マネーの虎の成功者たちのその後・現在一覧【画像】

2001年から2年半放送された番組『マネーの虎』は資金のない出資志願者に投資家が出資して事業を始めるという番組でした。見事出資を得た成功者たちは現在どうしているのでしょうか。成功者や失敗者のその後、「マネーの虎」と呼ばれた投資家のその後を追いました。

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目次

  1. 1世に衝撃を与えたマネーの虎
  2. 2マネーの虎が人気となった理由
  3. 3マネーの虎の成功者一覧【資金調達成功編】
  4. 4マネーの虎の成功者一覧【資金調達失敗編】
  5. 5マネーの虎で資金をゲットした志願者の現在
  6. 6マネーの虎を盛り上げた志願者たちのその後
  7. 7マネーの虎の立役者・虎たちの現在
  8. 8マネーの虎は熱い思いを実現するためのリアリティ番組だった

世に衝撃を与えたマネーの虎

『マネーの虎』は日本テレビの番組で、2001年10月から2004年3月まで放送されていました。主に芸能人ではない一般人の起業家が自ら計画した事業プロジェクトをプレゼンテーションし、共感を得た出資者から出資してもらって実際に事業を行うというコンセプトの番組です。資金を出資する出資者をこの番組では「マネーの虎」と呼んでいました。

番組のタイトル『マネーの虎』は軍人の山下奉文や盗賊の谷豊に付いていたあだ名である「マレーの虎」を文字ったものです。『マネーの虎』はそのコンセプトが評判となり、世界25ヶ国で類似番組が作られるに至りました。

異色性が話題になったリアリティ番組

『マネーの虎』では番組のコンセプトの異色性が評判となりました。大物起業家である「マネーの虎」の面々が実際に大金を出資してプロジェクトを運営するという番組のスタイルはそれまでにない斬新なものであり、そのためにこの番組は2年半に渡り人気番組であり続けたと言って良いでしょう。

「マネーの虎」としては、加藤和也、川原ひろし、小林敬、高橋がなり、堀之内九一郎など、当時様々な分野で事業を成功させて大金を出資できる出資者たちがレギュラー出演していました。

マンネリ化が原因で放送終了

『マネーの虎』が放送開始された2001年、日本テレビは番組を6ヶ月以上継続させる条件として、「番組開始から3ヶ月以内に視聴率7%を一度でも超える事」を掲げていました。これは深夜帯の番組としては破格の目標と言えるでしょう。しかし『マネーの虎』はそのコンセプトが評判となり、番組開始1ヶ月で視聴率7%超えを2回達成しました。

このように好調な滑り出しを切った『マネーの虎』ですが、結局は2年半で番組打ち切りとなります。番組が終了に至った理由としてはマンネリ化が原因として挙げられるでしょう。また、「出演者には台本がある」「仕込みで出演している志願者がある」などとヤラセ疑惑が挙がった事も一因と言えるかもしれません。

なお、複数の出演者は当時のヤラセ疑惑を否定しています。また出資者である「マネーの虎」を見つける事に苦労があったのも、番組継続が難しかった理由と言えるでしょう。

マネーの虎が人気となった理由

『マネーの虎』は2年半放送され、海外ではパロディ番組を生み、他のバラエティ番組でも盛んに取り上げられるほどの人気番組となりました。その人気は『マネーの虎』ならではのユニークな番組構成によるところが大きかったと言えるでしょう。人気を博した『マネーの虎』の番組コンセプトを振り返ってみましょう。

意欲はあるが資金のない人大集合

『マネーの虎』の大きな特徴として、資金は無いが起業する意欲のある志願者が集まっていた事が挙げられるでしょう。そのため、情報誌の出版からおにぎり屋の開店、果てはゲイの出会い系サイトの設立まで、多種多様な業種で夢を持つ志願者たちが集まりました。志願者は事業を始めるに当たって希望する出資額を設定します。

志願者が事業のプレゼンテーションでマネーの虎たちの心を掴み、見事目標額を出資してもらえれば「マネー成立」と呼ばれました。それに対して目標額に出資が届かなければ「ノーマネー」で契約不成立となり、一切の出資は受けられません。

参加者の奇抜なアイデアが話題に

このように『マネーの虎』には多種多様な夢を持つ起業志願者たちが集まったので、志願者たちの奇抜な起業アイデアが話題となりました。中には番組終了後も事業を拡大させて年商億単位の事業に成長させた者もいた反面、事業開始後に失敗して借金を背負う事になった志願者もいました。またノーマネーで契約不成立後に自力で事業を成功させた者もいます。

