村崎百郎(森園みるくの夫)は刺殺?犯人・事件概要や鬼畜ライターの予言とは

「鬼畜系」「電波系」の記事を執筆していた鬼畜ライターの村崎百郎は、ファンであった犯人に刺殺されました。本人はその事件を予言していたといいます。この記事では村崎百郎の刺殺事件や死後のほか、漫画『私の夫はある日突然殺された』の著者である妻・森園みるくにも迫ります。

村崎百郎(森園みるくの夫)は刺殺?犯人・事件概要や鬼畜ライターの予言とはのイメージ

目次

  1. 1村崎百郎という人物とは
  2. 2村崎百郎が殺害された事件の概要
  3. 3村崎百郎と結婚していた森園みるくとは
  4. 4鬼畜ライター・村崎百郎の予知・予言
  5. 5村崎百郎の死後からその後
  6. 6村崎百郎は死後もなお謎が多い人物だった

村崎百郎という人物とは

村崎百郎は、「鬼畜系ライター」「電波系ライター」と言われていた作家です。主にグロテスクやエロなどといったテーマをメインにしており、その記事は「ゲス」と評されることが多かったようです。しかし、その一方で熱心なファンも多くいました。

1990年代には、死体やエロといった重いテーマをポップに取り扱う「鬼畜系ブーム」を巻き起こし、村崎百郎は一時そのようなジャンルを好む人たちにとって、カリスマ的存在とまでになりました。しかし、2010年にファンの1人によって刺殺されています。

職業は鬼畜系・電波系ライター兼漫画家

村崎百郎は、「鬼畜系ライター」「電波系ライター」として有名でしたが、他にも様々な仕事を請け負っていました。主に漫画原作、編集、小説の執筆、翻訳などで、その仕事の幅広さがうかがえます。また、その常軌を逸した行動も話題となります。村崎百郎の名が一般にも知られるようになったきっかけは、「ゴミ漁り」をライフワークとして語ったことです。

それは、近所のゴミを持ち帰り、その内容を調べるといったもので、世間に衝撃を与えました。また、村崎百郎自身がメディアに出演する際は、片目だけが見える紫色の頭巾をかぶっていたことも話題となります。そのため、村崎百郎がどのような容姿をしているかはわかっておらず、経歴や来歴についても謎のままとなっていました。

しかし、2010年にファンによって刺殺されたことで、本名が「黒田一郎」であることが明らかとなりました。そこから、本名をもとに少しずつ村崎百郎という人物の素性が明らかとなったのです。

村崎百郎の実際の経歴

村崎百郎こと黒田一郎は、1961年生まれの北海道出身です。そして、小学校の時に引っ越し先でイジメられた経験をもちます。その経験と、後に海で溺れたときに神秘体験をしたことにより、「鬼畜」と呼ばれるジャンルに興味を持ったそうです。明治大学文学部を卒業後は、工場勤務の傍ら、出版社で雑誌の編集も行うようになります。

その出版社では、SF小説界で高い評価を得ている著名な外国人作家らの翻訳も手掛けていました。一方で工場では、「根元敬」「青山正明」と出会います。両名とも作家で、のちに村崎百郎のように「アングラ(アンダーグラウンド)ブーム」の火付け役となる人物です。また、この根元敬によるインタビューが村崎百郎のメディアに出るきっかけとなりました。

1994年に掲載されたインタビューでは、話題となった「ゴミ漁り」について語り、その内容に世間は大きな衝撃を受けました。1990年代後半からは村崎百郎自身もライターとして本格的に活動するようになり、1995年に発行された鬼畜系ムック本では、ゴミ漁りのことを綴った記事を掲載し、鬼畜ライターとして頭角を現すようになります。

村崎百郎が公表していた経歴

村崎百郎は殺害されたことで、本名が黒田一郎であることが明らかとなりました。そして、本名が判明したことにより、これまでに公表していた経歴と事実が異なっていたことが判明しています。例えば、1961年生まれであると公表していた点に関しては正しい情報でしたが、その他については事実との相違が多くみられます。

例えば、前述のとおり出身は北海道ですが、シベリア出身と公表していました。恐らく北海道の寒さから飛躍させたものでしょう。最終学歴についても、明治大学を卒業しているにも関わらず中卒であるとしていました。

また、実際は小学校時代にイジメに合うなどの被害者側の立場にありましたが、「凶悪で暴力的な性格が災いし、傷害事件を繰り返した」と、常に加害者側であったかのように述べています。これら事実と違う経歴を公表していた理由についてはわかっていません。

しかし、自ら「鬼畜系」「電波系」ライターを名乗り、他人のゴミを漁っていることを公にしているわけですから、自衛の意識があってのことだったのでしょう。また、その設定内容に散りばめられた「シベリア生まれ」「中卒」「傷害事件を繰り返した」などといったワードからは、村崎百郎が思う「アングラの世界」の住人のイメージが垣間見えます。

