は少年少女が関わる事件が多かったこともあり、少年法や刑量を見直すきっかけとなった事件でもありました。

主犯格の裁判での判決は死刑?

名古屋アベック殺人事件の裁判では、求刑の内容に対してかなり揉めています。被害者の両親は当時、死刑でも足りないと発言していました。また、未成年の犯人の実名公開にも至っているなど、少年法のある日本において異例づくめともいえる事件でもあります。

この事件での裁判では、第一審で少年Aに死刑が求刑されました。未成年の少年に対し死刑が求刑されるということも、異例中の異例な事態と言えるでしょう。また、少年Bらにも無期懲役が求刑されています。この名古屋アベック殺人事件はそれほどまでに、卑劣で悪質な事件であったということの裏付けでもあります。

ここからは、死刑を求刑された少年Aをはじめ、加害者たちにどういった判決が下ったのかを詳しく紹介していきます。

第一審で主犯格の少年Aに死刑を求刑?

6人いた加害者の中でも主犯格とされている少年Aは、裁判の第一審で異例の死刑判決を言い渡されました。当時、少年Aは名古屋アベック殺人事件という重大な事件を犯したにも関わらず、裁判で「少年法があるから死刑判決はない」と発言してしまったことから、あまりにも冷酷で情状酌量の余地もないということで第一審で死刑判決を受けています。

その後、死刑に対して不満のあった少年Aは死刑判決に対して控訴しており、1996年に死刑判決が棄却されています。この結果は死刑の棄却が決まるまでに少年Aが態度を改めたからだと言われています。しかし、実際は死刑を逃れるために反省している態度を演じていたと言われているようです。

その後は無期懲役が言い渡され、刑が確定しました。前述のとおり、少年Aは2018年現在でも刑務所に服役中だと言われています。

準主犯格Bや唯一の成人Cの判決

準主犯格である少年Bは裁判で無期懲役が求刑されていました。第一審で求刑通り無期懲役が言い渡されており、少年Bは控訴することもなくその刑を受け入れているといいます。少年Bも少年A同様、2018年現在も服役中と言われています。

名古屋アベック殺人事件で唯一の成人だったCは、もともと裁判では無期懲役を言い渡されていました。しかし、第一審では懲役17年が言い渡されています。懲役17年を不服としたCは控訴を申し立て、控訴審では最終的に懲役13年で刑が確定することとなりました。Cは2003年8月までの間に刑期を終えており、現在はもうすでに出所しています。

加害者の少年Dの判決

加害者で当時は無職だった少年Dは、裁判で懲役15年が求刑されていました。その求刑に対し、第一審で懲役13年という判決が下されています。少年Dもこの判決に対して控訴はしなかったようで、その場で判決が確定しました。その後は岡山刑務所に服役した後に、2000年ごろには出所しています。

少年Dの判決を見ても言えることですが、少年法があるため未成年の加害者に対してあまり重い刑は言い渡されない印象を受けます。このように悪質な事件に関わっていたとされていても、10数年で社会に出てくるというのは被害者親族からすると不服な結果ということには違いありません。

事件を起こしてしまった後に心を改めているのであれば、少しは救いもあるのかもしれません。しかし、このような凶悪事件を起こした犯人の場合、そのほとんどがまた同じような事件を繰り返してしまうということもあります。

加害者の少女A・Bの判決

加害者の少女たちは懲役5年以上10年未満の不定期刑を求刑されており、第一審で求刑通りの懲役5年以上10年未満が言い渡されています。これは、被害者の女性をレイプした際に関わっていなかったことから、他の加害者よりも刑が軽くされたという話があるようです。また、どちらの少女も控訴を行っておらず、第一審で言い渡された判決で確定しています。

懲役5年以上10年以下を言い渡された加害者の少女たちですが、どちらも1996年には出所したとされています。そのため、大人になった現在は普通の生活を送っているのではないでしょうか。被害者親族にとっては、すぐに社会復帰をしている犯人たちを見るともう少し重い刑にしてほしいという気持ちがありそうです。

加害者の現在とは?

