石元太一の現在!今は刑務所?生い立ちや過去の事件・彼女まとめ

伊藤リオンや石元太一が所属していた関東連合という名前を聞いたことがある人は多いでしょう。市川海老蔵事件でも有名な名前です。ここでは現在の石元太一について詳しくまとめています。また彼女や生い立ち、父親に関してや過去の事件、判決、ブログについても紹介します。

石元太一の現在!今は刑務所?生い立ちや過去の事件・彼女まとめのイメージ

目次

  1. 1石元太一とは
  2. 2石元太一の生い立ち
  3. 3石元太一が所属した関東連合の実態
  4. 4石元太一が関わった過去の事件
  5. 5石元太一と伊藤リオンとの関係
  6. 6石元太一の歴代彼女まとめ
  7. 7石元太一の現在
  8. 8石元太一は現在刑務所で服役中だった

石元太一とは

ここでは石元太一の現在や生い立ち、彼女などの情報についてまとめています。暴走族グループに所属していたという彼ですが、過去に関わった事件や現在も更新されているというブログについても触れてみましょう。まずは石元太一という人物がどのような人物なのか、詳しいプロフィールから紹介します。

石元太一のプロフィール

・本名:石元太一
・生年月日:1981年12月13日
・現在年齢:37歳(2019年9月現在)
・出身地:東京都
・身長:163㎝
・活動内容:元暴走族・作家・実業家
・所属グループ:関東連合

石元太一の経歴

石元太一は2019年現在、37歳であることが分かります。ひと昔前にメディアやネットで話題になった市川海老蔵の事件に関わった人物として有名になりました。詳しい生い立ちについては後程紹介しますが、わずか16歳で暴走族の総長にまでなったという、不良のエリートコースを歩んできた人物です。関東連合でもチームの中の代表的メンバーだったそうです。

そんな石元太一は、芸能界入りが決まっていたという噂もありました。しかし、2012年に六本木のクラブを襲撃した事件に関わっていたとして実刑判決を受けることとなりました。芸能界入りを目前にしてこのような事件をなぜ起こしてしまったのか、石川太一の生い立ちなどから性格についても調査してみました。

石元太一の身長は低い?

プロフィールを見れば分かりますが、石元太一は身長が低いと言われています。実際、163㎝ということですから男性にすれば低めでしょう。しかし、男性でも160㎝台前半の身長の人は芸能人でも珍しくはありません。

石元太一の身長が低いことが話題になったのは、彼が暴走族に所属していて不良でありながら一般的な男性に比べて背が低いといったギャップが珍しかったのではないでしょうか。

暴走族のようなチームにはやはり「喧嘩」など暴れん坊なイメージがありますが、身長の低い彼が中心的メンバーの1人だったということは、よほど頭が切れるのか、身長に負けない強さを持っていたかのどちらかなのでしょう。

鍛えられた筋肉アピール

身長は低いといわれている石元太一ですが、筋肉が付いており体格はガッシリとしています。石元太一の画像をネットで検索してみると筋肉アピールをしているような画像がたくさん見付かりました。これらの画像は作られたものではなく、実際の彼の筋肉です。身長は平均よりも低い石元太一ですが、筋肉量は平均よりも多いかもしれません。

鍛えられたフィジカルと暴走族との繋がり、関東連合の中心的メンバーであったことなど、調べれば調べるほど闇が深そうな石元太一ですが、そんな彼が事件に手を染めた理由やキッカケは何だったのでしょうか。若くして不良の道を選んだ彼の生い立ちから見ていきましょう。

石元太一の生い立ち

それでは気になる石元太一の生い立ちから見ていきましょう。石元太一は先述の通り、16歳で暴走族の総長となり、暴走族を引退した後も関東連合という組織の中心的人物でした。彼が不良の道を選んだのは父親の影響が大きかったのではないでしょうか。彼の生い立ちを調べてみると様々なことが分かりました。

父親は暴力団組織の組長

石元太一の父親は指定暴力団「山口組」に属する暴力団組織の組長でした。現在は亡くなっています。調べると画像も出てくるくらいなので、有名な人だったのかもしれません。父親が組長をしていた組織の名前は「石元会」という組織です。石元太一の父親は、実の父親に勘当された後、大阪から東京に上京し組織を作り上げたそうです。

