トム・プライス(F1レーサー)の死因は事故?原因はマーシャル?

自動車レースの最高峰であるF1は人気の高いモータースポーツです。F1の熟成期である1970年代に活躍し、事故死したレーサーにトム・プライスがいます。トム・プライスの死亡事故は映像として動画サイトなどに残っています。彼の経歴や直接の死因、その後を調べてみました。

トム・プライス(F1レーサー)の死因は事故?原因はマーシャル?のイメージ

目次

  1. 1元F1レーサーのトム・プライスとは
  2. 2F1レーサーのトム・プライスの経歴とは
  3. 3トム・プライス死亡時の事故の経緯
  4. 4トム・プライスが事故を避けられなかった理由
  5. 5トム・プライス死亡のその後
  6. 6F1レーサーとして期待されたトム・プライスは不運な死を遂げていた

元F1レーサーのトム・プライスとは

F1といえばモータースポーツの最高峰といわれます。F1ドライバーでは故アイルトン・セナや故ニキ・ラウダ、現役ではルイス・ハミルトンやセバスチャン・ベッテルなどが有名です。時代をさかのぼること40年前、トム・プライスというF1ドライバーがいました。F1の歴史に名を残したドライバーですが、どのようなドライバーだったのでしょうか。

トム・プライスのプロフィール

・愛称:トム・プライス
・本名:トーマス・モルドウィン・プライス(Thomas Maldwyn Pryce)
・⽣年⽉⽇:1949年6月11日
・現在年齢:1977年3月5日没(享年27歳)
・出⾝地:イギリス・ウエールズ・デンビーシャー州ルシン
・⾎液型:A型
・⾝⻑:不明
・体重:不明
・活動内容:レーシングドライバー
・所属グループ:トークン・フォード(1974年F1デビュー)、シャドウ・フォード(1974年から1977年まで)
・事務所:不明
・家族構成(娘、⽗、旦那、嫁、兄など):兄弟は不明。1975年に結婚。

F1レーサーとして期待されたトム・プライス

トム・プライスは1974年にF1デビューすると翌年のオーストリアGPで3位に入賞し、イギリスGPではポールポジションを獲得します。非選手権ではあったものの、イギリスのブランズハッチで行われた「レース・オブ・チャンピオンズ」では、ポールポジションとファステストラップと優勝というハットトリックの離れ業を決めています。

トム・プライスはF1史上で初のウエールズ出身のF1ドライバーであり、気取らない性格で容姿もハンサムだったことから、当時のイギリスF1界では期待の星とされていました。

死亡事故を起こして帰らぬ人に

数々の記録を残し、勢いがついてきたと思っていた矢先、トム・プライスに不幸が訪れます。1977年3月5日、南アフリカGPが行われたキャラミサーキットで、事故死します。この事故は、モータースポーツ史上でも有名な事故の一つとして扱われています。

F1レーサーのトム・プライスの経歴とは

途方も無い予算が必要であるF1レースに出場するためには、それ相応の才能が必要です。才能は英才教育で開花させるのがF1界の定番ですが、それには潤沢な資金源が必要です。トム・プライスは恵まれた環境で育ったのでしょうか。それともトム・プライスは苦労してF1ドライバーになったのでしょうか。トム・プライスの経歴を調べてみました。

経歴①幼少時代の夢

小さい頃のトム・プライスの夢は、実はパイロットでした。1975年のインタビュー記録映像によると、確かに小さい頃は空を飛ぶことに興味があったようです。ところが、当時のイギリスで旅客機のパイロットになるには物理などの成績や語学の成績などが必要で、トム・プライスは「自分のこの成績ではパイロットにはなれない」と諦めたようです。

経歴②車への興味とメカニックの道

10歳の頃、トム・プライスはパン運送用のバンに乗ったことをきっかけに、自動車に興味を持ち始めます。今現在でも言えることですが、欧州ではモータースポーツは非常に盛んであり、草レースであれば年中開催されているものです。トム・プライスの両親も息子が車に興味を持ったことを嬉しく思い、応援したようです。

トム・プライスは16歳の時に思い切って普通学校を辞め、ランドリロ・テクニカル・カレッジという専門学校に通います。この学校はトラクターの整備などを学ぶ専門学校であり、母親から「もしもレーサーになれなかった時のための、滑り止めとして通いなさい」というアドバイスに基づいた選択でした。

この経験が、この後のトム・プライスの自動車レースメカニックとしての技術に影響していきます。

経歴③F1レーサーとしての功績

トム・プライスはレーシングスクールを経て、1970年にはイギリスタブロイド紙のデイリーエクスプレスが冠スポンサーだったクルーセイダーシリーズで優勝します。彼はブランズハッチ・サーキットの近くにアパートを借り、週給15ポンドのメカニックとしてサーキットで働きながら、このサーキットを走り込み腕を磨きました。

