ナーシャ・ジベリとは?経歴や現在まとめ【FF3伝説の天才プログラマー】

天才プログラマーとして有名なナーシャ・ジベリは、ゲーム「ファイナルファンタジー」シリーズの開発に携わっていますが、現在は何をしているのでしょうか。今回はナーシャ・ジベリの経歴やFF3開発時の伝説のエピソード、現在の活動状況について調べてみました。

ナーシャ・ジベリとは?経歴や現在まとめ【FF3伝説の天才プログラマー】のイメージ

目次

  1. 1ナーシャ・ジベリとは
  2. 2ナーシャ・ジベリの経歴
  3. 3天才プログラマー・ナーシャ・ジベリの伝説
  4. 4ナーシャ・ジベリが手がけたゲーム作品を紹介
  5. 5ナーシャ・ジベリの現在
  6. 6ナーシャ・ジベリは伝説のプログラマーだった

ナーシャ・ジベリとは

ナーシャ・ジベリは、世界が誇る「伝説の天才プログラマー」として知られています。ソフトウェアやコンピューター関係に詳しい方であれば、ナーシャ・ジベリの名前を知っている方もいるのではないでしょうか。

ナーシャ・ジベリには数々の伝説的なエピソードがあると言われ、普通の人が成し得なかった多くのことを成功させた、まさにプログラミングの天才です。そんなナーシャ・ジベリのプログラマーとしての経歴や、開発したゲームの代表作でもあるファイナルファンタジーシリーズ『FF3』、そして現在の様子について詳しく見ていきましょう。

ナーシャ・ジベリのプロフィール

・愛称:不明
・本名:ナーシャ・ジベリ
・生年月日:1957年生まれ
・年齢:61歳か62歳(2019年7月現在)
・出身地:イラン
・血液型:不明
・身長:不明
・体重:不明
・活動内容:プログラマー
・所属グループ:なし
・事務所:なし
・家族構成:父、母

伝説の天才プログラマー

伝説の天才プログラマーとして有名なナーシャ・ジベリは、元々イランの王族の家庭に生まれ育ちました。イランの王族という裕福な家庭に生まれたナーシャ・ジベリは、幼少期から様々な習い事をするなど、豊かな教養を身につけられるような教育を受けてきました。

元々ゲームやコンピューターに高い関心を示していたナーシャ・ジベリは、プログラマーになりたいと志すようになりました。しかしちょうどその頃、母国のイランでは1978年頃にイラン革命が起こり、国内は混乱状態となります。こうした混乱した状況を受けて、ナーシャ・ジベリは渡米することを選び、アメリカでコンピューター科学を学び始めました。

最先端の技術を誇る本場アメリカでコンピューター科学を学んだナーシャ・ジベリは、天才的な才能を発揮し、めきめきと頭角を現していきます。そして1980年に友人と起業、さらに1981年には独立して自分の会社を立ち上げています。そんなナーシャ・ジベリの詳しい経歴については、次から時系列に沿ってご紹介します。

ナーシャ・ジベリの経歴

イランの王族の家庭に生まれたという意外な経歴を持つナーシャ・ジベリですが、プログラマーとしてどのような経歴を持つのでしょうか。次からは、ナーシャ・ジベリのプログラマーとしての詳しい経歴について調べてみました。

友人とゲーム会社を立ち上げる

ナーシャ・ジベリは1980年、23歳の時に友人と共同でゲーム会社を立ち上げています。ちなみに当時ナーシャ・ジベリが立ち上げたゲーム会社とは、アメリカのアップル社が開発したコンピューター用のゲームソフトを制作する会社です。ナーシャ・ジベリはそこで新たなソフトウェアを開発していましたが、その後は独立するために会社を退社しています。