父親の経歴を見るとかなり気合の入った人物であることが分かります。戦後まもなく、何もない東京へ1人で上京し、組織を作りそれを大きくしたのですから並大抵の苦労では無かったでしょう。そんな父親は息子である石元太一に「強い男になれ」と教えていたそうです。その教えから石元太一は体を鍛えていました。

出典: https://unsplash.com/photos/g8u5Cg6ZKWU

彼の父親が言った「強い男」というのと「筋肉」がイコールなのかは定かではありませんが、石元太一は「強い男」を目指して不良の道へと進んだのかもしれません。父親の言葉や存在が彼の中でとても大きなものだったのでしょう。

離婚して母親と暮らす

石元太一の母親に関してはあまり情報はありませんが、母親と父親が離婚していることは分かりました。どうやら石元太一は両親が離婚した後、母親に引き取られ暮らしていたそうです。両親の離婚によって出身地である浅草から、世田谷へ引っ越しています。

石元太一が何歳の頃に両親が離婚したのかは定かでは無いですが、中学校は世田谷区の中学へ通っていたということから、中学の頃には離婚していたのではないかと推測できます。

16歳で暴走族の総長に

石元太一は中学を卒業した後、暴走族「千歳台ブラックエンペラー」の総長になっています。暴走族の仕組みについて調べてみると、大体の組織は総長と呼ばれる人が引退する際に次の総長を指名することが多いそうです。しかし石元太一は総長の座を力で奪ったのだという情報がありました。そのため、16歳という若さで総長の座に就けたのでしょう。

中学卒業前から暴走族に加入し、中学卒業と同時に当時の総長から総長の座を奪ったわけです。彼が総長を務めていた「千歳台ブラックエンペラー」という組織について調べてみると、石元太一は16代目の総長であったことが分かりました。歴史ある暴走族チームとして知られていたようです。

石元太一が所属した関東連合の実態

度々、ネットやメディアなどで聞く機会も多い「関東連合」とは一体どのような組織なのか詳しく知らない人の方が多いでしょう。「関東連合」は名前の通り、関東の暴走族の連合体です。石元太一が総長を務めていた「千歳台ブラックエンペラー」も関東連合の傘下の有名暴走族なのだそうです。関東の多くの不良が属しているチームだと思って良いでしょう。

関東の有名暴走族の連合体

先述の通り、関東連合は関東の有名暴走族の連合体です。暴走族と言われてイメージするのはバイクでの暴走行為や、暴走族同士の喧嘩などです。これらも立派な犯罪行為なのですが、関東連合に対するイメージはもっと過激なものではないでしょうか。それにも理由があるのだそうです。そちらについても後程詳しくまとめています。

関東連合の厳しいルール

関東連合には厳しいルールが複数あるようです。大きな組織を束ねる上でルールは無くてはならないものではありますが、守っている人がいるのか、と驚くほど厳しいルールがありました。

まず1つ目は彼女を作るのは禁止、2つ目は女性は加入できない、3つ目は坊主かパンチパーマ、ニグロパンチなど短髪のみ、4つ目は薬物の使用禁止、5つ目は卒業は18歳であり、18歳以前に脱退する場合はヤキを入れる、などの厳しいルールがあるようです。

ルールだけを見れば硬派な印象を抱きますが、実際にどれくらいの人が守っていたかは不明です。特に年頃の男性の集団ですし、彼女を作るのは禁止というのは厳しいものではないでしょうか。他にも革靴の色は白か黒のみなど、細かいルールがたくさんあるようです。

時代と共に活動内容が変化

先述の通り、暴走族といえばバイクなどでの集団暴走行為や、暴走族間のもめ事などのイメージですが、石元太一が所属していた頃の関東連合は既にそういった組織ではありませんでした。石元太一の時代の関東連合はバイクに乗ることは無く、一般人に対する犯罪もあり、暴走族というよりも犯罪集団という方がしっくりくる活動に変化しています。

昔ながらの一般人には手を出さない、といったような硬派な暴走族集団ではなく、悪質な犯罪行為を繰り返す「半グレ集団」といったイメージが強いのはこのためでしょう。関東連合がこれほど大きな組織になったのは、組織の中に現役の暴力団員や会社の社長など様々な人物がいるからともいえます。

