内田也哉子の学歴は?本木雅弘との馴れ初めや子供に弔辞の内容とは

内田也哉子といえば内田裕也と樹木希林の娘として知られていますが、彼女の学歴や若い頃のことはあまり知られていません。また、先日亡くなった樹木希林への弔辞はどんな内容だったでしょうか。内田也哉子と夫の本木雅弘との馴れ初めや子供のことなど、画像も交えながら紹介していきます。

内田也哉子の学歴は?本木雅弘との馴れ初めや子供に弔辞の内容とはのイメージ

目次

  1. 1内田也哉子プロフィール
  2. 2内田也哉子の学歴は
  3. 31995年に本木雅弘と結婚!
  4. 4内田也哉子の子供を調査!
  5. 5内田也哉子一家は理想の家族
  6. 6母・樹木希林死去
  7. 7内田也哉子と本木雅弘の子供も才能に溢れていた

内田也哉子プロフィール

・本名:内田也哉子
・生年月日:1976年2月11日
・現在年齢:43歳
・出身地:東京都
・活動内容:歌手、女優、エッセイスト
・所属グループ:SishBoat(音楽ユニット)
・家族構成:(父・歌手)内田裕也、(母・女優)樹木希林、(夫・俳優)本木雅弘、(娘・女優)内田伽羅含め子供3人

樹木希林と内田裕也の間に生まれる

内田也哉子は日本アカデミー賞を始め数々の受賞歴がある名女優、樹木希林と破天荒なロック歌手、内田裕也の子供として生まれました。

内田裕也と樹木希林は馴れ初めから5か月というスピード婚でしたが、内田裕也は大麻取締法違反や交際していた女性への強要未遂での逮捕など、様々な問題行動を起こすことで知られ、樹木希林とは結婚後わずか1年半で別居しました。そのような事情もあり、内田也哉子は幼い時から母娘2人で生活していたそうです。

ドラマで樹木希林の若い頃を演じることも

内田也哉子は女優としても活動しており、数々の映画やテレビドラマへも出演し、樹木希林の若い頃も演じたことがあります。

2007年に公開された映画「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」では、オカン役を演じた樹木希林の若い頃を内田也哉子が演じました。この作品は、日本アカデミー賞の最優秀作品賞を受賞するなど、高い評価を受けましたが、樹木希林が主演女優賞を、内田也哉子も新人俳優賞を受賞しています。

他に出演作は、映画では「東京日和」、「わが母の記」、テレビドラマでは「花へんろ・風の昭和日記」があります。また、内田也哉子は過去に、資生堂の化粧品ブランドであるプラウディアのCMにも出演されていました。

内田也哉子の著書

内田也哉子は、エッセイや絵本や訳書などの執筆活動を行っています。母である樹木希林や、父である内田裕也、内田也哉子自身の子供時代などの若い頃、夫である本木雅弘との馴れ初めや結婚生活などを綴ったエッセイ「ペーパームービー」や、絵本「BROOCH」など様々な著作があります。

また高い語学能力を活かして、「たいせつなこと」(マーガレット・ワイズ・ブラウン著)、「岸部のふたり」(デュドク・ドゥ・ヴィット著)、「恋するひと」(レベッカ・ドートゥルメール著)などの翻訳をしています。

過去のインタビューでは、内田也哉子は小さい頃から様々な本に囲まれて育ったと話しており、そこから文学的な才能が開花したのかもしれません。

内田也哉子の学歴は

内田也哉子は海外の著作を翻訳し、自身のエッセイや絵本も高い評価を得ています。また、亡くなった樹木希林と内田裕也へ向けた弔辞も大変話題となりました。その高い語学能力や独特の感性は、若い頃からどのように育まれてきたのでしょうか。ここからは、内田也哉子の子供時代のことや学歴について紹介していきます。

インターナショナルスクール出身?

