井川意高の経歴と現在!カジノで逮捕や芸能人との関係とは【大王製紙事件】

大王製紙元会長の井川意高は大王製紙事件で実刑判決を受けて服役し、獄中から出版した著書『熔ける』で、事件とギャンブル、芸能人との関係について語ったことで大きな注目を集めました。経歴や妻と娘などの家族、堀江貴文と共著した本など、井川意高について見ていきましょう。

井川意高の経歴と現在!カジノで逮捕や芸能人との関係とは【大王製紙事件】のイメージ

目次

  1. 1井川意高とは
  2. 2井川意高の経歴
  3. 3井川意高が起こした大王製紙事件について
  4. 4井川意高と交流がある芸能人
  5. 5井川意高の現在!
  6. 6井川意高は今も何不自由なく過ごしている!

井川意高とは

大王製紙事件で世間を騒がせた、大王製紙元会長の井川意高について紹介します。生い立ちや妻や娘など家族に関しても含めて、井川意高のプロフィールを確認してみましょう。

井川意高のプロフィール

・本名:井川意高(いがわ もとたか)
・生年月日:1964年7月28日
・現在年齢:54歳
・出身地:愛媛県
・出身大学:東京大学
・活動内容:実業家

大王製紙の元会長

井川意高は、ティシューや紙おむつの製造を行っている大王製紙の元会長です。エリエールの大王製紙と言えば知らない人はいない有名企業です。井川意高が大王製紙事件で逮捕されて会長を辞任するまで、大王製紙は創業者である井川伊勢吉の一族によって経営が行われていました。

創業者の孫として創業家の出身地である愛媛県で幼少期を過ごし、井川意高は中学時代以降を東京で過ごしています。出身大学は東京大学で、法学部を卒業しました。東京大学にもストレートで入学しており、大変な秀才だったと言われています。

創業者一族の一員として大王製紙の中でスピード出世を果たし会長の座まで上り詰めますが、大王製紙事件をきっかけに辞職することとなりました。現在では、大王製紙の別の役職に就くなどして経営に関わってはおらず、経歴としては元会長となっています。

一般人の井川陽子と結婚

井川意高の妻は一般人の井川陽子でしたが、2005年頃に離婚しています。元妻との出会いは大学時代で、ヨット愛好会がきっかけだったそうです。2000年頃から元妻の井川陽子とは家庭内別居状態だったと言われていますが、不仲でいがみ合っているような状態だったわけではなかったと見られます。

離婚後も娘たちのことを考えて別居することなく、元の家で井川意高と元妻は一緒に暮らし続け、さらには大王製紙事件後も元妻は井川意高の自宅に住んでいたといいます。現在も元妻や娘たちとの関係性は良好で、井川意高が住む家に元妻が訪れたり元妻と娘たちも一緒に旅行に行ったりすることもあるとのことです。

井川意高の経歴

大王製紙の創業者一族に生まれ、東京大学を卒業した井川意高はどのようにして大王製紙の会長になったのか、大学卒業後の経歴について紹介します。また、出世を果たし会長にまでなった井川意高が、大王製紙事件のような大事件を起こして実刑判決を受けるまでになってしまった流れを見ていきましょう。

大王製紙事件で実刑判決を受けた後に出版された懺悔本『熔ける』では、事件に関する内容が詳細に語られていたといいます。ここでは、井川意高の著書『熔ける』についても紹介します。

1988年4月に大王製紙に入社

東京大学を卒業してすぐの1988年4月に井川意高は大王製紙に入社しました。大王製紙の創業者の孫であり、社長を務めた創業家2代目の井川高雄の長男として生まれた井川意高は、当時は一族経営を基本としていた大王製紙において特別な存在でした。入社してから短期間で昇進を繰り返し、常務や専務といった役職を歴任していきます。

1998年6月に代表取締役副社長に昇進

1998年6月に井川意高は代表取締役副社長に就任しました。1988年に大王製紙に入社してからたった10年で副社長まで昇進をしています。

後ほども紹介しますが、井川意高がビジネスにおいて才覚のある人物であることは明らかです。しかし、それを差し引いても、外部から見れば大変なスピード出世だったと言えるでしょう。後に本人や周囲の人々から語られていますが、当時の大王製紙において創業者一族の権限は大変大きいものだったそうです。

2006年4月に名古屋パルプの社長を1年間勤める

井川意高の経歴を見ると、出向して大王製紙から出ていた時期もありました。井川意高は1992年に27歳の若さにして、名古屋パルプへ社長として出向しています。その際には、赤字で苦しんでいた名古屋パルプを見事に立て直す活躍を見せており、20代の頃からビジネスの才能は周囲も認めるところとなりました。

