秋川リサの若い頃から現在!結婚や娘は?介護した母が残した日記とは

秋川リサはハーフモデルとして活躍し若い頃に結婚しましたが、数年後に離婚しカメラマンの旦那と再婚します。その後の秋川リサは、娘の麻里也と順調な家族生活を送っていたのでしょうか。母の日記を見て母の胸の内を知りますが、現在はどのような活動しているのでしょうか。

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目次

  1. 1秋川リサとは
  2. 2秋川リサの若い頃の主な芸能活動
  3. 3秋川リサの結婚や娘とは
  4. 4秋川リサの母親介護生活の実態
  5. 5秋川リサの現在
  6. 6辛い体験を経て前向きに頑張る秋川リサに期待

秋川リサとは

秋川リサはハーフモデルとして活動していました。その当時は珍しいハーフの長所を活かして芸能活動を始めます。秋川リサは、どのような活動をしていたのでしょうか。

秋川リサのプロフィール

・本名:伊藤リサ
・生年月日:1952年5月12日
・現在年齢:67歳
・出身地:東京都
・血液型:B型
・身長:172cm
・体重:52kg
・活動内容:タレント、女優、ビーズ作家
・事務所:オレンジボックス
・家族構成:息子、娘(伊藤麻里也)

ハーフモデルの元祖

秋川リサは父親がドイツ系アメリカ人、母親が日本人のハーフです。アメリカ軍の軍人だった父親は秋川リサが生まれる前に帰国してしまい、母親はシングルマザーのとして秋川リサを育てたそうです。172cmの長身にスラっとした手足を持つモデル体型の秋川リサは、その時の日本では珍しく注目の的でした。

現在67歳の秋川リサはモデルをしていた当時、日本人離れした体系で、ハーフモデルの元祖とも言える存在だったのでしょう。

秋川リサの若い頃の主な芸能活動

秋川リサは若くしてデビューを果たし、様々な活動をして活躍します。当時は珍しいハーフだからこそ出来る仕事も多かったことでしょう。秋川リサがどのような芸能活動をしていたのか紹介します。

資生堂やananのモデルとして活躍

秋川リサは15歳という若さで『テイジン』のモデルとしてデビューしました。企業のモデルということはその会社の顔なので、大抜擢と言えるでしょう。それまでは苦しかった家計を秋川リサが支えていくことになり、母親も喜んでくれたそうです。

秋川リサはその後、17歳から資生堂の専属モデルを4年間勤めました。また、雑誌『anan』のレギュラーモデルにも選ばれることで、世間に名前が広く知られるようになりました。そして、1972年の三宅一生ニューヨークコレクションや、高田賢三パリコレクションでも日本人としてモデルを立派に務めます。秋川リサは、確実にステップアップしていきました。

専属CMモデルを務める

秋川リサは、芸能界デビューした後、モデルとしての仕事を次々に成功させていきます。そして1972年にマツダやサントリー、現在のJRである国鉄などの大手企業の専属CMモデルにも選ばれます。秋川リサが20歳の頃のことでした。

舞台や映画・テレビでも活躍する女優へ

秋川リサは劇団東京キッドブラザーズ『猿のカーニバル』で初舞台、初主演を果たします。さらに、その後の4年間で5本も舞台に出演します。1983年には映画『探偵物語』で、直木幸子というナイトクラブのママ役で出演しました。

『探偵物語』は赤川次郎の小説を原作とした映画で、主演は清純派アイドルの薬師丸ひろ子、相手役を松田優作が演じた人気作品です。なお秋川リサは一時期、仕事の時も旦那の名前を使っていたようで、日本テレビ『11pm』のMCを愛川欽也と共に4年間務めた時は「立木リサ」の名義でした。

秋川リサの結婚や娘とは

モデルやテレビで活躍していた秋川リサの結婚相手は一般人なのか芸能人なのか、誰とどのような結婚生活を送っていたのでしょう。そして娘は現在何をしている人なのでしょうか。

21歳で結婚し5年後離婚

若い時から芸能活動をしていた秋川リサは、21歳で最初の結婚をしました。相手は公開されなかったので一般の方だったのでしょう。そして、5年後に離婚します。二人の間に子供はいませんでした。

2人目の旦那は写真家の立木三朗

秋川リサは32歳の時に再婚します。2人目の旦那は写真家の立木三朗です。立木三朗はカメラマン立木義浩の弟で、初期『アンアン』の表紙やグラビアで活躍したカメラマンです。秋川リサと立木三朗の意外な組み合わせによる結婚は、世間でも話題になりました。

そして、結婚から2年後の1986年、秋川リサが34歳の時に第1子の男の子が誕生し、翌年の35歳の時に長女が誕生しました。長男は一般人なので何も公開されていませんが、長女は女優の伊藤麻里也です。母親がハーフなので長女はクォーターになりますが、母親に似てとても美人です。

