白暁燕誘拐殺害事件の真相!梶原一騎の娘・白暁燕を誘拐した犯人とは

白暁燕誘拐殺害事件は、1997年4月14日に台湾で起きた女優白冰冰と漫画家の梶原一騎の娘・白暁燕に対する残虐な誘拐殺人事件です。白暁燕誘拐殺害事件の犯人や白暁燕への犯行の様子、事件の真相と、被害者の母である白冰冰の現在などの詳細を説明していきます。

白暁燕誘拐殺害事件の真相!梶原一騎の娘・白暁燕を誘拐した犯人とはのイメージ

目次

  1. 1白暁燕誘拐殺害事件とは
  2. 2白暁燕誘拐殺害事件の被害者・白暁燕の両親や生い立ち
  3. 3白暁燕誘拐殺害事件の犯人とは
  4. 4残忍な白暁燕誘拐殺害事件の被害者の死因とは
  5. 5白暁燕誘拐殺害事件犯行の理由とは
  6. 6白暁燕誘拐殺害事件が最悪の結末になった原因
  7. 7白暁燕誘拐殺害事件は稀に見る凶悪な事件だった

白暁燕誘拐殺害事件とは

白暁燕誘拐殺害事件は、現在台湾の歌手兼タレントとして有名な、白冰冰(パイ・ピンピン)と漫画家である梶原一騎の娘の白暁燕(パイ・シャオイェン)が、高校の帰宅途中で誘拐され、殺害されてしまうという痛ましい事件です。

白暁燕誘拐殺害事件は、誘拐事件の中では史上最悪と言われており、現在でも語り継がれています。その犯行から殺害、逮捕や判決に至るまでを順を追ってたどって行きます。

通学途中に誘拐される

1997年4月14日に、陳進興、林春生、高天民らは、私立醒吾高級中学に在学中の白曉燕が帰路につくのを待ち、その後誘拐しました。

白曉燕がいつものように帰宅途中、見張り役の犯人たちは白曉燕が車の横を通り過ぎようとしたタイミングで、白曉燕を車に無理やり押し込みました。そして大声が出せないように、黄色いゴムバンドで頭と顔をぐるぐる巻きにして、鼻だけは息が出来るように拘束し連れ去っています。

身代金が要求される

部屋に到着すると、犯人グループは白曉燕の左胸をあらわにして写真を撮ります。そして少女の小指を切断しました。その際に白曉燕は指を断ち切られた激痛に悲鳴を上げて泣き、犯人グループは暴行を加えて白暁燕を静かにさせようとしています。

犯人らは白冰冰(パイ・ピンピン)に、白曉燕をさらった旨を電話で伝えました。そして、身代金500万ドルを要求します。

犯人が身代金受け渡し場所に指定した霊園には警察が乗り込みました。しかしそこには白曉燕の小指と、誘拐した際に撮影された白曉燕の写真3枚、身代金要求のことを書いた手紙が置いてあっただけで、犯人グループの姿はありませんでした。

白暁燕が惨殺される

この誘拐事件は台湾の警察で「0414特別案件」として取り扱われ、身代金受け渡しの時の犯人逮捕に向けて計画が進められました。犯人との交渉により、4月18日と19日に受け渡し場所を決めますが、犯人は現れなかったということです。

白曉燕は、この最初の受け渡し交渉の時には既に瀕死(ひんし)の状態であるか、殺害されていたことが後の検死結果で判明しました。死因は、頭部と腹部の殴打による内臓破裂と出血多量であることがわかっています。

白暁燕誘拐殺害事件の被害者・白暁燕の両親や生い立ち

白暁燕誘拐殺害事件の被害者、白暁燕は両親ともに有名な方です。生い立ちも母親の白冰冰が、娘に十分な愛情を注いでいることがわかります。しかし、父親である梶原一騎には問題があり、娘の白暁燕が生まれる前に両親は別居しています。娘を失った母親の白冰冰は、現在どうしているのでしょう。

台湾の歌手・白冰冰(パイ・ピンピン)の娘

白暁燕誘拐殺害事件の被害者である白暁燕は、先程も説明している通り、台湾の歌手でタレントの白冰冰(パイ・ピンピン)の娘です。母親が有名人ということから、成長するにつれて母親と一緒にテレビに出る機会が増えていたといいます。

