佐世保事件の概要とその後!加害者「辻菜摘」は現在結婚している?

長崎県佐世保市で起きた佐世保事件について迫ります。佐世保事件とは当時まだ小6だった辻菜摘が、同級生をカッターナイフで斬殺するという衝撃的な事件です。「ネバダたん」として人気者にもなった辻菜摘の詳しい犯行動機や、結婚も囁かれるその後についてを調べました。

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目次

  1. 1佐世保事件の概要
  2. 2佐世保事件で殺された御手洗怜美とは
  3. 3佐世保事件の加害者である辻菜摘とは
  4. 4ネバダたんとは
  5. 5辻菜摘はアスペルガー症候群だった
  6. 6御手洗怜美の家族のその後
  7. 7辻菜摘と家族の現在
  8. 8「ネバダたん」こと辻菜摘は現在既に社会復帰している

佐世保事件の概要

佐世保事件とは、2004年の6月1日に長崎県で起きた小学生による殺害事件です。現場となったのは佐世保にある小学校で、当時11歳の女児が同級生の女児をカッターナイフで切りつけ殺害するという猟奇的な殺人事件でした。加害者の年齢があまりにも幼く、刑事責任を問う年齢の範囲外でもあったこの事件は世界中に衝撃と波紋を広げました。

また事件の詳細から、背景にクラスの学級崩壊があった事や、人間関係がこじれていったネットトラブル、発達障害についてなど、当時の子供たちが直面していた要因も注目されました。加害者女児はホラー小説や残虐性のある作品にも影響を受けており、佐世保事件の後にはテレビドラマの放送自粛や、R15指定作品の発売延期も起きる事態となりました。

事件から15年が経過しようという現在でも、佐世保事件が起きた大久保小学校では「いのちを見つめる集会」が開かれています。体育館に約300人の児童と、教員、保護者や家族などが集まり、校長から「自分の命を大切にしてほしい。友達には思いやりのある態度でやさしくしてほしい」という話などがありました。

被害者の御手洗怜美へ黙とうを捧げ、学年ごとに「優しいクラスになります」や「命を大切にし、笑顔で生きていきます」と決意表明がありました。そして事件当時の在籍児童たちが作詞作曲をした「大切な友達」を合唱しました。

佐世保事件とは

佐世保事件とは2004年6月1日に長崎県佐世保市の佐世保市立大久保小学校で起きた殺人事件です。殺害されたのは当時小学6年生の御手洗怜美で、同級生の辻菜摘から呼び出されカッターナイフで喉と左手を切られ死亡しました。辻菜摘はまだ小学生でありながらも被害者女子の傷は深く、左手の甲は骨が見えていたそうです。

事件当時の大久保小学校校長は出崎睿子で、文部科学省はこの事件を長崎県佐世保市女子児童殺害事件という呼称で取り扱っています。加害者の辻菜摘は11歳という年齢であった事から、法律上の刑事責任を問われない事にもなる為、事件全体の行方も大変注目されていました。

そして今現在もこの悲惨な事件を風化させないよう、大久保小学校の校長室には御手洗怜美の使用していた机といすが置かれています。

佐世保事件の殺害方法とは

佐世保事件が発生したのは2004年の6月1日の給食の時間に差し掛かった時でした。加害者の辻菜摘が被害者となった御手洗怜美を学習ルームに呼び出し、辻菜摘はカーテンを閉めて椅子に座らせ、後ろから手で目隠しをして座っている状態の御手洗怜美をカッターナイフで切りつけました。御手洗怜美の首の傷口は深さ10cmで死因は出血多量でした。

また辻菜摘は殺害した後に担任を呼びに行き、御手洗怜美の為に助けを求めました。しかしその後の供述によれば辻菜摘は御手洗怜美を殺害してから15分ほど様子を伺い続け、最終的に御手洗怜美が死亡したかを確認したようです。傷の深さは、辻菜摘がためらう事も無く殺意を込め、力いっぱい切りつけた事を表しています。

佐世保事件の動機

辻菜摘の供述によると、動機となったのは佐世保事件の起きる前月に御手洗怜美が辻菜摘を背中におぶった際に「重い」と言った事で辻菜摘は怒りの感情を持ったようです。実際に辻菜摘は太っていたわけでは無かったようで、真意は不明ですがそこから2人の仲はよくない方向へこじれていく事になったようです。