しかし、この結婚も長くは続かず、秋川リサが40歳の時に2度目の離婚をします。秋川リサはシングルマザーとして2人の子供を育てていくことになりました。

娘の麻里也は女優デビュー

秋川リサの長男の聖也は一般人なので現在何をしているか情報はありません。娘の麻里也は幼いころからクラシックバレエを習い、身長は167cmと長身でスタイル抜群です。インターナショナルスクールに通っていたので英会話が得意で、他にもピアノやドラム、三味線にスノーボードもこなすようです。

芸能界デビューは2001年のドラマ『3年B組金八先生』の倉田正子役でした。そして、2004年には奥田瑛二監督の『るにん』の花鳥役で映画デビューします。麻里也が23歳になった2010年には東京ガールズコレクションでモデル参加し、立派に成長した姿を見せました。

秋川リサの母親介護生活の実態

2度目の結婚相手とも離婚した秋川リサは、それからどのように過ごしていたのでしょう。実母との介護生活は順調だったのでしょうか。

認知症の母親を長年介護

シングルマザーとしての子育ても、子供2人が大人に近づき落ち着いてきた秋川リサでしたが、2010年1月に実母が認知症を発症します。2009年頃から母親の異変に気が付いていた秋川リサは、母親の面倒を見続けていました。

認知症で行方不明になってしまったり、警察のお世話になったこともあったようです。しかし、育ててもらった恩返しと思って懸命に介護生活を続けていました。

母の日記に綴られた内容とは

秋川リサは母親の介護を始めて1年後に母親が書いていた日記を発見します。その内容は「娘なんて産まなければ良かった、娘の人生のために自分は犠牲になった」というような、秋川リサに対する暴言ばかりが綴ってありました。

その日記は大学ノート7冊にも及び、知らなかったほうが良かった実母の胸の内を知って、秋川リサは多大なショックを受けます。そして辛い気持ちのまま、その後2年間母親の介護を続け、2012年9月に特別養護老人ホームに母親を入居させることを決心します。

秋川リサの現在

秋川リサは現在何をしているのでしょうか。辛かった実母の介護生活も落ち着き、再び自分がやりたい道へと進んでいくのでしょうか。その後の秋川リサのご紹介します。

本を出版

秋川リサは実母との介護生活を綴った、エッセイ『母の日記』を2014年7月に出版しました。実母は2009年の夏頃から認知症を発症し、家の中で新聞を燃やしたり、昼夜構わず徘徊したそうです。秋川リサはそんな母親を夜中でも探しに行けるように外出着で寝ていたそうです。

しかし、偶然見つけた母親の日記には秋川リサを憎しむ暴言が数えきれないほど並んでおり、献身的に介護しながらも苦しみます。精神的にも肉体的にも壮絶な介護生活は母親が介護施設に入るまで続き、それまでの介護生活の全てを、秋川リサは著書に告白したのです。

核家族の多い現代社会で、家族だけでは支えきれない介護の現実を綴った『母の日記』は話題の本となりました。

介護施設に勤める

芸能界でモデルや女優として活躍していた秋川リサは、介護施設に勤め始めます。それは、母親が2012年に介護施設に入居したことで、介護する側と介護される側の両方の気持ちを知ることが大事だと気が付いたからでした。現在は週に2、3日ほど介護施設で働いているようです。

ビーズワークの教室を開講

秋川リサは子供が幼いころからビーズ刺繍を習ってました。それは娘のウエディングドレスを自分で作ってあげたいという思いから始まりましたが、知れば知るほど奥が深くすっかりビーズ刺繍の魅力に取りつかれたそうです。趣味で始めたビーズ刺繍でしたが、今ではビーズアートの教室を開いて、さらにビーズアートの本も出版しています。

現在もビーズ作家として活躍中で、東京や埼玉などの関東だけではなく、静岡や名古屋、京都や大阪など全国14か所でビーズワーク教室を開講しています。

辛い体験を経て前向きに頑張る秋川リサに期待

秋川リサは若い頃にモデルデビューし、再婚した後に一男一女を出産します。シングルマザーとして育てた娘の麻里也は、秋川リサと一卵性双生児のようと言われるほど仲が良いそうです。芸能活動しているのに介護の道に進んだのは母の影響もありますが、年老いた自分がいずれは行く道だからという理由もありました。

秋川リサは大変だったことを幾度も乗り越え、現在は介護施設、ビーズワーク、芸能界で働き、日々充実した生活を送っています。秋川リサは、これから自分がしたいことをすることで様々な世界で輝き続けて行くことでしょう。

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