林真須美死刑囚の今現在!和歌山毒物カレー事件の真相や動機とは

ヒ素が入ったカレーを食べ、多数の被害者を出した和歌山毒物カレー事件の犯人である林真須美は死刑判決が下されました。現在は服役しています。しかし和歌山毒物カレー事件の動機が判明しておらず、冤罪の可能性も指摘されています。事件の真相や息子たちのその後を調査しました。

林真須美死刑囚の今現在!和歌山毒物カレー事件の真相や動機とはのイメージ

目次

  1. 1林真須美とは
  2. 2和歌山毒物カレー事件とは
  3. 3和歌山毒物カレー事件の真相
  4. 4和歌山毒物カレー事件の犯人・林真須美の生い立ち
  5. 5林真須美が和歌山毒物カレー事件の犯人として逮捕された理由
  6. 6和歌山毒物カレー事件が冤罪と騒がれる理由
  7. 7和歌山毒物カレー事件の裁判とその後
  8. 8和歌山毒物カレー事件は日本を震撼させた衝撃の事件だった

林真須美とは

林真須美は和歌山毒物カレー事件の犯人とされている人物です。園部地区で行われていた夏祭りのカレーにヒ素を混入し、大量の被害者を出しました。過去に保険金詐欺の実行、さらに知人にヒ素入りの食べ物を提供し、保険金を騙し取ろうとした経歴もあります。林真須美は保険に関する知識が豊富で、それを悪用してお金を稼いでいました。

林真須美はそういった問題行動を起こしていましたが、なぜ和歌山毒物カレー事件を引き起こしたのかは動機が判明しておらず、現在でも謎が多いと言われています。

和歌山毒物カレー事件の犯人

林真須美は和歌山毒物カレー事件の犯人です。林真須美の自宅にあったヒ素が使われたことは判明しているのですが、本当に林真須美がヒ素をカレー鍋に混ぜたのか曖昧な状態です。そのため「林真須美は犯人ではなく、真犯人が別にいる」という冤罪説も流れています。現状では林真須美がもっとも犯人に近いと言ったほうが正しいかもしれません。

現在は服役中

林真須美は現在も服役しており、和歌山毒物カレー事件を取材している歴史学者と文通をしています。その手紙には刑務所内や拘置所内での出来事が書かれており、息子や娘への想いも書いてあるそうです。林真須美は下された死刑判決に納得しておらず、現在も冤罪を主張しています。まだ死刑は執行されておらず、いつ行われるのかも不明です。

和歌山毒物カレー事件とは

和歌山毒物カレー事件は和歌山県で発生した毒物を使った事件です。園部地区で行われていた夏祭りで起きたもので、カレーライスに毒物が混入されていました。被害者は67名でその中の4名が死亡、被害は大人数に及んだのです。事件のショッキングさから、当時のニュースは和歌山毒物カレー事件を連日報道をしていました。

和歌山毒物カレー事件の真相や林真須美の動機を解明するため、報道陣は連日のように林真須美の自宅に詰め掛けていたそうです。あまりの過熱報道に苛立った林真須美は、報道陣に向けてホースで水をかけたこともあります。息子や娘の学校生活にも悪影響を及ぼしていたため、抗議の意味も込めてこのような過激な方法をとっていたのでしょう。

和歌山で発生したヒ素混入事件

和歌山毒物カレー事件はその名の通り、和歌山県で発生しました。地元の夏祭りで提供していたカレーにヒ素が混入されていたのです。ヒ素を体内に取り込むと、中毒症状が現れます。胃腸や粘膜、肝機能、皮膚、精神への作用まで、さまざまな症状が出てくるのです。症状が重篤な場合は、死亡することもあります。

ヒ素を体内に摂取したその後は、嘔吐症状が特に多くみられるようです。ヒ素中毒者の嘔吐物は黄色や緑色になり、通常の嘔吐物とは違いがあります。和歌山毒物カレー事件の被害者たちも嘔吐がほとんどで、嘔吐物の色も通常のものとは違っており、ヒ素が含まれていました。

死者4名負傷者67名の被害者

和歌山毒物カレー事件に巻き込まれた被害者は67名です。そのうちの4名が死亡しています、死亡したのは小学4年生の男の子、女子高校生、園部自治体の会長と副会長が死亡しました。63名の被害者は、激しい嘔吐に見舞われたのです。祭り会場にいた人たち全員が嘔吐をしたのですが、症状が出た場所はバラバラでした。