加害者たちは、現在はどのような生活を送っているのでしょうか。この名古屋アベック殺人事件は1988年に起きた事件なのですが、その悪質さから30年経った2018年現在でも犯人たちがその後どのように生活をしているのか気になっている人が多くいます。

また、この名古屋アベック殺人事件のような求刑に対して軽い刑が言い渡されている事件であったり、世間を恐怖に陥れた事件というのはネットの海に長い時間漂っています。事件に興味を持った人たちが犯人たちの実名やその後の現在を特定したりしていることもあり、事件は解決した後もずっと風化されず語り継がれています。

この名古屋アベック殺人事件はもうすでに30年も前の事件ですので、加害者たちも大人になっています。それでもなお語り継がれている事件ですので、それほど世間では悪質な事件として扱われていたということが分かります。

少年Cの現在は?

名古屋アベック殺人事件に関わっていて唯一成人だった少年Cは、出所をした後は賠償金を一切払うこともなく行方をくらませています。また、Cの両親に関しても親権を放棄しているとして裁判に現れることもなく、この両親にしてこの子ありというところなのではないでしょうか。あまりにも事件を軽視しすぎているようです。

少年Cだけにとどまらず、この事件のどの加害者に関しても反省の色が一切見えていません。出所後は自由になったと言わんばかりに、自分たちが何をしてしまったのかを忘れたかのように行方をくらましているのです。これはちょっとした恐怖といえるでしょう。

少年Dの現在は?

名古屋アベック殺人事件に関わっていた少年Dも、遺族に対して賠償金を払うということが決まっていたにも関わらず、出所をした後は一切賠償金を支払わずに行方をくらましてしまいました。また、賠償金を払わなかったどころか現在の少年Dは女性と結婚をして妻子を持つまでになっているようです。

結婚する際に、妻やその家族に自身が起こした事件のことは伝えていないのではないか、という憶測があります。自分の犯した罪を隠し結婚までしているとすれば、遺族には許しがたい現在ではないでしょうか。反省の色を見せない犯人たちに対して憤りを感じている人は世の中に多くいるようです。

少女AとBの現在は?

少女Aと少女Bは裁判のその後、遺族に対して土下座をしたいという反省の色を見せていました。中でも少女Aは1996年に出所した後の数年間は賠償金を払っていたようです。しかし、2003年以降は一切払われなくなったとされています。

また、少女Aは事件のあとに知り合った男性と結婚をして子供が生まれているようです。しかし、その一年後には離婚をしていて水商売をして生活をしているという話があります。

少女Bは一切反省の色を見せておらず、謝罪もしていないと言われています。賠償金に関しても数回払っただけという話もあります。出所後は3回結婚をしているようです。現在は事件のあった場所の近くで家を建て、幸せに暮らしているということです。あまりにも遺族に対して失礼な行動をしているのではないでしょうか。

残忍な加害者の多くが未成年という驚くべき事件だった

世間を驚愕させた悪質な事件である名古屋アベック殺人事件ですが、その加害者のほとんどが未成年だということから少年法を見直すきっかけとなっています。また、名古屋アベック殺人事件以外にも女子高生コンクリート詰め殺人事件など、未成年が起こす殺人事件はいつの時代にもなくなることがありません。

その裏側には、やはり少年法で守られているという絶対的な自信が大きいのではないでしょうか。もちろん悪質な事件の場合は死刑を言い渡されてしまうこともあります。ただ、少年法で守られているという安心感から、未成年が重大な事件を起こしてしまうことに繋がってしまうというのも少なからずあるでしょう。

名古屋アベック殺人事件は特に加害者が未成年ということで、大きく取り上げられていました。このような未成年が関与している事件は人々の記憶に残りやすく、世間にも大きな影響をもたらすことでしょう。ニュースでも何度も放送されることが多いので、それも関係しているのではないでしょうか。

未成年の場合は、どんな事件であっても名前が公表されないとされていますが、名古屋アベック殺人事件ではそれが覆されています。そのことからも、事件が悪質だったということがわかるのではないでしょうか。

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