高部知子の今現在!引退の理由はニャン画像?結婚・離婚に夫や子供も調査

女優の高部知子はドラマ『積み木くずし』に出演したほか、欽ちゃんファミリーのわらべとしても活躍しました。そんな高部知子はニャンニャン画像の流出でも知られています。この記事では高部知子の引退後や卒業した大学について、さらに結婚や娘のことなど高部知子の今に迫ります。

高部知子の今現在!引退の理由はニャン画像?結婚・離婚に夫や子供も調査のイメージ

目次

  1. 1高部知子のプロフィール
  2. 2女優・高部知子の現在は?夫や子供は?
  3. 3高部知子はどんな女優だった?
  4. 4高部知子が引退した真相は?
  5. 5高部知子は精神福祉士として活動中

高部知子のプロフィール

・本名:高部知子
・生年月日:1967年8月25日
・現在年齢:51歳
・出身地:東京都文京区
・血液型:B型
・活動内容:精神保健福祉士、認定心理士、大野裕研究所認定・CBTストレスカウンセラー、東京都認定薬物専門講師、浄土宗西山深草派教師など(元女優、タレント)
・所属グループ:悠學塾主宰
・事務所:かつてはボンド企画に所属
・家族構成:娘2人

ボンド企画にスカウトされる

高部知子はボンド企画(1992年に倒産)という、女性アイドルのマネージメントを中心としていたプロダクションにスカウトされました。当時はまだ幼さも残る、あどけなく可愛らしい女の子でした。

NHKの「ガラスのうさぎ」でデビュー

高部知子は1980年に放送されたNHK銀河ドラマ『ガラスのうさぎ』で本格的にデビューし、主人公の敏子を演じます。第二次世界大戦で両親と妹二人を亡くし、「私は絶対に戦争を許さない」と誓う主人公を描いたメッセージ性の強いこのドラマは、その内容の素晴らしさと彼女の演技もあり高部知子を一躍人気者としました。

オーディションで欽ちゃんファミリーに!

1982年には、高部知子は当時人気絶頂のコメディアン・萩本欽一の『欽ちゃんのどこまでやるの!?』(欽どこ)で、萩本家の長女・のぞみ役のオーディションに合格します。これが切っ掛けで、欽ちゃんファミリーの一員になりました。

因みにこの萩本家の子どもは3人娘で、名前はのぞみ・かなえ・たまえと語呂合わせになっています。欽ちゃんのアドリブにも、チャーミングな高部知子スマイルで切り返していました。
 

女優としてドラマに出演

高部知子はNHK銀河ドラマ『ガラスのうさぎ』を皮切りに、1981から1982年に放送されたTBSドラマ『我が子よ』シリーズや、自身の代表作でもある1983年放送の『積み木くずし』に主演します。この作品は一大センセーションを巻き起こす社会現象となりました。

また、主演としての出演作品が多かった高部知子ですが、後述のある出来事を切っ掛けとして主演のドラマの減少どころか『欽どこ』からも降板することとなってしまいます。しかし、その後もしばらくはバイプレーヤーとしてドラマに出演し、女優の活動を続けていました。

女優・高部知子の現在は?夫や子供は?

『ガラスのうさぎ』が放送された当時、高部知子はまだ13歳でした。中学生の頃から芸能界の第一線で活躍を続けた高部知子ですが、現在は芸能界を引退しています。芸能界から離れた高部知子は一体どういった生活を送っているのでしょうか。

慶応義塾大学を卒業

高部知子は2000年に慶應義塾大学の通信課程に入学し、哲学を専攻します。大学では古代ギリシャ哲学や仏教哲学などを学びますが、哲学という学問の奥深さからか高部知子は哲学に対し、煩悶を抱えるようになります。

長女の心臓の疾患もあり専業主婦の道を選んだ高部知子ですが、大学で専攻に対し悩みを抱えることで、大学卒業後また他の道へと歩みを進めることとなります。

国家資格を取得

高部知子は慶應義塾大学卒業後、東京福祉大学の精神保健福祉士養成コースで学び始めます。その理由は、慶応義塾大学で専攻について悩みを抱えている時に精神保健福祉法が制定され、自分の目指す道がわかったという点と、娘さんの先天的な心疾患がきっかけであったと言われています。2007年にコースを修了し、国家資格を取得しました。