この動機についても色々な見方をしたものがあります。客観的な推測から、辻菜摘の父親が障害を患い辻菜摘も家族に対しストレスがあった説に、御手洗怜美の父親へ嫉妬の感情を持っていたという説も存在するようです。辻菜摘の殺意は最初、父親の御手洗恭二に向けられていたというネット記事などもちらほら出されました。いづれも定かではありません。

辻菜摘の11歳という年齢は幼く、真実を引き出すことも現実問題難しいのかもしれません。

佐世保事件が世界に与えた影響

佐世保小6女児殺害事件は全世界に反響を及ぼしていました。日本での小学生が起こした凶悪犯罪は、以前からもしばしばありました。しかし学校内部で起きる暴力行為などは年々減少している傾向であったため、再び少年法の改正についてや、児童保護という観点で対策の見直しが重要視されることとなります。

またこの佐世保小6女児殺害事件では、小学生ですでにインターネットのウェブサイトを使用して、コミュニケーションをとる手段が浸透しているという事も世間に強く印象付けました。また、加害者の辻菜摘が自身で手に入れたR15指定の映画作品を度々見ていたという事から、DVD「バトル・ロワイアルII・特別編~REVENGE」の発売も延期されました。

佐世保小6女児殺害事件は加害者の年齢がまだ幼い事もあったために報道に規制がかかり、事件の報道にて辻菜摘や家族は匿名で扱われていました。また被害者である御手洗怜美の家族側だけが、例のごとく晒されるという格好にもなりました。現在では加害者の辻菜摘の実名もかなり出回り周知されています。

佐世保事件で殺された御手洗怜美とは

御手洗怜美は小学4年生の時に大久保小学校へやって来た転校生でした。父親は毎日新聞社の佐世保市支局長で、母親は病気ですでに他界しています。徳島の大学に通う兄と中学3年生の兄がおり家族4人で支え合って暮らしていました。御手洗怜美は明るく積極的な性格でクラスの人気者でもありました。

音楽はSMAPや宇多田ヒカルが好きで、ミタっちと呼ばれていました。食べ物はとにかくじゃがいもが大好きと、いつも周囲の友達などに話していたそうです。また御手洗怜美と家族が住んでいたのは、辻菜摘の家からかなり距離のある、中心部寄りの天満町3丁目で人気も多く賑やかな場所です。

加害者との関係

佐世保小6女児殺害事件の加害者である辻菜摘と、殺害された御手洗怜美はもとは仲の良い友達関係で、同じグループ内で交換日記をしていた事もありました。個人的に親しくしていた期間もあり、御手洗怜美の兄も交えて一緒にゲームをして遊んだこともあったようです。

絵が好きな事でも意気投合していた

御手洗怜美が大久保小学校へ転入をしてきた当初、辻菜摘と御手洗怜美の2人は絵を描くのが好きだったことでも意気投合をしていました。さらに御手洗怜美が地域のミニバスケットボール部へ入部すると、辻菜摘も後を追うようにミニバスケットボール部へ入部したそうです。

佐世保事件が起きたきっかけ

佐世保事件のきっかけは、事件の起こる前月の5月に御手洗怜美が辻菜摘を背中におぶった際に「重い」と言い、辻菜摘が腹を立てた事でした。そしてその後、御手洗怜美はインターネットの自身のウェブサイトにて、辻菜摘の事を「言い方がぶりっ子だ」と書き込みました。

辻菜摘本人は元々仲の良かった御手洗怜美のパスワードを知っていた為に、御手洗怜美のウェブサイト管理画面より、不正にパスワードを使用して書き込みを削除します。御手洗怜美は削除された内容を再び書き込み、この書き換えについて「荒らしにアッタンダ。マァ大体ダレがやってるかワかるケド」と辻菜摘へあてた内容の書き込みをします。

