住田紘一死刑囚の生い立ちと事件【岡山元同僚女性バラバラ殺人事件】

加藤みささんという女性を強姦し殺害、遺体をバラバラにして捨てたという恐ろしい殺人犯・住田紘一死刑囚の生い立ちや学歴、犯行動機や判決に至るまでの流れを説明していきます。また住田紘一と被害者家族のその後についても紹介します。

住田紘一死刑囚の生い立ちと事件【岡山元同僚女性バラバラ殺人事件】のイメージ

目次

  1. 1住田紘一とは
  2. 2住田紘一が起こした事件の概要【岡山元同僚女性バラバラ殺人事件】
  3. 3住田紘一の生い立ちや家族
  4. 4住田紘一の裁判
  5. 5住田紘一死刑囚と遺族のその後
  6. 6住田紘一は身勝手な犯行動機で女性の未来を奪った

住田紘一とは

住田紘一とは、2011年に岡山市で起こった殺人事件の犯人の名前です。住田紘一は元同僚である女性を殺害して遺体をバラバラにし、その後逮捕されて死刑判決を受けました。事件について詳しく見ていく前に、住田紘一について軽く触れておきましょう。

岡山元同僚女性バラバラ殺人事件の犯人

2011年、何とも酷たらしい事件が起きました。岡山市で加藤みささんという女性が、バラバラの遺体となって見つかったのです。彼女は強姦された挙げ句、身体をめった刺しにされて死亡しました。その犯人が、住田紘一だったのです。残虐極まりない事件に、世間は衝撃を受けました。

酒鬼薔薇聖斗に似ている?

住田紘一が逮捕されたあと、彼の写真がニュースなどで公開されました。事件当時、住田紘一は29歳でしたが、公開された写真は学生時代の住田紘一のもので、事件当時の写真ではありませんでした。この学生時代の写真が、ある人物にそっくりだということでネットがざわつきます。その人物とは、酒鬼薔薇聖斗でした。

酒鬼薔薇聖斗といえば、1997年に起こった神戸連続児童殺傷事件の犯人が名乗っていた偽名です。酒鬼薔薇聖斗の正体は、事件当時14歳だった少年でした。酒鬼薔薇聖斗を名乗った少年に、住田紘一の学生時代の写真がそっくりだというのです。

神戸連続児童殺傷事件は、中学生の少年が小学生を殺害し被害者の頭を中学校の正門前に置いて晒す、という残虐性の高い事件でした。住田紘一も女性の遺体を切断してバラバラにするという残虐性を発揮していることから、2人の写真が似ていることに気味の悪さを感じたという人は多かったようです。

住田紘一が起こした事件の概要【岡山元同僚女性バラバラ殺人事件】

ここからは、住田紘一が起こした残酷な事件「岡山元同僚女性バラバラ殺人事件」について詳しく説明していきます。気分が悪くなるような表現がありますので、残酷な話が苦手な方は注意してください。

加藤みささんを強姦

住田紘一はベネッセグループの子会社である株式会社シンフォームに勤めていたのですが、退職することになっていました。2011年9月30日、住田紘一は退社手続きと社員証の返却のために会社に赴き、そこで同僚であった加藤みささんに声をかけます。

住田紘一と加藤みささんの間には、同僚であったということ以外接点はありませんでした。これまでも業務上必要なやり取りをするだけで、プライベートな関わりは一切なかったそうです。しかし住田紘一はこれから害をなす相手として加藤みささんを選びました。

住田紘一は「見てほしいものがある」と言い、加藤みささんを会社の敷地内北側、テニスコート近くにある、人気のない倉庫へと誘導しました。倉庫内で、住田紘一は抵抗する加藤みささんをバタフライナイフで脅迫し、強姦します。

加藤みささんを刺殺

事が終わったあと、加藤みささんは倉庫近くにある駐車場で車に乗せられました。彼女はそこで必死の命乞いをしています。誰にも言わないから命だけは助けてほしい、と懇願していたのです。しかし住田紘一は、彼女の言葉に心を動かされませんでした。懇願を無視し、無慈悲にも彼女の身体にバタフライナイフを突き立てたのです。