トム・プライスはF3に進級し、1974年にトークン・フォードでF1デビューします。デビュー戦はベルギーGPで、20位に終わりました。次のモナコGPでは、経験不足を理由にF1出走を認められませんでした。それならばと前座として行われたF3に急遽出場し、2位以下に圧倒的な大差をつけて優勝します。

新星の登場に4つのF1チームが契約書を片手に押し寄せましたが、トム・プライスは同郷出身のアラン・リースが率いるシャドウ・フォードと契約します。

1974年後半戦、トム・プライスはシャドウ・フォードで参戦します。ドイツのニュルブルクリンクでは6位入賞という結果も残しています。1975年には結婚もし、まさに脂が乗り始めます。

特に非選手権でありながらも人気の高いレースであるイギリスのブランズハッチ・サーキットで行われた「レース・オブ・チャンピオンズ」で、トム・プライスは3月の雪と雨とに見舞われた悪天候の中、走り慣れた地元のサーキットであったこともあり、見事優勝します。

さらにトム・プライスは1976年も、開幕戦のブラジルGPでの3位表彰台を皮切りに、二度も4位入賞を果たしています。

トム・プライス死亡時の事故の経緯

トム・プライスが死亡した前年の1976年は、F1ドライバーで事故死した人は1人もいませんでした。それが、翌年の1977年にトム・プライスが衝撃的な事故死を遂げます。当時はレーシングカーも進化の途中段階であり、また安全面に関しては車の装備もサーキットの設備も不十分であったことは想像に難くありません。

レース終盤に起きた悲劇

1977年シリーズ第3戦のアフリカGPでの出来事です。トム・プライスは雨の中のプラクティスでは、大御所フェラーリのニキ・ラウダに1秒以上の差をつけていました。ところが予選では振るわず15位で終わり、翌日の決勝では気負ってしまったのかスタートで出遅れます。中位グループからの必死の追い上げをしていた22周目、事故は起こりました。

シャドウ・フォードのチームメイトであるレンツォ・ゾルジが、エンジン火災のため、見通しの悪いピットを過ぎた丘の頂点あたり、進行方向左側にマシンを停車させました。

ゾルジのマシンから出た火を消そうと、車を止めた反対側から消火器を持った2人のコース係員が駆けつけます。その瞬間、時速270kmを越える速度でトム・プライスの集団が駆け抜けます。

マーシャルの消化器が後頭部に直撃

運悪く、トム・プライスは時速270kmの速度で1人のコースマーシャル(コース係員)を撥ねてしまいました。撥ねられた19歳のジャンセン・ヴァン・ヴーレンの身体は縦方向に激しく回転して空中に舞い、そのまま地面に叩きつけられました。事故直後は身元確認が出来ないほどの状態で当然即死でした。

それだけに終わりません。ヴーレンの持っていた重い消火器が、トム・プライスの頭部に直撃したのです。固いはずのヘルメットは見事に割れ、彼は即死しました。絶命したトム・プライスは仰向け状態でハンドルを握り締めたままアクセルペダルを踏み、硬直状態となったまま暴走しました。

第1コーナー先のキャッチフェンスにぶつかってマシンは大破してようやく停車しました。トム・プライズはコックピットの中で血液と体液が交じり合った状態で絶命していました。

死因はヘルメットの紐による切断

重い消火器を時速270kmの速度で頭部にあてれば、ヘルメットなど意味を持ちません。それだけではなく、ヘルメットの顎紐が首を切断に近い状態まで切り裂いたと見られ、そのために大量の血液と体液がコックピットの中に溢れかえっていたとされています。

この状態での死因を特定するのは難しいことですが、時速270kmで消火器をあてた頭部挫傷と顎紐による首の切断が、直接の死因であることは間違いなさそうです。

事故の動画・映像はYouTubeで閲覧可能

トム・プライスの事故シーンの動画は、現在でも動画サイトに存在します。映像は1977年のものなので、画質は悪いものです。それでもはっきりとヴーレンの撥ねられた瞬間の動画を見ることができます。また、一部の画像では大破して停車した直後のトム・プライスの状態の画像もありました。

ただし非常にショッキングな動画や画像ばかりになるので、閲覧には十分な注意が必要です。このGPで優勝した大御所フェラーリのニキ・ラウダは「後日映像を見た時に直視できなかった」「凄絶の一言だ」とインタビューで語っています。