熱狂的なファンにより刺殺される

村崎百郎は2010年に自宅で殺害されました。死因は刺殺で、なんと48か所も刺されていたそうです。また、犯人は自ら通報し逮捕されています。犯人は村崎百郎のファンであると述べており、村崎百郎はファンに殺害されたことになります。

村崎百郎が殺害された事件の概要

村崎百郎は自宅で殺害されていましたが、いったいどのような状況だったのでしょうか。また、犯人や犯人の動機はどのようなものだったのでしょうか。村崎百郎が殺害された事件について、調べてみました。

村崎百郎宅で起こった刺殺事件

村崎百郎は自宅の1階で刺殺され死亡しました。殺害現場に警察が駆け付けた際に、犯人は同じ部屋にとどまっていたといいます。当時、村崎百郎は妻である森園みるくの原作を執筆しており、妻はその邪魔をしてはいけないと外で外食をしている最中でした。

体中をメッタ刺しにされ死亡

村崎百郎は2010年、夕方に自宅にて殺害されます。包丁による刺殺で、48か所もの刺し傷があったといいます。腹部などを中心に刃渡り約17センチの包丁で刺されていたとのことです。犯人は統合失調症を患っており、同じく統合失調症を患った犯人が起こす殺人事件は刺殺、そして過剰殺傷ともいえる異常なまでの刺し傷がある場合が多いです。

犯人像と犯行動機とは

村崎百郎を刺殺した犯人は当時32歳の男性で、村崎百郎のファンだったと供述しています。犯人は「実践本にだまされ、恨みを持っていた」と殺害した理由について述べており、「殺すつもりで包丁を購入した」「住所はネットの掲示板で調べた」と計画的で明確な殺意をもった犯行だったことを明らかにしています。

また、犯人のいう実践本とは『電波系(1996年出版)』のことを指し、最初は共同執筆者の根本敬を殺害するつもりだったものの、不在にしていたため、標的を村崎百郎に変えたとのことです。しかし、実は犯人が訪れたアパートを根本敬は借りておらず、犯人が誤った部屋を訪れたことがわかっています。

つまり、犯人が正しい情報を得ていたら根本敬が殺害されていたことになります。そして、その事実を知った根本敬は、その後その犯人が誤って訪れていたアパートの部屋を借りたそうです。いつ犯人が自由になるかもわからない状況でその部屋を借りるというのは危険な判断だといえますが、それが根本敬なりの村崎百郎への供養なのだそうです。

刺殺した犯人は不起訴処分に

村崎百郎を刺殺した犯人は、統合失調症を患っていました。そのため、事件後に行われた精神鑑定で不起訴処分となっています。その後についてはわかっていませんが、精神病院に措置入院となったといわれています。

森園みるくはかつてのインタビューで、検事は最初から「相手は精神病患者だから」と犯人の味方ともとれる発言をしてきたと語っています。まるで犯人ではなく、可哀そうな患者といった扱いをする検事に憤りを感じたものの、担当刑事は「僕だったら死刑にする」と言ってくれたそうです。

森園みるくの夫と判明

殺害されるまでその素性が隠されていた村崎百郎ですが、事件をきっかけに本名が「黒田一郎」であることや公表していた内容とは異なる経歴の持ち主であることがわかりました。また、その際に漫画家である森園みるくとも結婚していた事実が明らかとなります。

村崎百郎と結婚していた森園みるくとは

森園みるくは漫画家で、村崎百郎の妻でした。現在もレディースコミックといわれるジャンルで活躍しています。代表作は女性セブンで連載されていた『欲望の聖女 令嬢テレジア』、いちばん残酷なグリム童話で連載されていた『クレオパトラ氷の微笑』などが挙げられます。また、原作は夫の村崎百郎が一部担当していたそうです。

尚、夫の事件を題材にした『私の夫はある日突然殺された』という漫画も発表しており、その衝撃的なタイトルと、事件の内容から、すぐに話題となりました。

別冊フレンドで漫画家デビュー

森園みるくは1981年に『別冊少女フレンド』で漫画家としてデビューします。1987年ごろからはレディースコミックといわれるジャンルに転向し、ジャンルにマッチした絵柄と過激な性描写で人気を集めました。

村崎百郎との馴れ初めと結婚

村崎百郎と森園みるくがどうやって出会ったのか、またどうやって恋愛関係に発展したのかについては明らかにされていません。1998~1999年に発刊されていた『危ない28号』のなかでは、その時点で村崎百郎と森園みるくが内縁関係にあり、同棲していることについて書かれています。