裏では犯罪行為を繰り返しながら、表ではビジネスで地盤を作るなどして上手に組織を大きく確固たるものにしていきます。しかし、表のビジネスといっても彼らの資金源は詐欺や強盗など、人を騙して手に入れた資金であり、そういった資金の上で成り立っているものですから、長続きはしないでしょう。

現在は名前が消えつつある

2018年に既に関東連合は壊滅状態にあるといわれています。幹部たちが逮捕されたり、逃亡するなどしていなくなってしまったため、組織としてまとまりが無くなってしまったことが原因とされています。現在は最早、集団としては機能していません。それぞれが元から持っていたシノギを継続するといった形で留まっているようです。

東京全土を震撼させた関東連合は、時代と共に硬派な暴走族連合から、ただの犯罪集団へと移り変わり、現在は壊滅状態ということです。自業自得とも言えるでしょう。しかし、関東連合に所属していた半グレ集団が全員いなくなったわけではありません。むしろルールや守るものが無くなった今、これからが不安でもあります。

石元太一が関わった過去の事件

ここからは石元太一が関わったとされる過去の事件をまとめていきます。あの有名な市川海老蔵事件についても、もう一度詳しく振り返ってみましょう。石元太一が関わったとされる事件の全てが明らかになっているわけではないので、ここでは有名な事件を紹介します。

事件①トーヨーボール事件

2000年に東京の「トーヨーボール池上」で起きた事件です。こちらの事件は現在でもひどい事件だとして語られています。事件の概要を見ていきましょう。当時、石元太一含む数人のメンバーは飲食店に勤めていた18歳の男子を脳挫傷により死亡させています。この事件はそもそも関東連合と対立していた暴走族のメンバーを襲撃したものだったそうです。

しかし、実際に石元太一らが襲撃したのは、暴走族とは無関係の少年グループでした。勘違いによって未来ある18歳の男性を1人、死亡させてしまったのです。とても許されることではありません。この事件の首謀者である石元太一は特別少年院へと入っています。

事件②市川海老蔵事件

続いても有名な事件、「市川海老蔵事件」です。当時メディアや雑誌、ネットでもかなり話題になりました。この事件によって関東連合という名前を知った人も多くいたのではないでしょうか。こちらの事件は市川海老蔵に対して暴行傷害をした事件です。これにも石元太一は関わっているとされています。

市川海老蔵はこの日、仲間とバーで飲んでおり、仲間が帰宅後も1人でお酒を飲んでいたそうです。元々顔見知りだったのか、たまたま知り合ったのかは不明ですが、石元太一ら関東連合のメンバーが現れ、市川海老蔵と一緒に飲み和やかな雰囲気だったそうなのです。

その後、市川海老蔵と石元太一らは別のバーに移動しています。その別のバーで事件は起こりました。そこのバーには当時、石元太一と交際していたとされる藤井リナも来店していたといいます。市川海老蔵は酒癖が悪いことで知られており、お酒の席で騒ぎになったことは1回や2回では無いのだといった情報もありました。

その日も市川海老蔵の酒癖の悪さからトラブルに発展します。石元太一に絡み、髪を引っ張ったり、灰皿に酒を注いで飲ませようとしたり、といった行為はメディアでも散々報道されたので知っている人も多いでしょう。最終的には石元太一の頭から酒を被せたのだといいます。

石元太一へのこうした行為に怒ったのが、一緒に飲んでいた伊藤リオンでした。市川海老蔵を引きずり出し、暴行を加えたのも伊藤リオンだったといいます。市川海老蔵は必死の思いで逃げ出し、タクシーで自宅へと帰宅しました。暴行やリンチなどの行為は良くありません。しかし、市川海老蔵に非があるのも確かでしょう。

この事件によって、伊藤リオンは逮捕されています。しかし、石元太一のためにしたことであるという事から、関東連合の中で伊藤リオンの株が上がったといった情報もありました。

事件③六本木クラブ襲撃事件

石元太一は「六本木クラブ襲撃事件」が原因で現在も服役しています。この事件では首謀者とされている関東連合のリーダーが現在も海外に逃亡しているという情報もあり、完全に解決はしていません。この事件は、六本木のクラブに来店していた男性が、複数の男性に襲撃され、殺されてしまったという凄惨な事件です。