当時ナーシャ・ジベリは周りが驚くほどのハイペースでゲームのソフトウェア開発をしていたそうです。ナーシャ・ジベリ最低でも月に1回は新たなソフトウェアを開発し、しかもそれらが全て後にヒット作となったことでも話題となりました。このように、ナーシャ・ジベリはまだ20代前半という若い頃から、才能がずば抜けていたことがうかがえます。

ジベリ・ソフトウェアを設立

ナーシャ・ジベリは1981年に前の会社を退社して独立し、念願だった自分の会社「ジベリ・ソフトウェア」を設立しています。ナーシャ・ジベリはようやく自分の才能を生かせる時がきたと意気込み、プログラマーとして徐々に活動の幅を広げていきました。

しかしナーシャ・ジベリが会社を設立した直後から、アメリカでは徐々に家庭用のゲームソフトの売れ行きが落ち込み、アメリカのゲーム業界は過去にない業績不振に陥ります。こうした動きを「アタリショック」と呼ぶそうですが、こうしたゲーム業界の不振の影響もあり、ジベリ・ソフトウェアは残念ながら倒産してしまいました。

日本のゲーム制作にも参加

自分の会社が倒産したショックから、しばらくナーシャ・ジベリは仕事もせず世界中を思うままに放浪していました。しかし、ナーシャ・ジベリのプログラマーとしての才能を知っていた友人たちが、ナーシャ・ジベリをなんとか立ち直らせようとして動き出します。

その後ナーシャ・ジベリはコンピューターソフト会社でオーナーを務めていた友人であるダグ・カールストンから新たなゲーム開発に誘われたことをきっかけに、ゲーム開発への意欲を徐々に取り戻していきます。

ちなみに、友人のダグ・カールストンがオーナーを務めていたのは当時のゲーム業界最大手とも言える「ブローダーバンド」でした。さらにナーシャ・ジベリは、後に「任天堂」を立ち上げる宮本茂や、ゲームソフト開発をメインで行っている会社である「スクウェア」で働いていた坂口博信など、世界各国の天才プログラマーたちとも出会います。

この出会いがきっかけで、ナーシャ・ジベリは完全にやる気を取り戻しました。また、坂口博信が元々ナーシャ・ジベリのファンだったこともあり、そのツテでナーシャ・ジベリゲームはスクウェアに入社しています。こうして、ナーシャ・ジベリは日本でゲームソフト制作に携わることとなりました。

天才プログラマー・ナーシャ・ジベリの伝説

世界が誇る天才プログラマーであるナーシャ・ジベリは、数々の伝説のエピソードを持っていると言われています。次からは、そんなナーシャ・ジベリの伝説的なエピソードについて詳しく見ていきましょう。

伝説①『FF1』の8倍速移動

ナーシャ・ジベリの持つ伝説的なエピソード1つ目は、ファイナルファンタジーシリーズ『FF1』の8倍速移動です。これは、ナーシャ・ジベリが一番初めに起こした伝説的なエピソードと言われています。ナーシャ・ジベリは、1987年にスクウェア社が開発した「ファイナルファンタジーシリーズ」における一番重要な役割を担っていた人物でした。

現在では、ゲームソフトの中に登場するキャラクターが飛んだり跳ねたりする動きは当たり前のものとなっていますが、当時はまだこうした緻密な動きや影の付け方などは、まだまだ開発段階でした。しかしナーシャ・ジベリは、こうした緻密な動きや効果を簡単に表現して見せ、周りを驚かせたそうです。

ちなみに開発に携わっていたナーシャ・ジベリの同期たちは、ファイナルファンタジーシリーズに登場する飛行船に、影を付けて浮いているように見せようとしていたそうです。しかし、こうした緻密な効果の表現がとても難しく、開発が難航していました。それをナーシャ・ジベリに相談したところ、翌日にはこの効果を簡単に表現し、周囲を驚かせました。

さらに、ナーシャ・ジベリは影を付ける効果を表現するだけでなく、動きをさらに速くする「8倍速移動」という表現も併せて開発し、周囲がその才能に驚愕したという伝説的なエピソードを残しています。

