高井麻巳子の現在は?結婚した夫・秋元康や子供に不仲説とは【画像あり】

おニャン子クラブのメンバー、高井麻巳子は今現在どんな活動をしているのでしょうか。作詞家の秋元康と結婚していますが不仲説もあるようです。2人の子供が娘というのは本当なのか、当時話題になったゆうゆとの不仲説の真相や、高井麻巳子の現在の画像もふくめ追跡してみました。

高井麻巳子の現在は?結婚した夫・秋元康や子供に不仲説とは【画像あり】のイメージ

目次

  1. 1高井麻巳子のプロフィール
  2. 2高井麻巳子の現在は?画像は?
  3. 3高井麻巳子の夫の秋元康はどんな人?
  4. 4高井麻巳子の結婚は?子供は?
  5. 580年代のアイドルグループ!おニャン子クラブとは?
  6. 6高井麻巳子は現在も幸せに暮らしていた!

高井麻巳子のプロフィール

・愛称:まみまみ
・本名:高井麻巳子
・生年月日:1966年12月28日
・現在年齢:52歳
・出身地:福井県小浜市
・血液型:O型
・身長:157.5cm
・体重:44kg
・活動内容:元アイドル・女優
・所属グループ:おニャン子クラブの元メンバー
・事務所:株式会社秋元康事務所
・家族構成:4人姉妹の次女。姉はダンスチーム Dee-Deeの高井雅代。現在は夫(秋元康)と子供である娘の3人家族。

「夕焼けニャンニャン」でデビュー

高井麻巳子が所属していたおニャン子クラブは、『夕焼けニャンニャン』という人気テレビ番組内の企画で結成された女性アイドルグループです。『夕焼けニャンニャン』とは、1985年4月にスタートしたフジテレビの番組で、月曜から金曜までの平日の17:00から1時間毎日放送されていました。

おニャン子クラブは番組内アシスタントとしてデビューしました。初期メンバーは11人の女子高生で結成されました。番組とおニャン子クラブの仕掛け人は秋元康です。当時視聴率が高く人気があった番組で、今現在でも伝説になっています。

おニャン子クラブのスタート時のメンバーには、新田恵利、国生さゆりなどがいました。その後メンバー増員のオーディションが番組内で行われ、高井麻巳子もスカウトされた上でオーディションに参加し見事合格しました。

高井麻巳子は、会員番号16番としてデビューしました。他にも河合その子、城之内早苗、ゆうゆ(岩井由紀子)、渡辺満里奈、工藤静香なども在籍していました。おニャン子クラブは、番組放送開始3ヵ月後の7月に『セーラー服を脱がさないで』でレコードデビューしています。

高井麻巳子が所属するおニャン子クラブが出演していた『夕焼けニャンニャン』は、1987年まで放送され、全盛期には平均視聴率は13%と驚異的な人気番組だったようです。今考えてみても夕方の枠でこの視聴率はとても高いと言えます。

総合司会は片岡鶴太郎、吉田照美、松本小雪、田代まさし、上柳昌彦、松本伊代が務めていました。レギュラー陣にはとんねるず、所ジョージ、ウッチャンナンチャン、三宅裕司、デーブスペクターなど豪華芸能人が出演していました。現在も活躍中の芸能人ばかりです。

「ゆうゆ」とうしろゆびさされ組を結成

その後、高井麻巳子は同じおニャン子クラブのメンバーだったゆうゆこと岩井由紀子と一緒に、うしろゆびさされ組を結成しました。デビュー曲は、テレビアニメ『ハイスクール!奇面組』の主題歌に使用されました。

シングルを5枚、オリジナルアルバムを3枚、ベストアルバムを5枚リリースしています。シングルは、デビュー曲以外はすべてオリコンチャート1位を獲得しました。

楽曲の多くが『ハイスクール!奇面組』で使用されました。シングル曲の作詞はすべて秋元康によるものです。うしろゆびさされ組の解散直前に放映された『ハイスクール!奇面組』の回では、高井麻巳子とゆうゆのキャラクターが登場し、ライブを行うシーンが描かれています。動画や画像はありませんが、興味がある人はぜひ探してみてください。

高井麻巳子とゆうゆ(岩井由紀子)とのユニットうしろゆびさされ組は、1985年から87年まで活動し、高井麻巳子のおニャン子クラブ卒業を機に解散しました。ちなみにゆうゆは、おニャン子クラブ解散時のメンバーで、解散後はゆうゆの名前でバラエティ番組などに出演していました。ゆうゆは、1997年に結婚して芸能界を引退してます。

