エキスポランド事故の概要!風神雷神脱線の原因や首切断の目撃者は

かつて大阪府吹田市には遊園地「エキスポランド」がありました。しかし風神雷神Ⅱによる脱線事故によって2009年に倒産しました。エキスポランド事故当時のフライデーによる小河原良乃さんの首切断記事についてや、詳しい事故の様子や原因、跡地のその後に迫ります。

エキスポランド事故の概要!風神雷神脱線の原因や首切断の目撃者はのイメージ

目次

  1. 1エキスポランドとは
  2. 2エキスポランド事故の概要
  3. 3考えられるエキスポランド事故脱線の原因
  4. 4エキスポランド事故の被害者
  5. 5エキスポランドが閉園するまでの経緯
  6. 6エキスポランド事故の裁判結果
  7. 7現在のエキスポランド跡地は
  8. 8エキスポランド事故は管理の杜撰さが生んだ事故だった

エキスポランドとは

エキスポランドとは大阪府吹田市の万博記念公園に併設されていた遊園地です。かつて1970年3月15日から9月13日まで、この場所では日本万国博覧会が開催されていました。エキスポランドはその中に設置していたアミューズメントゾーンを、万博閉幕後の1972年3月15日から、遊園地として再開させたものでした。

日本はもとよりアジアでも初であったこの国際博覧会には、開催中に約170万人もの外国人が訪れ、開催中のトータル入場者数は6421万8770人にも上りました。その為、この時の元アミューズメント施設は世界中の人々からよく認知されています。また万博内には意匠・岡本太郎による太陽の塔も造設され、現在も万博記念公園のシンボルとなっています。

またお馴染みのヒーローショーも盛んに開催されており、エキスポランドの名物でもありました。

西日本を代表する遊園地

エキスポランドは最寄り駅が大阪モノレール万博記念公園駅で、駅のすぐそばでアクセスも良好でした。万博公園の太陽の塔やエキスポランドの観覧車、ジェットコースター風神雷神Ⅱが目印となって、毎日カップルや家族連れなど多くの人が訪れました。入場料は大人1100円・子供600円で、3800円のフリーパスもありました。

敷地面積は20haで東京ドーム4個分ほどの広さとなっており、親しみやすい規模なところも人気でした。アトラクションの1つ1つがユニークで面白く、絶叫マシンに夢中になる大人のファンが沢山いました。世界一高い観覧車や、世界最長の距離と時間を誇るジェットコースターなどもありました。

エキスポランドはまさに多くの人たちの思い出に残るような、西日本を代表する遊園地でした。

人気アトラクション

エキスポランドのアトラクションの中でも特に人気があったものは、観覧車やジェットコースターでした。「テクノスター」は高さが85mにもなる白くて巨大な観覧車で、エリアの代表的な乗り物でした。また「風神雷神Ⅱ」は青い車体の風神と赤い車体の雷神の2つが交互に走行し、立乗り型という新しいタイプの絶叫系アトラクションでした。

風神雷神Ⅱというネーミングも面白く、エキスポランドの中では1番怖いジェットコースターとして有名でした。絶叫マシンのファンも風神雷神Ⅱを目当てで訪れるなど、いつでも長蛇の列が出来ていました。また「OROCHI」も宙づり型のジェットコースターで、スリル満点のアトラクションでした。

ちなみに人気観覧車のテクノスターは、もともと茨城県つくば市の科学万博つくば85に設置されていた金色の観覧車「スーパーゴンドラゴン」です。つくば万博が閉幕後にエキスポランドへ移設され、白い塗装が施されました。また風神雷神Ⅱは大阪市鶴見区で開催されていた花博の会場内で運行していたスタンディングコースターの「風神雷神」がモデルです。

風神雷神Ⅱの初代マシンは、風神と雷神が交互に別々のレールを走るようなジェットコースターでした。また、OROCHIには「おろちくん」というマスコットも作られており、エキスポランドの人気キャラクターでした。絶叫マシンの他にも「ピスタライナー」という遊覧列車や、メリーゴーランドの「アラビアンメアリー」なども人気でした。

