福原愛の父・福原武彦が起こした事件とは?離婚・絶縁のきっかけに?

天才卓球少女として日本国民から愛された福原愛ですが、彼女が既に死亡した父・福原武彦と、ある事件がきっかけで絶縁状態だったことはご存知でしょうか。福原愛の父が起こした事件の詳細、福原愛の母・福原千代との離婚の理由、福原愛と福原武彦の絶縁の理由などを紹介します。

 福原愛の父・福原武彦が起こした事件とは?離婚・絶縁のきっかけに?のイメージ

目次

  1. 1福原愛とは
  2. 2福原愛の父・福原武彦が起こした事件とは
  3. 3父と母は事件後離婚!福原愛との確執の理由は?
  4. 4福原愛と父・福原武彦は絶縁状態だった?
  5. 5父・福原武彦はすでに死亡している?福原愛のその後
  6. 6福原愛の両親の離婚と絶縁は父の事件が原因だった

福原愛とは

福原愛は、天才卓球少女として人気を博した、日本を代表する卓球選手でした。幼少期からメディアに取り上げられ、成長を見てきた日本国民にとってはただの卓球選手以上の存在として、現在でも愛され続けています。ここでは、そんな福原愛について詳しく見ていきます。

プロフィール

愛称:愛ちゃん、天才卓球少女、小愛など
生年月日:1988年11月1日
現在年齢:30歳
出身地:宮城県仙台市
血液型:B型
身長:155センチ
事務所:全日本空輸
活動内容:Tリーグ理事
家族構成:夫・江宏傑、子

福原愛の経歴

福原愛は3歳頃から卓球を始めました。4歳の時に泣きながら卓球の特訓をする姿がテレビで放送されて話題となり、福原愛は世間から「泣き虫愛ちゃん」として知られるようになります。福原愛は9歳の時にプロ宣言し、ミキハウスと契約しました。

そのまま着々と卓球の道を進んでいった福原愛は、スポーツに力を入れている青森山田中学校へ行き、そのまま青森山田高等学校に進学しました。その後福原愛は、アテネ五輪に史上最年少の15歳で出場することになります。アテネ五輪後、中国超級リーグに参加し、中国で腕を磨きました。

中国と日本を行き来しながら実力をつけた福原愛は、早稲田大学のスポーツ科学部に進学しました。その後福原愛は北京五輪に出場、ロンドン五輪では卓球女子団体で銀メダルをを獲得しています。リオデジャネイロ五輪では卓球女子団体で銅メダルを獲得しました。

福原愛の母・福原千代は元卓球選手?

泣きべそをかきながら練習する福原愛を指導していたのは、母親の福原千代でした。福原千代は元卓球選手です。そのため福原愛の卓球練習はかなりスパルタでハードなものでした。福原愛は幼い頃から毎日何時間も卓球の練習に明け暮れていたようです。

福原千代は、当初は福原愛に卓球をさせるつもりはなかったそうです。しかし福原愛の兄が卓球を始め、それを見た福原愛も卓球に興味を持ったことから、卓球の英才教育が始まりました。福原千代は、福原愛の卓球の特訓について反省していることがあるそうです。それはもっと睡眠を取らせてあげればよかったということでした。

毎日夜10時頃まで練習をさせていたせいで、子供に十分な睡眠を取らせてあげられなかったと後悔しているようです。特訓は厳しいものでしたが、福原愛は母親に感謝し尊敬しているようで、母・福原千代のことを「真面目な人」だと語っています。

福原愛の父・福原武彦が起こした事件とは

福原愛自身と、福原愛の母親については少しわかったかと思います。では福原愛の父親はどんな人物だったのでしょうか。福原愛の父親には、あまりよろしくない噂があります。その噂も含め、福原愛の父親の実像に迫っていきます。

福原武彦とはどんな人?

福原愛の父親の名前は、福原武彦と言います。福原武彦は建設業を営んでおり、娘である福原愛のために、卓球ができる最高の環境を惜しみなく与えました。専用の卓球場を所有し、コーチには卓球が盛んな中国からコーチを招き、より良い活動拠点を求めて仙台から大阪や青森などに拠点を移したりしたそうです。

福原愛の卓球選手としての成長のために、並々ならぬお金と時間をつぎ込んできたことがわかります。性格はとても厳しく、卓球に関しての口出しもかなりあったようです。福原愛が試合に負けると、それまでの練習方法を一変させてしまうこともありました。

それだけ娘の卓球に関心が深かったということでしょう。しかし福原武彦は卓球のプロではありませんでしたので、練習に口を出されると、周囲は落ち着かなくて大変だったようです。福原武彦のこの行動が、後に福原愛にある大きな決断をさせることになります。

事件①福原愛の稼いだお金を遣い込む?