伝説②『FF3』のバグを即解決

ナーシャ・ジベリの持つ伝説的なエピソード2つ目は、ファイナルファンタジーシリーズ『FF3』のバグを電話で即解決したことです。ファイナルファンタジーシリーズ3作目である『FF3』の開発にも携わっていたナーシャ・ジベリですが、このソフトの開発段階ではトラブル続きで同期達は対応に難航し、なかなか開発が進まなかったそうです。

ちなみに「バグ」とは、コンピューターのプログラミングに関する「誤り」のことを指します。一般的にプログラミングにバグがあると、解決にはかなり時間を要するそうです。しかし、ナーシャ・ジベリはこうしたバグがあっても自分が現場に向かわなくても、相手に電話で指示を与えるだけですぐに解決に向かわせることができるという伝説を残しています。

ナーシャ・ジベリの開発したプログラムはとても難しく、他の開発メンバーには解読できない部分がしばしばあったそうです。このためバグが生じても開発をしたナーシャ・ジベリ本人でないと解決できないことが多く、自然とナーシャ・ジベリに頼ることが増えていったとのことです。

普通であれば直接コンピュータを開き、バグの起こった部分を見なければ解決できないものの、ナーシャ・ジベリは自分が関わったソフトのプログラムリストを全て暗記していました。このため電話で指示を送ることが可能だったのです。かなり難解なプログラムリストを全て覚えているとは、いかにナーシャ・ジベリが天才プログラマーなのかがうかがえます。

伝説③コピープロテクトをプログラミング

ナーシャ・ジベリが持つ伝説的なエピソード3つ目は、コピープロテクトをプログラミングしたことです。コピープロテクトとはその名の通り、コピーをプロテクトすること、つまり複製防止の仕組みです。現在は全てのゲームには複製防止システムが導入されていますが、当時ではこうしたシステムがまだ開発されていませんでした。

こうした複製防止のプログラミングを開発したのが、ナーシャ・ジベリでした。ナーシャ・ジベリがコピープロテクトをプログラミングした際、画期的なシステムだとして世界中で大きく話題となりました。

伝説④ラスタースクロール技法の使用

ナーシャ・ジベリが持つ伝説的なエピソード4つ目は、ラスタースクロール技法の使用です。ラスタースクロール技法とは、ゲームをする際に画面をスクロールさせる技法を言いますが、現在ではどのゲームにも導入されているため、当たり前となっている技法です。もちろん当時はこうした高度な技法はまだなく、それを開発したのがナーシャ・ジベリでした。

ラスタースクロール技法が導入されたことでゲームの臨場感が一層高まり、それに伴いゲームソフトの人気も高まっていきました。このように、ナーシャ・ジベリは当時では珍しかった高度な技法を次々と生み出し、天才プログラマーとしてその名が世界中に知れ渡りました。

ナーシャ・ジベリが手がけたゲーム作品を紹介

天才プログラマーとして世界中に名の知れた存在となっているナーシャ・ジベリですが、過去にはどのようなゲームを開発したのでしょうか。次からは、ナーシャ・ジベリが手掛けたゲーム作品をご紹介します。

『ファイナルファンタジー3』

ナーシャ・ジベリが手掛けたゲーム作品1つ目は、『ファイナルファンタジー3(通称FF3)』です。ファイナルファンタジーシリーズはスクウェア社(現在のスクウェア・エニックス)が開発したゲームソフトです。ファイナルファンタジーシリーズは合計3作が製作され、いずれも大ヒットした作品として現在まで語り継がれています。

FF3は1990年に制作され、ミリオンヒットを記録した大人気商品として有名です。前の2作とはゲームのストーリーは異なりますが世界観は同じであり、ファイナルファンタジーシリーズのファンたちは3作揃えてプレイしていたそうです。ソフトのヒットを受け、2006年にはニンテンドーDSとしてリメイク版が発売されたことで、再び話題にのぼりました。