このように、数多くのアトラクションが出迎えてくれるエキスポランドは老若男女問わず楽しめる遊園地でした。

エキスポランド事故によって閉園している

前述のとおりエキスポランドは多くの人々に親しまれていた遊園地でした。来場者数のピークは1996年で220万人にも上っています。しかしピーク後は次第に来場者数は減少し、知名度や人気はあったものの赤字経営の続く老舗遊園地となっていました。そして最終的に部品の軸切断による大事故を起こし、開園から37年後に閉園してしまいました。

エキスポランド事故は一体なぜ起きてしまったのでしょうか。詳しい事故の内容や目撃者によって証言された、当時のエキスポランドの様子を見ていきましょう。

エキスポランド事故の概要

エキスポランド事故は2007年の5月5日「こどもの日」に起きました。この日はゴールデンウィーク中だった事もあって、通常よりも多くの人がエキスポランドを訪れていました。午後12時48分に22名の乗客を乗せたジェットコースターが出発し、その約1分後に凄まじい機械音とともに突如破損、脱線事故を起こしました。

またこの時に乗っていた乗客のうち、21名が負傷し1名が死亡しました。現場へ向かった警察は、地上に散らばった部品や事情聴取、目撃者らの証言などから、ナットの緩みが車軸の切断に繋がったという仮定を立てました。また構造的に不可解な折れ方をした箇所などを見て、人的ミスと保守点検の状況の調査を開始しました。

この大事故の原因と、エキスポランドが閉園するまでを見ていきましょう。

大阪の「エキスポランド」で起きた事故

大阪のエキスポランドでは、2007年の風神雷神Ⅱによる脱線事故の前後にも事故が起きています。前年の2006年8月21日には、回転式遊戯施設のGフォースが運行中に突然止まり、乗っていた男女9人が地上約9.7m地点にとり残されました。その際には負傷者は出ていないようです。

また2007年8月10日には風神雷神Ⅱの事故からエキスポランドは再開していますが、初日に小型コースターのワイルドマウスが斜面を上がっていく途中でコンピュータートラブルとなり、緊急停止しました。さらに翌月の9月15日には宙づり型コースターOROCHIが到着地点で停止せずにもう1周するというトラブルも起きています。

OROCHIは最後の安全バーを外して降りるよう指示をするアナウンスが流れてからの2周目突入であったため、乗客に大変な恐怖を与える事態となりました。その後は運行取りやめとなるも点検実施を経て、10月20日に運行再開しています。さらに同月内で急流すべりのバックスピンでも、乗っていた小学生男児が頭を強く打つ事故が発生しています。

「風神雷神Ⅱ」の脱線事故

2007年に起きたエキスポランド事故は、風神雷神Ⅱによる脱線事故でした。人気アトラクションの風神雷神Ⅱには、首を長くした来場客たちの列が出来ていました。また風神雷神Ⅱの脱線事故では、走行中に車輪が脱輪してシートが外れて脱線し、乗客4人が落下しました。3人は地面に叩きつけられて、1人は車両と手すりに首など挟まれて死亡しました。

19歳女性が死亡

エキスポランドの脱線事故では、風神雷神Ⅱの2両目に乗っていた19歳の女性1名が死亡しました。女性は2両目の左前の席に座っていました。勤務先は滋賀県東近江市にあるカードゲームメーカーの「エンゼルトランプ株式会社」で、就職してからまだ1年程でした。またこの日は仲のいい同僚たちと、6人でレンタカーを借りてエキスポランドへ来ていました。

女性の乗っていた2両目は走行中にシートが脱線しておよそ45度傾き、急停止後に脱輪したまま進みました。そして備え付けの手すりに何度も顔面をぶつけ、最終的に首から上を挟まれて死亡しました。

脱線による事故

エキスポランド事故は車輪が外れてシートが左側に傾き脱線しました。死亡した女性は2両目の左前の席に乗車しており、シートがそのまま左側へ傾いた状態になります。

そしてそのまま左側に設置されていた作業員用の足場の手すりと車体に女性の首から上が挟まれ、即死という状況でした。目撃者らによると、シートが左右に揺れながら走行していたと言います。