辻菜摘はその後も御手洗怜美のアバターを削除しカボチャのアイコンに差し替えをおこなったりと、怒りは増幅しネットトラブルにも発展していきました。

この頃、御手洗怜美は歳の近い兄へトラブルの様子を相談したこともあったようです。殺害事件が起きる前に家族が運命を変えられたかもしれないタイミングはそこだったのかもしれません。その後に、兄も大変悔やんだことを明かしていました。

佐世保事件の加害者である辻菜摘とは

佐世保小6女児殺害事件の加害者である辻菜摘は、犯行当時11歳でした。長崎県佐世保市生まれで、通っていた大久保小学校からは少し距離のある「小野町」という山中の集落に家族5人で住んでいました。現在はペンションや弓張岳展望台などはありますが、美しい自然に囲まれた人気のない静かな場所になっています。

辻菜摘の性格

辻菜摘は1992年11月21日生まれのさそり座、A型で2人姉妹の妹です。辻菜摘の性格は小さい頃から両親のいう事をよく聞き、手のかからない子だと言われていたようです。辻菜摘はもともと大人しい性格だったようで、小学5年生の頃には所属していた地域のミニバスケットボール部に熱中していました。

小学校5年生の終わりごろから辻菜摘の性格には徐々に変化が見られるようになりました。目に見えて情緒不安定であったり、些細な事で逆上したり男子を追い掛け回して罵声を浴びせるなど、集団でクラスメイトにいじめをすることもしばしばあったようです。

小学6年生になると、成績が悪くなった事や、帰宅が遅くなる際に田舎道を1人で歩くのは危険だという理由で、親から部活を辞めされられました。その際に辻菜摘と両親が争うという事は特に無かったようです。辻菜摘は小説が好きで、中でも「ボイス」や「バトルロワイヤル」などのホラーや殺人など残虐性の強い作品を特に気に入っていたようです。

ちなみに当時の辻菜摘の将来の夢は小説家や漫画家と語っていました。辻菜摘は事件を起こした前日に、テレビドラマの「ホステス探偵危機一髪6」を見ており、ストーリーにはカッターで殺害するというシーンも含まれています。その後の供述で、このシーンから殺害方法のヒントを得た事を話したそうです。

辻菜摘の家族構成

当時の辻菜摘の家族構成は、父親の辻裕二、母親の辻雪代、姉、祖母という構成になっています。両親は東京で知り合い、父親は結婚後に母親の婿養子となったようです。母親は佐世保市内の大塔にある大型ショッピングセンター・ジャスコシティ(現在イオンの下着売り場)でアルバイトをしており、姉は商業高校に通っていました。

父親との関係

辻菜摘の父親は保険会社に勤めていましたが事件の約9年前に脳梗塞で倒れており、しばらく寝たきりが続いたそうです。その後は徐々に回復しリハビリをして、在宅で保険代理店の経営とおしぼりの配達に出たりしていました。父親は病気で倒れてからも、辻菜摘の存在があったから頑張ることが出来たと証言したため娘との関係も良好であったとされています。

佐世保小6女児殺害事件が起きた後には被害者家族へ手紙を送っていました。また父親は辻菜摘について「私の育て方が悪かったのでしょう」と綴ったといいます。

辻菜摘の父による手記

娘が事件を起こす2、3日前、私は「チソン、愛してるよ」という本の広告を見つけました。交通事故で顔と身体にひどい火傷(やけど)と障害を負った韓国の女子大生が、最初は絶望していたけれども、やがてありのままの自分を見つめ、全身の障害と戦いながら前向きに生きるようになるまでを書いた手記だということでした。

私が娘に内容を説明して「こんな本があるよ。すごいね。読んでみる?」と尋ねると、娘は興味を持った様子で、「読んでみたい」と言いましたので、私はすぐにこの本を注文しました。事件の前夜、私が娘に「今日、本を発送したそうだよ。2、3日で届くよ。楽しみだね」と言いましたら、娘はにこにこして嬉(うれ)しそうに「うん」とうなずいていました。

しかし、その翌日に、娘は事件を起こしてしまいました。

この手記の中では辻菜摘は身体に障害のある父親の着替えなどもよく手伝ってくれるいい子だったとも記載されています。また親子の会話もよくしていたとも綴られています。家族関係も良好のようで、事件について知らされた時には本当に信じられなかったようです。