関東連合の敵である男性に被害者の男性が似ているという情報を、クラブの従業員が石元太一に知らせたそうなのです。石元太一ら関東連合はクラブを襲撃し、被害者をバットで殴りつけたのだといいます。しかし、この事件はまたしても人違いだったそうなのです。この事件に関係した関東連合の幹部らやメンバーは逮捕されました。

しかし、関東連合のリーダーである見立真一は海外に逃亡しているとされており、解決には至っていません。「トーヨーボール事件」と同じように、またしても人違いで殺人事件を起こしてしまった石元太一ら関東連合のメンバーですが、人違いにしてもそうでなかったとしても殺人事件は許されることではありません。

いくら真っ当な理由があったとしても人を殺していいはずが無いのです。石元太一は事件に関与していないと否認を続けていましたが、2016年に関与したのは明白であるとして刑が確定しました。

石元太一と伊藤リオンとの関係

ここからは石元太一と伊藤リオンの関係について詳しくまとめています。2人はとても仲が良かったという情報もありました。伊藤リオンとの仲に関しては石元太一が書いた自著の中でも「仲が良くずっと付き合っている」と記されています。2人の関係はどのようなものだったのでしょうか。

伊藤リオンのプロフィール

・本名:伊藤リオン
・生年月日:1983年
・年齢:35歳(2019年9月現在)
・出身地:東京都
・血液型:AB型
・身長:175cm
・体重:80kg
・活動内容:元暴走族、元暴力団構成員、
・所属グループ:関東連合、千歳台ブラックエンペラー

10代の頃からの仲間

伊藤リオンのプロフィールを見ても分かるように、石元太一と伊藤リオンは同じ「千歳台ブラックエンペラー」に所属していました。伊藤リオンは中南米系のハーフであり、画像を見ても顔立ちからハーフであることは分かります。暴走族時代から先輩・後輩の中だった2人ですが、伊藤リオンは卒業した後も石元太一と行動を一緒にしていたそうです。

石元太一自身も、伊藤リオンとは「波長が合う」と自著の中でも語っています。2人は伊藤リオンが15歳の頃からの付き合いということなので、知り合った時石元太一は17歳だったのでしょう。既に暴走族の総長である時に知り合ったわけです。暴走族の総長として、先輩として伊藤リオンは石元太一を慕っていたのでしょう。

石元太一のために起こした市川海老蔵事件

先述の通り、市川海老蔵の事件で伊藤リオンは逮捕されています。これは石元太一のために起こした事件であるとも取れるでしょう。先輩として慕っている石元太一が、市川海老蔵に酒を頭から被せられてしまった現場を目の前にして我慢できなかったのではないでしょうか。石元太一が逮捕された後も2人の仲の良い関係は続いているのかは不明です。

また、現在の伊藤リオンについても詳しいことは分かっていませんが、関東連合が壊滅的状況になってしまってから暴力団の組織に所属したといった噂もありますが、既に破門されているという情報もありました。また、動画サイトには伊東リオンが沖縄の暴力団と揉めている動画がアップされたこともあります。

石元太一の歴代彼女まとめ

続いて、石元太一の歴代彼女をまとめてみました。元カノと言われている人物で有名な2人を紹介します。関東連合は厳しいルールがあるというのは先述の通りですが、彼女を作らない、というルールは守っていなかったようです。

ここで紹介する2人は芸能関係の女性なのですが、やはり芸能界とそういった「半グレ集団」と呼ばれる人たちはどこかで太い繋がりがあるのかもしれません。

彼女①上原美優

・愛称:上原美優
・本名:藤崎睦美
・生年月日:1987年5月2日
・現在年齢:享年24歳
・出身地:鹿児島県
・血液型:A型
・身長:152㎝
・活動内容:タレント、グラビアアイドル
・事務所:プラチナムプロダクション
・家族構成:父・母・兄4人・姉5人