他の負傷者には頭部を強打して重傷を負ったものや、胸や足への打撲傷が多く見られました。1両目に乗っていた人々には、後ろの2両目から「よっちゃんがいない、よっちゃんはどこ」という声が聞こえていたと言います。しかし身体が固定されて首に痛みも走り、後ろを向く事すらできなかったと証言しました。

考えられるエキスポランド事故脱線の原因

脱線事故を起こした「風神雷神Ⅱ」は、花屋敷の親会社でもある株式会社トーゴによって1992年に設計製造されました。6両編成の立乗り型ジェットコースターで、定員は24名になっており1両につき4名乗ることが出来ます。両肩の安全バーで上半身をおさえて、下半身を押さえるサドルを引き上げてから、さらに腹部をベルトとバーで固定します。

また風神雷神Ⅱの大きさは全長が985mで、最高時速が75kmです。大体スタートしてから約2分20秒で1周します。三井グリーンランドやよみうりランドにも同型のジェットコースターがあります。ちなみに2004年には風神雷神Ⅱを製造した株式会社トーゴも経営破綻しています。

では事故後の風神雷神Ⅱの状況から考えられる、今回のエキスポランドの事故脱線の原因について探ってみましょう。

原因①車軸の破損

警察の調べによれば事故が起きた際のジェットコースターの車軸は、平成4年にアトラクションが導入されてから15年間取り換えられていなかったことが判明しています。折れた部分である合金製の車軸の検証結果より、長さ40cm直径約5cmの車軸の断面は疲労破面が全破面の70%以上を占めていました。

最終破断面は小さくほぼ垂直の平らな状態で、はっきりと軸切断を起こしていました。また今回の事故は、車軸が切断されてから急停止した為に、約30mほど進み脱線したという事が原因とされています。

原因②金属疲労

事故が起きた際には、大きな音とともに金属部品が飛び散っていました。その為詳しい調査に入る前から、この事故の原因が金属疲労によるものではないかとみられていました。そして実際の検証結果からも、ナットの締結不十分と部品の経時変化への対応の軽視によって、軸切断へと繋がり大事故となった事がわかりました。

さらに事故の原因は風神雷神Ⅱの「風神」でしたが、その後の調査から「雷神」にも金属疲労による亀裂が発見されています。

原因③点検のあまさ

警察の調べでは、エキスポランドが破損したジェットコースター・風神雷神Ⅱの最終定期点検を行ったのは、その年の1月30日でした。その際は目視点検のみで、本来実施する分解点検は5月15日に先送りされていました。また吹田市に報告されていた目視点検の結果はA(指摘なし又は良好)でした。

しかし事故後のジェットコースターを調べると、切断された車軸の箇所に目視で確認できる亀裂も生じていたようです。またこの大事故が起きる約2時間前に乗った乗客の証言にも「いつもより横揺れが激しかった。今思うとその時すでに異変は起きていたかもしれない」といったものが出ていました。

さらにエキスポランドの事故が起こる2007年以前から、来客数が減少して赤字経営が続いていたために、点検する頻度を減らしていたという致命的な原因が指摘されています。

エキスポランド事故の被害者

出典: https://pixabay.com/photo-728521/

エキスポランド事故による被害者は、ジェットコースターの乗客1名が死亡した他にも、目撃者など地上にいた人々のPTSDを含めて30名以上出たとされています。ここからはエキスポランド脱線事故による現場の状況や、被害者たちの様子についてをまとめています。当時大変話題になった、フライデーの衝撃の首切断記事についてもご覧ください。

2両目に乗っていた小河原良乃さん

被害者の小河原良乃さんはその日、会社の同僚たちと6人でエキスポランドへ訪れていました。そして一同は風神雷神Ⅱを乗る事にしました。

その際に小河原良乃さんは1両目に並んでいましたが、隣にいる娘2人と後ろの父親が家族で前後に分かれてしまう事に気づき、席を譲ります。小河原良乃さんはこの時に2両目に自ら移動し、同僚たちのグループに合流しました。

