青山光司の現在&経歴まとめ!KRH株式会社の社長で結婚相手は観月ありさ?

「フェラーリ王子」の異名で知られる青山光司は、過去に上原さくらと離婚し、現在は観月ありさと結婚しています。「KRH株式会社」の社長を務める青山光司の経歴や学歴、現在の年収、さらに上原さくらとの離婚理由や観月ありさとの馴れ初めについて調べてみました。

青山光司の現在&経歴まとめ!KRH株式会社の社長で結婚相手は観月ありさ?のイメージ

目次

  1. 1青山光司とは
  2. 2KRH株式会社とは
  3. 3青山光司の経歴・学歴
  4. 4青山光司の結婚歴
  5. 5青山光司の現在
  6. 6青山光司は観月ありさとセレブ生活を送っている

青山光司とは

「フェラーリ王子」という愛称で親しまれている青山光司は、現在では年商150億円とも噂されるKRH株式会社の社長を務める「敏腕実業家」として、幅広い分野で活躍しています。年商150億円を稼ぎ出す会社の社長である青山光司は、私生活では結婚歴の他に、2度の離婚歴がある「バツ2」です。

1度目の結婚は一般女性とだったという噂もある青山光司ですが、著名なところでは元嫁は女優の上原さくら、現在の妻は女優の観月ありさと有名芸能人との結婚が続きました。上原さくらや観月ありさなどとの馴れ初めや離婚理由など、詳しいことについては後ほど改めてご紹介します。

青山光司のプロフィール

・本名:青山光司
・愛称:フェラーリ王子
・生年月日:1972年7月13日
・年齢:47歳(2019年8月現在)
・出身地:岐阜県
・血液型:A型
・身長:180㎝
・体重:55㎏
・活動内容:KRH株式会社代表取締役社長
・事務所:KRH株式会社
・家族構成:現妻(女優の観月ありさ)、元妻(女優の上原さくら)

愛称はフェラーリ王子

青山光司は「フェラーリ王子」の愛称で知られていますが、この愛称で呼ばれ始めた理由には、青山光司の愛車がフェラーリであることが関係しています。青山光司は大の車好きで、愛車のフェラーリを何台も持っていることがわかっています。

そんな青山光司は、小学時代に既にトヨタのカローラを父親に買ってもらったことがあり、その頃から車に興味を示すようになったそうです。そして青山光司はオフの日は愛車のフェラーリを乗り回す姿が週刊誌にスクープされたことがあり、これがきっかけで「フェラーリ王子」と呼ばれるようになりました。

KRH株式会社社長

青山光司は先ほどご紹介した通り、父親が起業した会社である「KRH株式会社」の代表取締役社長を務めています。青山光司は28歳の若さで父親からKRH株式会社の社長を引き継ぎ、その異例とも言える若さが注目を浴びました。ちなみに青山光司は10代の頃から父親が起業したKRH株式会社の社員として働いており、勤続10年以上程度はあったと見られています。

このため、青山光司が社長に就任した28歳という年齢は一般的に見ると若いかもしれませんが、経験年数的には十分あると言えます。おそらく青山光司の父親は、自分がまだ若いうちに息子を社長に引き継がせて、色々なことを教えていくつもりだったのはないかと考えられています。

KRH株式会社とは

青山光司が社長に就任しているKRH株式会社とは、一体どのような会社なのでしょうか。青山光司が社長を務めるKRH株式会社の概要や取扱分野などについて、詳しく調べてみました。

足場作業のレンタル・製造の会社

青山光司が代表取締役社長を務めるKRH株式会社は、主に建築現場などで使用される足場作業のレンタルを手掛ける会社です。KRH株式会社は「クサビ式足場システムのパイオニア」という謳い文句で、多くの建築企業と取引を行っている会社です。ちなみにKRH株式会社が製作したクサビ式足場システムとは、元々は低層住宅建築現場用の足場システムでした。

しかし、これを高層住宅の建築現場にも応用できるように商品開発をしたのがKRH株式会社であり、業界の中でもトップレベルの技術を持った会社として知られています。

車事業への展開も…

さらに、青山光司が社長を務めるKRH株式会社では、建築現場の足場のレンタルだけでなく、工事関係の仕事の請負までを手掛けています。その他にも、貯水タンクの建築やコンサート会場の設営の事業、車事業なども手掛けており、KRH株式会社はとても幅広い取引をしていることでも有名です。

ちなみに青山光司は先ほどご紹介した通り無類の車好きとして知られており、こうした趣味がきっかけで車事業への展開を決めたそうです。KRH株式会社の手掛ける車事業とは、主にモータースポーツ事業です。過去にはジャパン・ルマン・チャレンジで2006年度のチャンピオンに輝いた素晴らしい経歴も持ちます。