高井麻巳子とゆうゆには不仲説もあったようですが、特に不仲であったとの根拠は見つけられませんでした。2人とも若かったので当時は上手くいかないこともあったのかもしれません。

ゆうゆのその後のインタビューでは、特別仲が良いわけではなかった、との発言がありますが不仲と言うほどではなかったようです。今現在でもゆうゆファンは多いようで、高井麻巳子と同じく、復活を願う人もいるでしょう。

おニャン子卒業後は女優として活動

高井麻巳子はソロデビューも果たし、オリコンチャートで初登場1位を獲得。その後、シングルとアルバムをそれぞれ8枚ずつリリースしています。高井麻巳子はおニャン子クラブの解散まで待たず、1987年3月にグループを卒業します。おニャン子クラブは同年9月に解散しているので半年前の卒業でした。

おニャン子クラブ卒業後は、高井麻巳子は女優として主にフジテレビのドラマや映画に出演するなどの芸能活動を行っています。また他にも、忌野清志郎のファンであることがきっかけで、彼が在籍していたバンドRCサクセションのアルバムにゲストヴォーカルで参加しています。

1988年4月には、高井麻巳子のファンクラブ結成記念のコンサートをよみうりランドで開催しています。

秋元康と結婚し芸能界を引退

高井麻巳子は1988年5月に、おニャン子クラブの仕掛け人でありプロデューサーだった作詞家、秋元康と結婚し、芸能界を引退します。高井麻巳子の突然の結婚・引退に、驚いたファンも多かったようです。結婚後はアメリカに渡り、1年半ほどニューヨークで秋元康と共に新婚生活を送りました。

高井麻巳子と秋元康の結婚は、当時はだいぶ騒がれたようです。結婚式などの詳細は見つけることができませんでした。2人のツーショット画像などがないのが残念です。

現在は芸能活動はしていない

高井麻巳子は、秋元康と結婚後は芸能界を引退しています。その後しばらくは目立った活動はありませんでした。アイドル時代、人気絶頂と言っても良い時期の突然の結婚、引退だっただけに、いまだに高井麻巳子の動向が気になる人は多いようです。今もし同じようなことを、例えばアイドルグループのAKBのメンバーがしたらきっと大騒ぎになるはずです。

高井麻巳子(秋元康の嫁)の現在は?豪邸の住まいや子供は?【画像】

高井麻巳子の現在は?画像は?

高井麻巳子は、現在は何をしているのでしょうか。夫である秋元康が現在もアイドルのプロデュースなどで活躍しているので、その奥さんである高井麻巳子の今の姿や動向が気になります。色々調べてみると、秋元康の所属事務所である「株式会社秋元康事務所」の監査役になっているようです。

監査役とは、取締役が不正行為をしていないか調査し、取締役会や株主総会で報告できる権限があるそうです。高井麻巳子は、とても大切な役職に就いているようです。2人に子供はいるのでしょうか。不仲説などの噂も耳にします。高井麻巳子の現在の画像なども含めて調べてみました。

小説の挿絵

高井麻巳子について調べていると、「小説」「挿絵」というキーワードがインターネット上で散見されました。これは、歌人・田中章義の1992年に出版された作品集『キスまでの距離』に、秋元麻巳子の名前で挿絵を入れていることからのようです。残念ながら挿絵の画像は見つかりませんでしたが、作品集自体は探せば入手できそうです。

また、月刊カドカワで連載していた斉藤由貴の詩のページでも挿絵を提供していたようです。斉藤由貴とは、高井麻巳子がおニャン子クラブ在籍時の1986年に映画『恋する女たち』で共演し、それ以来今でも親友の関係だそうです。

絵本を出版

高井麻巳子は、芸能界引退後は「秋元麻巳子」の名前で2002年に小学館から絵本を出版しています。夫である秋元康との共著で、タイトルは『ぞうネコ』です。高井麻巳子(秋元麻巳子)は絵を描いています。

長い鼻を持つ猫のお話だそうで、ストーリーと結末がファンならずとも気になります。画像を見ると表紙もかわいいです。帯の推薦コメントは、作家の林真理子が手がけています。

実家はどこ?現在は豪邸住まい?