また専用劇場を持つアーティストの芸能事務所やスープカレーの専門店など、志願者はノーマネーで終わっても後のビジネスモデルとなってヒット商品となった例もあります。

「虎」と呼ばれる有名企業の社長たち

テレビ番組『マネーの虎』では、出資者であるマネーの虎たちの個性も大きな魅力となっていました。マネーの虎たちは準レギュラーとレギュラーに分けられますが、放送期間を通して番組を彩ったレギュラーとしては加藤和也、川原ひろし、小林敬、高橋がなり、堀之内九一郎などが挙げられます。

マネーの虎たちは、自分が出資するという事で志願者のプレゼンテーションには厳しく接し、起業計画や態度に問題がある場合は激しい罵声を浴びせたり退席する場合もありました。またマネーの虎同士で激しく意見を対立させる事もしばしばでした。

MCを務めた吉田栄作のキャラ

『マネーの虎』を取り上げる上では、MCを務めた吉田栄作とキャラも忘れてはならないでしょう。時には熱くなる志願者とマネーの虎たちの論争を鎮める役として、クールな二枚目の吉田栄作は適役だったと言えるでしょう。特に決め台詞となる「マネー成立です」や「ノーマネーでフィニッシュです」という言葉は世間にインパクトを与えました。

吉田栄作のこの決め台詞は当時、様々なバラエティ番組でパロディとして取り上げられました。『マネーの虎』はその人気を受けてゴールデンタイムに進出しましたが、ゴールデンタイムでの視聴率を獲得する事ができずに打ち切りとなってしまいます。

マネーの虎の成功者一覧【資金調達成功編】

テレビ番組『マネーの虎』では、志願者のプレゼンテーションに対してマネーの虎たちが目標金額の投資を決定すればマネー成立、投資額が目標金額に満たなければノーマネーとなりました。番組の上ではマネー成立となった者は成功者で、ノーマネーとなった者は失敗者だと言えるでしょう。

しかし番組が終わって月日が経過した今、マネー成立になった者もノーマネーになった者もそれぞれの人生を歩んでいます。大きく成功した者もいれば失敗した者もいます。それでは番組終了後、参加者たちはどのようなその後を送っているのでしょうか。まずはマネー成立となって資金調達に成功できた成功者について見てみましょう。

成功者①黒澤文昭

『マネーの虎』の成功者としてまず取り上げるのは黒澤文昭です。黒澤文昭は番組内で個人の顧客のPC修理会社を設立する資金を募るためにプレゼンテーションをしました。プレゼンテーションではマネーの虎たちから批判意見が飛び交う場面もありましたが、結局はマネー成立となり投資額650万円を得ました。

その後黒澤文昭はPCメンテナンス会社の株式会社バスターズを設立して代表取締役となっています。株式会社バスターズは全国展開しており、黒澤文昭は年商2億円を稼ぐ成功者になりました。

成功者②菊野慶吾

『マネーの虎』の成功者としては菊野慶吾の存在も忘れてはならないでしょう。菊野慶吾は番組内でカフェスタイルの家具店を提案し、極度の緊張にも関わらずマネーの虎たちの心を掴み出資金500万円を手にしました。菊野慶吾は2000年にハンドメイドショップKIKUNOをオープンしてネット通販などで家具を扱っています。

その後2002年に有限会社カントリーウッドガーデンを設立し、カフェやネットショップ、ショールームなどを展開しています。2018年にはYouTubeチャンネルでの配信も始めました。

成功者③立花洋

『マネーの虎』の成功者の立花洋はお客様第一に考えたレストランについてプレゼンテーションして出資金980万円を手にしました。番組出演当時、立花洋は44歳で無職でしたが、儲けを第一に考えていない姿勢が加藤和也の心を動かし全額出資を得るに至りました。立花洋は番組出演後にJR茅ヶ崎駅近くにレストラン『ラ・パットーラ』をオープンします。

現在、『ラ・パットーラ』は全国に4店舗を展開するに至り、立花洋は社長として約50人の従業員を抱えています。年商2億と言われていますが、従業員の給料や諸経費を差し引くと立花洋の手元にはそれほど多くの金額は残らないようです。しかしそれは「儲けは考えていないと」番組内で公言した立花洋らしい生き方とも言えるでしょう。