またこの時に2両目に乗る予定だった松原市の会社員で、当時45歳であった父と娘たちは「もしかしたら自分たちが2両目に乗っていたかもしれない。それを思うと複雑だ」と事故の後に胸中を明かしました。遺族の元へ訪問する事も考えたそうですが、何と言っていいのかがわからなかったと新聞記者の取材にこたえています。

被害者らが勤める勤務先の上司であった松本泰明は、6人は仲が良くいつも一緒に遊んでいた事や、マナーも良かったと証言しました。そして死亡した小河原良乃さんは、後輩の面倒見が良かったことなどを話しました。

またこの時の生存した同僚たち5人のその後は非公開ですが、事故によるショックから会社へも出勤の目途が立たなかったようです。

フライデーによる衝撃首切断報道

週刊誌『フライデー』は「大阪発・殺人ジェットコースター切断遺体が語る阿鼻現場」という記事を出しました。事故後はフライデーの他にも色々な記事や写真が出回りました。「遺体は頭部が切断されており、約15分ほど放置されていた」というものや、「スタッフが放置された頭部に上着を被せて、周囲の来場者へ見ないようにと繰り返した」などがあります。

また目撃者以外による噂が尾ひれを付けて回りました。フライデーのようにジェットコースターから切断した生首が飛んできた、というようなものも多数有りました。実際には首から上がレールで削がれるようにして、右目と顎の一部が辛うじて残り、地上には部品や遺体の切断した一部が降ってきたと言われています。

風神雷神Ⅱのレール下に出来た30cmの血だまりを見たという目撃者もいます。沢山の目撃者が携帯で動画を撮影し、地上にはヘリコプターも多数集まっていました。

手すりに挟まり、女性の首が切断。 落下し、頭だけが野ざらしの様に地上に転がる。みた客が嘔吐・失神、一部血の海
そして、頭は、レールの下にある自販機の裏に落ちたそうです。
で、その落ちた肉片を見つけたオバサンが近くの従業員になんとかしろと言ったみたいで、 その従業員は自分の着てた服をその上にかけてたそうです。

そして、エキスポスタッフには、『口外禁止のかん口令』がでました・・・。

フライデーには実際の事故現場と、乗客が残されたジェットコースターの写真が掲載されました。小河原良乃さんの遺体は胴体と首が切断されて、地上に頭部が落ちていたなどの情報も流されました。遥か彼方に生首が飛んでいったというデマもあります。しかし、実際にレールと手すり部分の鉄柵に、首から上が挟まれた状態となり頭が割れてしまったようです。

またフライデーの記事などでも、ミンチ肉のような遺体の一部が散っていたとされています。首や顎から上部分が切断されて、アトラクションのすぐ下で昼食をとっていた親子連れ付近へ落下したと書かれました。巨大掲示板サイトの2ちゃんねるには、事故の直後に首から頭部の左側が剥がれた画像や遺体を撮影した動画などが貼られました。

さらに事故現場の様子やフライデーの内容をオカルトのように描写した書き込みなどが続き、騒ぎとなっていたようです。

多数の負傷者も病院に搬送

エキスポランド事故は死亡者や負傷者、地上にいた目撃者の気分不良なども含めて多数の負傷者を出す大惨事となりました。首切断事件と言われるようなエキスポランド事故は、大変悲惨な状況でした。また当時の負傷者たちの搬送先は、吹田市の済生会千里病院だったようです。

病院内でもショックで立ち上がれない人や、過呼吸の症状も見られていました。頭を強打した事が原因で20歳の古川小百合は入院となり、ICUで治療を受けています。

目撃者もPTSDに

ジェットコースターに乗ろうと乗り場に向かっていた15歳女性の人は、「バリバリという物が壊れる音で頭上を見上げた。コースターとみられる部品の破片が飛び散ってきた。白い煙も見えた。2両目の前の人はピクリとも動かなかった」と語った。この女性はその直後にショックで涙があふれたという。