被害者の母である白冰冰は、父親が日本人であることから、「日系」と意識されるのを避けたかったらしいです。そして、娘を台湾で普通の女性として育てようとしていました。ですので、娘にはボディーガードを付けることなく、一般の交通機関で高校に通学させていたということです。

被害者である白暁燕の母親・白冰冰は、台湾の貧しい家に生まれました。18歳の頃、台北の歌唱大会で優勝したのがきっかけで台湾の芸能界に入り、1975年に演技や歌を学ぶため日本に来日しています。

その時に知り合ったのが漫画家の梶原一騎でした。80年代には台湾で最も人気のあるタレントとして活躍し、現在でも司会を務めたりタレントとしてもお茶の間の人気者になっています。

父親は梶原一騎

白暁燕誘拐殺害事件の被害者である白暁燕の父親は、『巨人の星』や『あしたのジョー』でおなじみの日本を代表する漫画家の「梶原一騎」です。現在でも梶原一騎の作品は、人気がありファンの多いことで知られています。

被害者の父である梶原一騎は、1983年に編集者への暴行容疑やゴーストライターへの恐喝などで逮捕されています。また、梶原一騎は、覚せい剤取締法違反の容疑もあったと言われています。逮捕から2カ月後に梶原一騎は保釈されています。

梶原一騎は保釈された日にステーキやうなぎなど豪華な食事をし、その後に意識を失い倒れています。その時の医師の診断は、「壊死性劇症臓炎」ということでした。梶原一騎はしばらく危篤状態でしたがなんとか生還し、1987年に体調不良を訴えて入院した後に亡くなっています。

白暁燕が生まれる前に父親は別居

白冰冰と梶原一騎は1979年、白冰冰が来日していたときに結婚し、1980年に白暁燕が生まれます。しかし、梶原一騎の暴力やアルコール問題で白冰冰は梶原一騎と別居し、白冰冰は娘を身ごもったまま台湾に帰ります。その時白冰冰に、台湾行きのチケットを自分のお金で買ってくれた男性がいたそうです。

白冰冰は、2014年その男性にお礼をしたくて探していると発表し、日本でも話題になりました。その方は梶原一騎の運転手だったそうです。そのため、白暁燕は白冰冰の元で育てられました。白冰冰は現在も台湾で活躍しているようです。

白冰冰(パイ・ピンピン)のその後や現在とは

白暁燕誘拐殺害事件の後に梶原一騎の元妻である白冰冰は、娘を失った悲しみの手記『燕よ、空へ―慟哭を乗り越えて』を出版しました。そこで自分の気持ちや事件の詳細を発表し「白暁燕文教基金会」を設立しています。

その後白冰冰は、どうしても子供が欲しくて人工授精を繰り返すのですが、全て失敗に終わりました。医師からもこれ以上は命に関わると言われ、断念したそうです。

被害者の母である白冰冰は現在、娘を殺害された白暁燕誘拐殺害事件をきっかけに、死刑存続を求める活動をしているとのことです。2010年当時の台湾は、死刑廃止に向かって動きを見せていました。

この時、白冰冰らの活動で当時の台湾の法務部長を辞任に追い込み、死刑存続に成功しているということです。白冰冰のFacebook上では、現在でも娘に対する悲しみはまだ癒えていないという投稿しています。

白暁燕誘拐殺害事件の犯人とは

4月25日、警察が白暁燕誘拐殺害事件の犯人グループのアジトを突き止めて急襲しました。そこには犯人グループの7人がいましたが、主犯格の林春生・高天民・陳進興を取り逃がしてしまったのです。

その時点で、白曉燕がまだ生きている可能性もあったため、白曉燕の居場所を突き止める目的で白冰冰や犯人の身内などをテレビ出演させ、人質解放や自首することを訴えました。このころは報道も過熱し、マスコミが白冰冰の玄関のドアを壊してしまうという事態になっていたようです。