井川意高は若い頃からギャンブルが好きだったと知られていますが、名古屋パルプの社長時代は大好きなギャンブルをすることもなく、会社の立て直しに尽力したそうです。その後、大王製紙に戻り専務などを務めた後、2006年には再度名古屋パルプの社長に就任しました。

2007年に大王製紙の第6代目・社長に就任

2006年から名古屋パルプの社長として働いた後、井川意高は大王製紙に戻り、2007年に大王製紙の第6代目社長に就任します。創業家の長男として生まれたことも社長就任の要員の一つではありましたが、業績の向上に多大な貢献をしたことも大きく評価されての社長就任だったと言われています。

大王製紙事件発覚の直前である2011年に社長を退いて会長になっており、2011年の事件発覚時には会長職に就いていました。

2011年にカジノのギャンブルで106億円の借金を作る

入社以来スピード出世を遂げて専務や常務、社長と輝かしい経歴を積み重ねてきた井川意高ですが、ギャンブルに身を投じて106億円もの借金を作ってしまいます。当時はシンガポールやマカオのカジノでギャンブルをし、1度の賭けで数百万円や数千万円を使うことも度々あったといいます。

シンガポールやマカオのカジノには各国の富豪が集まりギャンブルを行うので、一般人がギャンブルをするのとは桁違いの金額が飛び交っているとのことです。井川意高は当時、ギャンブルに負けて億単位の金を借りたり、また逆に億単位で一気に返済したりを繰り返していたといいます。

2011年11月に会社法違反で逮捕

当時大王製紙の会長となっていた井川意高は、不正に大王製紙の子会社から多額の金を引き出したことにより、2011年11月に会社法違反で逮捕されます。まさにエリートと言える経歴を持つ井川意高の逮捕は、メディアでも大きく取り上げられて世間で話題となりました。大王製紙事件については、後ほどさらに詳しく紹介します。

2013年に懺悔本『熔ける』を出版

2011年に逮捕され2012年には有罪判決を受けた井川意高でしたが、2013年に著書『熔ける』を出版しています。井川意高の著書の中では、大王製紙創業者一族のことを含めた本人の経歴や、大王製紙事件について本人の視点で記されています。

大王製紙事件後に発表されたということもあり、『熔ける』という作品は井川意高の懺悔本であるという見方もされています。しかし、著書の中で井川意高は自身の経営手腕の高さや業績アップに貢献してきた経歴についても触れており、ギャンブルについてもあまり反省している様子が見られないということも指摘されています。

井川意高は著書の中で、大王製紙で働いていた当時の豪遊生活や芸能人との関係についても触れています。その点でも、この著書は話題作として扱われました。さらに『熔ける』を出版した4年後、堀江貴文との共著で『東大から刑務所へ』という本も出版しています。

井川意高が起こした大王製紙事件について

大王製紙元会長の井川意高が起こした大王製紙事件について詳しく調べてみましょう。事件の内容や逮捕から判決までの流れ、また判決内容と服役について紹介していきます。

多額の借金を不正に子会社から借入

大王製紙の元会長である井川意高は、社長時代に海外のカジノでギャンブルをすることにのめりこみ、多額の借金を抱えることになりました。その借金返済とさらにギャンブルに金をつぎ込むため、大王製紙の子会社から不正に借り入れを行っていることが発覚し、2011年9月に事件が明るみに出ます。

若い頃から井川意高の豪遊ぶりは有名で、ギャンブルだけではなく女優やタレントなど芸能人との交際費にも多額の金がつぎ込まれたと見られています。

巨額の特別背任事件で逮捕

2011年9月に事件が発覚してから会社側は元会長の井川を刑事告発し、井川意高は特別背任の罪で容疑で逮捕、起訴されました。大王製紙事件については大きく報道され、会社として正しく手続きもせずに元会長である井川意高が金を引き出していたということが知れ渡りました。

当時は経営者一族が強い権力を持ち過ぎたために、大王製紙事件のようなギャンブルへの多額の使い込みが起こったという見方もされ、経営方法への批判も上がりました。事件の影響で井川意高を含めた一族は、大王製紙内での経営権を失い、現在では創業者と同族ではない人物が社長に就任しています。

懲役4年の判決を下される

井川意高は、2012年に懲役4年の実刑判決を受け、その後判決内容を不服として控訴、上告しますがいずれも棄却され、2013年6月の判決で実刑が確定しました。執行猶予期間もなかったため、井川意高はその後、喜連川社会復帰促進センターで服役生活を送ることなりました。

この頃に獄中で書いたものが、前述した著書『熔ける』です。2016年12月に仮釈放され2017年6月には問題を起こすこともなく刑期を終えて、現在では社会復帰を果たしています。

井川意高と交流がある芸能人

大王製紙元会長の井川意高は、2013年に出版した著書『熔ける』の中で、複数の芸能人と交友関係があったことを語っています。井川意高元会長は、大王製紙の御曹司として生まれ、帝王学を学ぶために若くから社交界へ身を置いてきたために、多くの芸能人や著名人と交友関係があったといいます。

