ヘンリー・リー・ルーカスとは【映画化された連続殺人犯】

世界最悪の殺人鬼の一人であるヘンリー・リー・ルーカスは、映画の登場人物のモデルにされるなど、現在でも注目を集め続けています。母親による虐待などヘンリー・リー・ルーカスの生い立ちや、連続殺人の殺害方法、彼が残した猟奇的な名言や絵画についてご紹介します。

ヘンリー・リー・ルーカスとは【映画化された連続殺人犯】のイメージ

目次

  1. 1ヘンリー・リー・ルーカスとは
  2. 2ヘンリー・リー・ルーカスの人生【生い立ち】
  3. 3ヘンリー・リー・ルーカスの人生【連続殺人】
  4. 4ヘンリー・リー・ルーカスが後世に残したもの
  5. 5ヘンリー・リー・ルーカスの人生は映画になっている

ヘンリー・リー・ルーカスとは

アメリカ史上最悪のシリアルキラーの一人と言われているヘンリー・リー・ルーカスとはどのような人物なのでしょうか。ヘンリー・リー・ルーカスが殺害した人数や事件を起こした時期、ルーカスをモデルにした映画をご紹介します。

アメリカの連続殺人犯

ヘンリー・リー・ルーカスは、1950年代から最後に逮捕されるまでの30年以上にわたり、殺人を繰り返し続けた連続殺人犯です。

驚くべきことに、ヘンリー・リー・ルーカスが殺害した人数は現在でも不明です。ヘンリー・リー・ルーカス本人は3,000人を殺害したと自供していますが、最終的に起訴されたのは11件の殺人についてのみです。また、当時の警察は300人程度の人間を殺害したとみていたといいます。

映画『ハンニバル』のモデルの1人

ヘンリー・リー・ルーカスは逮捕後にも関わらず、刑務所の厳重警備独房の中から助言者として凶悪事件の捜査に協力した人物です。そのことから、映画の登場人物である連続殺人鬼「ハンニバル・レクター」との共通点が多く、レクターのモデルの一人と言われています。

ルーカスは前述の通り尋常でない大量の件数の犯罪に関わっており、その知識量は相当なものであったと言われています。

ヘンリー・リー・ルーカスを描いた映画

ヘンリー・リー・ルーカスはハンニバル・レクターのモデルとなっていますが、ルーカス自身の人生と連続殺人についても映画となっています。アメリカで公開された後、日本でも『ヘンリー/ある連続殺人鬼の記録』『ヘンリー/もう一つの連続殺人鬼の記録』というタイトルで公開されています。

映画ではルーカスとその共犯者たちが連続殺人をする過程が描かれており、かなりショッキングな内容のホラー映画となっています。

ヘンリー・リー・ルーカスの人生【生い立ち】

連続殺人犯であるヘンリー・リー・ルーカスの生い立ちは、想像を絶する凄惨なものでした。ヘンリー・リー・ルーカスが連続殺人犯になってしまったことと彼の生い立ちがどのように関係しているのか見ていきましょう。

母親からの執拗な虐待

ヘンリー・リー・ルーカスは両足を事故で失った父と娼婦の母の間に生まれました。ヘンリー・リー・ルーカスの母親は、娘にも売春をさせて金を稼ぐために女児を産みたいと考えていました。しかし、男児のルーカスが産まれたために、母親はルーカスを憎んで虐待を繰り返すことになったと言います。

女児の服装をさせて裸足で登校させたり、暴力を振るったりすることは日常茶飯事であり、後にルーカスは、幼少期の記憶は母親に虐待を受けていたことくらいしかないと語っています。虐待はすさまじいもので、道具を使って頭を殴りつけ、さらには頭に大けがを負わせたまま外に放置したこともありました。

その頭部の怪我のためにルーカスの脳には重い障害が残り、幻覚を見たり正常な判断ができなくなったりしまったようです。そして、ルーカスが大人になり逮捕された後、診断結果が出ました。母親は虐待を行うだけでなく、ルーカスに同情して手を差し伸べる周囲の大人たちも排除したと言われており、徹底的にルーカスから幸せになるきっかけを奪いました。

最初の殺人は14歳

1950年、14歳の時にヘンリー・リー・ルーカスは最初の殺人を犯します。母親が自宅で売春をしていたために居場所がなかったルーカスは、町をうろつくうちに偶然17歳の少女に出会い、殴りつけて性的暴行を加えた上で絞殺してしまいました。

その後、ルーカスは住居侵入や窃盗の罪で一度逮捕されますが、殺人の罪については明るみに出ることはなく、長く服役せずに釈放されました。

母親の殺害

1959年、23歳の時に刑務所を出たルーカスは、義理の姉の家に住まわせてもらうことになりました。その時にマリーいう女性と出会い、結婚寸前まで話が進みます。

しかし、ルーカスが結婚することを聞きつけた母親が現れ、マリーとルーカスを罵倒してその結婚を破談にしてしまいました。虐待を続けてきた母親が突然現れてマリーとの幸せを打ち砕かれたルーカスは、破談をきっかけにナイフで喉を切り裂いて母親を殺害します。

逮捕され実刑判決

ヘンリー・リー・ルーカスは母親を殺害した罪で逮捕され、懲役40年を言い渡されました。しかし、服役してから10年程度が経過した頃に、ルーカスは刑期を大幅に短縮されて仮釈放されます。このとき仮釈放が早まったのは、州の財政状況が悪かったために刑務所で使用する費用を削減する動きがあったためと言われています。

当時ルーカスは、釈放されたらまたすぐに殺人を犯すと明言していたということですが、その言葉を真に受ける人はおらず、そのままルーカスを釈放してしまいました。ここで釈放されることによって、被害者300人以上とも言われる連続殺人が開始されてしまったのです。