ヒ素入りカレーを自宅に持ち帰って、家族と食べていた人もいたためです。当初はヒ素が入っているとは誰も思っておらず、パニックになったそうです。

和歌山毒物カレー事件の真相

和歌山毒物カレー事件は真相がわかっていない事件です。犯人の林真須美はなぜカレー鍋にヒ素を混入したのでしょうか。下記では和歌山毒物カレー事件の真相に迫るため、状況や時系列を整理していきます。

夏休み中に起きた悲劇

和歌山毒物カレー事件が発生したのは1998年7月25日、夏休みが始まって間もない頃です。夏祭りの料理はおいしいと評判がよく、食事を楽しみに出掛けていた子ども達も多かったそうです。料理を作っていたのは町内会の主婦たちで、腕によりをかけていたのでしょう。事件当日にはカレー以外にもおでんや焼き鳥も提供していました。

和歌山毒物カレー事件以降、園部で開催されていた夏祭りは中止されており、再開の目途は立っていません。当時、夏祭りの会場だった空き地には新興住宅が建設され、新たな住人が引っ越している状態です。世代的にも和歌山毒物カレー事件のことを知らない人が増え、事件は少しずつ忘れられていると言えます。

しかし大切な息子や娘を亡くした人たちの怒りは現在でも続いているのです。

当初は食中毒と思われた

ヒ素入りカレーを食べた被害者たちは、全員が嘔吐をしています。このことから当初はウェルシュ菌やセレウス菌による食中毒ではないかと疑われていました。元々カレーはウェルシュ菌の繁殖により食中毒が起きやすい食べ物だからです。被害者を診察した医師も食中毒と見ていましたが、検査結果の数値や嘔吐物から食中毒の診断を見直しました。

被害者らの嘔吐物を詳しく調べたところ、ヒ素が検出されました。一命を取りとめた63名を検査したところ、低カリウム血症やQT延長症候群、白血球の増加など、食中毒では通常見られない症状が出ていたのです。

別件で逮捕されていた林真須美夫妻が再逮捕

警察はヒ素混入の証拠が見つけられず、逮捕には至りませんでした。そこで警察は和歌山毒物カレー事件での逮捕ではなく、殺害未遂と保険金詐欺で林真須美と林健治を立件したのです。その後1998年12月9日に和歌山毒物カレー事件での再逮捕、さらに20日後の29日には殺人と殺人未遂で起訴されました。

林真須美と林健二が逮捕される前、報道陣は林家に詰めかけており、逮捕を生中継で放送しました。息子と3人の娘は両親の逮捕にひどく動揺をしていたそうです。

和歌山毒物カレー事件の犯人・林真須美の生い立ち

ヒ素を扱い、保険金殺人を計画していた林真須美はどのような人間性だったのでしょうか。和歌山毒物カレー事件が発生した後、林真須美は自宅に押し掛けるマスコミに向かって放水したり、ニュース番組での扱いについて猛抗議をしたり、おとなしく黙っている性格ではなかったようです。林真須美の幼少時代から結婚、家庭生活を掘り下げます。

三兄弟の末っ子として生まれる

林真須美は漁村の生まれで、男兄弟が2人おり一人娘として大切に育てられました。家庭の経済状況は裕福で、自宅にはピアノも置いていたそうです。林真須美の両親は子どもたちにお小遣いも潤沢に与えていました。一見すると、わがまま放題に育つイメージがありますが、林真須美は家の手伝いをよくする子どもだったそうです。

幼少時代の林真須美を知っている周囲の人たちは、「明るい性格で家の手伝いをするいい子」という評価をしていました。また負けず嫌いであるという声も上がっていたそうです。

成績上位の優等生

学生時代の林真須美は秀才で、勉強が得意な女子でした。内気で大人しい性格だったそうですが、負けず嫌いな性格は激しさを増していたそうです。テストの結果に納得ができないときや、高得点をとれなかったときは、激しい怒りを露わにしていました。ヒステリックに怒るため、大人しい林真須美しか知らない人は驚いたことでしょう。

林健治被告と結婚

無事に高校を卒業した林真須美は、寮制度のある看護学校へと進みます。校則、規律ともに厳しい学校だったようで、林真須美は「自由がない」と愚痴をこぼしていました。窮屈さを感じつつも、林真須美は2年生へと進級します。この頃、林真須美は後に夫となる林健治と出会ったのです。

出会った当時の林真須美は19歳、林健治は35歳、16歳の年齢差がありました。林健治はシロアリを駆除する会社の社長を務めており、羽振りがよかったそうです。さらにギャンブルで買ったときは100万円を超えるお金を稼いでいました。当時の林健治の経済力は、林真須美にとって魅力に感じられたと言えます。