今は全国でカウンセリングを実施

今現在、高部知子は関西を中心にカウンセリングや講演を行っています。全国各地の精神・福祉関連施設で、依存症患者や認知症患者に対しカウンセリング等をしています。

今現在の高部知子は、どんなに辛くても高校時代の恩師から賜った「艱難汝を玉にす(かんなん、なんじをたまにす。多くの苦しみや困難を経験することで、立派な人間になれるという意味のことわざ)」という言葉を胸に刻んで日々頑張っているようです。

高校卒業後に幼なじみと結婚

高校を卒業した高部知子は、22歳の時に結婚します。それをきっかけに正式に芸能界を引退することとなりました。夫となる男性は幼なじみでで、夫婦でコンビニエンスストアの経営もしていたようです。しかし、数年後に離婚してしまいました。後に再婚しますが、数年後にまた破局してしまいます。

2人の娘がいる

出典: https://photosku.com/

高部知子には2人の子供がいるようです。子供は2人とも女の子で、上の娘が2018年2月時点で24歳前後、下の娘が22歳前後だそうです。長女には先天性の心疾患があり、それがもとで高部知子は病気への学びを深めるため、大学進学を決意したと言われています。

高部知子はどんな女優だった?

13歳という若さで女優デビューを果たした高部知子ですが、芸能界ではどういった活躍をしてきたのでしょうか。高部知子の芸能人としての経歴をご紹介します。

欽どこのわらべとして歌手デビュー

出典: https://photosku.com/

もともと『欽ちゃんのどこまでやるの!?』で萩本家には、のぞみ・かなえ・たまえという三つ子の女の子の人形がいました。時折、子役が演じることもあった三姉妹ですが、番組のリニューアルにあわせて人形たちも高校生へと成長することになります。

その際にオーディションで選ばれたうちの一人が高部知子でした。また、番組の企画としてこの3人でユニット「わらべ」を結成し、歌手としてもデビューすることとなりました。

わらべのデビュー曲『めだかの兄弟』はアレンジャーに坂本龍一を起用、牧歌的なメロディーながらもどこかポップな曲調と、なによりわらべの3人の愛らしさが受け、88万枚という驚異的なセールスを記録します。わらべのこのシングルは、1983年の年間シングルチャート第3位となりました。

CMにも起用される

高部知子の人気はとどまるところを知らず、CM界にも進出していきます。1982年には共進社の牛乳石鹼シャワラン、1983年にはハウスのシャービックバーとCMキャリアを順調に伸ばしていた矢先、後述のトラブルにより謹慎処分となり、CMも降板してしまいます。

謹慎が解けた1985年には再びチェリオ・セーフガードのCMに起用されました。そういった点から、高部知子の女優やタレントととしての資質には光るものがあったということがわかります。

ラジオ番組も!

『欽ちゃんのどこまでやるの!?』に出演していた人気絶頂の頃、高部知子は文化放送にラジオのレギュラー番組を持っていました。この番組は途中で降板する形になってしまいますが、一番がっかりしていたのはファンではなく、当の本人かもしれません。

ドラマ「積み木くずし」では体当たりの演技

高部知子は1983年に、TBSドラマ『積み木くずし~親と子の200日戦争~』に出演します。『積み木くずし』では、体当たりの演技で不良少女・香緒里を演じました。母親役の小川真由美を「クソババア!」と鬼のような形相で罵倒する姿は、今でも記憶しているという視聴者もことのほか多いのではないでしょうか。

『積み木くずし』は俳優・穂積隆信の同名小説をドラマ化したもので、非行に走った娘と両親との壮絶な確執や更生までの血のにじむような努力の日々を描いています。『積み木くずし』は社会現象を巻き起こし、最終回には視聴率45.3%を記録しました。

これは歴代視聴率のNo.1を記録しており、あの『半沢直樹』ですら『積み木くずし』に勝つことはできませんでした。

高部知子が引退した真相は?