成功者④DJ-UTO

DJ-UTOは『マネーの虎』に出演し、トランスミュージックのレーベルを作るプレゼンテーションをしました。マネーの虎の一人である貞廣一鑑がクラブ出身だったために共感を得て他の虎からも出資を得ました。DJ-UTOは番組出演後にレコード会社のクエイク株式会社を設立します。

DJ-UTOは一方でオーディション番組の審査員や女性アイドルユニットのプロデューサーなど幅広く活躍してきました。海外のライブイベントの出演などもしていて、番組出演後も大きく成功しているマネー成立者と言えるでしょう。

成功者⑤メスット・シェネル

『マネーの虎』にトルコ人として出演し、当時はまだその存在が知られていなかったトルコケバブの店を出店したいと熱弁したのがメスット・シェネルです。メスット・シェネルはトルコ人の友人と2人で番組出演しましたが、当時まだ珍しかったトルコケバブの美味しさはマネーの虎たちの心を掴み1800万円の出資を受けました。

その後メスット・シェネルは渋谷のセンター街にトルコケバブ店『ミスターケバブ』をオープンし、日本でのトルコケバブ人気の先駆け的な存在となりました。しかしメスット・シェネルは2010年、ジョギング中の急性心不全のために急逝しています。

マネーの虎の成功者一覧【資金調達失敗編】

『マネーの虎』は起業を夢見る者にスポットを当て、投資家が出資する事で出資志願者の将来の成功を期待する番組であったと言えるでしょう。しかし番組が終わった後、当時の出演者はそれぞれの人生を送っています。番組では投資額を得て成功者となってもその後の事業で失敗した者もいます。

その一方で、番組出演時は出資額を得られずに終わった後で自ら努力したり別の道に進んだりして成功を手にした者もいました。ここでは、『マネーの虎』ではノーマネーで終わったにも関わらずその後に成功を収めた出演者を取り上げましょう。

成功者①揚田亜紀

『マネーの虎』の出演者には芸能人もいました。揚田亜紀は『あがりた亜紀』の芸名で1990年代にアイドルやグラビアモデルとして活躍しています。揚田亜紀はその後『マネーの虎』に出演し、健康を気にしながら遊べるお店をプレゼンテーションして出資金を獲得しました。しかし番組終了までに開店が間に合わずに出資金は辞退という形になります。

揚田亜紀はその後、出資金に頼らずに自費で健康ドリンクバーを開店しました。この健康ドリンクバーは多くの媒体で取り上げられ、揚田亜紀は現在、健康関連の会社を立ち上げ、野菜ソムリエや健康管理士の資格も取得しています。

成功者②古坂和仁

古坂和仁は元々はお笑いコンビ『底ぬけAIR-LINE』のメンバーとして活躍していました。古坂和仁は『マネーの虎』に出演し、海外での音楽活動をするための資金を募ります。しかし出資希望額には本人の生活費も含まれていて、この事がマネーの虎たちの反感を買い、結局はノーマネーとなりました。古坂和仁の海外進出の夢はここで一回終わりました。

しかし古坂和仁は2016年から『ピコ太郎』を名乗り、YouTubeに音楽動画を投稿し始めます。その中の一曲『ペンパイナッポーアッポーペン』がジャスティン・ビーバーのツイートから世界的に有名になったのは記憶に新しいところです。

成功者③増田学

増田学は『マネーの虎』の出資志願者の中でも特殊な存在でした。増田学はオタクの文化として、好きなアイドルを確実に抱ける抱き枕を作るビジネスをプレゼンテーションしました。しかし実際に抱き枕を使用する増田学の姿はマネーの虎たちの表情を曇らせ、一緒に仕事をしたくないとまで言われてノーマネーとなります。

しかし増田学は2008年に同人サークルを立ち上げ、インターネットで販売した抱き枕が大ヒット商品となりました。その後イベント経営者として、日本以外に台湾でも活動をしています。

成功者④下山征人

下山征人はレーシングドライバーで、プロのF1ドライバーになるための資金3000万円を募るために『マネーの虎』に出演しました。番組出演時はマネーの虎の出資は得たものの希望額には届かずにノーマネーとなりました。しかし南原竜樹に気に入られた下山征人はその後南原の投資を受ける事となります。

結局F1ドライバーとしての道は諦める事になりましたが、下山征人は高級時計を輸入する会社の代表取締役を務める他、南原竜樹が立ち上げた会社の代表を務め、別の道で成功しています。