内田也哉子の学歴はというと、母である樹木希林の教育方針で、小学校時代はインターナショナルスクールに通っていたようです。一般的にはインターナショナルスクールは、英語面接で英語能力がないと判断されると入学を拒否されるので、小学校入学時には相当の英語能力があったのでしょう。

さらに内田也哉子は、9歳の時に1年間ニューヨークでホームステイをし、高校時代には留学先のスイスのジュネーブで美術の勉強をしています。語学能力に磨きをかけたことはもちろん、子供時代も含め若い頃から日本とは異なる文化に直接触れることは、内田也哉子にとって大きな刺激になったことでしょう。

エッセイの執筆など、多彩な著書がある内田也哉子の独特の感性は、個性的な父母の影響だけでなく、その特殊な学歴や若い頃からの様々な経験を通じて身に付いたものでした。

学費が高い

インターナショナルスクールは日本の学校教育法上の学校ではないため、小中学校の場合には義務教育課程を修了していないとみなされることもあるようです。当然ですが、公立ではないため学費も相当かかるようで、インターナショナルスクールによって違いはありますが、学費だけで年間概ね200万円以上掛かるようです。

日本の公立の小学校の学費は年間6万円程度なので、およそ36倍と桁違いな金額です。ちなみに私立大学の学費が年間平均で120万円程度なので、大学に通わせるよりも高い計算となります。全て日本国内の公立に通う場合に比べ、子供を特殊な学歴に通わせるにはお金が掛かるようです。

1995年に本木雅弘と結婚!

本木雅弘といえば、若い頃からアイドルや俳優としてとても活躍しており、内田裕也と樹木希林の娘である内田也哉子との結婚は、当時は大きな話題となりました。内田也哉子と本木雅弘との馴れ初めはどのようなものだったのでしょうか。ここからは2人の馴れ初めについて紹介していきます。

本木雅弘(もっくん)のプロフィール

・愛称:もっくん
・本名:内田雅弘
・生年月日 :1965年12月21日
・現在年齢:53歳
・出身地:埼玉県
・血液型 :A型
・身長:174cm
・活動内容:俳優
・事務所 :Men's Art

・1981年:TBSドラマ「2年B組仙八先生」でデビュー
・1982年:3人組アイドルグループ「シブがき隊」としてデビュー
      同期に小泉今日子や松本伊代、中森明菜など、花の82年組と呼ばれる
・1988年:シブがき隊を“解隊”
・2008年:主演映画「おくりびと」がアカデミー賞外国語映画賞を受賞
      自身も日本アカデミー賞主演男優賞に輝く
・他に映画「シコふんじゃった」「日本のいちばん長い日」、TVドラマ「坂の上の雲」など若い頃から主演多数

2020年大河ドラマ「麒麟がくる」では斉藤道三役を演じるそうです。ちなみに本木雅弘は、現在ジャニーズ事務所を退所し、個人事務所を設立しています。

二人の馴れ初めは?

2人の馴れ初めはというと、結婚する4年前、内田也哉子が15歳、本木雅弘が25歳の時でした。母である樹木希林に父と食事してくるよう言われたため、内田裕也との食事の席に向かったところ、たまたまそこに父の過去の共演相手である本木雅弘が同席していました。ただその時は歳が離れていることもあり、お互い特別な感情は抱かなかったそうです。

その翌年、本木雅弘が映画賞の授賞式のナレーターの仕事でアメリカへ行った時に、通訳として同行したのが、留学中の内田也哉子でした。内田也哉子と本木雅弘の馴れ初めは、とてもグローバルなものでした。

文通で交流をしていた!

本木雅弘は内田也哉子に対し、「若いのにしぐさとかたたずまいが大人みたいでアンバランスな感じ」という印象を受けたそうです。本木雅弘は若い頃から「ベタベタする女の子や、きゃあきゃあ騒ぐ子は苦手」とよく話していました。

内田也哉子の不思議な魅力に心を奪われた本木雅弘は、彼女へアプローチを開始します。しかし、本木雅弘は人気俳優で仕事の拠点は日本にありましたし、内田也哉子は留学中ということもあり、二人は馴れ初めからしばらくの間文通での交流でした。

本木雅弘のプロポーズの言葉は?