福原武彦は建設業を営んでいましたが、経営は上手くいっていませんでした。幼い頃からバラエティ番組などに引っ張りだこだった福原愛のギャラは、父親の会社の経営不振による借金の返済に消えていたと噂されています。

福原愛がどれだけ稼いでも借金はなくならず、むしろ増える一方でした。福原武彦は借金を返すどころか、会社の金を使い込んでいたという噂もあります。金を使う理由は、福原愛の卓球のためでもあったようですが、それにしても後先を考えない使い方に、福原家はかなり苦労していたようです。

福原武彦は自身の思い通りにお金を使うため、福原愛のマネジメントを自身で行っていました。スポンサー契約や所属契約の判断は、ほとんど福原武彦が独断で行っていたようです。明るい笑顔の裏で、福原愛は幼少期から大変な重圧を背負っていたことがわかります。

事件②「汚職事件」の噂も…

福原武彦の名でネット検索をかけると、「汚職事件」というキーワードが引っかかります。しかし福原武彦が汚職事件に関わり、それによって逮捕されたという事実はありません。福原愛の稼ぎを利用したという噂から世間に悪いイメージを持たれるようになり、結果ガセネタがネットに出回ることとなったのです。

ガセネタが出回ることはよくありませんが、福原武彦のこれまでを振り返ると、そういうイメージを持たれることは仕方のないことかもしれません。しかし、そういう父親を持っていると見られてしまう福原愛には気の毒です。事実ではないにしろ、自分の父親にそういう噂が立つことはかなりのストレスだったでしょう。

事件③傷害事件で逮捕?

福原武彦の名でネット検索をかけると、傷害事件で逮捕されたという情報も出てきます。しかしこちらも、福原武彦が傷害事件で逮捕されたという事実はありません。どうやら、フィギュアスケートの浅田真央の父親が傷害事件で逮捕された際、浅田真央の父親と福原愛の父親が混同されてしまい、勘違いした人が多くいたようです。

そのせいで様々な脚色がされたよくない噂が流れてしまいました。こちらもイメージのせいでいらぬ罪を被せられてしまった、というパターンです。浅田真央と福原愛の雰囲気や立場がなんとなく似ていたことも、原因の一つかもしれません。

父と母は事件後離婚!福原愛との確執の理由は?

福原愛の両親である福原武彦と福原千代は、離婚してしまいました。ここでは福原武彦と福原千代の離婚理由、また娘である福原愛との確執の原因について見ていきます。一体どのような理由があったのでしょうか。

会社が倒産し1億5千万円の借金を抱える

福原武彦が経営する会社が上手くいかず、彼が福原愛のプロ契約料やテレビ出演料をあてにしていたことは、先に記した通りです。そのような状況にも関わらず、子供の卓球の練習のためにそのお金をつぎ込んでいたことも紹介しました。福原家はかなり苦しい状態の中、子供たちの卓球に力を入れていたことがわかります。

そんな福原家に、さらなる苦難が降りかかることになりました。福原武彦の経営する会社がついに倒産してしまったのです。倒産の結果、福原武彦は1億5千万円という多額の借金を抱えることになりました。

福原愛がCMやテレビ番組出演のギャラなどで家族を支えてきましたが、1億5千万円はさすがにどうしようもない規模の借金です。福原愛を含め、家族は全員頭を抱えたことでしょう。父と娘の間に確執が生まれるには十分過ぎる理由です。

離婚の主な原因は?

福原武彦と福原千代は2004年、福原愛が15歳の時に離婚しました。離婚の主な原因は、やはり倒産で抱えた1億5千万円にありました。福原武彦は以前から会社経営のお金、借金返済のお金を福原愛の稼ぎから賄っていると言われていました。

倒産による借金1億5千万円も、福原愛に関係してきます。万が一債権が第三者に譲渡されたら、福原愛の稼いだ金が差し押さえられる可能性があったからです。結果として、福原武彦と福原千代が離婚し、負債を福原武彦一人が背負って自己破産とすることで借金は帳消しになりました。

福原愛の稼ぎが差し押さえられることは、とりあえず回避できたのです。離婚の理由は、借金をなくし福原愛に負担がかからないようにするためでした。差し押さえは回避できましたが、この事件は福原家の関係にひびを入れてしまいました。取り返しのつかない、大きなひびです。

福原愛と父・福原武彦は絶縁状態だった?