上でも何度か登場した「トラブル」により、高部知子の芸能活動には大きな変化が起こります。「ニャンニャン事件」と呼ばれるこの事件は一体どういったものなのでしょうか。また、ニャンニャン画像が流出したことにより、高部知子にどういった変化があったのでしょう。

順風満帆に見えた高部知子のターニングポイントとなるニャンニャン画像流出の事件や、高部知子の引退についてご紹介します。

衝撃のニャンニャン画像が流出

飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍を続けていた高部知子に、未曾有の災難が襲いかかります。とある男性の手によって、衝撃的な画像が流出してしまいます。これが俗にいう「ニャンニャン画像流出事件」です。

この画像には肩をあらわにした裸体に布団をかけ、咥え煙草で笑顔を見せる高部知子が写っており、この画像が週刊誌「FOCUS」に載るやいなや、日本中は大パニックとなりました。

高部知子は『欽どこ』のわらべとして活動するアイドルであり、新進気鋭の女優でもあります。なにより問題だったのは、当時の高部知子がまだ未成年だったということでしょう。10代アイドルの喫煙画像は大きな問題となりました。

高部知子曰く、「友人とふざけて『積み木くずし』のような写真を撮っていただけだ」ということでしたが、これまで清純なイメージで売っていた彼女にとっては性交渉を彷彿とさせる姿や咥え煙草をしている画像の流出は痛手となりました。この事件をきっかけとして、芸能界の主流からだんだんと外れていくこととなります。

欽どこファミリーやわらべから除名

「ニャンニャン画像」が流出した後、高部知子は『欽どこ』への出演を謹慎していました。もしかすると、謹慎が明けた後には番組に戻る算段がついていたのかもしれません。

しかし、「ニャンニャン画像」を週刊誌に持ち込んだ少年がバッシングに耐えかねて自殺したことや、世間に与えた影響が大きかったことを考え、視聴者から「真面目さを売りにしている欽ちゃんファミリーに復帰させるのはいかがなものか」という声があがりました。

この流れを受け、高部知子は欽ドコファミリーやわらべから除名、萩本欽一から破門を言い渡されてしまいます。正に、高部知子にとっての暗黒時代といえるでしょう。

堀越高校も無期停学に!

出典: https://photosku.com/

高部知子は「ニャンニャン画像流出」の後、通っていた高校も無期限の停学処分になってしまいます。ただし、この処分に関してはその後解けることとなり、高校は無事に卒業しました。この頑張りは、彼女の今現在の姿にも相通じるものがあります。

また、高部知子は「ニャンニャン画像」事件の辛さに何度も自ら命を絶とうとしたようです。この時には、校長先生が人生の支えになってくれていたそうです。

ドラマ「転校少女Y」で主演

『欽どこ』をはじめ、レギュラー出演していたラジオ番組やCMも降板となった高部知子ですが、謹慎が明けて以降も女優として活動を続けます。1984年にはドラマ『転校少女Y』で主演を務めました。

不良少女がバレーボールを始めて更生していくという内容で、バレーの仲間やコーチのしごきにも耐えるスポ根物語でした。また、ストーカー的な要素も含まれる作品でもあったようです。

しかし、やはり前年の「ニャンニャン画像」の流出事件が影響しているのか、はたまた直前まで放送されていたドラマ『不良少女と呼ばれて』のインパクトが強すぎたのか、このドラマの成績はあまり芳しくなかったようです。

事実上の引退に?

波乱万丈な女優人生を歩んだ高部知子ですが、22歳のときに幼なじみの男性と結婚するため、芸能界を引退しています。その後、一時的に女優業に復帰していた時期もありますが、現在は一般の職業についており芸能活動はしていません。2度目の引退宣言はしていませんが、実質引退を2度しているといえるでしょう。

高部知子は精神福祉士として活動中

高部知子は今現在、精神保健福祉士や認定心理士、浄土宗西山深草派教師などの職業を通し、悩める人の心に寄り添っています。高部知子がこうした職業を志したのは、予期せぬトラブルによりどん底まで落ちた自分の人生に絶望し、自ら命を断とうとした中で救ってくれた恩師が影響しているのかもしれません。

また、愛娘に心疾患があったことで、命の大切さに気付いたことも大きな理由といえるのではないでしょうか。今現在、高部知子がこうして一歩一歩着実に積み上げている人生の積み木は、もう二度と崩れることはないでしょう。

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この記事のライター
Kaori Horii

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