まず1人目はタレントでグラビアアイドルとしても活動していた上原美優です。石元太一は上原美優が亡くなる直前までお付き合いをしていたのだそうです。ちなみに上原美優が所属していた「プラチナムプロダクション」は関東連合に関係している人物が関わっているとも言われています。2人が知り合ったのはそういう経緯があったのではないかと推測します。

上原美優は24歳という若さで自殺しています。その理由に詳しくは分かっていませんが、関東連合や石元太一が関わっていたのではないかとも言われています。一説では彼女の母親の死が彼女を精神的に追い詰めてしまったのではないかとも言われており、詳しい理由は分かっていません。

彼女②藤井リナ

・愛称:りっちゃん
・本名:藤井リナ
・生年月日:1984年7月2日
・現在年齢:35歳(2019年9月現在)
・出身地:東京都
・血液型:AB型
・身長:161㎝
・体重:43㎏
・活動内容:モデル、歌手
・事務所:ステラエンターテイメント

そして2人目の石元太一の歴代彼女がモデルの藤井リナです。彼女は市川海老蔵事件の際、同じバーにいた人物です。市川海老蔵が藤井リナを口説いていたという話もありました。藤井リナは石元太一が逮捕される前の彼女であり、逮捕される時も藤井リナの自宅にいたことが分かっています。藤井リナは彼女自身の素行の悪さも度々話題に上がる人物です。

関東連合とも深い繋がりがあったのではないかとされているようです。また、藤井リナは29歳の時に大手芸能事務所である「スターダストプロモーション」を退社しているのですが、これも円満退社ではなく彼女の素行の悪さが原因で実質クビだったという噂もありました。

現在は自ら芸能プロダクションを設立し、モデルや女優のマネジメントをしているそうです。

また、石元太一の現在の彼女についても調べてみましたが、現在は服役中ということもあり情報はありませんでした。藤井リナと交際中に逮捕されたということですが、2人の現在の関係についても情報はありません。2016年に刑が確定し、3年が経ちますし藤井リナがまだ石元太一と付き合っている可能性はゼロに等しいでしょう。

石元太一にしても、現在の状況で彼女だなんだと言っている場合では無いのではないでしょうか。

石元太一の現在

ここからは現在の石元太一について紹介します。先述の通り、現在服役中の彼ですが、現在でも自著を出版したり、ブログを更新するなどネット上では度々話題になります。彼は現在どのような気持ちで服役しているのでしょうか。彼が起こした事件は人の命を奪った許されないものです。

海外では犯罪者の自叙伝や書籍の出版が法律で禁止されている国や州もありますが、日本ではそのような法律はありません。犯罪者の自叙伝に対しての世の中の反応も様々です。彼は服役中に何を感じ、何を語っているのか詳しくまとめてみました。

懲役15年の判決が確定

現在、「六本木クラブ襲撃事件」で服役中の石元太一ですが、その刑は15年となっています。2016年に刑が確定しているので、残りは12年となります。彼が服役を終えるのは49歳の頃です。刑務所では模範的な生活をし、更生が認められると仮釈放されることもありますが、石元太一は仮釈放を受けられることは無いという情報もありました。

仮釈放が受けられる際の条件を石元太一は満たせないのです。暴力団などの組織に所属している場合、その組織から抜けることが条件となりますが、石元太一が所属しているのは暴力団ではなく「関東連合」です。組織の実体がないため、「組織から抜ける」ということが出来ないのが仮釈放を受けられない原因の1つです。

どれだけ刑務所で模範的で真面目な生活を送っていても、殺人事件を起こした犯人を仮釈放するという制度にも疑問の声はあります。石元太一に関してはこれが受けられないため、15年という刑期を満了するまで刑務所を出られないということになります。

ネット上では16歳から暴走族の総長として不良の道を歩んできた彼を世の中に出してはいけないという声も多くあります。本人がどれだけ反省しても亡くなった人は帰ってきません。何が正しいのかについては難しいですが、然るべき報いは受けなければいけないのではないでしょうか。

服役中もブログを更新中

石元太一は服役中にも関わらず、現在もブログを更新しているといった情報があったので調べてみました。そもそも刑務所で普通にネットを使うことは可能なのでしょうか。ブログを見てみると最新記事が「2019年9月15日」となっています。現在この記事を書いているのも同日です。服役中もブログを更新しているというのは事実のようです。

