紀比呂子の今現在!小料理屋はくの店の場所は?結婚した旦那や父母も調査

『アテンションプリーズ』で有名な紀比呂子が最近『行列のできる法律相談所』に出演したことで話題です。現在は小料理屋はくの店を経営しているとの噂ですが、場所はどこでしょうか。結婚をし旦那が経営するホテルを手伝っている噂もある紀比呂子の今現在を画像と共に紹介します。

紀比呂子の今現在!小料理屋はくの店の場所は?結婚した旦那や父母も調査のイメージ

目次

  1. 1紀比呂子とは
  2. 2紀比呂子の結婚した旦那や家族について
  3. 3紀比呂子が経営している小料理屋はくについて
  4. 4紀比呂子の現在【画像】
  5. 5紀比呂子は現在小料理屋の女将として奮闘している

紀比呂子とは

1970年代に活躍した女優・紀比呂子は、母親が女優の三條美紀だった事でも有名です。爽やかな役柄が多い清純派女優として人気を誇りましたが、’82年の結婚を機に女優を引退したようで世間の話題から消えてしまったと言われています。

しかしここ最近では、『行列のできる法律相談所』に出演したことがきっかけでネットで話題になっているとの噂です。そんな紀比呂子のデビューから現在までをまとめました。

紀比呂子のプロフィール

・本名:福田博子
・生年月日:1950年4月11日
・現在年齢:69歳
・出身地:東京都世田谷区
・血液型:B型
・身長:150cm
・活動内容:元女優、小料理屋女将
・家族構成:母は女優の三條美紀

女優としての活動期間は、1969年から1982年です。デビューのきっかけは成城学園高等部在学中に母親の女優・三條美紀の縁から日本テレビにスカウトされたことでした。そして、吉永小百合が主演をを務めた学園ドラマ『風の中を行く』に生徒役で出演しています。吉永小百合の叔母役として三條美紀も出演していたため、紀比呂子は母娘共演を果たしました。

主な出演作は『アテンションプリーズ』

紀比呂子といえば何と言っても、1970年に放映されたテレビドラマ『アテンションプリーズ』での主役のスチュワーデス(当時)のイメージが強いでしょう。小柄な体型をしていたため、スチュワーデスの制服姿が可憐で可愛らしい印象を視聴者に与え人気を博しました。

平均視聴率が30%という今の基準から考えると、お化け番組と思えるほど多くの人達が見ていた番組でした。『アテンションプリーズ』に続く紀比呂子の代表作は『コートにかける青春』といってよいでしょう。少女漫画が原作の青春スポーツドラマです。母親の三條美紀が主人公の母親役で出演したため、正に親子共演となり当時大きな話題を呼びました。

紀比呂子の結婚した旦那や家族について

紀比呂子は1982年に結婚しました。そして芸能界を引退し金沢に移住した紀比呂子は、家族と長期暮しをすることになったのです。女優として人気絶頂の中で引退を決断しましたが、その後、波乱万丈の人生を歩んだようです。紀比呂子の旦那とは、どういう人なのでしょうか。旦那と結婚した理由や家族構成、さらには両親についてまとめました。

夫はホテル経営をしていた一般男性

紀比呂子の夫は中学時代の2年先輩の男性だということです。結婚したのが’82年ということですので、彼女が32歳の時です。そのため二人は、純愛を貫いたということなのかもしれません。夫の実家が金沢でホテル経営をしていていたため、紀比呂子は結婚後は金沢に移住する決断をしたのでしょう。

芸能界引退をかなりの覚悟で決めたということです。そして金沢在住時代の紀比呂子は、その土地に溶け込もうと一生懸命働いていたようです。町会の班長として町会費を集める係を務めたり、回覧板を回したりとすっかりその地に馴染んでいたそうです。そして紀比呂子らは、一男一女をもうけました。

夫は結婚後、紀比呂子の誕生日には年の数だけバラの花をプレゼントしているとのことで、とてもロマンチストな男性といえます。夫婦仲はとてもよかったと思えるエピソードです。しかし、ホテル経営が傾いて家族の生活は一変することになります。

夫が経営する『ホリディイン金沢』というホテルは、2000年に倒産してしまいました。このことがきっかけで紀比呂子は、29年間住んでいた金沢から東京へ戻ることになったのです。後述しますがその後、紀比呂子は小料理屋を開くことになったそうです。

母親は女優の三條美紀

紀比呂子の母親は女優の三條美紀です。女優デビュー作品は1946年の大映映画『君かと思ひて』でした。その他の作品としては、市川崑監督の映画『犬神家の一族』や『細雪』などが挙げられます。若尾文子が登場するまで紀比呂子は、大映の看板女優として活躍しました。