福原愛と福原愛の父・福原武彦は絶縁状態であったと言われています。福原愛と福原武彦が絶縁状態になった理由を見てみましょう。福原愛にとって、福原武彦はどんな父親だったのでしょうか。

2008年以降福原愛と父・福原武彦は絶縁状態に!

福原愛は、2008年まで父・福原武彦のマネージメントの元活動をしていました。離婚したのが2004年のことだったので、離婚後もしばらくは家族として繋がりがあったのだとわかります。そもそも離婚そのものが、借金のせいで福原愛の稼ぎを差し押さえられないようにするための偽装離婚であったという噂もありました。

しかし2008年、北京五輪でメダルを逃し、その後の成績も振るわなかったことをきっかけに、福原愛はある決断をします。それが父・福原武彦との決別でした。オリンピックでメダルを獲得するために、福原武彦に振り回される人生から脱却することを選んだのです。

福原愛はようやく、長い間続いた父親の支配から脱することになります。父親から離れたあと、福原愛の調子は上がりました。福原愛の判断は間違っていなかったのでしょう。福原武彦は離れた場所で、娘の活躍を見守ることになりました。

絶縁状態になった理由は?

福原武彦が福原愛の卓球人生のために力を注いだことは事実でしょう。しかし福原愛からすれば、稼いだお金は父の浪費や会社のために消え、卓球の練習では素人の父に口を出され練習方法をころころ変えられるなど、苦労が絶えませんでした。これ以上父親に振り回されることは、今後のためによくないと判断したのでしょう。

結果、福原愛の10歳年上の兄である福原秀行の口から、直接福原武彦に対し、「愛には関わらないでほしい」と告げられたそうです。福原武彦は福原愛の前から姿を消しました。以降、福原愛のマネジメントは母・福原千代と兄・福原秀行が担当しています。

二人が福原愛のマネジメントを行うために立ち上げた個人事務所の名は「千秀企画」と言いますが、この事務所名は福原千代と福原秀行の名前から取られました。父親の福原武彦の名が入っていないところに、父親との決別に対する強い意思が感じられます。

父・福原武彦はすでに死亡している?福原愛のその後

福原愛とその父・福原武彦の絶縁理由がわかったところで、続いては絶縁のその後に注目してみたいと思います。絶縁後、父と娘はどうなったのでしょうか。和解はしたのでしょうか。詳しく見ていきましょう。

父とは絶縁状態のまま

福原愛の父・福原武彦は、2013年に死亡しています。死亡の原因はがんです。その時、福原愛は24歳でした。福原武彦は一人病院で闘病生活を送っていたそうです。福原武彦が亡くなった時、福原愛は卓球の大会期間中で、父親の最期を看取ることはありませんでした。

大会期間中でなかったとしても、看取ることはなかったでしょう。福原愛は2008年の終わり頃から、一度も福原武彦に会っていなかったのです。電話やメールのやり取りすら、一切していなかったそうです。福原武彦は福原愛と絶縁状態のまま、息を引き取ったのでした。

福原愛は父・福原武彦の葬儀には出席せず、FAXでコメントだけ出しています。福原武彦は娘のために卓球ができる環境を整えようとしてきました。しかし結果として、福原愛は父親によって長年苦労することになり、両者の間の溝は埋まることなく終わってしまったようです。

現在福原愛は結婚している

日本国民から娘や妹のように見守られ愛されていた福原愛も、今や立派な大人の女性となり、母親となりました。福原愛は2016年に台湾人の卓球選手・江宏傑と結婚します。「泣き虫愛ちゃん」がお嫁に行ってしまうような大人の女性になったことに、衝撃を受けた日本人は多かったことでしょう。

福原愛と江宏傑の結婚会見は、世間に驚きと祝福をもって受け止められました。そして2019年現在、福原愛と江宏傑は二人の子供に恵まれ、幸せに暮らしているようです。第一子は女の子、第二子は男の子です。幼い頃から苦労してきた福原愛の幸せ一杯の姿に安堵している日本人ファンは多いようです。

福原愛の両親の離婚と絶縁は父の事件が原因だった

福原愛の両親、福原武彦と福原千代の離婚、そして福原愛が父と絶縁した理由は、福原武彦の多額の借金が原因でした。卓球の練習方法への口出しなど、他にも様々な要素が重なった結果、福原愛は相当な覚悟を持って父親との決別を決意したようです。

模範的な父親とは言えませんが、福原武彦が福原愛の卓球に協力的でなければ、福原愛は卓球をしておらず「みんなの愛ちゃん」は存在していなかったかもしれません。それを考えると複雑な気持ちになる人が多いでしょう。現在、福原愛がいい旦那様を見つけ、素晴らしい家庭を築けていることがせめてもの救いです。

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