父親による手記は、突然加害者の父親となったショックとお詫び、被害者への冥福を祈る意も記載されていました。

ネバダたんとは

ネバダたんとは辻菜摘のネット上の呼び名で、佐世保小6女児殺害事件の事をNEVADA事件とも呼ぶ事もあります。ネット上ではネバダたんがキャラクター化され偏った人気も出始める事態になっていました。当時の掲示板サイト2ちゃんねるでは「ネバダたんアスキーアート」も作成され不謹慎なネバダたん祭りとなっていたようです。

辻菜摘自身がファンでもあったホラーや虐殺ものに登場するキャラクターのように、殺人キャラ・ネバダたんとしてネット上で大変騒がれました。ネバダたんと結婚したいというギャグを交えた書き込みも多々あったようです。

辻菜摘のネット上での名前

佐世保事件の際にインターネットには辻菜摘と御手洗怜美の載っているクラスの集合写真が出回っていました。そこに写っている辻菜摘が着ていたダボっとした大きめのパーカーには「NEVADA」というプリントが入っていました。その為、ネットユーザーたちは辻菜摘をネバダたんと呼び始めました。

その後もネバダたんはいろいろな所でキャラクター化されたり、ネバダたんのトレードマークのパーカーを着たネバダたんコスプレをする者も現れました。ネバダたんのオリジナルイラストのアップも相次ぎました。

ネットの反応

佐世保事件やネバダたんについて、ネットの反応はさまざまですが世界中に反響が及んでいます。ネバダたんの犯行手口はサイコパスさながらですが、その年齢や容姿から「史上最も可愛らしい殺人者ネバダたん」といったものが多いです。もちろん隔離して一生社会に出さないでほしいという声も、現在に至るまで多数あげられています。

公園で撮影された集合写真はネバダたんが可愛らしい小学生である事を写し出しています。

ドイツのニューメタルバンド「NEVADA TAN」

佐世保事件が起きてから3年後の2007年にはドイツの6人組ニューメタルバンドが誕生しました。佐世保事件で加害者だった辻菜摘が、ネット上で付けられていた「ネバダたん」という呼び名をバンド名にしています。このNEVADA TANは、活動するやいなや批判が相次いだ事もあり、その後2008年1月20日には正式にPanikと改名しています。

精神鑑定の結果

通常14歳以下は刑事責任を問われませんが、今回の佐世保事件では長崎地方裁判所佐世保市局が加害者の辻菜摘について、精神鑑定を行っています。精神鑑定は84日に渡りました。鑑定結果は人間関係を築く能力に遅れが見られる、ある種の発達障害の可能性を指摘しつつ、特定の精神疾患の確定診断には至っていないとなっています。

世間やネット上ではカッターナイフで斬殺するという強烈な犯行手口からも、加害者の辻菜摘はサイコパスではないかという声も多く見られていました。

また長崎佐世保家裁支部の最終審判が開かれた際に、家庭調査官のうちの1人の女性が涙ながらに「私はまだあなたの心が見えない」と反省や謝罪を促すような口調で詰め寄ったが、辻菜摘は困惑した表情を浮かべたまま一切謝罪に応じる事は無かったそうです。

辻菜摘はアスペルガー症候群だった

佐世保事件を起こした辻菜摘は、精神鑑定では同世代の子供たちと比べて情緒面に著しく遅れがみられると指摘をされており、その後に送致された児童自立支援施設でアスペルガー症候群の診断を受けています。些細なことでも逆上し、激しい行動に出てしまうところがあった辻菜摘は実際に障害をかかえていたのでしょうか。

アスペルガー症候群とは

アスペルガー症候群とは発達障害の1つで、生まれつきの脳機能と発達のアンバランスさと、環境や人との関わりなどにより生じたミスマッチで、社会生活の困難さが起きた時に表れる症状です。厚生労働省はアスペルガー症候群を広汎性発達障害(広い意味での自閉症の1つのタイプ)と定義しています。言葉の発達や知的発達の遅れは無いとされています。

アスペルガー症候群は記憶力が優れていて勉強もよくできるという場合もあります。しかし自分の中の規律を乱されると混乱をする性質から、英文法の構造、数学の構造の原理が理解出来ない、イメージで物事を捉えられないという兆候もよく見られます。そしてマイルールによる異常なこだわりも特徴的です。