成功者⑤兼子ただし

兼子ただしはスポーツのストレッチトレーナーです。『マネーの虎』に出演した際、飛行機の乗客のエコノミー症候群対策として成田空港にストレッチ専門店を出すプレゼンテーションをしました。しかし、常連客を作りたいというコンセプトと成田空港の一見の客を相手にするというコンセプトの矛盾を突かれて反論できずにノーマネーとなりました。

しかし兼子ただしは番組出演後にストレッチルームを展開する株式会社スリーエスグループジャパンを立ち上げ、全国に18店舗を展開するに至っています。また日本ストレッチトレーナー学院の学園長ともなり、自らの専門分野で開花しています。

マネーの虎で資金をゲットした志願者の現在

テレビ番組『マネーの虎』には、2年半の放送期間に数多くの出資志願者が出演しました。それぞれが個性的なプレゼンテーションを繰り広げましたが、マネーの虎たちから出資を得る成功者は多くなかったと言えるでしょう。その中でもマネーの虎たちの心を掴んで出資を得る成功者もいました。

番組終了後、資金を手にした成功者たちがどのような人生を歩んでいるのか気になるところかもしれません。それでは、『マネーの虎』で見事出資金を手にした代表的な成功者たちのその後を見てみましょう。

現在①辻康裕

辻康裕はモンゴルでタクシー会社を始めるための資金1752万円を募って番組に出演しました。モンゴルは当時、厳しい寒さにも関わらず交通手段が乏しく、タクシーの需要がある事に目を付けたのです。外国で起業するという思い切った試みでしたが、説得力のあるプレゼンテーションでマネーの虎たちの心を掴み、条件付きで出資額を手にしました。

成功者となった辻康裕はその後モンゴルで実際にタクシー会社を設立しました。ビジネスは軌道に乗りましたがその後モンゴルでもタクシーが普及してきて経営が難しくなってきたので会社を売却して居酒屋経営に転身したそうです。複数のビジネスで成功した辻康裕は、現在は日本維新の会のメンバーとして政治活動を行っています。

現在②キム

韓国人の夫を持つキムは、自慢のキムチを移動販売するビジネスを始めるための資金360万円を求めて番組に出演しました。既にキムチ販売でのビジネスを持っていて、その堅実な人柄の良さはマネーの虎たちを関心させました。キムチの味も好評でそのプレゼンテーションの完成度も高く、見事出資金を得て成功者となります。

キムには以前おにぎり屋のビジネスで余っていた移動車が提供されました。その後キムチの移動販売ビジネスは軌道に乗り、現在は車両4台、従業員20名にまで拡大しています。キムは現在も都内各地で車両によるキムチの移動販売をしています。

現在③千代敬司

千代敬司は、ペットを健康にするマイナスイオン水を販売するビジネスをプレゼンテーションしました。それまでは自己資金の300万円を使ってアルバイトもしながら頑張っていた千代敬司に対して岩井良明が希望額の370万円を出資しました。成功者となった千代敬司は自身の名前から命名した株式会社チヨペットを立ち上げます。

番組出演後に名古屋のペット博に出店した千代敬司は吉田栄作やマネーの虎たちが見守る中で目標売上額を初日で突破しました。現在、株式会社チヨペットはますます起動に乗り、正社員4名他契約社員などを抱え、海外にも取引先を持つ会社に成長しています。

現在④薩摩宣永

西日本で活躍していたボクサーの薩摩宣永は、世界チャンピオンを目指すための対戦料としての300万円を求めて番組に出演しました。高学歴でありながら西日本の新人王に輝いた薩摩宣永は、パチンコ店でアルバイトをしながら夢を追い続けていた姿が4人のマネーの虎たちを感動させ成功者となりました。

世界3位の選手と対決した薩摩宣永でしたが、KO負けをしてしまい世界チャンピオンの夢は途絶えてしまいます。その後薩摩宣永はアメリカに渡ってボクシングの修行を続けましたが結局は自分の能力に限界を感じて引退してしまいました。ボクシング引退後の薩摩宣永は大手建築会社の社員として第二の人生を歩んでいます。

マネーの虎を盛り上げた志願者たちのその後

テレビ番組『マネーの虎』に出演した出資志願者たちは、そのバラエティ溢れる個性で視聴者の心に残っています。見事成功者になった者にも、またノーマネーで終わってしまった者にも、視聴者に強い印象を与えた者が多数います。ここではその中でも特に視聴者の心に残っているであろう志願者のその後を追ってみましょう。