林健治は既婚者の身でありながらも、林真須美の送迎をしたり、高額なプレゼントを渡したりしていたそうです。

林真須美が看護学校を卒業して間もなく、2人は結婚しました。林真須美は初婚でしたが、林健治は過去に2度離婚を経験していたため、結婚をするのは3度目です。なぜ前妻たちとの結婚生活がうまくいかなかったのか、その理由は林健治のDV癖にありました。林健治はカッとなるとすぐに手が出る性格だったのです。

林真須美も披露宴のとき、ささいな行き違いで激昂した林健治に殴られています。しかし林真須美と林健治は離婚という選択を選びませんでした。林真須美は子どもの頃から負けず嫌いな性格だったため、林健治に殴られても一歩も引かなかったのでしょう。歪んだ形ではありますが、林真須美と林健治のウマは合っていたのかもしれません。

4人の子供と詐欺生活

結婚後、林夫妻は4人の子宝に恵まれました。息子1人と娘3人の子育てをしながらも林夫妻はヒ素を使った詐欺に手を染めていたのです。林真須美は保険外交員の仕事に就いており、保険のプロでした。また林健治もシロアリ駆除の仕事でヒ素を扱っており、ヒ素の入手は容易かったのです。2人が仕掛けた詐欺の方法は驚くべきものでした。

林健治がヒ素をごく少量を摂取し入院、林真須美が保険金を請求するという手口です。体に障害が残るような病気や怪我の場合、高度障害保険が適用され死亡保険と同等の保険金が手に入ります。林夫妻は高度障害保険を巧みに利用していました。ヒ素を飲むと、激しい下痢や嘔吐だけではなく、手の震え、握力の低下といった症状が現れます。

林夫妻はこの症状を利用し、障害が残ったように見せかけて保険金を請求していました。

診察をした医師も、猛毒であるヒ素をまさか自分で飲むとは思わないでしょう。そのため、普通の検査では下痢や嘔吐、手の震えなど、いったい何が原因が起こっていたのかがわからなかったのです。林健治は生活ができない重度の障害があるように演技を続け、林真須美も医師や看護師を欺き続けました。

2人は同様の詐欺行為を続け、合計8憶円にも上る保険金を手に入れたのです。和歌山毒物カレー事件の後、息子は当時の裕福な生活を振り返っていました。林夫妻は札束を使って息子や娘たちを遊ばせていたこともあったそうです。また林真須美は周囲に「贅沢を覚えてしまうとなかなか忘れられない」と漏らしていたという話もあります。

林真須美が和歌山毒物カレー事件の犯人として逮捕された理由

林真須美が和歌山毒物カレー事件の犯人として逮捕された理由は、ヒ素の入手が容易であったこと、過去にヒ素を使用した保険金詐欺を行っていたこと、夏祭り当日にカレー鍋の見張りをしていたことなどが挙げられます。夫である林健治はシロアリ駆除業を営んでいたため、林真須美の身近にヒ素がありました。

警察はこの点を見て、林真須美が犯人であると睨んでいたようです。

①ヒ素を使った保険金詐欺

林真須美夫妻は、ヒ素を使った保険詐欺を行っており、総額で8憶円にも上るお金を騙し取っていました。まず林健治がごく少量のヒ素を飲み入院します。その後、手の震えや体が動かせない身体障がい者のフリをして、林真須美に介護をさせるのです。自力での排泄ができない演技もしており、林真須美にオムツを取り替えさせていました。

自分の体を動かせない、誰かの介助がないと生活できない場合、高度障害保険が適用されます。高度障害保険の保険金は高額で、死亡保険と同等の金額になるのです。この高額な保険金に目を付けた2人は、何度も保険金詐欺を繰り返していました。

②被告人の頭髪からヒ素が検出

林真須美の頭髪からヒ素が検出されたことも、逮捕の理由になりました。ヒ素を使っていなければ、頭髪から検出されるわけがないというのが警察の見解です。また上述したヒ素を使った保険金詐欺や知人にヒ素を混入した料理を食べさせていたことも、林真須美が和歌山毒物カレー事件の犯人であるという説に信憑性を持たせました。

③鍋の見張り番という役割

事件当日、林真須美はカレー鍋を見張る当番をしていました。過去にヒ素を使った犯罪の前歴があったため、警察は林真須美が犯人であると見ていたのです。警察がとった証言の中に「林真須美がカレー鍋を覗き込んでいた」と具体的なものがあり、林真須美が犯人という説が濃厚になっていきました。