ブログ記事では最後に自分が書いた書籍の宣伝もしっかりしています。一体刑務所でどのようにしてブログを書いているのか調べてみると、どうやら石元太一は手紙を使ってブログの更新をしているのだそうです。代理人が石元太一の手紙を受け取り、それをブログに書いているということでしょう。

しかし、刑務所からの手紙は当然内容もしっかりチェックされます。チェックの時に引っかかると手紙を送ること自体が出来なくなってしまうのです。共犯者がいる場合などのためでしょう。また、好きなだけ手紙を書けるわけでは無いので、石元太一は手紙の内容も慎重に書いているのではないでしょうか。

ブログの更新数を見てみると2019年8月は「32記事」も書いています。毎日手紙を送っているというのは考えにくいので、何日か分をまとめて送っているのかもしれません。

ブログの内容を何件か読んでみましたが、特に当たり障りのない内容が多く、ヴィクトリアズ・シークレットのモデルの容姿について触れたり、見た映画の内容を書いていたりといったものでした。

ブログを見ていると、とても犯罪者のブログには思えません。当たり障りのない日常がただ書かれています。しかし、彼の現在の日常は刑務所の中だということを意識して読むと何か発見があるのかもしれません。どちらにせよ刑務所から代理人に手紙を送ってまで更新したい内容なのかどうかについては疑問が残ります。

書籍『反証』を出版

石元太一は2012年に自著『反証』を出版しています。この本の内容は石元太一が「六本木クラブ襲撃事件」の主犯格であるということに反論する内容でした。石元太一は、六本木のクラブで働く従業員から連絡を受け、それをリーダーである見立真一に伝えただけだと記されています。実際刑が確定する前も石元太一はこの事件の関与を否定していました。

事件現場とされる六本木のクラブの店内にも入っていないと主張していました。実行犯以外のメンバーは傷害致死罪ではなく、比較的軽い罪で刑が確定しています。石元太一によれば、自分も実行犯ではないのだから傷害致死罪になるのは間違っているといったことが『反証』には記されていました。

この石元太一の主張については様々な意見があります。結果的に下された判決としては15年という刑が確定したわけですが、一説では関東連合を壊滅状態に追い込みたい警察が有名な人物である石元太一を事件の主犯格であるとして捜査を進めたのではないかといった情報もありました。

どちらにせよ関与していることは間違いないですし、関東連合の主要メンバーであったことも間違いありません。過去にも人違いで殺人事件を起こしてしまった事実もあります。そのうえで自分の意見を信じてほしいというのは少し難しい気もします。

また、石元太一はフリーライターと手紙のやり取りをしているそうなのですが、その手紙に刑務所に対する不満が書かれていたことも明らかになっています。この不満というのは石元太一の個人的なものではなく、刑務所の運営そのものに対する不満ということです。手紙の一部をフリーライターのサイトで見ることができます。

しかし、服役中の彼がどれだけ刑務所に対して不満を言っても体制を変えるのは難しいでしょう。更生し、出所した後にそういった問題について取り組むのであれば、何かを変えることはできるかもしれません。服役中ながら、手紙やブログ、書籍など何かと話題の尽きない人物であることがうかがえます。

運営していたジムは閉鎖?

石元太一は2012年にジム「SOUL MATE」を開設しています。このジムを経営していたのは現在海外に逃亡しているとされる、関東連合のリーダー見立真一です。石元太一はオーナーではなく経営を任されていたという立場のようです。有名な格闘家たちが関わっていたとされるこのジムを調べてみると、現在は閉鎖されていることが分かりました。

オーナーは海外に逃亡し、経営者は服役中となると致し方ないことです。石元太一は過去にキックボクシングの試合に出場したこともあり、彼自身も父親の影響でずっと鍛えていたそうですから、ジムの経営をしていても不思議はありません。

石元太一は現在刑務所で服役中だった

石元太一の歴代彼女や、生い立ちから現在までをまとめました。現在、どのような思いで刑務所生活を送っているかに関しては分かりませんが、ブログはほぼ毎日更新されていることが分かりました。父親の「強い男になれ」という言葉から不良の道を進んできた彼の現在は残り12年の刑期を残し服役中です。

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この記事のライター
Sally1128

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