『ハイウェイスター』

ナーシャ・ジベリが手掛けたゲーム作品2つ目は、『ハイウェイスター』です。この作品は自動車が高速道路を走るというレースゲームで、ナーシャ・ジベリが開発した緻密な効果が所々に遺憾なく発揮され、とても臨場感に溢れるゲームとして人気でした。

『ハイウェイスター』ではプレイヤーが実際に自動車を操縦しながらプレイするレースゲームであり、難しいコースも多く登場しています。このため、『ハイウェイスター』はナーシャ・ジベリの才能を改めて感じることのできる作品です。

『聖剣伝説2』

ナーシャ・ジベリが手掛けたゲーム作品3つ目は、『聖剣伝説2』です。この作品は『聖剣伝説』シリーズの2作目であり、1991年の1作目に続いて1993年に販売されました。ゲームソフト『聖剣伝説』は、ナーシャ・ジベリが以前に開発した作品とは趣が異なり、「アクション・ロールプレイング」という方法が用いられています。

この手法は、ゲームに登場するキャラを成長させながらゲームを進めていくという一般的なゲームと同じ要素と、戦闘シーンで戦術やタイミングなどをプレイヤー自らが選択するという新たなアクションゲーム的な要素を組み合わせた手法です。内容が高度なこのゲームは多くのゲーマーたちから大人気で、大ヒット作品となりました。

ナーシャ・ジベリの現在

数々の伝説的なエピソードと有名作品を残したナーシャ・ジベリは、現在は何をしているのでしょうか。次からは、ナーシャ・ジベリの現在の活動状況について調べてみました。

メディア露出が少なく消息は不明

ナーシャ・ジベリは天才プログラマーとして現在では世界中で名の知れた存在となっていますが、ナーシャ・ジベリ本人はメディアなどの露出が嫌いだったそうで、自分の仕事内容や才能などを人前でアピールすることは全くなかったと言われています。このため、現在ナーシャ・ジベリが何をしているのかは明らかになっていないようです。

イランでプログラマーをしている?

ナーシャ・ジベリはスクウェア社の社員として『聖剣伝説2』の開発に携わった後は、ゲームソフト開発へのモチベーションを失い、再び放浪の旅に出たと言われています。そんなナーシャ・ジベリは現在何をしているのかどうかは定かではありませんが、一説によると、地元のイランでプログラマーとして活動をしていると噂されている模様です。

この噂の真相は明らかではありませんが、もしかすると地元のイランに戻って実家を継いだり、イランで結婚して新たな家族を作っている可能性も考えられます。

現在でもスクウェアと交友あり?

ナーシャ・ジベリは1998年に行われたアップル社の20周年記念パーティーにスクウェア社の同期たちと一緒に出席していて、久しぶりに公の場に姿を現しました。このため、その後もナーシャ・ジベリとスクウェア社との交流は続いていると言われています。

さらに2012年には、ファイナルファンタジー開発25周年記念イベントが開催されるという噂が浮上し、ナーシャ・ジベリも招待されていると噂されていました。しかし、残念ながらこの噂自体がデマであり、実際にはイベントは開催されませんでした。これらの噂は、おそらくナーシャ・ジベリに会いたいと願うファンたちが流したデマであると考えられます。

ナーシャ・ジベリは伝説のプログラマーだった

天才プログラマーとして世界的に有名なナーシャ・ジベリは、ファイナルファンタジーシリーズをはじめとする、数々の有名作品の開発に携わりました。ナーシャ・ジベリの開発したゲームソフトは、現在に至るまで名作として語り継がれています。

そんなナーシャ・ジベリが現在何をしているのかどうかは明らかになっていませんが、またいつかゲームの記念イベントなどに姿を現してくれることを期待しましょう。

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この記事のライター
中村千尋
子育て中の主婦です。エンタメ系の記事を見るのが好きで、空いた時間にチェックしています。よろしくお願いします。

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