カレー鍋の近くには林真須美の次女もいました。次女の証言によると、林真須美はカレー鍋から20分以上離れていた時間があり、他にもヒ素を入れられる人物がいたと話していたそうです。しかし和歌山地裁は次女の証言を却下し、正式な証言として採用しませんでした。

和歌山毒物カレー事件が冤罪と騒がれる理由

和歌山毒物カレー事件は現在になり、「冤罪なのではないか」という論調が強まっています。その理由は林真須美には地域住民を無差別に殺害する動機がないこと、逮捕されたその後も否認をしていること、さらに当時の警察が行った捜査や検証にほころびが目立ち始めていることなどです。

林真須美は状況証拠だけで有罪になっており、確実に犯人であると決定づける物的証拠が出てきていません。数少ない物的証拠のヒ素も検証結果にゆらぎがあり、林真須美の犯行だと決めつけるには決定力が弱いのです。下記では、林真須美がなぜ冤罪であると言われるのかを詳しく掘り下げていきます。

①所持していたヒ素の成分

林真須美の犯行であると確定するために、和歌山県警察は東京理科大学の中井教授にヒ素の鑑定を依頼しました。ヒ素の持ち運びに使用されたと思われるヒ素が付着した紙コップ、林真須美宅にある容器、カレー鍋に混入されたヒ素、これらの3つを鑑定にかけたのです。結果は同一でした。

しかし、この結果は林真須美を犯人だと断定するには乏しいものだったのです。検察が中井教授に鑑定した内容と中井教授の理解が噛み合っておらず、うまくコミュニケーションをとれていなかったのでしょう。上記で書いた「結果は同一」は、3点のヒ素の組成(要素・成分・組立)が同一であるという意味ではありませんでした。

中井教授は警察とのやり取りで「組成ではなく、ヒ素の輸入業者が同一であることを調べてほしい」と解釈をしており、実際に検証したのはヒ素の輸入業者だったのです。

この結果に疑問を抱いた林真須美の弁護団はその後、京都大学大学院の教授である河合潤に再鑑定を依頼しました。河合潤によると「3点の証拠から採取されたヒ素の組成は同一ではない」という結果が出たのです。林真須美を犯人だと断定するには、3点のヒ素がすべて同一であるという結果が必要不可欠です。

そのため、中井教授の検証結果で林真須美を犯人だと決めてしまうのは無理があります。ヒ素の組成が不一致という点が、林真須美冤罪説を濃厚にしている理由の1つです。

②動機が見当たらない

犯人が事件を起こすには動機があります。林真須美が快楽殺人者であれば話は別ですが、息子や娘がいる母親が何の動機もなくヒ素をカレー鍋に入れるでしょうか。和歌山毒物カレー事件では、林真須美がなぜヒ素を混入したのか、その動機は現在もいっさい判明していません。

林真須美の弁護側は「林真須美にはカレーにヒ素を入れる動機はない」と主張しているのですが、最高裁はその主張を退けています。

最高裁は「犯行の動機は判明していなくても、犯人であるという事実を左右しない」という姿勢をとっており、林真須美と弁護人らの訴えを聞き入れていません。この様子を見た言論人やジャーナリストは、和歌山毒物カレー事件を現代の魔女狩りと表現しています。もしも冤罪であれば、林真須美は無実の罪で死刑になってしまうのです。

③林真須美の否認

林真須美は和歌山毒物カレー事件の犯人として逮捕されたその後、否認の姿勢を一貫して崩していません。取り調べを受けている最中、林真須美が頑なに犯行を認めないことから、担当刑事が業を煮やして怒鳴りつけたという報道も出ています。さらに「私がやりましたと書け」と林真須美に自白を迫ったこともあるそうです。

さらに担当刑事は林真須美の肩を殴りつけたこともあり、何が何でも自白を引き出そうとしていました。林真須美の動機があり殺意もあったとすれば、すでに証拠や証言が出てきていてもおかしくはありません。和歌山毒物カレー事件からすでに10年以上が経過しており、事態は何の進展も見せていないのです。林真須美はヒ素混入すらも認めていません。

林真須美の否認も、和歌山毒物カレー事件は冤罪であるという説を強めている理由です。

和歌山毒物カレー事件の裁判とその後

和歌山毒物カレー事件の裁判は、傍聴希望者が殺到するほど世間の関心を集めていました。どのような判決が下るのか、裁判で林真須美が真相を語るのか、といった期待が大きかったのです。肝心の判決ですが犠牲者を4名も出していたことから、林真須美には死刑判決が下りました。林真須美が冤罪でなければ妥当な判決と言えるでしょう。