またアスペルガー症候群は約4000人に1人の確率で発生すると言われています。

症状①社会性の障害

アスペルガー症候群の1つ目の症状は、人間関係において困難が生じるような社会性の障害がみられる症状です。対人関係において相手の気持ちを汲み取る事や、その場の「空気を読む」といった事が苦手な所が特徴的です。自分の発した言葉や取る行動で相手がどんなふうに感じるかを想像するのも苦手の為、ストレートで率直な発言もします。

その為、アスペルガー症候群の人は「無神経な人」や「常識が無い人」というふうに誤解されてしまう事もあるようです。本人には悪意が無く、なぜ周囲の人たちから自分はそんな風に言われるのかも理解できずに孤独感や疎外感を抱く人も多いようです。突拍子の無い一言で場の空気を凍らせてしまうのもよくある事のようです。

症状②言語コミュニケーションの障害

アスペルガー症候群の2つ目の症状は、言葉の使い方が独特であり他人との意思疎通がスムーズにいかないといった症状です。例えば本で覚えた難解な言葉を日常会話でも使用する、年齢や状況などにもそぐわないような口調であったりするため「変わった人」と思われてしまうようです。

相手の声色や「顔」から真意を読む事や、お世辞やユーモアを理解するのも苦手のようです。そして耳から入る情報を処理するよりも、視覚的な情報を理解する方がしっくりくるようです。そのために会話に付いていけなくなるという事が起きるようです。知的能力の発達には特に遅れはありません。

症状③想像力の障害

アスペルガー症候群の3つ目の症状は、予想外の事態が起きた時に瞬時に判断し臨機応変な対応を取ることが苦手な、想像力の障害という症状です。

アスペルガー症候群の人は突然予想外の事が起きると不安になり、パニック状態になる事があります。1つの物事に対し、その中の一部分に意識が集中してしまうため、全体的な把握が苦手であったりもするようです。

興味をもつことのカテゴリーが狭く、さらにそれをいつまでも深く追求する事が好きです。アスペルガー症候群で対人関係が困難であり、人を避けるようにして自分の好きな事に没頭しているという人も多いようです。

記憶力などが優れていることも多い

アスペルガー症候群の患者には記憶力が優れていることもよくみられるようです。その為、アスペルガー症候群には頭のいい人が多い、と思っている人も多く、佐世保事件を起こした辻菜摘の場合は成績不振であった事などからアスペルガー症候群ではないと意見する人もいました。

しかし一方で専門家はアスペルガー症候群にはイメージでとらえる事が難しく図形の問題も苦手な傾向があるといいます。また英語の文法構造や決まった数式理解が困難であったり、パニックを起こしやすい要因もあるためアスペルガー症候群なら勉強が出来るはずという誤解を指摘しています。

治療は全く受けていなかった

辻菜摘は同級生の子供の中でも情緒に著しい遅れが見られたものの、佐世保事件を起こしてしまうまで発達障害の治療というものは全く受けていませんでした。アスペルガー症候群は自閉症とは違って見た目や行動の特殊性がわかりにくく気付きにくい障害ともいわれています。

すさまじい事件が起きる前に、家族だけでも障害に気づくことが出来ていたらと思うところですが、一般人目から見て特定するのは難しいようです。

御手洗怜美の家族のその後

佐世保事件が起きた後には、被害者遺族や同級生の児童たち、学校関係者に一時的なPTSDの症状がみられました。また事件現場へ駆けつけた救急隊員にも惨事ストレスとサイバーズ・ギルトの兆候が見られていました。そのような大惨事に見舞われた被害者家族のその後についても紹介します。

父親と兄のその後

佐世保事件の起こった日、父親の御手洗恭二は慌ただしい中で娘の司法解剖とマスコミの前での会見時刻をほぼ同時にして、新聞社支局長として記者が必要であろう写真を用意しました。1人で対応を引き受けて家族を守ろうとだけ考えていたそうです。10年後の講演の中で兄は当時の父はうつろな様子で「この人自殺するかもしれない」と思ったと語っています。