刺し傷は胸などを中心に10箇所以上に及び、加藤みささんは絶命しました。この時、加藤みささんの財布には現金2万4千円が入っていたのですが、住田紘一はその現金を抜き取っています。

住田紘一は手に入れた金を持ち、加藤みささんの遺体を自分の車に乗せて、大阪市内の自宅近くに借りてあった車庫まで運びました。そして車庫の中で、身の毛もよだつ恐ろしい行動に出るのです。

遺体をバラバラに切断

住田紘一はガレージにて、加藤みささんの遺体をバラバラに切り刻みました。後に警察の捜査でガレージからのこぎりが見つかっており、こののこぎりで解体作業を行ったのだろうとされています。加藤みささんの遺体は頭部、手足、など5つに切断されました。肋骨は捨てやすいように、素手で折ってあったそうです。

バラバラにした遺体は、骨はゴミ捨て場、肉塊は近くを流れる大和川など、計4ヶ所に投げ捨てられました。1人の女性の尊い命が理不尽にも奪われ、しかも遺体は物のように扱われ捨てられたのです。被害者の尊厳を踏みにじる、狂気的な犯行でした。

任意同行で犯行を自供

まだ勤務中のはずの加藤みささんの行方が突如わからなくなり、会社は大変な騒ぎとなりました。まさか会社の敷地内で惨殺され、車で連れ去られてしまったなど、会社側は知る由もありません。会社は警察に通報し、加藤みささんが急にいなくなってしまったことを伝えました。

一方、加藤みささんの両親も異常事態に気づきました。一緒に住んでいる娘が、連絡もなしに帰ってこなかったからです。加藤みささんの両親は近くの警察署に行き、捜索願いを出しました。

翌日、岡山県警から加藤みささんの車が会社の契約駐車場で発見されたと連絡が入ります。両親はすぐに現場へと向かい、その後事情聴取のために警察署へ移動しました。そこで1枚の写真を見せられます。それは連れ立って歩く女性と男性の写真でした。

岡山県警は、会社内に設置してあった防犯カメラの情報を手がかりに、加藤みささんの行方を捜索していました。するとカメラに、加藤みささんと思われる女性と歩く男の姿が映っていたのです。その映像をプリントアウトして、彼女の両親に見せたのでした。

両親は女性が娘であることはわかりましたが、彼女とともに歩く男性には見覚えがありませんでした。岡山県警は加藤みささんの横を歩く男を調べ、それが退社手続きに来ていた住田紘一だと突き止めます。住田紘一は重要参考人として手配されました。

10月6日、住田紘一は大阪の自宅にいたため、岡山県警からの要請を受けた大阪府警が住田紘一の元に行き、任意同行を求めました。取り調べの結果、住田紘一は加藤みささんを殺害したことを認めます。住田紘一は殺人容疑で逮捕されることになりました。車庫からは、加藤みささんの着衣とみられる血塗れのワンピースが見つかったそうです。

住田紘一の生い立ちや家族

事件がいかに残酷なものだったか、これまでの記述で理解できたでしょうか。これほど残忍で猟奇的な事件を起こした住田紘一とは、どのような人物だったのでしょう。ここからは住田紘一の生い立ちや家族、学歴について見ていきます。一体彼の人生に何が起き、元同僚を殺害するような人間になったのでしょうか。

両親は健在

住田紘一の両親は父母ともに健在で、裁判で証言台に立ちました。重い罪を犯した息子のことを、母親は本当は優しい子なのだと庇ったそうです。被害者遺族への謝罪ではなく、息子を庇う発言をしているところを見ると、住田紘一の両親は子供に対し歪な甘さがあったのではないかと推測されます。

反省の色が全くない、周囲を煽るような供述をしていた住田紘一でしたが、母親のこの言葉のあと、急に態度を一変させ被害者遺族に謝罪をしました。最初は死刑になろうとわざと悪い言葉を使っていたが、やはり両親を残して死ぬことはできないというのです。

住田紘一の元交際相手の女性は、住田紘一のことを「家族は大切にするが、それ以外の他人は信用しない人」と説明しています。どれも住田家の家族仲は良好であったと受け止められるエピソードですが、両親が優しさを履き違えた過度な甘やかしをしたせいで、善悪の区別がつけられない人間になってしまったのではないでしょうか。