高井麻巳子は、福井県の小浜(おばま)市出身です。小浜市は、福井県の南西部の日本海に面した場所にある風光明美な街です。国宝や重要文化財が多くあり、「小京都」と呼ばれているそうです。高井麻巳子は、福井県の高校を卒業後、大学進学のための予備校入学で上京しています。秋元康と結婚後の今はどのような住まいなのでしょうか。

秋元康は「渋谷区に豪邸がある」「千代田区の高層マンションも所有している」「神奈川県逗子に1300平米もの別荘を建てた」など華やかな噂が絶えません。残念ながら真偽のほどはわかりませんでしたが、時々SNS上などに自宅での写真がアップされていて、その様子からはとても広い部屋のようです。

高井麻巳子の現在の写真

芸能界引退後は、公の場には登場せずなかなか露出がない高井麻巳子(秋元麻巳子)ですが、林真理子のブログで現在の画像がアップされていたようです。画像を見る限り、アイドル時代の面影がある美人です。

現在はこのブログにはもうアクセスできないため画像を直接見られませんが、林真理子は高井麻巳子と秋元康の絵本でもコメントを寄せていたので、親交が深いようです。

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高井麻巳子の夫の秋元康はどんな人?

高井麻巳子の夫である秋元康はおニャン子クラブの仕掛け人で、今でもAKB48をはじめとした数多くのアイドルのプロデュースを手がけたり、作詞家としても活躍中です。今の若い人は当時のおニャン子クラブのことは知らない人が多いかもしれません。80年代から今現在まで、第一線で活躍し続けているというのはすごいことです。

秋元康のプロフィール

・本名:秋元康
・生年月日:1952年5月8日
・現在年齢:60歳
・出身地:東京都目黒区、小学校4年生時に保谷市(現在の西東京市)に引っ越す
・血液型:O型
・身長:166.7cm
・活動内容:作詞家、放送作家、音楽プロデューサー
・事務所:株式会社秋元康事務所
・家族構成:父、母、弟。現在は妻と子供(娘)の3人家族。

秋元康は高校生の時に、ニッポン放送のラジオ番組『オールナイトニッポン』に古典文学のパロディを書き綴って送ったところ目に止まり、それがきっかけでニッポン放送へ出入りするようになったそうです。その後中央大学へ進学し、在学中に放送作家としての活動を開始しました。

おニャン子クラブの仕掛け人

秋元康はフジテレビの『ザ・ベストテン』や『オールナイトフジ』とともに『夕焼けニャンニャン』の構成を担当し、高視聴率を獲得していきます。『夕焼けニャンニャン』は男子中高生をメインターゲットとしてスタートしました。

番組内の「アイドルを探せ」というコーナーでオーディションを行い、合格した女子高校生をおニャン子クラブとして芸能界デビューさせました。

番組開始3ヵ月後の1985年7月に、おニャン子クラブはデビューシングル『セーラー服を脱がさないで』をリリースします。この曲がヒットし、瞬く間に人気アイドルとなりました。おニャン子クラブは『夕焼けニャンニャン』の放送終了と共に解散します。活動期間はたった2年半ほどでしたが、今でも伝説的なアイドルとして名を残しています。

今考えると、おニャン子クラブはAKB48の先を行く存在のアイドルだったのです。おニャン子クラブのメンバー内の派閥や不仲説などもあったようですが、そういった部分も話題性があった証でしょう。

AKB48のプロデューサー

高井麻巳子の夫である秋元康は、おニャン子クラブの仕掛け人として有名なのはもちろんですが、なんと言っても今はAKB48のプロデューサーとして有名です。

AKB48は、2005年に「秋葉原48プロジェクト」として発足し、東京秋葉原を拠点に活動する女性アイドルグループとして誕生しました。秋元康が総合プロデューサーとなりました。AKB48のコンセプトは「会いに行けるアイドル」で、毎日公演を行なうことでファンは身近に感じながら応援することができるという点が斬新でした。

AKB48は、2006年にインディーズからシングル『桜の花びら』でデビューしました。そして同年10月に『会いたかった』でメジャーデビューを果たします。14枚目のシングル『RIVER』で初めてオリコンチャート1位を獲得し、以降大人気となります。AKB48のメンバー数は、正規メンバーと研究生を合わせるとなんと100人以上もいます。

AKB48の姉妹グループとして、SKE48やNMB48やHKT48などの多くの姉妹グループがあります。また、国内だけにとどまらずジャカルタのJKT48やバンコクのBNK48などのグループがあります。さらにインドのムンバイでも、MUM48のプロジェクトが進行中だそうです。

作詞家としても活躍

秋元康はプロデュースだけではなく、作詞家としても活躍しています。おニャン子クラブやAKB48などのアイドルだけにとどまらず、多くの歌手やタレントの楽曲の作詞を手がけ、そのジャンルも多岐に渡ります。

秋元康は、作詞家としてのシングル総売上で歴代1位にも輝いています。これまで作詞を手がけた楽曲数は、なんと1000曲以上だそうです。その楽曲数だけでも驚きですが、そのうち100曲以上がオリコンチャートで1位を獲得しています。

チャート1位の曲をおニャン子クラブや関連シングル以外で一部挙げると、小泉今日子『なんてったってアイドル』(1985年)、とんねるず『ガラガラヘビがやってくる』(1992年)、稲垣潤一『クリスマスキャロルの頃には』(1992年)、AKB48『恋するフォーチューンクッキー』(2013年) などがあります。

高井麻巳子の結婚は?子供は?