また中学3年生だった兄は事件が起きた際に突然校長から相談室へと呼ばれて、ネットニュースのコピーを見せられ、妹の事を聞かされました。ショックでありながらも涙が出ることはなく、2時間ほど教員たちと座っていたそうです。その後、深夜になって司法解剖の済んだ妹の遺体と対面した時にはやっと涙があふれたそうです。

佐世保事件の起きた後に、裁判所から調査の為として御手洗怜美の遺品を提出する依頼がありました。その際に御手洗恭二は、娘の御手洗怜美が誕生日に辻菜摘から渡された手紙を提出したそうです。その手紙には「ずっと友達でいたい」と書いてありました。小学校で卒業式が行われた日には、帰らぬ人となった娘の卒業証書を父が受け取ったそうです。

また御手洗怜美の父親は厚労省に対して辻菜摘の処遇プログラムの説明や、辻菜摘に接している職員との面談も求めましたが、更生を阻害される恐れがある事を理由に拒まれたそうです。さらにわずかに近況報告を受けていた佐世保の児童相談所も、辻菜摘が成人になったことを機に連絡が途絶えました。

兄は大学へ進学

次兄は翌年、高校に進学後、事件のことが頭から離れなくなり、毎日保健室で過ごすようになった。御手洗さんは高校から「出席日数が足りない」と連絡を受けて知った。御手洗さんは「元気に学校に通っていると思い込んでいたのでショックだった。娘が加害女児とトラブルになっていたことも知らなかった。またやってしまった、と思った」と話した。
 九州の大学に通う次兄は今回、初めて人前で事件について語った。講演後、御手洗さんは「親子で事件について話すことがほとんどなかった。苦しい思いをさせたが、ひどい結果にならなかったことが幸運だった。成長した息子の姿を見られてうれしい」と語った。

事件当時、中学3年生だった兄は、その後九州の大学に進学をしました。暫く漠然としていた時期を過ごしながらも少しづつ当時の自分に向き合う事が出来たり、事件前後の頃を振り返る機会も増えたようです。家族で話す時間も少しずつ増えてきたといいます。ちなみに現在も次兄は結婚はしていないようです。

10年後に希望した対面での謝罪と情報開示

兄は「謝罪があっての更生のはずだし、私も謝罪を受けて事件から立ち直れると思っている。どちらもスタート地点に立てていない」と対面での謝罪を望む。恭二さんは「(遺族側と加害者側との)間に入る第三者はいずれいなくなる。関係をどうつないでいくか、僕自身も相手も考えないといけない」と言葉を選ぶように語った。

事件から5年経過して兄が胸中を語り、10年後には父と福岡で行われたシンポジウムでの講演もしています。辻菜摘が施設を退所したあと何も情報が入らないことから、上記のように対面や情報開示を望む内容の発言も残しました。

兄は妹と話したくなったら花束や供え用の漫画を持って丘の上に建つお墓へ行くそうです。また兄は事件が起きる前に妹から辻菜摘と仲がこじれていると相談を受けたこともあった為、今でも自責の念に苦しめられ何も手に付かなくなることがあるそうです。

父親の部下によるノンフィクション著書を出版

佐世保事件から10年が経ち、当時の御手洗恭二の部下である川名壮史が執筆した「謝るなら、いつでもおいで」を出版しました。なお、この本のタイトルは当時中学3年生だった御手洗怜美の兄が、辻菜摘に言いたかったという言葉を使用しているそうです。本の後半部分には、御手洗恭二と兄へのインタビューも掲載されています。

著者の川中壮史は長野県出身の新聞記者で、早稲田大学を卒業後に毎日新聞へ入社しました。御手洗怜美が小さい時から家族ぐるみの付き合いをしていた1人で、10年に渡って佐世保事件の取材を続けてきました。そしてこの本の中では佐世保事件当時の当事者への社会の反応について振り返ってまとめ、少年法の在り方についてなども綴られています。

また辻菜摘のネバダたんは確かに可愛いので困るという川名壮史の心境も語られました。

辻菜摘と家族の現在

佐世保事件の後、辻菜摘の両親は娘が通う事となった栃木県の児童福祉施設の近くへ引っ越したようです。国立きぬ川学園周辺は田畑が多く、すぐそばを東北新幹線や奥州街道が通っています。現在も人気はさほど無い静かな場所であり、加害者家族はこの周辺でひっそりとその後を過ごしていたようです。