最終学歴は大阪市立大学

住田紘一は大阪市住吉区出身で、最終学歴は大阪市立大学卒業です。かなり優秀な生徒だったようで、問題なく大学を卒業しているうえに司法試験の受験経験まであります。

司法試験を受けたからには、弁護士や検察官や裁判官など、法に関わる仕事に就くことを望んでいたのでしょう。そんな人間が人を惨殺して法の下に裁かれることになるとは、皮肉なものです。

大手企業の子会社に入社

住田紘一は法に関わる仕事には就かず、ベネッセの子会社である株式会社シンフォームに就職しました。ベネッセとは進研ゼミやこどもちゃれんじなどの通信教育で知られた大手企業です。シンフォームはベネッセグループの情報処理系の子会社でした。ベネッセの本社と同じく会社は岡山市にあり、住田紘一は大阪の自宅から岡山の会社に通っていたのです。

交際中の彼女がいた

住田紘一には、交際中の彼女がいました。しかし彼女との関係が上手くいっておらず、住田紘一は日々欲求不満を募らせていたようです。彼は女性に性的暴行を加えたいという気持ちを日常的に持つようになりました。そしてその気持ちの箍が外れたきっかけが、彼女の結婚でした。住田紘一の彼女は、住田紘一以外の男性との結婚を決めてしまったのです。

住田紘一の裁判

社会からの関心が集まる中、ついに住田紘一の裁判が始まりました。岡山県では初となる、裁判員裁判です。注目されたのは、殺害した人間は1人であるもののあまりにも残虐な犯行に対し、裁判員がどんな判決を下すかでした。住田紘一の裁判について詳しく見ていきましょう。

犯行動機は欲求不満

先に少し触れましたが、住田紘一には交際していた彼女がおり、彼女との関係が上手くいっていなかったことから欲求不満を募らせていました。誰でもいいから彼女以外の女性に性的暴行を加えたいと日常的に考えており、ついに犯行に至ったのです。

性的欲求があるのならば風俗店に行くのも手ですが、住田紘一は金を使うのがもったいないからと風俗店には行きませんでした。自身の欲を満たすために何の恨みも罪もない女性を強姦し、命乞いに耳を傾けることもなく殺害したうえに、その遺体を切り刻む恐ろしい犯行に及んだのです。あまりにも身勝手な犯行動機と残酷さに、世間は驚愕しました。

狙っていた女性は他にも…

裁判で、住田紘一は加藤みささん以外にも狙っていた女性がいたことを明らかにしました。まずターゲットとして定めたのは、同じマンションの同じ階に住んでいた女性です。強姦の計画を立てましたが失敗に終わり、住田紘一はターゲットを変えました。

次のターゲット候補として挙げられたのが、加藤みささんを含めた3人の女性です。その3人をターゲットに選んだ理由として住田紘一は、スラッとしていたこと、胸が大きかったこと、可愛らしい顔立ちであったことを挙げました。その候補3人の中で、親しくはないものの一番住田紘一に親切だったのが加藤みささんだったようです。

住田紘一は3人の出勤時間と退社時間、持っている車についてなど、細かく下調べをしていました。口説いて付き合ってもらおうという考えは端から頭になく、最初から強姦目的だったのです。

強姦後は口封じとして殺すこともあらかじめ計画していました。それは事件の前月に、遺体を処理する車庫を借りていてことからも明らかです。女性たちを人ではなく、ただの性欲処理の道具としか見ていないことがわかります。

問われる謝罪の気持ちの有無

裁判にて、住田紘一は驚くべき発言を連発しました。住田紘一は元交際相手の婚約者である男性の殺害も企てており、出所した暁にはその男性を殺すと宣言しました。殺人を何とも思っていないような言動に、検察官が殺人についてどう思っているのかを訊ねると、殺人は目的達成の手段として認められるものだ、と言い放ったのです。