アイドルグループおニャン子クラブのメンバーとして芸能界でビューした高井麻巳子は、プロデューサーだった秋元康と結婚しました。当時ファンに衝撃を与えた2人の結婚について、また、その後産まれた高井麻巳子の子供についても調べてみました。当時の画像なども探してみました。

1988年に電撃結婚!

アイドルグループおニャン子クラブのメンバーだった高井麻巳子は、1988年にプロデューサーだった秋元康と電撃結婚しました。高井麻巳子のファンクラブができて、たった3週間後の出来事だったそうです。そしてこの結婚騒動のせいかどうか、すぐにファンクラブは解散してしまったそうです。

結婚後すぐ高井麻巳子と秋元康の2人は、揃ってアメリカのニューヨークへ渡り1年半ほどを過ごします。どんな新婚生活を送ったのでしょうか。日本では落ち着いて生活できなかったのかもしれません。

そして、結婚から13年後の2001年3月に第一子となる娘が誕生しています。結婚してからだいぶ年数が経ってから産まれた子供のようです。女の子ということもあり、きっと可愛がられているのでしょう。

当時の世間の反応は?

高井麻巳子は、人気絶頂時におニャン子クラブを脱退し、秋元康と結婚した後はすっぱりと芸能界を引退しました。当時の高井麻巳子ファンはかなり衝撃を受けていたようです。おニャン子クラブ自体も2年間ほどの活動期間だったので、逆に記憶に強く残っているのでしょう。

当時の高井麻巳子のファンは、電撃結婚にショックを受けていたり、いまだに秋元康が嫌いで許せないという人も多いようです。そして秋元康は高井麻巳子との結婚で、その当時はだいぶ叩かれ批判されたようです。

秋元康と結婚した当時、高井麻巳子はまだ21歳で、旦那となった秋元康の方は30歳。俗に言う歳の差婚です。その歳の差もまたファンにとっては、大ショックでジェラシーの要因なのかもしれません。

秋元康の顔を見ると怒りがこみ上げる...という当時の高井麻巳子ファンもいましたが、たしかにその気持ちも分かります。こんなに可愛くて若い元アイドルを妻にするとはうらやましいかぎりです。

高井麻巳子と秋元康が結婚した際、結婚記者会見や書面での報告など当時は2人から何もなかったようです。そのため、ファンの人たちにとってはなかなか信じられない出来事だったのでしょう。気持ちに区切りがつけられないのはもっともな事だと言えます。

子供の名前は「せり」

高井麻巳子と秋元康の間には、2002年に子供が誕生しています。性別は女の子で、名前は「せり」と言うそうです。子供の名前について事実かどうか調べましたが、残念ながら分かりませんでした。現在の姿も探しましたが画像は見つけられませんでした。きっと御両親も写真が出回らないように気をつけているのでしょう。

現在の姿の写真は見つけられませんでしたが、小さな子供の頃の動画は見つけることができました。秋元康がゲストで出演していたテレビ番組の動画でした。そこには2〜3歳くらいの秋元康の娘がうつっているのですが、母である高井麻巳子に似た色白のかわいい女の子です。

娘が通う学校は?

秋元康と高井麻巳子の娘は、どこの学校に通っているのでしょうか。収入があるのでお金持ちの子女が集まる学校、というイメージがあります。2002年産まれなので、現在娘は高校生になっているはずです。調べてみたところ、小学校と中学校は慶應義塾だそうです。

慶応の幼稚舎ということはお受験戦争を勝ち抜いたということです。慶応は「幼稚舎」と言いますが、小学校のことです。幼稚舎の倍率は平均20倍で、特に入学が難しい私立校です。幼稚舎は代々慶応に通っている家の子供も多く、合格するのは至難の技です。

高井麻巳子と秋元康の娘の現在の通学先を調べてみましたが、高校は中央大学付属高校に進学したという噂と、エスカレーターでそのまま慶應義塾高校へ、という噂がありました。一体どちらなのでしょうか。しかし、どちらにしても偏差値が高い高校なので、高井麻巳子と秋元康の娘は頭脳明晰なようです。

今は秋元康とは不仲?