その時はすでに白暁燕誘拐殺害事件の主犯格の犯人は逃走し指名手配されており、行く先々で犯罪を犯しています。

林春生と高天民は自殺

白暁燕誘拐殺害事件の犯人グループの一人である陳進興の供述によると、6月6日に台北県議員の蔡明堂を誘拐して、500万ドルを強奪しています。また、8月8日にも金属会社の経営者を誘拐、身代金を受け取っているということでした。

しかし、この時被害者の家族は警察に通報しておらず、身代金の支払いに応じたため誘拐された被害者は解放されました。その後8月19日、台北市内で林春生と高天民が警察に発見されています。この時に警察との銃撃戦になり、林春生は真相が不明のままその場で自殺を遂げました。

その後11月17日には、高天民が石牌路で警官隊に包囲され、この時も銃撃戦が繰り広げられました。しかし、逃げ切れずに真相を明かさないまま拳銃自殺を図っています。高天民は白暁燕誘拐事件の日に車の運転を担当していました。高天民は台湾マフィアの一員で林春生と陳進興の兄貴分だったようです。

陳進興は死刑

白暁燕誘拐殺害事件の主犯格である3人のうち、林春生と高天民は銃撃戦によって自殺を遂げています。そして残った陳進興は南アフリカ大使館の駐在武官官邸に、人質5人をとって立てこもり事件を起こしています。

その後犯人の陳進興は、人質になった民進党の謝長廷が陳進興の弁護を引き受けると約束したため、自ら警察に投降し、逮捕されたということです。

台湾の最高裁にあたる高等法院が1999年3月16日に陳進興に下した判決は、「死刑5回、懲役59年9カ月」でした。さらに白冰冰に対する賠償金として、1億7130万台湾元(当時の日本円で約6億3000万円)という台湾でも史上最高額の金額を言い渡しました。

そしてその後10月6日に陳進興の死刑が執行されました。果たして陳進興は、事件の真相を語っていたのでしょうか。主犯格の3人の中で最後まで生き残っていた陳進興は、白暁燕誘拐事件の時、林春生と共に白暁燕を車に連れ込む役割をしていたということでした。

その他協力者は18人いたと言われている

白暁燕誘拐殺害事件は主犯格の陳進興、林春生、高天民だけではなく、関与していた他の協力者が18人いたということです。この18人は、主犯格の犯人である3人の犯行には関わっていないから釈放してくれと主張してきたそうです。その18人の中には林春生と陳進興の身内に当たる人物も6人含まれています。後にその6人は逮捕されています。

陳進興の妻の弟である張志輝は白暁燕の小指を切断したり暴行した時に一緒に参加していたということです。そして身内の6人は主犯格の3人が逃走した時にかくまったとされ、それも逮捕までに時間がかかった原因だと言われています。

また、逃走用のバイクや野宿するための毛布、銃弾なども誰かが用意していたと考えられます。身内の他にも、白暁燕を誘拐した時に連絡用の偽造携帯電話の電話番号を提供したと言われる者もいたということです。

事の真相は明らかではありませんが、その18名は軽い罪に問われて早い段階で釈放されています。白暁燕誘拐殺害事件の協力者である18人は、現在どんな人生を送っているのか気になるところです。

主犯格の3人が検察に手紙を送っていた

白暁燕誘拐殺害事件の主犯格の3人が、検察に手紙を送っていたと言われています。これは真相が少ない中で、一番真相に近い数少ない証拠品の中の一つだと言われています。1997年5月28日、検察に犯人グループの主犯格からの手紙が届いています。

白暁燕の遺体が発見されたちょうど1カ月後位にあたります。手紙には3つの拇印(ぼいん)が押されていました。指紋を分析した結果、主犯格3人のものだと断定されています。その内容は、自分たちの身内をすぐに釈放することに加えて、次のようなことが書かれてありました。

「身代金の要求額は500万ドルだったが、値引きされて300万ドルぐらいになると思っていた。1人100万ドルずつ山分けできる計算だった。」というようなことです。その手紙の消印から投函(とうかん)されたのは台湾中部の台中だということがわかりました。