ヘンリー・リー・ルーカスの人生【連続殺人】

母親殺しの罪で逮捕され釈放された後、ヘンリー・リー・ルーカスは300人以上の人間を殺害したと言われています。ルーカスはどのような手段や経緯で、300人ものの人間を殺害するに至ったのでしょうか。

連続殺人が始まる

釈放される前に「すぐに殺人を犯す」とヘンリー・リー・ルーカス本人が発言した通りに、刑務所を出てから徒歩数分の場所でルーカスは一人の女性を殺害します。その後もルーカスは女性ばかりを狙って殺害を繰り返しました。

残忍な殺害方法

ルーカスは毒殺以外のあらゆる殺害方法を試したと後に語っています。頭を鈍器で叩き潰す、生きたまま人間の関節をつぶす、車で轢き殺すなど、残忍な殺害方法をひたすらに繰り返しています。

また、逮捕されずに殺人を続けるための証拠隠滅については、次に説明するオーティス・トゥールとその共犯者たちが豊富なノウハウを保有しており、その方法をルーカスに教えていたと言われています。
 

オーティス・トゥールとの出会い

1979年に働いていた農場で、オーティス・トゥールとルーカスは同僚として出会いました。彼らはすぐに意気投合し、共犯者として連続殺人を行うようになりました。

オーティス・トゥールの紹介でルーカスはベッキーという少女と出会い、しばらく3人で行動をともにします。ベッキーは目の前で殺人が行われても平然としており、さらに遺体の遺棄を手伝ったようです。そのためルーカスは特別に彼女のことを気に入り、3人は家族とも言えるような異様な関係性を築きながら殺人を繰り返しました。

3人で殺人を繰り返してきましたが、住む場所を失った際にクリスチャンの団体の施設に身を寄せることになりました。そしてベッキーは周囲に感化されて改心し、殺人を行うことをやめるようにルーカスを諭すようになりました。しかし、ベッキーからの言葉に耳を傾けることはなく、ルーカスたちはベッキーを置いて殺人をするために旅に出てしまいます。

その後ルーカスたちが殺人行脚から戻ってもベッキーの意思は変わらず、ルーカスたちに対して殺人をやめるように言い続けました。それにショックを受けたルーカスは、ベッキーをナイフで切り殺してしまいます。ベッキーの遺体はオーティスによって一部が食べられ、残りは切り刻まれて捨てられたと言います。

その後、ルーカスはベッキーが身を寄せていたクリスチャンの団体に所属し、ベッキーが改心することになったきっかけであった高齢女性を殺害しています。

それまで徹底的に足がつかないようにしてきたはずのルーカスは、このときは全く証拠を隠すこともなく、遺体を下水に捨てています。このためすぐに事件は発覚し、1983年にルーカスはついに逮捕されることとなりました。

キリスト教に目覚めて罪を自白

逮捕された後に刑務所内でルーカスはキリスト教に目覚め、今までの罪を素直にすべて告白するようになりました。改心して冤罪を防ぐために自供を始めたとも言われていますが、警察が迷宮入りしかけていた事件を解決したことにするため、無関係な事件についても自供を強要したとも言われており、真偽のほどはわかっていません。

また、ルーカスには前述の通りに脳に重篤な障害があり、虚言癖もありました。そのため、現在でもヘンリー・リー・ルーカスが実際に殺害した人数は不明なままになっているのです。

刑務所内で死亡

2001年、ヘンリー・リー・ルーカスが64歳のときに心臓発作でこの世を去っています。ヘンリー・リー・ルーカスは11件の殺人の罪により死刑判決を受けていましたが、死刑が執行される前に獄中にて死亡することとなりました。

ヘンリー・リー・ルーカスが後世に残したもの

ヘンリー・リー・ルーカスは逮捕後に常人では考えつかないような言葉を語っており、現在でもその言葉は残っています。また、獄中で描いた油絵も一部のマニアには注目を受けていますが、彼はどのような絵を描いていたのでしょうか。

ヘンリー・リー・ルーカスの名言

ヘンリー・リー・ルーカスの名言とも言われる猟奇的な発言は数多く残っていますが、最も彼をよく表しているのが、「殺人は息をするのと同じだった」という言葉でしょう。ヘンリー・リー・ルーカスが起こした殺人事件のほとんどは怨恨などなく行われたものであり、彼は殺害した人数を正確に把握すらしていません。

ルーカスの共犯者であったオーティス・トゥールは、殺害した遺体を解体したり食べたりするなど遺体に対する執着心を見せていますが、ルーカスはただ連続殺人を行うばかりで興味を示さなかったそうです。

ヘンリー・リー・ルーカスが描いた絵

ヘンリー・リー・ルーカスが描いた絵は、日本国内の展示会で公開されたこともあります。シリアルキラーの描く絵は、直接的に殺人を表す絵からそうでないものまでそれぞれに独自性があり、一部のコレクターの間では注目されています。

ヘンリー・リー・ルーカスの人生は映画になっている

ヘンリー・リー・ルーカスは母親からひどい虐待を受け続け、極端に悪い環境で幼少期を過ごしました。その結果、脳と精神に障害を持って生きることとなり、少年時代から殺人を繰り返してきました。

ルーカスの悲しい生い立ちや脳の障害から彼を同情する声も聞かれますが、彼の犯した罪が許されるわけではありません。しかし、このような生い立ちが犯罪に繋がったことは言うまでもなく、ヘンリー・リー・ルーカスが受けたような虐待が世の中からなくなることを望むばかりでしょう。

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