その後①尾身和樹

尾身和樹は元ジャニーズJr.という経歴の持ち主ですが、雑誌『フライデー』の女性スキャンダルで事務所を追放になった事を番組で告白して反響を呼びました。自身のファッションブランドを立ち上げたいとプレゼンテーションした尾身和樹でしたが、「現実から逃げているだけだ」とマネーの虎たちから酷評を受けます。

しかしAV業界の社長としてジャニーズ出身の男優を欲しがっていた高橋がなりから、失敗した際はAVに出演するという条件付きで出資を受けて成功者となりました。しかしその後立ち上げたアパレルビジネスは鳴かず飛ばずで成功しなかったようです。尾身和樹は現在、ジャニーズ時代の仲間と共に2店舗のバーを経営しています。

結局AVに出演する事はなかったようですが、高橋がなりの約束はやはり冗談だったのでしょうか。

その後②岡田耕児

岡田耕児は学生時代に訪れたタイの郷土料理のカオソーイに感動し、そのカオソーイを提供するビジネスのための資金404万円を希望していました。本来の卵麺をパスタに替えるコンセプトが物議をかもしたものの、結局資金を獲得して成功者となりました。番組出演後に岡田耕児はカオソーイを提供する『サワディーCar』で移動販売を始めます。

結局『サワディーCar』は大ヒットして、出資金の404万円は3週間で返済できました。しかしその後店舗営業に移ると思い通りの人気を得るには至らずに閉店してしまいました。その後の岡田耕児の活動に関しては不明です。

その後③小路五郎

小路五郎はあっさり系でもこってり系でもないラーメン『あってり麺』を引っさげて『マネーの虎』に出演しました。この回はマネーの虎たちが全員女性でしたが、女性社長たちの心を動かす事はできず、結局希望額の980万円の出資を得られずにノーマネーとなりました。しかし番組出演後も小路五郎はあってり麺作りを続けています。

2009年には東京のラーメンショーに出品し、立川で行われた『ラーメントライアウト』では優勝を収めました。地元軽井沢で出店した自身のラーメン店『あってりめんこうじ』は現在は群馬県にも店舗を出していて地元の人気店に成長しています。

その後④内村浩一

内村浩一はパンとサラダをメインとした店を開業する資金7000万円を希望して『マネーの虎』の参戦しました。「パン、パン、サラダ、パン」とリズミカルに言う様子がネットでも話題になりました。しかし終始ニコニコと話す様子がマネーの虎たちから「人間的に浅い」と否定されてしまい、ノーマネーで終わっています。

内村浩一は番組出演後は『TVチャンピオン』のパン屋さん選手権で優勝し、雑誌『少年サンデー』の漫画『焼きたて!!ジャぱん』の取材協力を行っていました。内村浩一は現在、京都でパン教室『パンの耳』をオープンして人気を博しています。

その後⑤大川祝続

ブライダル業界で司会をしていた大川祝続は、ブライダルプロデューサーの専門学校の広告資金888万円を求めて番組に出演しました。司会で慣れた話術が逆にうさん臭いとマネーの虎たちの不信感を抱いてしまい、また貯金が900万円ある事も発覚してノーマネーとなってしまいます。

大川祝続はその後、ブライダルプロデュース会社である未来企画を立ち上げました。話術に長けた司会が評判となり人気を得ています。また現在はエステサロン『Well Woman』も立ち上げ、男性エステティシャンとしても活躍しています。

その後⑥村野達郎

子役出身の村野達郎は無類のラーメン好きで、ラーメン屋をオープンさせたいと『マネーの虎』に出演しました。マネーの虎としてラーメン店『なんでんかんでん』店主の川原ひろしがいたにも関わらず『なんでんかんでん』のラーメンを否定した事で不穏な空気が流れました。

しかし他のマネーの虎たちが、川原ひろしの元で修行をする事を約束に資金を出資する条件を出します。それに対して村野達郎は修行一日目から無断欠勤したので結局はノーマネーとなりました。その後テレビ番組『有吉ジャポン』に出演した村野達郎は、母親が所有するマンションの家賃収入だけで生活している事を明かしています。

マネーの虎の立役者・虎たちの現在

テレビ番組『マネーの虎』とその出演者のその後について見てきました。ここまでは出資志願者のその後について見てきましたが、今度はマネーの虎たちのその後についても見てみましょう。レギュラーとして番組を彩ったマネーの虎たちは、当時は成功を収めていた社長ばかりです。しかし人生は波乱万丈であり、それは成功した者でも変わりません。