年商150億円と言われるほどに

青山光司が社長を務めるKRH株式会社の年商は、150億円以上にものぼると噂されています。この年商の秘訣は、KRH株式会社の無駄のない経営戦略が挙げられています。建築現場ではほとんどの場合で足場が組まれますが、足場の鉄材は徐々に劣化するため、定期的な買い替えが必要になります。

しかし、鉄材の部品に互換性がないと全てを買い替える必要があるため、莫大な経費がかかってしまうことが難点でした。こうした状況を受けて、青山光司が社長を務めるKRH株式会社では足場と互換性がある部品を開発したため、必要な部分だけを購入して使用することができるようになり、多くの企業からの購入が殺到したそうです。

このためKRH株式会社が開発した新商品は業界でもトップの使用率を誇るようになり、自然に年商が上昇して青山光司の会社は年商150億円という大企業に成長を遂げました。

青山光司の経歴・学歴

現在では敏腕実業家として大活躍している青山光司は、どのような学歴や経歴の持ち主なのでしょうか。青山光司の学歴や経歴について、詳しく調べてみました。

幼少期からお金持ち育ち

前半部分でもご紹介した通り、青山光司は小学生の頃に既に父親から車を買ってもらったことがあるという衝撃のエピソードがあり、実家がお金持ちであることがわかっています。現在青山光司が社長に就任しているKRH株式会社は元々は父親が社長を務めていた会社ですが、青山光司の祖父母も実業家であり、昔からお金持ちの家庭だったそうです。

会社の設立と経営で忙しかった両親に代わり、幼少期から祖父母が青山光司の面倒を見てくれたため、孫を可愛がる祖父母からは特に甘やかされていたそうです。こうした環境で育った青山光司は、好きなものを手に入れないと気が済まないわがままな性格の少年になってしまいました。

最終学歴は中卒

これまで青山光司は有名大学を卒業したエリートだと見られていましたが、意外なことに最終学歴は「中卒」です。現在は敏腕実業家として活躍している青山光司の最終学歴が中卒だったことに対し、驚きの声が寄せられていると言います。

こうした青山光司の学歴には、幼少期からの生い立ちが関係している模様です。先ほどご紹介した通り、青山光司は幼少期から何不自由のない環境で甘やかされて育った影響で、我慢を覚えることができず、進学先の高校の校則に従うことができませんでした。

ちなみに当時青山光司が通っていた高校では「バイク禁止」という校則がありましたが、青山光司は車やバイクが大好きで、普段から趣味として楽しんでいました。こうした自分の趣味を禁じられる高校の校則に反発した青山光司は、誰にも相談することなく、自ら勝手に高校を退学したそうです。このため、青山光司は最終学歴が中卒になってしまいました。

父親の会社に就職

高校を中退して路頭に迷った青山光司に救いの手を差し伸べたのが、青山光司の父親でした。高校を中退した青山光司は、初めのうちは「沢山遊べてラッキー」程度に思っていましたが、そのうち周りの友人たちが受験の準備をするなど将来の話をする様子を目の当たりにして、自分は落ちこぼれだと落ち込むようになったといいます。

そんな青山光司の様子を見た父親は、自分の会社で働くことを提案してくれたそうです。そして青山光司は、無事に父親の会社に就職し、新たな経歴をスタートさせることとなりました。父親が青山光司を拾ったことに対し「甘やかしすぎ」との声も寄せられましたが、これも父親なりの愛情だったのでしょう。

後継者として会社社長に就任

こうして無事に父親の会社に就職した青山光司は、父親に弟子入りするような形で社会人生活をスタートさせました。高校を中退してしばらくは遊び惚けていた青山光司は、初めは社会の厳しさに打ちのめされ、毎日落ち込むことばかりだったと言います。しかし、青山光司は「雇ってもらっているからには結果を出さなければ」と考えるようになりました。

毎日怒られてばかりで落ち込むことが多かった青山光司ですが、めげずにひたむきに与えられた仕事をこなしていきました。そんな青山光司は、入社当初からコミュニケーション能力がずば抜けていたことから、営業マンに抜擢され、たくさんの会社に出向いて積極的に営業をして回ったそうです。

青山光司は多くの会社を相手に自社製品の良さをプレゼンして回り、徐々に青山光司の営業能力が高く評価されるようになっていきました。その結果、KRH株式会社は取引先の企業数が爆発的に伸びたそうです。こうした営業成績が評価され、青山光司は28歳の若さで父親から会社の社長を引き継ぐことになりました。

年収は数十億円

KRH株式会社の年商は現在150億円を超えるとも言われ、青山光司の会社は業界最大手の企業にまで成長を遂げています。このため青山光司の年収は余裕で億を超えていると噂され、一説によると青山光司の年収は最低でも10億円程度はあると見られています。