残忍な白暁燕誘拐殺害事件の被害者の死因とは

白暁燕誘拐殺害事件の被害者である白暁燕の遺体は、犯行の2週間後に発見されています。真相はわかりませんが、あまりにも残忍な手口で殺害されたのか、遺体はもとの形を留めていなかったとのうわさも流れました。警察による遺体の検証結果はどうだったのでしょう。そしてネットでささやかれた殺害の状況などにも触れていきます。

警察の遺体検証結果

白暁燕誘拐殺害事件の被害者である白暁燕の遺体が警察によって解剖され、その検証結果によると死後8日~10日が経過しており、直接の死因は頭部と腹部の殴打による出血多量および内臓破裂だということでした。

遺体の首にはナイロンコードで絞められた痕跡はありますが、その時はすでに死亡していたとみられています。また、遺体の腹部には500ccにも及ぶ内出血が確認されており、小指の切断部分には止血するために用いられたと思われる細い針金が残っていました。

ネット上で飛び交う情報…真相は

白暁燕誘拐殺害事件の被害者である白暁燕の殺害状況は、現在でもネットの中で話題になっています。あまりにも想像を超える凄惨な内容の書き込み情報が交錯していますので、そのまま説明するには抵抗があり、また真相を解明する手掛かりとはなりません。

ネットの情報はあくまでも憶測であり、台湾警察の調書や裁判記録、遺体の写真から検証しても、ネットで言われているような残忍な殺害方法であるという事実は確認されていません。現在もネットで「白暁燕誘拐殺害事件」のキーワードで検索すると、14000件ほどがヒットします。それだけ話題になった事件でした。

発見された遺体は人間とは思えなかったとの噂も

4月28日に白暁燕誘拐殺害事件の被害者である白暁燕の遺体が発見されますが、発見した方は最初「豚の死骸かと思った」と発言しています。人間の遺体とは思えないほどに白暁燕の遺体の損傷が激しかったのでしょうか。

その情報からか、遺体は人間の形状をしていなかったと受け止めた人もいたようです。「両耳に爆竹が詰められて爆破された」や「肛門に鉄パイプを入れられ直腸が破裂した」などの残忍な殺害方法だったという情報をネット上で閲覧することができます。しかし、現在でも真相のほどはわかっていません。

白暁燕誘拐殺害事件犯行の理由とは

白暁燕誘拐殺害事件の犯行動機には諸説あります。しかし、供述書をとる前に主犯格の2人は自殺してしまいました。事の真相が明かされる前に真実を知っている2人がいなくなり、犯行の理由が明かされないまま白暁燕誘拐殺害事件の裁判は終わっています。果たして白暁燕が誘拐された理由とはいったい何だったのでしょう。

複数の説がある

白暁燕誘拐殺害事件については、複数の犯行理由がうわさされています。詳細な犯行の理由がわからないまま憶測だけが公表されていますが、いったいなぜ白暁燕が誘拐されなければならなかったのか、犯行理由として有力なものを2つ紹介します。

理由①報復

白暁燕誘拐殺害事件での犯行が行われた1つ目の理由は、白冰冰が長年に渡って台湾暴力団追放運動に関わってきたための白冰冰に対する報復ではないかということがささやかれています。主犯格の犯人3人は、台湾マフィアの関係者ということで、この理由は筋としては通っているでしょう。しかしはっきりした真相は現在でも解明されていません。

白暁燕誘拐殺害事件は犯人の身内が複数関わっており、証拠隠滅や隠匿が多いのが現在の状況です。ですので、現在も真相不明の部分が多すぎる事件となっています。

理由②依頼

白暁燕誘拐殺害事件のもう1つの理由は、ゲーム場を経営している張志成が白冰冰から借金していたことにより、白冰冰から借金返済を迫られていたので、張志成が依頼したのではないかという説です。しかし、張志成という人物は台湾の資料には全く存在していません。

台湾では当時中国への投資がはやっていました。投資した結果失敗した人がたくさんいたそうです。犯人たちも大金を投資して失敗したため犯行を計画したかもしれないということも真相の1つであると言われています。

いずれにしても、主犯格の犯人のうち林春生と高天民は逃走中に自殺をしていることや、死刑になった陳進興も全てを自供しているとは思えないことから、現在でも犯行動機の真相は解明されないままとなっています。