文通での交流を続けていた2人でしたが、内田也哉子が17歳でまだ海外在住の最中に、本木雅弘はプロポーズをしています。内田也哉子は日本に帰国中に母である樹木希林から2人で話をしてくるように促され、西麻布の割烹「川奈」で食事をしている席でプロポーズをされたそうです。

本木雅弘からのプロポーズの言葉は「私には白髪のあなたが想像できるし、そういうあなたが愛おしいと思える気がする。今すぐじゃなくても、いつか結婚という選択肢が現れた時、私もそこに入れてください」と優しさと愛が溢れる素敵な言葉でした。

内田也哉子はプロポーズを受けた理由を後にこう記しています。「スバラシイような、クダラナイようなところをもっとのぞいてみたかった。二人といない彼と私のそんなところを」。2人は馴れ初めから4年後の1995年、内田也哉子19歳の時に結婚しました。

内田也哉子の子供を調査!

父である内田裕也と、母である樹木希林の子供として生まれた内田也哉子は、自身も若い頃に俳優の本木雅弘と結婚しました。そんな芸能人一家の2人の間に生まれた子供たちは、どのような活動をしているのでしょうか。ここからは内田也哉子と本木雅弘の子供たちの学歴や活動について紹介していきます。

子供は3人

内田也哉子と本木雅弘は結婚後に3人の子供に恵まれています。2人の馴れ初めから6年後、結婚をして2年後の1997年には長男の雅楽(うた)が誕生し、その2年後の1999年には長女の伽羅(きゃら)、さらに11年後の2010年には次男の玄兎(げんと)が誕生しています。3人ともいわゆるキラキラネームですが、とてもインパクトのある素敵な名前です。

長男・雅楽(うた)

結婚して2年後の1997年10月1日に生まれた長男の雅楽(うた)は、現在UTAとしてモデル活動も行っています。モデルとして活動している画像を見ると、若い頃の内田也哉子の面影を強く感じさせると話題となりました。また本木雅弘とのツーショット画像も新聞広告に掲載され、こちらも大きな話題となりました。

身長は195cmと長身で大学ではバスケットボールの選手としても活躍しています。バスケットボールは小学生時代から始め、2017年にはアジアバスケットボール選手権の日本代表としても選出されています。

学歴は、5歳からインターナショナルスクールへ通い、12歳の時から海外へ留学しています。高校はル・ロゼイ学院、スカウトされアメリカへ留学し、2016年にカリフォルニア州のドミニカン大学へ入学しました。ドミニカン大学はバスケットボールの名門として知られていて、日本のBリーグで活躍している田渡凌選手もこの大学の出身とすごい学歴です。

今後、長男雅楽もプロバスケ選手になれば本木雅弘の子供として話題性充分であり、スーパースター候補として将来が楽しみです。

長女・伽羅(きゃら)

1999年9月16日生まれの長女伽羅(きゃら)は女優として活動しています。女優としてのデビューは2010年映画「FURUSATOー宇宙から見た世界遺産ー」でした。翌年の2011年には是枝裕和監督の映画「奇跡」で高崎映画祭最優秀新人女優賞を受賞するなど、早くも祖母樹木希林から受け継いだ女優の才能を見せています。

学歴はというと、母や兄と同じくインターナショナルスクールへ通った後、小学校を卒業した2011年にイギリスへ留学しており、現在はロンドン郊外の女子校で寮生活を送っています。母である内田也哉子や兄である雅楽に負けないグローバルな学歴です。

女優活動は日本と留学先のイギリスを往復しながら継続しており、2015年には映画「あん」にて祖母にあたる樹木希林と共演した画像は当時大変話題となりました。また女性誌にて母とのツーショット画像も掲載されています。

次男・玄兎(げんと)

次男である玄兎(げんと)くんは2010年に生まれました。長男の雅楽(うた)とは13歳差、長女の伽羅(きゃら)とは11歳離れています。玄兎(げんと)という名前の由来は、玄(くろ)く深く宇宙に光を放つ月の情景だそうです。

樹木希林と娘が共演?