だからこそ、犯罪者を殺すことも許されているというのが、住田紘一の自論でした。しかし今や自分自身が世間から死刑を望まれる犯罪者です。検察官がそれを指摘すると、住田紘一は自分だけは特別視しているという旨の発言をしました。住田紘一は司法試験を受けたこともあり、法律についての知識がありました。

1人を殺害したくらいでは、死刑になることはないと思っていたのかもしれません。その余裕もあったのでしょうか。彼の発言からは謝罪の気持ちどころか、被害者遺族を傷つける悪意しか感じられませんでした。

ところが、その態度がある出来事によって一変します。前述した、住田紘一の母親の証言によってです。住田紘一の母親は、息子を庇うような発言をしました。その後住田紘一は周囲を煽るような発言を撤回し、遺族に対して涙ながらに土下座して謝罪します。

贖罪のために死刑になろうと、意図的に裁判員に悪い印象を抱かせる言動をしたというのです。しかしその言葉は、裁判員の心に響きませんでした。女性の悲痛な命乞いに心を動かすことなく惨殺した殺人犯の言葉が、他人の心を動かすことなどできなかったのです。

異例の死刑判決

「最低でも死刑を」それが加藤みささんの両親の思いでした。検察側と弁護側、様々な思いが交錯する中、ついに運命の日が訪れます。住田紘一に、死刑判決が下ったのです。これは世間が驚く異例の判決でした。

裁判において、前例というのは極めて重要です。過去の判決が基準となり、その後に起こる事件の判決を大きく左右するのです。死刑を適用する際の判断基準となるのは「永山基準」というものでした。

永山基準の特徴は、犯人の前科の有無と、殺害された被害者の人数が重要になっているということです。この基準によって、犯人に前科がなく、被害者が複数人いない場合は死刑判決はほぼ出ないようになっていました。

しかし岡山元同僚女性バラバラ殺人事件では、犯人に前科がなく被害者が1人しかいなかったにも関わらず、死刑判決が下されたのです。殺害方法とその後の死体処理が残虐なこと、住田紘一に更生の可能性が見出せないという裁判員たちの判断でした。

住田紘一死刑囚と遺族のその後

遺族の思いが届き、住田紘一は死刑判決を受け死刑囚となりました。ここからは、住田紘一と被害者遺族のその後について紹介していきます。裁判に至ってまで遺族を苦しめた殺人鬼は、どうなったのでしょうか。

2017年に死刑執行

死刑判決を受けたあと、住田紘一は被害者遺族たちに謝罪を続けていたようですが、真に反省しているとは受け止められませんでした。そうして月日は流れ、2017年7月13日、ついに住田紘一の死刑が執行されます。加藤みささんの両親にとっては待ち望んだ瞬間であり、虚しい瞬間でもありました。住田紘一が死んだところで、娘は戻ってはこないのです。

加藤みささんの遺族は…

とはいえ刑が執行されたことは、加藤みささんの両親の中で区切りにはなったようです。加藤みささんの両親は娘のためにも生きることを決意し、犯罪被害者支援を行いました。被害者サポートセンターおかやまのホームページに、加藤みささんの父親が語った事件当時の様子が掲載されています。

突如娘を惨殺された怒りと悲しみを赤裸々に語り、そのうえで周囲のサポートに救われたこと、自分たちも同じように被害者や被害者家族たちをサポートしていくことを伝えています。娘を失った傷は生涯消えることはないでしょうが、やるべきことを見つけて懸命に努力し続けているようです。

住田紘一は身勝手な犯行動機で女性の未来を奪った

住田紘一の身勝手で残忍な犯行は、決して許されるものではありません。被害者の加藤みささんには婚約者がおり、近いうちに結婚して幸せな家庭を築く予定でした。住田紘一は加藤みささんの人としての尊厳を踏みにじり、命を奪い、将来孫を抱いて笑っていたかもしれない加藤みささんの両親の幸せな未来をも奪ったのです。

現在でも婦女暴行事件や殺人事件は耐えません。人を傷つけることを何とも思わない恐ろしい人間がいること、理不尽に傷つけられ命さえ奪われた人間がいることを知り、凶悪な犯罪に断固としてNOを突きつけていきましょう。

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この記事のライター
香宮空
本と映画とアニメ、旅行をこよなく愛する者です。

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