しかし、村崎百郎は経歴についても事実と異なることを述べていたため、記事の掲載当時にはすでに結婚していた可能性も高いです。2010年の事件報道時には森園みるくは妻として報道されており、その時点で入籍していたことは明らかにされています。

鬼畜ライター・村崎百郎の予知・予言

村崎百郎は森園みるくに対し、自分の死を予言していたといいます。しかもその内容が「俺は精神病者に殺される」という具体的なものであったそうです。もとより自身のことを「電波系」だといっていた村崎百郎は、周囲の死などを当てることもあったようです。もしかすると自身に向けられた殺意を感じ取っていたのかもしれません。

殺される直前に生命保険に加入

元々、保険などに興味がなかったという村崎百郎は、事件の直前に生命保険に加入しています。おそらく村崎百郎にとって「誰かに殺害される」というのは、可能性の一つではなく「避けることのできない未来」だと捉えていたのではないでしょうか。

殺されると周囲に語る

村崎百郎は妻である森園みるくの他にも、周囲に自分が殺害されるということを伝えていたそうです。その内容も実際の事件と相違なく、「この部屋で」「包丁で」などと殺害場所や殺害凶器などについても語っていたそうです。

村崎百郎の死後からその後

村崎百郎が殺害された事件において、犯人は逮捕されています。しかし、犯人はその後、統合失調症を理由に不起訴となりました。こちらでは、そんな村崎百郎が殺害された後に起きた出来事をまとめました。また、妻の森園みるくが描いた漫画『私の夫はある日突然殺された』に関してもご紹介していきます。

死去後に静岡県に記念館がオープン

村崎百郎死後、村崎百郎の所有していたコレクションなどを展示した常設展示「村崎百郎館」が静岡県伊東市の博物館「怪しい秘密基地 まぼろし博覧会」内にオープンしました。館内には村崎百郎がゴミ漁りで集めた収集品や、村崎百郎が残した自筆のノートなどが展示されています。その異様ともいえる雰囲気に圧倒される空間となっています。

記念館をオープンした理由について、妻の森園みるくは「村崎百郎が自分の死を予言した際に、もし私より先に死んだら記念館をつくってあげるよと話した」からだと述べています。また村崎百郎も「自分より先に死んだら森園みるく記念館をつくる」とも言ったそうです。そして死後にまぼろし博覧会を運営する社長から声がかかり、記念館が実現しました。

また、村崎百郎が生前最後に観ようとしていた映画がフランスの『まぼろし(2000年制作)』という作品で、「まぼろし館」という共通点にも縁を感じたそうです。さらにはその映画の内容が、「夫が突然消え、妻がおかしくなる」という内容であったらしく、森園みるくはとても驚いたといいます。

村崎百郎の死後に起こった心霊現象

村崎百郎の死後、妻の森園みるくの周囲では怪奇現象が続いたといいます。ラップ音や誰もいないはずの場所からの足音がきこえるようになり、村崎百郎が生前大切にしていた人形の頭のリボンや衣装がとれそうになっていたそうです。また、森園みるくの友人のなかでも、霊感の強い人は自宅に入るのを嫌がったとも語っています。

しかしその後、森園みるくが依頼した占い師兼除霊師に依頼したところ、村崎百郎が生前大切にしていたという例の人形を除霊したことにより、心霊現象がおさまったそうです。村崎百郎は黒魔術などにも興味をもち、実際に黒魔術の儀式なども行っていたといいますから、そういったものを呼び寄せやすい環境となっていたのかもしれません。

漫画『私の夫はある日突然殺された』が話題に

森園みるくは、2017年に漫画『私の夫はある日突然殺された』で、夫である村崎百郎の死の前後についてを描いています。ピッコマやめちゃコミックといった電子書籍サイトで発表され、話題となりました。漫画では事件当日の村崎百郎の様子や、生前の妻だからこそ知る村崎百郎の姿なども描かれています。

そのため、事件を知らない人にとっても、村崎百郎のファンとしてもその隠された人柄や人物像をよく知ることができる作品となっているのではないでしょうか。また、森園みるくが夫である村崎百郎をいかに大切に思っていたか、当日のことを鮮明に覚えている様子から、共に自宅に残らなかったことをいかに悔いているかが伝わってきます。

村崎百郎は死後もなお謎が多い人物だった

村崎百郎は生存中も自らを「鬼畜系」「電波系」と称するなど、不思議な行動をすることがあったようです。妻である森園みるくも何もない空間に対して怒鳴る夫の姿をたびたび目撃しています。また、殺害される直前にPCに残した「ミズの中からさざ波を立てて移動しながら浮かび上がる十字架のイエス像」という言葉も意味深で、今も多くの謎を残しています。

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この記事のライター
ASUNA
元SE・事務を経験したのちに専業主婦に。子育てに奮闘しています。

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