大事故が原因で現場は一時騒然となりました。周辺では「救急車は呼んでいるのか」という声が飛び交っていました。また事故の目撃者たちおよそ15名の入場客らが体調不良になり、PTSDが原因で病院へいく事態となっています。地上に落ちた遺体の顔や首の皮膚など、切断された一部を見たという目撃者もいました。

中には歩けなくなり、ストレッチャーで運ばれた目撃者もいます。また、立位が保てなくなり車いすを使用する者もいました。ある目撃者の女性は顔がこわばり、事件の様子を話そうとすると涙ぐむ状態でした。祖母と一緒に訪れていた中学生の女児の目撃者は、涙ながらに「ジェットコースターには一生乗れない」と話していたと言います。

5月9日になっても、PTSDの症状を訴える目撃者たちの状態はとても深刻でした。兵庫県から訪れていた女子中学生たち7人は、風神雷神Ⅱの順番待ちをしており目撃者となりました。事故が起きていなければ次の乗車だったという彼女たちは、夜間に事故の夢を見て何度も起きてしまうなどした為、学校のスクールカウンセラーを受けたりもしていました。

大阪府こころの健康総合センターでは5月7日より電話の相談受付を開始し、9日までに8件のエキスポランド事故による目撃者などの相談が寄せられたそうです。「フラッシュバックして夜眠れない」「乗り物に乗る事すら怖い」など、子供や成人による目撃者たちからの相談が相次ぎました。

エキスポランドが閉園するまでの経緯

エキスポランドは風神雷神Ⅱの脱線事故を起こた後、約3か月後の8月10日には営業を再開しました。その際には当時の社長による再開事前会見が行われ、全アトラクションの安全確認が完了した事と、小河原良乃さんの遺族にも一定の理解を得たという事が発表されていました。事故の原因となった風神雷神Ⅱのみ運行はしないという事でした。

しかし再開は出来たものの風神雷神Ⅱの事故によるイメージダウンが原因で、エキスポランドの来場者数は事故前の約2割にまで激減しました。そしてさらなる事故も相次いで起こった事が原因となり、12月には再び無期限の休園となりました。

事故直後から無期限休園

無期限休園に入ったエキスポランドでは、運行停止になり放置されていた風神雷神Ⅱの撤去作業が開始されていました。エキスポランドがこれからどうなってしまうのか、注目も集まりました。また、通りがかりに閑散としたエキスポランドの様子を写真に収める人々も見られたと言います。

その後、2007年の7月に入った頃には、エキスポランドのプールゾーンのみの営業再開を申請したようですが、許可が下りる事はありませんでした。

再生を目指す

撤去作業や改修工事が進められる中で、2009年の春にはリニューアルオープンの計画が予定されました。しかしエキスポランドの負債額はすでに16億円にも上っており、2008年の10月頃にはそれらもすべて断念する事となりました。

2009年2月に閉園

再生を断念したエキスポランドは、大阪地方裁判所に民事再生法の手続きを行います。しかし新たな出資先を探すも見つからず、再建自体を断念することとなり破産手続きへ移行しました。そして2009年の2月10日ついにエキスポランドは倒産し、37年の歴史に幕を下ろすこととなったのです。

大惨事と経営難が原因で終わりを迎えたエキスポランドでしたが、閉園の際には大阪周辺を中心に「寂しい」という声が多く聞かれていました。

エキスポランド事故の裁判結果

エキスポランド事故の裁判結果では、大阪地方裁判所がエキスポランドの元幹部らに対し、執行猶予付きの有罪判決を言い渡しました。また法人としてのエキスポランドに対しては、40万円の罰金も科せられています。

業務上過失致死傷罪

エキスポランド事故による裁判では、旧エキスポランド役員への業務上過失致死傷と建築基準法違反の罪の他、虚偽報告についてなどが問われていました。そして元検査担当取締役であった伊藤正則(61)と、元施設営業部長の建部淳(67)は禁固2年・執行猶予4年・罰金40万円の有罪判決となっています。