トム・プライスが事故を避けられなかった理由

自動車事故は毎日起こっていますし、どんなスポーツでも事故は起こります。安全に十分配慮すれば起こらなかった事故もありますし、どんなに注意しても起こってしまう不幸も事実存在します。車を巧みに操ることが出来たトム・プライスは、彼の技術で事故を避けることはできなかったのでしょうか。

衝突場所が死角だった

不幸だったのは、チームメイトのレンツォ・ゾルジがマシンを止めた場所でした。丘を登りきった頂上の少し下がったところに止めてしまったため、後続車からは死角に入っていたのです。見晴らしのよい場所に止めればよかったのでしょうが、マシンから火が出ていたため、一刻も早く車を離れる必要があったのでしょう。

しかも丘になっているだけではなく、ホームストレートであり速度が一番出る場所でもありました。このため、後続車は先頭車がどうなっているのか予測がつくはずも無く、事故は避けられなかったとしか言えません。

マーシャルが突然に横切った

例えば日本の鈴鹿サーキットでF1が行われる時は230人のコース係員が仕事をしています。コース係員は特別のライセンスが必要です。当然、コースを横切る時の対処などは必須知識として学んでいたはずですが、同時に車両火災の場合は迅速な対応が求められているのも事実であり、経験の少なかったコース係員は慌ててたのかもしれません。

トム・プライスの運転技術をもってしても、時速300km近くで走行中の車に対して、横から急に飛び出されたら避けようが無かったということです。

不運にもマーシャルが持っていた消火器が…

コース係員の悲劇と共に、トム・プライスに襲いかかった悲劇はあまりにも不運だったとしか言いようがありません。飛び出したコース係員のジャンセン・ヴァン・ヴーレンが消火器を持っていなかったら、トム・プライスが死ぬことは無かったといわれます。また、消火器の位置があと30cmずれていたら死亡事故にはならなかったともいわれています。

トム・プライスはコース係員を撥ねてしまっただけでなく、その係員の持つ消火器が自らの頭部に直撃するというダブルの悲劇に直面したのです。あまりにもタイミングが悪すぎる不幸な事故でした。

トム・プライス死亡のその後

F1だけにとどまらず、危険が伴うスポーツは、事故が起きるたびに反省と改善が行われます。トム・プライスの死亡事故後、コース係員の事前訓練は厳しいものになりました。

トム・プライスの事故以降、F1サーキットの安全基準は毎年再検査され、より厳しくなっています。人気F1スターの衝撃的な事故死の後、どのような変化が起きたのでしょうか。

死亡事故に対する目撃者の声

トム・プライスの事故の目撃者の1人である名門F1チームのティレルのメカニック、トレヴァー・フォスターは事故の様子を鮮明に覚えています。2010年のインタビュー時も、当時コース係員が跳ね上げられた様子は鮮明に覚えていると語っています。

また、モータースポーツジャーナリストのデヴィッド・トレメインはコース係員のジャンセン・ヴァン・ヴーレンが全て悪いとされている風潮に警鐘を鳴らしています。トレメインとしては、1977年の南アフリカGPはあまりにも不幸で、あまりにも不運であった「悲しい事故である」と言いたいのです。

トム・プライスに対する思い

トム・プライスの故郷であるウエールズのルシンの街中に、トム・プライスの功績を称える記念碑が2007年に建てられました。またウエールズのアングルシー島のアングシー・サーキットのストレートは、トム・プライスの功績を称えてトム・プライス・ストレートと命名されています。

トム・プライスの妻は…

イギリスのケント州ダートフォード出身の元F1ドライバーである故トニー・ブライズは、23歳の若さでこの世を去りました。1976年、彼はフランスでのマシンテストの帰りの小型飛行機事故で犠牲となりました。トニー・ブライズの未亡人とトム・プライスの未亡人は、ロンドン南西部の町であるフルハムでアンティークショップを共同経営しています。

F1レーサーとして期待されたトム・プライスは不運な死を遂げていた

命を懸けたスポーツは数多ありますが、F1はその中でも過酷なものであることは間違いありません。時速300kmを越すとヘルメットのバイザー越しの視界は色が混ざり合って灰色に見えるともいわれます。そのような状況の中、正確な運転を強いられるF1ドライバーの能力は、スポーツという枠を超えたものといえます。

トム・プライスは27歳という若さで事故死しました。人には優しく紳士であり、だからこそ友人が多かったトム・プライスの早すぎる死を悲しんだのは、家族だけではなく、多くのファンやレース仲間たちでした。F1レーサーとしての才能が開花したと思われ、将来が期待されていた矢先のトム・プライスは、不幸な事故死を遂げていたのです。

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