内田也哉子は女優として母である樹木希林と共演しましたが、実は娘の伽羅(きゃら)も樹木希林と共演をしています。先ほど紹介した伽羅のデビュー作の映画「FURUSATOー宇宙から見た世界遺産ー」と、2015年に出演した映画『あん』で、それぞれ祖母である樹木希林と共演をしています。

また、是枝監督の映画「奇跡」と映画「あん」は、樹木希林からオーディションを受けることを薦められたことが出演のきっかけだったそうです。

内田也哉子一家は理想の家族

本木雅弘は結婚した時、内田家へ婿養子に入っています。2人の子供が生まれた後、本木雅弘は都内に二世帯住宅を新築し,若い頃から樹木希林と同居生活をしています。樹木希林と同居後は、1階部分に樹木希林が、2~3階部分に本木雅弘・内田也哉子夫婦と子供が住んでいました。

年寄りと暮らすことは、子供に良い影響を与えるといわれます。内田也哉子の子供たちは小学校卒業と同時に海外で生活し、本木雅弘は人気俳優として、内田也哉子もエッセイストとして活躍するなど、それぞれ自立している理想的な家族と言えるでしょう。

樹木希林も本木雅弘に対して絶大な信頼

本木雅弘が結婚した際に婿養子に入ることは、樹木希林の希望によるものだったといいます。樹木希林は本木雅弘に絶大な信頼を寄せていて、「私だけじゃなく夫(内田裕也)の面倒も見てくれてるし、頭が上がらないです」と話していました。癌との闘病中も樹木希林は「うちには、おくりびとがいるので安心して去れます」と冗談まじりに話していました。

母・樹木希林死去

樹木希林は2013年に全身がんであることを告白しています。それから5年の間、女優として映画やドラマ、CMなどに出演しながら闘病生活を送っていましたが、2018年9月15日に家族に看取られながら自宅で亡くなりました。享年は75歳でした。葬儀は大名家の墓所もある名刹南麻布の光林寺にて執り行われ、内田也哉子が弔辞を行っています。

母である樹木希林が亡くなって約半年後に、父である内田裕也も肺炎で亡くなっています。

内田也哉子が弔辞を捧げる

母である樹木希林の葬儀では、喪主は父の内田裕也が務めましたが、父である内田裕也の体調を考えて弔辞は内田也哉子が行っています。弔辞では、奇妙な関係に見える父と母との間の愛情や、夫である本木雅弘と樹木希林、内田裕也とのやりとりについて触れつつ、樹木希林の言葉を引用し以下の言葉で弔辞を締めくくっています。

「怖気づいている私はいつか言われた母の言葉を必死で記憶から手繰り寄せます。『おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きればいい』まだたくさんすべきことがありますが、ひとまず焦らず家族それぞれの日々を大切に歩めたらと願っております」。樹木希林への弔辞は、幼い頃から母娘2人で暮らしてきた母に対する優しさが感じられるものでした。

また、樹木希林の死去から半年後に亡くなった内田裕也の葬儀でも、弔辞は内田也哉子が行っています。ロックンローラー、内田裕也への弔辞では、最後に英語で「Fuckin' Yuya Uchida don't rest in peace just Rock'n Roll!(安らかに眠るな。ロックンロールのように眠れ!)」と締めくくっています。

内田裕也への弔辞は、父への愛情と内田也哉子の温かい人柄が感じられるものと、当時世間で評判となりました。

内田也哉子と本木雅弘の子供も才能に溢れていた

樹木希林と内田裕也の娘である内田也哉子は、自身もエッセイストや女優として活躍しています。人気俳優の本木雅弘との間に生まれた子供たちも、それぞれの分野で活躍しています。モデルやバスケットボール選手として活躍する長男・雅楽や、映画で新人賞を受賞した長女・伽羅など、才能に溢れており、これからの活躍が期待されています。

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この記事のライター
ちゃてん

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