高井麻巳子と秋元康が不仲、というキーワードがインターネット上で見つかりましたが、不仲が事実とされるような根拠は見つかりませんでした。妻である高井麻巳子が公の場に登場しないため、どうしても憶測をよんでしまうのかもしれません。

不仲なのが事実であれば、すでに離婚していてもおかしくないでしょう。夫婦のことは外からは分からないのでなんとも言えません。今後も、高井麻巳子と秋元康の不仲説に注目してみましょう。

80年代のアイドルグループ!おニャン子クラブとは?

高井麻巳子と秋元康についてご紹介し、おニャン子クラブについても触れてきましたが、あらためて「おニャン子クラブ」についてご紹介します。当時を知らない人はぜひ読んでみてください。

伝説の女性アイドルグループ

おニャン子クラブは、1985年に放送がスタートしたフジテレビの夕方の番組『夕焼けニャンニャン』内で結成されたアイドルグループです。同年7月5日に『セーラー服を脱がさないで』で、シングルデビューしました。作詞は秋元康が手がけていて、これ以降の楽曲も全て秋元康が詞を手がけています。

おニャン子クラブのメンバーは、結成時は11人でしたが、その後は番組内のオーディションで増員していくスタイルでした。途中で卒業するメンバーも少なくなく、入れ替わりが多かったようです。1987年の解散時にはメンバーは19人でした。

メンバーにはそれぞれ会員番号が与えられていて、当時のファンの人は今でもその会員番号を憶えているようです。twitterで検索するとたくさんのつぶやきを見ることができました。今でいう「推しメン」を決めて、それぞれ応援しながら楽しんでいたそうです。

今活躍しているAKB48の売り方と類似してるものがあり、秋元屋のプロデュース力は80年代当時から確立されていたことがわかります。

現在も活躍するタレントは多数

おニャン子クラブに在籍していたメンバーで、卒業後にソロで活動した人や、現在も芸能界で活躍している人が多くいます。渡辺満里奈、国生さゆり、工藤静香、渡辺美奈代、生稲晃子など、昔のアイドルのイメージを嫌がる人もいるかもしれませんが、ファンにとっては大切な思い出です。

渡辺満里奈は現在は結婚して息子と娘の2児の母親になっています。工藤静香も、木村拓哉との間に産まれた娘がモデルデビューして最近話題になりました。高井麻巳子は芸能界を引退してしまいましたが、引き続き芸能界で活動している元おニャン子クラブメンバーもいて、当時のファンは嬉しいはずです。

派生グループも人気!

おニャン子クラブ内から別ユニットとしてデビューしたのが、「うしろゆびさされ組」と「うしろ髪ひかれ隊」です。うしろゆびさされ組は、高井麻巳子とゆうゆ(岩井由紀子)で結成され、フジテレビのアニメ『ハイスクール!奇面組』で主題歌として使用され人気となりました。

高井麻巳子の卒業と同時に解散したうしろゆびさされ組の後続グループとして、うしろ髪ひかれ隊が結成し、おニャン子クラブ解散直前の1987年5月にシングルデビューしました。

メンバーは、工藤静香、生稲晃子、斉藤満喜子の3人で、やはり『ハイスクール!奇面組』に使用されました。うしろ髪引かれ隊はデビューシングルがオリコン1位を記録し、セールスも好調でした。その後工藤静香もソロデビューし人気となりました。

惜しまれつつも解散

おニャン子クラブは、フジテレビ『夕焼けャンニャン』の終了とともに惜しまれつつも解散となりました。1985年から87年までの活動期間でした。あくまでも番組とともにあるアイドルグループというスタンスだったようです。

おニャン子クラブの解散コンサートは、1987年9月20日に代々木第一体育館で行われました。解散時のメンバーには初期メンバーは1人も残っていませんでした。解散後、番組企画などで元メンバーが出演したり再結成企画があったりしますが、正式なおニャン子クラブ再結成は現在までありません。

高井麻巳子は現在も幸せに暮らしていた!

高井麻巳子の現在や、その夫秋元康と子供についてご紹介してきました。おニャン子クラブのメンバーとして芸能界デビューし、結婚を機に引退した高井麻巳子(現在は秋元麻巳子)。今は1人の娘に恵まれ、特に不仲などの事実はなくプロデューサー、作詞家として高収入を得る秋元康の妻として、現在も幸せに暮らしていることが分かりました。

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ミント77

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