青山光司の結婚歴

青山光司は私生活では結婚歴に加え、離婚歴もあります。そんな青山光司の結婚歴や離婚歴、著名な結婚相手である上原さくらや観月ありさについて調べてみました。

上原さくらとの結婚

青山光司は女優の上原さくらと2011年4月に結婚し、グアムで豪華な結婚式を挙げたことで大きく話題となりました。年商150億円とも言われている大企業の会社である青山光司は、妻の上原さくらと結婚してからはさらにセレブな生活を送っていることをブログなどで公表し、羨望の声が多く寄せられていました。

しかし、こうした誰もが羨むセレブ生活を送っていた青山光司と上原さくらの結婚生活は長くは続かず、結婚から2年後の2013年に離婚しています。青山光司と上原さくらの離婚理由について、詳しく見ていきましょう。

上原さくらとのドロ沼離婚

青山光司と上原さくらは性格の不一致から、結婚して半年頃より徐々に夫婦の間には溝が生まれていったそうです。青山光司との夫婦関係に悩んでいた上原さくらは、多量服薬による自殺未遂やマンションからの飛び降り自殺を企てるという衝撃の行動に出たことが週刊誌で報じられ、大きく話題となりました。

週刊誌の報道によると、青山光司の元妻である上原さくらは、睡眠薬を多量服薬して自殺未遂をして救急搬送され、その半年後には自宅マンションの踊り場で立ちすくむ姿が目撃されたことで、自殺をするのではないかと察知した住民が110番通報をしてくれたおかげで無事救出されたと報じられていました。

さらに週刊誌では上原さくらが青山光司に離婚時に5億円の慰謝料を要求しているとともに、青山光司の「殺人計画」を立てているとも報じられ、芸能界には衝撃が走りました。このように、青山光司と上原さくらの離婚劇はかなり泥沼化しましたが、結果的には慰謝料などは発生せず、2013年に無事に離婚が成立しました。

観月ありさと結婚が話題に

上原さくらとの泥沼離婚劇が話題となった青山光司でしたが、離婚から2年後の2015年に女優の観月ありさと結婚しています。青山光司と観月ありさはバリ島の高級リゾート地で超豪華な結婚式を挙げ、大きく話題となりました。しかし青山光司は過去の泥沼離婚劇があったため、結婚当初から観月ありさとの仲を心配する声が寄せられたそうです。

そんな青山光司と観月ありさは結婚から4年が経過した2019年現在も、度々ツーショット写真が週刊誌でスクープされるなど、夫婦仲は現在も良好のようです。

さらに青山光司は観月ありさのために家政婦を雇い、観月ありさが仕事に専念できる環境を提供していることを明かしています。このことからも、青山光司と観月ありさの関係性が良好なことがうかがえます。

青山光司の現在

過去には泥沼離婚劇で世間を騒がせた青山光司ですが、現在の結婚生活はどうなのでしょうか。青山光司の現在の仕事状況や、私生活の様子についても調べてみました。

仕事もプライベートも好調

先ほどご紹介した通り、青山光司は2015年に女優の観月ありさと結婚していますが、現在でも夫婦仲が良好な様子が週刊誌でスクープされています。青山光司は元妻の上原さくらとは性格の不一致が原因でスピード離婚していますが、現在の妻である観月ありさとはとても性格の相性がよく、交際開始後からほとんど喧嘩をしていないと語っています。

さらに青山光司が社長を務めるKRH株式会社は、現在では年商が150億円とも噂される大企業に成長を遂げているため、青山光司は現在公私ともに順風満帆と言えるでしょう。

インスタで自宅も公開

青山光司は自身のインスタグラムで自宅を公開していますが、豪華すぎると大きく話題となりました。ちなみに2013年頃には、愛車のフェラーリとのツーショット写真をブログに投稿したこともありました。さらに青山光司の自宅駐車場には収まりきらないほどの台数のフェラーリがあることを綴り、その経済力の凄さが改めて注目を浴びています。

青山光司は観月ありさとセレブ生活を送っている

青山光司は現在はKRH株式会社の代表取締役社長を務め、若手実業家として幅広い分野で活躍しています。そんな青山光司は会社の規模をどんどん拡大させ、150億円とも噂される年商を誇る大企業にまで成長させた敏腕実業家として知られています。

青山光司は過去には女優の上原さくらとの泥沼離婚劇で世間を騒がせたこともありましたが、現在は女優の観月ありさと結婚し、公私ともに順風満帆な生活を送っています。今後も若手実業家として期待を集めている青山光司の、さらなる活躍を期待しましょう。

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この記事のライター
中村千尋
子育て中の主婦です。エンタメ系の記事を見るのが好きで、空いた時間にチェックしています。よろしくお願いします。

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