多額の金銭を使って夜の街で遊んでいたことでも知られる井川意高元会長ですが、どんな芸能人と繋がりがあったのでしょうか。著書『熔ける』の中で紹介された女優やタレント、現在でも繋がりが深いとされている堀江貴文との関係について紹介します。

芸能人①堀江貴文

堀江貴文は井川意高と現在でも交流のある人物の一人です。堀江貴文と井川意高は共著で2017年に本を出版しており、同年にはネット配信番組でも共演していて、良好な関係性にあることがわかっています。堀江貴文も井川意高と同様に東京大学出身で、若くして経営手腕が世間に認められ実業家として成功しており、共通点の多い二人だと言えます。

経営者としての経歴に加え、堀江貴文もまた逮捕されて服役した経験があるという点についても、大きな共通点だと言えるでしょう。堀江貴文が井川意高の別荘に遊びに行ったり、堀江貴文が開く飲み会に井川意高が参加したりと、頻繁に会って話をする間柄だといいます。

芸能人②ほしのあき

多くの女優やタレントと交流があった井川意高ですが、最も関係が深かったと言われているのが、グラビアアイドルとして活躍していたほしのあきです。井川意高とほしのあきは、ブレイクする前から付き合いがあり、頻繁に食事に行ったり井川意高がほしのあきにプレゼントを贈ったりするような仲でした。

芸能人③市川海老蔵

市川海老蔵と知人の紹介で知り合ったことについても、井川意高は著書『熔ける』の中で触れています。井川意高の知人に連れられて現れた市川海老蔵が、初対面の井川意高に対して、一般的には失礼だとしか考えられないような言動をとったことが暴露されています。

市川海老蔵が当時酒に酔っていたことと、多様な価値観を認めるべきであるということを著書の中で井川意高は言及しており、市川海老蔵を責めるような発言はありません。しかし、市川海老蔵の当時の態度に関する記載は、礼儀正しい歌舞伎役者というイメージを崩しかねないものと言えます。

芸能人④宮沢りえ

宮沢りえともバーで会って話したことがあると、井川意高は著書の中で語っています。当時非常に若かった宮沢りえが、井川意高が挨拶をしたにもかかわらず、冷たくあしらったということが書かれています。

井川意高の現在!

2013年に実刑判決を言い渡されて服役し、現在はすでに刑期を終了している井川意高ですが、現在はどのように生活をしているのでしょうか。現在の仕事や妻や娘などの家族との関係について紹介します。

また、多額の借金を作って子会社からの不正借り入れを行ったことで逮捕された井川意高ですが、現在もギャンブルを続けているのでしょうか。

小さい会社を経営している

井川意高は、現在でも会社を経営して実業家として仕事をしています。大王製紙ほどの大企業ではありませんが、生活するのに困ることは全くない程度の資産を現在でも保有しているといいます。

妻と娘と広尾の豪邸に住んでいる

大王製紙事件後に会社の経営権を失い、借金返済のために大量の株を売却することになりましたが、現在でも資産は底をつくことがなく、井川意高は豪邸暮らしを続けています。

井川意高が逮捕された後も、妻や娘、息子などの家族との関係性はあまり変化がなかったと、井川意高本人の口から語られたことがあります。離婚後も妻と同居を続け、井川意高の保釈後には元妻と別居するようになったといいますが、現在でも元妻が井川意高の家を訪ねることがあるとのことです。

井川意高には2人の娘と1人の息子がいますが、娘たちと息子はすでに高校を卒業し社会人や大学生となっており、娘の一人は結婚しています。大王製紙事件で娘や息子には迷惑をかけたはずですが、現在でも子供たちとの関係は良好です。

現在もギャンブラー

現在も井川意高はギャンブルをやめるつもりはなく、刑期を終えた後にはカジノに出向いたこともあるという情報もあります。堀江貴文と共演した番組では、以前から好きだったという麻雀も行っており、賭けに勝利した井川意高は番組の企画で500万円を手にしています。

井川意高は今も何不自由なく過ごしている!

周囲がうらやむような経歴を持ちビジネスの才能にあふれた井川意高と、彼が起こした大王製紙事件、さらには堀江貴文など著名人との関係について紹介してきました。現在でも潤沢な資産を使って不自由なく豪邸で暮らしているという井川意高に対して、批判の意見もあります。

しかし、井川意高が会社経営において類まれなる実力を持っていることは事実であり、著書『熔ける』の巻末では印税を全額寄付するとの記載もあります。一度は不正を働き逮捕された井川意高ですが、刑期を終えた今、再び実業家としての活躍が期待されます。

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この記事のライター
Mariko N.

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