また元技術課長の松田博(60)は罰金20万円が科せられました。

4年の執行猶予

エキスポランド事故で禁固2年を言い渡された元役員幹部たちには、執行猶予4年が付きました。また元役員幹部たちは裁判を終えると執行猶予の期間中、事故で亡くなった小河原良乃さんの遺族の所へ弔問に訪れていました。

弔問に来なくなる

2014年の5月に弔問に訪れた元幹部は、頭を下げながら「今回で最後にさせてもらいます」と言いました。裁判ではすでに判決が下されていましたが、被害者遺族とは一切の意思が通い合っておらず、その後も小河原美代子は「娘の命を奪ったのに、事故の責任を自覚していないのか。反省は口だけだったとしか思えない」と語ることがありました。

元幹部による弔問が、形式的な行事だと言わんばかりのものに思えたようです。こうしてエキスポランドの事故当時の関係者らによって行われていた遺族への弔問は、執行猶予の期間が終わると同時に途絶えました。

小河原良乃さんの慰霊碑を設置

事故の現場付近には被害者である小河原良乃さんの冥福を祈る為に慰霊碑が建設されました。慰霊碑は黒色の御影石でできており、高さは1m・幅80cm・奥行き20cmの大きさになっています。慰霊碑の表面には「慰霊碑」とあり、裏面には「故人のご冥福をお祈りし2度と事故を起こさない事を誓い建立する」と刻まれました。

建立式は当時のエキスポランドの社長であった山田三郎のほか、約180名の社員が立ち会いました。またこの際の建立式は非公開で行われており、母親の小河原美代子に了承は得ていましたが遺族は誰も参加していませんでした。後に、小河原美代子は「慰霊碑の建立は希望していない」や、「あそこに娘の魂はいないと思っている」と心境を明かしています。

出典: https://pixabay.com/photo-848845/

またこの慰霊碑は2009年にエキスポランドが閉園した際に、最初に建立した場所から万博公園の南側にあるエキスポタワー跡地へ移設されています。跡地への移設工事はエキスポランド事故の起きた日と同じく、5月5日に行われました。移設工事の際には日本万国博覧会記念機構の職員が立ち会っており、6日には花が添えられるなどして完了しました。

さらにその翌日の7日には入魂式も行われています。その事について、遺族の小河原美代子は「場所が変わっても、作った時の気持ちは忘れないでほしい」と話していました。

残された遺族の気持ち

小河原さんのひつぎは雨の中、午後6時15分ごろ、母美代子さんら遺族とともに無言の帰宅をしました。美代子さんはひつぎにすがり号泣していたといい、小河原さんの伯父、小河原啓造さんは「エキスポランドからは謝罪もないし、実家に来るとの連絡もない」と憤りをあらわにしていた。

滋賀県の東近江市宮荘町で育った小河原良乃さんは、姉2人と兄のいる4人兄弟の末っ子でした。父親を2歳の時に交通事故で亡くし、母親の小河原美代子さんと家族5人で寄り添い暮らしていました。

エキスポランド事故の日は、小河原良乃さんの自宅には深夜になっても灯りがついており、親戚が玄関先の掃除を行ったりとまだ帰ってこない小河原良乃さんを待っていました。

小河原美代子さんは事故後に応じた取材の中などで、「事故は予見できた。過失ではなく娘は殺された」と主張していました。そしてエキスポランドの管理体制だけでなく、国や自治体のチェック機能についても批判していました。また「二度と娘のような犠牲者を出す事故を起こして欲しくない」と強調しました。

その後も変わらぬ辛い気持ちや、思い出して涙する日の事、「遊園地の運営企業は利益に走らず、人の命、安全を最優先に考えてほしい」と運営に対する気持ちを語りました。

お通夜の様子

事故の翌日の5月6日に小河原良乃さんの遺体は、やっと家族たちの元へ返されました。雨の降る日でした。夜間に玄関の掃除をしていた伯父の小河原啓造さんは「エキスポランドからは謝罪もないし、実家に来るとの連絡もない」と憤りもあらわにしていました。