しかし実際は冤罪の線も捨てきれていません。林真須美が冤罪であると示す証拠が少しずつ揃っているためです。裁判所は林真須美の控訴や上告をすべて棄却している状態ですが、再審議が行われる日は来るのでしょうか。下記では林真須美の死刑判決や息子たちのその後について取り上げます。

林真須美に死刑判決

林真須美が死刑判決を受けたのは2002年12月11日でした。この日は第一審判決公判で、裁判長は林真須美のヒ素混入、殺意を認めたうえで死刑を求刑したのです。この死刑判決を不服とした林真須美と弁護団は判決を言い渡されたその日、大阪高等裁判所に控訴しています。しかし2005年6月28日、大阪高等裁判所も林真須美らの控訴を棄却しました。

大阪高等裁判所の裁判長も死刑判決を支持したことを不服として、またしても即日に高等裁判所へと上告しました。2009年4月21日、最高裁も林真須美の訴えを棄却。同年4月30日に死刑判決の破棄を申し立てましたが、5月18日に棄却されています。そして5月18日で林真須美の死刑が確定しました。

カレーに対するイメージの悪化

和歌山毒物カレー事件の余波で、被害者が通っていた学校の給食メニューからカレーライスが消え、カレーライスが出てくるアニメが放送自粛になりました。被害者やその家族の心の傷に配慮した結果です。事件発生当時、カレーと言えばヒ素、ヒ素と言えば林真須美、林真須美と言えば殺人事件というように連想されていってしまったのです。

また当時のテレビや新聞も「ヒ素入りカレー」や「毒カレー」と大々的に報じており、カレーのイメージダウンに加担していました。

息子の告白と一家離散

林真須美が逮捕されたその後、4人の子どもたちは施設に入ることになりました。息子の告白によると、林真須美と林健治が逮捕されるまでは裕福な暮らしをしていたそうです。しかし、2人が逮捕されてからは生活が一変してしまいました。「人殺し」、「毒物」と揶揄され、息子たちはひどいイジメに晒されていたそうです。

またマスコミの報道によって自宅の場所が判明していたため、和歌山毒物カレー事件に反感を持つ人物に放火されています。自宅は全焼し、息子たちは住む場所を奪われてしまったのです。林真須美の自宅があった場所は自治体が買い取り、現在では花が植えられています。林真須美と同時に逮捕された林健治ですが、現在は関西方面で暮らしているそうです。

ニュース記事によると、息子が林健治の側に引っ越して面倒を見続けています。

林真須美は死刑囚として服役中

現在の林真須美の動向ですが、移送されていなければ大阪拘置所に収監されています。死刑が確定した後も、林真須美は和歌山地方裁判所に再審請求を出しています。請求は2009年7月22日付で出されていましたが、2017年3月29日付で棄却されました。弁護団は林真須美を無罪にできる証拠を掴んでいるらしく、棄却後すぐに抗告しています。

林真須美の息子は死刑が確定した後も面会に訪れ、母親の体調を気遣っているそうです。林真須美は自身の死刑判決に納得しておらず、冤罪であることを主張しています。息子にも「私は死ぬまで戦うつもり」と話しており、和歌山毒物カレー事件は冤罪だと言い続けているようです。

和歌山毒物カレー事件は日本を震撼させた衝撃の事件だった

和歌山毒物カレー事件は、動機が不明で決定的な証拠がない状態で死刑判決が下された不可解な事件です。林真須美にはヒ素を使った犯罪行為に手を染めた前歴がありますが、和歌山カレー毒物事件に関しては謎が残ったままと言えるでしょう。林真須美は冤罪を主張していること、ヒ素の鑑定に穴があることなど、調べるべき事柄がまだ残っています。

裁判所が林真須美と弁護団の抗告を受け入れるのか拒否するのか、今後の和歌山毒物カレー事件のポイントになるでしょう。和歌山毒物カレー事件から10年以上が経過しており、新たな進展があるのかは断言できませんが、冤罪での死刑だけは避けなければならないと言えます。

関連する記事はこちら

Thumb【本庄保険金殺人事件】八木茂死刑囚の生い立ちや今現在は
本庄保険金殺人事件をご存知でしょうか。スナック経営者の八木茂は武まゆみなど店のホステス3人(...
Thumb夕張保険金殺人事件とは!日高夫妻(日高信子・日高安政)は恩赦?
夫婦で死刑執行された戦後初の事例、夕張保険金殺人事件をご存知でしょうか。日高安政と日高信子は...

関連するまとめ

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