その後、辻菜摘は社会復帰や結婚をしたのでしょうか。結婚をした際には、結婚相手に対して自分の犯した殺人事件を打ち明けるのでしょうか。

事件後の辻菜摘に下された処分

佐世保事件が起きた年の9月15日、加害者の辻菜摘には処分として最長で2年間までの行動の自由を制限する措置を認めたうえで、国立の児童自立支援施設への送致が決定されました。決定要旨の内容には、辻菜摘は対人的な事に注意が向きづらい特性であるため、対人行動が受動的だったとしています。

また辻菜摘に対する両親の接し方にも目配りなどが不十分で、情緒的な働きかけも不足していたとしています。大人しく手のかからなかった辻菜摘の抱えていた問題を見過ごしてきたという内容が記載されています。送致後の大久保小学校は辻菜摘を出席停止扱いにしていましたが、卒業時には同級生と同様に自立支援施設にて卒業証書を渡しています。

国立きぬ川学園とは

国立きぬ川学園は、栃木県さくら市にある児童自立支援施設です。法務省管轄の矯正教育を行う少年院とは違い、厚労省管轄の支援を要する者の為の福祉施設です。また国立きぬ川学園は全国の児童自立支援施設の中でも、唯一女子専用で強制的に行動の自由を制限できる所です。

定員100名で集団生活をする寮と、外から鍵をかける事の出来る個室もあります。精神科医と専門員が常駐し、個別指導を通し人間関係と社会性を身に付けられるように支援しています。辻菜摘は定期的なカウンセリングを受けながらこの施設のプログラムを受けていました。

現在は改名して社会復帰

辻菜摘は国立きぬ川学園に3年間通って高校へ進学し、その後は社会復帰をしたようです。その際には改名もしているようです。この頃を目途に、辻菜摘の両親から遺族に送られていた手紙も途絶えました。また養子縁組や結婚で改名をする機会があれば、辻菜摘が特定される可能性もさらに低くなっていくのかもしれません。

社会人として辻菜摘の更生と復帰を望むことも大切でありながらも、償いとは何かという事や、謝罪とはどういう事なのかを問う声は遺族たち以外の人からも上がっています。

辻菜摘は結婚までしている

その後の辻菜摘は法務省関係者と養子縁組を行っていて、結婚もしているようです。また完治の難しい病気にかかり闘病生活を送っているなども囁かれています。実際はどうしているのかはっきりとは公開されていませんが、年齢的に結婚して子供がいるというのも十分あり得る事です。どのような結婚相手なのか、結婚相手に事件のことを明かしたのかも不明です。

辻菜摘は現在、更生して社会に復帰を果たし、結婚して幸せになっているかもしれません。しかし一方の被害者遺族は複雑な心境のままです。活動を通しながら辻菜摘に生きていてほしいと前提したうえで、辻菜摘の現在の心境を知りたい、当時の自身の行動を反省した上で今でも謝罪をして欲しいと遺族たちは希望しています。

両親のその後とは

辻裕二と辻雪代については現在も詳細不明となっています。栃木へ引っ越した際に父親だけはしばらく佐世保に残って生活をしていたようですが、結婚したまま別居しているのか、離婚をしたのかなどの情報は現在も公開されていません。辻菜摘の姉は佐世保の商業高校を中退し、高校卒業認定試験を受けて進学もしているようです。

姉も就職をしたのかや、結婚はしたのかなどは一切公開されておらず、ほぼ消息不明となっています。

「ネバダたん」こと辻菜摘は現在既に社会復帰している

佐世保事件の背景にはさまざまな要因もありましたが、このような悲劇ともいえる恐ろしい事件が再び起こらないようにする為にも、事件を風化させない事が課題の1つとなっています。犯行当時は11歳だった佐世保事件のネバダたんこと辻菜摘も、2018年現在は26歳になり社会復帰を果たしています。

すでに結婚をして子供を授かっているかもしれません。どんなふうにして現在の辻菜摘が日々自身の過去と向き合っているのか気になるところです。

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