母親の小河原美代子さんはしきりに号泣していたようです。さらに自分も死ぬことを考えたと言います。

その日の夕方に弔問に訪れた小河原良乃さんの勤務先総務部長である平野裕次は、「後輩が出来たばかりで、熱心に指導してくれた。頑張り屋さんで、笑顔の可愛い子でした」と話しました。小河原良乃さんは事故の前年の4月から勤め始めたばかりでした。事故のあった日から現在に至るまで、母は毎日父親の遺影と隣にいる娘に語り掛けているそうです。

現在のエキスポランド跡地は

2015年の11月19日にエキスポランドの跡地には、三井不動産の開発事業による三井アミューズメントパーク「エキスポシティ」が開業しました。エキスポシティは「ららぽーとエキスポシティ」「ポケモンEXPOジム」「水族館NIFREL」などで構成されるエキスポランド跡地複合施設でした。

この「エキスポシティ」が完成するまでの、跡地の主な経過についてもご覧ください。跡地は生まれ変わることが出来たのでしょうか。

2011年まではファームエキスポを開園

エキスポランドの閉園後2010年の3月下旬には、跡地に「農業体験型公園ファームエキスポ」がオープンしました。ファームエキスポでは、主にエキスポランドであったエリアの北側およそ4haの跡地を使用して「畑の教室」を行いました。内容はスケジュールを組んで月に2回農場アドバイザーがアドバイスをしながら、野菜を育てるというものでした。

他にも跡地では農産物直売所「エキスポマルシェ」や、畑の教室と併せて収穫体験のみの利用が出来ました。ファームエキスポは好評ではあったようですが、跡地の契約時期を機に1年3か月ほどで終了しました。

跡地利用業者を公募

2011年の3月に大阪府は、エキスポランドの跡地利用候補者の公募に乗り出しました。跡地の公募は9月に締め切られ、名乗りを上げていたのは不動産ファンド大阪投資マネージメントと、三井不動産の2社でした。大阪のマネージメント会社は米映画大手パラマウント・ピクチャーズのテーマパークの誘致を目指しているという事でした。

一方で三井不動産は教育的要素を取り入れた娯楽施設や飲食施設の開発、日本のアニメを発信する施設の導入案などを提示していました。そこから3か月後の12月13日には、選定委員会が提案内容や企業の財務力を基準に選定しました。そして正式に名乗りを上げていた、三井不動産の跡地利用に決定しました。

複合施設「エキスポシティ」とは

2015年ついにエキスポランド跡地には、三井不動産による国内最大級の大型複合施設「エキスポシティ」が完成しました。そして11月19日のグランドオープン後は、国内外から訪れる来訪者で賑わいました。大阪梅田からは直通バスも開始されてアクセスもさらに良くなり、開業1年ですでに2400万人の集客数を突破しました。

施設内には日本初の体験型英語教育施設「OSAKA ENGLISH VILLAGE」や、最新鋭シネマコンプレックス「109シネマズ大阪エキスポシティ」、海遊館プロデュースの生きているミュージアム「NIFREL」などがあります。他にも多くのショップやフードコートなどもあり人気を集めています。現在の跡地は完全に、生まれ変わることに成功しました。

エキスポランド事故は管理の杜撰さが生んだ事故だった

2007年に起きたエキスポランドでの大事故は、遊園地の点検不十分など運営企業による管理の杜撰さなどが原因であることがわかります。忙しさや経営難が続いたことで目視検査もろくに行わずに、吹田市へ報告を上げていた事には驚愕させられます。これらは多くの人に親しまれてきた遊園地で実際に起きていた事でした。

また事故の犠牲となった小河原良乃さんもエキスポランドが大好きで、人気アトラクションを楽しみにして乗った際に、巻き込まれ命を落としてしまいました。エキスポランド事故と被害者の死を教訓として、誰もが安心して楽しめる夢のようなアミューズメント施設がつくられることが望まれます。

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