そして三條美紀の父親も戦前のトーキー映画出現前に大映の俳優として活躍していたそうです。娘の紀比呂子が女優デビューを果たした当初、三條美紀は喜んでいましたが『アテンションプリーズ』で娘が大ブレークし忙しくなると、娘を女優にさせたことを悔やんだそうです。一人娘ですので、大切に思っていたのでしょう。

祖父は俳優の佐藤圓治

前述したように三條美紀の父親も大映で俳優をしていました。つまり紀比呂子の祖父に当たる人です。名前は佐藤圓治(さとうえんじ)と言い、大正13年に日活に入社し『伊藤巡査の死』という映画でデビューを果たします。活躍していた時代が古く主役をしていたというわけではなかったので、佐藤圓治の画像は見つかりませんでした。

佐藤圓治は山形県の農村の出身で、東北なまりがありました。そのため、映画が無声から発生(トーキー)の時代に入ると急速に出番を失ってしまいました。ところが昭和17年大映が誕生した後は、大映に移籍、そして裏方の事務職へ転身して定年まで勤務したそうです。

紀比呂子が経営している小料理屋はくについて

紀比呂子は小料理屋はくという店を経営しているようです。女優・紀比呂子のお店という謳い文句は使わずに、普通の小料理屋として経営しています。それだけにマスコミのお店への取材は断っているそうです。一体、紀比呂子が経営する小料理屋とはどんな場所にあり、どのような雰囲気の店なのでしょうか。

小料理屋をオープンさせた背景

紀比呂子が小料理屋をオープンした背景には、旦那が経営していた金沢のホテルが倒産したことがあります。2000年のことでした。この時、芸能界復帰の声が掛かったそうですが彼女は「引退が相応の覚悟で決断したことだから」と首を縦には降らず、金沢のホテル時代に培った客商売のノウハウを生かして小料理屋をオープンする決心をしたのです。

金沢の家庭料理のお店

そして紀比呂子は2年間料理の修行をし、めでたく2002年に調理師免許を取得して小料理屋はくをオープンしたのです。食材は、伝手のある金沢から新鮮な魚介類を仕入れるルートを確保することができました。オープン当初、紀比呂子は自分の女優時代の名を売り物にせず店を始めたそうです。あくまで料理の味で勝負するという心意気だったのでしょう。

お店の場所は

小料理屋はくの場所は東京都世田谷区にあります。15名ほど入れる広さの店内は、落ち着いた雰囲気を感じさせるようです。金沢の郷土料理が売り物のお店で、各種焼酎を取り揃えてくれているので、焼酎好きの方ならきっと行ってみたくなることでしょう。

魚はすべて金沢から直接仕入れているというこだわりようで、旬の素材を使った魚料理が特に人気です。鰆の昆布ジメやいかの黒作りなどが日本酒に合うと評判です。またオムレツなど洋風の料理まで幅広く取り揃えられています。

紀比呂子の現在【画像】

最近なぜネット上で紀比呂子の名前を見るようになったかというと、『行列のできる法律相談所』に紀比呂子が30年ぶりに登場したからです。この時、紀比呂子は68歳でした。画像を見ると分かりますが、現在も美人でナチュラルな感じが清楚さを際立たせていると言えます。

近年は『行列のできる法律相談所』に出演

紀比呂子が30年ぶり以上にテレビに出演し、往年のファンは驚喜しました。『行列のできる法律相談所』の取材に応えてのことですが、マスコミの取材は受けないというお店のポリシーを曲げた理由は不明です。それにしても上記の画像を見ても分かりますが、68歳の現在も綺麗でしょう。

実は紀比呂子は64歳の時も久々にメディアに取り上げられています。2016年9月16日に放送されたTBS系『爆報!THEフライデー』に「人生の大勝負一発大逆転SP」に第一位で紹介されました。

その時も小料理屋はくで働く姿が映し出されたそうです。昔の画像と現在の画像を比較しても、大きくイメージは変わることなくきれいな肌を保っていると言えるでしょう。

現在も小料理屋の女将をしている

紀比呂子は現在も小料理屋はくの女将を続けています。お店にはフロアスタッフもいますが、娘が手伝っているのではないかといわれています。グルメサイトでも高評価を得ているお店です。業界関係者もたまに訪れているようですが、テレビ出演がきっかけでお店の存在を知り、訪れる人もいます。

紀比呂子は現在小料理屋の女将として奮闘している

1970年代に人気絶頂だったにも関らず、結婚を機に芸能界をきっぱり引退した紀比呂子は、その後旦那のホテルが倒産して小料理屋の女将に転身しました。そのお店も2002年から19年続く老舗の小料理屋となっています。彼女の努力の結晶だと言えます。

現在も紀比呂子は小料理屋はくの女将として奮闘してます。彼女の手作りである金沢の家庭料理は訪れる人に大変好評だという事です。

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