白暁燕誘拐殺害事件が最悪の結末になった原因

白暁燕誘拐殺害事件の事件が最悪の結末になってしまった原因とはなんでしょう。白暁燕が殺害され、犯人の逃走中にも犠牲者が出るという最悪の結末に至ってしまいました。なぜこのような結果になってしまったのでしょうか。要因を一つずつ探っていきます。

身代金の受け渡しに失敗した

先程も説明していますが、白暁燕誘拐殺害事件で4月18日と19日に犯人グループとの交渉をし、身代金の受け渡し場所を台北市、台北県桃園県と決めて実行するも、犯人は現れませんでした。その時に警察は白暁燕にしかわからないことを数回質問して、白暁燕の安否を確認しています。ということは、この時点では白暁燕は生きていたということです。

4月23日、再度犯人グループからの電報により、新竹市を身代金の受け渡し場所に指定してきました。しかし、その時も犯人は現れなかったようです。当時マスコミの白暁燕誘拐殺害事件に対する報道合戦は過熱の一途をたどっていました。受け渡し場所の上空にはヘリコプターが飛び交い、犯人を警戒させる要素が大きかったと言えます。

マスコミの失態

誘拐事件は普通であればマスコミには報道の自粛が求められ、極秘捜査が行われなければならないはずです。白暁燕誘拐殺害事件では、事件発生の最初からマスコミに情報が流されていたようです。白冰冰という有名な歌手の娘ということで、マスコミも躍起になっていたのではないでしょうか。

このことで台湾国民からはマスコミに対して非難が集中し、白冰冰の自宅付近で「マスコミ=有罪」と書かれた白幕が掲げられるなどしました。マスコミの失態はそればかりではなく、被害者の遺体発見後に新聞で遺体写真をそのまま掲載していることも、台湾国民からのバッシングを浴びることとなりました。

台湾では当時、報道規定がしっかりと定められていませんでした。白暁燕誘拐殺害事件のような誘拐事件が起こる度にマスコミが公に公表してしまう、ということが事件後の大きな問題になっています。

白暁燕殺害事件の一報が新聞に出てしまった時は、交番の警官が週刊誌や新聞を大慌てで回収したということです。しかし、すでに新聞や週刊誌を読んだ国民には、何の制限にもなりませんでした。

主犯格の犯人を取り逃がす

警察では4月25日に白暁燕誘拐殺害事件の犯人のアジトを突き止めて急襲しますが、主犯格の3人である林春生・高天民・陳進興を取り逃がしてしまいます。

その後犯人たちは逃走劇を繰り広げるわけですが、このうちの高天民と陳進興は、台北市内の整形外科病院で強引に顔の整形をさせました。その後口封じのために病院の医師とその妻を殺害し、女性看護師も性的暴行を加えられた後殺害されています。

しかも、陳進興に至っては、逃走中に50件もの性的暴行事件を起こし、20名ほどが被害に遭っています。6月6日には先程説明したように、台北県議員の蔡明堂を誘拐し500万ドルを奪っています。

8月8日にも金属会社の経営者を誘拐、身代金を奪っていますが、その二人は解放され危うく難を逃れています。犯人グループはそのお金を元手に、中国やモンゴルに高飛びする計画を立てていたと言われています。

警察官との銃撃戦

8月19日、台北市内の五常街53巷で白暁燕誘拐殺害事件の主犯格である林春生と高天民が警官に発見され、その場で銃撃戦となっています。林春生と高天民2人は短機関銃で銃撃し、最終的に警官ら800人との銃撃戦に発展しました。

結果、警官の一人が殉職、もう一人が負傷しています。この銃撃戦では、警察の特殊部隊である「維安特勤隊」も動員される騒ぎとなっています。

白暁燕誘拐殺害事件は稀に見る凶悪な事件だった

白暁燕誘拐殺害事件は、世界を震撼(しんかん)させたまれに見る凶悪な誘拐事件となってしまいました。白冰冰の娘であり被害者である白暁燕の遺体の損傷は激しく、主犯格の犯人は真相を語らないまま自殺や死刑になっています。

この時のマスコミの対応も、台湾の国民から非難されることとなりました。現在でも真相は解明されないまま、凶悪な誘拐事件となって語り継がれています。

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