マネーの虎として番組に出演していた社長たちは今どのような生活を送っているのでしょうか。

現在①堀之内九一郎

堀之内九一郎はリサイクル業の株式会社生活創庫の社長でした。マネーの虎としては加藤和也と並んで出演回数が多く、志願者に厳しい意見を浴びせる番組の顔だったとも言えるでしょう。当時はホームレスから年商102億円にまで登りつめた人物として注目を集めていましたが、生活創庫はその後経営不振に陥り2013年に破たんしました。

当時の豪邸や愛車は抵当に入れ、堀之内九一郎は借金を抱えた生活となりました。その後、雑誌『フライデー』が取材を試みましたが「放っておいてくれ」と取材を拒否しています。その後も音信不通の状態が続いています。

現在②川原ひろし

川原ひろしは東京の環七ラーメンブームの火付け役となったラーメン店『なんでんかんでん』の社長だった人物です。番組では同じくマネーの虎だった南原竜樹と対立する場面がお決まりでした。一時は歌手やタレント活動もして乗りに乗っていた川原ひろしですが、その後なんでんかんでんは全ての店舗をたたんで倒産しています。

しかし川原ひろしは2018年に高円寺でなんでんかんでんの店舗を再オープンしました。開店時は環七時代を懐かしむ客が多く訪れたそうです。ただ川原ひろしが東京に出てきた目的は芸能活動が主だったようで、現在も個人芸能事務所に所属しています。

現在③高橋がなり

高橋がなりはAV製作会社である株式会社ソフト・オン・デマンドの社長だった人物です。他人の金で事業を起こして失敗を繰り返した経験の持ち主なので、番組では見捨てられた志願者に優しい言葉を掛ける場面も見られました。高橋がなりは2005年にソフト・オン・デマンドの社長を辞任しましたが、2013年から再びAV現場で指揮を取っています。

また高橋がなりは2006年に別事業として農産会社の国立ファーム有限会社を立ち上げてました。国立ファームの立ち上げには10億円を費やしました。国立ファームでは野菜の通販や、自社の野菜を使った都心のレストランなど独自の事業展開をしています。

現在④小林敬

小林敬は複数の会社の社長として飲食店の分野で成功を収めてきた人物です。マネーの虎としては堀之内九一郎と並んで厳しい意見を言う人物として知られていました。番組終了後の小林敬は飲食業を軸に、数々の新事業を立ち上げてはすぐに破たんさせる事を繰り返してきました。現在は飲食店経営者向けのセミナー講師をしています。

セミナーの席では『マネーの虎』時代の裏話を話す事もあるようです。また2018年の7月には合同会社ルヴィーヴルを設立して社長に就任しました。ルヴィーヴルでは函館の五稜郭ガーデンのプロデュースを行っています。ここでも飲食店のプロデュースに小林敬のノウハウが活かされていると言って良いでしょう。

現在⑤岩井良明

岩井良明は教育事業の株式会社モノリスの社長です。マネーの虎としては、教育業界の人間として人を叱る厳しさを持ちながら人情味のある一面も見せ、出資回数も多い人物でした。番組に出演したマネーの虎の中でその後転落した者も多い中で岩井良明はその後も好調な人生を歩んでいます。

少子化で先行き不安な教育の分野にのみならず飲食業や芸能事務所など多岐に渡って事業を拡大しているのが功を奏したのでしょう。しかし岩井良明の事業の主軸は今も教育で、現在は主に学習塾の経営を行っています。

マネーの虎は熱い思いを実現するためのリアリティ番組だった

2001年から2年半に渡って放送されたテレビ番組『マネーの虎』について、番組に出演した出資志願者やマネーの虎たちのその後を見てきました。『マネーの虎』はかつてないコンセプトのリアリティ番組だったので、番組終了後も各出演者の偽りのない現実を見せています。番組内で成功者になりその後も順調な者もいれば、その後失敗した者もいます。

また番組では失敗者となったものの、その後花開いた者もいました。当時は成功者として番組レギュラーだったマネーの虎でさえ、その後転落した者もいます。『マネーの虎』は、常に浮き沈みがある様々な人間の人生をありのままに見せた番組と言えるのではないでしょうか。

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この記事のライター
fujinee
ふじにぃと申します。ジョージア国のトビリシ在住です。

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